二十七話 後始末




閉じた、と言っても。

私たちはそこから全く動いていない。

空間が「そうである」と定義されなくなったから認識できなくなっただけ。

真っ白でもないけど、表すなら……まっさらな空間に私たちは変わらず存在していた。


「…………私を…どうするつもりなの」


先に声を出したのは浅野あさの日頼ひより


実束みつかはどうしたい?」

「え、私?んと、今後何かしでかさないようにぱぱっと殺」

「ストップストップストップストップー。駄目だよ実束物騒だなぁ」

「でも、この人直接はやってないけど沢山の人を殺してるよ」

「…………」

「そうなんだけどね。でも、私たちはまだこの人が何をしてきたのかをはっきりとは知らないじゃない?判断材料がなんとなく知ってるものしかない、それで生き死にを決めるのはとても怖いことだよ。……そもそも、私殺す気ないし」

「じゃあ……尋問するの?」

「ううん。答えたくないだろうから」


浅野日頼の頭から、もくもくと煙みたいなものが溢れてくる。


「え、なにこれ、待って、うあ」


噴出口を塞ごうとするけれども、そもそもそれは手とかをすり抜けているから意味がない。


「勝手に覗かせてもらおう」


その場に曖昧が満ちる。





………………………………。





最初に力に気がついたのは、夢の中でのことだった。



その日の夢はやけに明確で、明晰で、自在だった。

自分がはっきりと認識できる。ここが夢だってことも分かる。

分かるというのに、夢が覚める気配もない。

一体なんだろう、そう思った時。突然、頭の中に“答え”が浮かんできた。


『これは“力”』


『自分の“能力”は自由。何もかもが思いのまま』


『“能力”の使用には“力”が必要』


それがまず知った情報だった。

私は何もかもが思いのまま、という情報に閉ざされた視界が一気に開けたかのような感覚に陥った。

夢の中だけど心臓も高鳴っていく。

期待。期待。期待。期待。期待。

自分にはなんでもできる。力があれば、なんでも。


目の前に現れた剣を手に取る。

何も見えない夢の中の空へ掲げて、私は実感した。


ここから私の世界が始まる。



でも、すぐに障害が見つかる。


起きてから自室で同じように剣を出そうとしたけれど、何も起こらなかった。

理由を求めたらまた頭の中に答えが浮かぶ。『力が足りない』。

夢の中ではできたのに、どうして?その答えは求めるまでもなく自分でわかった。

夢と現実じゃ必要なものが違うのだと。

現実だと剣は“剣”として存在する為に材質やら物質やら重さやら形やら、とにかく必要な情報が数多くある。

反面、夢の中ならかなり適当でいい。必要な“力”が夢の中では少ないんだ。


それを知ってから私は毎日夢の中で、どこまでならできるかを試した。

ゲームで見てきた様々な能力を片っ端から試した。

結果的に言うと、夢の中でならある程度の事は可能、と言うことがわかった。


だけどあくまでもある程度。しかも夢の中だけ。

所詮夢は夢でしかない。自由は得られない、そう思っていた。


だけど、私は諦めきれない。


現実だと物体の実体化とか超常現象とかそういうことはできない。

が、感覚的な方なら現実でもなんとか使えた。

それでもリソースはぎりぎり。

想定していた能力から様々な要素を削って、なんとかかんとか最低限使用できるようにして、私はそうして機能を追加した“目”を使って探し始めた。

同じく、力を持っている人間を。


結果的に言うと、力を持っていない人間はいなかった。

大小はあれど、誰も彼もが力を持っていることがわかった。

その中でも私は少ない方ということもわかった。

自分の力の少なさは薄々感じていたことだから別にいい。

一人の人間に目をつけて、現実ではなんの影響も及ぼさない紐みたいなものをその人の“力”にくくりつけた。これも夢と同じような構成だから使えた。

念のためそのまま引っ張ってみたけれどビクともしない。

これでいい。

そうして私は夜眠って夢の中へ。


