最終話 おやすみなさい




何か、言い忘れた事があったかも。

まぁ、その時はその時。ちょっとぐらいの矛盾、別にいいよね。




………………………………。





今日も世界は無色で味気なく何もかもが詰まらない。

それが現実。何も起こらない。それでいい。

現実はそうであるべきだ。

そうでなきゃ楽しみが無くなる。


だったような気がするけど、実際のところ、どうだろう?





「ねぇ、実束みつか

「んー?」

「私たちが今こうしてるきっかけ、覚えてる?」

「私が突撃したのがきっかけじゃなかったっけ。こう、どりゃああああって」

「そんな気もするけど……しかし、なんで?」

「私の直感が叫んだんだよ。あっ、好き!仲良くなろう!ってね」


実束の頭にチョップを入れた。


「あいた」

「……ここで好きとか言わないの、勘違いされるでしょうに」


今こうしてるとかここでとか、状況がわからないだろうから説明すると。

現在実束と二人で登校中。普通に周囲にわらわらと人間がいる状態です。


「じゃあどこでならいいのさー」

「わかってるでしょうに……」

「えへへー」

「言いたいことあるなら放課後ね」

「はーい」


……冒頭で言ったように、現実はつまらない方がいい……筈だったのだけど、正直今のところ結構楽しんでしまってる。

だから疑問を持ったんだ。

別に夢が何か変わったわけじゃない。ぽんと眠って夢を見るのはいつも通り楽しい。

今日も青い人の話だったな。最近ブームなのか毎日連載中。

私の中のどこにそんな物語があるんだかって感心するものばかりです。言語化すると薄っぺらくなるからしないけど。

ともかくね、だから結局、実際のところどうだろうって思ったのです。

別に……そう、別にどっちも楽しくて何か不都合があるわけじゃないけど。

でも、私がそんな風に思い込むきっかけはなんだったかなと……そう思う。

何か嫌な思い出でもあったのだろうか。

嫌な思い出なら覚えてるかな?

嫌な思い出だからこそ忘れようとするかな?

