片付ける








目が……覚めた。

ここは、私の部屋…だ。


「………………」


私の部屋。そう、私の部屋。現実。

現実……だ。


「……かなと…こぐも……なみき……はとば……」


でも、あれは、夢だったの?

記憶は残っている。残っているけれど……


「ちなみ……はなみ……りょくは……りみりぃ……れいか……」


……現実…とは、思えない。

思えないけど、でも、夢とも、思えない。


「しょうか……ひでり……うさぎ……」


夢なら……


「……つむぎ。」


……あの、刺された汐里も、夢になるの?

昨日あった事は忘れてない。全員の名前を言えた。

そしてその前に起こっていたことも忘れていない。忘れられない。


「……………」


汐里は…無事なのかな。

メールは送っておく、けど。返信が来るかどうかはわからない。

もやもやする。曇り空みたいな気分だ。ずしんと重みのある雲が、心の中を覆っていて息苦しい。

でも、このままじゃ何も変わらない……か。


「……。おはよう。おきた。おはよう」


自分に言い聞かせてベッドから出る。

眠気はまだ惜しむように頭から離れようとしないし、外の景色と違って晴れ晴れとした心ではない。

一階から物音が聞こえる。もうお姉ちゃん起きたのかな。

とりあえず、昨日あったことを相談してみよう……



………………………………。



「小足見えてるぅ!」

「なんでー!?みえないよそんなのー」

「もちろん見えちゃあいないさ。これはいわゆる想像というやつだ」

「やまかん……!」

「というかそちらは見えるでしょう。3倍速ぐらいになれば」

「のこりじかんがないからむりなのー」


「・・・・・・・・・・・・」




言葉を失った。


なんか、いる。


なんか、テレビで、格ゲーで、遊んでる。


「え……あ…?」

「おや、起きたか。やあやあ目覚めはどうだ枳実束初めまして。遠き輩は音に聞くがいい、僕の名前は名乗らんぞ。だが特定層の為にわかりやすく僕はこれを被ってあげよう。視界縛りは中々厳しいが受け入れてやるとしようか」


その、不明晰夢の中で見た…カナトとうさぎと同じ顔、同じ声をした少年は、どこからか取り出した狐面を顔に付けた。


狐「というわけで僕だよ実束。やぁやぁやっと主人公役から解放されていつも通りに近いノリで行動できる僕なわけだ。ついでに外からの質問に回答しよう、正解は一発キャラじゃありませんでした。残念だった?嬉しいか?それに構わず僕は喋るよこんにちは」

「…………」


この人……顔がうさぎとおんなじだし、何より言動的に向こうの人だ。

なんでここにいるかわからない。あと、放っておけない存在がいる。


「……なんで、お前がここに」

「?それはね……なんで?」

狐「まぁそうなるだろうね双方に。先に言っておこう実束。お前さんの疑問には一つも答える気はない」


どこからか取り出した鞘をこっちに向けてきた。


狐「色々と訊こうと思ってるのだろう?僕はなんなのか、昨夜のあれこれはなんなのか、などなど。僕とカナトと名字なしの関係なら言ってもいいが知ったところで何も変わりはしないから説明しない。要はその程度の重要性の話だ」

狐「僕はそれらの疑問に一切答えない。お前さんに何をしようとも思わない。こちらに関わろうとも思わない。いいな?」

「じゃあ……なんでここにいるの?」

狐「よし答えよう」


狐面の少年は勝手に台所に入っていった。


狐「ま、僕個人の意思としてはなんにも答えないって話だよ。さっき主人公役から解放されたと言ったが、僕はまた別の役割を命じられててね。目の前にいるのは喋れる!動ける!DX手紙とでも思ってくれたまえよ」


冷蔵庫を開けて調理器具を用意した。


狐「さて、命じられた役割の話だが。僕は後始末、後片付け、帳尻合わせを命じられたのさ。実房はそもそもあの場にいなかったからよし、お前さんが出会った人物も帳尻合わせの必要なし、となると話を合わせてもらう必要があるのはお前さんとそこの無邪気な幼女ってわけだ」


