十話 正式に仲間が増えました






「…………実束みつか

「はい」

「おやすみなさい」

「えっ」


汐里が目を閉じた。


「えっ、寝ちゃうの汐里っていうか寝れるの汐里しおりっ」


寝ちゃった。え、え?

ほんとに?そんな一瞬で?まさかそんなスイッチ切るみたいに……

……寝てる。寝息立ててる。ほんとに寝てる。そんなばかな……


「…………」


……どうしよう。

いや、どうしようっていうか私も眠るべきなんだけど……

その、想像以上に恥ずかしいっていうか…あったかくて…

……とにかく寝よう、寝なきゃ。目を閉じて……


…………。



……寝息が聞こえる。



………寝息がすごく聞こえる。目の前から聞こえる。目を閉じてるから?

汐里の身体がそこにあるのを感じる……毛布の中に、一緒に、入ってて……


……意識したら駄目。意識したら

「……んっ…」


反射的に目を開けた。

汐里が聞いたことのない音を発した。

それは、寝言、というか、うめき声、というか。とりあえずそれだけだった。


「…………。」


でも、それよりも、汐里の顔をまじまじと眺めてしまう。

とっても……安らか。

汐里、いつもいつも張り詰めてるというか、警戒した顔してるから……ご飯の時とか、お風呂の時とかちょっと柔らかくなってくれたけど……ここまでリラックスした顔を見るのは初めてだった。こんなに無防備なのも。

少しは、私のこと信頼してくれた、のかな。


……今日のことを思い返す。

汐里のためって思って突き進んだけど、無理矢理な場面は少なからずあった。というか、全部無理矢理だった。思い返すと。

迷惑じゃなかっただろうか。今、こうして、私と一緒のベッドに入ってくれてるけど、だいぶ無理させてるんじゃないか。

じゃないか……じゃない。無理、してるよね。家に入る時もすごい抵抗あったみたいだし。

…………。

……謝らないと。今日無理矢理引っ張り回したこと。


………………。


……でも……なんだろ。

私、なんで最初に理由を言わなかったんだろ。それならまだ、実験のためってわかってくれたかもしれない。もっと簡単だったかもしれない。

勿体ぶって、最後の最後に伝えて……

今日、私は、勿体ぶって伝えることで何を得たんだろう?

汐里の寝顔を眺めながら、記憶を遡っていく。

今日、汐里といっぱいお話した。

一緒にお風呂入った。一回やってみたかった。

ご飯を作ってあげた。ちょっと憧れてた。

誰かを、友達を、家に招いた。初めて。

……今日一日、楽しかった。

今までよりも汐里の事を知れた。


……あぁ……じゃあ、それが目的、なのかな。


本当に私がしたかったのはそれで。

実験はただの口実でしかなくて。

……納得。

私、ただ汐里と遊びたかっただけで、汐里の事もっと知りたかっただけで。

そっか、そっか。そうなんだね。


「……付き合わせてごめんね、汐里」


呟いてみた。

汐里は何にも答えない。それでいいんだ、ただの独り言だもん。


なんだかんだ、汐里は私に付き合ってくれた。

学校で良い扱いされてないとか言ってたけど、そんなのどうでもいい。関係ない。

あの話の時だって、汐里は私の心配をしてくれてた。

汐里が優しいことは私が知ってる。みんなが知らないなら私だけが優しさを独り占めしちゃおう……


「……」


……なんて、なんか変な方に考えが行っちゃいそう。

でも、そんな気持ちは確かにある。不思議なことに。

汐里とは知り合って間もない筈なのに、なんでかたくさん話したいって思うし、側にいると安心する。今までそんな人居なかったのに。

なにより、そんな汐里の存在に今まで気がつかなかったのが、興味を引かれなかったのがとても不思議。

あの世界で会ったのがきっかけではあるけど、それにしたって……

…………まぁ……いっか。今こうして知り合えたんだし。


…………そうして考え事をしていたら、だいぶ落ち着いてきた。汐里も、普段焦った時とかこんな感じに考え事してるのかな。

汐里はやっぱり穏やかな顔で眠っている。私も、そろそろ————

————おや?

汐里の手が、動いて……あれ、起きた?


「汐里?」


私のお腹に手の甲が触れて、すすすーって、胴を上っていって。


「えっと、汐……」


汐里が私に引っ付いた。


「………」


「………」


「………」


「………………ふぉう!!??