わからない。覚えていない事は確かだけど。


「それは考え事の表情だね汐里しおり

「前見て」

「大丈夫だよ、向こう8秒は誰にも当たらないことは事前に見たから」


私の顔を覗き込みつつ歩く器用な実束。


「それで何の悩みでしょう」

「……会ったばかりの頃夢がどうとか言ってなかったっけ」

「言ってたね。現実がつまらないこそ夢が楽しいって旨の」

「そう。よく覚えてるね」

「愛する汐里の事だもだぐぉんごっ」


喋ってる途中でも関係ないのでチョップした。

そして抗議の声はとりあえずスルーしておく。


「……今も夢は楽しいよ」

「え。まさか今が楽しくないと」

「それも違う。……だから不思議なの、私がそういう考えを持つようになったきっかけとか理由が全然わからなくて」

「なるほど。ふむ。考えてみるね」

「うん」

「別に何でもいいんじゃないかな」


念のためデジタルな腕時計で測ったところ答えが出るまでの時間は0秒39。

かなりの好タイムです。


「実束ならそう言うと思った」

「へへへー」

「……まぁ、実際のところそうだよね。不都合があるわけじゃない」

「むしろどっちも楽しいとか夢みたい!」

「どっちも夢かも」

「夢心地?」

「特定の時間だけは」

「放課後空いてるよ」

「部活入ってないもんね」

「色々スカウトされたけどねー。私は本能で察知しました。ここで部活に入ってしまったら……何か大切な時間を逃す気がする!」

「結果帰宅部と」

「実際入らなくて大正解だよ。汐里と一緒に帰れなくなってたと思うと損失が多すぎるね」

「今日はぐいぐいくるね」

「そんな汐里は今日は冷静だね」

「人前だから?」

「人前だから」

「ふふふー、じゃあ二人っきりの時とかはあれやこれやしちゃうと」

「うん、いっぱい甘える」

「ふふー……ふ?」


実束の方は見ないで、袖を引っ張る。


「……だから、終わったら早く行くから。準備しててよね」

「…………はい」

「真っ赤になるくらいならからかわなきゃいいのに」

「汐里はそういう事よく平然として言えるよねぇ……」

「それ実束が言う?」

「え?」

「……無自覚とか言わせないからね」

「えー?」


とか話しているうちに校門。


「じゃ、モード変えるから」

「うん、また後でね」


実束と別れて、外からの情報を気分的にカット。

世界を傍観する側に立つ。

学校の人たちには特に興味は湧かない。そこは変わらない。

……変わらないっていつと比べて?さぁ。

でも変わらないったら変わらない。変わらないと感じるから変わらないのです。

教室に入っても誰も私に見向きしない。それもいつも通り。

だから席に座って、イヤホンを。


「おはよう」

「……」


……ああそっか、実束以外に例外がいたっけ、そういえば。


「……相変わらず、実束の前以外だとうっすい反応ね」

「これでも、前よりかはマシになったつもりだけど」

「ま、話してるだけ確かにマシね。……ほら、挨拶は?」

「めんどくさい」

「…………おはよう、に変換しとくから」

「解読にエラーが起きてるけど」

「はいはい……」


私の席は窓際の一番後ろから一つ前の席。

一番後ろだとプリント回収したりがめんどくさいから、一つ前の席。

で、そんな私の後ろの席の人は、クラス内では珍しいことに私に普通に話しかけてくる。

名前は浅野あさの日頼ひより

詳細を説明すると面倒だからしないけど、多分私と似てる人。

同時に分かり合えない人。

だから私はこの人がかなり嫌い。

嫌いだけど、割と普通に話している。向こうも割と話しかけてくる。

なんだか妙な関係です。


「今日はなんの夢見たの?」

「昨日と引き続きの第45話、多分次あたり最終回な気がする」

「ふぅん。よくもまぁそんなに連続で見れるものね」

「日頼は?」

「人殺す夢」

「また?なんか後ろめたい事でもあるんじゃない」

「ありますともたくさん。……どうしようもないけどね」

「そう」

「無関心ね」

「人の夢をどうこうする趣味はないから」

「……よく言う」


会話終わり。

座ってイヤホン装着。






瞬く間に時間は過ぎる。気にしてないから当然か。

午前の授業は終わったので今は昼の時間。

いつも通りならここも時間が過ぎるのを待つだけ、なのだけど。

実束とアイコンタクト。用があるらしい。

