二話 受け入れたくないけど仕方ない
獣がよろめく。
更に、獣の頭部を内側から無数の剣が突き破った。ハリセンボンのように。
「……よしっと」
剣を手放して、獣が剣と一緒に消滅して…立ち尽くす私の元へ歩いてきた。
「大丈夫?怪我ない?」
「……………」
目を合わせないし答えない。喋りたくない。
「えーっと、あなたは…………えと……」
そんな私を見て、実束は何かを言おうとしたらしかったが、止まっている。
何に困ってるのかは想像に難くない。
「……
「あっそうそう!汐里……て、あっ…」
「…………別にいいよ。忘れてもらってた方が、良かったから」
「………はは」
ごまかし笑い。話しかけなきゃ良かったのにね。
だけど、どうやらまだ話しかけてくるつもりらしい。
「その、汐里ちゃん」
「汐里で良い」
「……うん。汐里、何が何だかわからないと思うけど……」
「嫌だ」
「……えっ?」
反射的に拒否反応が出た。
その台詞を知ってる。その後に続く台詞もわかる。
何度も何度も空想の世界で見てきた「流れ」だから。
「“何が何だかわからないと思うけどとにかく今は私から離れないで。さっきの怪物を倒さないと殺されちゃうから”。そんなところでしょ」
「……。ま、まぁそうですが…」
それを聞いた瞬間、身体中に嫌悪感が走る。堪らなくなって頭を抱える。ぶんぶん振る。
「現実でそんなテンプレートを使わないで、現実なら現実らしく何も起こらずに……ああもう嫌だ嫌だ何でこんなことになってるのあなたが悪いこの場所が悪い、私が悪いやだやだ誰だこんな事したのふざけるなせっかく割り切ったのにせっかく分けたのにバランスを取ったのに唯一の楽しみさえも奪う気か私が何をしたんだ人の希望を根こそぎ奪ってそんなに楽しいのか」「………あ…あのー…?」「黙って」「あっはい!」
わかってます、わかってますとも。
異常な事が今起きている。それを私は受け入れなきゃいけない。
実束は私を助けてくれた。それを私は感謝しなくちゃいけない。
だけどそれがとても嫌。
異常な事が起きているのを受け入れたくない。私をまるでアニメのように助けてくれたのを受け入れたくない。
認めてしまえば、夢の楽しみが減ってしまう。
異常を現実として認めてしまえば、その分夢が特別じゃなくなるんだ。特別だからこそ夢は楽しいんだ。
「…………はぁぁ………あーあ………」
でも、受け入れなきゃ、仕方ない。
本当に嫌だけど、仕方ないのは仕方ない。
異常に遭ってしまった自分を呪おう。
「……えと、汐里…?」
「……ごめんなさい、大丈夫、落ち着いた」
「そ、そう…?」
まずは感謝だ。
「…………助けてくれてありがとう」
「あ、はい、どういたしまして……もう、平気?」
「…うん。ごめんなさい、変なこと言ってたよね。気にしないで。それで…改めて、ここの事話して欲しい」
「りょ、了解です。……うーん、調子狂うなぁ…」
実束の話によると。
詳しい事は不明だが、とある日から眠った後夢を見る代わりにここに来るようになったらしい。
ここにはさっきみたいな怪物が居て、あいつらを倒さないと目覚める事ができない。目覚めても自分以外の人はこの場所の事を覚えておらず、今の所一度ここに来た人は自分を除き再びこの世界に来ることは無かった。
そしてあいつらに殺されると……現実でも眠ったまま死亡してしまう、と。
もう説明の途中からその先の話がわかってしまっていた。よくあるパターンだもの。……現実でこのパターンを使ってほしくはなかった。
そこはもう何となく察せていたから、もっと気になるところを訊く事にした。
「それで……
「うん」
「さっきの……あれ。あれはなに?」
「あー、これ?」
実束が手の中に小さなナイフを出現させる。
頷く。それ以外無い。
「これはね、そのー…生まれつきできるようになってて。私もよくわかんないんだけど、金属?を出したり動かしたりできるの」
「………はぁぁぁぁぁ」
それを聞いて超ため息。今日一番のため息だ。
