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………………………………。





あれ・・が終わってから、大体一週間ほど。


私は全て引き継いでいた。

私以外の世界が変わっていた。




「ねぇ、実束みつか

「んー?」

「私たちが今こうしてるきっかけ、覚えてる?」

「私が突撃したのがきっかけじゃなかったっけ。こう、どりゃああああって」

「そんな気もするけど……しかし、なんで?」

「私の直感が叫んだんだよ。あっ、好き!仲良くなろう!ってね」


頭部にチョップを喰らった。


「あいた」

「……ここで好きとか言わないの、勘違いされるでしょうに」


今は、汐里しおりと並んで普通に登校しているところ。

汐里はいつも通り……だ。この世界においては、多分。


「じゃあどこでならいいのさー」

「わかってるでしょうに……」

「えへへー」

「言いたいことあるなら放課後ね」

「はーい」


浅野あさの日頼ひよりによる一連の事件が無くなったから、それに辻褄を合わせた結果、今の汐里は不明晰夢を体験していない。

ううん、私が“不明晰夢が無かった場合”の世界にいるって考えた方がいいかも。

不明晰夢が終わってからすぐは状況を把握するのに少し時間がかかったけど、すぐに感覚は掴めた。

私と汐里の関係は変わっていない。

ただただ不明晰夢に関する事柄だけが抜け落ちて、それ以外はそのまま。

だから私も何も変える必要がなかった。

むしろ……平和。つくづく。とてもいいこと。


さて、汐里の様子を見てみましょう。

目が前を向いてなにも見ていない、これは思考中だね。


「それは考え事の表情だね汐里」

「前見て」

「大丈夫だよ、向こう8秒は誰にも当たらないことは事前に見たから」


その辺りは抜かりない。


「それで何の悩みでしょう」

「……会ったばかりの頃夢がどうとか言ってなかったっけ」

「言ってたね。現実がつまらないこそ夢が楽しいって旨の」

「そう。よく覚えてるね」

「愛する汐里の事だもだぐぉんごっ」


台詞途中でチョップされた。

色々抗議の声を飛ばしてみるけどするりするりとすり抜けてしまう。むぅ。


「……今も夢は楽しいよ」

「え。まさか今が楽しくないと」

「それも違う。……だから不思議なの、私がそういう考えを持つようになったきっかけとか理由が全然わからなくて」

「なるほど。ふむ。考えてみるね」

「うん」

「別に何でもいいんじゃないかな」


あらかじめ用意してあった答えを出した。

中々の反応速度じゃなかったんじゃないかと思う。


「実束ならそう言うと思った」

「へへへー」

「……まぁ、実際のところそうだよね。不都合があるわけじゃない」

「むしろどっちも楽しいとか夢みたい!」

「どっちも夢かも」

「夢心地?」

「特定の時間だけは」

「放課後空いてるよ」

「部活入ってないもんね」

「色々スカウトされたけどねー。私は本能で察知しました。ここで部活に入ってしまったら……何か大切な時間を逃す気がする!」

「結果帰宅部と」

「実際入らなくて大正解だよ。汐里と一緒に帰れなくなってたと思うと損失が多すぎるね」

「今日はぐいぐいくるね」

「そんな汐里は今日は冷静だね」

「人前だから?」

「人前だから」

「ふふふー、じゃあ二人っきりの時とかはあれやこれやしちゃうと」

「うん、いっぱい甘える」

「ふふー……ふ?」


あれ?

