十八話 変わる夢事情





瞼を透かしてくる光を認識して、意識が夢から現実に移ったことを自覚する。

意識にまとわりつく夢がほどけていく。


「——————…………みつか」


夢の残滓が音になって口から漏れた。

視界が開く。カーテンを透かしてくる光が、実束みつかの顔を少しだけ照らしていた。


「…………………」


起き上がる。ぼんやりと実束のベッドの中に居ることを認識する。

今日も、生き残った。

そんな風に、一瞬だけ思って————


「っ!!みつ——い゛、あっ!?」


起こそうとした。向こうでの事を思い出して、身体を揺らそうと実束の肩を掴んだ瞬間、激痛が走った。

どこから。左手。

そう、そうだ、ジャックに左手を壊されてた。

なら実束は……そもそも実束は無事?


「ぅ、実束!起きて!ねぇっ!!」


頭の中に嫌な光景がたくさん浮かぶうるさいうるさいうるさい知るもんかそんな事ない考えるな。

不安なんか信じるな。

私は信じないから。


「実束、実束ってばぁ!」


実束はちっとも動かない。

こんなに声をかけてるのに。

なんで起きないの実束。

右手を握りしめる。


「実束……」


身体から力が抜けた。

右手もすぐに開いた。


「……おきろぉっ!!!」


そして思いっきり頰をひっぱたいた。

自分でもびっくりしたくらいに綺麗に入った。ぱぁん!と乾いた音が部屋に響いて、壁に吸い込まれて、消える。


……無音。


実束は、それで……も………

…………………………………。


……寝息、立ててない?


よく聞いたら、実束は、寝息を立ててる。


生きてる。


「……は………」


今度こそ身体から力が抜けた。

生きてた。

騒いでたのが馬鹿みたいだ。最初に寝息を確認するべきだった。

生きてた。


「…ぁ……」


……ひりひりと右の手のひらが痛む。本物の痛み。

左手は痛い、ような気がする。外傷は全く無いけれど、それでも時折変に曲がった指に見える…気がする。錯覚。錯覚だ。全てが気のせい。だけど……

……いけない。否定しなきゃ。アレは所詮現実には届かないのだから。


「…………」


一瞬。布が擦れる音。

はっとして実束を見れば、うっすらと目を開いてこっちを見つめていた。


「……実束?」

「…………しおり?」

「うん、私だよ……」

「……なんか、雰囲気、ちがうね」

「え……あ、えっと……」


雰囲気違う?いつも、いつもはどうだったっけ。

ああ思考がぐじゃぐじゃする。集中できない。


「……冗談、冗談。おはよ、汐里しおり

「……むぅ。おはよう」


実束は右手をついて起き上が


「おっ?」


……れない?

右手が働いていなかった。支えとして全く機能していなくて。


「…………??」


実束は寝転んだまま、ぼんやりと右腕を顔の前まで持っていっていた。

右腕?

