十三話 少しだけ日常と違う





妙な声を出してしまった…が、とりあえずこの子の事を考えるのは後だ。


「突然で悪いけど、ついてきてくれる?」

「うん、そのつもり」

「よかった」


心の底から思う。

見知らぬ子と手を繋ぎ、実束みつかが来る方へまっすぐ少し早めに歩く。考えるのは安全を確保した後で。今にも怪物たちは迫ってきているんだ。


「とりあえずこれは知って欲しいんだけど」

「うん」

「ここには化け物がいます」

「ばけもの…」

「そう、ばけもの。襲われると大変なことになります」

「たいへんなこと……」

「そう、たいへんなこと。なので今、安全な所に行っています。わかった?」

「わかった。…ありがとう」

「うん」


理解が早くて大変よろしい。

そして実束の到着も早くて大変よろしい。これで8割方勝ち……ちょいと信頼性が低いね。

9.8割方勝ちだ。


「おまたせ汐里しおり…その子は?」

「説明できるほどのものは無いけど後で説明する。実房さんは休みね」

「了解ー」


女の子を身体の前に連れてきて肩に手を添える。女の子の前には実束がいるので、これでサンド完成。守りはばっちりだ。

今いる場所は両側を塀で挟まれた道路。広くはないが狭くもない…が、塀の外からの不意打ちには注意しないといけない。


「……くるよ。速い。第一波は約10秒後に右から」

「初弾は防御ね」

「そうだね、その方がいい」

「あのー…」

「一応耳塞いでて」

「…うん」


指示通りにしてくれる子はいい子。この子はいい子だ。

さて、接敵まで残り…4…3……2……


「上から!」

「!」


気配が飛び上がった。スピードは全く落ちていない、そのまま飛び上がった感じだから……

直後轟音。何か硬いものが実束の鉄壁に衝突した音だ。

音は響くけど、球体状に展開された鉄は私たちを完全に守ってくれている。


「……!中々強い…!」

「第二波まで余裕あるよ」

「まず跳ね返す!」


球体状の壁の内側からじゃわからないけど、再び鈍い轟音。壁から柱でも生やしたんだろう。気配が遠くへ飛んでいく。


「硬かった…亀?」

「まさか。亀は飛ばないよ…うん、飛ばない。回転とかしてないし」

「じゃあ硬いの持った他の何か。刃が通ればいいけど…」

「……大丈夫?」


何はともあれ、ひとまず初撃は防いだ。鉄の壁が消えていく中、女の子の様子を確認する。

耳を塞いだまま、ぽかんとして私を見つめている。


「なに、いまの…」

「見えなかったけど、化け物だよ。それが襲ってきたけど、この人が守ってくれた」

「……まほうしょうじょ?」

「あー……うん、それでいいんじゃないかな。うん。魔法少女」

「……まほうしょうじょ!」

「そうそう、魔法少女。すごくつよい」

「つよい!」

「鉄を操るつよいひと」

「てつ!」

「汐里、ほんとにその子は一体…」

「あ、そっか。いや、ここで起きたときに側にいて…違和感は感じないから普通の子だよ。……そうだ、名前聞いてなかった」

「私は睦月汐里、つよい人が枳実束。あなたの名前を訊いていい?」

「わたし?わたしは……さかづり、とこ」

「とこちゃん」

「とこ。しおりおねえちゃんに、みつかおねえちゃん」

「うん、それでいいよ」

「わかった、そうよぶね!」

「……汐里がすごく流暢に喋ってる……」

「なんですかその言い方は。……いや…うん……たしかに…?」


言われてみれば確かに。なんだろう。

そういえば子供相手にするの嫌なはずなんだけどな。とこちゃん相手だとなんだかよく喋れる。そもそもとしてほぼ全ての人間に対して防壁を張る私だが、この子に対しては全く抵抗感がない。不思議。

