六話 5Cから9割持ってくのやめて








私はからたち 実房みお

からたち 実束みつかの姉。

高校三年。

妹を愛する普通の姉です。

今日も今日とて実束の為に夕飯を作ろうとしていた最中、実束からのメールに私は驚愕したのでした。


『この前言った友達、泊まりにくるから!』


泊まりに。

泊まりに、くる。

一つ屋根の下に。

高校二年生二人が。

……これは危機でもあり、チャンスでもある……すぐに私はそう思った。

予想外に関係の進展が早いが、逆に言えばこちらが仕掛けるチャンスも早く回ってきたという事になる。

実束が言っていた“特別な友達”……睦月むつき汐里しおり

その実態を、その人物を見極め。そして追い払う……!




「お姉ちゃん」


精神統一をしていた私の背中へ妹の声がかかる……

……来たわね実束。

……来たわね睦月汐里。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「連れて来たよ。会ってみたかったんだよね?」

「えぇ。こんなに早く会う事になるなんて思ってなかったけれど。わざわざ機会を作ってくれたのね、ありがとう」

「ん、まぁ、それもあるけど……ともかくともかく。汐里はソファに居るからお話ししてて。今日は私がご飯を作ります」

「ほんと!?」


思わずぶぉんと実束の方を向いた。


「うん。たまにはね」

「そう、そう………じゃあ私は楽しくお友達とお話していましょう。楽しみにしてるから」

「任せてー」


陽気に返事をする実束の横を抜け、廊下へ。

扉を閉める。

実束は部屋着に着替えるのですぐには出てこない。

なので抑えていた感情を思いっきり顔にだけ出した。

それは…怒り。心の底から湧き出てくる怒り。

実束が料理を作る?今日に限って?……睦月汐里に食べさせる為だ。それしかない。

しかも私がお礼を言った時少し返事を曇らせた。私が会ってみたいと言った以外に理由があるということだ。

それはなんだ?泊まらなければできない事?

実束は優しい子だ。そして同時に人を信用しすぎる面がある。何か騙されている可能性もある……許せない。

とりあえず実束の手料理を食べるのが一番許せない。うん、それが一番許せない。


「………………ふー……」


怨念を改めて心に溜め込み、それを原動力に変える。

一階へ向かう階段を一つ一つ踏みしめ、少しずつ外敵のいる階が近づいてくる。

さぁ、さぁ、さぁ、覚悟はいいか睦月汐里。我が家のソファにふてぶてしくも居座っているという睦月汐里。

お前が如何なる方法を取ろうと……私を納得させられるなどと思わないことだ……!





「」

「………………」


見たことない誰かは確かにソファに存在していた。

実束と同じ制服の、腰に届くほどに黒髪を伸ばした少女が確かにソファに座っていた。

いや、座っている、けど。


「」

「…………んー…?」


見間違いじゃなければ、錯覚じゃなければ、これ白目向いて気絶してません?


「…もしもーし?」

「」


声をかけても反応なし。

気絶してる人にはどう対処すればいいんだろう……いやそもそもなんで気絶してるんだろう……

さすがにこれは予想外っていうか…救急車呼んだ方が良いのかしら……実束この状態で放っておいたの……?謎が多すぎる……

とにかく……えっと……起こしてみる?


