七話 ゲージ溜まってたら投げから即死入れるのもやめて







フリーズした思考。だけれど私の意識はまだ眠っていなかった。

全身を串刺しにされたショック(比喩)で機能が低レベルにまで落ちたんだ。だけど、それももうすぐ復旧する。

水風呂に放り込まれるのと同じ。嫌でもしばらくそのままでいれば順応する。

針山でも同じことが言えるのかどうかは実際に放り込まれてみないとわからないけど、まぁ、死ななければいずれ慣れるんじゃないかな。

そんなわけで処理・受け入れがある程度終わった私の意識は表に出る。

座らされたソファの上で、ゆっくりと眼を開く……


「…」

「…あっ」


…………流石に。びっくりした。

眼を開けたら目と鼻の先に知らない人の顔があったら流石にびっくりする。

でも私は逆に冷静になった。確か実束みつかは姉を呼んでくるとかなんとか言っていた。この人がそうだろう。

私はソファに座っている。この人は私の顔を覗き込んでいる。

状況からしてよくあるアレだ。いきなりテンプレ行動ですか。


「……」

「……おはよう?」


目の前の人が何か言った気がするけどここで私は慌ててはならない。一種の流れができている以上とことん逆らわないと流される。

それはとても嫌だ。

なので驚きが表に駆け出す前に大外刈りを決めた。ついでに上四方固め。大人しくしなさい。

そして表では無言で目の前の人の肩を押した。どいてくれた。よろしい。

でも何か喋り出したからよろしくない。しかも一瞬聞いた限りテンプレ台詞だ。早急に言い訳が無用な旨を伝えて黙らせた。

撃たれるのが厄介な攻撃なら撃たれる前に潰す。STG含めたアクションゲームで基本となる戦術の一つだ。

でもこの人今のところテンプレ行動しかしてない。もしかしてそういうタイプの人なの?うわぁ、相手したくない。

……無言のままなのはとりあえずまずいので挨拶と自己紹介。予想通りこの人は実束の姉の実房みおという事が発覚した。


さて。

この人がテンプレ的行動しか取らないと予測すると、私の顔を覗き込んでいた理由が考えられなくもない。

状況整理。この場には私とこの人しかいない。……実束がいない。

呼んでくると言ったくせに実束がいないのは何故だろう。一緒に来たって別にいいのに。

じゃあ実束がいると困る事をしにきたのかな。

実のところこの人の事は知らない訳ではない。実束の話にちょくちょく出てくるからだ。

その話を聞く限り実束はちょっと過保護ってイメージしか持ってないらしいけど、私からしたらこの枳実房という人間は実束の事を溺愛しているとしか思えない。危ない方向で。

しかもさっきまでのテンプレ行動。間違いないだろう。普通の人の事はわからないけどこういう人なら単純すぎて色んな例を見過ぎてわかりやすい。


……間違いないだろうと思ったけど、できれば現実でそういう人が存在して欲しくないし、願いを込めて仮定、としておくけれど。


現実において願いは裏切られるものだから意味ないか。

じゃあ、はい。実束抜きで実束を溺愛している姉が私に用があるとしたらもうアレしかない。

妹愛護団体イベントだ。


………………いや、ほんとにいるの?そんな人?

流れをイベントに戻す為に私から何か用があるんじゃないかと伝えてみた。

すると目の前の人は急に雰囲気を変え……あーあーなんか見える炎エフェクトが見えるうっわほんとにテンプレ的台詞吐いたこの人ー……

願いはたやすく裏切られた。はい。目の前で起こっているならいい加減受け入れよう。ちくしょう。

なんか訊くことがあるとか言って実束との事について色々訊いてきたから適当に先読みして答える。知り合った経緯については流石にぼかすけど。

そしていい加減うざったくなってきたのでもう直接実束に近づくなとかそういう話なんでしょう的な事を伝える。

どうせなんか勝負するつもりでしょう。

なんか用意してたんでしょう。

そしたら答えた。


「そう、そうよ。……私が勝ったら実束から離れること。あなたが勝ったら……好きにするといいわ」


胃の中の物がせり上がってきたので真空投げを決める。もう一度。もう一度。もう一度。あなたは上がってこなくていいから。

思わずため息が表に出てしまったけどこれは仕方ない。液体を吐かなかっただけで健闘した方だと思ってほしい。

適当にやって適当に終わらそう……はやくこの人から離れたい……

こんな台詞言いたくないけど何で勝負するのかを訊いた。

すると、目の前の人はテレビの方を見た。そこにあったのは……

…………。

……ほーう?



