十1話「謎の青色登場!オークの城をぶっ壊せ!」




草が多少生えている以外に何も無いただの道に、怪物二匹、人間の少女一人。

少女はみすぼらしい格好の上に目隠しをされていた。両手は縄に繋がれ、歩くたび海のように青い長髪が揺れる。髪色と同じ青の目をしているのだが、目隠しのせいでそれが露わになることはない。

怪物は豚のような頭に屈強で大柄な毛深い身体、軽装の服。それぞれ斧、槍を背中に装備した……コッテコテのオークといった印象で、実際二匹の怪物はオークだった。

オーク二匹に少女が目隠しで一人、ともなれば状況は想像するまでもないだろう、少女はオークに捕らえられ、何処かへ連れていかれているのであった。


*「なぁオルト」


オークの一人がオルト、という名前らしいオークに呼びかける。


*「私語を慎めオリュス。なんだ」

*「ほんとにこいつでよかったのかねぇ。いつもよりちっさいぞ」


オリュスの言う通り、そして少女という表現の通り、目隠しの少女は人間の中では幼い部類に入る。

いわゆる小学低年レベル。年齢にして10歳といったところか。


*「…………。問題無い。俺の長年の勘がそう告げている」

*「お前初任務だろ」

*「私語を慎めオリュス」

*「お前……」


そんな会話をするオーク二人だが、少女は当然ながら気が気でないだろう。

歩きつつもその震えは止まらず、しかし恐怖のせいで逃げるという選択肢が消失してしまっているように見える。

自分はこれから何をさせられるのか……負の想像が一人で先走り恐怖を勝手に増幅させていく……目隠しされているのが余計に想像をし易くしているはずだ。

事によっては特殊な人向けの事案となる事だろう。コッテコテのオークだし。


さて、まぁ、そんなところで。しばらく移動した後。


「ん。こんにちは」


少女は誰かの声を聞く。

知らない声だ。少年の声。


*「こんにちは。おや、一人旅ですか?」

*「それにその武器は…刀、でしょうか」

「そう、刀。そして更にそう、一人で旅してるんだ」


オリュス、オルトが誰かと会話を始める。


「君らは?」

*「我らは現在、輸送の任務中でして」

「あー、なるほど、その子が郵便物ね」

*「はい。……しかし、珍しいですね、刀とは」

「そうなの?」

*「侍と同時に廃れていきましたからね。いやー、私も初めて見る」

*「あぁ、すみません……こいつ武器オタクなもんで」

*「オタクと言うなオリュス。そして刀はいいぞ。まだ写真で見ただけだがあの刀身の美しさは」

*「ここで語るなっての…」

「んー、そんな珍しいのかー。ならせっかくだしじっくり見てく?」

*「え!よろしいのですか」

「うんうんー。減るもんじゃないし」

*「わざわざすんません、ありがとうございます。よかったなーオリュス」

*「ああ、素晴らしい幸運だ!本当にありがとうございます…!」

「いいって事です。そいじゃ、と」


ごん。

ごん。


少女は打撲音を聞いた。続いて、誰かが二人倒れる音。


「……うん、弱いな、うん」


誰かの呟き。そして足音が近づいてくる……と思ったら、一気に視界が開けた。


「あ……」


目隠しが外された。そう理解し、次に視界に映ったこの人物が自分を助けてくれたのだと、そう理解する。

少し長めの妙にとげとげした金髪に見たことのない雰囲気の青い服を着た、13、4歳くらいに見える、青い瞳の多分男性。何故か狐のお面が頭に乗っている。

なんだか不思議な感じがする人だ……と思っていたら続けて手を縛っていた縄も解かれ、少女は自由となった。


「あ、あの…ありがとう、ございます」

「どういたしまして、しかしまだお前さんは自由ではない」

「え」


少女は自由となっていなかったらしい。

その人物はひょいと背中に少女を乗せる。


「つまりは勝手ながら仕事を依頼しよう。どっかから攫われてきたのだろう?お前さんの住む場所まで道案内を頼みたい。報酬は払い済みって事で」

「あ、はい、そういうことですか」


ふぅぅ、と一息をつく少女。


「ついでに、この辺りのことについて移動中に教えて欲しいな。さっき聞いてた通り一人旅中でね、何にも知らないんだ」

「わかりました……あの、何故おんぶを」

「それについては二つ理由がある。ひとつ、僕は基本一人で歩くのが好きだ。ひとつ、お前さん攫われてから歩きっぱなしじゃないかい?疲れてるなら休むべきだ」

「…………。ありがとうございます」




そうして歩き出した二人。

まず話し出したのは少女だ。


海「…えと。私、海花うなばな木雲こぐもと言います。あなたのお名前は…」

「名前?あー、名前か。そうかそりゃそうなるね、うーんと」

海「……?」


予想していなかった反応に少女、木雲は首を傾げる。

傾げて、ふと頭の狐の面が目に入る。

そういえば……この人は青い鞘の刀を持っていた。

刀という武器は、オーク達が言っていた通り侍と共に廃れていったのが原因で今ではとても珍しい武器だ。扱いが難しいのも関係してわざわざ得物にする人はほぼいない。

だから、刀を武器として扱う人はすぐに有名になる。その数も無論少ない。

そして、その数人の中で、最近特に噂されている人物が一人いる。


……狐の面を被り、青い衣装に身を包み、侍でもないのに青い鞘の刀を手に持ち旅をする謎の人物。

その太刀筋は全くの不可視。ふと現れてはその地を脅かす者を斬り伏せ、また立ち去っていくという。

名前は名乗らず、気がつけばいなくなっている。神出鬼没のその人物を……人は「浮浪狐ふろうぎつね」と呼び始めた。


と、木雲は村の人から聞いていた。

特徴はほぼ一致している……けれど、間違っていたら失礼だ。でもほんとに聞いたまんまだしなぁ……少し迷った結果、木雲は思い切って訊いてみる事にした。


海「あの」

「はいどうぞ」

海「あなたは…もしかして、浮浪狐さん、でしょうか」

「なにその人」


木雲は大ダメージを負った。ノータイムでカウンターを喰らった気分。


「ヘイヘーイ。そこで挫ける前にその人の特徴を教えてくださいな」

海「…は、はい…」


木雲は気を取り直して、聞いた話をそのまま伝えていく。

狐の面、青の服に青の刀。

その太刀筋は全くの不可視で。


海「…………って噂なんですが…」

「ふむ。なるほど、確かに殆ど僕と一致してるね。多分それ僕だ」

海「あ、やっぱり」


やっぱり合ってたよかった、と負ったダメージが消えていく。


「しかしそうかそうか、僕はそんな呼ばれ方してたのか。浮浪狐、浮浪狐ねぇ。このお面無かったら浮浪者になってたのかねぇ」

海「…えと、結構な噂になってるんですけど、知らなかったんですか?」

「そうさなぁ、用事済んだらさっさと次のとこ行ってたしねぇ…そういえば殆ど話すことなかったし、話を聞くこともなかったやもしれないな」

海「そうなんですか……」

「で、そうそう、名前ね。好きなように呼ぶといい。僕が了承すればね」

海「あの、じゃあ…狐さん、で」

狐「了解。じゃあ僕はお前さんを木雲と呼ぼう」

海「あ、はい」


……この人、もしかしなくても少し変わった人なのでは?喋り方なんか変だし。

薄々感じていた疑念が木雲の中で大きくなっていく。


狐「さてさて木雲、本題に入ろう。さっきオークに攫われてたけど、なんでああなってたのさ?」

海「それは…」