夢の中でも変わらず紐のようなものは手の中にあって、今度は引っ張るとするすると動く。

それを確認した後、私は自分の夢を改装し始めた。

場所は……よく知ってる通学路を使う。広さはまだまだ広くできない。

時間は夜中。いかにもな雰囲気にしておいて、私は空間の外側から中を観測できる場所に移動する。

そして、紐を引っ張る。

紐に引かれて作った空間の中に落下してきたものがあった。

それは、私が目をつけた人間。ある程度の力を持った少年だ。

力と一緒に精神だけがここにやってきたらしい。


……深呼吸。


そのまま引っ張っても“力”は身体から離れようとしない。

やっぱりだめか。

外側から、空間の中へ一つの種を放り投げる。

それは空中で変化して、形をとって、着地する。

黒い獣。人間と同じくらいの大きさの狼だ。

悲鳴が聞こえる。人間が狼に気がついた。

目を瞑って空間からの音をミュートに設定する。




しばらくあと、紐を引っ張ってみた。

すると、やがて手元に“何か”がやってきた。

その形状が表現できない“何か”の正体は、能力を使わなくてもすぐにわかった。

握りしめた瞬間、私の中にそれが入っていく。

…………実感。

できることが広がった。以前とは比べものにならないくらい格段に。

自由へ進んだんだ。沈みかけてた気分は何処へやら。

その日の夢はそれで終わりにした。夢を見ている場合じゃなかった。



それから私は人間を自分で作った空間……狩場へ引っ張り続けた。

徐々に慣れてきて、一度に複数人を連れていったり、更には拡張した狩場に機能を追加して、勝手に人間を呼び込むようにしたり。

狩場も調整を重ね、空間そのものを作るのではなく落とした獣に空間を作らせる事で出来るだけコストを削減したりと。

改良と拡張を重ねて、少しずつ私はできることを広げていった。

それでも、現実でなにかをするにはまだまだ足りない。

そろそろ大物を狩ろう。そう思って、私は一人の人間を呼び込んだ。


枳実束。

力を探しにいった時にすぐに発見した、クラス内では一番の力の持ち主。

念のため、ある程度の力が溜まるまで放置していたけれど、そろそろ大丈夫だろう。

狩場に巨大な狼を一匹落とす。

これで……

……?

変だ、気配が消えた。

狩場の中を見てみると、枳実束は……鉄のようなもので狼を殺していた。

獣がいなくなった。狩場が閉じる。


…………。


そこから枳実束は毎日狩場に呼び込まれた。

様々な獣を送り込んで殺そうとするけど、中々しぶとい。

いつもいつももう少しというところで獣が全滅してしまう。

一応、それ以外にも連れ込まれた人間はいて、実束が守りきれなかった人間の分の力は手に入る。

獣が殺される分と、新たに手に入る分。結果的にプラスにはなっているけれども、効率は悪くなった。

でもそれは実束のせいだ。

あの人間さえ殺せれば、一気に……


……そう考えてあの手この手を赤字になる手前までで試して、一月近くが経った。

狩りを続けた結果かなりの量の力は手に入った。未だ実束はいるけど。

このまま続けていけばいずれは自由になれる……けれど、最近よく「眠り病」に関する話が耳に飛び込んでくる。

狩った後の人間だろう。

私がやったこと、なんてばれる筈もないけれども、あまり居心地はよくない。

そこで私は、被害者になることで犯人の候補から外れる、という小説等で見た方法を試すことにした。

その為には……目の前で。


私の姿の人形を、実束の前で獣に殺させた。

現実の身体を偽物と取り替えた。

かなりの“力”の消費だったけれど、これでもう起きる必要もなくなった。

ずっとここ……夢にいられる。退屈な現実からはこれでさようなら。

より狩場に集中できる。実束の力を得るための作戦を……


その日から。

突然、現れた。


呼び込んだその人間は一目でわかった。異常だった。

実束なんか比較にならないほどの力。実束のように戦いはしなかったけれど、それでもその人間のせいで実束の力が増幅してるのがわかった。

誰?睦月むつき汐里しおり。そんな人いた?