と汐里の方を見たとき、袖を引っ張られた。


「……だから、終わったら早く行くから。準備しててよね」

「…………はい」

「真っ赤になるくらいならからかわなきゃいいのに」

「汐里はそういう事よく平然として言えるよねぇ……」

「それ実束が言う?」

「え?」

「……無自覚とか言わせないからね」

「えー?」


とか話しているうちに校門。


「じゃ、モード変えるから」

「うん、また後でね」


汐里と別れて、くるりと気分を変える。

自動で有象無象の対応をする準備。

学校の人たちは全く持ってどうでもいい。そこは私も相変わらず。

そういえばあの、私がちょっと脅かしたあの人はどうなってるかな。名前忘れたけど。

不明晰夢と関係ある事柄ではなかったから、もしかするとこの世界でも見られた事になってるかもだけど……まぁいっか。





教室の中で有象無象の相手は適当で事足りるから、後ろから聞こえてくる汐里の声に意識を向ける。

同時に聞こえてくるもう一人の声。

日頼だ。前はあそこの席じゃなかったはずだけど、どういうわけか汐里の後ろの席になっていた。


汐里……あの汐里・・・・が言っていたおしおきの通り、日頼も私と同じく記憶を引き継いでいる。

しばらくは警戒して様子を見てたけど、なんだかもう何もする気が起きないみたいだった。だから野放しにしている。

このクラスの中だと私を除いて唯一汐里と話す人間。

ちょっともやもやするけど、汐里がしたいのならそれは受け入れる。

能力も見たところ使っていない…はず。

いや、一応、使ってはいるらしいんだけどね?


