二十六話 ぐだぐだ




眠って目覚めると、私はいつも通りに夜の道に立っていた。

もう何回目だろう。それはわからないけど、目の前に降り立った怪物を見て考えるのをやめた。

元々考えるのは得意じゃない。

私がやらないと殺される。ならやるだけ。

正直なところ、今の今まで生き残ってこれたのは運による要素がとても大きいと思う。何度不意打ちされたかもわからないし、何度死にかけたかもわからない。

殺されたくはない。ただそれだけで私はここで怪物を殺し続けている。


熊型の怪物が爪を振るう。

前に踏み込んで鉄の剣自体の操作の威力も込めて怪物の腕を切断して、間髪入れずに額に剣を突き刺す。

そして塵になったのを確認して出来るだけ辺りを走り回る。

それは奇襲されるよりこちらから襲った方がまだ安全なのもあるけど、最も大きい理由は私以外の誰かを助けるため。

私以外にもちらほらとここに来る人がいる。でも、私みたいに戦える人にはまだ会ったことがない。

守れる以上は私が守らないといけない。

誰かの命が一方的に奪われるのは良くないことなのはわかる。

目の前で殺されるのを黙って見ていることが良くないことなのもわかる。

だから、できるだけ守らないといけない。

角を曲がって、

誰かの首が飛ぶのをその瞬間に見た。


「…………………」


目の前に落ちてきたその顔を見て、思わず顔をしかめた。

だって、身近な人間だったから。

それはクラスメイト。名前は……




………………………………。




浅野あさの日頼ひより

確かに私の目の前で死んだはず。

その日から学校にも来なくなった、先生から死亡したという連絡もあった。


「浅野日頼は死んだ。あの時殺した。もうあの身体は必要ないから。もうあの私は必要ないから。邪魔だったから、捨てた」


捨てた。

その言葉の通りなら、文字通り捨てたのだろう。


「……常ちゃんと同じような状態ってこと」

「理解が早いね。……あの幽霊紛いが復活できるのは知ってるでしょう?一度死んだら終わる現実の身体なんて不便で仕方ない。現実なんて要らない、私は夢で生きる。束縛された現実なんて要らない、私は夢で自由・・を手にする」

「自由?」

「ああ、そうだよ。自由。……私の力、そういえば言ってなかったよね」


斬っても突き刺しても通過するだけ。意味が無い。

叩き潰しても煙が霧散してすぐに別の場所に身体を形作る。


「私の力は、“自由”。私ができることに制限は無い。鉄だとか光だとか速度だとかに縛られない。……やりたいと思えば、全て私の思うままだ」


……やっぱり、か。

どんな力、と一つにまとめるにはリベルタの行ったことは多すぎた。

この場所の創造。

不明晰夢や怪物の創造。

汐里しおりの力の読み取り。

煙の壁、空間の操作、私の鉄……きっと、お姉ちゃんの光もさっき使おうとしたはずだ。

薄々感じてはいたけれど、かと言って何が変わるわけでもない。


思考する。

私の力じゃ殺せない。殺しても汐里は起きない。

鉄じゃ駄目だ。鉄でできることじゃこの人間は殺せない。

でも……今は汐里が側にいる。


足から鉄を流す。私の後ろには汐里がいる、もう制限は無い。

自分の周りに鉄の壁を作る。完全に外側から遮断する。

更にその壁の厚さを……一気に増幅させる!

叩き潰しても駄目なら、殺せないのなら。まずはこの部屋から無理やり追い出す!

頭上を何かが薙ぎ払った。


「っ……?熱っ…!」


断面……断面、だ。そこが赤熱して、液状になっている。そこから発せられる熱がすぐそばの自分にまで伝わってくる。

何をされたのかは何も見えなかった。でも、それがヒントとなった。


「お姉ちゃんの、黒い光……」


圧倒的な熱線。

最強の攻撃力。

敵に回したくはなかった……けれど、まだだ。

壁を修復して、一気に温度を下げて、下げて……絶対零度がどんなものかはわからない、けれども考える限りの低温にする。

高熱には、低温だ……!