制服を着ている。自分のクラス?馬鹿な、気がつかないわけない。

慌ててとっておきの獣を投入した。

馬鹿みたいな大きさの鉄に押しつぶされた。



…………。



今日は何故か実束が来ていない、汐里だけだ。

好機。今なら汐里を守る者は誰もいない。

そう思ったのに、何故か別の人間が入ってきた。力の量はごくごくわずか、狩場には呼ばれない筈の人間。

全て黒に飲み込まれた。



…………。



本当にもう余力が無い。

これで駄目だったら、もう、終わる。

だから全力を注ぎ込んだ。

物量で押しつぶそうとした。

だけれど、訳の分からない幽霊に全て斬り伏せられ





「……ここら辺、ぼんやりしてるね」

「ここはー……ほら実束、私が常ちゃんに刺された時のところだよ」

「ああ……そっか、こっちにも帳尻合わせの影響が…」

「あの時の私は分かれた内の、夢の方の私になってた。可視化するくらい“力”がだだ漏れだった。……多分、この時にかなりの量の力を持ってかれたんだと思うな」





終わったと思った。

終わったと思った、けど。何故か力が手に入った。

それも今まで集めた量なんて比じゃない量。

これだけの力があれば……と、不意に頭に浮かんできた。

アイデアが浮かぶ。

そう。向こうが能力を使って無敵に等しい力を持っているのなら。

私は最初から無敵に近い力を持たせて、その上で………



あともう少しだった。

汐里をあともう少しで連れ出せたものの、ただの力技で狩場から弾き出されて、ジャックは存在を保てなくなってしまった。

これもコスト削減のためだけど、私が作ったものは私の空間の中でないと存在を維持できない。存在を確立するための殻を作っていない。

向こうはそれを知ってか知らないか、とにかく無敵なはずのジャックを退けてしまった。

……流石にそうされるとどうしようもない。無茶苦茶だ。

だけどわかった。力押しさせてはいけない。

それなら……

アイデアが浮かぶ。



成功した。

成功した、成功した、成功した!

イベリスはなんの損害も出さず汐里を連れ帰ってみせた。

イベリスが無力化してるとは思うけど、念のため調べたところなんと能力も持っていない。何も問題はない。

殺して“力”を取り出すのは全く考えなかった。無尽蔵に“力”が溢れ出るのならずっとそこに置いておいた方がいい。

イベリスにその後は任せて私はいつものようにベッドに入る。

ここからでもわかる。“力”が増えていく。

実束たちはそもそも“力”の概念を認識していないから……いや、そもそも実束たちの能力では貯蔵もできないのかもしれない。

ともかく。この調子でいけば時期に現実でも好き勝手できるだろう。



イベリスが殺された。しかも汐里にだ。

完全に予想外。能力も無いのにどうやって、と思ったけどイベリスの記録を見て理解した。

本人に能力がなくてもその精神は異常。真っ当な精神でないならイベリスの能力を突破するのも納得できる。

数時間かけて再び同じようにイベリスを作り出して思った。

何もさせない、という線は合っているはず。

なら、今度はこの方向で行こう。

短い間ではあったけれど、それだけで相当量の“力”は手に入れた。

前は殻が無いから弱点があったけれど……今度のジャックは正真正銘無敵。

油断しているところに送り込み、一瞬で攫って、それで終わり。

奴らにここに来る手段は存在しないのだから。

これでいける————





………………………………。





「……後はおおよそ私たちも見た通り、と」


上映会終わり。

浅野日頼は渡しておいた毛布にぐるぐる巻きになって震えていた。


「…………ばかばかばかばかばか阿保なの馬鹿なの頭逝ってるのせめて私の居ないとこでやってよ意味わかんないなんなのいじめてるの」

「いじめてますとも。あなたのせいで何回死にかけたことか!」

「あんなチート能力持っといて!」

「戦場に立つのめっちゃくちゃ怖いんだよ?立ってみろ?」

「ぜっっったいに嫌。……いいわ、いいわよもう私の負けなんでしょう?もう私には何もできないんでしょう?話しかけないで好きにしてもう話しかけないで!……ほんっとさっさと死んだ方がマシだわ……」


