十五話








目が覚める。

起きて、身体の調子を確かめる。……よし、痛みなし。変なところなし今回も無事に生還しました。

おはよう、太陽。今日の始まりだ。

お姉ちゃんはまだ眠っている。起こさぬようそっと登校の準備だ。




私と同じく朝練に向かう人たちがちらほら見える通学路。

今、ちょうどあの世界と同じくらいの場所だ。見れば見るほどそのままだなぁ。

ここで、あの猪とか……狼とかを……さくっと。

嘘みたいな話。実際、嘘なのかも。

私のこの力も、あの世界も、みんな嘘。これは全部夢で、ふと目が覚めたら何にもなくなってる。……なんちゃって。

夢なら早く覚めてくれればいいのに。私はともかく、汐里しおりが辛そうだもの。




朝練終了、教室に戻る。

汐里は……ちゃんといるね。うんうん、見た感じいつも通りそうでよかった。

昨日はなんだか調子悪そうだったし心配だった。汐里がいつも通りじゃないと私も本調子にならないから困る。

……おっとと、あんまり見ないようにしないと。無関係を装う。

汐里は周りの人に気を配れてすごいなーって思う。普段からずっと意識してるんでしょ?私には絶対できないや。

しかも自分の事だけじゃなくて私の事まで。ほんとに優しいなぁ。

あ、先生だ。今日の学校の始まりです。




お昼休み、汐里は……出てった。……そっか、教室探してくれてるんだね。

あの空き教室はもう使えないんだっけ。

手伝いに行きたいけど、多分、汐里はここで私に動いて欲しくないんだよね。手伝って欲しいならきっとメールするもの。

なら私はこのまま教室に居よう。いつも通りお昼を食べよう。

それが汐里の為になる。

……と言っても暇は暇だ。

…………私なりに考えてみよっかな。とこちゃんの事とか。


汐里は気がついていなかったみたいだけど、時折ちょっと変わった顔するんだよね、とこちゃん。

なんだか……うまく言えないけど……うん、子供っぽくない、って感じ。表情もそうだし、雰囲気もなんとなく。あの世界にまた来たのも変だし。

汐里は大丈夫って言ってたし大丈夫なんだろうけどさ。

汐里があれだけ警戒を解いてるんだから、きっと底抜けにいい子なんだね。

とはいえ、能力を持っていないのにあの世界に再び来たのはやっぱり気になる。気になる……けど………


「……ぁー……」


……駄目、私にはよくわからない。こういうのを考えるのはきっと汐里の方が得意だ。

私は指示通りに動いて、殲滅して、汐里を守る。やっぱりそれでいいんだ。




授業終わり、部活始まり。汐里と一緒に帰れないのは残念だけど仕方ない。

部活に入った理由は誘われたからで、そんなに興味があった訳じゃない。

誘われた、というか頼まれたから、だったっけ。

やり方を覚えたらある程度はできるようになった卓球だけど、やめても別にいいかなとか思ってる。微妙に不都合だし。

ただ、汐里が言う分にはやめたりしない方がいいらしいからやめない。

これでも怪物と戦う練習にならなくもないし、そういう目的で続けるのならいっか。

……昨日の手抜き具合はなんだったんだろうね?




部活終わり、学校帰り。一人での下校。

昨日のあの世界は手抜きだったけど、今日はどうだろう。

ほんとに今日からなくなってたりして。もしそうなら汐里、どんな反応するかな。

喜ぶかな。戸惑うかな。……悲しむかな。

悲しんだりしたら、ちょっと嬉しい…かも。悲しみの内容によるけど。

あの世界での時間を楽しいと思ってくれてたら、そんなに嬉しいことはない。




家に帰ってきた。


「ただーいまー」

「お帰りなさい。なんだと思う?」

「サイコロステーキ!」

「なぜわかった……!!」

「実は朝冷蔵庫を確認していまして」

「あちゃ。そりゃわかるね」


意識的な会話をしつつ二階の自室へ。

制服から部屋着へ着替える……自分のベッドがふと目に止まる。

そんな毎回って訳じゃないけど、ベッドを見ると思い出す。汐里を家に引っ張り込んだ時のことを。……ここで一緒に眠ったことを。

ぼふん。飛び込んでみる。

なんにもないけど……ほのかに幸せな気分になる。

楽しかったなぁ、あの三日間。

また機会があったら呼ぼうかな……来てくれるかな、汐里……

………………。

いけない、眠りそうになった。

サイコロサイコロ、サイコロステーキ。



一人前を平らげ、後片付けを済ませ、お風呂や就寝準備やその他諸々を済ませる。お姉ちゃんとはあの世界について色々と話したものの特にめぼしい事はなく、日常的な時間が過ぎたと言ったところだ。