戻ってきて回鍋肉をテーブルに置いた。


狐「できました」

「いや、何を勝手に作ってるの」

狐「僕だっておいしいものは好きだよ。おいしいからね」


と言って狐面を取って回鍋肉を食べ始める。自分で食べるのか。


「食べたいの?」

「……」

「そうぴりぴりした顔をしなさんな。ここは正直に言ってみるといいと場面だぜ」

「……まぁ、食べ…たい」

「わたしもたべたい」

「よろしい、承認した認証した。というわけで完成品がこちらです」


テーブルの下からホットケーキが大量に乗った大皿が出てきた。

生クリームとシロップとマーガリンその他も一緒に。


「ほっとけーきだー」

「…………。いただきます」


とっさに疑問を待たず流された。

あの変な不明晰夢での経験が早くも役に立つなんて。立つ時が来るとは思わなかった。

そして何だか悔しいことに非常においしい。比喩ではなく何枚でも食べられそうな気がする。


「だがその何枚でもの感触は大体三枚目に差し掛かった所で撤回することになるだろう…」

「おかわりーおかわりー」

「リョナ幼女は別として」

「りょな?」

「気にするなズンバラリン幼女」


横目で見てみれば、既に六枚に差し掛かっている。

……そう、このさかづりとこ。この子の詳細も全くわからない。

しかもあんなことをした後だ。私にも襲いかかった……警戒しないほうが無理だ。


「なのでこれからそのストレイト・ヨージョーの詳細を語ってあげましょう。生まれから死亡、出現までざっくり、能力についてもね」

「……死亡?」


妙な単語だ。

そこから連想されるのは……そんなこと…でも、既にそれ以上の奇妙を経験している以上、私はどこかそれを受け入れていた。


「ご馳走さま。まず、名前からいこう。名前は栄吊さかづり とこ、通常を栄さまに吊ったら異常ってか。栄吊さかづり はるが母親。常に殺されてる」

「待って」

狐「待っても何も出ないよ。アホみたいな話だけど、実際にぶっ刺されてるから仕方ない。ま、殺せたのには理由もあるが」


狐面はフォークで無抵抗のホットケーキを刺した。


狐「母親は抵抗しなかったんだよ。娘から突き出される刃物を受け入れた。娘が抱く感情を理解していたからだ」

狐「根本の話をしよう。常には強いとある嗜好がある。殺人欲ってやつでいいのかね」


ストロベリーソースをどばどばかける。


狐「ま、殺人欲といっても本人はよくあるタイプってわけじゃない。あの、あひゃひゃひゃ系の。人の愛は知ってるし、一部除いて価値観も普通レベルだし、というか殺すのが楽しい以外は異常は全く無いと言っていい。全く無いのが異常と言われればそれまでだがね」

「…………」


もぐもぐとパンケーキを頬張るとこ…栄吊常ちゃん。

狐面はソースをかけたホットケーキをほったらかし。


狐「ちなみに母親、優も殺人欲持ち。常の父は常が産まれる前に優に殺されてる。だからまぁ、殺したくなる気持ちはよくよくわかったんだろうね」

狐「で、ともかく、そんなこんなで常は母親をぶっ殺した。楽しかったんだろうね、幸せだったんだろうね、その時の笑いようといったら凄かったね。笑う以外に楽しさの表現ができないからこそ常は笑った。ひたすらに。ひたすらに」

狐「そしてそのあと自殺した」

「なんで」

狐「まず一つ。母が死んだことの悲しみ。ああ、さっきも言った通りそこらは普通なんだ。死んだら普通に悲しい。嬉しいけど悲しくないわけじゃあないのさ。それでも実行したくなる欲があったんだろう。めちゃくちゃ楽しそうに笑ってたし」

狐「二つ。楽しくなくなった。最初で最期の殺しをした常だったが、それで満足してしまったんだ。同時にあらゆる楽しみが消失した。もう殺しても楽しくない。他のことも全く楽しくない。結構な絶望だね。この二つが合わさった常はさくっと首にぶっ刺しましたとさ」

「…………。……じゃあ、ここにいる常ちゃんは?」

狐「幽霊だね」

「それはあり得ないよ」

狐「何故?」

「汐里が言ってた。何の違和感も感じないって。幽霊なんて非現実の塊なら汐里が気づかないわけない」

狐「そうとも限らないさ」

「なんで」

狐「違和感・・・を感じているんだろう?そこを履き違えちゃいけない。結局のところ、その違和感ってのは主観的だ。違和感の有無は本人の認識で左右されるってだけだ。なら、ちょいと想像できないものかな?」