思考が一瞬止まった、いやそれよりもえっとえっと。

背中に回された汐里の左手はしっかりと私を捉えてて、それを足掛けもとい手掛けとして文字通り身体を押し付けてきてさっき目の前だった顔が鼻の前くらいになってて、


「え、ぇ」


汐里が、右手を私の脇に差し込もうとして。入らないって、わかったのか、ぐいって私をちょっとだけ持ち上げて開いた隙間に今度こそ右手を差し込んで右手と左手が背中に回ってぎゅううって抱きついてきて顔が寄せられて——————


——こつん、と額がぶつかった。


「………ぁ、え……あ…」


何がなんだか、さっぱりわからない、けど。

柔らかい身体とあったかい体温と安心する匂いは勝手に伝わってきて。

汐里の足が私の左足を捉えて絡みついてきた。

密着。汐里は、私に全身を密着させてきていた。

私は、その、私は、混乱していた。している。多分。これ以上ないほど。

だって、近いってもんじゃなくて、くっついてて、もう。もう少し角度が違かったらあれやこれやが触れちゃうし、何より、人の体温やら匂いやら感触やらが直接伝わってきてる。

私にはちょっと刺激が強すぎる、いや何度かあの世界で汐里に抱きついたことはあったけど、それは私からだし意味合いが違うし、あくまでもそれは主題は能力のためでね、下心が無いとも言えないけどそんなことは今はどうでもよくって、でも緊張して身体が全く動かない、顔が熱いのだけわかる、かぁぁぁって擬音がぴったりってわかるくらい熱くて熱くなって、ていうか近くて顔が近すぎて寝息がすっごく近くてまるで……


「っっっ」


もぞっ…って動かないで汐里!触れちゃう触れちゃう………いや別に嫌じゃあないけど……とか今考えなくていいから私!嫌じゃないけどってなに私!待って、そんなすりすりってぇ…猫みたいに……ちっちゃく呻き声出すのもやめて…っなんか、なんか……!





………………………………。





「………ん」


意識が表に引き上げられていく感覚。意識が表の方向に向く。ふわりふわりとした感覚は煙のように消えていって……

……?心地いい、感覚?あったかくて、ふわふわして……

ゆっくりと、瞼を開いた。


「あ…」


……実束。

実束だ。目と鼻の前に実束がいる。顔がまともに見えなくてもわかる、感じる。この感覚は実束。覚えてる。あの世界でまず探す気配だもん。

無事だった。実束は生きてる。ここにいる。

思わず抱きしめたくなったけど、もう抱きしめてた、みたい。ずっと前から。

少し離れると、真っ赤な顔がよく見えた。さっき声を漏らした唇がぽかんと空いている。


「あ…しお、り……」


小さく、小さく声を出す実束。

実束が何を思っているのか、なんとなくわかる気がした。

でもそれより。


「……何があったの」

「その……ね、眠れ…なくて……」


…………。

……そっか。


「…………」

「わっ…」


したくなったから実束の胸元に顔を預けた。


「……約束」

「…え?」

「私一人じゃ何にもできない。だから、側で、守っていてほしいって。……実束、来てくれなかった」

「……っ…汐里、ご——

「謝らないで」

「——め……」


止まってくれた。

そう。謝って欲しくない。


「……謝らないで、実束。それはして欲しくない。それに、私はね、実束を責めたいんじゃないんだよ」

「…え……?」


むしろ、感謝したいの。私が謝りたいの。


「むしろ、感謝したいの。私が謝りたいの。実束が生きてるならそれでいいの。……あの世界で一人になった時、実束がいないってわかった時、すっごく怖かった」

「私があの世界で今まで生きてこれたのは実束のお陰だって、わかってたはずなのに、わかってなかった。……あの世界で一人って、あんなに心細いんだね。実束はずっとあんな中戦ってたんだね。…すごいね、実束は」

「…………え、と…」

「困るよね。うん。でも、伝えさせて。……改めて、ありがとう。いつもあなただけに戦わせてごめんなさい。……ごめんなさい」


少しの沈黙。

私から実束の顔は見えない。


「汐里」

「うん」

「その…汐里こそ、謝らないで。私は、汐里から貰ってばっかりだから……あの世界に行くのも、汐里のお陰で楽しくなったし、普段汐里と話すのも楽しいし…それに、汐里が居ると安心するの。本当は怖いけど、汐里がいれば、化け物を相手にしても頑張れるの」