ならあっちも多分日常通り。汐里もいつも通りな気がする。

ベッドに潜り込んで、目を瞑って……

…………いつもの事だけど、わくわくしてちょっと落ち着かないのは改善させた方がいいかな……

…………。

…………………考えない、考えない。……………。


………………………。




「…………はっ」


飛び起きる。見える風景は夜の通学路、来ている服は制服。

つまりあの世界だ。無事に眠れたみたい。

というところで早速動き始めよう。汐里は……

…………なんかこっちな気がする!

走り出す。


走りつつ周囲にも注意する。基本汐里に向かって行ってるのは知ってるけど、こっちに来ないとも限らない。

……っと、進行方向に黒い物体。噂をすれば。

あれは……また狼?また手抜きかな。

まあなんでもいいや、移動ついでに狩っておこう。

走る足は緩めずにまっすぐ怪物に向かう。怪物がこっちを向いた、そしてすぐさま臨戦態勢に入った。

私は走って……射程範囲に入った。怪物との距離は2mほど。

急ブレーキしつつ人差し指を怪物に向かって振るう。怪物はまだ動かない。うんうん、助かる。

一見何も出してないように見えるけど、人差し指からはちゃんと鉄が出ている。細い細い、糸状の鉄が。

糸のように伸びた鉄を怪物の頭に巻きつくように操作。

汐里が来る前は思いつかなかった使い方。出せる鉄の量が増えて出来ることが増えたから、逆に出来ることが少なくなった時にどうするかっていうのを考えるようになれた。

前はなにかの形にすることしか頭になかったしね。

……出せる鉄の量が少なくても、こうやって射程をわずかな量で伸ばせれば……


「ん」


怪物の頭部を鉄の杭で貫く。発生源は巻きついた糸状の鉄から。

念のため追加で二つ、三つ四つ。

鉄を指から切り離し、消滅する怪物の横を走って通り過ぎる。

おとといのアルマジロみたいに硬くないのはいいことです。


なんとなくで走ってるけど、いつもいつもそこに汐里がいるかどうかは確証が無いからどきどきする。今のところ勘違いだった事は無いから良いんだけど。

この分かれ道は…右に、あの先を……左だ。その先に多分汐里がいる。

今日は多分お姉ちゃんいないだろうし私がさっさと合流しないと。とこちゃんもいるはずだし。

走って、走って、曲がって……はい到着!


「しーおりー!」



……………?




あれ?



……え?