「想像……って…」

狐「やりにくいなら例えるといい。わからないならわかるものに置き換えるといい。お前さんが見る色は他人が見る色と違う可能性だってあるぜ?」

「…………」


そんなこと言われても……例える……例える……

違和感……現実にそぐわないもの…じゃ、なくて、汐里視点で違和感のあるもの。汐里の認識でそこにあるのが違和感があるもの……

……だめ、全然わかんない。


狐「じゃ、今度は考え方の方向を変えてみようか。化け物ども、お前さんらに違和感を覚えるのが理解できるなら、理解できない方を考える。つまり常についてだ」

狐「というわけで常について知ってる情報をありったけ思い出すんだ」

「……。………」


多少動かされてる感はあるけど、言う通りに記憶を探る。

と言っても多分一番知ってるのは汐里だ。私が知ってるものと言ったら、やたら汐里が心を開いてる様子だけで……

……そう、離れたらまた一人になるとか…一人なのは寂しい…お姉ちゃんたちが来てくれて嬉しかった……

……また、一人?

来てくれて?

ちょっと変だ。会えて、ならいいけど、この言い方だと…どこか、前にも会ってたような表現に思える。

思い返すと違和感に次々と気がつく。

常ちゃんは、なんの疑問も持たず私たちについてきた。

前から存在を知ってたかと言うように。


「…………」

狐「会ってた可能性がある。いや、会ってたというより、相手は幽霊な訳だし向こう側がこっちを見ていた可能性があると思った方がいいね。ではそんなシチュエーションに心当たりは?」

「…………」


すぐに思い当たった。

学校で流れていた幽霊の噂。空き教室にいた一人の人影。

でも、あの教室は汐里が何もないって…………ああ、違う、違うのか。

居たけど、同じように気づかなかった。汐里の認識上違和感にはなり得なかった。

それどころか、汐里は落ち着いて寝そうになってた……


「…………あの時が最初じゃない、はず。いつからか、噂が出るようになった少し前から、私たちを見ていたんだ……」


汐里の様子にずっと変わりはなかった。

少し前からあの空き教室でだけ、汐里の雰囲気が柔らかくなっていたのも知ってる。

いつのタイミングかわからないけど、噂が発生した前後で汐里の様子に変わりはない……常ちゃんの出現を感知したような様子は無い。

…………でも……


狐「空き教室での落ち着いた様子。常への落ち着いた様子。それが同じだと?」

「…………そう、思った。常ちゃんが存在していることに、汐里が関わっているような、気がして」

狐「ま、同じだろうね。そして幽霊って事実も何だかんだ受け入れてくれたようなので次の話に進もう」


まだ納得はいっていない。

でも、聞ける情報は聞くべき…だよね。


狐「そもそもの話として、幽霊ってのは何かしら未練とか強い感情とかがあると一部が残ってその辺に漂うものなんだ。いくら集まっても何も為さない無害なものだがね」

狐「だけど常は何らかの原因であの姿を得た。その原因については適当に推測してもらうとして、その過程でちょいと本人の性質に影響が出た」

「どんな?」

狐「生前は殺す事が楽しかったが、今はそれに加えて危害を加えて命を奪うって事も楽しいっぽいね。あと散々精神は普通と言ったけど今現在の常は普通に異常と言っていいだろう。普通はあるはずの殺す事による悲しみとかそこらがカットされてるね。他にもちらほらとサイコパス要素がずらりずらり」

狐「お前さんも見た通り、それらの結果があの有様だ。お前さんも割と危なかったろう?」

「確かに、あのままだとやられてた…かも」

狐「能力的に仕方あるまい。本人の性質も合わさって中々のチートだし。……ではではお待ちかね、スペックの情報を伝えよう」


狐「鉄を出す、操る能力。光を放つ、操る能力。そういう言い方をするなら、常は加速する能力と言ったところだろう。ちなみに生前から持ってる能力だよ。じゃなきゃ無抵抗とは言え6歳だか7歳だかの包丁が深々と刺さったりはしない。ああ、もちろん加速した分威力は増す。何回も吹っ飛ばされてたね」

「あなたは一体どこまで知ってるの?」

狐「で、能力の内容だけど、まぁわかりやすいね。加速する。二倍速、三倍速、五倍速十倍速……そんな速度で動けている所を見る限り、恐らく周囲が遅くなったようにでも見えてるのかね。ともかく単純に強い。威力がそのままならまだ良かったが単純に速度と共に威力も倍増だ」