何のゲームか訊いたら格ゲーと答えた。ほう。

アケコンを持ってきてくれたけど拒否した。私には扱えないし、使う気もない。

ゲーセンとか行く気ないもの。アケコンの方がやりやすい?そうですかそうですかどうでもいい。

私は普通でいい。そんな極める気もない。

このくらいがちょうどよくて、このくらいが楽しいんだ。私にとっては。


私は相手と同キャラを選んだ。大体は相性が互角になるので。

さて、わざわざこのゲームを用意したと言うことは腕に覚えはあるのだろう。

久々の生の対人戦。楽しみ。

相手が何か喋ったけどそれははたき落として、始まる。


まず飛び道具を撃ってきた。出方を見るつもりで守勢に回る。

で、空中から……じゃあ次は下かな。

ビンゴ。

そのまま小足連打…飛んだから立って防ぐ。足元を見てれば割と反応できる。

そして落ちるべきタイミングで落ちないのを見て飛び越えるのを見越して前+下×を入力して…またもやビンゴ。見事に頭の上を飛び越えようとした相手に当たる。

すぐさま飛んでエリアル……なんか喋ってる?どうでもいいってか何故喋るの。

あんましダメージ伸びないけど空中ヒット始動だし仕方ない。適当に起き攻めから投げ。

成功。またコンボ。投げからのコンボだし補正がきつい。

コンボ完走。次は突進に見せかけてキャンセルして投げ。

また成功。二回連続で投げるのは意外と決まる。投げ抜け仕込まれてると中々うまくいかないけどね。

同じコンボをして……そろそろ暴れるか。

起き上がりにダッシュで近寄って予想される敵の技手前で反対側にキー入力。

予想通り飛んだ。ガード。隙だらけ。

次のコンボで終わるけどバースト残ってるね。一発ちょっかい出して離れて、うん。

1ラウンド。

……………………よわっ。


「…………………」


2ラウンド目。


次何したいか丸わかりだった。わかりやすい。とても。

そうなると私のする事は作業になる。

ただ殴って、あしらって、殴って……急激にやる気がなくなってきた。

何故?弱すぎるって言ったって、こんなんじゃないはず。やる事がバレバレとはいえやろうとしている事は割と練度の高い立ち回り。

流石にネット繋いで対戦してるだろうし、自信があるならそこそこ高い段位で戦ってるだろう。

なのにこの攻めの単調さ。

とても勝つためとは思えない……ん……いや、もしかして勝つためなの?

2ラウンド目終わり。パーフェクト。


「…………………」


3ラウンド目。


この人は私を圧倒したいんだろう。完膚なきまでに叩きのめして、勝負に完全に勝利したいんだろう。それは当然。

けれど、その勝負はゲームの試合の方ではなく先ほど私に挑んできた方。

この人の心は、勝ちへの意識は、この試合へではなく……

……なるほど。それなら動きが疎かになるのも納得がいく。この人単純だしそんなところだろう。

つまりは。

この人は。

ゲームに意識を向けてない。

適当にやってる。

………………なるほど。


コントローラーを置いた。

久々に苛ついた。

久々に喋る気になった。


「……なんのつもりなの」

「やる気をなくしました」

「やる気……って貴女」

「やる気をなくしたと言ってるんです。この試合に意味を見出せないと言ってるんです。この時間に意味を見出せないと言ってるんです」


思ってる事がそのまま口から漏れていく。


「あなたの動きが単調すぎます。早く終わらせようとしているのが見え見えです。次にやることが手に取るようです。初心者でさえシステムさえ覚えれば勝てそうでしたよ」

「あなたは勝つことに執着している。まぁ当然そうでしょうねあなたは勝たなきゃ目的を達成できないでもしかしです」


あぁ、まるで二次元みたいな台詞吐いてるなーと自分でも感じるけど、今更止まれない。


「それじゃあ駄目ですよ。よりにもよって格ゲーにその精神で挑むとか自殺するようなものです。……まぁ、それはいいです、もう。私の話をしましょう」

「あなたが何か勝負をしかけてくるのは分かりました。だから適当にあしらおうと思ってました。私が実束から離れたところで、あなたにとって残念ながら恐らく実束は勝手に私の方に寄ってきます。ほんとです。私から実束に近寄ったことなんてないんですから。だからどちらにしろ関係のないことでした。……でも私は勝負を受けました。何故か。ゲームだったからですよ」