木雲は自らの住む村について、そしてオーク達について話し始めた。

まず、木雲の住む村は都会から遠く離れた場所にある辺境の村。つまりそう、俗に言う田舎の村だ。

そして特に争いもなくゆったり過ごしていたのだが、そこにある日突然オークたちが襲来した。


———腕の立つ者は都会へ旅立ってしまった後だった。為すすべもなくオーク達は女を攫っていく……目的は不明だがろくな事ではないだろう。

かくして村はオークに怯える日常を過ごすことになった。日に日に女は減っていき、ついに木雲が攫われることとなったのだ。

狐「そこに通りがかった謎の刀使い、人は浮浪狐と呼ぶこの者の正体、そして村の未来や如何に……」


海「何故地味に改変しつつ復唱するんですか」

狐「この方が記憶しやすいのさ」

海「そうですかね」

狐「そんなものなのさ。そしてわかった、つまりはオーク達が原因でお前さんの村は恐怖に怯えていると」

海「そうなります……みんな、オークの城に囚われて…どこにあるかもわからないので助けに行こうにもいけない状況なんです」

狐「ふむ。なるほどそれは手詰まりだ」

海「…………」


木雲がとんとん、と背中を叩く。それで意図を察した狐は木雲を背中から降ろしてやった。


狐「もういいんかい」

海「はい、ありがとうございました。……こっちです」


木雲が先導して歩き出す。


海「……狐さん」

狐「はいな」

海「助けてもらってばかりで、厚かましいとはわかっています。……だけど、どうか……」

狐「みんなを助けてくれ、と?」

海「……はい。お願いします」

狐「さて。それには当然ながら何か見返りが必要になるね」

海「っ……」


木雲が振り返る。……と、そこに狐はいなかった。

どこに、と思って前を向いたら逆さまになった狐面が目の前にいた。


海「ぎゃあ!?」

狐「もっと綺麗な悲鳴をあげるべきと思う」

海「い、いや綺麗なって……そうじゃなくて、えと、なんですかそれ!?」

狐「何って、狐面を被っているだけさ」

海「そうじゃなくてそうじゃなくて……あなた、空飛べるんですか!?」


逆さまの狐面……そう。狐は空中で逆さまになって木雲を覗いていたのだ。狐面を被りながら。

……しかし。


狐「いーや飛べないよ」

海「どう見ても浮かんでますよね!」

狐「まぁそれは同意する、確かに浮かんではいるね」


木雲の周囲を泳ぐように、時折回転しつつ狐がゆったりと動き回る。


狐「しかしだ木雲、これは空を飛んでいるわけじゃあない」

海「いやだって…」

狐「僕はただおもちゃで遊んでいるだけさ」

海「……おもちゃ?」

狐「そう、おもちゃ」


そう言って狐は何処かから一つの羽根を取り出した。

透明で背景の草花が透けて見えている。


海「それは……」

狐「これは……名前別に無いけど。そうだなぁ……まぁいいや後でどうとでもなる」

狐「この羽根はね、持ってると『飛んでも飛んでない時でも状況やこの先の展開が変わらない時に飛べる』って品物なのさ」

海「……?」

狐「例え話をしよう」


くるりくるりと狐は回る。


狐「手の届かぬ場所に欲しい物がある!空を飛べれば取りに行けるのに!しかしそういう時には飛べない。飛ぶことに意味がある時にこいつは使えない」

海「……えっと、じゃあ、飛ぶ意味無いんじゃ」

狐「あぁそうさ、全く意味はない。だから僕はこう言ったろう?僕はただおもちゃで遊んでいるだけ、そしてこれは空を飛んでいるわけじゃない……と。飛ぶのが必要な時に飛べないのなら、それは空が飛べないと同義さ」

海「…………。えと……」

狐「反応に困っているな?けらけらけら、それでいい、それが正しい。自信を持つといい海花木雲よ。お前さんは今この場で一番正しい存在だ」


木雲は反応するのを諦めた。

そしてもしかしなくても少しどころかかなり変わった人だ、と認識を改めることとなった。


狐「そしてそして、もしかして今見えてきたあの村がお前さんの住む場所かい」

海「あ…はい」

狐「なるほどアレですか。中々大きめなむごふげっ」


突然の悲鳴に何事かと見てみれば、狐が後頭部から地面へ垂直に落下していた。

木雲の青の瞳がいわゆるジト目に変化した。


海「……なにをしているんです?」

狐「羽根の効力が切れたらしい。ふむ、ここから先飛んでたらこの先何か影響があるんだろう。飛べると村の人間に知られたら何かあるとかかな?なるほどなるほど」

海「あの、喋ってないで早く起き上がった方が…」

狐「そういうお前さんは助け起こしてくれないのかい」

海「頭で地面に立ってる人は初めて見るので対処がわからないんです」

狐「なるほどそりゃそうだ。ほっと」


刀で地面を突いて無駄に空中で回転。1回転2回転3回転……着地。


狐「よく覚えなくておかなくていい。これが無駄に洗練された無駄のない無駄な行動さ」

海「…………」


基本は無反応の方が良さそう、とこの変人の対処法を少しずつ学んでいく木雲であった。





*「木雲!」

*「無事だったのか木雲!」

*「よく戻ってきたね……!あなたが助けてくれたのかい?ありがとう…!」

狐「村に入るなり驚かれたぜ木雲」

海「それはそうですよ……えっと、ただいま」


狐の言う通り、木雲の姿を見るや否や村の住人たちは大騒ぎ。

木雲の言い分からして今まで連れ去られて戻ってきた女性はいなかったのだろう。

狐は住人たちをざっと眺める。……確かに若い女性が居ない。

木雲の言っていた通りだ。そして比較的老人が多い。子供が何人かいて後は青年の男性がちらほらと……怪我をしている者が多い……オークに対し抵抗は続けているのだろう。だが追い払うには頭数が足りない。


*「木雲…済まなかった、怖い思いしただろう…俺がもっと強ければ」

海「私は大丈夫だよ、こうして帰ってこれたことだし。みんなが怪我しちゃう方が私は……大丈夫?」

*「あ、あぁ……大したことない。……でも、これも木雲が自分からオークに連れていかれたお陰だ…くそっ」

海「まぁまぁ……」


悔しがる青年。それもそうだろう、木雲のような子供を守るどころか逆に助けられてしまったのだ。


*「ねぇ、狐面のあなた」

狐「あぁはい僕ね」


一人のお婆さんが狐に声をかける。


*「木雲を助けてくれて本当にありがとう。私たちはあなたを歓迎します……どうかお礼をさせてください。何か欲しいものはございませんか?」

狐「ほう。ならばそうだね、一つ頼みがある」


人差し指を空へ向けて、ゆらりゆらりと振り……村の入り口近くの家を指差した。


狐「あの家、今誰か住んでるかい」

*「いえ、今は誰も…」

狐「それはいい。ご都合主義。じゃ、あそこ言い訳するなちょいと一日程ら今攫われてる貸してくれない?からとかかねぇ?

*「構いませんが、宿ならもっといい場所がございますよ?」

狐「僕はあそこが気に入ったのさ」

*「はぁ…わかりました。あの家で良ければどうぞご自由にお使いください」

狐「ありがとね」


狐はそう言うとゆらりくらりと人混みを避けつつその家の中へと入っていってしまった。

と思ったら開けた。


狐「申し訳ないけど、僕は一人で過ごすのがとても大好きなんだ。食料等もこう見えて自分の備蓄がある。どうか僕のことはほっといていつものよーに気にせず過ごして欲しい。じゃあ木雲また明日。それでは皆様おやすみなさいませ」


