四話 クレイジーな人力モーター四輪車





目を開く。

いつも感じるはずの浮遊感が全くないのは気持ち悪い。

そしてその地に足がついた感覚が私が今いる場所を示す。

やっぱり、案の定、予想通り、だ。


「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


まずは超ため息。それで気分を切り替え状況確認に移る。

やはり私も実束みつかと同じように、また“あの世界”に来てしまった。もう二回目だ、いちいち戸惑ったりしない。

そして……昨日と同じく、また嫌な感じがする。


「…………右の方に嫌なの…怪物。で、後ろの方向に…」


呼称確認。嫌な感じ……正確に言うならば、そう……違和感だ。

何となく、現実に似合わない気配がわかる。数はわからないけど、気配がする方角がわかる。

これも何かの能力なんだろうか。それとも普通に嫌だから?ほら、人間ってそういう気配がわかる時あるし。うん、これは特別なものじゃない、誰でもできる事だ。そうしとこう。

何にせよ、活用しない手は無い。

何となく気配が近づいてきている。この感じ、こちらにむかってきているのは怪物だ。どんな怪物かはわからない。

そしてその気配とは別の方向。こっちの気配は、嫌だけどひとまずは受け入れた感覚……多分実束だ。

私が今最優先ですべき事は実束との合流。

よし、確認完了。というわけでそっちへ向かう。



走っている途中、こんな何の根拠もない直感らしきものを信じてよかったのだろうか、とふと気がついた。何故だか信じ切ってしまっていた。今向かっている先に居るのが怪物である可能性も十分にあるのに。

まぁ他にアテも無いけれど。でも昨日みたいに向こうからやってくる可能性も……いやいや、そんな幸運が二度も続くものか。

…………いや。いやいやいや。そういえば、今の所この世界だとご都合主義な事しか起こってない気がする。

ならば、むしろそういうテンプレ的な展開を自分から呼び寄せる方向はどうだろうか。例はそれなりの量を見てきたからフラグ立てはできなくもない。

うん、アリな気がしてきた。非現実には非現実的な行動で対応するんだ。

そうと決まればまずフラグ立てだ。

今の状況を確認しよう。

私は今怪物に追われている。一人で。走り出してからすぐに見つかって逃げているところだ。

まずはこれだけで一定のフラグにはなるだろう。しかしこれではまだ足りない。このフラグは状況によって死亡フラグになり得るからだ。

つまり他のフラグをどうにか立てなければならないのだけれど、ここで一つ問題が浮上してきた。

走ってからどのくらい経っただろうか……私の身体は限界に達しつつあった。

そもそも追われているというか、距離を詰められているというか。走りだして大体四秒辺りからもうろくに走れてないというか。

現実で走るとか無理に決まってます。私にアクションを求めないでください。


「うぐふぇっ」


無理に動こうとしたため足がもつれて前のめりに転んだ。痛い。

アスファルトが恨めしい。きっとこいつの本分は地面じゃなくて大根おろし作るアレと同じだ。

大体こういう地味に痛々しい奴は趣味じゃない。やるなら例えば腹パンとか捕食とか二の腕もぐもぐとかにしてくださいな。私にはしないでね、反応が良い人にやってね。

……といつも通り現実逃避していると、まぁ当然だけど怪物が目の前に迫ってきた。ゆったり寝返りを打ち、その姿を確認する。

今回は猪?相変わらず黒いし、やっぱり巨大な牙がついている。

このままあの猪が突進してきたら、私はあの牙に撥ね飛ばされるか貫かれるかで無事では済まないだろう。

さて、どうしよう……と言ったって、どうしようもないのだけれども。やれる事は全てやったし、もう何にもできない。私に許された行動はその場で待機のみ、だ。

怖くはない。

もう私の頭の中は今日見れたかもしれない夢の事で一杯だったから。猪の事は一目見た後にすぐ忘れて、妄想に浸っていた。

だってほら、パニックになりながら撥ね飛ばされるか夢見心地で撥ね飛ばされるかって言ったら後者の方が良いでしょ?