狐「包丁はどこから?それは自在に出し入れが可能らしい。包丁も幽霊としての常の一部ってところか。だからか壊れる事も無い」

「私の鉄をいくら叩いても刃こぼれさえしてないのはそのせいなんだね…」

狐「まぁ、よく生きてたね。で、一応制限はある。単純な話だけどね。常が加速できるのは、何もしてない・・・・・・時間の分だけだ」

「んと……10秒じっとしてたら、10秒速くなるの?」

狐「ノンノン。10秒じっとしてもし二倍速で動くとしたら、5秒の間だけ二倍速で動けるってこと。時間消費は倍速の影響を受けるんだよ」

「……それ、汐里がそばにいたら…」

狐「どんな強化がされると思う?答えは……具体的な数字は出せないけど、とりあえずほぼ無尽蔵に動けると思った方がいいね。最大速度も上がるらしい。実房で不意撃ちすれば勝てる要素があるってくらいかな。流石に光速には対応できん」

「ごちそうさまー!」


常ちゃんが食事を終わらせた…らしい。

山の様にあったホットケーキは全て食べられていた。狐面が放っておいたホットケーキも一緒に。


狐「お粗末さん。ま、常の出自やらで話せるのはこのくらいか」

「?」

「聞いてなかったの?」

「しあわせなほっとけーきをまえにして、ほかのじょうほうなぞはいるものか」

「……ねぇ、この子に何かした?」

狐「したとも。あのままじゃ扱いが悪すぎるのでね」


と言いつつ懐からノートを取り出して何かを書き始めた。

覗いてみる……のを鞘で突かれて跳ね返された。


「あいたっ」

狐「マナー違反だぞー。例えるなら舞台裏を覗きに来る観客並みにマナー違反だ。幼気な少女の秘密ノートは覗いちゃいけないのさ」

「……少女?」

狐「ちなみにこのノートは借り物です」

「覗いてるどころか何か書いてるけど」

狐「許可を得てるからいいのさ。喋れる!動ける!DX手紙に書ける!も追加しときな」

「…………」


ともかく、覗いてはいけないらしい。席に戻る……と、袖を引かれる。


「ねぇねぇみつかおねえちゃん」

「……。なに?」

「なぐりあおう」


とキリッとした顔で持っているのはコントローラー。

そういえばさっき狐面とやってたっけ……あっちはまだノート書いてるし……

…………。


「……いいよ。やろっか」



「む……」

「どーん!」


三戦、三敗。

惜しいところまではいくけれど、どうしても勝てない。あと一歩が届かない。


狐「中々やるもんだろう?さっき始めたばっかにしては大したものだと思わない?」

「……そうだね。汐里みたいに強い」

狐「そこで何故その名前を出したか僕には一切検討がつかないということにしておいて、そのまま耳を傾けよう。次の話だ」

「ん」

狐「昨日の事について。一昨日のことについても少し触れよう。知っての通り、昨日はしっちゃかめっちゃかになった訳だが、その前に通常の不明晰夢だった場合どうだったかを考えてみようか」

「通常の場合?……あ」

狐「語らずとも話してあげよう。あの化け物の数だ。あれは明らかに異常な数だ。そして中身こそ違えど一昨日も同じく異常だった」

「妙に化け物の数が少なかった」

狐「そうですそうです。残念ながらお前さんの予想した限界ではなかったって事だ。だがその予想は割と正解でもあったんだよ」

「…………。一昨日は手抜き。昨日は……全力?」

狐「つまりはそういう事だよ。普段の物量では勝てないと悟ったのか、一日手を抜いて次の日に全力でお前さんらを潰しにかかろうとしたんだ」

「ねぇ、それって……敵がいるってことじゃない?」

狐「そこまでは知らないよ。僕はそういう事にしている」


つまり教えない、と。

だけど、待った。全力で潰しにかかって、でも昨日簡単に全部消し飛ばされてしまった。

それってもう……


狐「そうだねそうなる普通なら。向こうも限界だった。だから全力を注ぎ込んで勝負をかけた。それでも倒しきれないのならもう無理で終わりでゲームオーバー。そして訳がわからない事が起きて全ておじゃん……になった筈なんだがね」

「?なにかあったの?」

狐「何かあっただろう?訳が分からないことが」


また教えないつもりらしい。


狐「そんなこんなで次回どうなる!?って場面なんだが、ここで問題が発生する。昨日あったことは他言無用で極秘なんだよ。まさか実房とかに話そうとしてたりしないよな?言わなくていいよさっき読んだ」