「……ちょっとー?」


ぺちぺち、と頬を叩いてみる。

2回。4回。6回。

8回。16回。24回。40回。64回。

……駄目だ起きない微動だにしない。頰がちょっと赤くなってきたのに気がついて中止した。

一体何があったの……叩きまくってしまった頬を軽くさすりながら次はどうするか思案する。

今のうちに家の外に運び出すとか頭に浮かんだけれどそれは流石に……だし。

じーっと顔を見つめてみるも何か良い案が浮かぶはずもなく。

じーっと……


「……」


……髪はあまり整えてないみたいだけど、顔は悪くないわね、うん。実束とは方向性が違う魅力ね。ちゃんと着飾れば「…」

「…あっ」

「…」


目が合った。


「……」

「……おはよう?」

「……………………。」


少しの間の後、無言で無表情のままゆっくり肩を押されてしまった。

そうされると後ろに引くしかない。


「えっと…下に降りてみたらあなたが気絶しているものだから心配し」

「言い訳は無意味ですのでその件については黙ってください」

「……」


黙らされてしまった。

そして見るからに不機嫌な顔に…全面的に私が悪いのだけど、全面的に私が悪いのだけど、その反応は困る。


「……お邪魔してます。睦月汐里です」

「あ、実束の姉の実房です」

「あぁ、たまに実束が話題で出してました」

「あ、あぁそうなのー…!」

「……」

「……」


……沈黙がとても辛い……


「……で、何の用ですか?」

「あ、え?」

「私に何か話があるんでしょう。それも実束抜きでしたい話が」


その言葉ではっと思い出す。

ペースを乱されて消えかけていた炎が再び生き返る…!


「……えぇ、そうよ。私はあなたに話があるの」

「はい」

「その為に……まずははっきり聞いておかなければならない事があるわ……」


まず、これが重要だ。

この返答によっては有無を言わせずに追い出す……!


「あなた…実束とはどんな関係なの?」「クラスメイトで知り合いです」


嫌そうな顔のままでノータイムの返答……しかしそれではまだ足りない!


「知り合った経緯は」

「急に声をかけてきました。私が教室の隅で一人だったのが目に付いたんでしょうね」


『教室の隅で一人』。

その文はかなり踏み入ってはいけない領域を感じさせた……俗に言う、地雷原……!

だけど、だけど、ここで止まるわけにもいかないのだ。


「実束からいつも一緒に帰っていると聞いて」「勝手についてくるんです」

「じゃあ最近実束はいつもあなたの話題」「知りません本人に訊いてください」「答えてくれ」「なら言いたくないんでしょう」

「ぐ、ぬ………!」


さっきから妙に反応が早い……相手のペースに飲まれてしまっている…


「……もういいでしょう。本題を言ってください。実束に近づくなとかそういう話でしょう?どうぞ」

「っ……」


しかも…………言いたい事を粗方言われてしまった。

一体何なのこの子は……まるで心を読んでいるような言動だし、さっき気絶してたし…

この子が実束に何かしたという訳じゃないの……?嘘を言っているようにも見えない目(あととてもめんどくさそうな不機嫌な)だし……


「…………。返事がないなら肯定と判断させてもらいますね。そして私はどうせあなたを言葉で説得はできないのでしょうね。違います?」

「……そう…ね……」

「はい。だから、私と何かで勝負をすると」

「ええ……」


なにもかもお見通し……というわけなのね。

ならば勿体ぶる必要もない。私は口を開く。


「そう、そうよ。……私が勝ったら実束から離れること。あなたが勝ったら……好きにするといいわ」

「はぁ」


……私が喋るたびにとても嫌な顔をするのはなんなの?


「で、なんです?」


私が目線をテレビの方へ向ける……そこにあるのは出しっ放しのゲーム機。

……いや、連絡を受けてから用意したものだ。


「……あのゲームで戦ってもらうわ」

「擬似的な決闘って事ですか」

「そんな認識で構わないわ」


彼女は驚いた様子もなくすぐテレビ前に移動し、敷いてあったクッション……をどかして座った。


「なんのゲームですか」

「格闘ゲーム、と言えばわかるかしら?」

「まぁ、大体は」


私はゲーム機を起動し、コントローラーを準備する。

テレビの脇に置いておいたアーケード用のコントローラーを二つ取り出し————


「私は普通のでいいです。それ使えないので」

「……そう?」


アーケード用のコントローラー…通称アケコン。その名の通り、ゲームセンターのアーケードゲームのコントローラーを模して作られたコントローラー。

格闘ゲームにおいてアケコンは必須とまではいかないにしろ、通常のコントローラーより入力のしやすさなどの点から見て推奨されるものだ。

ハンデを貰ったようで少し気になるところではあるが、私は私の全力で戦うのみだ。

コントローラーを接続。画面に映し出されたゲームは有名どころの、平均的なものと比べると連続攻撃……コンボを主体とした格闘ゲームだ。

世紀末とか言われる系統のやつである。分からなかったら調べてみてほしい。分からないと思う。


「経験はある?少し練習させてもいいけれど?」

「多少やったことあるのでいいです」


彼女はコントローラーを持ち画面から目を離さない。……でも、顔から不機嫌さが消えているような?