詰みなら詰みで諦めて、より良い心持ちでその時を迎えるのみ。

そっちの方が幸福だと、私はそう思います。


汐里しおりーっ!!」


よっしゃフラグ立て成功!そんなつもり無かったけど結果的に成功!生きてるって素晴らしい!

仰向けで倒れている私の横を液状の鉄が這い、突進してくる猪の足元から鉄の壁が勢いよく飛び出た。猪は顎にアッパーを喰らったかのように仰け反り、そのままひっくり返る。

そして、この鉄の量からして……


「汐里、ごめん遅れた!大丈夫!?」

「だいじょゴッフェアス」

「ほんと大丈夫!?」


……実束は私の後ろに駆け寄ってきてくれていた。

私の走りも無駄ではなかったんだね。それとなく報われた気分。

とりあえず休ませてください。喋ると咳き込むくらいには息が切れてます。

私は震える手で鉄の壁を向こうを指差す。


「……わかった、まずはあっちね」


察してくれた実束は私の前へ立ち、その場にしゃがんでアスファルトに手をつく。

同時に猪が鉄の壁を踏み台にして高く跳んだ。そのままこちらを押し潰すつもりなんだろう。

しかし、跳んだのは失策だ。

空中の猪めがけ、アスファルトから……アスファルトに流れた鉄から無数の槍が伸びたのだ。

いくら怪物といっても空中ダッシュとかは持っていないらしい。

猪は槍に身体中を穴だらけにされ、空中で消滅した。


「よし……汐里」


事を終えた実束は鉄を仕舞った後私を引っ張り起こしてくれた。


「歩ける?」


首を振る。


「歩けない、と……うーん、どうしようかな」


少し困った様子の実束へ、私は咳き込みながら一つ提案を出す。

私の運動能力的にこうなる事はなんとなく予想はついてたので、対策は考えておいた。

実束の力が私の思った通りの能力なら……多分、いけるはずだ。




「すごい、すごいよこれ!こんな事考えもしなかったよ汐里!」


と、私の前で実束がはしゃぐ。

今私たちが乗っているものの説明をしよう。

まず、人が二人縦に並んで座れる長方形の箱を用意。内部にはちゃんと座るところを作る。

箱の四隅に車輪を取り付ける。

先頭に(別にいらないんだけど実束が勝手にやった)ハンドルを取り付ける。

車輪付きの箱という名の鋼鉄カートの完成です。原動力は実束。

能力で鉄を伸ばしたりできるなら車輪を回したりもできるはずと思ったのだけど、まさにその通りだった。あと不安だったのが人二人乗せて動けるかだったけど、馬力は充分なようだ。もしかすると私の能力でそこらの力も増幅してるのかもしれない。

しかし……何よりも驚きだったのが、多分今まででいちばん複雑な構造だったであろうこの車を一度説明しただけでするりと作ってしまった事だ。

鉄を出すときどんな感覚で形を作ったり操ったりしてるかは知らないけど、思ったよりこの人凄いのかもしれない。四輪駆動だし。

そんなこんなで、鋼鉄カートはがちゃがちゃ音を鳴らしつつ爆走中です。実束が走るよりも速いし私は疲れないし良いことずくめ。

……そういえば、実束は能力で疲れたりはしないのかな。


「……ところで、能力を使って疲れる事はある?」

「んと、出すだけなら平気だけど、あんまり激しく動かすと疲れるかな。あっ、今は全然疲れないよ!汐里のおかげかも」

「…なら良かった」


私も今のところ疲れる感じは無い……先ほどの逃走時の疲れを除いて。体力が少なければ回復も遅いんです。

私の事はほっといて、実束が疲れないというならば遠慮なく指示を出せる。

実束が走り、私は怪物がいる方向を指示する。中々良い役割分担ではないだろうか?


