二十話 会いに行くよ大切な人
起きて、すぐにメールを送った。
すぐに電話をした。
どちらにも返答は無かった。
着替えて家を出た。
教室に着いた。
窓際の席を見る。誰もいない。
適当に嘔吐して早退した。
………………………………。
「お姉ちゃん」
「……」
お姉ちゃんも早退してきてたから、一緒にテーブルに集まった。
「昨日のこと、覚えてる?」
「覚えてる」
「うん」
「殺さないと」
「……取り返さないと、でしょ?」
「…………。そう……だね、確かに。
少しだけ思考する隙間ができた。
第一目標は、汐里。
あいつは二の次だ、あいつを殺すのが最短距離なら殺す。
「……でも、どうすればいいのか……そもそも、あの怪物はもう会うことはない、って言ってたわ。汐里ちゃんを連れ去るのが目的なら、もう私たちに会う理由が無いんじゃ……」
「それは心配ないよ」
「え?でも」
「汐里は、またね、って言った。だから、また来る」
「……。確証は無いわよ」
「ううん。絶対。……あいつが言った通りの力を持っているのなら、あいつの能力は洗脳じゃない。あくまでも認識を操るだけ。あくまでも発言は汐里の意思だよ」
自分で言っていて心が痛む。
だって、本当にそうだとしたら、汐里は認識を操られているとはいえ自分の意思で向こうへ行く事を選んだのだから。
全く抵抗もしていなかった。嬉々としていた。
さも当然のように、私たちに別れを告げていた。
さも当然のように、私たちはそれを受け入れていた。
「…………だから。私たちは、汐里を取り戻す方法を考えればいい」
お姉ちゃんはしばらく黙ってはいたけど、諦めたように口を開く。
「わかったわ、それを信じる以外に方法が見つからない。……それで、どうするつもり?」
「認識を操るってことは、昨日みたいにそもそも敵と思えないんだと思う。汐里が反応する間もなくしてやられたから、効果範囲も相当広い。遠くから殺すって方向は難しいと思う」
「そもそも汐里ちゃんを取り返すまで私はろくに攻撃できないしね」
「だから……相手の術中に陥ったまま、殺すことになるはず」
「敵と思えないような状況下でも、攻撃する方法ってことね……難題だわ」
意識の外であいつを殺さないといけない。
それは、この殺意は全く役立たないということ。
……自分への殺意なら、何かの役にたつかも、だけど。
「……………………」
意識の外で。
いや、違うかもしれない。
味方だから、敵じゃないから、大切な人だから殺せない。
そこを覆せば。
例えば。
「……?
汐里がいなくても、剣くらいは作れる。
切れ味も十分だ。
「………………」
「え……」
お姉ちゃんは呆気に取られて動かない。
そのままでね。その方が切りやすい。
————————————。
「ふぁぁ……」
あくびが出てきた。
視界のぼやけが消えた後、私は見たことのない場所にいた。
床は絨毯の引かれた高級そうな通路だけど、壁はぼろぼろ、ほとんど無い。なので天井は一切存在しない。
床だけが無事な廊下を歩いている、みたいな感じ。
そして通路の外には何もない。ええ、文字通り
だから認識できない。黒が見える訳でもない。
眼を使っている限り、文章での表現はできなさそう。
「眠そうですね」
「うんー、ずっとずっと寝てないもの……夢を見れてないもの」
「それも今日でおしまいですよ。もう、狩場を開く必要もないんですから」
「狩場…不明晰夢ね。結局、あれってなにが目的だったの?」
「能力者を自動的に引き込んで、殺害する事で所有権の消えた“夢力”を回収するためのものです」
「“夢力”?っていうか、あれ、みんな能力者だったの?」
「はい。順番に説明しますと……“夢力”は、簡単に言うと力の大きさです」
「力の大きさー……実束と
「あの二人の事はよく知りませんが、おそらくそうでしょう。仮に二人共同じ能力を持っていたとしても、保有している“夢力”の量で実際に使える能力の規模は異なります」
「“夢力”って名前の意味は?」
「それに関しては、ただ我々がそう呼んでいるだけです。仮名、というやつですね」
「ふむふむ……」
いつのまにかドアの前に立っていた。
壁なんてないのに、中に入るとそこは寝室。
寝室という事は、ベッドがある。
「おふとん!」
ちょえやっと飛び込む。ぼふん。
うん幸せ。いい感じのおふとんだ。
「ちょっと話が長くなりそうなので、とりあえずここで話しましょうか」
