十九話 初めまして最愛の人




………………………………。





目を開ける前に、感覚の視界が開く。

青。自分が色を仮定した気配。

赤。自分が色を仮定した気配。

それぞれが感じられた。


「……………はぁ……ふぅ……」


あとは、感じ取れないものを目で見るだけ。

目を開くと、目の前にはやはり顔があった。


「おはよ、おねえちゃん」

「おはよう、とこちゃん」


それで始まる。

今日も始まる。





「ところで、なんでみおおねえちゃんいるのかな?」

「えっ?」


そりゃいるでしょう……と考えて、そしてすぐに気がついた。


「あ……?」


私は。

重大なミスをしていた。


「あああああああああ!?」


すっかり忘れてた。

すっかり忘れてた、いやなんで忘れてたの馬鹿馬鹿!!

実房みおさん不明晰夢に来るの二日ごとじゃないか!!!

爪が甘いというかそれどころじゃないでしょもう馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿わたしばか!!!!

ってやっても仕方ないから対策を考え……待って常ちゃんなんて言った?


「え、常ちゃん?いるの?」

「いるでしょ?」


と言われたので改めて気配を探る。

すぐに見つけたのは実束の気配。そして…………あ…いる。たしかにいる。

実房さん、不明晰夢に来てる。実束みつかとは離れてるけど、たしかに。

……なんで?今までずっと二日ごとだったのに。


「ふしぎだねぇ」

「…………それを考えるのは、後にしよ」


疑問がまた増えてやな気持ちになるけれど、それよりも今実房さんがいる事がとてもありがたかった。実房さんは確実に必要な存在だ。

近いのは実束……だけど、ここは実房さんと先に合流だ。


「こっちいくよ。化け物散らしはよろしくね」

「はいはーい。もーど……どうしよう。わたし!!」


モード・常ちゃんとは一体。

とりあえず姿が消えたけど遠くにはいってないはず。周囲をひゅんひゅん飛び回っているんだろう。


「……はやめはやめに、と」


化け物が向かってくる感覚がするけど、私は最短距離で実房さんと合流だ。

できるだけの早足、早歩き。


「しーおりー!」


と思ったら声がした。

え?この声は実束。実束だけど、流石に早すぎない?

でも気配はたしかに近く。っていうか……上!?


「ひぇっ」


そう思った直後にずごん!と前に突き刺さったのは鉄。

なんだなんだ、と思ってると間もなく鉄に引っ張られるように実束が降りてきた。


「……びっくりしたんだけど……」

「びっくりした?」

「だからびっくりしたんだけど」

「そっかそっか。えーと……えへん」

「よくわからないから」


実束のドヤ顔を見つつ、ノータイムで実束が作ったカートに乗る。

飛んできた事に関しては、もうあんまり訊く気にならなかった。

とりあえず、また何か思いついたんだろうなぁと。直線距離で合流してくれるのはとてもありがたい。


「あそこ右ね」

「はいはーい」


発進。もちろん歩きより断然早い。

いつも通り軽快に進む実束カート。いつも通り、という言葉が少しだけ引っかかった。


「……実束、手はもう大丈夫?」

「うん、ばっちり。いつも通りの私だよ。……昨日はありがとね」

「ん。治ったなら、いい。私も大丈夫だから」

「うんうん。もう傷つけさせないからね」

「もう傷つきすぎないでね」

「はーい」


本当にわかってるのか、みたいな返事だけど実束はちゃんとわかってる。

その返事で私が安心できるのが証拠だ。


「常ちゃんは?」

「周りを飛んでる。範囲内に入ってきた化け物を……うん、今殺してる」

「了解。なんであれ、常ちゃんが来てくれてよかったね」

「合流までの無防備時間が不安要素だったしね。攻撃さえ通れば常ちゃんはまず無敵だし」

「……ちょっと妬いちゃうな」

「やっぱり」

「ばれてた?」

「バレバレ。……争う必要は無いよ、それぞれ出切る事は違う。私には二人とも必要だよ」

「…………」

「その沈黙はなに、というか前向いて」


実束がじーっとこちらを見てくる。観察の目線?私を?

