十六話 特に変わらない日常
現在位置を端的に表すと、他所の家のリビング。
……リビングにいる人物まで含めてもうちょっと詳しく描写する。
ここは枳家のリビング。
人間が私、
また親が遅くまで帰ってこないとかなんとかで家に呼ばれたのでやってきた。……ああ、うん、今は休日です。
で。私が呼ばれたのはもちろん理由がある。重要な事だ。
今、目の前でふよふよくるくる浮いている少女について実束達とゆっくり話さなければならない。
そう、人間は三人。
幽霊が一人。
今この空間には四人の人物が存在している。
果たして一人にカウントしていいのかどうかは微妙な訳だけど。
面倒だからカウントする。触れるし。
「とぅーるるーるるんるーるー」
とか歌いつつそんな触れる幽霊がふにゃふにゃ浮いている。ワンピースっぽい服の中身が見えそうで危ないがそこは心配ない。
もう履いてないのは確認した。
「…………浮いてるね」
実房さんが呆然と呟く。そりゃそうだ。
「浮いてますね」
「あーいきゃんふろー!」
「えぇと、とこちゃん。とりあえず座ろっか」
「はーい」
私の言う通りにふにゃふにゃをやめて降下。
私の膝の上に着席した。
そこじゃないけどそこでもよいとする。さて。
少しだけ昨日あった事から今までを振り返ろう。
いつも通り不明晰夢に来てみれば、化け物の数が昨日とは正反対にやたらめったら増えていて。
なんとか実束と合流はできたものの、防御が精一杯で防戦一方。このまま押しつぶされるんじゃないか…と思っていた矢先、突如とこちゃんが包丁持って化け物達を文字通りすごい速度で次々と微塵切り。
訳の分からないまま化け物達を協力して殲滅して、色々訊く暇もなく意識を失った、とさ。
で。
実束のちょっと話し合おうって旨のメールを見て情報共有しようと枳家に向かう途中、普通にとこちゃんが空中に現れた。
ああうん、もちろんもうすっごくびっくりしたとも。そんなのを目の当たりにしてするりと受け入れた自分にもびっくり。
しかも当然のようにそこにいるし浮いてるし。
とりあえずなんで浮いてるかは幽霊だからって事だけ話してくれて、はちゃめちゃなまま枳家に到着。
今に至ります。
「……じゃあ、えっと。昨日のことは聞いてますか?」
「ええ、実束から大体は。私が居ればもっと楽だっただろうに……と思ったけど仕方ないとするわ」
「はい、仕方ないです。お気遣いありがとうございます。……それで……」
「?」
ことんと首を傾げるとこちゃんに視線が集中する。
そういえば体温は…………ある。ね。
「……とこちゃん。とこちゃんは、その、幽霊なの?」
「うん。たぶん。ぐさーってしたきがするし、たぶんわたししんでるよ」
と言いつつ首に何かを刺すジェスチャー。
いや物騒な。
「それでね、きがついたらおねえちゃんたちがいて、わたしがいて、よくわかんないけどあんしんするからいっしょにいることにしたの」
「……とこちゃんにも詳細はわからないと」
「うん、うん。あそびかたはおもいだしたけど、まだなんだかあたまがぼんやりするんだ」
「遊び方?」
すっと右手を前に向けるとこちゃ……包丁がしゃきっと生えてきた。
「うぉうっ」
「これでね、ころすの!」
「それどうやって出したの…」
「なんかでた!」
「うーん全くわからないやつだ」
視線で実束達に助けを求めたところ、頑張れとかそこらのエールを視線で送られた。
まぁ一番話せそうなのは私……か。うん。
仕方ない。頑張る。
「……遊び方は思い出した、って言ったけど、どういうことなの?」
「おもいだしたの」
「忘れてたの?」
「わすれてたの」
「なるほど」
「あとね、そういえばしゅばばってできたなぁっておもいだしたの」
「しゅばば。あの、速くなるやつ?」
「うん。ふつうにさしてもささらないけど、しゅばばってやるとささるんだよ」
「それはー……前からできたんだ」
「そうだよー。みーんなおそくなって、わたしははやくなって、すぱんってきれるしずどーんってささるからたのしいよ!」
……ふむ。
みんな遅くなって自分は速くなる。クロックよりかはアクセル寄りか……
……じゃなくて。生前から能力持ちだったと。
死んだ後もそれは健在……能力は精神とかそこらに宿ってるのではないかっていつだか仮定したけど、それの裏付けっぽい情報。
何かしら役に立つ時が来てしまうかもしれない。
はてさて、次に……
「んと、今日ここに来るときにいきなり出てきたけど……なんで?」
「ずっといっしょにいたんだよ?でてこれるようになったのはきょうからなのです」
「なんと」
目には見えないし私の違和感センサー(仮)にも引っかからなかったけど、ずっと一緒にいたとな。
……待って、それは、俗に言う……憑かれてるという奴では?
「あと、こうやってでてこれるのはきょうからだったけど、あのばしょだとわたしのことわかるみたいだよね」
「それは……そうだ、とこちゃんはどうやってあの場所に?不明晰夢って呼んでるんだけど」
「ふめいせきむ。んーとね、きがついたらいるってかんじ。おねえちゃんがそばでたったままねむってるの」
じゃあ、とこちゃんは呼ばれてるんじゃなくて、取り憑いた私に引っ張られる形で不明晰夢に来ている……みたいな?
あと不明晰夢でとこちゃんが見えるのは……あー…その……あれ。同じ精神体だから、とか。
そうなら私たちは向こうだと幽霊みたいなものって事になるけど…今更か。
でもそれなら、なんで今とこちゃんが見えるの?まさか死んでるってわけでもないはず。
何か納得できそうな要素は……んと…ああ、記憶が戻ったって旨の事言ってたね。幽霊が精神だけの存在だったらなんかこう記憶の戻り具合は関係があるっぽく感じる。
適当過ぎるとか思わないの私。何もわからないよりかはマシでしょ。
じゃあ私に憑いた理由は?思い当たる節は無いだろうか。
一つだけある。私の能力…かは、わからない、何か。周囲の能力を増幅、強化させる何か。
実体の無い幽霊には、何か実束達とは違う効果をもたらしていたりするのは、あると思う。
そして思い返してみると、とこちゃんが私から離れた事は無かった。少なくとも不明晰夢の中では……そして見えない時もずっと一緒にいたって言ってたし、やっぱり離れなかったんだろう。
もしかして、離れられないんじゃないのか?いや、離れたら消滅するか存在を維持できないとか、そういう………………
………………………………。
思考をストップ。
「……とこちゃん、ちょっとごめんね」
「?ほい」
とこちゃんを膝から下ろし、椅子から立って、旧名ソファメイデンへ向かう。
「実束、ちょっとソファ借りるね」
「どうぞどうぞ」
ソファの前で膝をつく。
身体を後ろに傾けて、勢いをつけてー。
全力で頭部をソファに叩き込んだ。
「……ぉぉぉぉおおおおおぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ…」
「ねぇ、みつかおねえちゃん。おねえちゃんはなにしてるの?」
「多分、もやもやしてるのを頑張って受け止めようとしてるんだよ」
「なるほどー」
さっきから。
さっきから、やれ幽霊だの違う効果をもたらすだの離れたら消滅するだの精神体だの記憶と存在の関係だの……ラノベかアニメかはたまた創作物かっての!
