十四話 結構日常的ではないけど




妙な声を出してしまった。

そして今回は後に考えるわけにはいかない。


「……とこちゃん?」

「うん」

「昨日のこと覚えてる?」

「うん」

「…………実は魔法少女だったりしない??」

「え?」


うーんなんだこれは、何故なんだこれは。

やはり違和感も何もなし、違和感どころかひたすら落ち着くくらいの気配。

それならなんで今ここにいる?記憶も引き継いでいる。

実束みつかは確かに言っていた……能力を持たない一般人はここでの記憶を引き継がないし、再びここに来ることはなかった、と。

とこちゃんは過去の一般人たちと何か違うのだろうか。

それとも……実束が一人で戦ってた時と、今。何が違うかと言えば、私の存在だ。

話を聞く限り、私が来てから何もかもが変わっている。実束は毎日不明晰夢を見るようになり、一般人はとこちゃんが来るまでは誰も来なくなって。

……とこちゃんは、私のせいで?


「…………」

「ねぇねぇ、いかないの?」

「……行かなきゃ、ね」


動かないわけにはいかない。

巻き込んでしまったとしたら、私はとこちゃんを守らなければならない。

なら私は動くべきなんだ。

息を吸う。


「……みーおーさーん!!!!」


その声が夜の道に響き、浸透し消えていく。

……すると、程なくして足音が近づいてくる。十字路の左のほうからだ。


「呼ばれて!飛び出して!私よ汐里しおりちゃん!今日もよろし————」


そのまま右に通り過ぎていった。


「…………」

「あのひと、どうしたのかな?」

「待ってあげよう」

「うん」


少しの間のあと、普通に実房みおさんが歩いて私たちに姿を見せた。


「こんばんは、汐里ちゃん。今日も頑張りましょうね」

「……はい」


まさか他に人がいるとは思っていなかったのだろう。しかし見事かな、その表情には一片の焦りも見られない。

流石だ。この辺りのコントロールは努力の成果なんだろう。


「さっきのってなんだたの?」


そしてとこちゃんは無慈悲に質問する。


「幻覚……そう、夢みたいなものよ。私も見えた。気をつけてね、たまにそういうことが起きるのよ、この場所は」

「げんかく…」


よくもまぁそんなすらすらと出てくるものである。すごい。

さて。私は実房さんに事情を説明しなければならない。


「実房さん実房さん、ちょっと」

「はいはーい。ちょっとだけお話ししてくるから待ってて」

「うん」



「さて汐里ちゃん。あの子ってもしかしてとこちゃん?」

「あ、はい。実束から聞いてたんですね」

「ええ。珍しく誰かが来たって感じで……でも、何でここにいるの?」

「全くわかりません。違和感の気配もやはり全くありませんし……原因は不明ですが、ともかくここにいるのは確かです」

「考えてみれば私たちがここにいること自体が原因もよくわかってないし、そこらは気にしなくていいわね。わかった」

「そうですね。じゃあ今日もよろしくお願いします。やたらめったらぶっ放すのはおやめください」

「いつも通りに了解よ」



「はいお待たせ。こんばんはとこちゃん、私は枳実房。実束の姉よ」

「みつかおねえちゃんの、おねえちゃん」

「そうですザッツライ。私も戦える魔法少女よ」


すごい、顔色一つ変えずに淡々と言った。


「そうなんだ!みおおねえちゃんはなにができるの?」

「光ります」


そして流れるように後光を放つ実房さん。とこちゃん目を輝かせて感激の反応。

普段からああいうノリなのがとても役に立っている……


「じゃあ、じゃあ、あの……びーむ!できるの?」

「ええもちろん。汐里ちゃん」

「後ろから二体。飛び上がってきてます」


後光を放つのをやめた実房さん、振り向きつつ空をひっかくように手を振るった。同時に一瞬の閃光、何かが蒸発する音。


「ひゃっ。…………おおー…」


眩しさに顔を覆ったとこちゃん、落下してきた物を眺めて感嘆の声を漏らす。そこ感嘆でいいんだ……割と過激なものが好きだったりするのかな?