まぁ悪い事ではない。


「……ともかく……とこちゃん。実束が守ってくれるから、私たちの言うことを聞いてね」

「うん。ここからでられる?」

「もちろんもちろん。私たちはこれをもう何日も乗り越えてきたんだから、今日も大丈夫。安心して側にいて」

「わかった。……おねえちゃんは、たたかえないの?」

「あー…」


長い髪の毛を揺らして質問するとこちゃん。鋭い。

とはいえはぐらかす場面でもない。


「私は戦えないんだ。魔法少女じゃないから。ただの汐里です」

「そうなんだ……」

「汐里汐里、なんだか気がつかぬ内に私に設定が追加されてる気がする」

「向こう見ずの創作ってそんなもんだよ実束」

「時折汐里が何を言ってるのかわかんない」

「わからなくていいよ」

「いーよー」

「……なんだろう、なんだろうこの流れ……」

「実束、前から」

「ん」


私の一言で一気に空気が変わる。

とこちゃんが怖がらなければいいけど、様子を見るに心配はなさそう。むしろちょっとわくわくしてない?

見たところ白いワンピースっぽいの一枚という服装だけど寒くはないんだろうか。

……さて、思考を外に向けて目の前の問題に対応しよう。またもや高速で迫ってくる気配。今度は方向的に塀の外から飛んでくるのはなさそう。

道路からやってくる。さっきの飛び方や硬さから見て……


「多分、転がってくる」

「わかるの?」

「ううん、予想」

「じゃあ信じて…こう!」


再び壁が生成される、だけど……横から覗いてみる。

……なだらかなジャンプ台。小さな鉄の坂道。その後ろに私たち。

なるほど。


「あとどれくらい?」

「もう間も無く、数秒後。……その後はどうするの?」

「突っついてみる」

「そのまま飛んでくかもよ」

「その時はー…その時で。とりあえず通るかどうかだけ気になるから」

「はいはい」


実房さんがいたら多分一掃してるんだろうなぁ。あの人、なんであろうと塵にしちゃうんだもの。

でもなにもかも薙ぎ払うのはやめた方がいいと思う。今日みたいに迷い込んだ人がいないとも限らないのだし。

逆に安全が約束されてるなら手っ取り早いんだけどね。みんな吹き飛べ波導なんたら。

そんな事を思ってる内にきた。

ごごごごと音を響かせ鉄の坂を登り……頭上を黒い球体が飛んでいく。

全長1メートルちょっと、そしてあの甲殻と丸まり方……多分、モチーフはアルマジロだ!