と、考えていたところ、メールが届いているのに気がついた。

差出人は……






瞬く間に時間が過ぎて、午前が終わってお昼の時間。

いつも通りならお弁当の時間だけど、私は席を立つ。

それで汐里に視線を送った。

行き先は言わなくてもわかるよね。というか、一つぐらいしか行き先は無いし。





行き先は勿論あの空き教室。

もう先客がいた。


「こんにちは、実束さん!どうぞどうぞ、お座りください」


私を出迎えたのは……イベリス。

日頼の能力で出てきたらしいけど、引っ込ませることもできないらしい。

更にどうやら日頼の監視を担当しているらしく……

あの汐里が「あなたはもう何もできない」って言ってたのは、多分これだと思う。

記憶については、これもまた適当に合わせたんだと……思う。言い出していないだけなのか、知らないだけなのか。

それはわからないけれど、少なくとも話題には出さないもの。


「あら実束、遅かったわね……このオムレツは既に消失したわ」

「追加でーす」

「なんと!?」

「…………お姉ちゃんは変わらないねぇ」

「そりゃ私だもの、そう変わらないわ。……うーん……おいしい……」


そしてお姉ちゃん…からたち実房みおも居た。

お姉ちゃんに関してはあんまり変わってない。不明晰夢で戦った記憶が抜け落ちた以外はそのままお姉ちゃん。

……正直、安心してる。お姉ちゃん、戦う事に関してかなり無理してたみたいだったから……

心の傷とかが残らないのであれば、その方がいい。


「…………。そんなわけだから、食べて」

「ぎこちないね。普通に接してくれていいのに」

「無茶な事言うね、あなたは」


口には出してないけど、多分その後に「たくさん殺されたのに」が続くんだと思う。

そんなわけで日頼も居た。

日頼はまぁ、この通り。覇気が消えたと言いますか、諦めの表情と言いますか。

でも普通にこうして私たちを招いたりもするから……んー、中々うまく言い表せないけど、でも、そういう関係。


そして、気配はずっと感じてるので……入ってきた。


「あ、汐里ちゃん。波浪!」

「……はろーです、実房さん」


汐里。

とりあえず入ってすぐにテーブルに並べられた料理を見て状況の理解に努めていることはわかった。


「汐里さん!こんにちは!今日も一段と


長かったから終わるまで全員が聞き流した。


「……イベリス、なんでいるの?」

「見ての通り、ランチを持ってきたんです。元々汐里さんの為にと思って作っていたのですが少々勢いがついてしまいまして」

「勢いがついたどころじゃないと思うんだけど」

「……悪いけど、処理手伝って。というか汐里が原因なんだから責任とってよね」

「流石にそれは無理やりすぎない?……食べれるだけ食べるよ、ちゃんと」


言いつつ汐里は私の隣に座る。


「いやー、お昼一緒に食べようってつもりだったんだけどね。まさかイベリスが来るとは」

「こういう細かなところでポイントを稼ぐのです。そしてこれもあるじ様の監視の一環です。何も問題はありません」

「日頼ちゃんも大変よねー。具体的な能力の名前はわからないけど、監視役がつく能力ってほんとよくわからないわよね」

「そーですねー……イベリス、私と汐里どっちが大切?」

「それは勿論汐里さんです!」

「笑顔で言い切ったなこいつ……」

「……ほんと、よくわからないね」


イベリスのスタンスはそんな感じらしい。

役割は主……日頼の監視。でも一番好きなのは汐里。自分の行動は汐里のため。

はてさて、あの時の事を覚えているか知らないけど、今度はどっちを優先するのやら。


「とりあえず、いただきます」

「はい、どうぞどうぞ!」

「味は私が保証しましょう」

「お姉ちゃんがするんだね」

「私とて枳家の料理担当……味にはうるさいと自負しているわ」

「……そういえば、日頼は料理できるの?」

「やるわけないでしょめんどくさい」

「だろうと思った」

「失礼な」

「予想は簡単だよ、あなただったら特に」

「汐里は結構できるよね。チョコ美味しかったし」

「チョコ?」「実束さん今なんと」「え、チョコとかやるのあなた」


一気に視線が汐里に集中する。

……あれ、もしや失言?