第二波が壁に当たっ


「あっ」


何も変わらずまた消し飛ばされた。

駄目だ。熱量が圧倒的過ぎる。

熱じゃあの光に勝てない、別の手を……頭!?

身体が引っ張り上げられる。すぐさま頭上を鉄の鉈で薙ぎ払ったけど何も無い。

“力”で引っ張られている。そう理解した次の瞬間には足元の鉄を切断されていた。

私の鉄は私に触れていないと、消えてしまう。

視界を塞いでいた巨大な鉄塊が一瞬で消える。リベルタはこちらを見つめているだけだった。


「っ、の」


私の頭を掴んでいる“力”に干渉する手段が無い。髪だけならともかく頭を丸々掴まれてると切断して逃れることもできない。

汐里。手を、鉄を伸ばす。

だけど投げ飛ばされる。

汐里から離される。

手を伸ばしても届かない。どんどん、どんどん離れていく。


「ぐっ、く、ぅ…!」


柔らかい鉄で衝撃は緩和した。

だけど、汐里が側にいない。

自分がいるべき位置にリベルタが現れた。


「何をしても無駄。わからない訳じゃないでしょ?」


もちろんわかる。そのくらいは。

それでも。それでも。こうして、動ける限りは。


「……違う、無駄じゃない。私はまだ、お前にとっての“脅威”。否定したいなら軽くあしらってみろ……!」


何度目だろう?何度でもだ。

遠く離れた汐里に向かって走り出す。


「…………全然理解できない、よくわからない。本当に。無謀って様子でもない。無謀でしかないのに」


左右のバランスが崩れて、気がついたら床に勢いのままに転がっていた。

何かされた。なんだ、ろう……


「…………っ」


右腕。

無い。

転がってもない。消えた。

断面が真っ黒。

黒。

左手をついて起き上がる。

視界の端を黒が飲み込んだ。倒れた。

左腕も消えた。


「軽くあしらったけど」


心の奥底がざわつく。

フラッシュバック。脳裏に痛み、恐怖、関連する出来事が蘇ってくる。

痛い。

痛いよ、汐里。今度は焼けた。

駄目。


「……っふー、ふーっ、ふーっ……!!」


駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。

まだそれは違う。ただの人みたいな行動するのはまだ先だ全て終わったあとだ。

今は違う。だって何にも終わってない。汐里がいない。

手が無い程度どうでもいいんだ。痛みなんか無視すればいい、とてもうるさい身体からのアラームで意志にそぐわない邪魔な信号気にする必要は全く無い。

手が無くて困るなら。

私には鉄がある。


「ふーっ、ふーっ……」


立ち上がった。

両手はある。何も問題無い。

走り出す。

直感で跳んだ、その下を黒線が薙ぎ払った。

その後左足がじゅっと音を立てたような気がした。鉄の足で着地する。

この程度


「この程度じゃ止まらない?」


……?


「今心を読んだ?」

「……!!」


わざとらしい、わざわざ伝える必要も無い情報。

「今、リベルタは私の心を読んでいる。そうなると、避ける先も筒抜けなのでは?」

それは予想、直感での回避が無意味という通達。

「それでも————止まる気が無いの?馬鹿?」

知らない。知ったことか。

鉄の両腕を開いて空気を取り込み包み込み鉄を収縮、圧縮する。

更に温度を上昇させて、その上で走り出す。

何をするかなんてどうせ読まれてる。

なら読んだってどうにもならない回避をすればいい。

鉄の左足をバネ状にして跳ぶ。

跳んだ先で撃たれるのはわかってる。頭の中にその情景が容易に浮かぶ。

ほら今撃ってくる。だから——

両手にを開ける。


「ッぐ、ぅううっ!!!」


両手から破裂音。

圧縮、更に加熱された空気が穴から噴出、というか爆発する。

私は空中で一気に加速した。ロケットなんてかっこいいものじゃない、爆発に巻き込まれて吹っ飛んでるようなものだ。

どちらにせよこの先で撃たれる?