「汐里」

「はい」

「ちょっと身振り付けていい?その方が多分やりやすい」

「お好きなように」

「許可ありがとう」


実束が化け物が飛んでった方、私の後ろへ歩み出る。

化け物は地面に落下した後、その場で縦回転を開始。どうやってるかはわからないけどああやって推進力を得てたのか。そもそもアルマジロって転がる生物じゃないだろうに。

対して実束は右手を足と一緒に後ろへ引く。視線はまっすぐ化け物の方へ向いている。


「しおりおねえちゃん、みつかおねえちゃんのあしからなんかでてる」

「鉄みたいなものだよ。身体の何処かに触れてないと鉄が消えちゃうの」


逆に言うなら、繋がってさえいればどこまでも伸びる。

アスファルトの地面へ液状の鉄が広がっていく。


「……一応耳塞いでて」

「ほいっ」

「実束。都合のいいことにまだ他のは来ないっぽいから…遠慮なくどうぞ」

「はいはーい」


化け物が突進を始めた。

一瞬跳ねて地面を削りながら私たちを押し潰そうと迫る。……だけど、そこはもう射程範囲内だ。


「……でぇーい、」


引いた右手を、握りしめて。


「りゃあっ!!!」


前に突き出すと同時、地面から斜めに飛び出したのはぶっとい鉄の槍……というか、杭。

それがまともに命中し——何度目かの轟音。

杭は……貫いていない。


「ありゃ。ほんとかったいなぁ」

「でも十分だ」


貫きはしなかったが、化け物の甲殻は無残にひしゃげ、球体を解きながらごとりと落下した。もう動かない。化け物は消滅した。

撃破数1。


「今日は手強いね。一度にたくさん来たら対処がめんどくさそう」

「向こうはそのつもりみたいだよ。やつらの動きが変わってる……うん、集まってきてるね」

「えー……どうしよう、汐里」

「…………」


同時に複数で突進されたら少々まずいかもしれない。

守りながらさっきの攻撃が可能ならいいんだけど……


「多方向にさっきのはできる?」

「自信ないなぁ、結構集中したし……守りつつ地道に一匹一匹ごっすんするしかないか」

「壁ぶち抜いてくる可能性もあるから厚めにね」

「はぁーい……となると守りの方に意識向けて……それでさっきの威力出せるかなぁ……」


……今回は中々難しそうだ。

単純に操作に気を使う箇所が多いからだろう。勢いよく杭を突き出す為の集中、壁の耐久力の確保、もしかしたら鉄自体の強度にも意識を回しているかもしれない。

何か手助けできればいいんだけど、私も今のところ何も思いつかない……なんか袖引っ張られてる。とこちゃんか。


「どったの?」

「あのね」

「うん」

「あれ、やわらかくはできないの?」

「……やわらかく。やわらかく」


その一言が何かに引っかかった。

鉄を柔らかく。ふにゃふにゃに?

それでぶち抜かれたら意味はない。防げればいい。

柔らかいままで防ぐ。壁が壊れなきゃいい。

……なにかが、脳内で繋がった。


「実束、この壁柔らかくはできる?」

「え、柔らかく?」

「そう。手で押したら簡単に埋まるくらい、だけど千切れたりはしないくらいの……」

「……スライム?」

「それだ。でも、スライムと言ってもゴムみたいに硬めで」

「…………。あ、あ、わかった!それなら———」

「実束、動いた!前後と上から来る!」


気配の動きの変化を感じとって伝える。

しかもこれは、少数を連続で……要は絶え間なく飛んでくるつもりか。反撃の暇はなさそうだ。


「その後も2、3体で次々飛んでくる!さっきみたいに集中する暇は無いよ!」

「だいじょぶ」


そう呟くと、アスファルトから私たちを囲むようにドーム状の鉄壁が形成される。

光が遮られ中は真っ暗だ。


「あと……5秒後に第一陣が衝突する」

「了解。とこちゃん、また煩くなるよ。平気?」

「わたしはへいきだよ。またみみふさいでるね」

「うん、お願い」


……化け物が、ぶつかる。

鳴り響いたのは三度目の轟音……ではなく。

粘土にハンマーを打ち下ろしたかのような鈍い音。

前からそれが振動と共に伝わった後、後ろの壁からも上の壁からも。


「……!」


化け物の気配はまだそこにいる。跳ね返っていない。

つまりは。


「汐里、化け物は」

「壁に埋まってる。……ぶっつけ本番でやっちゃうんだね」

「ふふーん。さて、と…次々来るんだよね?」

「うん。今から7秒後にまた」

「なら、まずこいつらを潰しちゃおう」


化け物が埋まる壁の方から、ぎぎ、と金属が軋むような音が響く。

暗くて何も見えないけど……潰すって、まさかそのままの意味?