と言ったきりますます布団にくるまって不貞寝してしまった。

まぁ仕方ないよね。私でも目の前で心情含め上映会されたらそうなる自信ある。


「……で、実束。記録を見た上でどうしたい?」

「えっと……その、やっぱり悪意があったと言うか、意識的に殺人を犯してたし、殺すべきと……思うけど」


とても微妙な顔をする。


「正直、今の空気的にそんな流れじゃないよね、これ……」

「そだね。それが狙いでした」

「えぇー」

「いい加減堅苦しい事言い合うのも疲れたもんめんどくさいもん。もっと気楽に適当に色々台無しにしつつさっさと“これ”を終わらせよ?……そんなこんなで、さっきも言ったけど私は殺す気無いよ」

「でもそのままにしとくのは」

「危ないので、私はこんなことを考えてます」


日頼入り布団みの、が何か糸っぽいのに吊るされて持ち上がる。

その姿やまさにみのむし。


「……なに」

「浅野日頼、あなたを釈放します」

「……」

「ただし、色々条件付き」

「能力の没収?」

「ううん、努力の没収」

「……努力?」

「更に言うなら今回の“あなたの今まで”を没収します」


意味は無いけどゆらゆらみのむしを揺らす。

一回転。


「いわばやり直し、いわばリセット。あなたが“力”に気がついてから今に至るまでの出来事を全部無かったことにしようと思います」

「それって」

「うん。“お前が紡いできた物語は全て意味を無くす”。そんな感じ」

「……汐里、それでいいの?」

「これでいいんだと思うよ。記憶はある程度残したままにするつもりだから」

「…………。酷いことするね、あなた」

「お仕置きだもの。遠隔とは言え、あなたは人を殺した罪は感じてる。でも償うって言ったってそんなの無理だし、命の価値とか考えなきゃだし、仮に命は一つ一つ同価値としてもあなた一人分じゃ償うのは一人が関の山、でしょ?」