とか思ってたら、なんか微笑んだ。


「……汐里しおりさ、会った頃と比べると結構変わったよね」

「変わっ……?」

「いや、変わったんじゃなくて……もしかして、素に近いのかな」

「そ………」


言葉が詰まる。

ここで私は何をいうべきか。何を言うのが一番刺激が少ないか。

考えて、考えて……


「……れを、私に言って。どうしたいの」

「ん。どちらにせよ、心を開いてくれてる感じがして嬉しいなって」

「…………………」


駄目だった。

そういうこと言われるととても困る。だって、どうすればいいかわからなくなるもの。

そういうことなんで言えるんだろう、実束。恥ずかしくないのかな。


「……前向いて…左曲がって」

「はーい」


とりあえず前を向かせる事には成功したから、はやく落ち着こう。

心を、開いている?それは……

……考えない……よ。考えないからね。

少なくとも、今は、この……心の鎧を外す気は無い。

実束を警戒してるからじゃない。

現実から身を守るためだ。

全部外して、落ち着くのは、また別の機会。

息を吸って、吐いて、いつも通り。

カートが停止する。


「……お待たせしました、実房さん」

「今日は早いわね!位置が良かったの?」

「色んな条件が良かったんです」


実房さんも、いつも通り、みたいな様子だった。





「言われてみれば、たしかに」

「そういえばそうだね!忘れてた!」

「……全滅だったかー……」


実房さんの事について訊いてみたところ、見事に全員勘違いしていた。

あっぶな。

しかし、こうなった原因には心当たりがなくはない。


「……私がさも明日も実房さんが居るように話を進めたのが原因と思う。本当に申し訳ない」

「結果的に私がいるから無問題よ。なんでか全く全くわからないけどね」

「その理由とかも、原因に会ったら問いただすとしましょう。……はぁぁ焦った……」


とりあえず存在を目視出来て存在の証明が完了した。

実房さんの言う通り結果的に良かったとしても、めっちゃくちゃ焦った。脱力。


「大丈夫?」

「……すぐ治る。というか、実房さんは大丈夫ですか?」

「私?ピンピンしてるわ、いつも通りよ。ちゃんと休めたみたい」

「それならよかった。……じゃあ、早速ですけど…」


屋根から飛び降りる影。

あの形状は……真っ黒な巨大ハリネズミ、だと思う。

飛び降りた瞬間剣山のような棘は一つ残らず切断され、次の瞬間にはじゅぼっと蒸発していたから確証が持てない。


「……その様子だと、まだ敵は来ていないのでしょう?まずは殲滅ね!」

「えんしゅつしてみたよおねえちゃん」

「……はい。体力は出来るだけ温存しつついきましょう」

「いつも通り動かない?」

「いや、こっちから積極的に向かっていく。さっさと終わらせよう」

「りょーかーい。じゃあお姉ちゃんも乗って乗って」

「移動砲台ね。派手に消し飛ばすわ!」


気合の台詞を入れつついそいそとカートに乗り込む実房さん。身体能力は普通だもんね。

常ちゃんはいつも通りふよふよ浮かびつつ、時折消えつつ追いかけるつもりらしい。

改めて化け物の位置を確認する。数は…結構少なめに思える。

ちょっと前に向こう側の残りリソースが少ないとかそういう話をしてたけど、その上で考えると……リソース、抑えてる?

その抑えた分のリソースはどこに回されてるか……昨日の上で考えるのなら、思案するまでもない。


「実束」

「ん」

「無事に、生き残るよ」

「……ん。汐里がそう言ったなら、みんな無傷で終われるね」


なんですかそれは。

……とか、思ったけど。

実束の言葉は、私の中で絶え間なく膨らみ続ける暗いもやもやを小さくしてくれる。

だから、うん、言葉には出さないけど。

実束がそう言うのなら、そうなるよう導いてみせよう。

カートが動き出す。



………………………………。



ハリネズミだからと言って、何がどうこうということはなかった。

行って殺すの繰り返しだ。

実束だけだったら多少面倒だったかもしれないけれど、こちらには攻撃力が過剰すぎる実房さんがいるし戦闘力が過剰な常ちゃんがいる。

針を利用して壁を登ってきたり突進してきたりはする、が特に問題ない。

登っている途中で私が支持して実房さんが撃ち抜くし、そもそも一定範囲に近づくと常ちゃんが切り刻んでしまう。

万が一近づかれても実束がいるから安心。

……そう、負けるはずがない。


「ね、汐里」


蹂躙される化け物を眺めつつ、実束が私に話しかけてくる。


「安心した?」

「…………。うん……これなら、安心できる」


慢心?