そうだろうね。だけど、それは向こうにとって最善の結果。

この速度、そして急な角度変更。

私の中にまた情景が浮かんだ。

速度、角度を見誤って


「…!!」


黒線を外す情景。

地面に落下すると共にまた両腕に空気を取り込む。

当たる気がしない。次々浮かぶ情景の中に私が黒線に消し飛ばされる“絵”は一つも存在していなかった。

走る。撃たれる直前に右腕の空気で横に吹っ飛ぶ。

黒線は私がいた場所を消し飛ばした。


「あれ、なんでっ」


また余裕が無くなった。

どうせ、頭の中では楽に余裕を持って当てられる情景が浮かんでたんでしょ?


「っ…!」


外れる。外れる。


「思考に、狙いが引っ張られてるの……!?」


なら解除すればいいのに。


「できない、んだって、ば…っ」


めちゃくちゃな方向に黒線が放たれる。


「……自由、って言ってたよね。自分の力を。それは矛盾してる」

「だってあなたは、力の使い方を制限してる」

「だってあなたは、私を殺す気がないんだから」


私の指摘に、リベルタは顔を強張らせて口を閉ざした。

……誰でも気づく、それくらい。

私を殺したいなら手っ取り早く全部消し飛ばしちゃえばいいんだ。

だけどそれはしなかった。

腕だけ、足だけを消し飛ばす。為すすべがないと思わせようとする。

リベルタはそれしかしようとしてなかった。


「不明晰夢でもそうだ。“力”が欲しいのならあなたが直接戦いに行けばよかった。あれだけの怪物を作れるんだから、汐里がいない時の私を殺すくらい余裕でしょう?」


黒線が勝手に私を避けていく。


「怖いんでしょ、殺すのが。直接、自分の手で殺すのが」

「っ……あ……」


黒線が来なくなった。

もう走ることはしない。

歩いて、リベルタの目の前まで辿り着いた。


「……っ…あたり……まえでしょ!!!」


口を閉ざしていたリベルタが……いや。

浅野日頼が叫び出す。


「怖いに決まってる!逆になんでお前はあんな平気な顔して殺せるの!?狂ってるよ頭おかしいよ気持ち悪いよ!!腕も足も焼き消されてなんで普通に向かってくるの!?死ぬの怖くないの!!?」

「……………………」


右腕を適当に剣にした。


「ひっ……!」

「……完全にメッキが剥がれたね、浅野日頼」

「違う、違う私はリベルタ!その名前で呼ぶなって言ってる!!」

「なら……殺して、みなよ。私を、簡単に、たやすく」


がたがた、がたがた震えた手のひらが私に向けられる。

ここから避けられはしない。そんな速く動く術は私は持ってない。

だから、本来なら詰みな状況だ。


「……っ、……ぅ、……く、あ……っ……!」


だけどこれだもの。

そこから先に進むことはない。

あと邪魔。


「あ」


肉を斬った感覚がした。

首が落ちて、そのまままた煙みたいに消えていった。

多分、準備ができてなかったんだと思う。

または私のイメージに引っ張られたかな。

汐里。


「…………」


やっぱり目覚める様子は無い。

それでもここにいるべきじゃない。

抱き起こして、背負って


倒 れ







——……—………た、みたい?


思 考が、うま く働かな い。

から


だも 全く 。

なんで?

途切れ、とぎれ。


切れそ う

になって、また

慌てて繋いで、みたいな。

なにかを、


され た?

ちがう


いたい


うでが いたんで、無くて


それはまだだめ

しおりをまだたすけてない


から、無視


あれ できない


なんで



「……ほんとうに……信じらんない」



「何のためらいもなかった、また殺したまた殺された。もう……殺されるのは嫌だったのに」


浅野 日 頼


「…………あれだけ強烈な意思だったのに、今は途切れかかってる。……ああ……無理し過ぎたって、事ね。……ふ、ぅ…普通は徐々に弱る所を、お前は先送りに、したんだ。……先の事を、なんも考えてないから…そうなるんだ」


そっか

また


わたし



「あああもう、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……だから、舞台には立ちなくないんだ……」