なんで、右手はそんなにだらんとしてるの。

実束、なんで、右手に焦点が合ってないの。


「………あれ……?え……あ」

「実束?」


実束の目が震えている。

そして、呼吸も、だんだん荒く。


「………。すぅ、…はぁ……」


だけど、実束は深呼吸をする。

深呼吸して、右手に左手を置いて、鉄で背中を押してゆっくり起き上がる。


「…………こほん、こほん。私は大丈夫だよ、汐里」


そしていつもみたいに笑ってみせた。

右手は膝に置かれてるけどだらんとしてるのはわかる。右手に添えられた左手だってちょっと指が曲がっていて。

どっちも痛いはずなのに、普通にしている。


「…………えと、汐里?」


……落ち着かない。

何か、ざわざわとするものがある。胸の中で、ちくちくと針が何かを刺す感覚。

痛い。つらい。どうにかしないといけない。

表情を一定に保つ事はすっかり頭から抜け出ていた。今の私はどんな顔をしてるんだろう。

実束の困惑した顔を見る限り、あまり良い表情はしてないんだろうね。


「実束。全然、いつも通りに笑えてない」

「……」

「私、今は実束が嫌い」

「えっ」


考える前にそのまま言葉が外へ出て行く。

止める気は無い。


「無理してるの丸わかりだよ。そんなことして欲しくない」

「あ、……えっ…と…ぁ……」

「我慢したら、大嫌いになるから」

「…う……」


表情が険しくなったのを見て、私は両手を実束に向かって広げた。

左手はうまく使えないけど、右手は無事。


「……ほら」

「………………」


実束は動こうとしない。

踏ん切りがつかない、みたいな表情だった。迷いにまみれた顔。

実束の中に、躊躇わせる何かがあるみたいだ。

わりかしどうでもいいことだ。

動かないから私が動いた。


「……!待っ」

「やだ」

「やめて、汐里、」

「やめない」

「おねがいだから、ね」

「だめ」

「はなして、…から、しおり」

「ぜったいにやめない」

「……、……ぅ、っ………っ」


腕の中で実束が震え始めた。

右手で背中をゆっくり叩いてみる。


「実束」

「……」

「痛い?」

「……痛い」

「そうだよね」

「痛い…いたい、よ。しおり。いたくて、いたくて」

「うん」

「くるしくて、右手が、右てが切られて、こわくて、なくて」


返事の代わりに背中を叩く。


「いたい、いたいっ、ぁああ、ああああああああああ」


ぎゅっ、と実束を抱きしめる。

叫び声とか涙とかを全部受け止める。

溢れ出るものを叩きつける先になってあげる。


「ああああああっ、ひぐ、う、ああああああああああああ」


こうすることが正しいのか、とふと頭に浮かんだけど。

きっと、内側から腐る前に解消してしまった方がいいんだと、思う。

……ああ、いや、そもそも違った。

正しいのかどうかの前に……私が、実束が抱え込むのを許せない。

ただそれだけだ。


……つまり、自分のため、か。


そんな事を思った。

でも、思い返すと、私はずっと私の為に生きていた。

全部自分の為。

全部自分の利益の為。

なんだか悲しいような気もするけど、それが普通、だよね。


「…………」


……だから、これも、自分の為の行動だ。

実束を離さないように抱きしめ直した。




………………………………。




「実束。今、握ってるからね」

「……うん。握ってる、んだね」

「そう。握り返してみて」

「……こう?」

「ん、出来てる。実束、ちゃんと実束は握ってるよ」

「…………」


どれくらいの時間が経ったのかわからないけど、ひとまず実束が落ち着いた後。

私は実束の右手を握って、リハビリ……みたいな事をしていた。

実束は今、右手の存在を認識できていない。だけど右手は確かにそこにある。

全ては気のせいなんだ。

痛みも感覚も、全部気のせい。

だから、まず実束に右手を認識してもらおう……と思って、こんなことをしている。


「そのまま、そのままね。私を引っ張り上げて」

「ん……」


実束は立ち上がって、繋いだ手を引っ張る。

私は実束に掴まりつつ引っ張られて立つ。


「……変な感じ……」

「なんにも感覚は無い?」

「うん……無い…ように見える、今のところは。でも、今確かに汐里引っ張られてるし……」


実束の表情は変わらず困惑した様子。

でもその疑問がきっと思い込みを解くとっかかりになる、はずだ。


「……なんか気持ち悪くなってきたー……」

「あー…多分、脳が混乱してるのかな」

「……そうだ、汐里は、平気なの?」

「私?……ああ、そういえばやられてたね……」


言われて思い出した。左手。

気がつけば気にせず動かしていた。


「……あ、もう平気みたい」

「私は……まだ痛いな、ひん曲がってるし」

「ひん曲がってないよ」

「そうだと思いたい……」


左手をぐーぱーしてみるけど、やっぱり特になんとも無い。

痛みをたまに思い出すような気がするけど、それも今痛いじゃなくて痛かったって程度の感覚。夢の残滓は消えかかっている。

やっぱり所詮は錯覚。

実束の傷は深いけれど、治せないものじゃないはずだ。


「……とりあえず、動かせてはいるから。無理しない範囲で、右手を意識して使ってみて。その内現実に目が向くはず」

「わかった…やってみるよ、汐里」

「ん」


すぐには元に戻らない。今はこれで、少し経過を見てみよう。


じゃあ次。


立ち上がった実束をベッドに押し倒した。


「うぇ?」


両手で実束の腕を押さえて、上に乗っかる。


「あの、汐里?えと、なにして」


そして身体を後ろに逸らして…………


「…………でー……ぇぇいっ!!!」

「ぅごふっ」


胸の辺りに思いっきり頭突きした。

実束からは声が漏れる。あっこれ私も地味に痛い。

痛いけど、我慢。


「げほっ…しおり…?」

「……なんでこんなことしたかわかる?」

「…………」


頭突きした所から頭を動かしてないから実束の顔は見えない。

見えないけど、想像は簡単だった。わかってるね。

そのまま、頭突きしたまま続ける。


「わかってるだろうけど、言うよ。これは罰。おしおきだから」


頭を実束に押し付けた。

それはおしおきの意味もあったし、他の意味もある。

考えないけど。


「実束、一人で無理しないで。心配させないでよ。あんなことしなくても、もっと良い方法があったかもしれない。実束があんなことする必要はなかったかもしれない」

「…………ごめん」

「だめ、まだ許さない」


許さない理由もわかってるよね。


「わかってないでしょ?ううん、わかってるけど、その上で実束はまた無茶をする。そうでしょ」

「…………」

「いくら私でもそのくらいわかる。だから……無茶して欲しくない、心配させないで欲しい、けど。でもね、いいよ。無茶していいよ。ただし」

「さっきみたいに、無茶した後、一人でどうにかしようと思わないで」


腕を押さえていたはずだったんだけど、いつの間にか私は実束の肩に手を置いていた。


「私を頼ってよ。私だって、直接実束を助けたい」


手に力が入る。肩が強く握られる。

痛いよね。でもそれもおしおき、おしおきだから。


「頼りないかもしれないけど、自分でも頼りないと思うけど、それでも、何もできないわけじゃ、ないんだよ?」


あ、勝手に言葉が漏れ出してる。

だめなやつ。理性的じゃない、危険な、


「起きた時すごく心配で不安で苦しくて、実束が生きてるって知ったらすっごく安心したよ、でも実束はぼろぼろで、でも実束はそれを一人で抱え込もうとして、苦しいはずなのにいたいはずなのに実束は抱え込んじゃって、わたしにはなんもさせてくれなくて」