というわけで席を立った。






行き先は勿論あの空き教室。

中から耳に馴染んだ声が聞こえる。もう誰かいるみたいだ。


「あ、汐里ちゃん。波浪!」

「……はろーです、実房みおさん」


中にいたのは実束と実房さん、あと日頼。

それと。


「汐里さん!こんにちは!今日も一段と


後はカット。


「……イベリス、なんでいるの?」

「見ての通り、ランチを持ってきたんです。元々汐里さんの為にと思って作っていたのですが少々勢いがついてしまいまして」

「勢いがついたどころじゃないと思うんだけど」

「……悪いけど、処理手伝って。というか汐里が原因なんだから責任とってよね」

「流石にそれは無理やりすぎない?……食べれるだけ食べるよ、ちゃんと」


目の前にはおっきな鉄のテーブル、更になんか料理が色々。

全てイベリス製だろう。


「いやー、お昼一緒に食べようってつもりだったんだけどね。まさかイベリスが来るとは」

「こういう細かなところでポイントを稼ぐのです。そしてこれもあるじ様の監視の一環です。何も問題はありません」

「日頼ちゃんも大変よねー。具体的な能力の名前はわからないけど、監視役がつく能力ってほんとよくわからないわよね」

「そーですねー……イベリス、私と汐里どっちが大切?」

「それは勿論汐里さんです!」

「笑顔で言い切ったなこいつ……」

「……ほんと、よくわからないね」


しみじみ思う。

実束や実房さんと同じく日頼も能力者なのはわかったけど、まさかそんな能力だなんて。

その能力で出てきたイベリスが何故か最初から私への好感度マキシマムだし。

能力と精神性に何か関連があるとしたら、過去に何かやらかしたりでもしたのかな。最近人殺しの夢見るって言うし。


「とりあえず、いただきます」

「はい、どうぞどうぞ!」

「味は私が保証しましょう」

「お姉ちゃんがするんだね」

「私とてからたち家の料理担当……味にはうるさいと自負しているわ」

「……そういえば、日頼は料理できるの?」

「やるわけないでしょめんどくさい」

「だろうと思った」

「失礼な」

「予想は簡単だよ、あなただったら特に」

「汐里は結構できるよね。チョコ美味しかったし」

「チョコ?」「実束さん今なんと」「え、チョコとかやるのあなた」


一気に視線が私に集中する。

……実束め。


「……それ、実束の夢の話でしょ。ごっちゃになってるよ」

「あれ、そだっけ。……そだったような気がしてきた……」

「道理で聞いた事ないと思った」「夢の話でしたか。……汐里さんからチョコ……ふふ……」「……だよね」

「……はぁ」


危機回避。

実際のところ、実束にチョコは作ったんだけど。

初めてだったから中々いい感じのできなくて、でもできるまでやればいいだけだし。

とりあえず予想通り例の日に実束から渡されたチョコのお返しにはなった、と思う。

多分ね。


「あ、これ美味しい」

「!!!!!!!!!!」

「でも反応はうるさい」

「………………!」

「そのくらいならいいよ」

「やた。です」

「でも」

「!?なんでしょうか……」

「……美味しいのはいいんだけど、量が多過ぎると思う」

わたくしの愛の具現、その一角ですので……」

「余ったら勿体無いでしょうに。……実束とか実房さんとか、食べきれる?」

「んー……3割なら」

「私はこのくらいが限界かも」

「もう食べたから後はよろしく」

「…………。……じゃあ、仕方ない。起きて」


その言葉と共に背中からひょこんと何者かが生えてきた。


「ん?む、これはなにやらいきるちからにあふれたけはい……!」

「気配というか、多分匂いだと思う。とこちゃん、起きて早々悪いけど手伝ってくれる?」

「えっ、きょうはこれぜんぶたべていいの!!」

「あ……うん、是非とも食べて」

「わたしのいぶくろはほしのように!」


本当にどっかの星にでも繋がってるのかもしれない。

常ちゃん、謎の幽霊。速くなれる幽霊。

食事とかも必要ないけれど、食事とかも普通に好む。

スタミナは無限。胃袋も基本的に無限。

食べたものが何処へ行くのかは全くわからない。そんな存在。

瞬く間に大量の料理が消費され始めたのを見てとりあえず勿体ない案件は解決と見ていいだろう。


「結局常ちゃんって何なのかしらね」

「幽霊だよ、お姉ちゃん。アクティブな」

「生前よりハッスルしてる気しかしないわ……」