ううん、これは根拠のない安易な慢心じゃない。

それだけの条件が揃っている。

だからこそ、手加減もしない。

なにかをさせる前に全力で消し飛ばす。

なにもさせずに容赦なく封殺する。

段取りなんかどうでもいい。尺なんか気にするな。

あっけなく終わらせてやればそれだけでいい。


「考えすぎるのもよくない、よね。どんどん窮屈になる、本来出来ることもできなくなる」

「うんうん、リラックスリラックス。汐里は自然体でいた方が強い人だよ」

「そんなことわかるの?」

「わかるよ、なんとなく。あと……昨日の事もあったし」

「……ま…そうだね」


空中で塵になって消える針。

暗い夜道のあちこちで爆発するかのように光が輝く。ちゃんと出力落としてるんだね。


「あと、何匹?」

「…………5、減って3…2…1、二人ともストップ」


その声と共に実房さんと常ちゃんが手を止める。

カートから降りて、四人で集まってその場に立つ。


「実房さんはいつでも撃てるように準備を。実束、あっちから飛んでくるから一旦捕まえて。常ちゃんは私のそばにいて」

「了解よ」

「ん」

「はぁーい」


実房さんは銃の形をさせた手を構えて、実束は残り一匹のハリネズミを液状の鉄で捕らえて、常ちゃんは私の隣でゆらゆら揺れる。


「汐里ちゃん。あなたのタイミングでいいから」

「……ありがとうございます。……すぅ……」


息を吸い込む。

色んな心配事が頭の中に浮かぶ。

最悪の事態が次々と挙げられていく。


「……はぁぁぁぁ………」


それらを吐き出す。

考えても仕方ないことだ。実現させるのなら最高の事態だ。

だから想像する。いつも通りに日常を過ごす明日。

いつも通りに続いていく毎日を。

今望むのはそれだけだ。


「……やるよ、みんな」


返事の声はないけど、もう必要ない。

雰囲気だけでわかる。


「実束、潰して」


最後の一体の気配が消えた。

不明晰夢から違和感が消えた。


眠気は……


「指差します。その方向へ砲撃を」

「任せなさい」


……来ない。




昨日は殲滅してから襲来するまで間があった。


いつ来る?

いつ来たって関係ない。


私の最善の仕事は、怯まずに場所を指し示すことだ。



5秒。来ない。



9秒。来ない。



12秒。

前の方から誰かが歩いてくる。


その人から普通じゃない何かを感じる。この人を中心に、この不明晰夢全体へ広がっているもの。

この人も何かの力を持ってるみたい?