————————————。





昨日は酷かった。

不明晰夢での拍子抜けな化け物もそうだけど、とにかく私だ。

今日はそうはいかない。いくものか。

……と意識し過ぎても多分空回りするんだろう。

私とて人間だしリセットとかは無理だけど……そうだね、過去の不明晰夢でもイメージしてみよう。

実束みつかは……朝練かな。




教室に入る。

相変わらずの無法地帯(に見える)。まぁいつも通りだし私は見向きもされないのでそのままでいい。

席に座って外を眺める。

今日も薄い一日になりそうだ。




昼。

うん、驚くほどいつも通りだ。

そんな急に何かが起きて欲しいわけでもないけれど。

……相変わらず噂は聞こえてくる。やっぱりあそこは使えない。

実束は……クラスメイトと話してるね。あそこに突っ込む勇気もないし、そもそも実束は来ない方がいいか。今回の用事は一人の方がいいだろう。

そっと極力誰にも気づかれぬように教室から出る。


誰かいないか注意しつつ新たな話し場所を探す…が、中々良い条件の場所は見つからない。

空き教室なんてそうそう見つからないものだ。今は空いていてもそれは現時点で使われていないだけで、ほんとにずっと使われていない所はあそこぐらい。

それなら物置にでもしてそうなものなんだけど、それもされてないって事はもう足りてるのかな?もしくは存在を忘れられているか。

噂になってるなら先生方も気づきそうなものなんだけどな。

……とか思いつつ探索してるともう昼休みが終わり間際。今日のところはここまでか。ギリギリに合流すると目立つからやりたくない。

しかし、昼休みって長いようで短い。




学校終わり。実束は部活、なら私は帰宅。

下校中の議題はどうしよう。とこちゃん……と言っても情報が少な過ぎてどうにもこうにもだけど。

能力持ちなら不明晰夢に囚われる、というのも仮説に過ぎないのだし。

とこちゃんは変な力を持っていない……はずなんだけど、それも私の主観に過ぎなくて。

そう、確定した情報がとても少ないんだ。うやむやで曖昧な情報ばかり。

とこちゃんに何か心当たりが無いか駄目元で訊いてみようかな……


……あ。


そういえば……そもそも、名前以外にとこちゃんについて何にも知らない。

というか何も訊かなかった。とこちゃんがこの付近に住んでいるかも確認してない。

もしこの付近に住んでるなら、何かしらの手がかりになるかもしれない。例えば、原因がここ周辺に住んでいるとか……そういうやつ。

逆に全然違う場所の子だったら……あまり考えたくないけど……不明晰夢の被害に遭ってる範囲が一気に広がる。

仮に今私たちが見ているやつしかないにしても、この先あちこちで不明晰夢が発生する可能性が出てくる。実束みたいに戦える人はほとんどいないと考えて良いだろうし、大惨事が起こるかもしれない。

……そうなったら私に何ができるわけじゃない、けど。

それでも可能性がなさそうって知るのは心の安定に近づく。

損することではないんだ。それにこの先一緒にいるんだろうし、互いを知っておくことは悪いことではないはず。

決まり。今日の最善の目標は無事に生還すること、副目標はとこちゃんの事を訊くこと……だ。

実房みおさんは多分いないから手早く合流して、安全を確保してから話し始めよう。


……しかし、なんで一緒の場所で目覚めるんだろう?

実束が側にいればすぐ安全なのに……いや、とこちゃんは探知できないしその方が危ないか……

不思議なことが多い子だ。

結局怖がるような事はしなかった気がする。ぽかん、とはしてたけど、後はもうずっと楽しそうだった。

後は、実束も言ってたけど、私。

私は子供が苦手です。会話が苦手です。実束相手とかなら良いんだけど、基本すぐに話せるようにはなりません。

それが何故だろう、とこちゃんには最初からだいぶ気楽に話すことができた。

確固たる理由もないのに。うん、本当に説明はできない。

だけど確かに話せる。……相性が良いってやつなんだろうか?


「…………………………」


…………駄目。全部行き詰まり。会議おしまい。

わからない事は考えない。わからない事は考えない。わからない事は考えない。

よし、さっさと帰ろう。

きっと向こうでわかるんだから。




………………………………。




「…………」


始まり。

そして周りを見る。


「……とこちゃん」

「しおりおねえちゃん。ええと…おはよう!」

「うん、おはよう」


例に漏れずとこちゃんを発見した。

とことこと私の周りを歩いて、くるくる目の前で回って、


「……おはようっ!」

「…………。おはよう。元気だね」

「うん、とってもげんきです」


なら良い事…かな?ちょっとテンションが変な気がするけれども。

とりあえず、まずはちゃんと違和感を……おっと。


「わわ」


背中に重み。とこちゃんか。


「ほんとに元気だねとこちゃん…とと」

「ふふーふー」


背中に乗っているとわかっても、やっぱり何にも感じない。

伝わってくるのはただただ暖かさだけ。

体温の方じゃなくて、雰囲気的な暖かさ。

ほんと不思議。側に居るだけで安心して眠れるかもしれない。


「すーりーすーりー」


口に出して言う子初めて見た。なんだか似合ってるからあんまり違和感がない。

私としても嫌悪感は全く出てこないのでされるがままだ。

背中から前にするりするりと身軽に回ってきて、ちょいちょいっと肩を叩いてこっちを見上げてくる。


「ね、ね、ちょっと」

「?」


意図がわからなかったけど、少し屈んで欲しいっぽい事はそれとなくわかったのでちょいちょいと屈んでみる。

形容できない感触がした。


……?


…………??

目の前に、とこちゃん……が?

あったかい……??


「…ぁ、……え?」

「……ふふふー」


とこちゃんが遠ざかった。

……遠ざかった。さっきは近かった?

停止した思考が再読み込みを始め、て…あ……?


「な……あ…?……なな…なん……」


肩の手が、ほっぺに、あ、またちかづいて


「っん………!」


塞がった。くっついた。重ねられた。

訳がわからない、訳わかんない、でも、今わたし、とこちゃんに…きす?されてる?

なんで?どうして?