そう思った瞬間気配がすっ、と三つ消える。死んだんだ。


「消えたよ」

「いえい」


多分ピースでもしてるんだろう。

想像通りなら、壁に埋まった化け物を完全に鉄で囲った後収縮。内部の物を圧殺するとかいうえげつないことしてるはずなんだけど。

この人が味方でよかった。


「…次来るよ」

「問題ない。この壁は打撃じゃ壊れない!」


鉄として、金属としてどうなんだと思わなくもない発言。

ほんとに鉄である必要性がとても薄い。読者がいたらそこ突っ込まれそうだ……もし本当にいたら気持ち悪いって次元の話じゃない。常に監視されるんでしょ?やだ怖い。

そんな思考をかき消す鈍い音が再び伝わる。いち、に、さん。


「埋まった」

「潰すよ」


ぎぎぎ。


「潰れた。次来る」

「備えるよ」


どっ。どむっ。ごっ。


「埋まった」

「マッシュマッシュ」


ぎぎぎ。


「潰れた。次来る」

「いつでもどうぞ」


あ、これ流れ作業だ。

安全性と対処法を手にしたら、後は変化が無い限り終わるまで繰り返すだけ……うん。それでいいんだ。


「ありがとね、とこちゃん。よく柔らかくなんて思いついたね」

「えへん」


もう怖さも感じていないのか、とこちゃんは腰に手を当てて胸を張る。

子供の直感ってやつなんだろうか。いやはや、中々侮れない。

ピカソだっけ?子供みたいな絵を描くのにどうたらこうたら……それはまた違うかな。子供の感性がすごいって話ならそこまで的外れでもない?

思い返せば、一番最初に書いたやつも読み返すのはかなり恥ずかしいけど中々どうして表現が…………いや、やめよう。黒歴史を掘り返す必要はない。現時点で量産中ではあるけど。

それよりも、だ。相手が作戦立てて攻めてきているとしたら、もうそろそろ……うん、止まった。

流石にこのままではただ全滅すると察したんだろう。指示を出しているのは誰なのやら。

そいつがこの不明晰夢を作り出してる主犯ならさっさととっちめたい所だけど、あいにくそういうものには何も引っかからない。

化け物だったら化け物で分かるはずだし、もし能力持ちの人間ならそれならそれで分かるはず。これだけの世界を毎夜作ってるような能力ならなんとなく違和感も凄そうだし。

ともかく見えないなら目の前の脅威に集中しよう。


「実束。一旦壁外していいよ。方法を変えるみたい」

「ほいほーいっ」


という声が聞こえたと思ったら一瞬で鉄が消滅した。あ、ジャンプしたのね。身体との接触部がなくなったから消滅。なるほど。

少しぶりの外気。鉄で囲われた空間は閉塞感が凄いので月の光、街灯の光でもとてもありがたく感じる。太陽だったら過剰すぎてやめてってなる。

そういう意味じゃ優しい光……でもないか。どっちも冷たいもの。

さてと、相手はどう出てくるか……数はかなり減ったけどまだ十体くらいは……


「汐里汐里」

「なーに」


目を瞑って動きを探ろうとした所を中断して隣の実束を見る。

とこちゃんをおんぶしていた。


「……なんぞしてるの」

「汐里もこっちきて。しがみついた方がいいかも」


いやお前は何を言っている。

……と前なら思っただろうし言ってるでしょう。

しかし今の私は既に多数の事例を経験済み。そして実束がそう言うって事は、何かやらかそうとしている時で安全性はあるものの安全な体勢に居ないと危なっかしくなる事をやらかすって事だ。

そんなわけで私はそれを聞いた瞬間ノータイムで実束にしがみついた。羞恥心など最早抱かないって訳ではないが、早く済ませてほしいって気持ちがそれを上書きするので実質恥ずかしさは感じないに等しい。