姿は、というと、この夜の道に似合わない服装、そして髪の色。

順繰りに認識してみる。


瞳は緑色、髪の色は鮮やかな赤。

しかもかなりの量があるみたい。ピンクの花びらみたいなリボンで結んでるみたいだけど、膝下辺りまで赤の髪がふんわりと広がっている。

服は見たことのない、ファンタジーみたいな格好。

ケープの一種?これまた花びらみたいなケープっぽいものに、やっぱり花のリボン。

下に着ているのは黄緑の服。袖がすごく広くてなんだか和服みたい。

スカートは緑色で端っこはひらひらと……全体的に見ると茎と花びらみたいだった。

その人は私たちからある程度の距離で止まると、ゆっくりとお辞儀をした。


「こんばんは、皆様方」

「こんばんは…」

「あら丁寧な。こんばんは」

「こんばんは」

「はろーはろー?」


顔を上げたその人は、私の顔を見て……ぱぁぁっ、と顔を輝かせた。


「そして……もしかして、あなたが、睦月むつき汐里しおりさん…でしょうか?」

「えと…そうだけど」

「そうですか、そうですか!あなたが!」


とことこと駆け寄ってきて手を取ってきた。


「ひゃ」

「あなたの事は以前より聞いています!あの、是非ともお話を……!」

「う、うん。いいよ。いいから、ちょっと落ち着こ?」

「あ、はい、そうですね、たしかに、はい。すーはーすーはー……」

「ははは…」


元気な人だなぁ、とすぐに感じた。


「……ふぅ、すぅ。では、立ったままだと落ち着かないので……あそこの中で」

「ん、わかった。みんなもいい?」

「ええ、もちろん」

「いいよー」

「おねえちゃんのいうとおりー」

「だって。それじゃいこっか」

「はい!」


ぴょんぴょん跳ねてる。落ち着こ落ち着こ。



………………………………。



破壊されていない家の中に入って、適当に電気をつける。

普通に電気はついた。すると、さっきの人が次々とカップやらなんやらを持ってきた。


「どうぞどうぞ座ってお待ちください!色々用意したんですよ、わたくし!」

「張り切ってるね」

「張り切ってます!えぇ、昨日からずっとずっと楽しみにしていたのですから!」


カップに紅茶が注がれて、バスケットにはスポンジケーキとか、クッキーとか。


「おおー。たべていい?たべていい?」

「ええ、もちろん。どんどんお食べください」

「わーい」

「常ちゃん、みんなの分残しておくんだよ?」

「ぐもっち」

「……大丈夫かなこれ」


まぁ常ちゃんは放っておいて。

準備が終わったらしく、赤い人が椅子に座……りかけて戻る。


「……そうでした、うっかりです。自己紹介をすっかり忘れていました」


「こほん、こほん。わたくし、イベリス、といいます。今後ともどうかよろしくお願いいたしますね」





「なるほどなるほど……そんなに戦い続けてきたのですね、汐里さん達は。とても大変だったでしょう」

「うん、楽では……無かったかな。できるだけ楽になるようやってきたけど、それを崩すと一気に危なくなることばっかだし」

「私がミスったら汐里が危ないからね。間違いは起こせない」

「私も外したらアウトだし……そう考えると割と綱渡りね」

「あまーい」

「月並みな感想で申し訳ないですが……皆さん、凄いです。わたくし、争い事は苦手だしできないので……」

「できなくたっていいのよ。本来、そんな力は持つべきじゃないの」

「……ありがとうございます」


紅茶とお菓子を消費して、私たちは真夜中の談話を行う。

とりあえず話したのは今までの不明晰夢でのこと。思い出せるだけのことしか話せなかったけど、一つ一つにイベリスは感激しながら反応してくれるのでとても話しやすい。


「そういえば、イベリスってジャックと同じ側の人?」

「あ、はい。そうですよ」

「あの後ってジャックどうなったんだろ」

「えーっと、狩場の外に追い出されてしまったので融解しました。でもちゃんと素材は回収したので問題ないですよ」

「そうなんだ」


消滅したわけじゃなかったんだね。


「そう…ジャック、ジャックです。狩場からジャックを追い出す発想に至ったのも、汐里さんでしょうか」

「ん、うん。それしかない、って思って…」

「まぁ……やっぱり凄いです、汐里さん。まだここの事もあまりわかってないはずなのに……」

「実束達のおかげもあるから。私一人じゃあとてもとても」

「汐里がいなかったらあんなことできなかったってー」

「私だってまともに動けなかったわ」

「もぐもぐぐももん」

「……つまり、汐里さん達は……とてもいいチーム!って事ですね!」

「そう?そう見えるかな。えへへー」

「チーム…チームか。リーダーは汐里だね」

「私?」

「汐里ちゃんでしょう。そもそも、私たちは汐里ちゃんがいないとまともに戦えないのよ」

わたくしも汐里さんがリーダーと思います。まとめ役です」

「そっか……ふふ、リーダーかぁ……」


ちょっとだけ心が浮つく。

リーダーだ、って自分で思うことはしないけど、でもそうやって頼られるのは素直に嬉しい。


「……思っていた通り…いえ、思っていた以上に……素敵な人です、汐里さん」

「んに?」

「実は……その。わたくし……汐里さん。あなたに、会いに来たんです」





「ふへー、そこまでー?」

「はい、そこまでです!わたくしはその為に生まれたような気さえします。汐里さんの話を聞いて、一目会いたくなって、もっともっとお話を聞きたくなって……今に至るんですから」