二回転、三回転、四回転。


「あなたはこれから一生人殺しの罪を記憶だけにとどめて生きていく。償う事も謝ることもできない、謝るべき人は何もされてない。ずっとずっと許されないんだよ」


五回転、七回転十二回転。


「……力の制限をかけないなら、私はまた同じ事をするけど?」

「あなたはもう何もできやしないよ。だから心配はいらない。気にせず心の行くままに罪を背負って生きてね」


三十六回転。飽きたから止める。


「…………」

「感想は?」

「……何も無いわ、もう。何を言っても無駄なんでしょう?なら、喋る必要も無い」

「んー、無駄、無駄ねぇ……ヒント。あなたはこれから罪を償えなくなるけど、今ならちょっとだけできるよ?」

「……!…………そんなの……それこそ無駄じゃない」

「あなたの主観から見るとそうみたいだね。でも実際のところはわからないと思うな。やってみないとね」

「………………」


日頼は一つ息を吐き、諦めたように顔を上げた。


「…………ごめんなさい」

「あ、念のために言っておくけど、何を言っても私あなたのこと根本的に大っ嫌いだからね」

「なっ————」

「でも私はゆるーす!」


二百五十六回転。

の後に思いっきり別のどこかへ向かってぶん投げた。


日頼を包んだ布団は飛んで飛んで、一際きらっと輝いた後消失した。


「実束は?」

「元々、私の目的は汐里を助けることだから……汐里がいいなら、私はなにも」

「ん。なら、よし」


いちにのさん、と実束に飛びついた。


「わととっ」


そのままベッドに飛び込んで、実束の右手を握る。


「実束」

「……うん」

「手、握ってるよ。わかる?」

「わかるよ」

「左手」

「そっちもわかる」

「足」

「大丈夫」

「……平気?つらくない?」


顔を上げて訊いたところ、実束は笑顔で私を抱きしめてくれた。


「うん、平気の平気。……ありがとう」

「……よかった。でも、助けを呼ぶのが遅いよ」

「それは……ごめんなさい」

「でも、でも、今度はちゃんと呼んでくれたからよしとします」

「うん」

「もうこんなこと無いとは思うけど、次はもっと早く呼んでね。この通り、なんとしても助けるから」

「……やりすぎはだめだよ?」

「今私がここにいる時点でやりすぎも何も無いよ。私が存在してるだけで、神様とかが大事に守ってきた色んなルール等がめちゃくちゃになるんだから」

「…………」


ごろん、と寝転んだまま上下を入れ替えられる。


「汐里」

「はい」

「これから、汐里は……ううん。あなた・・・はどうなるの?」

「うぐ。その訊き方をするという事は、鋭いね実束」

「鋭いもなにも、こんなの誰でも気がつきます」

「そなの?」

「そだよ」

「そっか」


ごろん。

私が上。


「じゃあ答えるけれど……多分想像通り、また私は“私”を忘れるよ。記憶に関しては、適当に都合よく帳尻合わせがされると思う」

「……やっぱり」

「さっきも言った通り、私が今ここにいる事で何か大切なものが捻じ曲げられてこじれていくんだ。本来しちゃいけない事、出来ない事とかが私からしたら全く関係ないから。私が何かするたびに、極端に言うとこうして喋るたびに何かしらのバグを起こす可能性が莫大だよ」

「前、汐里…じゃない、紡が出てきた時も有耶無耶にされてたよね」

「うん。有耶無耶にでもしてリセットしないと……正直めんどくさい。無数にあるぐちゃぐちゃ配線を一本一本正しく繋ぎ直すのなんかやってられません。無かったことにして新しく作り直した方が全然楽です」

「……と、そんなことを訊きたいんじゃないよね、実束は」


ごろん。

実束が上。


「“私”がなんなのか、だよね。実束の知る汐里と私が別人なのか」

「そう。別人ならいい、って訳じゃないけど」

「気になるもんね。そしてちょっとまってね、今考えるから」

「考える……ってちょっと?」

「自分がどうこうとか考えて生きませんー。楽しければさほど興味も湧かないし、興味のないことに無関心なのは知ってるでしょ?でも大丈夫、すぐに終わるから」

「……適当に生きてきたんだね」

「適当じゃないと生きていけなかったから。そして終わったよ実束、説明するね」


ごろん。

横。


「結論から言うと、汐里も紡も私もぜーんぶ同じ。一緒だよ。違う点は、一部の記憶と……デフォルトのテンション」

「テンション」

「汐里はローに振り切った感じ。紡はハイに振り切った感じ。そして私はその中間。だから、喋り方に差異があるかもだけどただテンションが違うだけだから」

「……現実はつまらないから」

「スーパーローテンション」

「夢はたのしいから」

「スーパーハイテンション」


ごろん。

右左が入れ替わる。


「さすが実束、私の事わかってるね」

「単純だもの……でも、そっか」

「記憶に関しても、実束的には多分安心していいと思うよ。紡の時の記憶を汐里に引き継ぐわけにはいけないけど、汐里の記憶は全部共有してるから」

「じゃあ、帳尻合わせをしても……」

「実束の事は変わらず大の大好きです」

「…………」

「あれ?その心配じゃなかった?」

「いや……うん、そうなんだけど……私の事忘れちゃわないかって心配だったんだけど、そう来るとは思ってなくて……不意打ちで……」


ごろんごろんごろん。


「戦ってる時はほんと鉄みたいなのにねぇ。今はふにゃふにゃだ」

「え、そんなだった……?」

「うんうん、鋼鉄。怖いよ」

「そうなんだ……」


納得しきってない顔を見る限り無自覚と見た。


「……汐里はこう、なんというか……鉄っぽく見えてスライムみたいな…」

「なんぞそれ」

「見た目はつーんってしてるんだけど実のところふにゃふにゃって感じで」

「……そんな?」

「そんなそんな」


鉄でほっぺをむにむにされる。

そう、鉄。鉄のくせして触手並みに便利。


「もう鉄なのかな、それ」

「あんまり考えないようにしてたけど、まあね。形も硬さも温度も弄れちゃうなら、鉄である必要はあんまりないよね……」


ぴたり。


「……あ、そっか。実際、私は鉄って形を選んでるだけでほんとはなんでもできるんだよね」

「ん……うん。この“力”の正体は私にもわからないけど、そうみたいだよ」

「あれ、知ろうとすればわかるんじゃないのかな、それって」

「確かに答えは出るかもしれないけど、それは本当の真実かどうかわからないよ。ほら、大切なものが捻じ曲げられるって言ったでしょ?」


ごろん。

何もない、空でもない、ただ上を見上げる。


「その答えは私が作り出したものかもしれない。その答えを見つけた事で、本来の答えは消えるかもしれない。求めたところで出てきたものは私の創造の域を脱する事は無い。だから——」