「そこ右に…」

「はいはーい!」「ひぃっ!?」


と思ってたらぎゅおんとT字路で急カーブ。

カートが傾く。倒れるんじゃないかと冷や冷やしたが、がごぉん!!急に正常な姿勢に修正される。

何の音だ、と思って通った場所を見てみればアスファルトに一つ穴が空いていて……まさか、カートから新たに鉄の棒やらなんやらを生やして無理やり修正?


「……実束、車作るのほんとに初めて?こっそり練習してたりしない?」

「初めてだよ?」

「……そう」


……嘘を言っている様子も無い。

という事はもしかしてこの人、直感で大体なんでもできてしまうタイプの……


「いた!」


その声ではっとする。実束の横から少し顔を出せば、進行方向にまた猪の怪物が見えた。

誰かを襲っている様子は無い。今のうちだ。

降り……


「…えっ、ちょっ、実束」


止まらない。カートが止まる気配が無い。

何をするつも


「………!!」


見えちゃった。

進行方向に出現した、鉄のざらざらした坂。

言い換えればジャンプ台。

それが前に出現した。

ならば次に何が起こる?

愚問。私は無意識のうちに実束にしがみついた。


「飛ぶよーっ!!」

「知ってまずぎゃあああああああ!!??」


浮遊感。一応現実でも体験可能だけど、日常からはかなり離れた感覚、つまり嫌いな感覚。

第一、眠るときのあのふわふわした感じとは全く違う。飛んだから飛んで


「あああああああああ」


落ちるから落ちるだけの無機質な感覚だもの。

もう実束にしがみつく事しかできない。それで私の身体はキーロック。信号を受け付けません。

だからカートが空中で停止しても全く気がつかなかった。


「……よし、ぴったし」

「…………」

「汐里ー。もう大丈夫だよー」

「へ……え、えっ」


落ちると思っていたものだから、静止している風景に違和感を覚えた後ようやく気がついた。

しがみついたまま下を覗けば、カート下部から伸びた複数の槍が地上の猪を貫いてい…あっ、猪消えた。

空からの奇襲……こんな事までできちゃうのか。

そしてそもそも飛ぶ必要はあったのか。まずそこである。

そんな事を考えていると槍が縮んでいっているんだろう、少しずつカートが地上へ降りていく。


「さてと、次次。汐里、今度はどっちかわかる?」

「………………はい」


見つけたらまた飛ぶんだろうか。

そう思いつつも、今日を終わらせるために言わないわけにはいかないのでした。

とりあえずいつ何をするかわからないので、実束にしがみつくのはやめなかった。側にいるより触れている方が力が強くなると思うし、他意は無い。無いったら無い。

いつの間にか私がくっつきやすいようにカートの内側の構造が変わっていた事には……まぁ、気がつかないふりをしておく。

そっちの方が恥ずかしさはマシな気がする。





「汐里」

「…ん」

「汐里はさ、この世界って何なんだと思う?」


今日は猪だらけ。

爆走しつつまた鉄が猪を串刺しにするのを眺めていたら、不意に実束がそう話しかけてきた。

この世界は、何か。あの怪物もそうだけど、確かに私たちはこの世界について何も知らない。

私に言えることがあるとすれば……


「……わかんない。わからないけど、少なくとも夢の中じゃないよ」

「そうなの?私はそんな気がしてたんだけど…」

「ううん、夢じゃない。それだけは確実」


夢なら違和感なんて感じるはずも無い。

それに、何より……「何もできない」もの。


「何もできないって?」


あ、あれ、口に出してた?