閉めた。

呆気にとられて静まる村人たち、そんな中木雲が口を開く。


海「……助けてくれたけど、うん。あの人、かなり変な人で」

*「……大丈夫?何かされてないかい?」

海「そういう方向の変人では…ないかな……」


名前もわからないし、行動もよくわからないし、持ってる道具もよくわからない。

多分悪い人ではない、はずだけど。

そこはかとない気味悪さを感じつつ、木雲たちはひとまずの日常へと徐々に戻っていくことにしたのだった。




————時間は流れて、深夜。


一人家に籠る狐。

アイマスクの代わり?狐面を被り、床で静かに眠っている。

鍵もかけていないその静かな家に侵入する影が二つあった。




朝。

騒ぎはすぐに木雲の耳に届いていた。

彼がいない。毛が落ちていた。扉が開いている……などなどの声が聴こえてくる。

自室から出て、家の外へと出てみると、村長さんが焦った様子で立ち尽くしていた。


海「あの、なにが……」

*「あぁ、おはよう木雲……なんてことだ、あの方が……」

海「……」


木雲は人だかりが出来ている方を見てみる……昨日、狐が借りた家の方だ。

すぐに駆け寄り様子を確認すると……聴こえてきた情報の通り、扉が開いていて、毛が落ちており、そして中には狐がいない。

オークに連れ去られた……すぐに木雲は理解した。


海「…………」

*「鍵もかけずに一人でいるから……あぁ、もっと注意していればこんなことには…」

*「なんでったってこんな村の入り口近くを選んだんだ」

*「ちくしょう、何にもお礼ができてないじゃないか……!」

*「……!オークだ!」


その声で全員が村の入り口へ顔を向けると共に後ずさりする。

一匹のオークがそこにいた。斧を構えて村人たちを睨みつけている。

……オークは毎朝村へやってくる。村人が隠れるならば手当たり次第に暴れ回るのを皆知っているから、被害を抑える為にも隠れる事なく外に出る習慣がついてしまっていた。

だから姿を見せつつも、被害を受けないよう遠ざかる。それが村人たちが学んだ対処法だった。

……だが、今回は何人かの青年が槍を手にして村人たちとは逆に前へと出た。


*「これ以上好き勝手させるか……!」

*「人間の力を甘くみるなよ豚野郎が!」


言葉は強い。しかし、オークへと向けた槍先は震えている。

昨日の敗北の記憶が身体に刻まれているのだ。


*「ほぉーう?昨日より酷い目に逢いたいか、そうかそうか。なら……」

海「……もう、いい」


木雲の声でオークも青年も喋るのをやめた。

木雲は静かに歩き出す。青年たちよりも前へ、オークの目の前まで。


*「こぐ…」

海「もう、いいよ」


木雲は振り返って、笑いかけた。


海「ありがとう。でも、私のために傷つかないで」

*「……っ……」


……青年たちも、村人たちも、それ以上何も言えなかった。

木雲の青の瞳に並々ならぬ覚悟が見えたからだ。

連れ去られていく木雲を、ただ見ていることしかできなかったのだ。




歩く、歩く、歩く。

目隠しをされ腕を縛られた木雲には今自分がどこを歩いているのかわかるはずもないであろう。

木雲を連れたオークは深い森の中へと入っていく。

一体何処へ向かっているのか……見えるのは木々と草のみ。あまり遠くまでは見えないが、城なんてものがあるようにはとても思えない。

しかし、ある程度まで奥に進んだ後、足を止めたオークが小さく呪文を唱えると……突如空間が歪み出す。

幻覚魔術の類いだ。

魔術に隠された城が、姿を現していく……


海「…………」


……巨大。

森の中に姿を現したそれは、ゆうに成熟した木の背丈を越え、木雲の村よりも遥かに広く、そして堅牢。

たとえ砲弾の直撃を受けてもビクともしないであろう、そんな風格を誇っていた。

オークは木雲を連れて城の中へと入っていった……



海「……私は、どうなるんですか」

*「ん?教えると思うか?」


壁掛けの松明が照らす薄暗い通路を歩きつつ、木雲が呟く。


海「どうせ後で分かることでしょう。もうここまで来たんです、せめて目隠しくらい取ってくれませんか」

*「ふん……まぁいいだろう。ほらよ」


乱暴に目隠しが取られる。

木雲がその目で周囲を見回し、ここが城の中である事を改めて確認した。


海「……これは、どこに向かっているんでしょう」

*「わざわざ教えてやる義理はない。だが、一つ確かなことは……お前にも身体を酷使してもらおうか。お前のような子供でも関係なく、だ」

海「………」

*「もちろん拒否権は無いぜ。せいぜい死なないように気をつけるんだな」


言いつつオークは木雲を引っ張り、何処かへ連れていく。

途中、石の壁が鉄格子に変わる……牢だ。


*「あぁ、ちょうどいい。見ろよ、お前たちのヒーロー様だぜ」

海「……!」


そこに囚われていたのは……浮浪狐。

それは見るも無残な姿…


狐「あ、おはよ木雲。元気?」


……でもなかった。ケロッとしている。

狐は石のベッドから起き上がるとまるで自分の家にいる時のようなテンションで木雲に手を振る。


海「…………」


無反応。


狐「おーいおいおい無視はないだろー泣くぞ?かなり泣くよ?いやほんと僕結構繊細なんだからね。例えるならば横倒しの消しゴムの上に乗せられたボールペンくらいに繊細だ。動かしてくれるなよ乗せるの苦労したんだ、ここに費やした時間が一瞬で崩落させられちゃたまらない」

海「……元気そうですね」

狐「そう見える?そう見えるかそうかそうか、節穴とまでは言わないけどそれはお門違いだね。見ろよこのベッド石だぜ石!暖かさの欠片もない無機質の極みだ!自然的ではあるがちょい人の手が入りすぎてて駄目だねこれは。しかも運の悪いことに牢の前に松明がある!普通に考えて眩しいったらありゃしない!睡眠時の光の量はそのまま睡眠の質に影響するんだ、眠れることには眠れるがそうじゃなあないんだよ。アイマスクがあれば解決はするが生憎持ち合わせがないのでね。狐面?息が苦しいだろう!」

海「…………元気そうにしか見えませんが」

*「うるっせぇなお前は!ぶん殴られてぇか!!」

狐「今この時点で一番大きな音を発したのはお前さんだと揚げ足をここぞとばかりに取るとしよう」


ふよふよくるくると浮かびつつ狐は喋り続ける。


海「……!」

狐「しかし理解に苦しむのは僕をさっさとタコ殴りにしなかった事だ名前も知らない誰か名無しのモブキャラさんよ。まぁ連れ去ったのは深夜の事だしもしかして眠かったか?うん、それなら何も責めることはない。もし徹夜で行動でもしていたものなら睡眠の重要性を語ることになっていただろう。えらいね。」

*「……いくぞ」


ついに会話を諦めたオーク。

喋り続ける狐を横目に木雲は素直についていくのだった。


狐「あーちょいちょい待ってよもー」


もはやオークも狐の声を無視している。


狐「酷いなぁ二人して、そんなおかしなこと言ってるかねぇ僕」


狐は億劫そうにベッドから降りると、牢を開けて駆け足で木雲たちに追いついた。


*「ついてくるなやかましい!大人しく牢……で……」

狐「牢で?」

*「てめぇいつのま゛ッ」


刀の柄による打撃。

舌を噛みつつ顎を打ち抜かれ気絶。受け身も取れずオークは頭から石の床に落下することとなった。


狐「と、言うわけで。改めておはよう木雲。ようこそオークの城へ」

海「色々突っ込んでもいいですか」

狐「あぁどうぞ気の済むままに。時間は割とあるしね」


言いつつ木雲の手を縛っている縄を解いていく。


狐「はい解けてた。面倒臭いことするねぇ」

海「牢からはどうやって出たんですか」

狐「単純に牢に入ったすぐ後に鍵を物理的にぶっ壊してただけさ。この豚鼻会話に夢中で気がつかないでやんの、けらけら」


鞘でぺちぺちと頭を叩く。

完全に気絶しているオークはびくともしない。


狐「死んだか?」

海「オークは丈夫なので恐らく無事でしょう。殺生気にするんですね」

狐「そりゃそうさ、だって勿体無いじゃないか。後々こいつが驚きの活躍をするかもしれないだろう?そういう芽を片っ端から摘み取る気にはならんね」

海「の割に顎打ち抜きましたね」

狐「手っ取り早いじゃん」


刀をくるくる回す。


狐「じゃあ行きますか」

海「どこに?」

狐「んー、決まっているだろうに。何のためにタクシーしてもらったと思ってるんだ。これは潜入任務、救出任務だ。生きてるかどうかは知らんがお前さんの村の人、助けにいくよ」


狐は刀を持ち直すとオークを踏んで歩き出した。


狐「訊かれるだろうから答えよう。何故特に得もないだろうに助けるか?それは報酬を貰ってしまったからだよ木雲」

海「報酬?」

狐「家、貸してくれだろう?ならば働かない訳にもいかないさ」

海「でも、あれはお礼だって…」

狐「お前さんを助けた分のお礼かい?それはもう道案内に使ってしまったよ。全く、僕が押されると弱いのを知ってたのかねぇ。欲しいものはないかなんて訊かれたら何かしら提示するしかないじゃないか。全く全く」


……言い訳しているようにしか聞こえない、と木雲は思ったし、多分わざとだな、とも思った。

つまり、この人はもしかして……


狐「そい?」

海「あいたっ」


こん、と木雲の頭部に軽く鞘が叩き落とされた。


海「何をするのですか…」

狐「難しいことは考えないに限るぜ?」

海「……本当に、よくわからない人ですね」

狐「それはほどほどに同意する。ぶっちゃけて言うと、僕特に何にも考無意味な文をえずに喋ってるノリで書いてるぜ」

海「それはもう何となくわかります……っていうか、さっき牢の中いる時その刀持ってませんでしたよね?」

狐「ああこれ?折りたたみ式なのさ。刺さらないおもちゃのナイフ知ってる?アレアレ」

海「まともに答える気が無いのはよくわかりました」

狐「けらけらけら。おもちゃなのはほんとなんだけどなぁ」

海「他は嘘なんですね」

狐「けらけらけらけらけら」

海「……あと、その笑い方なんですか?」

狐「キャラ付け」

海「言い切りましたね」

狐「ついでに言うとこの狐面も刀も全部キャラ付けさ。なんか和風っぽいだろう?何かキャラを立てないと消滅する体質でね。元々の個性が何にもないから中々大変なのさ」

海「わかりました、もう突っ込むのやめます」

狐「まぁまぁまぁまぁ、一人で喋るのも一応不可能ではないがつらくてきついものがある、ここは瀬戸際で踏ん張って僕のトークに付き合ってくれたまえ。終盤になっていいことあるぞ」