……対戦モードを選択。ここからキャラを選ぶが……当然どのキャラもそれぞれ個性的な性能をしている。キャラによって有利不利も存在するが……彼女は誰を選ぶのかしら。

私は使い慣れたキャラを選択する。パッケージにも写っている刀を武器とする主人公格のキャラ。主人公らしく全体的に性能が高く扱いやすいキャラクターだ。

そして……


「……同キャラでいくのね」

「公平の方が都合がいいでしょう」


彼女は、私と同じキャラクターを選択した。

彼女が公平を選んだのか、単に自分の全力が出せるキャラを選んだのかわからないが……いいでしょう。

同キャラ戦は技術力とキャラの理解度が浮き彫りになる。

この戦いで勝った方がそのキャラをより扱えていると言えるでしょう。


「…………」

「…………」


……始まる。


「三本先取よ、準備はいい?」

「そういう台詞やめてください」


ラウンド1……スタート!

同時に私はコマンドを入力。飛び道具を放った。

彼女はそれをガード…そこにジャンプして空中からの蹴りを入れる。

それもガードされる、が、まだ反撃は許さない。

着地と同時にしゃがみながらの蹴り……下段攻撃だ。立ち状態のガードでは防げない攻撃。

彼女はそれも防ぐ。

ほう?ならば下段二回からの…小ジャンプ空中攻撃!これはしゃがみでは防げな……


「!」


これもガード!?見切られた!

多少やったことはあるとは言っていたけど…今のに反応してガードできるのは多少やった程度じゃできないことだ。間違いなく初心者ではない。

……空中ジャンプ。頭を飛び越え一旦距離を取ろう。


「…あなた、このゲーム何時か


<ぐほぁっ


ぁんっちょっ!?」


質問しようとしたら、いや空中ジャンプで距離を取ろうとしたら対空技をやられた!上半身無敵+空中ガード不可っていう空中から襲ってくる敵の為にあるような頭おかしい攻撃!

しかも刀を振り上げるから範囲が頭おかしい!私も同じキャラなんだけど!このゲームやりこむと頭おかしい技ばっかりってわかるけど!

……い、いや、落ち着こう。こんなものは日常茶飯事だ。

画面では私のキャラが先ほどの対空を起点にコンボを喰らっているが死にはしない。このゲームは触られたらレバーを離すような馬鹿げたものではないのだ、一応。

問題はそう、異常な反応の速さ。ガードもそうだけど対空の入力も速すぎる。空中攻撃をガードした時にはもう入力済みだったんじゃないかとまで思う。

……コンボが終わる。私のターンだ。

起き上がり側まずはガー


「あっ」


掴まれた。投げ。ガード無効。投げ抜けの入力間に合わない。

コンボが始まった。

待って、落ち着こう。投げは掴まれてから反応できる程度の猶予はある。落ち着いて、落ち着いて入力しよう。意識しよう。

ほらコンボが終わる。起き上がる前に彼女がスライディングのような技を放つのが見えた。こんどこそガー


「えっ」


ゲージを使って行動キャンセル。掴まれた。投げ抜けの入力間に合わない。

コンボが始まったまたコンボが始まった!

そこでキャンセルする!?そこで!今のタイミングで!

このままではまずい。流石に次コンボ入れられたら持たない。

次は何をしてくる?投げはもう使ってこないはず。三度目は通じないと思ってるはず。

起き攻めで攻撃してくるなら私は迎撃すればいい……ちょうどいい技がある。出始め無敵の切り上げ攻撃。

これで一度吹っ飛ばし、体勢を立て直す…!コンボ終わり!向かってくる……!


「あっ」


彼女は向かってきて私の攻撃をガードした。

つまり私は一人で飛び上がった。この技は無敵がある代わりに攻撃後は隙だらけなのだ。

体力は残り少ない………だが、だが、まだ手はある。

一度使ったら長時間使えない喰らい中でも発動が可能な吹っ飛ばし技……バースト。

コンボを叩き込まれたら終わりだが、数発受ける程度ならまだ耐えられる。

隙だらけの私に攻撃が入って……今!!