いけない。

こんなのは駄目だ、そんな気がする。

私は実束に、ちゃんとわかってもらいたいだけで。

私は実束に、愚痴を吐き出したいわけじゃなくて。

でもだめだ、止まらない。

着地点も何も————

抱え込まれた。


「……ぅ…」


抱え込まれた。抱きしめられた。見えないけど、実束に包まれてる。


「ごめんね」


そんな声が聞こえた。


「…………うん、許す」


暴れていた感情は実束に鎮められてしまった。

今度の謝罪は、許せた。







実束の件に関してはこれで終わり。

いい加減動き始めようと二人して着替えて部屋を出た。

実束の手はまだ本調子じゃないけれど、かなりマシにはなっている。

まずまだ起きてこない実房みおさんの部屋へ行ってみる……


「お姉ちゃん?」

「……あー…実束、大丈夫だったのー……?」


起きてた。

起きてた、けどすごくベッドでぐうたらしていた。


「私は、とりあえずは……お姉ちゃんはどうしたの?」

「なんだかめっちゃだるいのよー……眠くはないのだけど…」


その様子を実束の後ろから見ていた私は、原因を考えて……すぐに思いついたのがひとつだけ。


「……もしかしたら、最後のレーザーのせいとか」

「それっぽいわよねー……確か、向こうの傷は起きても影響があるのでしょう?なら、向こうで疲れたならこっちでも……とか」

「あり得ますね……なら、そのまま休んでいた方がいいですね」

「朝ごはん持ってくるね」

「おねがいー……」

「……実房さん」

「んー?」

「本当に、お疲れ様でした」

「……二人もね。無事でよかったわ」



そんな感じの会話をして実房さんの部屋から出る。

これから朝ごはんだ。二階から、一階へ二人で降りていく。



実束は両手を負傷。

実房さんは疲労困憊。

そして……


「………………」


……とこちゃん。


今回の不明晰夢は甚大な被害があった。

今までとは明らかに様子が違かった。

そして、これからもあんな調子で続くんだろうか。


ひとつ、深呼吸。


それでも、死ぬ訳にはいかない。

向こうの奴らが私をさらってどうするかはさっぱりわからないけれど、ろくなことにはならないはずだ。


…………でも、ああ。


傷ついても、治せるのならまだいい。

でも、死んだらどうしようもない。

どうしようもないでしょ、常ちゃん……





ドンカカカッドンカカカッドカッドドドンカドンカカカッドカドドンドドカカドンドドドンカドドカドンドカカカドカカッドンカカカッドンカカカッドカッドドドンカドンカカカッドカドドンドドカカドンドドドンカドドカドンドカカカドカカカッ