また やっちゃ った。


だめだな。






途切れてた。


意識 閉じかけ

だ。

いつ

かんぜんに なる かわからな い。

なら せめて。


約束。



ちり、ちり、と。

ひばなが、かすかにちってる。みたいに。


しにかけの意識、 を。

かきあつめ、て。


これだけはしないと。



「———————た」



「す けて 汐里」







———。



「……はぁ」



—————。



「やっと……沈黙した。……やっと終わった……」



————————。



「これでやっと、何も気にしなくていいんだ…もう危ない目にも遭わないし、それに」



—————————△



「もう、なにもかも好きに…………?え……?」





〜☆〜□〜☆〜△〜☆〜◯〜☆〜□〜☆〜△〜☆〜◯〜





いや、それ・・を使うのはちょっと違う気もする。

その…星とか三角とかのやつは、夢と現実の境目に使うやつだから。

ここは夢じゃない。


じゃあ、どうしよう?


新しく作るのも面倒だから、このままでいいか。



「はっ?」


リベルタが素っ頓狂な声を上げた。

何を見て、というと。

ゆっくりと起き上がる睦月汐里を見て。


「は、え、なんで?なんで起きてるの?」

「じゃあ、起きてないんじゃないの?」

「お前からは“起きる”自体を取り払った!眠る以外の行動は削除した!なのになんで」

「だから、起きてないんでしょ」

「寝言だっていうの?寝返りだとでも言うの?そんな馬鹿な事あるわけないじゃない!!」


その言葉と共に、何か煙状の球が飛んできた。

多分当たると眠ったりするんじゃないかな。

当たる前に空気に溶けた。


「……っ!?なんで、何を…ううん、ううん、お前は何もできないはず、何も」

「…………」


私に煙がまとわりつく。

あの時と同じ。


「ほら、何もない……あなたに能力は存在してない、何も変わってない、だから何も……心配は…………」


リベルタから、実束に目線を移す。

……こんなになっても、私を助けようとしてくれた。

嬉しい反面、やっぱりちょっと怒りたくなる。

こうなる前に言ってくれればよかったのに。

……私も遅いからおんなじか。


「ん」


“私”が揺らぐ。

現実らしく変な色でもない黒髪が、一瞬青色に変わったり、戻ったり。

だけど、まぁ、どちらかというと黒だよね。

揺らぎが止まる。

私は実束を助けにきたんだ。

実束が知ってるのは睦月汐里だもの。

とりあえず手足を元に戻してあげた。あと、そう、精神の方は……適度に?

やりすぎは良くないし。


「実束」


仰向けにして、肩を揺らす。

そしたら実束は目を開ける。


「————……ぁ…」

「……頑張りすぎ。やっぱり実束みつかはすごいよ」

「しお…り……?」

「うん。汐里、だよ。……一応ね」


抱き起こして、適当な布団に運んでぽーんと投げ込む。


「で……随分慌ててるみたいだけど?」


ひとまずの処置が終わったところで、改めてリベルタに目を向けてみた。

口をぱくぱくさせてる。何が何だかわからないと言いたげだったし、何も余裕がなさそうだったし、訳が分からなそうだったし、めちゃくちゃ焦ってた。吐き気さえ感じる。


「今私がしたことが信じられないと。何かバグが起きてると思ってるのかな?違うよ、あなたの力はずっと正常」

「ならなんで!!」

「説明する義務はない……けれど」


その場にあるベッドに腰掛けて、頭上で曖昧ななにかをもくもくと広げる。


「実束には伝えておきたいことだから、いいよ。ついでにあなたにも話してあげよう」


これは説明と回想ついでの続きの描写。

その場を曖昧が包み込む。




————————————。




あなたは……私?