「ささ、汐里さん汐里さん。常さんが全て食べてしまう前にどんどんどうぞ。こちらわさびが合いますよー」

「ん、ありがとう。……ああ、イベリス」

「はい?」

「イベリスの事は別に嫌ってないから、むしろ好きだよ」


消し飛んだ。

文字通り、他に描写する必要が無いほどに見事に消し飛んだ。


「……そこまでか」

「安易に甘やかすんじゃないわよ」

「この位いいでしょ、実際本心だし」

「またエスカレートするわよ?」

「度がすぎなければ止めないよ。……おいしいし、これ太らないし」

「ふとってたらいまごろわたしはにくだんごです」

「太らないのにお腹は膨れるって不思議よねー」


つくづく都合のいい料理。

……思えば、非現実の極みなのにな、これ。

イベリスとも普通に話してるけど、イベリスだって空想のキャラクターだ。

前の私なら嫌悪してたはずの存在、なのに。


「…………」


考えない。

かどうか、迷ってる。

実束別に何でもいい、って言ってた。

それは今でもその通りだと思える。納得もしてる。

そのはずなんだけど、どうしても気になって仕方ない。

これは……


「……ご馳走さま」


好奇心、だ。






「プリント」

「あ、はい」

「考え事?」

「そう」

「あっそ」


雑音が消えたからまた思考を始める。

日頼以外に授業中に話しかけてくる存在はいないから、存分に集中できる。


……前の私のスタンス。

現実はつまらない。現実は嫌い。夢は楽しい。夢は好き。

現実が楽しくなると、現実で夢みたいな事が起きると、夢での楽しみが減っていく。

だから非現実的な事は嫌い。

そういうのを目撃すると吐き気を催すほどの気持ち悪さを感じる。


はず。


今の私は、どうだろう。

実束、実房さん、常ちゃん、日頼、あとイベリス、そして私自身。

みんな何らかの能力者、もしくは妙な存在。

だと言うのに私は普通に受け入れてるし、それで夢に何か弊害があったわけでもない。

あれは思い過ごしだったんだろうか。でも、それならなんで前の私はあんなことを考えていたの?

きっかけがあるはず。理由があるはず。

と、考えても全く思い出せないからそれは放っておくしかない。

もしかすると生まれつきな先天性な、そんな何かかもしれないし。

だから今考えられるのは、前と今の差異だ。


前と今、何かが変わった事は確実。

じゃあ仮に今後また何かしらの非現実的な何かが現れた場合、私はどうするだろう?

今想像したところ、中々吐き気を催す気がするけれど、そこの実際のところも怪しいものだ。

ぽーんと受け入れちゃうかもしれない。直感では吐き気を感じる気がする、けれど予感はそう言ってない。

考え方の変異?

実束と話すようになってから一気に様々な情報が私の中に飛び込んできた。

鉄を操る力。実房さんは光を操る力。突然出てきた常ちゃんは速度を操る力。日頼はよくわからない。

そして私は、他人の力を増幅させる力。自分自身は何もできない。

なんかそういう力があったとして、別段何かと戦うとかそういうことはなかったけれどさ。

ただ異能力が存在するだけ。

日常で変わったことがあったとすれば、能力者達で集まって何かをするようになったぐらいだ。

何か、というと何やら物々しい感じがするかもだけど、蓋を開けてみればただのゲーム大会やらなんやらだ。

異常な接点での繋がりではあれど、中身は至って普通の集まり。

それもまた異常だ。……なんて、それは偏見かも。


「…………」


……偏見、だとしたら。

私たちがしている事は、もしかすると非現実に達していないのかもしれない。

今日のお昼みたいに空想の世界みたいな要素が混ざることはあるけど、別に実際にする事は不可能でもない事だ。

今日だってお弁当持ち寄れば結果的には同じ事なのだから。

能力によってそこに至る過程を省いて結果を早めたって感覚。

あ……じゃあ、本当に非現実に達していないの、かも。

繋がりこそ異常だけど、たまに異常が混ざるけど、してる事は普通。

……何か、指先がなにかに引っかかりそうな、そんな感覚がする。何かを掴めそうな感覚。

平常な人と比べて、私がしてる事自体はあんまり変な事じゃない、はず。

友達と遊んで、一緒にお昼食べて。

でも、それって平常な人と比べて、で。

私、実束たちと話すようになった前は……


「…………。」


友達?