目の前で太鼓コントローラーがいじめられていた。

二本の棒でドカドカとタコ殴りにされていた。


「………………………………………………………………」

「………………………………………………………………」

「あたたたたたたたた」


タコ殴りにしてるのは真っ白な服、真っ黒な髪の小さな女の子。

明らかに過剰な速度で太鼓を叩いている。

とりあえず私たちはもう一度二階へ向かった。


いや二階へ行ってどうするの。私たちは顔を見合わせて多分同じ事を思ったし、実束がしてるような表情を私もしていたと思う。

だからもう一度一階へ向かう。


「じー」


向かえなかった。セルフ効果音を発する幼女が私を見上げていたから。


「…………えっと……」

「おはよう!」

「おはよう…じゃなくて……」


言うべき言葉が全く見つからなかった。一応、一応?台詞の候補は結構挙がってはいる。いるけど、それをどう消費すればいいのかが判断できない。


「……その……常、ちゃん?」

「そうだよ?」


首をころんと傾げる動作。そのまま身体もくるりと回った。


「わたしはさかづりとこ、おねえちゃんのとこだよ。おはようおねえちゃん」


言動からして確かに常ちゃん、常ちゃんだ。

だけど……


「……常ちゃん、あの時斬られて」

「うんうん、きられちゃいました。まったくおはずかしー」

「もう塞がらないとか」

「うん、もうだめだったよ」

「ここまでとか、最後まで一緒にいられないって」

「そう、かなしかったよ?わたしのかたちはもうだめだったから。さいごまでおねえちゃんをまもりたかったのに」

「今日は、楽しかったって……」

「うん、それでもたのしかった!あしたがたのしみだなーって」


……………………。

つまり、そういうこと。

その日は・・・・もうだめだった。

その日は・・・・もう最後まで一緒にいられなかった。

その場にへたり込んだ。へたり込まざるを得なかった。


「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………………………………………」


こういう時、喜ぶよりも先に脱力するんだなぁって思った。

常ちゃん、生きてた。

もう死んでる?うるさいな、生きてるの。目の前にいるの。

私にとっては生きてると同じだから。


「ふふふー、いったでしょ?わたしはずっとおねえちゃんといっしょだよ」


とか言ってにこにこして私の顔を覗き込んでくる。

返答する力も今は出ない。


「なでなでしましょう」


なでなでしてきた。


「ぎゅーしましょう」


ぎゅーしてきた。


「ちゅーしましょう」

「それは駄目だと思うな」

「それはやめといて……」

「えー」


ぎりぎり阻止できた。




「え、常ちゃん、あれ?なんで?幽霊だから?」

「だいたいそのとおりだよ」

「そんな感じらしい…です」


朝食(ハムエッグ食パン)を持って実房さんの部屋へ集合。

常ちゃんの事はまぁ、私もよくわからないが、とりあえず無事だったぐらいに伝えた。


「……そう、常ちゃん。いつからここにいたの?」

「ちょっとまえに。きがついたらおねえちゃんのうえにいたけど、おねえちゃんたちまだねてたから、いっかいでたいこをいじめてました」

「起きる前に……いや、不明晰夢から帰ってきた時かな……」


実束と私で起きる時間に差があったように、不明晰夢が終わっても現実で起きるタイミングには個人差がある。

常ちゃんは私がこっちに帰ってきた瞬間に復活……したのだろうか。


「……わからないなぁ」

「存在が存在だから仕方ないとはいえ、わからない事だらけね……」

「すぴーどたいぷはもろいのがていせつなのです」

「自慢げな顔で言わないでよ常ちゃん……復活できるからって無茶なことしちゃだめだよ?」

「えー」

「えーじゃない。私…私だけじゃない、みんな辛かったんだからね」


それを聞いた瞬間、へにゃへにゃしていた常ちゃんの表情が変わる。

神妙な顔で、私たちの顔を見つめる。


「………………」

「………………おわびにちゅーします」


私たちは脱力した。

そしてほんとにやりそうな常ちゃんは実束が鉄で抑えてくれた。

果たしてわかってくれたのか、わかってないのか……私が上手いこと制御しなきゃだなぁ。

あの暴走もあったことだし。



そのまま朝食を取りながら、自然と今回の不明晰夢の話になる。

私は部屋の椅子、実房さんはベッドで起き上がって、実束はベッドに座っている。常ちゃんは鉄に拘束されてる。

まず実束。


「結局、アレはなんだったんだろうね」

「ジャック?……化け物の仲間、化け物と同じもの……って事はわかったけど、それ以外はさっぱり」

「あと、そう。汐里ちゃんを攫おうとしてたよね」

「ああそうだそうだ……私を連れていくのが目的みたいだった。それ以外、実束とか実房さんとかには用は無い感じ」

「それと喋ってた……ね。あと汐里を攫いながら、生まれて間もないとかなんとか言ってた」

「仕事とも言ってたから……」


繋げると。


「えっと、つまり。私を攫うって仕事の為にあの時に生み出された化け物……って感じか」

「仕事を与えられた、という事は……怪物を生み出す大元がいる」

「そいつがラスボス……って事でいいかしら?」

「断言はできませんが。その認識でほぼ間違いないでしょう」


不明晰夢を思い返して、文章を組み立てていく。


「化け物があの空間からいなくなると、不明晰夢は終わる。化け物があの空間を作っていると見て間違いない。なら、化け物を生み出す大元が不明晰夢を作っているって事になる。不明晰夢関連の事件は全てそいつのせいでいいはず」

「眠り病で死んだ人たちも、全てそいつが原因って事なのね」

「…………」


実束の表情が曇った。

……ああ、そうだ。私が不明晰夢に行くことになった日、クラスで犠牲者が出ていたっけ。

名前は……思い出せない。全く興味が無いから記憶に無い。


「……実束のクラスでも、一人犠牲者が出てたよね」

「うん。浅野あさの日頼ひよりちゃん」


浅野日頼。

…………聞き覚えがどことなくある、ような。気がする。


「あんまり話さなかったけど……悪い子じゃなかったよ。仲良い子もいたみたいだし」

「泣いてる人もいたね」

「……改めて思うけど、大事おおごとね、これは」


大事……そうだ、大事。

私個人で考えると夢が見れないし命が危険に晒されるしそれも大事ではあるんだけど、もう何人もの被害が出ているんだ。

今のところ食い止められてはいるんだけど、今回は私たちも危なかった。もし、私たちがいなくなったら……


「私たちしかいないなら、私たちが止めなきゃ」

「私はただ、自分の夢を取り戻したいだけ、ですけど…」

「それでも、結果的に原因をなんとかする事に繋がるからいいのよ。……止めなきゃとは言ったものの、私も実束も汐里ちゃんがいないと怪物に太刀打ちできそうにない。だから……協力、してくれるかしら」

「…………」


…………。今更そんなこと言われても……

もうここまで来てやめるとか言えないし、そもそもやめると言っても結局不明晰夢には行ってしまうんだし。

言う必要のないことをわざわざ言うのは……


……じゃ、ないね。


言葉上はまぁそんな感じだけど、実房さんの表情はそれはもう震えてる。

表面は取り繕っているものの、その裏には色んなマイナス方向の感情がある。

謝罪。不甲斐なさ。焦燥感。

自分の力が弱いこと。言っていた通りなら、緊急時に自分で判断ができないこと。私がいないとまともに戦えないこと。

自己評価低いんだろうな。人のことは全く言えないけど。

だけど、それらを受け入れた上で、心の表面に余裕を塗りたくって、私にそんなお願いをしてきてる。

それは、この先おんぶに抱っこでもいい、それでもできることをやっていくと言う決意の表れ。

年上だからだろうね、本当なら自分が引っ張っていきたいはず。それでも実房さんはこちらの道を選んだ。その方が自分たちのためになるから。


——————まで、ただの予想、想像だけれども。


きっと、実房さんはまともな人なんだと思う。私や、実束と比べて。

私はともかく、実束は普通じゃない。さらっとしているけど、化け物と一人で一ヶ月も戦ってきたなんて尋常じゃない。それもいきなり。

それ以外もすぐに能力を使いこなしたり、果てには……今回の不明晰夢であった、あんなことをしたり。少なくとも普通ではない。

それと比べると、実房さんは多分普通の人。

いきなり非日常なんか受け入れられない。能力とか信じられてない。戦うのが人並みに怖い。


それを頑張って誤魔化してるのが、普段の言動の実房さん。

ちょっとおかしなふりをして、自分を騙しこんで。

私たちに合わせようとしてる。

……そう考えると、こっちも申し訳ない気持ちになってくるな。

果たして、色々考えたこれらは合っているのか。


「……今更、そんな事訊かないでくださいよ」


外れた時は外れた時。

ひとまずそういう事として、言葉を紡ぐ。


「もう逃げようにも逃げられないし、私だって実束や実房さんの力が必要なんです。それに、安心してください。ちゃんと最後まで付き合いますから。その覚悟はとっくのとにしてるんです」