「それは、殺されるから戦わなきゃって焦りじゃなくって…もっとあったかいもので……その……」

「…………実束。うまく言葉が見つからないなら、無理に言わなくてもいいよ。言いたいことはわかるから」


言葉に詰まってるようだからそう言ってあげた。


「ごめん…」

「謝らないでって……でも、まぁ、もし、何かしたいんだったら……お願いがあります」

「ん」

「……なでて?」


ぴくん、と実束の身体がちょっとだけ反応した。びっくりしたのかな。

でも少ししてそっと私の頭に手が添えられ、撫で始めてくれた。

暖かい。身体もそうだけど、心があったまっていくのを感じる。冷えて冷えて熱を欲していた心が。

月並みな表現だけど、本当にそうとしか言えないんだ。


「……こわかった」


実束は何にも言わずに撫でてくれる。

それでいいし、それがいい。

とてもありがたかった。


「心細くて…不安で…でも、頑張った。考えないふりして、考えないことにして、頑張ったよ」

「でもね、疲れちゃった。不安がずっと続いてたの。助かっても、実束が居ないのが心配で安心できなかった」


思わないようにしていた事が次々と口から漏れ出ていく。


「だから…とにかく、無事でよかった。何もなくてよかった」

「……。……ごめん、汐里……言い出しっぺなのに、実験、失敗しちゃった」

「またやればいいよ。チャンスはまだまだあるんだから。……実束が失敗するの珍しいね」

「そう…かな」

「そうだよ。今まで色々暴れ回ってたけど、失敗はしなかったもん」

「……それを言ったら、汐里だって…珍しいよ」

「…………それはまぁ、そうだね。でも、実束」


顔を上げて、実束の瞳を見つめる。


「たまには、甘えちゃだめ?」


……実束はきょとんとした後、口をパクパクさせ始め……


「…ふ、ふふふっ」

「……あ、え、まさかからかったの!?」

「あはは、どっちも。そういう顏してくれるかなって思って言ったし」


再び胸元に顔を預ける。


「ほんとに、甘えさせて欲しいの。安心させて欲しい。…だめかな」

「え。えと……そ、そうストレートに言われると…その……恥ずかしいと、言いますか……」


とか言いつつも、撫でるのを再開してくれた。

……いや、更に撫でてない方の手で軽く私を抱きしめてくれている。

落ち着く。

大分いつもの調子に戻れてきたような…気がする。冷えた心があったまっていくのは本当に心地がいい。

だからそろそろ気になっていたことを訊くことにした。


「…………実束、眠れなかったんだよね。なにかあったの?」

「あー……えっとね、汐里がね…」

「私?」

「ぎゅってしてきて……すごくくっついてきてね…顔とか……近くて……」

「それは……えと…ごめんなさい」


普通に申し訳なくなって顔を見て謝る。

寝ている間に抱き枕にしていたとは…通りであったかいわけだ。


「だ、だいじょぶー…じゃなかったけど。でも、うん、いいよ。嫌じゃなかったし……」

「…………」


……それは、反応に困る。

いや、私はどういう反応を欲していたんだろう。

考えてもすぐにはわからない。だから今はいいや。


「……汐里は、平気だったの?」

「私…ああ、うん。肩ちょっとだけ刺されちゃったんだけどね。殺されそうになった時に——」


がたん。

と、音。扉が開け放たれる音。

私たちは驚いてちょっと跳びはねつつそのまま起き上がる。

果たして、扉を開けた者は。


「…え、お姉ちゃん!?朝早く出かけるんじゃ」

「…………え」


安心しきっていた私の思考が起動するまでには時間がかかった。


「…………?」


で、?を顔に浮かべたままの実房みおさんは首を傾げつつゆっくりと銃の形をさせた手をこちらに…

わたしはしょうきにもどったそしてまずい!