「わかったー」
毛布の中に入ると、続いてイベリスも入ってきて、私を包み込む。
「んー…いい匂いだね、イベリス」
「ふふ、ありがとうございます。きつくないですか?」
「ぜんぜんー。安心する香りだよ」
「ならよかった。……話の続きですね」
撫でられるままに身を任せて、イベリスの声に耳を傾ける。
「能力者のことに関してですが、そもそもとして能力は誰しも持っているのですよ。ただ、ある程度の“夢力”が無ければ生涯存在に気がつく事すらないでしょう。それで、狩場は能力が使える素質のある人間を誘い込む機能を持っているんです」
「一定以上の“夢力”持ちだけが来るようにしたんだね」
「その通りです。理由は効率を上げるため、ですね。塵も積もれば山となりますが、積もるまでかなりの時間がかかってしまいますから」
「なるほどーねー。えーと、じゃあ化け物は“夢力”を回収する為の働きアリで、“夢力”が大きい方へ向かう習性があるんだね」
「まあ……正解です!そこまでわかってしまうんですね!」
「経験則経験則。だから私に向かってくるし、ジャックもイベリスも私を狙うんだね」
「そういうことです。……だけど、
「んに?」
ごろん、とベッドの中で仰向けに転がされて、その上にイベリスが覆いかぶさった。
ちょっと顔が赤くなってる。目もとろんとしてるのがわかった。
「……言ったでしょ、汐里さん。
「知ってるよ?」
その赤いほっぺに手を添える。
「イベリスは私が大好きなんでしょ?安心してね、ちゃんとわかってるから」
「それに、私も今、イベリスが大好きだよ。だからこうして一緒にいるの」
「……汐里さん……!」
イベリス、喜んでる。表情が輝いてる。
かわいいなぁ。
「だから……いいよ?」
————————————。
「実束」
喋らないで、お姉ちゃん。
今、集中してるんだから。
「実束、無理しないで」
震える剣を退けられてしまった。簡単に。
「…………………ぅ…」
駄目だった。
考えながら殺そうとした。
見たまま殺す相手がお姉ちゃんだった場合。
殺す相手が……汐里だった場合。
それぞれ考えて、そのまま、殺そうとした。
そうしなければならないとひたすら言い聞かせて、思いこませようとして。
だけどちっとも手は動かなかった。
……鉄になりたい、と。ふと思った。
自在に鉄を出せるんだから、鉄にだってなれるんじゃないかな。
鉄みたいな心が欲しい。
そんな心があれば、汐里を助け出せる。
あいつを問題なく殺せて、汐里を正気に戻せる。
「……そんな無理、する必要ない。それはやってはいけないことよ、実束」
「でも」
「汐里ちゃんは確実に悲しむわ。実束は、実束のままでいて欲しいはずよ」
わかる。
わかる、けど。でも。
それ以外にどうすればいいの。
汐里なら……
「…………なら…どうすれば、いいの」
わからない。
「汐里なら、どうする、かな。お姉ちゃん」
わからない。
「汐里なら」
わからない。
「汐里」
私は、汐里じゃない。
汐里。
汐里が居ない。
いつも側で考えてくれるのに。
「……は、…っ…あ、ふ……は…っ…」
いつのまにかお姉ちゃんに抱きしめられていたけど。
変な心臓の動きと、変な呼吸は全然落ち着かなかった。
「…しおり……」
ああ、そっか。
居ない時なんかなかったから、わからなかったけど。
私、汐里が居ないと、駄目なんだ。
————————————。
「そういえば、イベリス。私たち、どこに向かってたの?」
一緒のベッドの中でイベリスに訊く。
確か、お話の為にこの部屋に来たんだよね。なら、本来向かってた先があったはず。
それを聞いた時、ほわんとしていたイベリスが目をぱちくり。
「あ、あああ、そうでした。幸せすぎてすっかり頭からすっ飛んでました。失態です、失敗です、
飛び起きちゃったイベリスを、私はもう一度引き倒す。
「ひょわっ!?あの、汐里さん…?」
「行く前にもっかいー」
背中に手を回して、足を絡めて、ぎゅーっと。
幸福ポイントがぐんぐん上がります。幸せ。
「……はふぁ……」
「イベリスも幸せそうだね」
「だってー……汐里さんが私をぎゅーってしてくれるなんて……ふへぇ……」
「変な声出てるよ」
「でますよぉ…」
「ふふふー」
だけどいつまでもそうしているわけにもいかないから、ひょいっと肩を押してイベリスを離す。