ドヤ顔の実房さんはほっといて、この化け物は……あれ、狼?

塵になってしまった。でも今のは確実に狼だ。

狼と言えば一番最初に私がここに来た時の化け物だ。今まで化け物の種類は被ったことはなかったはずだけど……ネタ切れ?


「お姉ちゃーん。あと汐…とこちゃん!?」

「こんばんはー!」

「は、はいこんばんは……」


実束も合流した。

理由を求めるような顔を向けられたけど、そっとお手上げしながら首を振ったので察してくれたらしい。

考えることも多分同じだろう。これからはとこちゃんも一緒、ふっと来なくなったならそれはそれでよし、だ。

……なんで目覚めた時側にいるのかは、まだわからないけど。


「来たわね実束」

「来たよお姉ちゃん」

「またあえたね、みつかおねえちゃん」

「……そうだね、また会えた」


少し複雑そうに、でも表にはあまり出さずそう答えた。

気持ちはとてもわかる。


「しおりおねえちゃん。わたし、これからはまいにちここにくるの?」

「……。そうだよ、とこちゃん。私から離れないでね。危なくなったら実束と実房さんに助けてもらって」


こういう時私に頼れって言えれば格好がつくんだけどなぁ。

そこは嘆いても、まぁ、仕方ない。


「うん。だいじょうぶだよ、はなれないもん。だって、はなれたらまたひとりになっちゃう。ひとりなのはさびしいんだよ」

「…ん」

「わたし、おねえちゃんたちがきてくれてすっごくうれしかったんだ」


私の手を取って、まっすぐ見上げてくる。


「わたしはぜんぜんこわくないよ。ここにくるのがたのしみ。あしたも、そのあしたもおねえちゃんたちにあいたい。たのしいこといっぱいしたい」

「……ほら、わたしはだいじょうぶ。ね?」


…………この子は……なんて、なんて。

ああ、気遣ってくれたんだとも。でも無理してる訳じゃない、言葉は本心から言ってる。本当に怖くないし本当に楽しみなんだ。

気がつけばとこちゃんを抱きしめていた。


「ありがとう。うん、私も気にしない。ありがとうね」

「えっへへー。うん」


そのまま、私は呟く。


「実束、右の塀の後ろに二体。実房さん、後ろの角から三体走ってきます」


鉄が塀を貫き、背後から閃光が三度。


「……空気読んでもうちょっと到着遅らせるとかしないかなぁ……」

「仕方ないよ、化け物は馬鹿だもん」

「それに向こうが空気を読まずとも問題は無いわ。私たちが一瞬たりとも触れさせない。存分にいちゃいちゃするのよ汐里ちゃん」

「……む」

「言い方があるでしょう言い方が。……ありがとうございます」


目を瞑る。あいも変わらず化け物たちは私に向かってきている。

待っていれば余裕で迎撃できるくらいの数。だけど……


「……よし、実束」

「なに?」

「折角だし、走らない?」




「怖くない?」

「こわくない!」


腕の中のとこちゃんは元気に返事をする……正直私はちょっと怖い。

スピードの出し過ぎではないかと何回も思うけど、とこちゃんは楽しそうなのでまぁいいとする。

私たちが今乗っているのはいつぞやの実束カートだ。実束ート?実束カート。

カートと言ってもあれからバージョンアップしてすいーっと滑るように移動するようになった。がたごと鳴らない快適な乗り心地。昨日のスライド移動の技術を応用したのかな。

これでスピードが出てなければ言うことはない。


「みつかおねえちゃん、なんでもできるね!」

「そうかな?そっか!えっへん!」

「えっへん!」

「角曲がったら右に一体!」

「把握したわオペレーター!」


実房さんが手を構えて……カートがドリフトっぽい動きをすると同時に化け物の狼が撃ち抜かれる。眩しさを考慮してか、光線が当たっても発光すらしない。

実束と比べると、実房さんはまだ能力を自在には使えない。多分反射しないようにするのは精神を使うんだろう。