そんなのいないよ。

この教室の中で私に話しかけてくるのは日頼ぐらいってさっき確認した。それも話すようになってからで、それ以前となると正真正銘私は透明だった。

話すようになったきっかけは……そう、えっと……実束に突然話しかけられて……

なんか、私から凄い力を感じるとかなんとか、今思えばとても宗教じみた言い分だったし、私自身が何かできるわけじゃないからなんで信じたのか全くわからないんだけど……でも不思議な説得力はあった。

ともかく、その関連で実房さんとか日頼とかも紹介されて……って感じだったと思う。日頼はちょっと話して大体どんな人間か理解した。

そんなところだ。

それ以前の私は本当に特筆すべきところがない、無味な日々を過ごしていた、と思う。

つまらなくないのかと訊かれれば確実につまらなかった。でも、夢は楽しかった。

だから現実に不満はあったけど、不満があるからこそ、だった。

……今は?


「…………ん…」


不満は……無い、と思う。

でも、どっちも楽しいんだ。

ちゃんと楽しいんだ。

幸せでは、あるんだ。

だから……ううん、そこから先に進む必要がある?

今楽しい。現実が楽しみだし、夢もまた楽しみ。

なら、もうそれが答えで、これ以上深く掘り進む必要はないんじゃないか。



「……授業中に後ろ向くんじゃないわよ」

「日頼」

「なに。考え事の結果でも出た?」

「そう。私、やっぱり日頼の事大っ嫌いみたい」

「んなっ……あなたそんなこと考えてたの!?」


笑顔で言っちゃったけど、まぁこの方が私たちらしいんだろう。

実際のところ、趣味は理解できるけど日頼のスタンスは真っ向から否定するし根本的に嫌いなのは確か。

でも、自分で言うのも何だけど。

好意は無くても無関心ではないんだからね。

大っ嫌いであるのなら興味は津々ですもの。


授業が終わる。








いつもの教室。

もう、私たちの教室…私たちの部屋って言ってもいいんじゃないかと思う。



後ろ手に扉を閉めて、鍵も閉める。

かちゃり。

静かな教室にその音がよく響いた。


中には、実束が私を待っていた。


「……答えは、出た?」

「開口一番それなんだ」

「汐里が何かに頭を悩ませてたことぐらいはわかります。特にわかりやすいよ、それ」

「そんな?」

「私じゃなくても余裕でわかるくらい。ほんっと単純だよねー」

「……自分じゃ全然わかんない」

「そういうのが可愛いのです」


チョップの代わりに飛びついた。

難なく受け止められて、そのまま柔らかい鉄のソファに倒れこんで二人で並んで座る。

矛盾してるようだけど、本当に鉄でできた柔らかいソファなんだから仕方ない。


「それで、今日の議題は?朝のと同じ?」

「夢と現実の話だけど、ちょっと違う。えーと……夢は夢であるからこそ楽しい、現実で夢みたいな事が起きてしまったら夢が楽しくなくなる…の話だけど」

「ふむふむ。それで?」

「んと……ふと思ったけれど、最近そんな夢みたいな事ばっかりだなって」

「そだねー。今座ってるソファもそうだし」

「昼なんかね……冷静に考えるとちゃんちゃらおかしなことばっか」

「お姉ちゃんがビーム…レーザー?撃てたり」

「いつの間にか幽霊に取り憑かれてて」

「日頼は変な力を持ってて」

「イベリスなんて人も出てきちゃって」

「それで、汐里は……」

「実束がこんな事をできちゃうようにする、何らかの力を持ってる」


ソファから見回した教室の中はもはや教室どころじゃなかった。

鉄?多分鉄だとは思う。でも鉄は形も硬さも色も変えて、部屋の中全体をコーティングしてしまっている。見た目としては実束の部屋そっくり。

天井についたLEDらしきものからは光が放たれて普通に部屋を照らしている。

そして床もソファもほんのりと暖かい。

床暖房、ソファ暖房。


「……いや、ふふふっ……実束、ほんとにこれ全部鉄?」

「私は鉄が操れる、そしてこうできちゃったからにはみーんな鉄なんだよ。きっと」

「そっか。なら、うん、鉄……なんだろうね、ふふふふっ」