露骨に残念そうな顔をするけど、イベリスは偉いからほっぺをぱんぱんってして起き上がった。
「ありがとうございます、汐里さん。そろそろ行きましょうか」
「ん」
ベッドからぴょんと飛び降りて、イベリスの手を握ってついていく。
部屋から出るとまた壁が無い廊下。
「これから汐里さんには、ある方に会って頂きます」
「ある方?……あ、わかった。イベリス作った人だね」
「え、そこまで知ってるのですか?」
「ただの予想とか直感だよ。それでー…私、実験にかけられたりしない?」
「安心してください、そういう事は一切。第一
「そっか」
「汐里さんは私が身を呈してでもお守りしますから。苦痛を伴うような事は無い、と約束します」
「ん、ありがと」
そんな会話をしつつ歩いていると、いつのまにか一つの大きな扉の前に立っていた。
「どうぞ」
イベリスが開けたその扉の先は、大きな寝室だった。
うんうん、わかる。眠りたいよね。いつでも寝れる場所って素晴らしいもの。
中に入りつつ、大きな部屋にぽつんと置いてあるベッドを見つめる。
ああ、見るからにふかふか。きっと寝心地いいんだろうなぁ。
そんなベッドに腰掛けて私を見ている、人型の何かが一つ。
腰掛けると言っても、足元が千切れてぼろぼろなローブっぽい衣装から見えるのは足じゃなくて、煙のような何かだけど。
薄い水色の髪の毛は綿あめみたいにふんわり膨らみつつ広がってて、その先はほどけて煙みたいになって足と同じように世界へ溶けている。
ああ、なるほど。
煙とかに見覚えが、いや、頭に覚えがあるけど、そりゃそっか。
大体わかった。
「……ふぁ。…えーと……私が睦月汐里…だよ、たぶん。はろー?」
「…………」
その人っぽいのは黙って私を見つめていた。
片目が髪で隠れてるけど鬱陶しくない?
「話し方がわからない感じかな。うん、じゃあ待つ。待つけど……一つだけ、先に言っておくね」
別に言う必要も無いけれど。
これだけは気になったから、言わざるを得なかった。
「私、あなたの事大っ嫌いみたいだよ。思想的にね」
「…………そう」
「でも悲しまないで。私はあなたの事をなんにも知らない。これからの関わり合いによっては好かれることもあるかもよ?」
「必要ない。……イベリス、ご苦労。下がっていいから」
「では汐里さんの側に居ますね♪」
「……だろうね。じゃあそのままでいい」
互いに想像通りの反応。
やっぱり、自分の……には甘いんだね。わかるわかる。
「それで、ご用件は?」
「大した事じゃない。お前はこれからこの世界で生きてもらうから」
「ふむふむ」
「その為に……どうしても、知っておかないといけないことがある」
「というと」
私の周囲に変化。
空間からもやもやみたいなのが出てきて、私を取り囲む。
ううん、出てきたというか、可視化したというか。
この世界は、何から何までこの煙っぽいもので出来ているんでしょう?
「イベリスがいる限り危険はない……と、思うが。不安要素は取り除きたい」
「……お前も、知りたいでしょ。自分の能力を」
「え、わかるの?」
「当然。ここは私の世界なのだから。その程度造作もない」
「なるほど。要は、私がここで何かしでかすのが心配なんだね」
「…………理解が早いね」
私は抵抗しない。しようにも出来ないし、危なかったらイベリスが止めるもの。
煙が私を包んで、すぐに晴れて。
「………………」
「どうだった?」
「…………なるほど、なるほど。正直驚いた……けど、何も心配はいらなかった」
「え、そんなにへぼ能力だったの?」
「いいや、いいや、そうじゃない。……ああ、教えてあげる。別に、知っても何も変わらないから」
その人っぽいのは、薄く笑った。
「お前の能力は」
————————————。
部屋に戻って、布団にくるまっている。
「………………………………」
何か言おうと思った。
でも指令を送る気にもならなかった。
何を言おうと思ったの?
知らない。
「………………………………」
対策、考えないといけないのに。
思考が動こうとしない。
やる気が出ない。
部屋だけは陽の光で明るい。
「………………………………」
気にしてないふりしてたから、ちょっとの間だけ平気だったのかな。
ほんとは最初から駄目だった。
ずっと。ずっと。
汐里。
無理、しないから。一人で無理しないから。
頼るから。
だから、助けて。
「………………………………」
違う。
助けるのは私、でしょう?