そして何それらを普通に受け入れて思考してるんだ私は!受け入れてたことよりそっちの方がダメージが大きい!
ああはい受け入れるしかないことは知ってますとも実際に来て見て触って感じたしねとこちゃん!それはそれとしてノーダメージで受け入れろとは言わせないぞ誰かさん!
受け入れてやるとも、受け入れてやりますとも。だがそれに伴う苦痛、それに伴う苦悶の声くらいはあげさせてもらおう。それすら許されないとか私は許さないぞ。
「………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……だいじょぶ?」
「大丈夫実束もう平気私は平気。ごめんねとこちゃん何でもない。私は普通だよ」
「そっかー」
ソファから顔を上げて立って椅子に戻って座った。とこちゃんも戻ってきた。
「ふぅ。よし。何の話だっけ。」
「ふめーせきむでおねけちゃんがたちね」
「よろしいわかったじゃあ思考します」
再び思考に入る。でも断片的にはさっき考えたことは覚えているのですぐさま思考が追いついて……ああ、そうそう。
「とこちゃん、私から離れる事ってできる?」
「?やったことないー」
と言いつつふよふよと浮かびだすとこちゃん。浮かんで、右に左に右に右に。
多分2メートルほど。変化は見られない。
もっと試したいところだけど、それに家の中は狭すぎる。
とか思ってたらとこちゃんが天井をすり抜けた。
「あっちょっと」
「ほいほい」
呼びかけると戻ってきてくれた。危ない。
というかすり抜けられるんだ……人には触れるのに。
というかというか何で触れるんだ……
…………。
これについてはわからないから思考放棄。
「ここじゃせまい?」
「そうだね、狭い。だから……うーん……」
「ふめぇぇせきむでやるー?」
「それが一番無難だけど……私ととこちゃんの安全が確保できたら、ね。そういう油断がピンチに繋がりそうだから」
「はーい」
これで離れられるかの話は保留……と。
後残ってる疑問あったっけ……んー……思いつかない。
「つぎはつぎはなんでしょか」
「……今はもう大丈夫、かな。思いつかない。ありがとうねとこちゃん」
「いえいえー。なにかわかった?」
「とこちゃんについてなら、少しだけ」
「そっかー」
ひとまず質問タイム終了。お疲れ様でした。
「……まとめると。とこちゃんは幽霊で、私に取り憑いてるって感じで、そして戦う力を持ってる…らしい」
「おまけにめっちゃ強い」
「そんなに強いの?今夜がちょっと楽しみかも」
「すごい強いですよ。ここにいるみんな多分勝てないくらい」
「そこまで?」
「そこまでなのです」
えっへんと空中で斜めったとこちゃんが胸を張った。
実際あの速さには誰も対応できないだろう。周りが遅くなると言ってたし不意打ちもあまり通用しないはず。
こっそり実房さんが撃ちでもしない限り倒すことはできない、と思う。いくら速くなれると言っても光速には勝てないはずだし。勝ち筋は反応される前に光速で撃つ、これだけになる。
……戦うことはなさそうだけどね。
「……とこちゃんの強さは後で見てもらうとして。実束とか、何か話しておきたいこととかある?なんか変なこととか…」
「私?へんなことー……。…………無い!」
「実房さんも」
「ないわねー」
「じゃあ、ひとまず今日はお開き」
椅子から降りる。今日の用事終了だ。
「トイレ?」
「いや帰るけど」
「え?」
「ん?」
あ、これは。
「帰っちゃうの?」
「そのつもりだけど」
「泊まらないの?」
「いや帰…」
「泊まって?」
「あの…」
「泊まれ?」
「命令形になってない?」
…………。
いや、予想してなかった訳じゃないんだよ。
多分こうなるだろうなって気はしてた。ほんとに。
メール文に“今日親いないし”って一文があった時点で察しはついてた。
でもポーズだけでも取っておかないと、その。
ああもう、言語化はしない。する必要がない。
「……わかりました、泊まります。泊まりますとも。泊まれるから心配しないで」
「やった」
「やったわね」
「やったね」
なぜとこちゃんまでハイタッチに混ざっているの、という突っ込みはしない。多分この子はノリだけで動くタイプの子だ。
そして実房さんがくるりくるりとこちらを向く。
「というわけで
「アレですか」
「その通り」
「?」
この人勉強してるんだろうか。……息抜きしてるだけって思おう。
実束はもうテレビの前でスタンバイしてる。この人達ほんとにゲーム好きだね。
私も大概だけど。
「なにするのー?」
「ゲームだよ。とこちゃんは多分難し 「わたしもやるー!」
「え」
とこちゃん、瞬足でスタンバイ。コントローラー持ってる。
「えーっと、操作はわか「わかんない!」「じゃあ教え…「だいじょうぶ!」
反応が早くて食い気味になってる。
まぁ、うん……自由にやらせてみようか。口うるさく言うのも駄目だろうしね。
私もぼちぼち始めようか……
………………………………。
出方を待つ。次は何をしてくる。この距離ならできる行動は限られる。上から、でもフェイントいれてくるかもしれないからそれの準備。安易な迎撃はカウンターの餌食。いやカウンターの範囲は前に強いが下には弱い。アッパーならカウンターを起動させつつスカらせられる。けどそれならほっとけばいいのでは?ジャスガで対応?掴まれるかもしれない。一発目はジャスガできても二発目は掴みでくる、かもしれない。そもそも出方を待つ必要は?相手の思い通りにさせない方がいいのでは?その場合何が効果的だ。後ろに飛びつつ蹴りで迎撃?いやリーチが足りない。飛び道具も落ちるから空中には置けない。弟の方が良かったか。今の位置から私が勝てる行動は一つしかない。それも読まれたら潰される行動だしやはり今の状況を変える方針の方がいいか。後ろの崖に掴まりにいくか。その後は何をしてくるだろう。距離を取るのはないだろう追い詰めてるんだし、なら私の行動を先読みして対応してくる。反応がやたらいいし安易な復帰攻撃は狩られるだけだ。いや、狩られてからを考えてみてもいいかも。狩られた先にコンボが入るだろうけどこの%なら死ぬ事は無い、ならばカウンターを狙える。復帰攻撃を狩った先にできるコンボはあれしかない、ならあのタイミングで抜けてメテオが入る……でも読まれてそうだ、なら読んだとしてコンボ中断するかな、そこをつければ
「実束」
「はい」
「気持ち悪いわね」
「うん、とても気持ち悪い動きしてる」
「とこちゃんすごいね」
「うん、めっちゃすごい」
「汐里ちゃん瞬きしないね」
「うん、すっごい集中してる」
「とこちゃんは笑ってるね」
「うん、すっごい楽しそうだね」
「このゲームってこんな動きできたのね」
「うん、全然知らなかった」
「真似してみようか」
「無理だと思う」
「ですよね」
「何もできなかったね」
「気がついたら落とされてた。どうすればいいかわからないってああいう感じなのね」
「私も抵抗しようと思ったけどさ、とこちゃんなんかよくわかんない方法で斬ってくるから」
「それでも結構頑張ってたじゃない」
「少しの間生き残ることしかできなかったよ」
「だんだんだーんで落とされた私と比べればかなり健闘した方よ」
「…………」
「…………」
「……暇だねぇ」
「そうねぇ……」
よっしゃ読み勝ったぁぁぁぁ二度と相手したくねぇ!!!!!