ここで切って、ちょっと考えて……できた。


「正義のヒーローになる気はありません。大体、後ろで見てるだけのヒーローなんて格好がつかないじゃないですか。文字通り輝くのなら、実房さんだけで。私はそれを見てるだけでもいいです」

「……汐里ちゃんは、いいの?」

「はい。太陽になるなんて恥ずかしくてできません。でも、太陽が輝くのを手伝えるのなら……それは、是非とも。私的には、その方が好みです」


何言ってるんだろうとか思うのをそのまま流して気にしないふり。

今は実房さんを安心させられればそれでいいんだから。

で、その実房さんの反応は……あれ、これさっき見た気がする。

さっき。さっきとは実束の時。

つまりは踏ん切りがつかないみたいな表情。

……ああ、姉妹だもんね、そういえば……


「実束。さっきこんな顔だったよ」

「えっ、そうなの?」

「えっ?」

「だから、ほら。私はこっちからするから」

「あ、じゃあ私は……こっち?」

「え、えっ?」


困惑する実房さんは放置して、私も実房さんの隣に座る。


「……多分、追い討ちかける事になっちゃいますけど」

「あの」

「実束」


合図を出すと同時に、実束が右側から実房さんを抱きしめる。

された実房さんはまぁびっくりといった顔をしていた。


「み、実束?これは、えっと、なに?」

「さっきしてもらったから」

「えっ」

「実房さんは悩みすぎなんですよ」


私は混乱し始めた実房さんを撫でてみる。


「あと色々溜め込む傾向があります。周りから見ててすぐわかるくらいに」

「………そう、かしら」

「そうですよ。実束が実束なら実房さんも実房さんです。……実房さんの場合は立場上仕方ないのかもしれませんけど、見てて心配になるんですよ」

「不明晰夢に入ってからずっと虚勢張ってるよね。それができるのはお姉ちゃんの強さだけど……いつか限界がくるんじゃないかってどうしても思っちゃう」

「本当に極たまにでいいですから、発散するなりなんなりしてください。できれば、私たちに」

「でも、だって」

「日頃実房さんには安心させてもらってるんです。半分くらいの比率でもいいですからお返しさせてください」

「うぅー……」


むう、強情な。

仕方ない、ならば奥の手だ。


「実束、常ちゃんを」

「ん」


常ちゃんを拘束していた鉄が消滅する。


「え?えっと、何を?」

「常ちゃん。実房さんを慰めてあげて」

「つまり……ちゅー?」

「!?」


状況を把握した実房さん。

逃げようにもそも常ちゃんの速さでは何もかもが無意味な事も理解しているはず。

つまり……悩む暇はないのだ。


「わかった、わかったから!たまに甘えます!なので初ちゅーだけはー!!」

「常ちゃんストップ!」

「えぇー」


よかったちゃんと止まった。

……そんなわけで。


「……言質とりました。甘えてくださいね?」

「うー……容赦ないわね、汐里ちゃん……」

「不明晰夢で散々見てきたでしょう?」

「……そうだったね、ええ、そうでした」

「お姉ちゃん、初ちゅー守ってるんだ」

「当然。私の初ちゅーは実束に捧げると決めているのよ」

「えっ」

「……あぁ、そんなキャラもあったっけなぁ……」

「え、あの、初耳なんだけど私」

「甘えると決めた以上もはや隠しはしない。覚悟してね実束」

「えっ、実束気づいてなかったの?」

「過保護気味な所あるってわかってたけど、そこまでとは全く」

「にぶちんだ」

「にぶちんかなぁ」

「どんかんしゅじんこう」

「常ちゃん、生前どんな教育受けてたの?」


ぐだりはじめた。

でも、その位がいいのかもしれない。

して欲しいことはもう伝えた。本人からも了承をもぎ取った。

だったら、後はいつも通りに戻るだけだ。



………………………………。



「…………あー!」

「ひゅおわっ」


朝食を食べ終わった辺りで、実房さんが突然声を上げた。私の妙な声はきっとかき消されたでしょう。そうでしょう?


「……どしたのです実房さん」

「思い出した、汐里ちゃんよ汐里ちゃん」

「私?」

「疑問には思ってたけど気にする間も無く意識が落ちた上に起きたらだるだるですっかり忘れてたのよ。汐里ちゃん、説明が欲しいのだけど」

「……?」


何か説明することとかあったっけ。

ジャックの事に関してはもう今わかるところくらいまで話したような気がするし……いや、ジャック?

あ。


「あっ。アレですね」

「そうそう、あのことよ」

「?どれのこと?」

「怪物をどうやって倒したのかって話。私の光でもピンピンしてたでしょう?でもあの時は何故か倒せた…のよね?汐里ちゃんに何か考えがあったみたいだけど、結局何したのか説明しないまま終わっちゃったから」