「……そ、現実じゃ何もできない」

「現実じゃ……それじゃあ、夢の中だったら何かできるの?」


言うか言うまいか、少し迷う。

他人にはひとまず言わない事だけど……実束なら、まぁ、言ってもいい、かも。


「……何でも」

「何でも……って、夢の中なら普通じゃないかな?」


当然の返答が帰ってきた。私もそうは思うんですけどね。


「そうだけど……私のは、ちょっと違う気がする。実束、明晰夢って知ってる?自覚夢とかも言うらしいけど」

「ううん、分かんない」

「簡単に言うと、夢の中で『これは夢だ』、って気がついた状態。半分寝てて、半分起きてる感じかな。ちょっとだけ意識が目覚めてるから、ある程度夢の中で自由に動けるの」

「へぇー……」

「けど…私のは、多分それとも違う。ある程度どころか、本当に自由に動ける。やりたい事ができるし、見たい夢も自在に見れる。夢を見ているんじゃなくて、『夢』っていう世界に入り込んだ感覚」

「私が見る夢は毎回そう。現実でできる事もできない事も全部できて、嫌な事は無くって。何もかも思い通りだし、無意識に任せれば何が起こるかわからない夢も見れる。そこは文字通り夢の世界で、文字通り夢があってね」

「思い返せば今まで色んな物語があったなぁ、この前は王道な勇者モノだったよ。私が一応主人公目線だったんだけど濡れ衣で処刑されちゃってさ、それで終わりだったよ。まさか主人公が濡れ衣処刑でストーリー終了するとは思わなかったけど夢なんてそんなものだし………」

「…………あっ。あ、えと、ごめんなさい。楽しくなってた…」


気がつけば話す事に夢中になってしまっていた。実束が置いてけぼりだ。

だけど、実束はこちらを向き、笑ってくれた。


「ううん、もっと話してくれても良かったのに。……汐里、夢の話をする時はほんとに楽しそうだね」

「……楽しいもん」

「うん、そんな気がするよ。そんな風に話されると私もちょっと見てみたくな


ずごぉん!!!


「くぉっふ………!!??」

「…………。……前見て走ろっか」

「……はい……」


思いっきり塀に衝突しました。

スピードはそこまでではなかったので被害は実束がつんのめるだけで済んだ、が心臓に悪い。

バック。


「あっち?」

「…うん。……大丈夫?」

「大丈夫大丈夫……話の続きだけど」


しがみつくのやめようと思ったけど、何か起こった時何も掴んでないと怖いのでやっぱりそのまま。方向を変えてカートがまた走り出す。


「夢じゃないんなら、私たちはなんなんだろう?」

「……なんなんだろう、って?」

「そのまま。夢の中の自分ならまだ納得できるけどさ、そうじゃないんでしょ?」

「……まぁ」

「じゃあなんなんだろうなぁ……あ、汐里。この世界で怪我したら、起きた後痛みだけが残るって話したっけ?」

「…してない」


初耳だ。


「そっかしてなかったか。えーっと……例えば、この世界で飛ぼうとして跳んで落下して膝を擦りむきます。そしたらね、起きた後何にも怪我はないのに膝がひりひり痛むんだよ。まぁしばらくすると痛みが無くなるんだけど……」

「…………」


……妙に例が具体的なのは置いといて。怪我はないけど痛む。痛みだけが残る……なんだっけな、いつだったかそんな話を見た気がする。


「……次にここに来た時に、怪我はどうなってるの?」

「無くなってるよ。だからあんまり気にしてなかったけど…汐里、何かわかる?」

「ちょっと待っ……て、何で私に頼るの?私まだここに来て二日目だよ?」

「だって汐里、私の言いたいこと先読みしたりこの車考えたり、私より頭良さそうだもん。私、こういうの考えるの苦手でさ」

「……………」


……ほんとにこの人あまり考えない直感タイプか。

今までも多分何か考えるよりも先に手を動かしてたんだろうな。そして実束、私は基本馬鹿ですよ?