………………………………。
その後体力が尽きた私はとこちゃんに惨敗した。
操作をすぐに覚え直感で無双する様は才能としか言えない。むしろ才能を超えた何かかもしれない。なんなんだこの子は。
ともかく疲れたので回復体位もどきで休憩。しばらく相手はしたくない。無理です。
「ちなみに汐里」
「なにみつか」
「1時間くらいずっと戦ってたよ」
「えっうそ」
驚愕の事実、いやたしかに思い返せばそのくらいやってたような気も……いやわかんない全然考えてなかった。
そりゃ疲れるわけだ。人間は集中力が十何分しか持たないとかよく聞くし。一回勝てただけでも奇跡ではなかろうか。
……ああ、そうじゃなくて。
「……申し訳ない。夢中で全く気がつかなかった」
「いいのいいの、楽しかった?」
「楽し……うん、まぁ、とても精力的な時間ではあったね…」
楽しかったか、と言われると少し首を傾げざるを得ない。いや楽しかったは楽しかったと言えなくもないんだろうけど、決して気持ちよくプレイしてた訳でないので。
あんまりにも相手が強いとよっしゃ勝った、よりもやっと勝ったの気持ちの方が強い。気がついてなかったけど戦闘時間の長さもそれがあるのだろう。
体力の消費が多すぎると気持ち的には赤字になるのだ。大会決勝とかの場ならまだしも。
これは人によるんだろうけど、別に私スポーツマンでもないし……
……たぶん。
「……とこちゃんは?」
「元気に高速お絵描き中」
「子供は風の子とか色々言うけど、ちょいアクティブすぎる…」
思い返す。
普段はうまく刺せないけど、能力で高速化している時は刺さると言っていた。速度と威力は当然ながら比例している。高速化している時は速度だけでなく威力も増しているのだろう。
で、反作用はどうなっているのそれ。昨日の暴れっぷりを見る限り包丁も破損しないのが不思議でしかない。身体も年齢的に考えると骨がぽっきりいきそうなものなんだけど。
そして高速化しているとしても運動量は相当のもののはず。それがどうだ、昨日も最後まで元気に惨殺してたし今も疲れた様子もなくお絵描きタイム。
スタミナ無尽蔵?身体は壊れない?……ご都合主義?
幽霊だし、人間と…というか、生物と何かルールが違うのかもしれない。うん、これについてはわからないし考えるのやめようか。今は。
「できた」
「ん」
どんなの描いたのかな、と重い身体を引きずって覗いてみる。
メモ帳の中のモノクロモナリザ。
「…………………………………………………………」
「いえにかざってあったやつ。たしかこんなかんじ…だったはず!」
いやコピー級なんだけど。オーバースペックか?英才教育か?
しかも端につけてある名前まで綺麗な字……
そしてメモ帳をめくったらなんかすごいそれっぽく鉄を操ってる実束のアニメ絵。
この子の親は一体なにを仕込んだの?才能なの?教育なの?
しかもそのクオリティでパラパラ漫画なのそれ??それただのアニメじゃないの???
「えへん」
「えっと、すごいね、常ちゃん」
「えへへん」
…………。
よし。
この子の事は万能超人として捉えておこう。無駄に驚く必要もなくなるだろう。
実束と実房さんもそんな風に受け止めることにしたっぽい空気を感じた。一種の諦めの雰囲気だ。
その後もアニメやら名画やら名画でアニメやらをメモ帳へ叩きつけていく常ちゃん。
リクエスト頼まれた時はバラバラになれる角張った犬しか思いつかなかったのでリアルな角張った犬描いてもらったり身体の部分描いてって言われたからなんか頭だけ頑張ったみたいな絵ができたり。
そんなこんなで時間は過ぎて夕飯の時間。
「…………」
さて。メモ帳が5冊犠牲になったけど、この子の進撃を止めるにはまだ足りない。
というかよくそんなネタが思いつくものだなぁ、とぼんやり思う程度にはもう今の状況を達観して見ていた。
果たして収集はつくのだろうか。現実の辛いところはぐだぐだになってもカットできないこと。強制終了なんかない。早送りも巻き戻りもなく感覚の違いはあれど等しく時間を過ごすことになる。
今回は退屈はあまりなかったけど、体力はぐんぐん消費される。回復しつつも消費する。回復が遅いのでマイナス。そして実房さんはご飯を作りに行ってしまった。一抜けだ。
このまま見守るだけでもいいが、何もすることがないというのは中々堪えるもの。暇は幸せであり敵である。
「…………。実束」
「うん」
「突然ですが質問タイムを設けます。知ってることをなんでも教えましょう」
「なんでも」
「なんでも。ただしリアルタイムでなんでもの範囲は変動するものとする」
「なるほど。汐里って何かお話書いてる?」
「ふぉわっふ!?」
思考がフリーズした。
いや。待って。
かまをかけただけの可能性がある。
いや。待って。
だとしたらもうアウトでは?