「……それ、実束の夢の話でしょ。ごっちゃになってるよ」

「あれ、そだっけ。……そだったような気がしてきた……」

「道理で聞いた事ないと思った」「夢の話でしたか。……汐里さんからチョコ……ふふ……」「……だよね」

「……はぁ」


口裏合わせて危険回避。

それは秘密でしたか、危ない危ない。

汐里のチョコは美味しかったなぁ……お店で売ってるようなのをくれたからびっくりしたものです。

完全に私のチョコの出来が負けていたし、今度のバレンタインはもっと気合い入れないとな。


「あ、これ美味しい」

「!!!!!!!!!!」

「でも反応はうるさい」

「………………!」

「そのくらいならいいよ」

「やた。です」

「でも」

「!?なんでしょうか……」

「……美味しいのはいいんだけど、量が多過ぎると思う」

わたくしの愛の具現、その一角ですので……」

「余ったら勿体無いでしょうに。……実束とか実房さんとか、食べきれる?」

「んー……3割なら」

「私はこのくらいが限界かも」

「もう食べたから後はよろしく」

「…………。……じゃあ、仕方ない。起きて」


ひょこん。

そんな擬音が見えるような、そんな感じでとこちゃんが汐里の背中から生えてきた。


「ん?む、これはなにやらいきるちからにあふれたけはい……!」

「気配というか、多分匂いだと思う。常ちゃん、起きて早々悪いけど手伝ってくれる?」

「えっ、きょうはこれぜんぶたべていいの!!」

「あ……うん、是非とも食べて」

「わたしのいぶくろはほしのように!」


言いつつ料理がどんどん減っていく。どこに入ってどこに消えてるんだか。

常ちゃんも特に変わらず、といった感じ。

元々何をどこまで知ってるのかわからないし、そういえば取り憑いた経緯も不明晰夢自体は関係なかったし、割と影響は少ないのかも。

殺す相手がいなくても変なことはしない……はず。だといいな。


「結局常ちゃんって何なのかしらね」

「幽霊だよ、お姉ちゃん。アクティブな」

「生前よりハッスルしてる気しかしないわ……」

「ささ、汐里さん汐里さん。常さんが全て食べてしまう前にどんどんどうぞ。こちらわさびが合いますよー」

「ん、ありがとう。……ああ、イベリス」

「はい?」

「イベリスの事は別に嫌ってないから、むしろ好きだよ」


消し飛んだ。

文字通り、他に描写する必要が無いほどに見事に消し飛んだ。


「……そこまでか」

「安易に甘やかすんじゃないわよ」

「この位いいでしょ、実際本心だし」

「またエスカレートするわよ?」

「度がすぎなければ止めないよ。……おいしいし、これ太らないし」

「ふとってたらいまごろわたしはにくだんごです」

「太らないのにお腹は膨れるって不思議よねー」


イベリスがどう作ったかは知らないけれど、少なくとも普通の作り方はしてない、はず。

そもそもここに運んで来れる時点で普通のやり方で作ってもないし、運んでもない。きっとあの“力”でできてるんだろうね。


「…………」


……と、汐里がまた考えてる。考えながら食べてる。

今度の議題は何だろう、朝のと同じかな。


「……ご馳走さま」








後ろの方から聞こえてきた声からして、汐里は思考に入るみたい。


午後の授業だけど至極どうでもいいので私も思考してみよう。

と言っても、今更何を考えるというのか。

あれから一週間経って、私の生活からは戦いが消えた。

思えば安心して眠れるのはいつぶりだっただろうか。汐里と会う前は恐怖とかを押し殺して、汐里と会ってからはある程度の覚悟を決めて……

そんなだったから普通に布団に入って眠る感覚はかなり新鮮だった。眠る時勝手に戦う方へ身体のスイッチが入る感覚は未だに抜けないけど。


今のこの平和な世界で過ごしていると、毎日毎日戦ってたあの日々がなんだか夢の出来事のように感じる。

実際、この世界的には夢の出来事みたいなものなんだろうね。

そうなると私はまだ夢から覚めきれてない、って感じかな……ねぼすけだ。

ねぼすけ役は汐里の方が……ううん、汐里はむしろきっぱり分けてたね。

そういえば、汐里って眠る時は一瞬でぷつんって眠るよね。

特技とか思ってたけど、今思うとあれも能力の一種……だったのかもしれない。流石にあんなぷつんって眠れるのはおかしいもん。

今度会う事があったら訊いてみたい……けど、もう会う事はないんだろうなぁ。


「…………」


……やっぱりちょっと寂しい気もする。

例えば、夢の中だけでもあっちの汐里に会いに行けたりとかあったらよかったのに……ん、今からでも遅くないかもしれない。

汐里なら、もとい紡なら呼べば答えてくれるかもしれない。

眠る時にちょっと試してみよう……

……………。


……考える事がなくなった。

まぁ、こんなものだよね。

眠っちゃおうかな……でも目立つよねぇ……


……………。








いつもの教室。

もう、私たちの教室…私たちの部屋って言ってもいいんじゃないかと思う。


部屋で待ってると、汐里が入ってきた。

後ろ手に扉を閉めて、鍵も閉める。

かちゃり。

静かな教室にその音がよく響いた。


最初はなんて声をかけようか、と考えたけど…やっぱりなんとなくで話す事にした。


「……答えは、出た?」

「開口一番それなんだ」

「汐里が何かに頭を悩ませてたことぐらいはわかります。特にわかりやすいよ、それ」

「そんな?」

「私じゃなくても余裕でわかるくらい。ほんっと単純だよねー」

「……自分じゃ全然わかんない」

「そういうのが可愛いのです」


今度はチョップの代わりに飛びつかれた。

難なく受け止めて、そのまま柔らかい鉄のソファに倒れこんで二人で並んで座る。

矛盾してるようだけど、本当に鉄製の柔らかソファだから仕方ない。

そう、そう。

前と比べて、色々できるようになったんだ。


「それで、今日の議題は?朝のと同じ?」