ふわふわが、くっついて、離れて、ちょっとだけ押し付けられて、わたしはなにもできない。

抵抗?しなきゃ。なんで?わかんない。

突き放す理由がなくて、拒絶する理由が見つからなくて、じゃあいいんじゃないかって。


ちゅ、と唇が小さく音を立てて離れた。

顔が熱い。身体も熱くなってくる。

何かを言おうとしたけど喉はちっとも震えなくて、微笑みながら頰を撫でてくるとこちゃんを眺めることしかできなくて、どうすればいいのか自分が今なにをしているのかもわからなくなってくる。

なにを言おうとしたんだっけ。

ああ、そう、そう、ずっと思ってたんだ。

なんで。

言おうとしたけど、その前に口を塞がれてしまった。

その前に止めればよかったのに。接触を許した後に思ったけど、ああ、別にいっか、とぼやける思考に流されていった。

手は頰から首に滑っていって、私の頭をゆるく抱きしめる。

されるがまま。されるがままだ。気がついたら私はぺたんと地面に座り込んでいて、とこちゃんと同じくらいの頭の高さ。

私を見つめる瞳が閉じられたのを見て、なんとなく続くように私も目を閉じた。


脱力した身体。唇にだけ意識が集中する。

だから少しだけとこちゃんが唇を開いているのに気がつく。


「…………っ」


唇をちろりと舐められて身体がびくっとする。知らない感覚。他人からの感覚。

舌が隙間をつつく。つついて、割って、入ってくる。


「……は……っ…ぅ……」


私の舌先を持ち上げて、絡みつく。心臓が高鳴って、高鳴って、痛いくらいに高鳴って、でも舌は動き続ける。

片方の腕だけで頰を支えられて、頰の内側を、舌の裏側を、舌の表面を撫でられて、身体に変な感覚が走っていく。ざらざらした感触が私の中を好きにしている。誰かの暖かさ、匂いが私の中を侵食してる。

そして、好きにされている私がいる。


「じゅる」


舌が絡め取られて、唾液が絡め取られて、奪われる。

舌が持ってかれて小さな唇に咥えられてちゅるる、と吸われる。また変な感覚。甘い、でもびりびり電気みたいに背中に走って、背中から全身に走って身体をぴくって震わせる。

離れたから、目を開けてみる。とこちゃんも少しだけ目を開けていた。笑ってる。幸せそう。私も、幸せ、なのかもしれない。とこちゃんの吐息が熱っぽい。私のも多分熱っぽい。ぼーっとする。

もうよくわからない。

わからないことは考えない、だったっけ。ならこのままでいいのかな。

また吸われる。きもちいい。

じゅるる。わざとかな、口のなかでおとをならしてる。


ちゅる。ちゅっ。ちゅくっ。


なんでこんな事されてるんだろ。

なんだか幸せな気がするから、いい気がする、けど。

ぴくっ、ぴくって身体が震えるのが、いい。身体が自分の思うようにならなくて、おかしくて、たのしくて、それがいい。


ちゅるるっ。じゅる。べきょ。ちゅうぅっ。


身体がおおきく揺れた。

いつまでつづくのかな。いつまでも続くのかな。それもいいかもしれない。

胸が痛い。ずきずき痛む。

だけど身体は脱力してるし、ちからも入らない。

ただ吸われるだけ。息がくるしいくらい続いてる、このキス。

心臓が高鳴る。どきどきが止まらない。大きく、大きく、脈動する。


「ごぶっ」


あれ?