いや。あの。
「………………………………何故?」
「なんだかそんな気がしたから。ほら、お姉ちゃんのも含めて、私たちの力の色んな使い方思いつくでしょ?考えてくれてたのもあるんだろうけど、普段からそういうのやってるのかなーって思って」
「………………………………なるほど」
じゃあ、何かこう、知られたとかそういう話ではないと。
いやでも違くて、だからフリーズしちゃったからそうですって言ってるようなもので、ここで否定しても否定にはならず……逃げ場は無いか選択肢は無いか私は私の行動で袋小路に飛び込んだってことだ。
「…………実束」
「うん」
「それを聞き出してどうするつもりですか」
「何にもしないよ?…んー、少し興味があるってくらい。話聞いて、私も何か思いつくかもだし!」
「……。…………。………………。」
揺れる。
すごい揺れてる。心が例えるのなら空中降下キック踏みつけジャンプ降下キック踏みつけジャンプ以下ループみたいに揺れてる。
そっか……うん、それなら……まぁその……ほら………だって…こっちが上手いこと誘導すればいいし……
………………。
「…………能、力とかなら……考えたことあって…」
「うんうん」
「一番最初に、その、思いついたやつが。想像を、実現するって…やつで」
「ふむ」
「最初だから思い入れもあるんだけどね……ちょっと、その…なんでも出来すぎて扱いにくくもあって、いわゆるチートで……便利すぎるのも考えものだよね」
「一応制限というかコストも設定して、そう、基本的に想像を実現って言っても状況とかよりは物体の実現で。イメージするなら頭の中で考えた何かをそのまま外に引っ張り出す、みたいな」
「それでその引っ張り出したものに比例して体力的なのを消費することにして。この能力を使ううさぎは一応の主人公で神様、ここでは精神体的なのと思ってくれていい、神様が人形の身体に入って動いているって感じで。人形だから身体が壊れた所で死なないけど器が無いと存在を保てないって事にして身体を壊されたら能力で新たな身体を作ってそこに移る、その時に体力を消費するって仕組みにした。擬似的な体力ゲージだね」
「それでもコストの設定が曖昧な事もあってチートっぷりは凄いものでね、即死攻撃とかも結局脆い低コストな人形の身体一体分になっちゃうしなんかもうずるいんだよね、今思えば典型的な無双系主人公だったなぁうさぎは。と言っても扱いが色々雑だし他に書いてて楽しい人いっぱいいるし主人公的な扱いはほぼほぼしてなかったからまぁバランスはとれて…ないと思うけど。でも何でも屋さんで人助けとかに乗り出す時はとっても便利な人だよ、ほぼ無条件で動くから。人間っぽさ無いかもね、神だからいいのかも。ああ、神って言ってるけど大層なものじゃない。そういう種類の存在がいるってくらいの認識がいい。普段は神社にのほほんといたりいなかったりで自由に生きています。それで他の話になるけど、気がついたらうさぎと同じ顔の人が複数できちゃったりしててね。これを私はうさぎシリーズと呼んでいます」
「それでうさぎの相棒的キャラを紹介するとカナトって人形、ただしこっちはアンドロイド的なのと思ってほしい、ともかくそんな人がいまして。でもこうロボット的な機構があるし、なんていうか、なんなんだろね?主に刀を出してて戦うよ、背中から機械っぽい翼出して飛ぶことも出来るけど最近翼必要なくない?ってなってるからそのまま飛ばしてるね。うさぎとか普通にそのまま飛ぶしなんかこうなんか変だし。つばさでうつ的な攻撃には使えるけどね。ただロケット噴射も捨て難いし、今の落ちどころとしては長期飛行には翼を展開するって感じかな。設定的にはうさぎの人格をコピーしたロボットだったんだけど書いてるかうちに性格の違いが出てきてね、これは人みたいな成長っぽくていいなって思ったから好きにさせてる。うさぎと比べると常識人でセーブ役でツッコミ役って所かな、同時にいじられ役でもあるかもしれない。うさぎと比べて、と言ったけど実はそもそもうさぎのキャラがよくわからないの。好きに動いてもらってるからだとは思うけどころころキャラが変わっている気すらする。というかうさぎ族はみんなキャラが今ひとつよくわからないや、何だか不思議な人たちだよ。考えてキャラを書いてること自体が少ないのが原因か。放任主義って言うの?ある程度の流れには従ってもらってる筈だけどその時その時思いついた台詞を、究極的に言うとその子がその場面で言いたいって台詞を伝えてきて採用するって感じの書き方。ほんとは良くないこととは思うけどね、でもこれが一番楽しいしやめられないよ、仕事じゃなくて趣味な訳だし。ただ独りよがりが過ぎるし公開とかする気になれないよ、気にいる人が居ないとは可能性を考えると言い切れはしないけれど限りなく低いだろうしそもそも恥ずかしさ凄いし、誰かに見せたい読ませたいって気持ちも勿論あるけどこれからも私はきっと一人でひたすら言葉を羅列して—————」
「——————て」
「……てっ、てて…て………」
不意に……
不意に、正気に……戻ってしまった。
何故戻って、しまったのか。これならむしろ、最後まで走り抜けるか向こうが逃げるまで続けた方がマシだったんじゃないか。精神的に。
いや、違くて、どちらにせよ駄目なやつだこれ。袋小路の中で袋小路?私すごくない?褒めて。やめて褒めないで。
そうじゃないの。違うから。それじゃなくてね。考えるべきは次の言葉で。
ここから私一体何をどうするの。何が一番マシなの。今度の今度こそ詰みじゃないの?チェックメイト。私はこれから一体どうなってしまうの。想像できてるでしょう。したくない。本当にできてる?放棄してない?してるとも。
そうじゃないの。違う…微妙に合ってるけど違う。考えるべきは次の言葉ではあるんだけど、そのね、そう、まずは自分の内側だけで試行するんじゃなくて……外の情報を取り入れなければならないの。
実束の反応を私は全く取得していない。
私が紡ぐべき言葉はその情報を取り入れた上でなければ不自然なものになる……から、ほら外側に意識を向けて。ああわかってる、反応見るの怖いのは痛いほどわかるから。痛いから今。ずきんずきんと心臓がある所とはちょっとずれた、胸部中心線上(縦)と乳頭を繋げた線(横)の交差点辺りがずきずきしてるから。心不全起こってない?心不全ってほどじゃない、機能はちょっと低下、心房細動血栓の元、だから無駄な思考を回して逃げようとするんじゃない私よ馬鹿め!