色々おかしくて笑ってしまう。

でもそう、笑ってしまうんだ。こんな異常な空間でも。


「……そう、そう、えぇとー……とにかくね。前はああ言ってたのに、今私普通でしょ?それがなんでだろって思ったの。朝と違うのは“今”の自分の理由を考えてる点だね」

「ほうほう」

「で、考えた結果……数々の異常な要素はあれど、私がしてることって、割と普通なのかなって」

「こうして話したり?」

「うん。友達と放課後二人でお話とかは割と普通……だよね?お昼に集まってご飯とかも、家に集まってゲームとかも……」

「ちょくちょく異常なことはあるけれど」

「やってること自体は普通。……それで、気がついたんだ」


ソファに深く座る、身体を任せる。

部活動でもしているんだろうな、そんな外を眺める。


「……私、そういうことをしてきてこなかったんだなって」


考えた事をもう一度、今度は口に出して再確認する。


「別に、今私は夢を壊してるわけじゃない。やってることは普通に現実なんだ。……だけど、私自身は普通じゃない。具体的な事はわからないけど変な力を持ってる」

「だから、変な力を持った人で集まってる。でもそれでおしまい。倒すべき敵もいない。果たすべき特別な目的もない。私たちは他の有象無象の人達と特に変わらないんだ」


すう、と一呼吸。


「結論。私は、私なりに現実をちゃんと生きてた。むしろ……前は現実がつまらなくて夢が楽しかったけど、今は夢も現実も楽しい」


身体を転がして実束の方を向いた。


「私今、どうやら幸せみたい」

「……そっか」


実束は柔らかく微笑み返してくれる。

手を伸ばして、猫でも撫でるみたいに優しく、優しく頭を撫でられる。

顔がふにゃっとしてくるので、それをあんまりまじまじ見られたくはなかったので、実束の膝にぱたんと倒れ込んだ。


「それでおしまい。ご静聴ありがとうございました」

「ぱちぱちぱちー。……幸せですか、そうですか」

「うん。こうしてあっぴろげに話せるのも幸せ。実束が聞いてくれるのも幸せ。そうして、撫でてくれるのも……幸せ」

「……畳み掛ける、ね」

「言ったでしょ、いっぱい甘えるって。今日も大好きだよ、実束」


私も手を伸ばして実束の頬をさすってみる。

と、顔が鉄の板で遮られてしまった。


「あ、照れた」

「そんな面と向かって言われて照れない方がおかしいと思うんだけど!」

「いつも人前で言ってる癖にー」

「あれは、こう……意味合いが違うというかぁ」

「じゃあ、同じ好きじゃないの?」

「……もー……」


鉄の板越しに私の手が握られた。


「……私だって大好き。ずっとずっと大好きだからね、汐里…」

「……ん」


満足。

手を戻して、身体を完全に実束に任せる。


「ふふ、えへへ。…実束」

「うん、いいよ」

「ありがとう……いつもごめんね」

「私としても寝顔をまじまじと見れるから役得なのですよー」

「……改めてそう言われると結構恥ずかしい気もする……」


目を閉じた。


「でも、うん、実束になら見られてもいいや」

「でしょ?……って私が言うのも変か」

「ふふ」


実束の膝を枕にして、身体から力を抜いて。




まぁ、私の今の日常はこんな感じ。




卒業する頃にはどうなってるのかわからないけど、なるようになるんだと思う。




それまでは……まぁ、ずっとこんな調子で日常を過ごすんじゃないかな。





「……実束、私、こんな幸せでいいのかな?」


「だめなことなんて無いよ、汐里。……ほら、夢、見るんでしょ?」


「ん……うん。それじゃ、しばらく……」



「おやすみなさい」

「おやすみなさい」




これからもこんな幸せが続くのかな。



それは……いいことだな、と。


ぼんやりと当たり前なことを思って、現実から夢へ目を向けた———





————————————。






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