考えつくことが無いわけでは、無いけれどさ。


「……じゃあさ、仮説。仮説ね」

「あっやっぱり何か——」「前」「あっはい!」


……油断も隙も無い。


「…………決めつけるのはできないけどね。私たちの身体、生身じゃないかも」

「というと?」

「ほら、眠り病……あれって多分ここでの犠牲者でしょ?ここで死ぬと現実でも死んでる。でも現実の身体に外傷は無いって」

「それって…そっかそっか、考えてみれば私の膝と同じだね」

「……飛ぼうとしたんだ」

「あっ。」


うん、ほっとこう。


「…………私が思うに、精神だけここにいるとかそういう話だよ、多分。精神、って曖昧すぎるけど」

「なるほどー…そういえばいつの間にか制服だもんね、私たち」

「…………うん」


…………いつの間にか。

私の服……制服?制服…特に変わったところも無いブレザーの女子制服。

うん、別におかしな所は無い。無いけど……なんだろう。私は何が気になったんだ?

いつの間にか制服……いつの間にか……じゃあその前は……


「汐里、猪居た!」

「……ん」


思考放棄。暴れるであろうカートに備えて実束にしがみつき直した。

気配が近づいてくる。いやまぁこちらが近づいているのだけれども。

さて今度は何をする?あんまり激しいのはやめて欲しいが……

と思った矢先にがごぉん!!と激突音。浮遊感は無かったが、横に跳んだのはわかった。振動と音からして地面へ杭か何かをぶつけて跳んだんだろう。

なんのために?横へ跳んだカートは塀に衝突……したが。


「ひぇぇ」


横を見れば、塀が動いている……のではなく、カートが塀に張り付いて走っていた。いやどうやって?

……塀の方だけでなく足元からも振動。これは、あれですか。側面にも車輪を付けた感じですか。通った跡を見てみれば塀に小さな穴が大量にある……棘付き車輪で無理やり張り付いたんだ。足元の車輪は補助輪か。

で、こっから何するの。


「ムラサメェェェ…………」


そんな実束の声が聞こえて、はっとして塀とは反対側を見る。

そこには広げた翼のように横に伸びた鉄の剣。なんか細かいことに文字が彫ってあるけど読めない。

だけど何をしたいかは理解した。剣の先に居るのはもちろん猪だ。

ていうか、実束、それは、危ない。

反射的に息を吸い————


「ラ 「ぴいいいいいいいいい!」 ガァァァァァ!!」


…………人力ピー音修正は成功しただろうか。

加速に加速を重ねて加速したカートはそのまま剣……刀?を猪に突っ込ませた。

まさに一刀両断!……だったんだと思う。見えません。

ともかく突っ切ったって事は両断したんだろう。それは良い。良いこと。

問題は……


「実束ああああ!!!」

「大丈夫大丈夫ー♪ひゃっほぉぉぉ!!」


大丈夫なわけあるか速い速い疾い早い疾い速い候い!

ぎゃがががががががと凄い音を立てながらなおも走るカート、速度からして衝突ぺしゃんこバッドエンドしか頭に浮かばない!そして塀が終わる、って事はまたT字路!今度こそ曲がりきれないよこれぇ!


「曲がれない曲がれない曲がれない曲がれない」

「曲がらない!」


曲がらない!?曲がらないって何!?全部突っ切りつもり!?

と心の中で突っ込むと同時に、一つ曲がらない選択肢を思いついてしまった。

曲がらないって事は障害物を無視するって事だ。障害物を無視するには……


「こんの超ひぽぽたまぁぁぁす!!!!」

「えっなにー!?」


私がとても遠回しに罵倒すると共にカートは夜空へ飛び立った。ジャンプ台、再び。

ああ……知ってる。見た事ある。なんかこう、宇宙人が自転車に乗って月を背景にした感じのアレ。今それのカート版やってる気がする。そんないつも通りどうでもいい事をぼんやりと考える。