「って実束実束壁壁壁!!」

「えっ?なにどういうこと汐里」

「いいから早くってかリアルでやるとシャレにならないからあなたー!!!」

「えと、それお姉ちゃんに言ってるの?」

「…………?」

「うおっまぶしっ」

「実束は早く壁をー!!!」




………………………………。




「つまり。実験のために添い寝したと」

「うん…」

「そういうことになります」

「そう……うん、なら許します。でも、次からはする前に一言言ってね。びっくりしたんだから」


説得を試みたところ、割とすぐにわかってくれた。

とりあえず一安心。いや失明とかしたらほんとにシャレにならない。

そこらは後で話さねばならない。


「まぁ、まずは朝ごはんにしましょう。ちょっと待っててね」


実房さんは台所へなにかの調理に向かった。

……。

…………。


「…………」


………………。

さて。

色々と平常に戻った私だが。

今、こうして、テーブルに座っているのがとても気まずい。

いや待って、描写不足。落ち着こう。

私…汐里と、実束、が。二階から降りて、リビングのテーブルに並んで座っている。

状況的に見ればただ並んで座っているだけではあるんだけど、先程までくっついてた熱や感覚はまだ残ってて、それがとても、こう。

もはや察せわかるでしょう私。わざわざ言語化する必要はない。

ともかく沈黙は結構辛い。かと言って何を話せばいいかもわからない。


「汐里」

「はい」


と思ったら実束の方から話しかけてきたよ。


「あのー……もう、大丈夫?」

「……大丈夫」

「そっか。うん、それならよかった。ほら、中断せざるを得なかったし」

「ああ……」


あぁ、そういう心配。それなら大丈夫。

心細さも、肩の痛みももう引いている。

……今思うと自分の言動が信じられない。あんな事言うなんて……そもそも眠ってる間の私の行動も驚きだけど。

まさかそんなテンプレっぽい行動を私がしていたとは。そりゃ誰かと眠る事なんてあるわけないし気づかないのも仕方ないとは思う、けど。

あれだけテンプレ行動及び展開を避けていた私自身がそういう行動をしていた、というのが。それも仕方なくとかじゃなくて素で。

ちょっと憂鬱。できれば知りたくはない情報ではあった。


「これからもしたくなったら、その、いいからね?」

「…………はい」


黙っていようかとも思っていたけど、気がつけば返事をしていた。

同時に「したくなったら」の時の情景が勝手に頭に浮かんでくる。

またベッドの上に私と実束が二人でいて、実束が私を抱き寄せてゆったりと撫でてくれる。

私は脱力しきって目を閉じて、されるがままにしているのだ。

うん、とてもいい。

夢のような時間で、夢のような空間。

だから夢だ。こつん、と頭を叩いてその情景を霧散させる。


「……実束も」

「ん?」

「実束も、もし。その……なったら。いい…から」


うん。

一体なにを言っているんだ私は。

考えていることと口に出ることの乖離が激しい。そんなこと私全然考えてなかったはずでしょ。

でも言ってしまった。つまりは伝わってしまった。

本心ではない?

ううん、考えてはなかったけど、本心ではないわけじゃあない。

だからといっていいという訳でもない。いや、言えてしまったならそれはそれでいい気はするのだけど、やっぱり反応された時の事を考えるとやっぱりよくない。


「……。じゃ、じゃあ、あの……その時は、お願いするね?」

「…………うん」


……。

元々実束の方を向いていた訳ではなかったけど、それで私は実束から正面に意識を向けた。

それ以上話すことも思いつかなかったし、また変なことを言わないうちに会話を終了させた方がいいと思った。

実束も正面を向いたようだ。

沈黙。

どんな顔をしているんだろう。

どちらが?

どちらも?


「…………」

「…………」



……それを知る由はない。

知らないでおいた方が多分いいんだろう。心の健康の為に。




………………………………。




沈黙のテーブルを気にすることなく、実房さんはマーガリンが塗られた食パン、もといトースト、目玉焼きとハムを次々と並べていった。

朝食である。素晴らしく朝食。文字通り素晴らしい。


「どうぞ召し上がれ。先に食べてていいから」

「……いただきます」

「いただきまーすっ」


そっとトーストを持って、口に運んで……焼けた生地に歯が突き刺さる。

Good.

いい音だ。

そして内側に隠れた適度なもちもち食感がやってくる。もうそれだけでトーストって美味しいよね。香ばしさとはこの事よ。生地の甘みがよくよくわかる。

でもそれだけではない、このトーストにはマーガリンが塗ってある。

そう、マーガリンが、塗ってあるのだ。

更に言うならば……適度に染み込んでいるのだ。

一口目は当然最も外側からの侵略。耳も嫌いではないが、別に好んで食べるほどではない。

美味しさを損なわせていると言いたいのでもない。耳は決して邪魔者ではないのだから。私が言いたいのは……そう…あくまでも私にとって耳は前座であり……本命は中心部にあるということだ。

二口目は一口目のその先へと乗り込む。耳の城壁を超え、ついにマーガリンをたっぷり蓄えた領域へ達する。

捕食範囲を進ませ……歯が突き立てられ……かぶりつく。

音。焼けた生地が音を立てる。だけどさっきと違う。それだけでは終わらない。

生地が切断されるその瞬間、じゅく、と噴き出すものがある。

マーガリン。

これをジューシーと言わずして何という。そんなたっぷりじゃない方がいい?そうですか。私はこっちが好きなのです。ちょっと多めのこちらの方が。

しかし、焼いて、マーガリンを塗っただけでここまで香りが良いものが作れるとか最高ではありませんか。マヨネーズとか塩みたいにわかりやすい味ではない、どちらかというと落ち着いた風味に近いマーガリンの味も好き。いかにも朝食らしい。

たまにはこういうものもいい。手抜きとか思われがちなマーガリントーストではあるけど別に味が悪いとかそういうことはない。ないはずなのです。全くもって捨てたもんじゃない。