「そう、私。あなたが忘れたあなた。あなたが追いやったあなた」


……よく、わからない。


「うん。じゃあ順に話そっか。私も睦月汐里、でもどちらかというと……織潮おりじおつむぎ、かな」


それ……夢の中の私の名前。

きっちり分けて考えたいから、夢の中ではそうしようって決めた名前。


「そうだよ。夢の中にはみんながいる。それぞれが何かしらをしている。私はそれを眺める。観測者。物語の読者。楽しむだけの存在。……だったでしょ?」


…………。


……そう……だった。

多分、きっと。そうだったはず。

そうだったはずなのに……


いつからだろうか。

前はそんな生活をしていたはずだった。

けど、今は……何故かぼんやりして、はっきりと思い出せない。

本当にそうだったっけ?

今、私の中にあるイメージは、その……夢の中では自分の作ったキャラクターが何らかの物語を進めていて。

私はそれをただひたすら眺めている、そんなイメージ。


だけどそれは、ただのイメージだ。明確な記憶じゃない。

不明晰夢の前。夢を見ていた頃の記憶が、曖昧で思い出せない。


「必要なかったからね。その今を疑問を持たずに生きていればそれでよかった。違和感とか不都合とか、そういうのは全部私が担当した。あなたが現実担当なら、私は非現実担当。元々の目論見通りきっぱり分かれて、思い通りに動いていました、と」


……分かれて。ってことは、じゃあ、あなたと私は元々……


「一つ。……それでいいと思うよ。起きている間はあなた汐里の時間。つまらなく現実を過ごす。眠っている間はわたしの時間。楽しく夢を過ごす。分かれてから不明晰夢に眠る時間が囚われるまではそんな時を過ごしていましたが……じゃあ、分かれる前は?」




————————————。




ここからは私が喋った方がそれっぽいね。


「分かれる前。どんな状態か言うのなら、現実も非現実もひっくるめて認識していた時の状態。別に能力を持ってないのは変わらないよ。力の総量も変わらない。私が持っていたのは、認識」


人差し指を揺らすと、その通りにもやもやしたもくもくが揺れる。

実束もそれをぼんやりと見つめている。


「そもそもさ、違和感を感じない?何かおかしいって思わない?この“力”……実束は鉄。実房さんは光。常ちゃんは加速。ジャックは切れない+斬撃。イベリスは認識操作。リベルタは何でも。それぞれ違ったことに使ってるけどさ」

「どうして実束は実房さんみたいな光が使えないの?逆も然り。曲げたり温度を変えたり硬さを変えたり割とめちゃくちゃなことをしてるのに」

「……何が言いたいの、あなたは」

「勘違いしてるって話がしたいの、私は。“力”は素材。“能力”は使い方。……素材があっても、使い方がわからなければ何もできない?いやいやいや、いやいやいやいや。そんな馬鹿な話無いよ。ゲームの数値的な設定じゃあるまいし」

「…………!」


リベルタの顔。

何かに気がついたように目を見開いた。


「“力”を筋力とするよ。“能力”をボールを投げるとするよ。私にその能力は無い。だからボールが投げれない。……違うよね?能力に無くたってボールぐらい投げれば投げられる。現実はそんな0か1かで動いていない。投げ方ぐらい知らなくたって後から覚えれば投げられる」

「銃弾を銃で撃つのも同じくらいの力で思いっきり投げるのも結果的には一緒だよ。“力”は使いよう。結局のところそれが現実。“力”でできることは、その“力”で出来ることまでなんだよ。だから……」


実束に目を向けた。

実束は私が何を言いたいか、もうわかってた。


「…………常ちゃんが……汐里の言葉だ、って言ってた」

「そう……実房さんに、私は言った」



『できると信じれば、自分の中の“何か”は思うまま』



「…………………」

「……って訳だから。それが使い方の真実。“能力”を持ってる人は、それしかできない・・・・・・・・って思い込んじゃって幅が狭くなるんだと思う。先入観のせいだね。でも私は何故か違った」


リベルタの表情とか、今はもう気にする必要はないから描写しない。


「私には力だけがあった。偶然、したい・・・と思ったことができたときはとても驚いたよ。初めて出現させたのは…チョコレートだっけ。ぽんって目の前に出てきたんだよ、ふふ」