目を閉じた。


「——やっぱり駄目。まだ話していたいけど、駄目だ。終わらせないと」


目を閉じていてもわかる。

見ないようにしても、少しでも気になったら見えてしまう。

実束が寂しそうな顔で起き上がった。


「……行っちゃうの?」

「今の私はね。どこまで記憶を残すかはまだわからないけど……汐里は自分の力に関する事をほぼ忘れる。紡も、全部は覚えていないようにする」


私も起き上がって、ベッドから飛び降りる。


「忘れて、また思い出して。それでわかったけど、この力は危険すぎるから」


歩く必要もないけど、歩く。

する必要がないけどあえてするのは、かなり苦しい。


「この力があれば、死ぬ事は無いと思う。でも、心がすぐに死ぬと思う。この世界が一つのゲームの中だとしたら、私はそのキャラクターだけど世界をゲームと認識した上で全部根本的なところからいじれる感覚。……ほんと、意識しないようにはしてるけど。一度意識しちゃうと結構怖いよ?」

「…………」

「だから、実束。できたら、力ができることに関しては忘れて欲しい。あなたは鉄を操れる。それが能力。それ以外はできない。……でしょ?」

「……わかった」

「ありがとう。なにかの拍子でできちゃったら不幸になるから、ね。過ぎた力は身を滅ぼすって言うけど、うん。実際そうなんだよ、これって」

「…………汐里」

「ん?」


見えなくてもわかる、けれど私は目を開いて振り向いた。

実束が何を言いたいかもわかる、けれど私は知らないふりをする。

もう興味が勝手に情報を仕入れてくる。このままじゃ危ない。


「怖く、ないの?」

「……怖くはないよ。眠るようなものだもの」

「でも、その間は一人ぼっちだよ。ううん、それじゃその力がある限りずっとずっと起きないって事になっちゃう……」

「そう、だね」

「そんなの……」

「いいんだよ、実束。私はこれで」

「よくない」

「ううん、いいんです。さっきも言ったでしょ、みんな私なんだから。汐里が幸せになれば、私も幸せになるんです」


こう言えば実束は納得する、という台詞が次々と浮かんでくる。

これも力によるものだろうか。それとも単純に今までの経験からの判断だろうか。

私に区別はつかない。二つの区別もつかなければ、そもそもその二つを区別する線さえも疑わしいのだから。


「だから、どうか……これからもよろしくね」

「…………」


実束は一つ、深呼吸する。

これからの事を改めて受け入れてる。


「ま……あんまり気張らなくていいよ。これから別に戦ったりしなくなるんだし、ただ日常が戻ってくるだけだもん」

「不明晰夢、結構楽しかったんだけどな」

「ふふ、ね。いつまでも続いて欲しくはなかったけど」

「たまに夢に見る分にはいいのかも」

「夢のままで体験するのならね」

「ただの明晰夢だ」

「…………」

「…………」


実束が言葉を止めた。

その表情からはもう引き留めようとする意思は感じられなかった。


「それじゃ、汐里。また明日……ね」

「ん。また明日」

「おやすみなさい」

「おやすみ」



最後の最後までぐだぐだだけど、多分いけない事なんだろうけど、それが私です。

ここは夢じゃなくてまだ現実だもの。

現実でそんな、感動的なクライマックスとか無いでしょ?


一歩後ろに下がれば、元々地面なんか無いから、私の身体はまっすぐ真っ逆さまに落ちる。


行き先はどこ?


私はこれから眠りに行く。だったら行き先は考えるまでも無い。


閉じる視界の中、私はこれからに思いを馳せる。



とりあえず、家のベッドが恋しい。




〜☆〜□〜☆〜△〜☆〜◯〜☆〜□〜☆〜△〜☆〜◯〜




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