海「…………ところで、どこに向かっているんですか」

狐「気の向くままに」

海「無計画ですかあなた!」


木雲が少し声を荒げる……その時。


*「そこにいるのは誰だ!…お前は!」


通路の角から出てきたのは別のオーク。


狐「あ、オルトだ。やっほ」

海「知ってる人ですか」

狐「ほら、昨日の刀好きなやつの方」

海「ああ……」

*「何をごちゃごちゃと!」


背中の剣を抜き放ち、静かに構える。

その構えは……正眼の構え。


狐「ほう……刀のつもりかい?」

*「……ふん。さぁ、抜け狐面。その刀、偽物ではないだろう」

狐「生憎僕は抜刀術使いなんでね。このままやらせてもらおう」


狐は静かに刀に手を添える。

……空気が変わった。

木雲は浮浪狐の噂を再び思い出す。

その、ふと現れてはその地を脅かす者を斬り伏せ、また立ち去っていくという噂の刀使いの太刀筋は…全くの不可視だと人々は言う。


狐「…………」

*「…………!!」


オークが踏み込む…速い。

だが、しかし、狐がそれよりも先に刀に手をかけ……もとい両手で持ち!


狐「ていや」


踏み込むオークをぶん殴った!

ぶん殴った!

刀を抜かずに鞘でぶん殴ったのだ!


海「え」


真横へ殴り飛ばされたオークは壁に叩きつけられ、力なく倒れ伏した。手放された剣は床へ無造作に落ちることとなる。金属音が響くが、その音は薄暗い通路へ吸い込まれていった。


海「え、あの、刀って」

*「ごはっ……」

狐「抜くとでも思ったか馬鹿め、けらけらけら」

*「きさま…きさま…!」

狐「さて丁度いいところに来てくれました一応名前は知ってる人ネームドっぽい人。質問があります」

*「話すとでも思っ…ま、待て。何をしようとしている…」

狐「ひとつめ。こちらの経験はある?」

海「…狐さん、何故、刀を、オークの…その…尻に……向けて……」

狐「野暮なことを訊くでない木雲よ。さあもう一度訊くがオルト、こちらの経験は……っとここでチャンスタイムです。よかったね。次の質問に答えてくれればひとつめの質問には答えなくていいってさ。よかったね。」

狐「ふたつめ。攫った村人たち何処にいるの?」

*「…………」


オークは沈黙を貫


狐「そぉい」

*「■■■■■■■!!!」


何をしているかの描写は割愛する。

木雲には狐が狐面を顔に被せたので、何をしているのか知るのは狐とオークのみになる。……もしかするとオークも何をされているか理解できていないかもしれない。


狐「こほん。ふたつめ。攫った村人たち何処にいるの?」

*「は…っ……話すわけ…………■■■■…!!」

狐「げほんげほん。ふたつめ。攫った村人たち何処にいるの?」




狐「木雲木雲、驚くべきことに僕らに協力してくれるオークが居たんだ。攫われた人たちの居場所を教えてくれたよ」

海「…………何していたかは訊かないでおきます」

狐「それでよし。偉い偉い。ではさっさと行きますか」


ついでに場所を聞き出した近場の水場で刀を洗ってきた狐。

木雲を連れて村人たちが囚われているという区域は進み始める。ちなみに木雲は前が見えないので狐面を顔から頭に移動させた。


海「あの、気になってたことが…色々気になってますが、今一番気になってることが」

狐「なんだね」

海「その刀…抜かないというか抜けないんですか?さっき思いっきり振ってたように見えたんですけど」

狐「ああ、これ?抜けないようにロックしておいてるんだよ」


ネギでも振るようにぶんぶん刀を振るってみせる。全然抜けない上にまるで中身が空洞ってくらいに何も鳴らない。相当強く固定しているのだろうか。


狐「なぜかという質問に先手を打って答えよう。だって刀とか危ないじゃん」

海「たしかにそれはそうですが、だからと言ってそのまま殴るとか…いや、いいです、はい」


ある程度の諦めは肝心と木雲は学ぶ。むしろちょっとだけまだまともな答えが返ってきただけ良かったとしよう。


海「……あと、このお面被せたままですけど…」

狐「持っときな。僕から狐要素が消失するがまぁ良いだろう。浮浪って名前もそれっぽくて悪くない。浮浪、浮浪、flow。なんかふわふわしてるね。どう思う?」

海「わかりました持っときます」

狐「物分かりが良くなってきたね。良きかな良きかな」

海「……はぁ」


助けてもらっている以上あまり文句は言えないが、せめてもうちょっとまともに会話ができればいいのに……青い瞳をジト目から普通に戻しつつ、そんな事を思う木雲である。




村の女性たちが囚われている場所。

そこは牢ではなく、相変わらず石造りの部屋ではあったが、照明が多めな上に広い。等間隔でなにかの道具が並べられていて……牢というよりかは、囚人の仕事場といった印象だった。

事実、村人たちは何かを作らされていた。豪華な絵柄の洋服、旗、なにかのメダルらしきもの……

見張りのオークに見つからぬように覗いた木雲はそれらの情報を得て少し離れた場所で待機していた狐の所まで音を立てぬように戻る。


海「……みんな、いました。見張りは二つの入口に一匹ずつで、みんなを監視してます」

狐「まぁそうだろうね。侵入者のためではなく囚人のための見張りと…なら奇襲は容易いか」

海「私はどうすれば…」

狐「そうさなぁ。まぁついてきてくれたまえよ。知ってる顔がいる方が村人たちも安心するだろう」

海「わかりました」


木雲は悠々と歩き出した狐の後ろについていく。

程なくして仕事場に辿り着いた狐は、入口の真横の壁に張り付いた。その隣に木雲が真似して張り付く。

そして、入口の溝を刀でこんこんと叩いた。


*「ん?」


見張りのオークの一匹が音に気がつく。後ろを向くが誰もいない。誰の悪戯だ、と思い入口の外に顔を出した……

……耳に風切り音が届く。


狐「そい」


それが届くか、その前か。ともかく、顔を出すと同時にその眉間を鞘がまっすぐ撃ち抜いた。


*「こぉっ…!ふご……」

*「どうした!」


反対側のオークが倒れる仲間に気がつく。すばやく部屋の外へ出て狐たちの姿を確認する——が、なにかが飛来してくる!


*「おっと!」


危うく衝突する所だったがオークはそれをキャッチ。


*「残念だったなぁ」


それが刀であると認識すると、すぐさま抜き放つ。

……筈だったが。


*「んっ……!?んだこれ、抜けな……っ!」


刀は抜けない。そしてはっとして視線を前に戻した時にはもう遅い。


狐「まぬけ!」


飛び蹴りが顔面に突き刺さる。


*「んごぉっ……!!」


オークはうめき声を上げた後仰向けに倒れ伏した。

狐は刀を回収し、多分念のためしきりにぼかぼか殴る。


狐「いっちょあがり。さぁ木雲、僕はフルコンボしているから今のうちに感動の再会をしてくるんだ。僕が入ってきてしまう前に」

海「ありがとうございます……」


木雲は部屋の中へ駆け足で入る。

村人たちは木雲の姿を見るや否や口々に騒ぎ出す。


狐「時間切れだ、さぁ静粛にお姫様たちよ」


騒ぎ出せなかった。

既に居た狐は加工素材が積まれた山の上に座って村人たちを見下ろしていた。


狐「状況の整理。そのうち気づかれるだろうが、今のところ今僕たちがここにいること、そしてお前さんたちの監視が伸びてることは気がつかれていない。ここでわいわい騒ぐと一気に気づかれて袋叩きの可能性が高いってわけだ」