チョコレート。

布団。

あとスマホ。

空中に欲しいものがどんどん出てくる。


「それから、“それなら他のも”って感じで次々と、次々と、好奇心のままに沢山の事を試した。全部全部思い通り。したいこともなんでも、欲しいものもなんでも、知りたいこともなんでも。…………けれどね」


ぽん、と。

出したものを全て消す。


「すぐにやめた。そしてさっさと“できる”って事自体を意識の外に追いやった」

「……なんで」

「ねぇ。あなたは夢、好き?」

「……?」

「答える必要もなく大好きだよね、知ってる。質問の意味が読み取れない?それも知ってるから何も言わなくていいよ」

「私は大好き。毎日毎日心待ちにしてた。“力”に気づく前から夢は大好き。夢にはそのまま夢がある。希望がある。つまらなくてつまらない現実なんかよりよっぽど楽しい。このために生きてるとしか思えないって感じ」

「でも」


リベルタの姿を見る。

夢にまみれた、非現実的な姿。

ああ…………大っ嫌い。


「夢は、夢であるからこそ楽しい。現実は現実であるべき。現実で夢みたいなことが起きたら……夢がどんどん死んでいっちゃう」

「だから“力”を忘れた。……むしろ全力で楽しめるよう、夢の中の私だけ“力”の使い方を覚えているようにした。現実はつまらなくあるべきだから。むしろ、つまらないからこそ……夢が楽しい」

「…………全然、意味がわからないんだけど」

「うん」

「だったらなんで、現実を捨てなかったの?私は捨てた。つまらないものなんていらない。私はここだけでいい!だから——」

「だから私、あなたが大っ嫌いなんだと思うよ」


あの時言っていた言葉の意味、今ならわかる。

睦月汐里と浅野日頼。

現実から逃げて夢を求めるのは同じ。

だけど同じだったのはそこまでだ。


「あなたは夢のために現実を捨てた。私は、夢のために現実を生きる。……絶対に相容れないよ、私たちは」


ベッドからぴょんと降りる。

歩き出す。


「……だから、私の言うことはわからないだろうけど。でも、馬鹿な事をしたよね。現実の自分を捨てちゃったら、誰が夢を見るって言うの?」

「……そんなの、私が

「第一、もうあなたは夢を見てないよ。証拠はたくさんある」

「は…?」


一つ。


「その姿、一度私の“力”を得てから勝手になったんじゃない?」

「え……なんで知ってる、の」

「旧版の“織潮紡”の姿にそっくりなんだもん。そのよくわかんない服の模様とかまんま。やたら青くなってもやもやしてる髪もそっくり」

「嘘」

「じゃないよ。次」


二つ。


「ジャックとイベリス、あれうちの子そのままだよ。多少改変は食らってたけど、でもデザインとかはそのまま。私たちに対抗できるような強い化け物を作ろうとしたら浮かんできたんでしょ」

「っ……!」

「そしてもう一つ」


三つ。


「あなたがやった攻撃もほとんど実束と実房さんの真似。化け物もバリエーションがどんどん減っていっていた。」

「…………」

「…………あなたは何も生み出してないよ。それは夢じゃない、ただ投影してるだけ」

「……違」


四つ。

私の“力”を手繰り寄せた瞬間。

リベルタは、煙を取り払われた。


「う…あ?あっ。あっ、ぁ、あ、ああああっ」


そこにいたのは、ただの浅野日頼。

制服姿の、染めてない髪の、普通の。


「かえ、返して、返しなさいよ!私の力、私の——」


伸ばされた手を払う。


「いい加減、人の力を好き勝手使うのはやめて」

「あ———」

「……これは、私の夢だよ」



壁が崩れ始める。


城が崩れ始める。


‪‬この空間が崩れ始める。



私の目の前で、浅野日頼はその場に崩れ落ちていた。



「……あはは…いや、こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ……」


形を失っていく空間の中で、そのままの本心を実束に向かって語った。


「じゃあ、どんな風にするつもりだったの?」

「もっとこう…明るい感じに……」


何も考えず喋るとやっぱりよくないね。


世界が閉じる。




………………………………。



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