もう逃がさない。カウントダウンする。1で向けるから。90——5!!!5ね!!!!5の4の3の2の1!!!
ここまで4秒。
ようやく表に戻った視界に映る実束、は。
めっちゃわくわくした顔で続きを待ってた。
「………て………」
「て?」
かち、こち、と固まった思考が音を立てる。気がする。
石化しかかった人間的な速度と動きで、今するべき最低限の音を、発する。発しようとする。
「………………きょ…」
「きょ?」
「……きょ………う…」
「……今日は……こ、こ…まで」
絞り出した言葉と同時、台所の方から「テーブル拭いてー」と実房さんの声が聞こえてきた。
………………………………。
とても
だけど常ちゃんが割としっかりご飯を食べていた事は覚えている。突っ込む気にもなれなかったけど、思い返すととても謎の状況だった。幽霊がご飯を必要とする?いや食べたものは何処へ行く?
浮けること以外通常の人間と変わらないのだろうか。都合のいい存在だ。
……本当に幽霊?死んでいるは死んでいるのだろうけど、私にとって都合がいい要素が多い…そんな感覚がある。私が違和感を感じないのも……いやそれは私に取り憑いてるからとか…でも取り憑いてるからってなんだというのか。
…………………あー……もう常ちゃん関連で考えるのやめようかな……今までの何よりも謎要素が多すぎてどうすることもできなさそうだ。きっぱりやめないと今の台詞を数十回繰り返すのが目に見えてる。
前進は止まるけれど、“何故そうなった”まで行かず“そうなった”だけで思考を止めるのを心掛けよう。きりがない、きりがない、きりがない。
何より今は心身ともに疲弊してるから無理です。長時間戦闘による体力と精神力消費、加えてさっきのアレによる急激なダメージ。これは無理。
普段なら寝て体力回復を図る所ではあるけど、今はそうにもいかない。
おのれ不明晰夢……改めて恨む。
そんなこんなで疲弊した私はご飯を食べた後ソファで横になっていた。
これからの流れはお風呂入って準備しておやすみなさいだろう。もうゲームをやる気力は無い。
おやすみなさい……あ、そういえば……
「みつかー」
「はいはーい」
「今日もじっけんするのー?」
「念のため試すつもりです」
「はーいー……」
確認完了。なら準備ができる。
心の準備さえ出来てればへっちゃらだ。もう4回目だし。
何も1回の例だけで駄目と決めつける訳にはいかない。
1回目は実束が眠れなくて、2回目は不明晰夢が見れなくて、3回目は成功して結果離れ離れ……試行の成功率低いね?
まぁ、二度の失敗を経て問題点は見つけて解決している。これから続ければ成功率は上がっていくはず。
その結果はどうあれね。
「じっけん?」
「そう、じっけん」
頭の上で常ちゃんの声がする。ふよふよ浮いてるのかな。
「なにをするの?」
「一緒の布団で寝るの」
「なんで?すきだから?」
「すっ…………実束がね、一緒に寝れば向こうで一緒に目覚めるんじゃないかって」
「なるほどなるほどー。…………わたしおもいついた」
「んー?」
「ここにせーこーれーがうかんでいます」
「浮かんでるね」
「わたしはむこうでおねえちゃんのそばにいます」
「うん」
「つまりみつかおねえちゃんもわたしみたいになれば」
「ストップストップストップストップ」
それを聞いたら流石に寝っ転がって居られない。
起き上がって見てみれば既に武装してるではありませんか。
「よし、常ちゃん。まずはそれをしまいましょう」
「はい」
「よろしい。こっちきて」
「ほい」
捕獲。
「ええと、常ちゃん?殺すのは駄目だからね?」
「なんでー」
「だって多分すっごい痛いよ、嫌われちゃうよ」
「とうといぎせい……」
「尊くない尊くない」
「まだまだおばけれきはみじかいですが。わたし、なかなかいいものとぞんじます」
「常ちゃん」
「はい」
「そもそもどうして実験してるかわかる?」
「いっしょにおきるためでしょ?」
「そうだけど、それは目標であって、最終的な目的じゃないの」
「んー?」
「向こうで一緒に起きたらどうなる?」
「うれしい!」
「そうだね嬉しい。…………でも違います、違うからね。うん。じゃあ逆に考えようね。向こうで一人で起きたらどう?常ちゃんも居ないとして」
「……おねえちゃんがむこうでひとりぼっち?…………あぶなくない?」
「そうです危ないんです。実束が居れば?」
「あぶなくない」
「そう言うこと。危なくない為に一緒に起きる方法を探してるの。危なくなかったら、私は死ににくい……ここまで言えばわかる?」
「……ぴこんときました。おねえちゃんたちは、しなないためにがんばってる!」
「そういうことです。死んじゃったら本末転倒なのです」
「なるほどなるほどなるほどなるほど。ごめんなさい!わたしはかしこくなった!」
「わかったのならいいんだよ。いい子いい子」
「うにうーにーうにー」
なでなでするといい感じの音を発する。これは撫で甲斐がある。
どうやら、常ちゃんは若干危険な思考を持っているみたいだ。元々か、幽霊になったからかは、まぁどちらでもいいか。
私がうまいこと制御しなくちゃならない。これから多分一番側に居ることになるだろうし、常ちゃんが持つ力は人に対して使うなら多分最も危険なものだから。
そして丁度いい。何だかんだで起き上がったついでに行動を始めてしまおう。
「お風呂借りるよ」
「どうぞどうぞー。場所わかる?」
「もう覚えてる」
「おーふろー!」
常ちゃんを抱えたままソファから降りて荷物を持ってお風呂場へ向かう。
場所も覚えているし、実は着替え等も持参してある。……念のためだから、念のため。
予想できるなら対策もしないと変でしょう?それだけのこと。
常ちゃんは流石に予想してなかったけどまぁ大丈夫だろう。
更衣室について、適当に脱いで適当に置いて。常ちゃんはすぽんと脱げて。うーん見事な服一枚装備。すっぽんぽんである。
「常ちゃん、あの格好で寒くないの?」
「まったくぜんぜん」
「ふむ……」
それも幽霊ゆえ、と考えておこう。
各々の準備が終わったので扉を開けて相変わらずちょっと広い浴場へ。
常ちゃんがちっこいからまぁぎりぎり許せるレベルではあるけど、でもやはり三人で入るものではないと思う。
「……で、今日はどっちから?」
「まさか自然に順応されるとは……まさか慣れた!?」
「慣れるわけないでしょうに」
うん、三人。
なんかいつのまにか実束が一緒に着替えてた。なんかもう止める気にもならなかったのでスルーした。
これも前回の経験から予想できたから、まぁ覚悟を決めておいたってやつです。不意打ちでさえなければ私は大丈夫。
「はーい」
「はい常ちゃん」
「わたし、おねえちゃんたちあらう!」
突然の提案。常ちゃんが?