「……」

狐「いい沈黙だ。昨日のあの時間はうやむやになって誰の記憶にも残らない、という事になる。ならなきゃならない。そうしないと色々と面倒なんだ」

「私にも何かをするの……?」

狐「いいや、しない。常は別だが、逆にいうならお前さんは別だ。警告だけ、あと代わりに挿入する記憶を伝えるだけに留めるよ。昨日はこんな事があったような、って態度を取るんだよ。めんどくさくなるからね。最悪よく覚えていないでもいい。それでなんとかなる」

「帳尻合わせって、そういうこと」

狐「けらけら。そういうことだ。理解できたか」

「それだけは、なんとか。……じゃあ、教えてくれる?昨日は何があったのか・・・・・・・・・・

狐「いいとも」



今日も今日とて不明晰夢にやってきた二人。

だが汐里は言う。いつもと違う。これはまずい。

汐里は大量の化け物をすぐさま感じ取っていた。

側にいた常の手を引き実束と合流すべく懸命に走った。

幸いにも合流はすぐにできた。だが汐里から伝えられた化け物の数に実束も驚く。

対応すべく鉄を広げる実束だが、数が数。守ることはできても、対応しきれるかは不安要素が多くあった。

事実それはその通り。四方八方から波の様に襲いかかる化け物たちに実束は守るのが精一杯。攻撃に意識を使えず、一瞬の気の緩みが砦の決壊を許してしまうような状況だった。

化け物の数は減らず、実束の精神は磨耗していく。もう詰みかと思われたが……突如常が汐里の腕の中から消えた。

どこに行ったのかと思う間も無く次々と消滅していく化け物。

二人がやっと目で捉える事ができたのは、楽しそうに楽しそうに笑いつつ包丁を月光に煌めかせ、化け物を斬り裂いている常の姿だった。



狐「その後常の協力もあってなんとか化け物どもを殲滅できました、とさ」

「……色々正反対だね……」

狐「ま、これが収まるところってやつだ。次回から常は仲間に加わるんだし」

「…………」

狐「驚かないね?」

「居なくなる人の説明をする意味がないって思って……」

狐「なるほど、そりゃそうだ。つまりそういう事だから、明日はうまいこと話を合わせるんだよ。恐らく常の自己紹介で一日潰れると思われるから」

「知らない体で、だね」

狐「そういうこと。理解が早いじゃないか」

「やりにくい?」

狐「喋らなくていいのは中々楽だよ。ところで負けっぱなしだけど大丈夫?」

「……大丈夫、じゃない」


やたらめったら反応がいいから下手に牽制入れようとするとすぐに刺される。

その反応の良さは年相応に思えな……


「……常ちゃん」

「なーにー」

「速くなるの禁止」

「えー……」


そりゃ勝てないわけだ。

でもコンボ精度とかも凄いし、能力を禁止にしたところで圧倒できるって訳でもないだろう。

ここからは実力勝負。


狐「受け入れがたいとは思うが、あんまりツンツンした態度とるなよ?」

「それは…もう大丈夫だよ。もう、昨日までの常ちゃんとは違くなるんでしょ?」

狐「そうさねぇ、生前に近く調整したつもりだよ。もうちょい善悪判断はつくようになるし、都合よく罪悪感は感じなくなる。とりあえずお前さんらに危害を加えることはなくなる」

「なら、いいよ。汐里を刺したとこちゃんは許さないけど、これからの常ちゃんとは別の事って考える」

狐「えらい」

「えらいね!ちゅーしてあげよう!」

「それはいらない……」

狐「こっちを見るな画面を見なさい。そこらの行動に関しては生前は無かった筈だけど、なんでだろうねぇ。折角だからそのままにしておいたけど」

「なんでそこを消さないの…」

狐「幽霊だからノーカン!幼女だからノーカン!」

「脳姦!」

「ねぇ、ほんとにこの子大丈夫なの?」

狐「大丈夫大丈夫。危なそうに見えるなら教育すればいいんだよ実束よ」

「…………はぁ」


なんであれ……

うやむやになったけど、めちゃくちゃになったけど、無理やりまとめようとしてるけど。

それでも、丸く収まりそうなのは、よかった。


「……そうだ。もう訊く必要も無いと思うけど」

狐「なんじゃらほい」

「汐里は、無事なの?」


……狐面の様子が少しだけ変化した、気がする。


狐「気になるならメールでも送ればいいじゃないか」

「でも、返事が有ると限らないし」

狐「なら家にでも行って来なよ」

「私、汐里の家を知らな————」


…………あれ?

ほんとに、知らない?