多分咄嗟の光線ならさっきみたいに一瞬光るはず。そうならないよう私も早めに指示を出す。

光で前が見えなくて事故るとか勘弁してほしいし。

とこちゃんは……うん、今のドリフト〜迎撃の流れが良かったみたい。もうすっごくきらきらしてる。

その為なら多少の恐怖は飲み込んで上四方固で抑え込もう。いーちにーいさーん。


「次は前から二匹走ってくる」

「お姉ちゃん、私がやるから掴まってて!」

「はいはーい。……掴まる?」

「とこちゃんじっとしててね」

「うん!」


嫌な予感しかしなかったがさっき上四方固すると決めた以上退くわけにはいかない。

大体何やるかは予想はつくけど。

覚悟を決めた私の視界に映るは地面から生えてきたジャンプ台。

はい、まぁ、そうですよね。


「とーぶーよー!!」


私は黙って世界を眺めることにした。

すぅっ、と重力が変化する。いや、変化してるのは私たちだよ。

やはりこの斜めの重力には慣れない。しかも空中。恐ろしいったらありゃしない。

そして気配が真下を通り過ぎる。化け物を追い越したね。

とこちゃんは、うん、すごい笑ってるね。実束と相性いいんじゃないかな。

着陸。ここで方向転換し……ん?しない?というか更に加速してない?


「……実束」


待って。なんか見える。すごい速度でてるけどなんか見える。

前方に。ジャンプ台、じゃない。

最初はジャンプ台に似てるけど、そのままぐるんと伸びて、今私の頭の上を通り越して、


「実束」

「大丈夫だよ汐里。飛ばないから」

「実束!!」


それをする必要がどこにあるの、速いから速度ほんと死んじゃうって逃げたい逃げられない鉄がしっかりシートベルト的なのしてるとこちゃん危ないから逃げあっわくわくしてるこの子。つよい。


視界がぐいんと傾いた。


「ひゃー♪」


私はただただ掴まれるものにしがみついた。

楽しそうな声とがりがり地面を削る音が頭の上の方から聞こえてくるけどそれどころではなく斜めの重力どころか逆さまの重力は落ちる落ちなんで落ちないのこわいこわいよ実束


ぐいん。


下向き重力。下向き重力だ。ありがとう地面大好き。今日も私を受け止めて。


「……しおりおねえちゃん」

「はい…」

「ちょっとくるしいかな…」

「あ……ごめんね……」


思いっきり抱きしめていたらしい。

力を緩め、一息つく。絶叫マシンなんぞなんのそののスリリングさだ。

あー、化け物?アスファルトに削った跡が二つ走ってるし逆さまに走ってる時になんか出して斬ったんでしょう。きっちり消滅してる。


「……実束」

「だいじょぶだったでしょ?」

「……」


後ろを向く実束に、下を見るように顔で示した。

そこには実房さんが無表情で転がっていた。器用な事に眼から光が失われている。それどうやるの?


「…………あ。そういえばお姉ちゃんジェットコースターだめだったっけ」

「なんてひどいことを」


なんてひどいことを。

発言と思考がリンクした。


「おーきろー」


そしてとこちゃん、追い討ちをかけるようにぺちぺちしている。少し休ませてあげるのもいいと思ったけどもしもの時があるか。

一応油断ならない場所である事には変わりない。はず。

ぺちぺち。

ぺちぺちぺち。

ペペチペチペチペペペペペペペチペチペペペチペペペペチペペチチチッチチチチチペペペペチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチ

いや何その高速ぺちぺち。すごいねとこちゃん。


「しおりー、次はどこからー?」

「…………。後ろから追いかけてきてるね」

「はーいよー。そういえばさ、また狼だね」

「……うん。あと、数も少ないよ。なんだか手抜きって感じ」

「それか……もし、ここを作って化け物も作ってる人がいたら……もう限界、とか?」

「…………限界とな」


限界。

リソースの限界。最後のせめてもの抵抗?