実束の表情を読むべく視線を移す。実束も同じことを考えてたらしくこっちを見た。
私たちは常ちゃんの力を見ている。あの高速移動、そこから繰り出される強烈な斬撃……
……多分二人同時にやろうとする。二人同時にやるんだったらすごく速くなる。すごく速くなると威力も……
表情だけでなんとなく意見が一致した。だが提案を却下するのは難しいだろう。納得させる未来が全く想像できない。
とすれば。
「ではリクエストがあります」
「はい」
「ゆっくり、そのままの速度でお願いします。ゆったりしたいので」
「かしこまりましたー!」
よろしい。
「……あ、でもみつかおねえちゃんがひとりになっちゃう」
「実束は……」
やはり同時にやろうとするか。だけど当然対策も考えてある。
「……私が洗う」
「おねえちゃんが?」
「じゃ、私は常ちゃんだ」
「ふむ……あ…これは……わかった!ぴこんときました!」
何かぴこんときたらしい。
「つまりむかでに
勢いよくシャワー起動。
豪快にお湯を被り洗われる体勢を整える。ついでに実束と常ちゃんにも出力を下げつつ放射。
何を言い出すかわからないから全く油断ならない。何故知っている、という疑問についてはもういいです。まともな答えは返ってこないでしょう。
ちょいちょいと手振りで移動を促して、三人が三人の髪を洗うのに適した位置へ……
「…………」
狭い。
多少広いと言えど人間三人が三角形に座る場所ではない。決してそうではない。明らかに用途を間違えている。
本当にこの狭さでいけるの?腕を動かせなくはない、そう、多少広いからこそ座るところまではいけたってだけだ。通常サイズのお風呂場なら不可能な事をしてしまった。してしまったばっかりに。
だが座ってしまった以上はやるしかない。
シャンプーのボトルに手を伸ばし、て。出して、渡して、はい。
「……始めるよ」
「うん」
「いいよ」
謎の緊張感。
これで実束の髪を洗うのは二度目。……あれ、これ私だけ早く終わらない?
私の髪の量はそれなりのものだし、常ちゃんも子供ながら髪量は相当のもの。そんな中実束だけ比較的短め。
先に終わったらどうしてよう。あんまりやり続けるとダメージ入っちゃうし……流すにしても実束も常ちゃんのやってるはずだし……
……洗いながら考えよう。そうしよう。
ぼちぼち実束の髪へ手を……おうっ?頭の後ろでなんか変な感覚。ていうか変な音。ごーって感じの……私の後ろにいるのは常ちゃんですが。
それって明らかに高速化してません?
「あ、の、常ちゃん」
「ん?あ、こほんこほん。しゅばばばばばばばばばば」
「効果音が欲しいって話じゃなくてね」
いや、でも、髪が引っ張られるような感覚もないし、痛みもないし、何気に上手いことやってる……の?
なんでそんな技術が……おっと考えない考えない。
ともかくそのままで良さそうなら常ちゃんは放っておくとしよう。私は私の役割を果たさねば。
目の前の実束へ適当にしゃかしゃか開始。
……冷静になってみると、どんな状況なのこれ。なんで私髪を洗われつつ髪を洗ってるんだろう。
非日常の塊が関わっているから?こんな事まずないでしょう。だって狭いお風呂で三人が互いの髪を洗うだよ。三角形になって。
貴重な体験?いやいやいやいや、一体何に役立つのこの経験。
やり始めた以上はやりますけど。
というか、最近私って誰かに話すとしたらどうしてそうなったとしか言われなさそうなことばっかしてない……?
周囲の状況が原因?それとも、私が原因?私何かしましたか。
この際、ちゃんと思い返してみようか。
クラスメイトの誰かが眠り病で…なんかもう懐かしい名前。要は、その誰かが不明晰夢内で殺されたあの日から私は不明晰夢に囚われた。理由は不明。
危うく私も殺されかけたけどやって来た実束に助けられて、なりゆきで自分の力に気がつく。
その次の日からは実束と改めて話し合って協力関係を築きます、と。帰り道何か考えたけど思い出さない。
で、その日の不明晰夢から本格的に違和感を感じ始めた。……あれ。今思うと、その頃はまだ大雑把な位置しか分からなかったような……慣れたのか。違和感に慣れるって分からなくなりそうなものだけど。感じ取るのに慣れた?後この辺りから実束のスキンシップが激化してきた。
それで……あぁ、お泊り。色々大変だったなぁ。
初対面の実房さんはなんか典型的なめんどくさいシスコンキャラでとても気持ち悪かった。私も変なこと言った気がするけどよく思い出せないから無いものとする。そういえば最近シスコンキャラ出なくなったね?出すべき相手が居ないのか、いや……もしかしてそんな余裕がないのかも……?
……順番に思い出そう。その日はお風呂入ってたら実束が今日みたいに乱入してきて、なんやかんやしてたら突然の添い寝依頼で私の記憶が吹っ飛んだ。気がつけば実束の部屋の中だ。
仕方ないとして添い寝で実験、結果は失敗どころか大失敗。不明晰夢に実束は居なくて大ピンチだったけど、偶然か必然か来ていた実房さんが力を使えるようになってなんとか生き残った。
起きたら実束は色々あって眠れなかったらしかった。実房さんも仲間に加わりつつあの世界を不明晰夢と命名。ついでに今度こそと実験をした……が。
今度は朝に眠ったからか普通に夢を見た。ああ、久しぶりの夢だった。私は大変興奮してしまったのだけど、不覚にも内容をあまり覚えていない始末。ブランクがあるからか。そしてその後もう一日使って実験したけど今度こそ普通に失敗。当初の目的自体は失敗だったけど、まぁ、色々と得たものはあったよ。
それから、二週間ほど変わった事は無し。イベントがあったとすれば、幽霊の噂を知った辺りから。いつも使ってる教室が使えなくなりそうで結構困ったね。あそこは気に入ってるもの。とはいえできることもなかったからその日は終わって……常ちゃんの登場だ。
不明晰夢で目覚めると側に見知らぬ少女、ってね。その時は普通に迷い込んだ人って認識だった。そりゃまさか幽霊とか思わない。普通に迷い込んだ子として接してその日が終わって、相変わらず噂は立ってて、不明晰夢ではまた常ちゃんだ。
流石に二度目となると迷い込んだだけとは言えない。が、能力を持っているとも思えない。何せ違和感なんて今も全く感じられないからね。とはいえ、やる事は変わらない。いらない事考えて私の調子が悪かったけど、何はともあれその日の不明晰夢も終了。やけに怪物の数が少なかったけど……
それは明日に繋がった。昨日の不明晰夢は大変だった。常ちゃんがいきなり暴れ出さなかったら本当に危険だった。前回怪物の数が少なかった分……なのかどうかは不明だけど、とにかく大量の化け物が押し寄せてきた。大量の怪物に残像が残像を生む速度で怪物を塵にしていく常ちゃん。なんとか事なきを得て今に至る、と……
……いつのまにかただの回想になったね。
そして思い返してもやっぱり基本的に私から何か行動を起こしたりとかそういう事はなかった。
やはり最近の妙なイベント続きは私が原因ではない。
……ほんとに?