「あっ」


彼女は攻撃を一発入れただけだった。バーストをガードされた。

隙だらけな私に重い一撃が叩き込まれた。



………………………………。



「えっ」


こちらの攻撃の最中に差し込まれた。



………………………………。



「あっ」


訳の分からない攻撃でガードを崩された。



………………………………。



「あ…」


投げだけで倒された。



………………………………。



「…………」


最終ラウンド。

私は一度も彼女に攻撃を当てることができていない。

こんなはずじゃなかった。

圧倒するつもりだった。

それで、実束から……


…………私は一体、何をしているのだろう。

これで負けて、きっと彼女は実束に事の顛末を話す。

実束はなんて思うかな。実束は……


「……」


「……?」


……彼女のキャラの動きが止まった。

あと一発。コンボを完走すればそれで終わるのに。

最後の一発を入力せずに、見れば彼女はコントローラーから手を離している。

表情は、また不機嫌そうな顔。


「……なんのつもりなの」

「やる気をなくしました」

「やる気……って貴女」

「やる気をなくしたと言ってるんです。この試合に意味を見出せないと言ってるんです。この時間に意味を見出せないと言ってるんです」


彼女は画面を見たまま話し出す。


「あなたの動きが単調すぎます。早く終わらせようとしているのが見え見えです。次にやることが手に取るようです。初心者でさえシステムさえ覚えれば勝てそうでしたよ」

「あなたは勝つことに執着している。まぁ当然そうでしょうねあなたは勝たなきゃ目的を達成できないでもしかしです」


淡々と、でも、段々と熱を込めて。


「それじゃあ駄目ですよ。よりにもよって格ゲーにその精神で挑むとか自殺するようなものです。……まぁ、それはいいです、もう。私の話をしましょう」

「あなたが何か勝負をしかけてくるのは分かりました。だから適当にあしらおうと思ってました。私が実束から離れたところで、あなたにとって残念ながら恐らく実束は勝手に私の方に寄ってきます。ほんとです。私から実束に近寄ったことなんてないんですから。だからどちらにしろ関係のないことでした。……でも私は勝負を受けました。何故か。ゲームだったからですよ」


口を開いて、言葉を発する……そんな簡単なことを彼女はさせてくれなかった。私が喋る前に威圧的に言葉を紡ぐから。


「つまりは単純なことです。遠回しに言っても伝わらないでしょうしそのまま言いますと遊びたかったんですただただ。だってゲームですよ。楽しまずにどうするんですか。だというにあなたは焦りしか抱いてないし。退屈でした。とても退屈でした。壁を殴ったって何にも楽しくないんですよ。私がしたいのはゲームであって擬似的な戦いであってなんの駆け引きもない何の読み合いもないさっきのは全く求めてない。ゲームは好きとても好き、だって夢に近いもん現実じゃないもん少しだけ手が届く非現実だもん私にとっての癒しで救いで、それをおまえはあろうことか穢しにかかったもう逃げ場がないのに夢が見られないのに唯一の」「………あ…あのー…?」「黙って」「はいっ!?」

「……って……あー、もー………」

「…………冗談です。黙らなくていいです」

「は、はい」


何が何だか……ほんとに何が何だかわからないけど、彼女の雰囲気が少しだけ和らいだ……気がした?

少し喋るのをやめたかと思ったら、彼女がコントローラーを取ってメニュー画面を開く。


「……まとめます。まとめますよ。いいですか?」

「えと、はい」

「私は、ゲームがしたいです。これで遊びたいです。勝負は負けでいいです。異論は」


流されっぱなしだった調子を無理やりにでも戻し、思案する。

……やはり、私が勝負を持ちかけた以上は、公平にしなければならない。

結論は出た。


「……試合は私の負けだったわ。それは覆らない」

「ごめんなさい言い方が適切じゃなかったです。ぶっちゃけ勝負とかどうでもいいのでさっさと殴らせてください」

「…………………」


……。

この子……もしかして、頑固なの?

画面はキャラ選択の画面に戻っていた。

本当にやる気なのね……


「…………わかった、わかったわ。了解しました」


私は観念してアケコンに手を添えた。

強張っていた身体から力が抜けていくのを感じる。一緒に毒気も抜けてしまった気がする。

さっき燃え上がっていた炎も何処かへ行ってしまった。

負けでいい、と言っていたけど……彼女のことは、とりあえず保留にしておきましょう。

判断できる材料は他にもある。

それは、試合の最中にでも訊いてみるとしましょう……



………………………………。

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