それならとてもありがたい話だ。私の日常が戻ってくる。

もう不明晰夢に来ることもない。

ここで化け物に会うことも…………


「…………」


…………。

なるほど。

いつも読んでる時にそこで迷うなって思ってたけれども、実際に経験してみると中々口惜しいものがある。

非日常の終わり。平凡な世界に戻る。非凡な世界の終わり。日常的に戻る。

得るものは大きい。失うものも大きい。

単純な差し引きで価値を計れたりはしない。得るものは得るし、失うものは失う。帳消しになんてなる筈がない。

……なんて。

いつまでも戦う事になったらたまったもんじゃないね。迷う必要はない。

桜が散るように、修学旅行が終わるように、その日その日が終わるように。ただただ流れるままに受け入れるだけだ……

……修学旅行は楽しくないか。私は。


「……そうだといいね。危なっかしいし、はやく終わって欲しいよ」

「汐里の夢も戻ってくるしね」

「……うん」


実束の声が頭によく響く。

……。

…………駄目だ、言わなきゃならない。これはどうしても問わなきゃならない。

そうじゃなきゃ、私が壊れる。


「実束……」

「んー?」

「前方に見えるあのアーチはなに?」

「もっかい回転しようかと…」

「やめなさい」


アーチは消えた。よし。

そしてぺちぺちに襲われていた実房さんも目を覚ました。よろしい。


「よろしい。おきた」

「お疲れ様とこちゃん」

「人体故意発火現象が起きると思ったわ……状況を」

「後ろを見ればわかるかと」

「じゃあビーム」

「びーむ!」

「……レーザー?」

「れーざー!」


そんな適当さで放たれた光は怪物達を貫き焼き殺す。

やる気と威力が釣り合ってないのはどことなく危なっかしい。


「汐里ちゃん」

「はい」

「レーザーとビーム、どっち派?」

「……。レーザー、LASERって略語って知ってます?」

「えっ知らない」

「Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation」

「つまり?」

「適当に言いますと同じ方向に強い指向性を持って放たれる光、又はその発生装置。ビームは同じ方向に粒子が流れる現象です」

「……ふむ?」

「……。まぁ、この定義からみると恐らく実房さんのはビームです。レーザービーム、レーザー光線でも」

「なるほどなるほど。よく知ってるのね」

「調べればすぐにわかる程度の事しか知りませんよ」

「なんでしらべたの?」

「ふと気になったから。ちょいっと調べればわかるから、ちょいっと」

「ちょいちょい」

「そうそう、ちょいちょい」

「汐里ー」

「はい」

「三体来たから刺しといたよ」

「あっはいありがとう……えっ」


気配を探る。

確かに三体減ってる。残り…五体。


「…………実束。申し訳ない。気が抜けてたみたい」

「汐里にしては珍しい。……少しは心を開いてくれたかな?」

「……前見て、ぶつかるから」

「はいはーい」


実束の視線を前に戻すことに成功した。

軽くため息をつき、風とかを感じつつ晴れた空を眺めてみる。

電線混じりの、星と月が浮かぶ普通の夜空。

心を開く……心を開く。

私が気を抜いたってことは、そういう事なんだろうか。

気を抜かないのは安心できないから。落ち着けないから。それらの条件が満たされた?

そりゃ、まぁ……学校のあれらこれらとは違うとは思ってる……けど。

けど?

けど、なんですか。

否定したくなる事がなにかある?この人たちを遠ざけたくなる要素が頭に浮かぶ?