下手に色々乗せるよりおいしいまである。値段や具材の数、手間は味に直結しない。料理する人にとって残酷で冷酷なことではあるけど、事実そうなのだ。

中々難しいものです。


「…………」

「…………」

「……なんですか」


とか考えていたところ実束と実房さんがこちらを見ていた。じーっと。

そのほんわかした表情はなんですか。……いや、待て、確か昨日実束が……

…………。

……いいや、もう。私がどんな顔してたって美味しいものは美味しく食べるべきだ。

それに実束たちの前ならまぁ、そこまで悪くは…ない。他の人の前では絶対に食べないようにするだけだ。


「……そういえば、実房さん。今日は用事があるって聞いていましたが」

「あぁ、それなら起きてすぐキャンセルしてきたわ」

「えっ、そうなの?」

「あんな事があったら話を訊かない訳にもいかないでしょう。大丈夫よ、大した用事じゃないから」

「そっか…」


実束もキャンセルは予想外だったみたい。まぁ、だから部屋に侵入されたんだけど。

部屋に侵入されたといえば、どうして鍵を開けられたんだろう……と思ったけど、それは気にしても仕方ない事と考え直した。現実的ではないけれど合鍵とか作ってても不思議ではない。

この枳実房という姉がテンプレ通りの性格だったら、多分。


「というわけで、今日は予定を変更し情報交換の日にしました。二人ともそれで問題ないかしら?」

「私は大丈夫だよ。汐里は?」

「平気。私もそのつもりだった。こちらも話さないわけにはいかないし」

「よかった。じゃあまず…」

「ああ、ごめんなさい。ひとつお願いが」


自分にとって良くない流れになりそうだったので咄嗟に挙手して止めた。

自分らしくもない行動だと言ってから思ったけど、まぁ、良しとしよう。


「なに?」

「少しだけ待ってくださいませんか?食べ終わりますので」

「あ、別に急がなくていいのよ。ゆっくりと…」

「そうではなくて、食事に集中したいので」


…………二人にきょとんとされた。

冷静に考えたら妙な発言だ、いつも通りだけどそういうのとはまた違くて。

でもこういう時ってなんて言うのが正解なの?私わからない。

わからないなら仕方ない?わからないなら仕方ない。わからないなら仕方ないよね。

なんか自分の中で納得がいった。安心感。これで良いんだ。

良くないね。自分の中で納得がいってもそんなものは自分以外からの反応で容易く崩れる。

どうしよう。

どうしようもない。

いつも通り後悔しつつこれから襲いかかる現実に身構えるしかない。

と考えていた所、二人はなんか軽く笑った。

侮蔑の意は感じられない。


「ええ、どうぞ。私もゆっくり食べるとします」

「冷めちゃうしね」

「……………」


二人は朝食に集中し始めた。

…………私も食べよう。




………………………………。




どうして目玉焼きというものは美味しいのだろう?

焼いただけ、焼いただけだ。塩と胡椒。文化によっては醤油。でも美味しい。ご飯食べれる。

ハムもそうだ。目玉焼きと一緒に出されると何故か美味しさが何割か増大している感覚がある。ご飯食べれる。

どちらかというとパンを主食としては食べられない私であるが、もちろん嫌いとかそういう話ではない。 先程大変美味しくいただいた後だし。

ここで疑問がひとつ。そも、主食というものは全ておかずで食べたりするものではないのでは?

パンは白米と同じような食べ方をしているか、と言われると(普段パンをあまり食べないのもあるが)思い当たらない。

そして他国の料理を考えると米であっても日本のように米だけ食器に盛られている、というものがあんまり思い浮かばない。大抵何かおかずに当たるものが盛り付けてあったりするイメージがある。

もしや日本の米の食べ方は日本特有のものなのか。


……と、考えるのは暇つぶしのネタとして取っておこう。


朝食が終わって、片付けが終わって。

テーブルには朝食時と同じように私と実束が並んで座って、反対側にはやっぱり同じように実房さんが座っている。

今日の主題。情報共有の時間だ。


「さて」

「うん」

「はい」

「早速、教えてもらいたいのだけど。貴女達は、あの世界についてどこまで知ってるの?」

「……私が実房さんに話したこと以外で言うと…生き残った後についてですね」

「それ以外は話したんだ」

「大体ね」

「じゃあ私から話すね。生き残った後の事だけど、基本目覚めた後あの世界での事は覚えていないみたいなの。夢みたいに」

「でも、私は覚えているから……」

「うん、お姉ちゃんも、私も、汐里も特例。今のところの仮説だと…能力持ち?は覚えているみたいなんだ」

「私は光を放つ力、汐里ちゃんは力を増幅させる力、実束が…鉄を出す力、だったっけ?」

「そうそう」


と言って、実束は差し出した手のひらから鉄を噴水のように出してみせた。


「うぉぅっ」

「こんなこともできるよ」


様々な形に鉄が変形する。槍、星、ちくわ。

……ちくわ?