「夢と現実の話だけど、ちょっと違う。えーと……夢は夢であるからこそ楽しい、現実で夢みたいな事が起きてしまったら夢が楽しくなくなる…の話だけど」

「ふむふむ。それで?」

「んと……ふと思ったけれど、最近そんな夢みたいな事ばっかりだなって」

「そだねー。今座ってるソファもそうだし」

「昼なんかね……冷静に考えるとちゃんちゃらおかしなことばっか」

「お姉ちゃんがビーム…レーザー?撃てたり」

「いつの間にか幽霊に取り憑かれてて」

「日頼は変な力を持ってて」

「イベリスなんて人も出てきちゃって」

「それで、汐里は……」

「実束がこんな事をできちゃうようにする、何らかの力を持ってる」


汐里が言う、こんな事。

教室の中は鉄が覆って、形を変えて、色を変えて、硬さを変えて、すっかり変貌している。

見た目はもうほぼただの私の部屋だ。


「……いや、ふふふっ……実束、ほんとにこれ全部鉄?」

「私は鉄が操れる、そしてこうできちゃったからにはみーんな鉄なんだよ。きっと」

「そっか。なら、うん、鉄……なんだろうね、ふふふふっ」


自分でも言ってることがちゃんちゃらおかしくて笑っちゃう。

そんなことできるのも汐里のおかげだ。


「……そう、そう、えぇとー……とにかくね。前はああ言ってたのに、今私普通でしょ?それがなんでだろって思ったの。朝と違うのは“今”の自分の理由を考えてる点だね」

「ほうほう」

「で、考えた結果……数々の異常な要素はあれど、私がしてることって、割と普通なのかなって」

「こうして話したり?」

「うん。友達と放課後二人でお話とかは割と普通……だよね?お昼に集まってご飯とかも、家に集まってゲームとかも……」

「ちょくちょく異常なことはあるけれど」

「やってること自体は普通。……それで、気がついたんだ」


汐里が身体をだらんとさせた。リラックスしてる証拠。

そんな風に落ち着いてくれるのは私としてもとても嬉しい。


「……私、そういうことをしてきてこなかったんだなって」

「別に、今私は夢を壊してるわけじゃない。やってることは普通に現実なんだ。……だけど、私自身は普通じゃない。具体的な事はわからないけど変な力を持ってる」

「だから、変な力を持った人で集まってる。でもそれでおしまい。倒すべき敵もいない。果たすべき特別な目的もない。私たちは他の有象無象の人達と特に変わらないんだ」


すう、と一呼吸。


「結論。私は、私なりに現実をちゃんと生きてた。むしろ……前は現実がつまらなくて夢が楽しかったけど、今は夢も現実も楽しい」


楽しそうに話す汐里を眺めていると、汐里が身体を転がして私の方を向いた。


「私今、どうやら幸せみたい」

「……そっか」


笑顔でそんなことを伝えられると、私も思わず微笑んじゃう。

手を伸ばして、猫でも撫でるみたいに優しく、優しく頭を撫でる。

みるみる汐里の顔がふにゃっとしていく。もっと見ていたかったけど、あんまりまじまじ見られたくはなかったのか私の膝にぱたんと倒れ込んできた。


「それでおしまい。ご静聴ありがとうございました」

「ぱちぱちぱちー。……幸せですか、そうですか」

「うん。こうしてあっぴろげに話せるのも幸せ。実束が聞いてくれるのも幸せ。そうして、撫でてくれるのも……幸せ」

「……畳み掛ける、ね」

「言ったでしょ、いっぱい甘えるって。今日も大好きだよ、実束」


私を見上げて、頰を優しくさすってきた。

反射的に顔を鉄の板で遮った。

ちょい、汐里、畳み掛けすぎ。


「あ、照れた」

「そんな面と向かって言われて照れない方がおかしいと思うんだけど!」

「いつも人前で言ってる癖にー」

「あれは、こう……意味合いが違うというかぁ」

「じゃあ、同じ好きじゃないの?」

「……もー……」


顔はまだ見せられない、けど。

汐里の手が握る。


「……私だって大好き。ずっとずっと大好きだからね、汐里…」

「……ん」


満足そうな声。

手が下されて、汐里が私に身体を預けたのを感じた。


「ふふ、えへへ。…実束」

「うん、いいよ」

「ありがとう……いつもごめんね」

「私としても寝顔をまじまじと見れるから役得なのですよー」

「……改めてそう言われると結構恥ずかしい気もする……」


汐里が目を閉じた。


「でも、うん、実束になら見られてもいいや」

「でしょ?……って私が言うのも変か」

「ふふ」


汐里が、身体から力を抜いて。




「……実束、私、こんな幸せでいいのかな?」


「だめなことなんて無いよ、汐里。……ほら、夢、見るんでしょ?」


「ん……うん。それじゃ、しばらく……」



「おやすみなさい」

「おやすみなさい」



そこで汐里は現実から夢へ旅立った。



「…………」



本当に無防備。あんまり邪魔はしたくないけど、このくらいならいいよね。

頭を撫でる。

頭の後ろから撫でて撫でて、首、背中へ。もう一度。

軽く背中を叩いてみる。

汐里は変わらない寝息を立て続ける。


「…………」


……これからこういう時間が増えていくんだろうか。

だったら、幸せだなぁ。


「……ふふ」


さて、と。

起きるまで、見守っていよう。






その後。


起きた汐里と一緒に帰って、私の家の前で別れて、諸々済ませて正真正銘の自分の部屋。

これが日常だからこんなものです。

今度の土曜日はまた親がいないから、汐里を部屋に呼べる。

そして一緒に眠るんだ。ふふふ。


「…………っ…ふぁ」


などなど考えていると眠くなってきた。

さっさと眠って、また明日汐里といちゃいちゃしよう。


……と、ああそうだ、紡に声を飛ばすのを試みるのも忘れずに。

夢の中で呼ぶとかできるかわかんないけど……


うん、まぁ、意識するだけでも多分違うはず。


布団に入って、電気消して、毛布に包まれながら目を瞑って。


おやすみなさい。




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