「……ああ、思い返すと確かに!汐里何したの?」


実束に頼まれた時は自分でも何やってるかわかんなかったけどね。

今思うととても怖いことをしてたと思う。それでも怖いとか余計なこと考えずに実行できたのは実束のおかげ……と、それは今はいい。考えない。


「……えーと。どこから話そうかな……」




コピー用紙を用意、書くもの準備。


「まず、うん。私のセンサーっぽいやつの話から」

「汐里の力だね」

「力って認めたくないけど……ここに私がいるとする」


紙の下の方に鉛筆で丸を書く。


「で、私はここから……違和感を感じ取れる。青が実束と実房さんね」


私から少し離れた所に同じくらいの大きさの青丸、更にその青丸の周囲を青で薄く塗る。

そしてまた別の所にちっこい青点。


「………………………………………………え、汐里ちゃん。もしかしてこのちっこいの私?」

「はい。感じる気配の大きさは大体このくらいです」

「…………そう……そうなのね……」


凹んでしまったが気にしない、とする。

あとでなでなでしてあげよう。


「逆に私は大きめだね」

「うん。なんて言えばいいかな……違和感の出元と、そこから周囲に撒き散らされてる違和感、どちらも感じられるの」

「あ、アレね。チュインチュインって気が外に出てる感じでしょう?」

「……そんな感じですね、確かに」


立ち直るの早いな実房さん。


「そんなわけでちょっと怒りでスーパーに輝くわ」

「やめてください」


虚勢張ってるな実房さん。


「……ともかく、私の能力はそんな感じ。で、赤が化け物…」


紙の上の方へ赤い丸を書いていく。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……たくさん。


「……以下省略。まぁたくさんいるよね。で、更にたまにでっかい個体も出て……そいつの違和感も大きい」


適当な一体の丸の周囲を広めに赤で塗りつぶす。


「うん、こんな感じ。大体これが私がなんとなく感じてるものだよ」

「こんな風に位置までわかるのね」

「数値化は難しいですが。まぁ、感覚で」


言いつつ別の紙を用意。


「……で、本番。さっきとは倍率を変えて書く」


黒い小さな小さな丸、その両脇に小さな青い丸、青い米粒よりもちっちゃな点。


「更にちっちゃくなってしまったわ」

「縮小させてるのでそりゃそうです」

「縮小……さっきよりももっと上から見てるって感じ」

「そう。上空10mから見下ろしてるのが、100mから見下ろしてるみたいな。……実際何mからのマップかはわからないけど、ともかくさっきよりも縮小させてるからね」


そして、赤の鉛筆を手に取る。


「……今から書くのは、ジャックが現れた時の事。現れた瞬間、私が感じたイメージ」


紙の上の方に小さな小さな赤い丸を書く。


「ん、そんなものなの?」

「ううん、これはあくまでも出元。ここから……」


周りを薄めに塗る。

塗る。

塗る。

私たちの丸へ到達しても塗る。

円形に塗っていく。


「えっ、えと、汐里ちゃん?」

「こんなでした。今は塗ってますけど、いきなりこんなのが現れたんです。一瞬違和感に飲み込まれました」

「それはもう気持ち悪かったですよ、吐かなかったのが不思議なくらいです。……ほんと、気持ち悪かった」


塗って、塗って、塗っていく。


「これ……どこまで塗るの?」

「…………もうすぐ」


ムラがあっても気にしない。

とにかく伝えたいことが伝わればいい。

手が疲れてきたけどまぁ気にしないふり。


「……ふぅぅ…」


そんなそんなで塗り終わった。

紙のほとんどは赤で塗られていた。


「……?汐里、なんでこんな変なの?」

「それはね……」

「これが感知限界なのかしら」

「最初はそう思いましたけど、それだと文字通り違和感があったんです」


ほとんど。

全部じゃない。

赤は、一定の場所に到達すると途切れてしまっていた。

そしてそこを辿ると……円を描いている。

けれど、その円はどこかおかしい。


「私の感知限界だとしたら、私を中心に円形になると考えるのが普通ですよね。でもそうじゃなかった」

「じゃあ、怪物の気配の途切れ?」

「それも違う。この円は、化け物を中心としてもいない。どちらも違かった」

「……??じゃあ、なんでここで途切れちゃってるんだろ?」

「きっと、そこがはて・・なんだよ」


ふよふよ浮かんでいた常ちゃんがそんな事を言った。


「……果て?」

「うん」

「果て……何の?」


実束も実房さんもピンと来てないらしい。

溜める必要も無い。答えを言ってしまおう。


「これ以上は気配を感じられない。ここが果て。要は、ここがあの世界の果て。私の感知限界じゃない、あの世界の、空間的な限界」

「……あの化け物がとんでもない気配を出すから、あの世界に充満するほどの違和感を撒き散らすから、逆にわかった。不明晰夢には・・・・・・、果てがある・・・・・・


私が出した結論はそれだった。

あの世界には果てが存在する。

球状に作られた世界、箱の中……そこに私たちは飛ばされている。


「………………」

「………………」


そして二人は目をぱちくりさせていた。


「……まぁだから、って感じはするよね」

「……私的には、そこからどうやってあの怪物を倒すのかって思って…」

「それも今から説明するよ。……前提として、ジャックは倒せないって考えて」

「おお?」

「考えなさい」

「はい」

「よろしい」


ここからが本題。


「倒せないから、どうしようかって考えた……んだと思う。だからまず結果から考えた」

「結果、つまりこうすれば私たちの勝ちという状況。化け物を全て倒して、消して、私たち以外不明晰夢に誰もいない状態。それを作ればいい」

「でも倒せないのでしょう?」

「はい、倒せません。だから倒さずに不明晰夢に私たち以外誰もいない状態を作ればいい」

「……そうね、確かに。そうだけど……どうやって?」

「自分の手でやったでしょう?」