それを聞いた村人たち、口々に不安の声を


狐「漏らすなって全く。これからしてほしい事を言うからちゃんと聞くんだぜ?木雲もだ」




遠くの方から争いの声が聞こえる。


*「木雲……本当に大丈夫かしら、あの人…」

海「……ああ言ったからには、きっと大丈夫。変な人だけど、変に強いし」


木雲は村人たちを連れて来た道を戻っていた。十何人単位の大人数だ、完全に音もなくとはいかない。素早い移動もできない。

なので狐は陽動を提案した。誰かが囮になり、その内に村人たちを城から逃すということだ。

そこまでを長ったらしく無駄な話を交えつつ一気に話し切り、そして囮役はもちろん僕が行く……締めくくった。凄く楽しそうに言っていた。たぶんそれが言いたかっただけだったんだろう。

そんなわけで木雲たちは移動中。もうそろそろ城の出口だ。


海「…もうすぐだよ。あそこ曲がったら……っ!」

*「?どうしたの?」


木雲はみんなを静止した。

……木雲の耳には足音が届いていた。一人…一匹。しかも出口の方から聴こえてきていた。

今から隠れるのは無理だ。やり過ごす事はできない。

ならばどうする。木雲は思考する。今見つかったら全員を助ける事は不可能になる。それは駄目だ、ここまで来た意味がない。

ならば————すぐに心は決まった。


海「…………。あそこを曲がったら、出口だから。とにかく走って、城から離れて」

*「え?どういう——」


返事を待たず、そして声も出す余裕も持たせぬように木雲は駆け出した。

行き先は通路を曲がった先の出口……ではなく、曲がらず、真っ直ぐ。

当然別れ道を通り過ぎる。


*「!てめぇ逃げやがったな!?」


木雲の姿を見たオークが駆け出す。

村人たちは、木雲を追いかけて城の奥へと走って行くオークを見ていることしかできなかった。


*「木雲……」

*「行きましょう…無駄にしたら、それこそ木雲に申し訳ないわ…」

*「…………」




狐「しかし気になっていたことが一つあるんだ。オーク、オーク、オーク。僕の知ってるオークはもうちょい男性的な身体してるんだが、どうしてお前さんらはそんな獣みたいになってんだい?しかも豚鼻と来た、そんだけ個性的な顔してるんなら口調にも特徴つけりゃあいいのにねブヒブヒって。もうちょい有効に使えないものかなぁ自分の身体を。僕?狐要素がこの面しかないって?そうだろうね、うんたしかにそうだ。でもこの面は自前じゃなくて外付けだし、そちらとは中々事情が違うと思うんだ。…あーでも口調に特徴付けるのは有りだねとても有りだ。そうさなぁ、けらけらからこんこんに変えようか。こんこん。ほーらもっともっとおいでなさいなドラゴンオーク。僕をなんだと思っている?通りすがりのお面フォックスだよ。なんなんだろうね?そこんとこは考えてないから勝手に決めてくれたまえ、とりあえずヒントとして明らかになっている事をひとつだけ教えてあげよう。今のうち確かに確かな事を、僕にもわかっていることをね。僕はお前たちを趣味で殴りにきたんだ」

*「一人で何くっちゃべってんだお前は!」


なんと全て独り言だったらしい。

狐は奥へ奥へとぴょんぴょん跳びつつ既に14体のオークを殴り倒していた。その姿にオーク達が戦意を失わないのは一々煽ってくるからか。


狐「僕は独り言を言っているんじゃない、君たちが会話をしないのさ。投げたボールはしっかりキャッチしてくれないとこうなっちゃうのだよわかる?ちなみにキャッチする部位はどこでもいい、顔面でもね」


向かってきたオークの顔面に鞘が突き刺さる。


*「ごはぁっっ」

狐「というか愚直に突っ込むんじゃないよ猪かなんかか!じゃあオークはオークでもボアオークとでも呼ぶべきだろう、誠実な方のオークさん達に迷惑かかるしね。やーいやーい!猪突猛進で愚かなほどほど筋肉頭の地味な力持ちめ!パワー系になりたいならもうちょっと雑魚でも馬鹿力になるんだね風圧で攻撃したりとかさ!中途半端よくないぞ。うん。しみじみそれは思う。過去にそういう事あってねぇ…じゃなかった、やーいやーい!」


倒れ伏したオークをぺちぺち叩く。それを見たオーク達はどんどん士気と怒りとヘイトが高まっていく……後半意味同じ?

ともかく騒ぎは広がっていっている。城の中にいるオーク達に話はじわじわと伝わっていき、狐が走る通路へと集まってくる。

そんなに広い空間ではないのでとにかく狭い。し、何より獣臭さが強くなってきている。


狐「もうそろそろもうそろそろ広い場所にでも次の展開にでもつかないかなならないかな。やりにくくてしょうがない」

*「どぅえりゃあ!!」


目の前から斬りかかるオーク、しかし狐はひょいと避ける。


狐「どう思う?やりにくいよね?」

*「へっ、つまり避けにくいんだろ?いつまで持つかなぁ!!」

狐「いやそうじゃなくてさー」


横に縦に風を切るオークの剣。狐の動きは素早い上にどこか煙のよう。

何故だか認識しにくいその動きにオークは翻弄される。


狐「思いっきり動けない絵になる動きが無理って話だよわかる?わからないよね」

*「ちょこまかと……ぐほぁっ!?」


狐が懐に入ると同時にオークの腹部に柄がめり込む。


狐「というわけで、鬼さんこちらだ。ほらほら悔しかったらこっちにきなー」


倒れこむオークを踏み台に通路を跳ぶ。逆さまでわざわざ狐面を被って両手を広げて後ろから追いかけるオーク達を煽りつつ。

そして前から迫るオークの攻撃をひょいと避けて顔を蹴るのだからいよいよオーク達は怒る怒る。


狐「素振りをするならもっと広い場所でやりなさいな。当たったら危ないじゃないか」

*「……!!!!」

狐「けらけ…じゃないじゃない」


着地して、向き直って。刀を置いて。

威嚇するカマキリのようなポーズをとったのだ。狐は。

そして薬指、中指を親指とくっつけ、他の指はぴんと伸ばす。

つまり。


狐「こーんこんこんこん。狐程度に負けてやんの。こんこん」


ダブル狐。

その効果はもはや描写する必要もないだろう。事が済んだ狐は刀を拾ってすたこらさっさと逃げ出したのだった。


狐「うわーつかまるーなお設定上男の娘いのししにつかまるー運用も可能な姿だよ。アレなことされるー需要は特に無いよね?


オーク達が獣のように叫び出した。




狐「おっ」


走る先に光を見た狐。

飛び込んでみればそこは広い土の地面が中心部に用意された……闘技場のようなものだろうか。


狐「おーおーおー」


狐が今いるのは闘技場の観客席といったところか。ぴょんぴょん跳ねつつ一気に中心部に降り立った。


狐「ふむ、とてもおあつらえ向きな場所だけど。なんでこんなのがあるんだか。仲間内で戦ったりでもするのかい?」

「その通りだ」


オーク達が狐を観客席から囲む中、響く声が一つ。


狐「ん。この気配、気迫は…*じゃないとなると…」


狐は狐面を取って顔を向ける。声のした方、闘技場の入り口の方を。

そこから他のオークよりも大柄なオークが一匹歩いてきていた。豚鼻ではあるがどちらかというとイケメン顔か。

見るからに他のオークとは違う。着ている服も獣の皮とかではなく豪華なものだ。先程村人が作らされていたようなものと同じだろう。


狐「やぁどうも。お邪魔してるよ。名前は?」

「礼儀を知らんのか?」

狐「あぁ知っているとも。だから先に訊いているんだ。お前は誰ですか?」

「ほう……よほど命が惜しくないと見える。いいだろう、名乗ってやる。俺の名は……オウ」


オウ、と名乗ったそのオークは武器の大剣を背中から抜き、地面へと突き刺した。


「このオーク達の王、それが俺だ。随分と暴れ回ってくれたようだな」

狐「あぁ、沢山暴れたよ。うわストレートだな。それで、何表記王でいの用かな王様?いんじゃない?