なんだろう。私は一体なんなんだ。

わからなくなってきた。


「ん」

「ん…」


夜空をとこちゃんが隠す。


「どうしたのー?」

「……ちょっと、考え事だよ。そんな大変な事じゃないから」

「そっか。なんだかむずかしいかおしてたけど」

「そう?」

「うん。しわしわ」

「しわしわ……」


それは……あんまりよろしくない。見た目が。

人の目を気にするような生活はしてないけど……容姿的な意味でね。してないけど、私とて気になるものはある。


「……よくないね、しわしわは」

「おばあちゃんにへんしんしちゃうかも」

「わかった、やめよう」


とこちゃんを抱っこしながら顔を上から前へ。


「しおりおねえちゃん、いまたのしい?」

「…………」


少し、考える。なに、難しいことじゃない。

表情が変わらないくらいに考える。

結論はすぐに出た。


「……実束たちに会う前よりは、楽しいよ」

「よかった」


とこちゃんは明るく微笑むと、私を背もたれにして座る。

まぁ……そうだね。

少なくとも、楽しいよ。前の現実よりかは。

それだけでもいいか。

つまらなく夢を取り戻すより、たのしく夢を取り戻した方がいい。

夢の楽しみが減るかもしれないけど……そのくらい、自分でなんとかすれば済む話。

わからないことは考えない。うん。それでいいの。

時折それを忘れるから、時折それを思い出そう。

全てを考えなくたっていい。そのうちわかるんだから。計算式のxを放っておくように。

………………。

残り、二体。

二度の失敗、油断。

今日の私は本当に駄目みたいだ。調子が狂っている、ってやつだろうか。


「実束」

「うん」

「今日は調子がよくないみたい」

「そっか」

「ごめんなさい」

「ん。その謝罪は受け取っておきましょう」


……その方が助かる。気持ち的に。


「そして、汐里。いつもいつも周りに気を配って疲れるでしょ?……今日くらいぽけーってしても良いと思うな」

「……ぽけー?」

「そう、ぽけー。今のうちに休んで明日に備えるの」

「それは……」


……いいかも、しれない。

自分でも本調子じゃないのはわかる。いつもの自分ではない。

心が不安定で、心に余裕が無い。

いつも一歩引いてるのに、今はなんだか正面に出てしまっている……気がする。


「私の方は気にしないで。残りは…」

「…二体」

「そっか、なら楽勝だね。ほら、こちらは気にせずぽけー」

「……」


表情に変化は出さない。出すものか。

……ああ、やっぱり普段考えないようにしてること考えると駄目だね。

明日はリセットしていつも通りの精神でいないと。今日はまだいい。でも普段は私がいないと危ないんだから。

奇襲を事前に察知できて、尚且つ対応する力があるからこその被害無し、苦戦無しなんだから。

余裕そうに見えて余裕は無い。欠けていい要素が無い。

今日の内に直さないと。

直し方なんかわからないけれど。


自主的に集中するのをやめてみる。

張り詰めた気を緩めて、世界を傍観してみる。

普段通りの私。

自覚している限りなら不明晰夢で気を抜くのは初めてだ。

残り二体なら大丈夫。これは完全に油断。

だけど、それでも実房さんと実束なら大丈夫っていう自信がある。

だから気を抜くことができる。

そこまではいいけど、気を緩めて、さあどうしよう。

流れる風景を見たって何も分かりっこない。見た目は通学路周辺と同じだもの。

塀で区分作られた道。家で区分された道。

街灯にアスファルト。電線。他は何もない。

空気も普通と特に変わらない。

こうして見ると、見た目は現実と変わらない。あの化け物がいること以外は、なにも。


「……………………げんじつ……?」


……現実。

ここは、私の夢じゃない。それはわかる。何もできないから。

じゃあ、ここは、現実?……現実なものか……と言いたい。でも、そこは今は問題じゃない。引っかかった事は他にある。

ここが、私の夢じゃないなら……ここで眠ると、どうなるんだろう?

今まで全く頭になかった。こんな場所で眠れるとか考えもしなかったから。

眠ろうと思えば眠れる。今ならある程度安心感もある、簡単に意識を手放せる…………

……………。


「……もやもや?」


…………やめよう。どうなるかわからなすぎる。

ほかの不明晰夢にでも行ってしまったら詰みだ。

……ん?