「まぁ、全力の全力で撃ち込んだ……けど…………」


あっ、と実房さんが声を出した。

え、でも、えぇーと更に呟く。


「えーと……そういう事でいいの?」

「はい、そういう事です」

「どういう事でいいの?」

「えっとね、実束。話は単純よ。結果的に、不明晰夢から怪物がいなくなればいいの。そして、汐里ちゃんは不明晰夢に果てがあるのを知った」

「…………え、じゃあ……押し出した…ってこと?」


実束からそんな言葉が出た。

そう、それが私が思いついた事。

不明晰夢から、この箱から化け物を消さなきゃいけない。

でも化け物は倒せない。なら、追い出してしまえ。

それだけだった。


「……そういう事。不明晰夢からいなくなれば、結果的に化け物はみんないなくなるでしょ?」

「斜め上から撃ったのは……逃げられる可能性があったから、かしら」

「はい。真横に押し出す場合だと、多分あの能力で自分自身をぶん殴るとかして逃げそうでしたし。地中に押し込めば逃げ場はない」


実際ああされたらもうどうしようもなかったはず。

ついでにめちゃくちゃ痛かっただろうね。


「……で……成功、したのよね?」

「まぁ……はい。よく考えると追い出せるのかどうか全くわからなかったんですが……多分、感覚的に、世界の壁をぶち抜いたっぽい……です」

「力技だね」

「力技よね」

「………………そうなりますね」


今になって思う。無謀なことしたなと。

けれど、それでもあの時は確信があった。これならいけると。そう信じられた。


「でも、できた。想像通りに、信じた通りに、実房さんはやり遂げてくれた。……改めて、無茶を聞いてくれてありがとうございます」

「それなら、こちらこそ。道を示してくれてありがとう」

「汐里汐里、あとお姉ちゃん」

「実束はもう褒めないよ、怒る方が大きいもの」

「結果的にあれしかなかったかもしれないけど、それでも姉として、私としてアレは容認はできないよ」

「ぶー。じゃあ私は…ごめんなさい。もう一人で無茶はしないから」

「それでよし」

「常ちゃんもよ」

「どりょくしつつきりにいきます」

「……まぁいっか」


そんなわけで、何をしたかの説明も流れで反省も済んで。



「えーと、こほん。思ったことがあるのだけど」


話が落ち着いた所で声を上げると、全員がまぁ当然こちらを向く。


「連続で来るかはわからないけれど、とにかくこれからジャックみたいな特別な個体が出てくる可能性がでてきたわけで。被害を抑える為の対策をとりたい」

「けっこうぼろぼろになったものねぇ」

「実束、右手は?」

「ちょっと違和感があるけど動かせる……くらい。うん、もう切れてるようには見えないよ」

「……こんな風に、後遺症が残るような事は避けたいから。もし毎回あんなのが来るとしたら、万全な状態じゃないと本当に命が危ないと思う」

「あ、私も今のまま向こうに行ったら衰弱してるって事になるのかしら……それはまずいわね、とてもまずい」

「なので実房さんは眠らないように寝て十全に休んでてください。……で、倒せない相手でも壁ごとぶち抜けばなんとかなるのはわかったけれど、毎回それをする訳にはいかない。実房さんが持たないから。アレは最終手段にしよう」


一回でこの衰弱ぶりだ。2、3回続けたら命に関わるかもしれない。

その後の回復もどんどん間に合わなくなるのが容易に想像できる。

だから、今回のジャックみたいな、本当にどうしようもないときだけの手段だ。


「毎回倒せない敵だったら?」

「……最悪の事態だけど、それも考えなくちゃね。……実束、ドリルみたいなの作れないかな」

「やったことないけど、できるかも。それでお姉ちゃんを手伝うんだね」

「ん。能力を無効化する手段でもあればいいけど、現状思いつかない。……別の手段も見つかればいいんだけどな」

「……ねぇねぇ、壁に穴を開けて私たちが出ちゃうっていうのは?」


それは考えてはいたけど。


「それなんですけど……化け物の気配、壁を突き抜けた後、間も無く消えたんです。しゅっと」

「……現実に戻ったんじゃ?」

「向こうの帰る先が果たして現実なのか…はさておき。私から見て、これが帰還なのか消滅なのか判断がつかないんです。やめておいた方がいいかと」

「んん……そうね」

「ともかく、今は実房さんの負担を削減する方向になる。最悪の事態の時はそうするとして……それ以外の時どうするか」


ファーストコンタクト。

最初の一手はどうするか。


「私は一つ考えてるのがあるんだけど、いい?」

「ええ、どうぞ」

「なになに?」

「えっと。まぁ最速で特別な化け物の出現を感知できるのは私、と思う。化け物が現れたら、その方向をなんとか指差すから」

「ふむ」

「実房さん、まずその方向を消しとばしちゃってください」

「ふむ…む?」

「汐里、それってつまり」

「うん。サーチアンドデストロイ。おはよう、死にさらせ!」


存在を認識した瞬間実房さんの射程無限レーザーで問答無用で滅ぼす。

それが私の考え。


「んと…汐里ちゃん。私的には、向こうが喋れるのなら何か情報を引き出せないかって思うのだけど」

「私もできたらそうしたいです。でも、そんな余裕は無い。欲張った結果死亡者でも出たらどうしようもないじゃないですか」

「被害を出さないことが最優先、ってこと」

「私はそう考えてる。それで向こうが死ぬのなら御の字、死なないのなら能力を探る、どうしてもだめだったら最終手段。この流れで行こうって思ってる」

「……リスクを抑えるのなら、そういう方向になるね」

「安全第一、です。現実ですから」


そう、現実だから。

夢を持っちゃいけない。

夢みたいな事が起きても、夢みたいな展開になっても、ここも、向こうもあくまでも現実。

自分に替えは効かない。役割的な替えは効くかもしれないけど、そういう話じゃない。


「……次。実房さんはやっぱり火力担当。押し切れるならさっさと塵にしちゃってください。実束はどちらかというと防御担当。できるだけ鉄で向こうの攻撃を防いで欲しい。で、常ちゃんは……」