王「決まっている。これ以上我が同胞に手を出されては困るのでな……」


大剣を引き抜き、真っ直ぐ狐へと向ける。


王「粛清に来た。俺直々にな」

狐「ふーん。暇なんだね」

王「おかげさまで仕事が手につかんのでな、暇ができた」

狐「なるほど良かったじゃあないか。暇な時は寝るべきだよーちゃんと毛布でっと」


轟音。狐が跳び退くと同時に狐が立っていた地面は大剣に吹き飛ばされる。

王の斬撃。一瞬で間合いを詰めて大剣を振るったのだ。


王「そろそろ黙った方がいいぞ、狐面」

狐「黙ると死ぬのでそれは無理だ。まぁ楽しく殴り合おうや王様よ」

王「いつまでそれが続くかな——」


王が大剣を構える……


王「……さぁ、刀を抜け。そのまま俺を倒せると思うなよ」

狐「えー。嫌なんだけど……おや」


狐は茶色の毛が並ぶ観客席の中に、一点目立つ青を見つける。


狐「木雲じゃないか。やっほ」

王「ほう、仲間か。……おい!」

*「はい!」

王「特等席で見せてやれ。こいつが無様な姿を晒すのをな」

*「わかりました」


木雲を捕らえたオークが、観客席の一番手前に木雲を荒っぽく連れて行く。


海「っ……狐、さん…」

狐「はろー。元気?」

海「……そんな風に見えますか」

狐「さぁ。しかしよく縛られてるねぇお前さんは。その青いジト目も相変わらずだ」

海「そうですね……」

狐「ところで気になってるだろう木雲。だから教えてあげよう。この狐面は沢山手持ちにあるのさ」


どうでもいい。心底木雲は思う。

自分が捕らわれているのにそれについて何も疑問に持たず、何も質問せず、狐はいつも通り。

あの人らしい、と木雲は怒るわけでもなく思った。それに、村人達が逃げたことは悟られてはいけない。そこらをああ見えてちゃんと考えているのかもしれない。


狐「まぁそんなわけで。刀だっけ?……仕方ない、仕方ない、仕方ないね」


刀を持つ。柄ではなく、鞘の方を。

左手を鞘に。右手を柄に。それは、刀を抜き放つための持ち方。


狐「けれど、先に言っておく」

王「なんだ」

狐「刀を抜くって事はな。命の保証をしないってことだ。……僕はいたずらに殺す趣味は全くないのだけど、そう言うのならしょうがない」


狐「死んでも、恨むんじゃないぞ!」


そして、狐は、ついに………!!






王「……」

海「……はい?」

*「……」*「………」


その場にいる全員が言葉を失う。

それも当然だ。何せ……


王「……なんだ…は」

狐「見ての通りさ」


……


王「……ふ…ふ、ふふふ……」


————はははははははははははは!!!!!!!


闘技場が一瞬で笑い声で満たされる。

オーク達は皆狐を嘲笑していた。それもそうだ。

引き抜いたその刀は、刀ではなかったのだから。武器でさえもなかったのだから。

要は。

何もついていないのだ。


海「浮浪狐の噂……不可視の太刀筋って、そういう……?」

狐「…………」


普段と変わらない表情で、静かにをまっすぐ構える狐。まるでそこに刀身があるとでも言いたげにだ。


王「おい、おいおいおいおい、そんなおもちゃでやる気なのかお前は?」

狐「あぁそうさ、こんなおもちゃでやる気だよ。よく知ってるね、これがおもちゃだって事」

*「ボス!俺がやりますよ!」

*「俺も俺も!」


すっかり調子に乗ったオーク達が闘技場へ飛び降りてくる。

王もそれを許可したようだ。元より一対一でやるつもりもなかったのだろう。


狐「おーおー……いいのかい?」

王「やれ」

*「へい!」

*「ぐへへはァアッ!!」


二体のオークが飛びかかる。


狐「…あっそう」


狐は小さく呟く。

跳び退き、着地と同時に狐は…青い残像を残して突進する。


*「…!!」

*「おっ、う」


それは一瞬の事だった。

青はオーク達を突き抜け、止まったと思ったら既にオーク達の後ろの方に狐は立っていた。


*「……?」

*「なんだ、何もしねぇのかよ」


まるで血払いでもするようにを振るう。

そして、ゆっくりと、そこに刀身があると言いたげに、ゆっくりと。

刀を。

納め た?


*「あ?」

*「ん、おとと。なんだなん——」


オークがバランスを崩して倒れこむ。妙に思いつつ手をついて立ち上が……れない。

足が、綺麗に細切れになっている。


*「——う、ぅおおおああああああ!!?!?」

*「ぐぉっああああぁぁぁ」



海「…え…?」

王「……なんだ、何が起きた…」

狐「何が起きたって、見ただろう?斬ったのさ、こいつで」


狐は刀を王に見せつける。納めた状態の刀だ。

しかし、王も見たように、オーク全員が見たように、木雲が見たように、その納めたその刀 に

は刀身が あ る?

刀身があ

る、あるからそれは当然切れる だろう。?おかしい。気がする。ような。

だって、あるから、それは当然、当然?当然。

狐がこちらを見てけらけらと笑っている。


狐「神さま地の文は役に立たないだろうし、代わりに僕がわざわざ説明してあげよう。こいつは世界を騙すおもちゃなのさ。刀身を観測できない時……刀身が有る・・無い・・かを確定できない時。刀身が存在する・・・・・・・と世界に誤認させる細工がしてある。仕組みは訊かないでくれよ、そりゃ野暮ってやつだ」

狐「さて。仮に、刀身があったとして、だ。僕はさっきこいつをあのオークの前で振るった。……木雲、どうなる?」

海「それは……刀身があったら……切れるんじゃ…」

狐「そう、切れる。つまりそれが全てさ」


狐は再び刀を——それ・・を抜き放ち、突進して王の前で袈裟懸けに振るう。


王「!」


反射的に王は大剣で防ぐ姿勢に入る。もちろん、刀身が無いのだから意味は無い。


狐「今僕はこいつを振るった。……仮に今、刀身があったら、お前さんはどうなっている?その大剣で防げた?違う。?」

王「……まさ、か」


狐が離れて、再びを鞘に納める…前に王は後ろへ跳ぶ——

刀が鞘に納まった。


……カラン。


王は見た。大剣が、真っ二つに斬られているのを。刀身の半分が、金属音を立てて地面に落下するのを。

折れたのではない、斬れた。

あの、狐が持つ刀によって。


狐「ルールはわかったかい?カラクリは理解したか?なら講習は終わりだ豚鼻の王。最適解はわかったろう?」

王「っ……全員こいつに突撃しろ!抜かせるな、抜かせたら納めさせるなっ!!」


その声で呆気にとられていたオーク達が一斉に観客席から飛び降りていく。王は折れた大剣で狐に斬りかかる……


海「わ……」


木雲は狐に襲いかかる無数のオークを眺めていることしかできない。

何せ両手は縛られている。今の自分にできることは『へーい木雲』


海「え」


声が聞こえた。どこから?頭の上から。……狐面!


『よし聞こえてるな。それはそういうおもちゃなのさ。良いだろう?狐面型通信機だ』

海「あ、あの」

『木雲。まぁ本気出したらこいつらなんか秒で片付くんだが、イキりじゃないぞ、事実だ。…なんだけど、殺さずに全員倒すってなると非常にめんどくさいんだ。わかるだろう?スライムをオーバーキルしちゃダメって話だ。だからさ』

海「…………」


『ほれ、海花木雲謎の青色もういい加減・・・・・・良いだろう?・・・・・・






王「押さえ込め、何もされるな!サンドバッグにしてしまえばこっちのものだ!!」


一回り離れた場所で指示を飛ばし続ける王。

その背後に、ゆっくりと音も無く歩み寄る青色がいた。


王「どうしたどうした!何かしてみせろ!我らオークの力を甘く見たな狐面!」


残り、四歩。

三歩。

二歩。

手を縛っていたはずの縄がはらり、と地面に落ちた。

一歩。

歩みを止める。

右足を少し下げる。

膝を曲げる。

右手を後ろに引く。


王「……ん?なん—————」


物音に気がついた王が後ろを向いたその時、たしかに見たのだ。


青の髪の間で輝く、緑の瞳を。



海「こう…………てんッ!!!!」



王は殴打音より先に、何かが割れる轟音を聞いた。

それが何かを理解する前に————


王「ごッ………は、ぁっ………!!?!?!?」


王は弾け飛ぶ!

衝撃波を撒き散らしながら完全に身体をくの字に折り、そのまま闘技場の天井に激突!