「それは…うーん、照れる」

「多分、これがきっと一目惚れってやつですよね!わたくし、汐里さんに一目惚れしてます!」

「わわわわ…」


いつのまにかイベリスが隣に座ってるけどあんまり気にならない。

むしろ落ち着くくらい。どことなく花の香りがするんだ。


「えと、そんなぐいぐい来られても私困っちゃうって」

「あ……そう、ですよね。落ち着けーわたくしー落ち着けー…」

「深呼吸深呼吸」

「すー………はー………」

「あと、瞑想とかしてみるといいかもしれないわ」

「瞑想……ですか。ふむふむ……」

「たべるとおちつくよ?」

「それもそうですね、食べます。はぐはぐはぐはぐ」

「逆に落ち着かないんじゃないかなぁそれ…」


喋り方からしてどことなく貴族風な第一印象だったけど、中身は全然そんなことなかった。

イベリスは、なんというか、普通に優しくて、元気な女の子って感じ。


「イベリス」

「うみゅ?」

「これもどうぞ」

「あ…はぐっ」

「……いやいやいやいやー」


クッキーを差し出してみたところ、かぶりついた。

かぶりついちゃうかーそこー。

イベリスも後から気がついたようでみるみる顔が赤くなっていく。かわいい。

とりあえずクッキーはかじり取って咀嚼。


「…………」

「…………」

「……あーん」


しばらくした後、今度はイベリスが口を開けてきた。

残りのクッキーをあげてみる。


「ん……」

「……えっと…おいしい?」

「……はい。…とっても」

「…………」

「…………」


またまた沈黙。





「ねぇねぇ、イベリス」

「なんですか、汐里さん」

「……なに言おうとしたんだっけ」

「ふふ、慌てなくていいんですよ。時間はたっぷりあるんです」

「んに…」


ゆったり頭を撫でられると心地いい。

いい香りもするし、ここで眠れちゃいそう。


「……ああ、そうそう……時間はたっぷりって言ったけどさ、ここっていつまでもいれるの?」

「いようと思えば。えっと、獣が一体でもいれば狩場は維持されます。獣の存在が狩場の霧散を防いでいるんです。もし獣がいなくなってしまったら、その瞬間狩場は形を失って、精神の拘束力を失くします」

「いつも私たちがやってることだね」

「そうですね。狩場から解き放たれた精神は……弾性力、と言っていいのでしょうか。元の場所に戻る力が働いて、自らの夢へと還っていきます」

「あー、夢に還るから眠くなるんだね……じゃあ、昨日みたいに壁ぶち抜いて脱出してもいいわけだ」

「それは……ちょっと微妙ですね。狩場自体はまだ健在なわけですから、出れないと考えるのが自然かと」

「出てもまたなかに吸い込まれる?じゃあだめだねー」

「もしかして、もう出たいですか?」

「ん?んー……あんまりここに長くいすぎると疲れちゃう気がするし……精神が疲れたらつらいよ?とってもつらいからね?」

「まぁ……それはいけませんね。そろそろお開きとしましょう」


イベリスと手を繋ぎながら椅子から立った。


「だって。もうそろそろお開きにしよ、みんな」

「はーい」

「……ちょっと食べ過ぎたかも」

「実際に食べたわけじゃないから平気ですよ。太りません、太りません」

「あらそう?ならもうちょっと…」

「お開きだよ、お姉ちゃん」

「…はーい」

「常ちゃんはちょっと眠っててね」

「ん?うん、おねえちゃんのいうとおりに」


常ちゃんが私の中に入って沈黙した。

多分この方がいいはず。


「それでは、今日はお付き合いして頂きありがとうございました。とても、とても有意義な時間となりました。もう会うことはないでしょうが、どうかお元気で」

「うん、さようならイベリス」

「お菓子、ごちそうさまでした」

「またね、実束。実房さん」

「それでは……あ」


家から出ようとした時、イベリスが声を上げる。


「ごめんなさい、すっかり忘れてました。自己紹介、まだ途中でしたね」

「ん…」


私を抱き寄せたまま、二人へ振り返った。


わたくしの名前はイベリス。実束さんが鉄を操る能力、実房さんが光を操る能力、常さんが速度を操る能力……同じように表現するとしたら」



わたくしは、認識を操る能力です。その効果のほどは、恐らくすぐにわかるかと」



「では♪」


目の前がぼやけていく。


花の香りに包まれて、私の視界はぼやけて、身体はぽわぽわ浮いていく気がする。


ああ、懐かしいなぁ。

とか思った。



————————————。



「は?」


汐里と一緒にいなくなった。


状況が、よくわからない。

ううん、ひとつだけわかる。


連れ去られた。


目の前で。

私はそれを見送った。


「……っ」


行かないと。

でも既に思考はぼやけていた。

眠い。眠気が包む。


不めい晰夢が、とじようとしてる。


まだ、まだだよ。汐里がいないと。


いかなきゃ。


ならないのに。


「……く、ぐ…ぁ」


ふみだそうとする足がまともに機能しない。

ころがって、でもはいつくばって、でも



「ぁ」



まぶたがとじる。




「ぁぁぁあああああああああ!!!!!!!」




叫んだ。




………………………………。



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