「こうげきたんとう!」

「……そう、攻撃担当。ただし、倒すための攻撃じゃない。探るための攻撃。常ちゃん、敵の攻撃に当たらないことを第一に考えて。実束も常ちゃんが危なかったら守ってあげて。常ちゃんの速さは攻撃だけじゃない、分析にも使えるはずだから」

「ぜんしょします」

「わかった……常ちゃん?本当にわかってる?」

「いまわかるかぎりはばっちりばっちり。……んー…じゃあ、おねえちゃん」

「ん?」

「“いいよ”っていわなかったら、たぶんわたしはだいじょうぶだよ」


いつも通りののほほんとした顔で、声色もいつも通りふにゃふにゃで。

でもなんだか、その言葉で何かの引き金を手渡されたような気がした。

危険な引き金。取り扱いを間違えるととんでもない事が起こる……みたいな予感。


「……。わかった」

「ん。ならわたしはだいじょうぶです。おちょくるのはまかせるのです」


ふよふよしつつえっへんポーズ。

……大丈夫だよね、きっと。

よくわからない面が多い常ちゃんだけど……味方なのは、たぶん、確実。


「……じゃあ、そういうことで。実房さんは初回で殺せなかったら、昨日みたいに後ろからの支援をお願いします」

「主に目くらましね。……相手の目だけを狙い打てればより効果的かしら」

「できたらそれで。できる、って思えばできますよ、きっと」

「私みたいにね」

「実束は自由自在過ぎと思う……」



まとめ。



「基本は初手で殺す。駄目だったら殺す方法を探しつつ殺す。駄目だったら不明晰夢から追放する」

「私は防御担当。基本みんなを守って被害を減らす」

「私は火力兼妨害ね。初回のレーザーと、その後の支援を担当するわ」

「わたしはおちょくる!ひたすらきるよ、てきどにきるよ」

「……ん、よろしい。基本はこのスタイルで。臨機応変に対応する事も忘れずに」


これで本当にいいのかな。

そんな不安が頭をよぎるけど、どんなに対策したって正体不明への不安は消えることはない。

対策を固めて安心するほど、むしろ虚を突かれそうで不安になるし。

だから、これでいい。

これでいいんだ。


「それじゃ……実房さんは休んでてください。それと……あれ、実束。親っていつ帰ってくるの?」

「……あ、忘れてた。えっとね……お昼頃だったかな」


今の時間は……スマホによると10時半ば。

余裕はなし。解散の時みたいだ。


「ならもう家を出ないと」

「そっか。じゃあ見送らなきゃ」

「……別にいいよ?」

「私はよくないから」

「……ん」


そう言われたらもう何も言えない。

お皿を持ちつつベッドから立ち上がる。


「お姉ちゃん、ちょっとだけ行ってくるね」

「ゆっくりでいいからね」

「実房さん、お邪魔しました」

「はいはぁい。今日もよろしくねぇ」


ひらひら手を振る実房さんを見つつ、部屋を後にする。





「右手はどんな感じ?」

「あ、忘れてた。……忘れるくらいには大丈夫になったってことかな?」

「そうだと思う」


玄関、の外。

いつもの通り、家の中から実束が私を見ている。

いつもの通り、家の外から私は実束を見る。


「それじゃ、最後に言うことは?」

「実束、それはトドメを刺す時に言う台詞。……むしろ同じ言葉を返すけど」

「んー……無い。だってまた会えるし」

「まぁそだよね……」

「…………」

「…………」


沈黙。

何を言おうか、と考えるけれども、思考はうまく回らない。

理由?


「……ねぇ、汐里」

「なに」

「私にも、お姉ちゃんにも言ってたこと。そのまま、汐里にも言っていい?」


…………。


「……もちろん、いいよ。というか、言い出しっぺだし、私から言うよ」


ふぅ、と一つ息を吐く。

それで、思考がうまく回らない理由を外へ出していく。


「怖い」

「……うん」

「明日が来るのが怖い。安全が保障されなくなったのが怖い。痛い思いするのが怖い。……死ぬかもしれないのが、とても怖い」

「最近は楽しかった。不明晰夢を楽しみ始めてた。安全だったから。負ける要素も何もなかったから。でももう、そうじゃなくなった」

「心配で心配でたまらない。……それでも、私は戦えないから。せめて、それ以外で力になりたいから……我慢してる」

「……我慢してるよね、見るからに」

「これくらいは、許してくれる?」

「んー……どうしよっかなー……」


思案するふりをしている、のはわかる。

もしくは、決まってはいるけれど、その選択を迷ってるのかも。


「んー…………うん。仕方ない、許します。こうして言ってくれたからよしとしましょう」

「……ありがとう」

「そして汐里のそういう所は私がフォローするね。具体的な方法はー……どうしよう?」

「…………。そうして話してくれるだけで、楽になるから」

「え、ほんと?」

「本当だよ。なんでか自分でもわかんないけど、どんどん楽になる」

「そうなんだ……ふふっ、ならよかった。……ほんとによかった」


実束を安心させるための嘘。

……じゃないよ。本当に楽になってる。実束も安心してるから一石二鳥。

理由も仕組みもよくわからないけど、実束とこうして話してるとどうにかなる、みたいな気持ちになってくる。


「……ん。そろそろ、行くね」

「ん、了解。またね、汐里」

「……また後で、実束」


そのくらいの言葉で、私は実束の家から離れていく。



「きょうのごはんはー?」

「何がいい?」

「まんかんぜんせき……」

「欲望がすごいね」

「いってみたかったのです」

「気持ちはわかる」

「じっさいあれっておいしいのかなぁ」

「さぁねぇ」




……家に帰ろう。


それで、眠ろう。



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