漏れ出る、漏れ出る、漏れ出る。

段々と勢いづいてきて、自分でも何が言いたいのかわからなくなっていく。

そしてただただ心中を吐き出したいだけが残る。

一方的な言葉の投擲は、独り言へと変わっていく。


「つまりは単純なことです。遠回しに言っても伝わらないでしょうしそのまま言いますと遊びたかったんですただただ。だってゲームですよ。楽しまずにどうするんですか。だというにあなたは焦りしか抱いてないし。退屈でした。とても退屈でした。壁を殴ったって何にも楽しくないんですよ。私がしたいのはゲームであって擬似的な戦いであってなんの駆け引きもない何の読み合いもないさっきのは全く求めてない。ゲームは好きとても好き、だって夢に近いもん現実じゃないもん少しだけ手が届く非現実だもん私にとっての癒しで救いで、それをおまえはあろうことか穢しにかかったもう逃げ場がないのに夢が見られないのに唯一の」「………あ…あのー…?」「黙って」「はいっ!?」


そこにあなたの言葉は最早必要ないだから黙らせ……

………………今の反応。


「……って……あー、もー………」

「…………冗談です。黙らなくていいです」

「は、はい」


脳裏に数日前の記憶が蘇って、それで溢れ出す言葉にブレーキがかかった。

あぁ、そういえば、この人たちって姉妹だったね……。


「……まとめます。まとめますよ。いいですか?」


お陰というかなんというか、強引すぎるけど会話する流れに修正する気になった。

結局私の言葉なんてただの自分勝手な意味のない誰かを困らせるだけの独り言だ。特に今みたいな時のは。

だから、言っても言わなくてもどうだっていいものだ。そして今はひとまず言うのをやめた方がよさそうだ。

実束に同じことしたら困る顔が頭に浮かぶ。

それは、まぁ、いい気分じゃない。


「えと、はい」

「私は、ゲームがしたいです。これで遊びたいです。勝負は負けでいいです。異論は」


聞く気はあまりないけど訊いた。


「……試合は私の負けだったわ。それは覆らない」

「ごめんなさい言い方が適切じゃなかったです。ぶっちゃけ勝負とかどうでもいいのでさっさと殴らせてください」

「…………………」


聞いてみたけどやっぱり聞く気はなかった。再確認。


「…………わかった、わかったわ。了解しました」


そして観念してくれたようだ。勝負の事もひとまず頭から抜き取ってくれるだろう。そうじゃないと私が楽しくない。

ようやっと私の求める遊びができそう。



………………………………。



ゲームに集中した彼女の実力はやっぱり相当なものだった。

ラウンドを取っては取られて取り返して取り返されて。

そんな漫画の世界みたいな、って思うかもしれないけれど実際よくある。多分、精神の状態もかなり関わっているんだろう。

互いにキャラはランダムで決めて、ひたすら試合を続ける。

目の前で止まる事なく変化し続けるパズル。しかも解き方を偽装してくる。それが解と勘違いして突っ込んだら返り討ちだ。

そしてそれは私も同じ。上手いこと引っかかってくれた時はそれはもう楽しい。

下手すれば煽りとか舐めプとか思われるような行動もあるけど私が楽しいから良いんです。

例えばそう、突進技キャンセル


「!」


突進技キャンセル突進技キャンセル


「は、えっ」


投げ!


「いやなんですかそれ!!!!」

「勝てばいいのです」

「こんっの……」


フルゲージ使った壮大な投げ。たのしい。

実際対応できてないし私悪くない。ふふん。


「……………。」


画面が暗転する際に背後が黒い画面に映る。

実房さんは熱中して気がついていないけど、さっきから実束がにまにまして私たちを見ているのだ。

これが私を家に呼んだ目的だったの?

……いや、多分ついででしょう。私を家に呼んだ主題はあの世界で離れ離れで目覚める事に対しての対策案を試す、ということ。

実束は多分嘘を言う性格じゃない。……にしても、どこまで思い通りなのやら……

……まぁ、ともかく、今回は私にも得はあったし。

今はその非現実的なにまにま顔は不問とし見逃してあげる事にする。


さて……次は何をしてやろうかな。




………………………………。



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