「なるほどなるほど……大体理解できたわ。でも、いつからそんなことできるようになってたの?」

「初めて出したのは……いつだっけ?かなりちっちゃい頃からできてたよ。隠してたけど」

「よく隠せてたね」

「秘密の能力ってわくわくしない?」

「わかる」

「でしょー」

「……話、戻すよ」

「あ、はい」「うん」


何の話だっけ。

……そう、そう。能力持ちの人の話。


「…………何か能力を持っている人は、あの世界のことを忘れない。同時に、一度でも行ったら毎日眠るたびにあの世界に行くことになります」

「毎日…毎日、あそこで戦ってるのね」

「うん。……汐里に会うまでは毎日じゃなかったけど、今の所ずっと連続だね」

「そう……あれ?最初から一緒じゃなかったのね」

「ああ、そうそう。私もまだあそこに行ったのは昨日で…5回目。です。実束は…」

「正直覚えてないなぁ。汐里は今週の月曜日から毎日だけど、私は一月くらい前からだし…」

「待って。実束、そんなに前から一人で?」

「…うん」


……実房さんの表情が少し険しくなる。


「……えと、お姉ちゃん?」

「…………なんちゃって」


と思ったらすぐ普段の表情に戻った。


「なんで相談してくれなかったのって思ったけど。できないよね、こんなの。タチの悪いことに夢の中なことだし」

「でも、せめて何かあるって匂わすことくらいはして欲しかったかな?寂しいもの」

「…ごめんなさい」

「許します。一人でよく頑張ってきたわね、実束。……汐里ちゃんもありがとうね」

「あ…はい…」

「そして…これからは遠慮なく相談して頂戴な。私にできることならなんでもやるから」

「ありがとう…でも、それはお姉ちゃんも。向こうでわからないことあったらなんでも訊いて。わかることなら教える」

「ええ、よろしく」


……こういう時、何言えばいいのかわからなくて困る。

多分何も言わなくていいんだろうけどさ。


「……」

「……」

「……なんの話してたっけ?」

「なんだったかしら」


ああもうぐだぐだ……


「……毎日。眠るたびに、あそこに行く事になる。そういう話でした」

「ああそうだった。さすが汐里」

「何がさすがなの……。……まぁ、だいたい知ってることはそのくらいです。後は話した通り、そして見た通り。あの化け物達は私たちを襲ってきます。目的はさっぱりわかりませんが」

「ふーむ……あ、襲われると言えば汐里ちゃん!肩の傷は——」

「もう痛くないです。そうだ、傷についても話さなきゃ」


そこの話をするのも忘れていた。

あの蜘蛛に軽く刺された肩を触ってみるけど、やっぱりもう平気だ。


「あの世界での傷についてですが、こっちに戻って来た時に外傷はありません。ただ、痛みだけは残ってるみたいで…」

「……精神だけ飛んでる、みたいな?」

「私も今のところそう考えてます。向こうで死んだらこっちでも死ぬのもそれっぽいですし」

「うーん……とりあえず、何が何だかわからないって感じなのね。まるで、自然現象にでも巻き込まれているような」

「そだね……」

「……はい」


そう、そこが問題。

現状、対処をするだけであの世界がなんなのか、どうやったら終わるのか。それが全くわからない。

それにわかる気配も無い。

わかりやすい敵役でも居てくれればよかったんだけど、今のところ現れる素振りも無い。


「…………よし」

「?」


実房さんが何か決心したような様子。

なんだろう。何か思いついたか。


「二人とも。提案があります」

「はい」

「なに?」

「あの世界に、名前をつけましょう」


…………。


「それ、今ですか?」

「今しかないでしょう!こうして三人が集まってゆっくり会議できる時間なんて今後あまり無いはずよ。第一あの世界あの世界って言うより固有名詞があった方がなにかと便利よ。それに」

「それっぽいから」

「その通り!……………………だめかしら」


……別に、私に了解を求めなくたって良いんだけど……

というかなんでそんな子犬みたいな顔をするのですかあなたは。

そこまで重要なことなのですか。……いや、そこは私がどうこう言えないか。うん。

じゃあ価値は考えないとして、どうです私。


「……良いですよ。停滞するから幾分かマシだし……」

「やったわ実束」

「おめでとうお姉ちゃん」

「で、何か案があるんです?」

「よくぞ訊いてくれました汐里ちゃん!もちろん考えているわ、えぇさっき思いついたのよ」


実房さんはそれっぽくポーズを取りつつ……明細な描写は省く。私にとって特に得にならない情報だし。


「私はずっと思っていたわ。あの世界はまるで夢のよう。夢を見るように連れていかれ、夢の中のような化け物が跋扈し、しかし意識ははっきりとしている……私は知っている。夢の中で夢と自覚する夢、それを」