甘えるな。求めるな。
それじゃ駄目でしょ。
だから。
鉄に。
……鉄に。
「………………………………」
「……汐里がかなしむことは……したくないよ…」
「でも、しおり……それしかなかったら……しかたない、って…ゆるしてくれる……?」
「しおり……」
「……無理は駄目。でも、死んだり、後遺症が残らないくらいだったら、いいよ?」
飛び起きた。
「汐里っ」
いない。
どこ。
「汐里っ!!!!」
部屋の中を見回してもいない。
どこ。
クローゼットの中。違う、布団を、いない。
ひっくり返す。ここじゃない。どこに隠れてるの。
「どこ、ねぇ!!!こっち!!?ここ!!??!!?」
ここじゃない。いない。ここじゃない。
まだ探してないところはある。ひっくり返す。
汐里がいるんだから、汐里
「実束!!」
「汐里がぁ!!!!……あ…?」
お姉ちゃんの、声?
部屋の扉が開いてて、お姉ちゃんが、立ってる。
「実束……」
「お姉ちゃん…しおりの、声がして、だから」
「…………」
なんでそんな顔、するの?
なに、見てるの?部屋?
私の部屋、でしょ?
「……え…」
なにこれ。
ぐちゃぐちゃ、だ。
入れ物が片っ端からひっくり返されてて……何もかもがぶちまけられてて……鉄が、伸びてて。
……私が…やったの……?
だって、汐里の声が、したんだもの。
でも扉はお姉ちゃんが開いて、どこを探しても汐里はいなくて、じゃあ、汐里は?
あの声は。
あの、こえ、は。
「…………気のせい…………」
出したくない言葉だったけど、止める力もなくて、口に出してしまった。
身体から力が抜けた。
お姉ちゃんは黙ったままだった。
私も何も言う気がしなくて、鉄でふとんを引き寄せて、くるまった。
しばらくそうしていて、扉が閉まった音がした。
「………………………………」
動けない。
動かない。
動きたくない。
「………………………………」
「………………っ…う……ぅ、ううううううううう……」
————————————。
「あの……汐里さん。気を落としていたりは……」
「してないよ?なんとなくそうだろうなーって気はしてたもの。むしろすっきりすっきりだよ」
「それならいいのですが……しかし、汐里さんがあんな
「まるで主人公だね?まぁそんなのになる気はなぁーんにもないんだけどー」
あくびをしつつイベリスと歩く。
話は終わったから自室へ歩いているところ。
ここ……名前は特に決めてなかったらしいけど。そのうち決めるんじゃないかな?
とにかく、ここで私が住むための部屋。自室。
本来ならそこへ歩いているところ、だけれど。
「……ねぇ、イベリス」
「はい、なんでしょうか?」
立ち止まって、イベリスの瞳を見つめる。
「少し寄り道、していい?」
「寄り道、ですか?構いませんが……どちらに?」
「不明晰夢。こっちで言う所の、狩場」
そう言うと流石に驚いたような表情のイベリス。
うん、そうだよね。
「あれを開いた時、実束たちも来るんだよね?」
「はい……確かに、狩場は変わらずあの二人を引き込むかと。しかし……」
「何をしにいくかが心配?」
「……正直なところ、そうです」
「それなら大丈夫、安心して。むしろ、イベリスが心配せずに済むようにしにいくんだから」
「え?」
「ふふ、ふふふっ」
想像しただけで笑みが零れる。楽しみ、楽しみ、楽しみ。
抑える必要もないから垂れ流しだ。
「ふふふ、ふふふふふっ、あはははっ。いいよね、イベリス?」
「汐里さんのお願いなら、もちろん…でも、一体何を?
「単純な話。実束たちはあなたたちにとって明確な脅威でしょ?今は私がいないからといってね、実房さんはともかく、実束は何としてもここに来ると思うよ」
戸惑うイベリスの頰を撫でて、首元へ滑らせて。
「今は凹んでるかもだけど。やがて立ち直って、私を何が何でも連れ戻しに来る」
滑らせて、滑らせて。
「だから何かするなら今のうち。そして、実束は絶対に私を殺せない」
胸元で、止めた。
「ここまで言えば、わかるよね?」
私の言いたい事がわかったらしく、イベリスの顔がぱぁぁっと晴れた。
花が開くみたいにね。
「……あ…汐里さん、それってもしかして…!」
「ん。イベリス、私ね……」
止めた指を、ぐっ、と。
突き刺すように押し当てた。
「私の手で、殺そうって思ってるの♪」
————————————。
「………………………………」
陽の光を失った部屋の中は真っ暗になっていた。
「………………………………」
じゃあ、夜?
気がつかなかった。
「………………………………」
なんだっけ。
「………………………………」
あぁ。そうだ。
対策、考えないと。
「………………………………」
いや。
いいや、もう。そんなの。
「………………………………」
それよりも…もっと大事なことがあったから。
えっと。
「……………………………ああ」
そうだ。
汐里がまたねって言ってたし、行かなきゃ。
「………おやすみなさい」
………………………………。
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