————————————。





目の前の光景が全く理解できなかった。

なにが起きてるかわからない。


「ちゅるるっ…んく……ちゅうぅ…っはぁ…えへぇ……ん」

「ぉごっ、ぶ。ぅぼ」


真っ白だ、思考が、なにも動かない。

少女が誰かの唇を貪っている。

その目は蕩けて、その手つきは愛おしそうに頰を撫で、吐き出される血をこぼしながら啜り、唇に吸い付いて、口を開けて受け入れて、飲み込んでいる。

地面に座り込んだ誰かの胸には銀色の何かが突き刺さっていて、血がシャツに滲んで真っ赤になっていて、それ以上に少女の真っ白の服が零れた血で酷く汚れている。


「ちゅうううぅぅっ………じゅるるる………ちゅぱ。………ん…………はぁ」


一層強く吸い上げた後、手を離すと誰かは無造作に倒れた。

少女が目を閉じて、嚥下……して………

………ちが……う。

違う。

違う、誰かじゃない少女じゃない知らないじゃないさかづりとこむつきしおり睦月汐里汐里が血が流れて吸われ汐里死ぬ殺された汐里汐里が汐里汐里—————


「————!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


何かを叫んだ。

汐里の元へ走る。鉄を地面に流してアレを串刺しに————


「あがっ!?」


反応できたのはほぼほぼ予感だった。

一瞬で姿が消えたかと思ったら、私は胸に凄まじい衝撃を受けて、気がつけば遠くへ吹っ飛んでいた。


「ぎゃっ、あ……!」


地面で跳ねて転がっているんだろう。激しく動く視界と身体に走る痛みがそれを示している。

勢いが止まった後、無意識で作った胸の装甲を見ると、酷くへこんでいた。これがなかったら串刺しになっていたはず。

すぐさま立ち上がって走る。

遠くで血塗れの少女が立ち尽くして、包丁らしきものを握って楽しそうに微笑んでいる。

微笑んで震え出して、そして堪らないといった様子で……



————————————。



「ふっ、ふふ、ふ、ははははっはははははははは!!ひぃぃっははぁふふふふっふふふっあはははははっははははははははははは!!!!!」


笑っている。


楽しそうだ。



痛い。


もう、なにも、わからない。


痛い。


なんで。


わからない。


かんがえられなくなってきた。


つめたい。



————————————。



走って、走って、また胸に衝撃。

でも今度は吹っ飛ばされない。塀に鉄を打ち込んで、身体中を鉄で包んで


「…………っ!!」


踏ん張った、直後数十回の音と衝撃が私を襲った。

全身が痛む。また汐里が遠ざかる。

いかないと駄目なのに。血を止めないといけないのに。救わなきゃ駄目なのに。


「ゔ……ぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


鉤爪をアスファルトに突き刺してブレーキをかけてそのまま滑って汐里の元へ


「ぐげぁっ……!!」


横殴りに何かをされて塀に叩きつけられる。痛いどうでもいい!

アレがいる場所に鉄の槍を無数に生やして私は壁に張り付いて突き進む。

血の止め方、血の止め方は、どうやって


「がっ」


首に何かが叩き込まれた。無理やりアスファルトに落下する。



————————————。



「あはは、あはっはははははぁあんっははは!!!ふへっははははぁっあはははっ」


何回も何回も人型の鉄を斬りつけてる。


すごい音が鳴ってるんだろうけどあんまり聞こえない。


さむい。




痛い。


いたい。



————————————。



「じゃま……じゃまだ!!!」


執拗に鎧を斬りつけるそれに鎧から杭を突き出す。空振る。また別の場所から衝撃。杭はまた空振る。

汐里のところにいかないと。

駄目だ。捉えられない。私じゃこれを殺せない。速度が足りない。何をしても先手を打たれて封じられる。

汐里のところにいかないと。


「っ、あっ」


起き上がろうとした所を地面に叩きつけられる。

汐里のところにいかないと。

どうやったらこれを殺せるんだ。黙れ。動くな。

汐里のところにいかないと。

這ってでも。少しずつでも。汐里のところへ、



————————————。



なにがおきたんだろう。


なにがおきてるんだろう。


ちゅーされて。さされて。のまれて。すてられて。



みつかをころそうとして。

みつかはこっちにこようとして。



へん。


————————————。



押し戻されて、進んで、鎧がひしゃげて。

右腕が変な風に曲がってる気がする。

でも進んでいる。

進んで——


「………!」


装甲が、薄くなって?

アレの速度も、遅く、なって、る?


————————————。



へんだ。


あたまに、死がちらついている。


それこそ、へんだ。

死ぬとか、よくわからない。



————————————。



「…し、お……り……」


薄くなっていく鉄の装甲。遅く弱くなっていく衝撃。

左手しか動かないから、左手で進む。


「い゛っ……!」


頭に衝撃。首がどこかへいきそうになる。

でも、はやくしないと。

はやくしないと。

鉄が少なくなっていく。

汐里の力が。

少なくなってる。少なく。


「しおり………しおりっ……!!」



————————————。



へん、なんだ。


死ぬはずなのに。


へんだ。



わたしは、もうすぐ死ぬ。


だけど、へんだ。


怖くない。



怖くないはずないのに。


死ぬのは確実なはずなのに。



————————————。



「がぁ!!」


左手が鎧と一緒にひしゃげる。



————————————。



それだけが疑問なんだ。


どうしてわたしは怖くないの?


どうして私は冷静なの?


どうして私は、思考ができているの?



「………ああ、そっか」


ふと、腑に落ちる答えが頭に浮かんだ。



そもそも、最初から変だった。

なら、すぐに気付くべきだったんだ。




これは


———————☆ □ ☆



「しお


〜☆〜□〜☆〜△〜☆〜◯〜☆〜□〜☆〜△〜☆〜◯〜


り……っ!?」



その場を煙が包み込んだ。


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