「明晰夢」

「…………。」


固まった。


「……私は知っている。」


仕切り直すんだ。


「夢の中で夢と自覚する夢、それを明晰夢と呼ぶと!」

「……だから、明晰夢って呼ぶんですか?」

「いいえ」


ここで実房さんはそれっぽく私を制止する。そしてあまり手のひらをこちらに向けないでいただきたい。怖い。力んだ拍子になんか出そう。

さっきも思ったがシャレにならないのです。


「一捻り、一捻り足りないわ汐里ちゃん。明晰夢なんて呼んだら……普通の明晰夢と見分けがつかないじゃない!」

「…………」

「だから私はここに一つ文字を加えるわ。明晰夢のようで異なるもの、未だ何もかもが不明な夢のような何か……」


「……私は、あの世界を……不明晰夢と呼ぶ!!」


……不明晰夢。


「……って訳なんだけど……どうかな汐里ちゃん」

「わかりました。気に入りました。それでいきましょう」

「えっほんと!?」

「え、汐里が素直に……」

「その反応はなんですか。……普通に気に入ったら普通に気に入るよ」


まぁ、本音を言うとそういう反応はちょっとは予想してた。普段の自分の行動を省みると。

でも気に入ったものは気に入った。明晰夢だったら駄目だったけど。不明晰夢は良い。

私は、あの世界を夢とは認めていない。これっぽっちも。

あれは私の夢じゃない。

夢を見ているというのに何にもできないんだから。

世界が全く明るくないんだから。

だから、あれは夢じゃない。悪夢を見ているんじゃない、夢を見る代わりに連れ去られているんだ。

……不明晰夢。相応しいじゃないか。

実際に口にする事はなくとも、その認識は強く持っていよう。

実房さんは不明晰の部分を強調したいんだろうけど、私は明晰夢ではない、の部分で取らせてもらおぅわっまぶしっ!?!!??


「汐里ちゃん」

「はいなんですか、そしていきなり光を向けないでください凄まじくびっくりしました!!」

「いやーぼーっとしてるから……」

「だからって…あーもうはい、気をつけますのでもうやめてください。でなんですか」

「汐里ちゃんがぼーっとしている間に次なる案を実束が思いついたの」

「……」


顔を向けて“なんですか”と思う。

すると実束はぐでぇとしながら話し始めた。


「いやねぇ、とりあえず行動を起こそうと思ってさ。つまり…汐里。改めて実験しよ」

「……今から寝ると?」

「そゆことー……」


あー、そういえば実束完徹だったっけ。

まだ朝の……時計を見ると9時。それでも眠そうだし、問題なく眠れるだろう。


「……いいよ、わかった。実房さん。今後の方針ですけど、とりあえずできそうな実験を片っ端からやりませんか?」

「それしかない、わね。ええ、それでいきましょう。……ところで実験って、やっぱり?」

「…………他意は無いですからね」

「…………」


難しい顔をしてる。

おそらく内側では激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。


「……そうね、他意はないよね、知ってる。知ってるわ。えぇ」


とりあえずの納得はいったようだ。


「じゃー…うん、今度は私が先に寝た方がいいよね。先行ってるから、汐里は後から」

「はい。…おやすみ」

「おやすみなさい」

「はーい」


実束が若干ふらつきつつ二階、自室へ戻っていった。


「で、実房さんは……実房さんも寝てみます?」

「私はちょっと眠れそうにないかなー……汐里ちゃんは眠れるの」

「私は、まぁ。寝ようと思えば」


それはもうぱたんと。

いつからかは忘れたけどできるようになっていた。

寝ようと思ったら眠れるのは結構便利。ただ中々眠ろうと思える場所には来れないし普通に眠る時以外に役立つことはない……なかった。

あんな風に役立つとは全く思っちゃいなかったよ。


「寝ようと思えば寝れるって…地味に凄いわねそれ」

「えぇ、地味に。最近は特に眠い…いや眠いじゃないけど…睡眠欲が満たされていませんし」

「ん、よく寝れてないの?」

「寝れてはいます。でも、夢を見れていない。それが結構な、結構なストレスで。おまけに毎回あそこで追いかけられるし…」

「……。そういえば、汐里ちゃん。汐里ちゃんは、なんで二次元的な台詞が嫌いなの?言ってたわよね」

「それですか……実束にも訊かれました。色々理由はありますけど、直感的に感じるのは違和感、ですね。在るべきじゃないものがある気持ち悪さ。そういう面で言うと今実房さんも気持ち悪いですけど」