……そして、力なく地面へと落下した。


海「……っふ、ぅぅぅぅ」


斜めに突き出した拳を深呼吸と共に静かに下ろすのは、木雲。海花木雲。

海のように青い長髪に緑の瞳の、みすぼらしい格好の、狐面を頭に被った……子供だ。


*「な……なんだ?」

*「何が起こった、なぁ見たか!?」

*「い、いや」

*「な、なぁあいつ、さっきあんなだったか…!?」


先程殴りつけた際に生じた空間のひび割れが勝手に直っていく……そして、オーク達は木雲の変貌に気がついた。

身体の端々が……煙のように、空間に溶け込んでいるのだ。


海「……どうですか、狐さん」

『いや、うん。戦えるんだろうなとは思ってたんだけど、こんなとは思ってなかった。なんで戦わなかったのかさっぱりだ』

海「時間制限とか準備ができてなかったとか色々あるんですよ……」


木雲が消える。

騒然とするオーク達……辺りを見回すが、それが既に遅いのだ。


海「せぇいっ!」

*「んごぁっ!!」


一匹の目の前に現れた木雲が顔面に飛び蹴りを喰らわせる。

応戦しようと左右から別のオークが斬りかかる、が木雲は見向きもせずにしゃがんでそれらを避ける。

驚愕する右側のオークの腹部に二度拳を叩き込み、アッパーで顎を撃ち抜く。ここまで一秒もかかっていない。


海「そぉ、れっ!」


失神したオークの服を掴み、背後へ巴投げ。左側のオークに命中し、仰向けに倒れこんだ…所を、木雲は助走をつけて蹴り飛ばした。

無慈悲な急所攻撃である。オークは何かが潰れつつ縦回転で観客席の方へ飛ばされていった。


海「とりあえず合流しますか?」

『したいならどうぞ』

海「じゃあします!」


オークの包囲網の中心へ木雲は駆ける。

当然オーク達が立ち塞がる。それぞれの武器を向け木雲を止めようと襲いかかる。

木雲は避ける。身体を傾けて跳んで滑って、まるで風のように素早く……しかしオーク達は進行方向に並び壁を作った。あれは避けては通れない。


海「ああもう邪魔だなぁ!」


ブレーキ。土煙を起こしながら停止した木雲は、脚を上げ…


海「…はぁっ!」


地面を踏み鳴らす!

それで生じた衝撃波でオーク達はよろめく。だが、これは前動作に過ぎない。

何せ、木雲は真っ直ぐ後ろに拳を引いているのだから。


海「吹っ飛んじゃえ…空風からかぜ!!」


拳が、空間を殴りつけた!

パァン!という破裂音と共に放たれたのは、不可視の…衝撃波ならぬ、衝撃弾だ!


*「な、う、うぉぉっ!!?」


衝撃弾がオーク達に命中すると、爆発!辺りのオークをまとめて吹き飛ばしてしまった。


狐「……やるう」

海「それほどでも」


狐の背中に木雲が現れる。邪魔なオークが吹き飛んだから跳んできたのだろう。


狐「やることはわかってるか?」

海「はい。全員叩きのめせばいいんですよね」

狐「大正解」

海「では、動けなくなる前に……ふっ!」

狐「ってちょい待てってもー」


消えるように走り出す木雲に狐は後からついていく。


海「……そういえば!」

狐「はいな」


飛び蹴りを叩き込みつつ木雲は疑問を伝える。


海「あなたは、どこまで気づいてたんですか?」

狐「どこまで…とは、木雲のことかい?」


脳天に鞘を打ち下ろした狐は考えるような素振りを見せる。


狐「そだね、とりあえず元々一人で村人を助けに行こうとしてるなーって思ってたけど。合ってるかな?」

海「根拠はなんでしょうか」


二体のオークを狐に投げつける。


狐「いやー、見てれば気がつくよ」


一本脚打法でそれらを観客席に打ち返しつつ狐は答える。


狐「お前さん、捕まってたわりに助け出されたら妙に冷静だったじゃんか。あんだけ震えてたのにね」

狐「震えてたのは怖がるフリしてないとオーク達に怪しまれるからだろう?つまり助け出されるのは予定外だったわけだ」

海「なるほど」

狐「あとそうだね、わかりやすいのが一つ」


背後から襲うオークを適当に鞘で叩きつつ。


狐「縄。2回ほど僕が解いてやったが、どっちも既に解けかけだったぜ?」

海「あー……」


若干恥ずかしそうな顔をしつつ裏拳で殴り飛ばされた衝撃弾は2匹のオークを吹き飛ばした。


海「最終的に抜け出すし、もしもの時の為にいつでも抜け出せるようにしてたんですが……そうですね、誰かに解いてもらう状況を全く考えてなかったですね」

狐「詰めが甘いねぇ。城に着く前にオークに見つかってたらどうしてたのさ」

海「それはまぁ、仕方ないので場所を吐かせるしかなくなりますね……うぅん、でもやっぱり失敗だなぁ…」

狐「まぁ、こっちは大体そんなところ。あとは様子などからみてもしもの時は自分で対処できるって風にしか見えなかったから、とかかね。……僕も質問しよう。それ、なんなの?世界に溶け込んでいるように見えるけど」

海「これですか?えーっと……」


槍使いのオークがしきりに木雲へ槍を突き出す。

右へ左へ避け、ついには掴んで逆に突き返す。

それで槍を奪った木雲は刃の部分を手刀で切り落とすと、狐がしゃがむと同時に周囲を薙ぎ払った!

4匹のオークが頭部を強打しそのまま気絶し、オーク達を一歩引かせる。


海「何から説明すればいいかな…その、私、自然の声が聞こえるんです」

狐「自然とな」

海「はい。今もほら、後ろから来てるよって」


首を傾けるだけで木雲は背後からの槍の一突きを避けてしまう。

振り向きつつ奪った槍を投げつける。こめかみに直撃。


狐「ふむふむ」

海「私がこれだけ動けるのも、自然の力を分けてもらってるからなんです。ただ、結構溜め込まないと長時間は戦えません」

狐「あぁ、じゃあアレか。出来るだけ戦わない、ってやつね」

海「そうなります。一分戦うのに必要な量は一時間で補充可能…みたいな」

狐「燃費わっる!だがなるほど。それならその強さも許せなくもない」

海「許せなかったらどうなるんです?」

狐「そりゃ、アレだよ。人気が下がる」

海「……やっぱりよくわかりませんね、あなたの言っていることは」

狐「それでいいのさ。しかしまぁ、今更思ったんだけど、木雲よ」


振り下ろされる斧を刀で弾き飛ばす。


狐「もしかして僕、邪魔しちゃったかね?」

海「……そうですね、当初の目的とは大分違う状況になってしまっていますが」

海「でも、私の考えも甘かったかもしれません。私一人じゃ、みんなを安全に逃すこともできなかったかもしれない。……空風からかぜ!」


狐の背後から襲いかかろうとしていたオークに、木雲に殴り飛ばされた衝撃弾が命中。

衝撃弾が弾けて、オークは天井へすっ飛んで行った。


海「…ありがとうございました。みんなを助けてくれて」

狐「ふむ。ま、礼には及ばないってやつだよ。趣味みたいなものだしさ」

海「あぁ、報酬は既に受け取ってる、でしたっけ?……狐さん、ずっと思ってたことがあるんですけど」

狐「はいはいな」

海「あなた、照れ隠しの為にわざと変な行動とってません?こう、感謝とかをまともに受け取ろうとしないというか」

狐「おっと、話の途中ですまないがオークだ」


狐は目の前のオークにライダーなキックをぶちかました。


海「…………。なるほど、こうすればちょっとはまともに話せるのかな」


少し微笑みながら、木雲は昇竜の如き拳でオークを打ち上げ、竜巻のような蹴りを喰らわせたのだった。


*「ぐほぁぁっ!」

*「お、おお俺たちはオークだぞ!こんな片手間に…!ぐふっ」

*「お、お、お前たちは一体…なんなんだ!」

狐「ほう、それを訊きますか。もう僕は自己紹介を済ませているんだけどね。ならばもう一度言おう」

海「……私も言う流れですか?…そうですか、じゃあ分かり切ってることを一つ」


狐「僕は趣味でお前たちを殴りにきたお面フォックスだよ!一時の夢として忘れておきな!」

海「私はただの囚われの少女です!早いとこ解放してください!」

*「んなわけあるかぁああああああああああああああ!!!!!」





王「……ぐ、う…」


王は目を覚ます。一応無事ではあったようだ。

だが、起き上がって見えた光景に、王は数回瞬きをすることになる。


王「……ばかな。ばかな、ばかな」


誰もいない。

300は居たはずのオークは、一人残らず倒れていたのだ。


狐「やはおはよう」

海「意外と早く起きましたね」

王「!!」


はっと左右を見れば、それぞれ右に狐、左に木雲。


王「き、きさまら…」

海「殴る前に訊いておきます。みんなを連れ去ってどうするつもりだったんですか」

王「………」


……そして王は語り出した。自らの、野望を。


まずオークの王国を作ろうと思った。

その為には豪華な衣装がないとダメだ。しかし自分たちでは無理。

じゃあ人間の女にやらせよう。

近場に村があったしそこから持ってこよう。

おわり。


海「…………」

狐「…………」


野望ですか。それが。

二人は同時に思った。


狐「とまあ、目的もとりあえずわかったところで、それを考慮して。こいつ、どうするよ?処遇はお前さんに任せる」

海「…………」


木雲はしばし王を見つめる。

その緑の瞳は何を思うのか。

狐「——————————どう殴るかじゃない?