それどころじゃないんですよ。


「じゃあさんにーいちでいくよ」

「はい」

「さーん」


私たちは上方向に射出された。


「みぃづがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「わー」


圧が、私を押しつぶそうとする圧が、振動がシートベルトシートベルト無い世界が真下に何もない風景ゆれる屋根ちっこぃびゅおおおお


「にーい」

「おおぉおおおおおおおっおおぉおぉううおおあああああ」

「いーち」



「はいついた」

「ぉっぉぉ……おおおお…うそつき……さんにーいちて………」

「?さんにーいちでついたじゃん」

「………………」


言葉がもう出てこない。弾切れ。弾薬もなければ引き金を引く力も無い。

とこちゃんは……あ、こういうの好きな子なのね。きゃっきゃしてる。よかったね。

そして改めて状況を確認、しなきゃならない。そっと、顔を、横に


「高い足場狭い怖い!!!!」


率直な感想。

何故。何故こんな事を。何故。


「……あ、ちょっと高すぎたね。下るよー」

「へ待」


擬音で表すならぎゅおん。

瞬間的な浮遊感その他を感じた私はその場に座り込まざるを得なくなった。


「………ばか……ばかばかあほんだら…ばーかー……あほー……」

「ここなら丁度いいね。……おーいるいる」

「まるいの、こっちきてるね」

「思った通り。それじゃあ一網打尽だ」

「いちもうだじん?」

「髪の毛を一気に切っちゃう事だよ」

「うわぁ…こわい……」


もう諦めて下を覗いてみる。

上にまっすぐ伸びた鉄の柱、そこの根元へ化け物が集まってきている。

柱を体当たりで折るつもりかな。

だけどおそらく、その前に……


「実束、まさかだけど」

「大丈夫。汐里が側にいるから……いけるよ。確信がある」


確信の証拠はないだろうに。

……とかは思わない。私だって何故だか実束ならやっちゃうって確信があるもの。


鉄が、広がる。


足場になっている鉄が広がり、巨大な四角形を作り、もうここからじゃ見えないけど……おそらく地面に向かって壁が降りているだろう。ほら、地響き。振動が上の私たちにも伝わってくる。

化け物達は四角形の鉄の檻に閉じ込められたわけだ。何メートルとか私にはわからないけど、家10件かそこら余裕で囲ってるような規模だから大きさは察せるとは思う。いや過剰すぎない?……ま、いっか。


「制御はいける?」

「そんな難しいことはしてないもの。少し規模が大きいから、ちょっと大袈裟にイメージするだけ。……いい?」

「ちょっと待って」


きょとんとしているとこちゃんを抱っこして座る。


「おおう?」

「ちょっとびっくりするかもしれないから」

「びっくり……わかったー」

「……良いよ、やっちゃって。内部にいるやつ以外はもう居ないから安心して」

「はいはーい」


鈍く、重く、巨大な何かが蠢くような音が響き始める。

とこちゃんがこちらを向いて訊いてくる。


「なにをしようとしてるのー?」

「んー……あぁ、そうそう。えっとね」


「スタンプ、かな」


地面と大気が揺れた。


「わひょうっ」

「ん……」


身体の芯にまでびりびりと響く重苦しい音。

どこか遠くから伝わる、何かとんでもないような破壊を連想させる、常識の外の力を感じさせる……そんな音。

覚悟さえできていればそこまで驚かない。ちょっと想像以上の音だったけどそこはノリでカバー。

とこちゃんも少し驚いただけで済んだようで何よりだ。


「汐里」

「………………。うん、いないよ。全部潰れてぺちゃんこのおしまい」


そう伝えると実束は安心したように身体から力を抜いた。

しかし、いよいよとんでもない量だなぁ。この巨大な鉄の箱、その全てに鉄が詰まってるんだから。

冗談でもなく無制限なのかもしれない。……私って一体なんなんだろう。


「おしまい?」


とこちゃんの声。

ああ、そんなことを考える必要はないか。こっちの方がまだ重要……だ。


「そう、おしまい。これでとこちゃんも…目覚められるよ」

「……?……そうなんだ」

「そう。多分、ここで……おわかれ」


……急激に眠気が全身を包み出した。

もう間も無く意識を失うだろう。



……なんだか不思議な子だったなぁ、とこちゃん。

何はともあれ、守れてよかった。


「………」


ああ、だめだ。

なんかいおうとしたけど、もうむりだ。


しずむ————




………………………………。




昨日の日が終わり、飽きもせず今日の日がまたやってくる。いつまで続ける気なのやら。

と、いつも通り意味のない思考を回しつつ、私は登校中。

あとメール中。送り先は実束しかいない。

そして内容は注意喚起である。

“いい加減不明晰夢でとにかく上に飛ぼうとするのをやめなさい”。これだ。

“風を感じたくて”ではないから。“風邪ひくよ”。

“鉄アーマーあるから平気”とかそういう話でもない。“動きにくいでしょ”。

“そこはあの柔らかい鉄利用して、こういい感じに”ではない。“ともかくせめて飛ぶなら事前に言って。そしてカウントは到着時刻までではなく移動開始までのカウントにすること。いい?”。

“ヽ( 'ω' )ノ”。

わかった、隙を見てチョップしよう。



と言っても、今日は運悪くそういう隙は無く。



教室では相変わらず幽霊の噂がちらほら流れていて、今度はちょっと見にいってみようとかそういう話も少し聞こえた。いよいよあそこは使えなさそうだ。

更に聞こえた嫌な話。七不思議?空き教室の秘密?