いや、知らないのは確かだけど……


なんだろう、変だ。

訊いた事がある・・・・・・・気がする。・・・・・訊いた事・・・・無いのに。・・・・・


「……………?」

狐「そうだね、不思議だね。訊いた事ないんだろう?すぐに考えつきそうなものだが。一緒に風呂入った時なんか訊いてそうなもんだけど。何故だか訊いていない」

「そう……うん、訊いてない…けど…」

狐「なら多分訊かない方がいいんじゃない?向こうも家に押しかけられでもしたら困るんだろう」

「…………」

狐「納得がいっていない様子。そうかい。でもお前さんがそこに立っている限り真実はずっと見えないだろうよ。ここでアドバイスを贈ってやろう。もし様々な真実を知りたいのであれば」


こん、と後頭部に硬いものが当たった。

多分、鞘。


狐「一歩、下がってみることだ。周囲から外れて少し外側から見ることをお勧めしよう」

「……………」


言葉の意味はわからない。

きっと、そのままの意味じゃないんだろう。

この狐面の言葉は、例えと含みにまみれている。そう思えてならないから。


狐「大正解。僕のファン?」

「あんまり会いたくはない…かな」

狐「ファンクラブに入会ありがとうごさいます。初回ボーナスとして次会った時の質問に正直に答えてあげましょう」

「いや入った覚え全くないんだけど」

狐「素直になれよーこのこのー」


後ろの誰かを鉄でぶっ刺した。


狐「あっお前僕の対応わかってきたな!?」

「死なないんでしょ?」

狐「いやたしかに死ぬとかないけどさぁ」


追加で2の3の456。


狐「へいへーいやめようか。痛い気がするんだからねこれでも」

「でも、お礼は言っておくね。色々ありがとう」

狐「お礼を言われるような事は言ってないし、お礼を言う相手にするような仕打ちでもない気がしますがね」

「あなた、嘘つきでしょ」

狐「ほう、何故わかった?」

「なんの疑問に答えないって言ったくせに、さっきからどんどん答えてるから」

狐「…………。」

「…………え、あの、まさか意識してなかった?」

狐「さあ何のことやら。ともかくそろそろお開きだよ。地の文欠乏症が発症しだす頃だからね」


よいしょ、と呟きつつ立ち上がった、らしい。

結局常ちゃんとの勝負は全部負けた。いや、ラウンドは取れるようになったけどいいところで負ける。

実力の差ってやつ。その力はどこから……とかは考えなくていいか。


狐「では僕はこれで。常も適当に送っておくから後は適当に、だ」

「わかった」

狐「はてさてと、じゃあ出て行く前にひとつ」


狐「次は無い、と思え。また表に出るような事があれば、大変な事になる」


声色が急に冷める。


「それは……汐里のこと?大変な事になるって、今度こそ…」

狐「いや、死なない。死にやしないさ。だが、次に出てきたらとても厄介な事になる。世界規模で滅茶苦茶になるからね。少しすればこの意味もわかる事だろう」

「……。元々、もう死なせる気はないよ」

狐「だろうね。ま、伝えるべき事は伝えた。さっさと元の場所に戻るよ」


すぐに普段の調子に戻った。

このまま見送ろうか、と思ったけど、ずっと頭にあった疑問をぶつけるのを忘れていた。


「……ああ、そうだ。最後に一ついい?」

狐「なんじゃらら」

「なんで、汐里って呼ばないの?」


狐面は黙った。

黙って……面を取って、けらけらと笑いながら言った。


「そりゃ、ややこしいことになるからだよ。割としょうもない理由だぜ?」

「……そっか」

「じゃ、もう無い?もう無いな?」


手に持った納刀された刀を上に放り投げた。

くるくると回って、重力に引かれて、落ちてくる。


「……さようなら」

「はいよ、さようなら」


汐里おかあさんのこと、よろしくね」


かつん、と。

鞘がなぜか地面に刺さって、同時に狐面を持った少年も、常ちゃんも跡形もなく消えていた。


「…………」


何気なしに刀を抜いてみる。


「……刀、付いてないじゃん……」


……全く何がなんなのやら。

最後に呟いた“汐里”も、なんだか違う意味に聞こえたし。

時折私じゃないどこかへ話しかけているようなそんな感じがしたし、今のはどこか向けなのかな。

それとも、私?


汐里のことよろしくね、か。


真意はわからないけど、でも、答えられることは一つだけある。



「——言われるまでもないよ。もう、殺させるもんか」



視界が霞む。


今度こそ、今日が終わる。


起きたら、いつも通りに明日が始まる。




………………………………。



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