海「……決めた」


王の胸ぐらを掴んで、持ち上げる。


海「殺しはしません。しません……が」


王を真上に投げ……


海「……仕返しは、させてもらう」

王「…………っ…………!」

海「はぁああっ!」


落ちてきたところに右手による無数の打撃が叩き込まれる!続けてアッパー!木雲により、陽炎かげろうと名付けられた技だ!


海「みんなをいっぱい怖がらせた分も!」


アッパーで打ち上げた所に今度は跳んだ木雲による横回転蹴り、からの踵落とし!風巻しまき


海「みんなにいっぱい酷いことした分も!」


跳ねた王へ木雲は真横に伸ばした右腕を思いっきり頭部にぶちかまし、振り抜く!烈震れっしん


海「……ふー……っ!」


右足を引き、右腕を引き、膝を曲げ。

緑の瞳が、縦に回転する王を捉える————!


海「ぶっ飛べ!春嵐はるあらしッ!!!!!」


轟音、打撃音、衝撃波!!

荒天こうてんが再び炸裂し、王を跳ね飛ばし、天井に激突!


海「——そして仕上げの……」


目標は真上。

矢をつがえるように左手を向け、右手を引き。

緑の瞳が、輝く!


海「せいてぇん!!!!」


三度目の轟音!!

空間がひび割れるほどの力で殴り飛ばされた巨大な衝撃弾は、無防備な王に直撃し—————


爆発!!!


天井ごと王は吹き飛び、そのまま悲鳴も出せずにそのまま遥か彼方へと消えていった…………


……天井が崩壊したことで、闘技場に陽の光が差し込む。

真っ直ぐ伸ばした腕を引っ込め、深呼吸をする木雲…それを、光が祝福するかのように照らす。


海「うん、ありがとう」


ほんとに祝福していたらしい。太陽を見上げ木雲が呟いた。


狐「満足かい?」

海「今のところは。じゃあみんなの所に行きましょうか」

狐「ほいよ。さて、帰り道は……」


と、闘技場の出口に歩き出す狐を木雲は持ち上げた。


狐「おっとっと?」

海「もっといい道がありますよ」


狐を背負うと、木雲は……跳んだ。

真上に。

まさか天井から出るつもりなのだろうか。しかし距離が足りない、木雲は空中で失速し……


海「んっ」


パァン!と破裂音がしたと思ったら再び木雲は天井へと飛び始めた。

そう、空中で跳んだのだ。跳ぶ際に放たれた衝撃弾が地面で炸裂したのを見つつ、狐は呟く。


狐「お前さん、空飛べたんだね」

海「はい……あ。いいえ、飛べません」

狐「おっと?……いや、どう見ても飛んでるよね」

海「いいえ、たしかに飛んでるようには見えるかもしれません」

狐「というと?」

海「私はただ跳んでいるだけなのです」

狐「なるほど」

海「…………。そこで納得されちゃったら仕返しにならないじゃないですかー」

狐「しかし納得するしかないからねぇ。僕の羽根よりよっぽど理論的だ」

海「まぁそうですけどー」


パァン。





狐「今回のまとめに入ろうか」


そう言う狐は今村から少し離れた場所を歩いている。旅を再開したのだ。


狐「あの後村人たちは無事に送り届けられた。そういえばどうやら木雲は自分が力を持っていることを隠したがってるようだったが…まぁそれは後で話す。あぁ、そうそう。あの城は解体しておいた。多少時間はかかったけど、支柱を落とすくらいなら割とすぐだよ」


刀をくるくる回しつつ狐は続ける。


狐「で、村についた後、木雲が事のあらましを説明するとそれはもう大騒ぎだ。まぁそうだよね。なんかパーティー開くみたいなこと言ってたけど、僕は多人数の中に混ざるの苦手なのでこっそり抜け出して今に至る、という訳だよ」

狐「さぁここからはお前さんの出番だ。なんでついてきてるんだい」

海「色んな相談の上、です」


少し気まずそうに木雲が狐の後ろを歩いている。


狐「ほう。ちょうどいい、そういえばお前さんについて何にも訊いてなかったね。よかったらあの力はどうやって手に入れたのかとか話してくれないか?」

海「……はい。そもそもの話をすると……私は、あの村の生まれではない…そうなんです」

狐「ふむ」


木雲は言葉を紡ぐ。


木雲がどこで生まれたか、それはわからない。

というのも、木雲は数年前に村の周辺で倒れているのを発見され、保護されたのだという。しかも目覚めた木雲には記憶が無く、残っていた記憶は自分の名前だけ。

出自が不明、しかも妙な髪色をしている木雲を、しかし村の人々は快く受け入れた。


海「そうして私はあの村で暮らしていました。……あの力を自覚したのはすぐでしたね」

狐「元々備わっていたと」

海「そうです。ずっとずっと、私には聴こえていました。みんなの声が」

海「みんなは色んなことを教えてくれました。力の使い方も含めて、本当にたくさん」


しかし、力を自覚すると同時に、それは他の人たちから見たら異常な事も自覚した。

だから、怖がられるのを恐れて、村の人々から力のことをずっと隠していたのだ。が。


狐「バレてたね?」

海「…………バレてました」


バレていたようだ。


海「さっき、パーティー中にみんながその話をしてきて……」

狐「なるほど読めたぞ。ここにいても木雲の為にならないって流れの話だな?」

海「言わないでくださいよ…」

狐「いつものジト目になったね」

海「あなたと一緒にいるとこれがデフォになりそうですね……」

狐「でもついてくるんだね?」

海「……そうです。みんなが、私に言ってきました。記憶の手がかり、その力の手がかりは、ここにいてもわからないままだって。だから…」

海「どうか、旅に同行させてくれませんか?」

狐「うん、僕は最初に伝えたはずだ。僕は基本一人で歩くのが好きだってね」

海「はい」


しかし木雲は微笑みながら狐を見つめていた。


狐「…………。なんじゃいその顔は」

海「お気になさらず。どうぞ続けてください」


狐は狐面を被った。


狐「…………だが。僕は報酬で動く的な事も言った。そして……既に木雲から受け取ったものがある。一つ、オーク退治の手伝い。二つ。今の話。どちらも必要ではない行動だ、僕はその分の依頼を受ける必要がある、だからー……」


にこにこにこにこ。


狐「……連れてかないぞ」

海「ごめんなさい連れてってください……」


そんなこんなで、木雲は狐の旅に同行する事になる。


それが始まり。木雲の記憶に関する、長い長い旅の始まりだ。


狐の正体。

狐の旅の目的。

狐の持つ様々なおもちゃの正体。

そして……木雲の正体。


それらは、この先明らかになるのだろうか?



海「……そういえば、その刀ってほんとにおもちゃなんですか。思いっきり切れてましたけど」

狐「おもちゃさ。僕の持つおもちゃにはそれぞれコンセプトがある。この面はまぁそのままお面型通信機っていいよねってコンセプト。羽根は自由に飛びたいってコンセプト。これは様々な制約をつける事でなんとか再現したって所だね」

狐「で、この刀はアレだよ。見た事ないかい?刀で切ってから納めた瞬間切れるやつ。アレを再現しようとしたんだ。その結果がこの…」

海「うわぁ抜かないでください!うわぁ振り回さないでください!!」

狐「けらけらけら。まぁ危ないから普段は抜かないさ。加減もできないしね」

海「とりあえず納めてください早く…私は離れてますので」

狐「はい仕舞った」

海「ふう……」

狐「そういうわけで、それぞれ目的があるのさ。そんなおもちゃを大量に置いたままどっか行っちゃったおもちゃ屋がいてねぇ。僕はそれを探しているのさ」

海「そうだったんですか……」


…………旅の目的明らかになっちゃった。



〜つづ

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