もしそれを確かめに行く輩がいるとしたら、私も何も行動を起こせない。その七不思議の空き教室が私と実束の場所なのかはわからないけど、わからないからこそ厄介。

他の空き教室探そうと思ってたのに、物好きな誰かと遭遇する可能性が出てきてしまった。


「……はぁ」


ため息をつくと幸せが逃げていく?それでやりたい事を束縛されても幸せは死んでいくだろうに。

そんなこんなで気がつけば放課後、気がつけば帰り道だ。

学校の中にいる意味が無くなってしまった以上私は帰るしかない。

今日は久々に学校が瞬く間に終わった日だ。

最近……実束と会ってからは毎日何かしらあったけど、今日は珍しく何もなかった。だとしたら、必然的に時間は早く過ぎる。


そもそも実束と会う前の学校はたまに表に意識が向くくらいで、普段はずーっと脳内での暇つぶしだ。

酷い時は文章化するならば二行で終わるだろう。

学校に行った。

学校から出た。

こんな感じで。

そのくらい中身はなく、描写するほどの出来事もなく。

目立たないために、行く必要があるために行くだけの場所だった。

苦痛はなかった。

中学はともかく、この高校で私は透明…いや、背景だ。

クラスメイトからも、教師からも注目されない存在。

その位置が一番負担が少ないから、できればそのままがいい。

だからこそ何か行動を起こす時は気をつけてるんだ。


だったら行動を起こさなきゃいい。

だったら行動を起こす原因と離れればいい。


そういう話ではない。それは違う。

具体的には何にも言えないけど、それは違う……


「………………。」


独り言を呟きたくなったけどやめておく。

一人で突然なんか喋り出すのはラノベとかの主人公周辺みたいで嫌だ。わざわざ思った事を口に出す必要はないでしょう。

誰かに伝えるわけでもないのだし。……自分に?

言わずとも分かり切ってるでしょう?言ったところで無駄だ。

そんな事より不明晰夢の事でも考えよう。

……と言っても特になにか新しい情報は入ってきてない。昨日はとこちゃんがいたくらいか。

まだ一生涯アレに付き合って行く覚悟はできていない。ほんと、どうにかできるならどうにかしたい。

実束が一緒ならまず死ぬことはないとは思う。だけど、現実っていうのはどこまでも理不尽だ。もしもの事態は必ず起こる。それはもうもしもじゃない。

その必然的な偶然がいつか起きる前にあの世界を終わらせたい。安息の日々を取り戻したい。夢が見れる日々を。

そのために……今はとにかく、生き残る事を目標にしていくしかない。




………………………………。




「…………」


はいはいデイリーボーナス。今日も例外なくやってきました不明晰夢。

目を瞑って探りをかける。

まず実束。ちょっと遠めかな。……今日は実房さんいた。こっちは近いね。

そして後はいつもの気持ち悪い違和感を放つ怪物多数。

特にこれといって変わった事もなく、日常的スタートと言ったところか。

ついでに誰か他にいないか念を入れて探ってみるが、やっぱり誰もいない。

一般人も感じ取れたらいいんだけどね。とこちゃん以外の誰かに会ったことがないから確かめようもない。


じゃあ、行動を始めよう。

まず実房さんと合流し、次に実束と合流してチョップする。


「……行きますか」

「れっつごー」

「手繋ぐ?」

「うん、つなぐ」

「はーい。離れないよう」


「うぉうっ」

「わおっ?」


なんか隣にとこちゃんがいた。

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