何かもやっとする、引っかかる、断言できない。
私は何もしていない。でも常に機能している何かはある。
私は何もしない、でも私がいる事で変化することがある。
…………唐突な、ほんとに唐突な思いつきだけど。
私の力は他人の能力を増幅させる力。それは本当にそれだけなんだろうか。
結果の一つとしてそうなっているだけで、実際そうなのかは全く分かっていない。何しろ目に見えないし。
厄介なのはオンオフの切り替えもできない点。実験のしようがない。
そして制御する為に感覚を捉えようとしたっていつもと何にも変わらない。私はいつも通りそこにあることしかできない。
もし……もっと大きな何かを増幅させていて。能力の強化はその範囲内に入っているだけだったら……
「汐里汐里」
「あっ。……はい」
…………気がつけば結構な間考え事をしていたみたいだ。
鏡も駆使して様子を確認すると、二人とももう作業を終えていた。
「考え事?」
「そんなところ」
「そっかそっか」
実束はそれ以上訊いてこなかった。その方がありがたい。
さて、洗い終わったから泡を流す必要があります。
どうするか。まずシャワーに手が届くのが私だ。
ならば順番に流すのが正解か。
「まず私が実束を流します」
「うん」
「次実束が常ちゃんを」
「そしてわたしがおねえちゃんを!」
「そんな感じです」
行動内容が共有できたところで早速開始。
シャワーの温度確認。適当にゆすぎながら外部内部の泡を流していく。
とりあえずなんとか終わりそうだ。何だかんだどうにかなる。
実束が終わったら、シャワーを実束に渡して、私は待機。
もっと何かもみくちゃになるかと思っていたけれど、特に何事もなく。
平和なのはいいこと。このままスムーズにお風呂終わって歯磨きとかしてすぐに就寝でうおおおおおうなんか髪の毛が振動してる気がする常ちゃんかこれ。
シャンプーなくても振動で汚れとか落ちそう。超音波なんたらとかそこらの……食器洗浄機とかそういうの使ってるんじゃないの?単なる高圧水流?あれ洗剤使ってた気もする。
とりあえず超音波振動しとけばなんとかなるって気がするのはなぜだろう。
そんな事を思ってたらすぐに振動が消えた。終わったらしい。さすが早い。
えーと……次は身体ですか。これも三角で背中を流したりするんでしょうどうせ。
タオル……正式にはあかすりタオル、だっけ?名指しすることないからよく忘れる。ともかくそれを……
「……あ、そういえば二つしかなかったっけ」
実束が呟く。壁にかかっているタオルは二つ。
たしかに普通は二つだ。メインとスペアって感じなのかはわからないけど何故かよく二つかかってる。
そして問題発生。私たちは三人だから一つ足りない。
よって一人には待機してもらうしかない。
そういう役にはよく私が立候補するけど、今回はサボりという役割になるので他人に譲るとする。そして実束か常ちゃんかだけど、まぁ常ちゃんに待機してもらうのが自然か。
納得して貰えるといいんだけど。
「常ちゃん常ちゃん、常ちゃんは一旦待っ……て…」
私の言葉は勢いを急激に失っていく。
なんとか後ろを向いてみると、いつの間にか常ちゃんがボディソープを手に取ってよくわからないことをして泡立てていた。
常ちゃんの速度があればすごく泡立てることくらいできるのはわかる。しかしタオル無しで何をする気なのですか。
「おねえちゃん、まえむいてまえむいて」
と言いつつ前をぐおんと向かせてきた。
というか私よ、何をする気なのかわからないはずないでしょう。常ちゃんの分のタオル無いんだから。ここで現実逃避に走ったってしょうがない。
いや、でも現実逃避に走るにはそれなりの理由があって。ああなるほど、考えてみたら今この狭い中で逃げる事は出来ないし常ちゃんを止める言葉も咄嗟に思いつかない。つまりどん詰まりでどうしようもないのか。そりゃ現実逃避だ。
じゃない。止める言葉が咄嗟に思いつかなくてもちょっと待ってとか言えば時間は稼げるでしょうに。思い立ったならすぐに行動だ、後ろを向い
「ひょわっ」
なにかが背中に接触。それが何かを認識しようとした次の瞬間にはもう別の場所。
「あ、わわわあのえっ」
背中を這い回る何か、それは当然ながら知らない感触で、全く痛くないんだけど、くすぐったいような気はしてでもくすぐったいとも違う変なもので。背中?これもう背中過ぎてる?速すぎてわかんない、腕をなぞっていった気がするし首がなんかふわってする、しゃわしゃわとかなんかあったかいような洗ってる洗ってるんだよねこれ、そうだもん素手の方がいいってなんかでみたしね。でももうあんまりわかんないちょっとずつ限界が迫ってるよ、あっちこっちで知らないのがたくさんくるから理かいしきれなくてひとつひとつのひょうげんが追いつかないちょっとだけ見えるけど、なんかあわあわしてるってことしかわからなくて、だめ、わかんないみえない、みてもわかんないよでもなんだかしあわせなような
きがする
?