「とこちゃん、なんか言った?」

「いまね、もやもやってした」

「もやもや…?」

「うん」


なんだろう、それは。

周りを見てみても、気配を探ってみても変なものは無い。あ、一匹減ってる。


「……特に身体に変な事はない?」

「うん。いつもどおりのすごくわたしです」

「なにそれは」


なら良かった。

少し気になりはするけど、問題なさそうなら別にいいか。

ほら、わからない事は考えない。材料も何もないんだから考えなくていいんだ。


「実束、次の道右に」

「おや、もう平気?」

「……わかんない。でも、今日はもうさっさと終わらせたい」

「なるほどなるほど。じゃあもっと良い方法あるじゃん」


実束カートが停止する。


「良い方法?」

「汐里、どっちにいるの?」

「どっちって……あっち」


障害物を無視した場合の方向を指で示す。

その隣に平行になる様手を向ける人がいた。


「なるほどなるほど。つまり私の出番ね」

「……あ」

「なにするのー?」

「今からすっごいのをやるのよ」

「すっごいの?」


実房さん。

そうだ、アレに障害物はほぼ関係ない……危なっかしいので私は腕を避難させた。


「えーと、今日は何にしようかなー……びーむびーむ……あ、そうだ」


今度は何をするつもりなの。


「エネルギーライン、全段直結」

「……」


常にフルでしょう。


「ライディングギア、アイゼン、ロック」

「……」


実束の鉄でロックはされてるけど。


「チャンバー内正じ 「撃てます」

「行けぇぇぇぇッ!!!!」


詠唱省略させても撃ってくれた。そもそもはよ撃ちなさい。


「うわっ」

「……」

「わひゃっ」


熱による突風が私たちを襲う。

放たれた放射状の黒は突風を生み出しつつ触れたものを一瞬で消滅させる。化け物はおろか建物やら塀やらも巻き込んであらゆる障害を物ともせず……あれ、消えてない。


「実房さん、あなたがなんか言ってる間に化け物移動してます」

「なんとぉ!?どっち!?」

「右に」

「にぃーがーすーかぁー!!」


ぶぉんと実房さんが手のひらを右に薙ぎ払う。

そういうのは普通旋回が遅かったりするだろうに。重さも何もないらしい。

さて、手のひらをなぎ払ったという事は、触れたら消滅する黒も同じように動くという事で。


「実束、煙やらくるから」

「壁ね」


化け物と一緒に消し飛んだ家達の一階部分。当然、重力に引かれて次々と落下していく。

その前に実房さんは放出をやめ、実束が半円状の壁を地面から展開する。

次の瞬間、凄まじい地響き轟音と共に壁へ土煙や破片が衝突する。


「……ほんと危なっかしいですね」

「えっへん」

「褒めては…………ないです、多分」

「火力ならお姉ちゃんが一番だね」

「姉ですもの。……良いよね、火力特化のロマン」

「それは認めますが、できればゲーム内にして欲しかったですね」


現実でロマン求めてもリスクが高すぎるもの。

適当にタイミングを見計らって壁が解除される……とこちゃんが目を輝かせた。

光線を放った範囲だけが見事に廃墟になっていた。立ち並ぶ半壊の屋根は中々シュールであり、スケールの大きさがどこか空想の風景のよう。

本当にどこまでも届くなら本気で世界を破壊しかねない……重力の影響受けるのかな?


「わー…………すごいね、みおおねえちゃん」

「それほどでも」


光線で鼻を伸ばすんじゃない。表現力は評価するけど地味に眩しい。


「さて汐里ちゃん。これで……おっとと」


実房さんがふらつく。……私も身体がバランスを保てない。意識に霞がかかる。

つまりは殲滅完了……だ。


「……全部みたいね。……どう?ちょっとは調子戻ったかな」

「……お陰で少しは……」

「ネタがわかる人がいないとね、わたしはー……はっちゃけられないんだから……ね?」

「…………はい、はい」


言われて気がついたけど、ちょっと本調子になってきてた……気がする。

実房さんの立ち振る舞いはこういう時ありがたい。……今日は気を使われてばっか、だなぁ。

……ぼやける。もう喋るのもつらくなってきた。


「……ねむっちゃうの?」

「うん…またあした…実束もおつかれさま…」

「はーい……」


ぐーたらこーたら。ぐだぐだ。まとまらない。

うん、いまはこれでいいね。


あしたはもっとうまく、やろう。




………………………………。


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