「えっ」

「……そんな顔しないでください、実束よりも程度は低いです。……あ」


そう言って自分で気がついた。実房さんの違和感と、実束の違和感。大きさが違う。違和感の感じ方…色に例えようか。それとは別に、強弱がある。

そして実房さんの方が小さい。かなり。


「…………実房さん。言い忘れてました、というかはっきり言うの忘れてました。私、その……現実に相応しくないもの、を。違和感として感じ取れるみたいなんです」

「そうなの?…ああ、それで化け物の位置とかわかってたのね。それで?」

「実房さんや実束からもその違和感は感じられるんですけど……実房さんから感じる違和感は、実束よりもすっごくちっちゃくて」

「…………小さいとな」

「はい。それで、ただの直感なんですけど」


違和感が大きいって事は、それだけ現実に相応しくない要素が巨大である。

そう考えたら、小さな違和感の意味する事は。


「実房さん、私がいないとほんのちょっとしか発光できないかもって……最悪を考えると出ないかペンライトくらいの光量になるんじゃないかって」

「……汐里ちゃんが周囲にいないと、私はただの一般人同様と」

「その可能性があります。だから、向こうでは注意してもらえると…」

「ありがとう……ところで私にもその、違和感?っていうのわからないものかしら」

「さぁ……」


私も何となくで使ってるだけだし、結局これが能力なのかただの感覚なのかはわからない。

能力持ちの人達は皆できるのだろうか。

そう思っていると実房さんが目を閉じて瞑想を始めた。


「……………………」

「……。」

「……………………うん、さっぱりわからないわ!」


だと思った。

でも私としても実房さんや実束にもわかってくれたら助かるのでもう少し粘ってみる。


「なにか、わかりません?私とかなんか変な感じしませんか?」

「いいえ、これ以上なく家って雰囲気だわ。ザ・我が家。慣れた空気。違和感全く無しよ」

「そうですか……」


そこまで言うのなら本当に全くとっかかりもないほど何も感じないのだろう。残念。

後で実束にも一応訊いてみよう。それじゃあ先に……


「なら、仕方ないですね。……そろそろ寝た頃だし、私行ってきます」

「ええ、おやすみなさい。私は…そうね、能力の練習でもしているわ」

「わかりました。では、失礼します」


椅子から降りて、階段へ。

……今思うと、あの世界に行くようになってから……あぁ、不明晰夢を見るようになってから、か。そうなってから朝から眠るのは初めてだ。

それも一つの実験になる。

謎は山積み。これで山の端っこでも崩れてくれれば良いのだけど。

実束の部屋の扉。

ノックはするべきか。しないべきか。……いやするべきでしょう普通は。でも控えめにね。

軽く、二つ。

…………。返事無し。じゃあ入ろう。

何となくこっそりとノブを回し、音を出さないように開いて入室。極力音を殺して扉を閉める。鍵は…一応しよう。


部屋の中、朝寝ていた部屋の中。カーテンが陽の光を遮っているから薄暗い。

実束はベッドの中ですやすやと眠っていた。ちゃんと眠っているみたいだ。

そして眠っている場所はベッドの端の方、半分ほどスペースが空いている。私が入る場所を空けてくれていた。

……今更だけど、こんなに近くで眠る必要とかあるのかな。理由を考えたらまぁ近ければ近い方が良いっていうのはわかるけど……

いや、色々考えるのはやめよう。ぱっと入ってぱっと寝る、昨日と同じ。

ベッドに近づいて、毛布に手をかけて。

めくって、身体を入れて、自分を毛布で包む。

終わり。


「…………」


……あったかい。そっか、昨日はほぼ同時だったけど今回は時間差がある。実束の体温がベッドの中に移ってるんだ。

………………。

いい、や、いいや。気にしない。もう一回一緒に寝たんだから。しかも抱っこしながら寝たんだから。

なんで今それ思い出した。

私眠ったらまた抱っこするのかな。

とか考えなくていいから。いいの。

そう、いいのです。気にする前に落ちてしまえ。

そういう葛藤をするのは私の仕事じゃない。そういう主人公が沢山してください。モブの葛藤なんて誰も欲しくないでしょう。

ほら目を瞑って、身体の力を抜いて、抜きなさい。外側の事は気にしない気にならない、私にとって最重要事項は内側の世界。

閉じこもって扉を閉めて鍵をして、もやもやが世界を覆って満たして全てが曖昧になる。

毛布にくるまって取り繕わず、内側で目を開きましょう。

さようなら現実。見たくないけどまた会いましょう。

おやすみなさ————





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