あったか
はい。
うん
みがき?ん。
こっち
ほかほかする
部屋だ。
……へや………
「………………へや…?」
「お。汐里?」
「あ…はい、うん、私です。……えっ?」
「気がついたかな。だいじょぶ?」
「だいじょーぶー?」
「……」
頭の中がふわふわほわほわしてる。……これは余韻かな。さっきまでこれがもっと濃かったとすると……ああ、記憶が曖昧で飛び飛び。なんらかの原因で容量オーバーにでもなっていたのかな。
でもなんとなくお風呂その他も済ませた気がするからまぁいいや。いつのまにか寝間着だし。
そしてそう、部屋。再認識、実束の部屋。
もう何度目か。四度目?四度目。四度目となると流石に慣れます。
「……うん、大丈夫。なんとなくわかったから。さぁさっさと寝ようか。椅子借ります」
そして慣れると余計な行動をしなくなる。
椅子に座りつつ実束が眠るのを待つ。一度失敗した事は繰り返さない。
「おねえちゃんはいっしょにねないの?」
「後から寝るよ。安全のためです」
「ふむふむむ」
「汐里、もうすっかり慣れっこだね」
「流石にね。……いちいち色々考えてたら身が持たないよ」
「色々考えてたんだ」
「それブーメランだよ」
「私は汐里がぎゅーってしてきたから眠れなかっただけですよー」
「……」
忘れてた。違うね、思い出さないようにしてたことだ。
抱きつき癖とでも言えばいいのか。全く知らなかった自分の…癖?癖でいいんだよね。添い寝とかする訳ないから知る由も無し。
あと思い出す必要もないのでさっさと何処かへ押し込む。出てこなくていいよ。押入れの中で眠っていてください。気にしない、知らないから気にならない。
よし忘れた気がする。
「……ほらさっさと眠る。電気消すよ」
「はーいはいー」
実束が布団に潜り込むのを見てから、常ちゃんに頼んで部屋の電気を消してもらう。
ぱちん。その音と同時に、部屋の中から光が消える。
途端に音も消えた……ような錯覚に陥る。眩しさに音なんて無いけれどね。
それでも急に静まったような雰囲気になる。この感覚は好き。ちょっとわくわくする。
そしてだ。そんな中空中でふよふよしている常ちゃんからは質量を感じない。
音も、風も同じく感じない。くるりと回ったりしててもそこにいるという感覚を発さない。
触れるのに。幽霊っぽいんだか生身っぽいんだかよくわからない。視覚的には辛うじて音を感じなくもない。
(おねえちゃん)
とか思ってたら音無き音を伝えてきた。俗に言うこいつ直接なんたらってアレだ。
普通に驚いたけどここは冷静に対応しよう。
(なんですか)
(みつかおねえちゃん、ねむれないの?)
(今眠ろうとしてるよ)
(ねむらせてあげようか)
(包丁しまって)
(とことこじょーくです)
(とことこジョーク)
(とことこじょーく)
(…………なるほど。)
本気でジョークだったらしい。暇なんだね。
とはいえここは待ってもらうしかない。騒いだりして睡眠阻害したらよろしくない。
(常ちゃんは先に寝てていいよ)
(わたしねないよ?)
(寝ないの?)
(うん、ねないよ。そのかわりかな?いつもふわふわするの)
(ふわふわ……してるけど、違うんだよね)
この場合のふわふわは恐らく、浮いてる事じゃなくて思考の事だろう。
夢見心地って事だ。幽霊だから?なんとなく納得できる気がする。
で、既に眠っているから眠るも何もないみたいな感覚か。死んでるから死なないみたいな話。
なんか次々と納得がいくような錯覚を覚える。夢の中の存在だと言うのなら、様々な不条理に説明がつく……ような気がしてくる。
結局のところ、全て暴論で説明も根拠も何もないのだけれど。
疑問を抱かなくなるだけかなり精神には良い。悩み事は少ない方がいいに決まってる。
それに、一つだけ納得がいった。
常ちゃんの奇妙な行動は、夢見心地な思考から来ている。それだけは理由もはっきりと納得できた。要は、私たちとは思考のいる場所が違うんだ。
……常ちゃんに対して違和感を感じなくてよかった。その理由もよくわからないけど、ともかくよかった。
あの化け物たちと同じく違和感を感じてたら比喩じゃなく吐いてるかもしれない。きっと気持ち悪さも半端じゃないだろう。
(……眠らないって、つらくない?)
(んー、かんがえたことないからわかんない。ねむらないけど、きにしてないとじかんなんかあっというまにすぎちゃうから)
(そっか……)
(でも、そのせいかな?きがついたらへんなことになってたりするよ。あ、さっきもなんだかそんなきがする)
(わかった、この話は一旦中断しようね)
私もよく覚えてないしそこの話を掘り下げるとなんとなくよろしくない気がする。
そして、なるほど。夢の中的に時間をスキップするとその間常ちゃんの行動は半ば暴走状態なんだね。セミオート行動ってやつだ。
果たして通常時とスキップ時の行動にどれだけ差があるのかって問題があるけど。
私の予想だと多分あんまり無い。
(…………ん。むむむ。おねえちゃんおねえちゃん、みつかおねえちゃんねむったっぽいよ)
(ほんと?というか見えるんだ)
(わたしにくらやみはかんけいないのぜー)
(なるほど)
理屈はわからないけどよく見えるらしい。
ともかく、それなら私も早速睡眠に入ろう。今日こそは、という希望を持ちつつ椅子から降りて寝息を立てる布団の中へ。
(おねえちゃん)
(ん?)
(じっけん、せいこうするってほんとにおもってるの?)
(思わなきゃやらないよ。もしかしたらって希望がある限りやらない手は無いよ)
(でも、あんまりしんじてないよね?)
(……)
心の中の会話のはず、なのに黙ってしまった。
……まぁ、言う通り、実のところ本当にいけるとはあまり思ってない。
そんな気持ちだから成功しない、というのもあるかもしれない。もっと自己暗示強くしないと。
(おねえちゃんわくわくしてるから、みつかおねえちゃんといっしょにねるのがすきなんだよね)
「ごほっ」
声に出た咳き込んだ。
いや待った常ちゃん、それは待とう。
(ちょっと待ってね常ちゃん、それじゃあまるで私が実束と添い寝したいが為にあれこれ理由つけて誤魔化してるような)
(みつかおねえちゃんとそいねしたいがためにあれこれりゆうつけてごまかしてるんでしょ?)
(それは誤解だよ常ちゃん、誤解と聞いてムカデっぽいの思い浮かべるくらい誤解だよ)
(でもほらそんなにくっついて)
(実験の成功率上げるためです)
(すでにぎゅーするたいせいに)
(どうせ抱きついてしまうならいっそのこと最初からしちゃった方がダメージが少ない)
(おねえちゃんのこころがとてもほかほかしてるのをかんじます)
…………駄目だ、とても駄目だ、このままここで戦っても不利にしかならない。
となれば、答えは一つ。
「おやすみなさい」
「あっ」
目を瞑って脱力して、さようなら今日の日また明日で3、2、1。
………………………………。
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