叫ぶだけ叫んで、なんか逆に落ち着いてしまった。

屋根を越えて、電柱を越えて。地球の外側に少しだけ近づく。


「……汐里」

「…なんですか」

「私たち今、飛んでるよね?」


……なんて嬉しそうな顔で言うんですか。なんて楽しそうな顔で言うんですか。


「……うん。飛んでるね」

「だよね、あははっ。……ありがとね、汐里」

「……なにが?」


突然のお礼に思わず訊き返す。

実束は笑顔のまま、だけど少しだけ表情に影を見せた。


「汐里はよくわかんないと思うけど、私ずっと一人で戦ってて、誰にも言えなくて。ぶっちゃけ寂しかったんだ」

「…………」

「だからね、その、汐里には悪いけどさ。私、汐里が来てくれてすっごい嬉しい。汐里が一緒に居てくれて嬉しいの。だから、ありがと」


なんて事をまっすぐ目を見て言ってきた、少しだけ、それでも少しだけ恥ずかしそうにしながら。


「…………正直なんだね」


私はそんな言葉を絞り出すのが精一杯だった。


「そうかなぁ」

「私は会ったばかりの人にそんな事言えないよ……」

「あ……うん、確かに会ったばかりだ」

「なにそれ…」

「なんだかもう、汐里って他人の気がしなくって。……迷惑かな」

「…………」


……まぁ、そこまで迷惑じゃない、けど。普通に、嬉しいけど。

そう思った。


「…………実束には、助けてもらったから。文句は言えないよ」

「あ……やっぱり迷惑だよね……」

「っ……迷惑じゃない、って言ってます!」


思わず叫んだ……言ってからすぐさま後悔する。

ああもう。こんな、こんなテンプレートな会話をする事になるなんて。

私のせいだけど。


「……!そっか……ならよかった♪」

「…………うぅー…」


結果的に私に大ダメージだ。

顔から火が噴き出そうとかいう表現があるけど、多分今はそういう状態なんだろう。場所が場所だから実束から手が離せないし。

このままだと死ぬかもしれない。さっきから見つめてくる実束から目を逸らしつつ。


「……………実束」

「なぁに?もう降りる?」

「いや、降りないで。…………私から見て右斜め後ろに一体」

「?」

「……見えるでしょ、ここからなら。その奥にもう一体」


今いる場所は遥か上空。最上部に達した瞬間にカート下部から伸びた鉄が私たちをその場に静止させていた。

あのまま放物線状に落下していたらどうなっていた事か。

そもそも鉄が地上に届かなかったらどうするつもりだったのか、鉄の強度で足りるのか……不安要素は次々と出てくるけど、実束は普通にやってのけてしまった。

何かしら能力への強い信頼があったんだろう。……ん?それってつまり、私への……

…………考えない考えない。


「あと……支えの鉄に集まってきてる」

「……なるほど、了解!一気にやるよ!」


もとよりそのつもりです。

もうなにを考えても恥ずかしくなる気がする。ならば殺られる前に脱出するのみだ。

そうして私は実束へおおよその位置を伝えていき、実束はそれらを認識していく。

一気に全て貫く。そして今日は終わり。

うん、それが良い。あんまり長居はしていたくないし。


「……終わり。あとは、お願い実束」

「おっけー。……あっ、そうだ」


まだ何かあるのか……と思ったら、実束が身体ごとこちらを向いた。

……嫌な予感。違和感の方じゃなくて普通に嫌な予感。


「しつれい」


と。


言って。


がばっ、と私を抱きしめてきた。


胸が押し付けられる。

ほっぺがくっつく。

実束の腕が身体に巻きつく。


「……………………………………!!!!」

「……もしかしたら、足りないかもしれないし。もっとくっつけば、もっと出せるようになるかもって」

「……………………………………」


事前に言いなさい。

そして最後の最後でお前は。

最初わりかし普通の人と思ってたけど、とんだ間違いだった。


この人……私とは違う方向に頭おかしい……!!!




鉄の槍が四方八方に射出される音が聞こえた。

私の目に映ったのは夜空に浮かぶお月様。

髪の毛から香る匂い。

暖かな感触。

それらを感じながら、身体のスイッチがぷつんと切れた。





……………………。







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