つまりこの人は所謂超能力、てか特殊能力を持っている。そういう事らしい。
そういうのは夢の中だけにして欲しかった。とても。とても。とても。非現実の筆頭中の筆頭じゃないか。夢の中でできてこその超能力じゃないか。現実でできたってどうせ不便な上に使い道も無い。持ち腐れにしかならないだろう。
……しかし今目の前にやって見せている人がいる以上、これも受け入れるしか無い。
軽く吐きそう。
「えーと…何か不都合な事が?」
「有ったけどあなたは悪くない私が悪い。気にしないで」
「……変わってるね」
「今更ですか」
ちょっと呆れる。第一変わってるのはあなたも同じだろうに。
「……ともかく、何となく状況はわかった。ありがとう」
「うん……じゃ、早速だけど付いて来て。眠くならないって事は、まだあの怪物がいるみたいだから」
「わかった……よろしくお願いします」
「任せといて」
そうして、私たちは夜の道を歩く。
実束は標準的な大きさの剣を持って先導する。さっきの話を聞いた限り能力は武器の生成及び操作のみ……となると、自分の力で振ってるのかな。
扱いにはなんとなく慣れてそうに見える。そういえば、実束は何度ここに来たのだろう。
「……これで、何日目?」
「ん?……んー、そうだなぁ、かれこれ一ヶ月は経ってるかも」
「その間……ずっと戦ってたの?」
「そうだよ、毎日じゃなかったけどね」
「……そうなんだ。……大変じゃないの?」
「って言ってもやらなきゃ起きられないし、仕方ないよ。それに誰かを助けられるなら……」
「…………」
……そこで実束の言葉が止まる。表情が険しくなる。
ああ、そうか。学校でのあの顔はそういう理由か。
どうしようか……その時の状況は知らないけど、安易に慰めていいものじゃない気がする。
自分の力が至らなかった。どんな事を言ったって、その認識が変わる事は無いはず。
「……実束」
それでも、何か声をかけようとした。
今思えば大失敗だったと思う。
こういう話をして、どちらかが名前を呼ぶ。
ただのフラグじゃないか。
どごぉん、と。
前の道の塀が何かによって吹き飛び、そこから飛び出す黒い影。
「っ!来た……って、えぇっ!?」
実束が驚愕の声をあげる。
理由は何となくわかる……出てきた怪物は、先ほどのとは比べものにならないほど巨大だった。
さっきのが一回り大きい狼なら、これは二回り大きい熊だ。同じように巨大な爪を持っている……見た感じ、今塀を壊したように家一つくらいなら体当たりで破壊できそうなサイズだ。
驚きようからして、今までこんな大きさの怪物は居なかったんだろう。
「う、嘘……」
「……」
私は……なにもできない。しようがない。
怪物はこちらを向き、爪を振り上げて……
「………!!汐里隠れ」
がぎぃん!!!
「てぇっ……!」
横薙ぎの一撃…だったように見えた。
実束が剣を、いや鉄を広げて盾にして爪を防いだ……が、踏ん張りきれずに吹っ飛んでしまった。
当然、その背後にいた私も巻き込まれる。
「……!」
そのまま実束は私を下敷きにして倒れ……ると思ったら、盾はさらに広がり私の背中にも展開される。
「ぐえっ」
ぎがががが!と耳障りな音を鳴らす鉄の板。おかげで私はアスファルトに身体を擦る事も頭を衝突する事もなかった。被害は実束の下敷きになった事くらいだ。
「ごめんっ!平気!?」
「大丈夫、実束は」
「平気!」
背中の鉄が伸びて実束の背中を押して起き上がらせる。鉄を出す事よりもそっちの能力の方がメインのように感じる。
というか、全体像は見えないけど相当な量の鉄を出している気がする。
「これ、こんなに出せたんだ…」
「え?……あれ、私こんなに出せな…」
「……そんな場合じゃなかった!」
ずしん。ずしん。怪物がこちらへ歩く音…及び、振動だ。
鉄が蠢く。実束の元へ鉄が集まり、先ほどの剣の形に戻る。
「ここで待ってて、何とかやってくるから!」
「あのっ、やれるの!?」
「やるしかない!」
実束が私をその場に置いて駆け出す。
怪物は向かってくる実束へ向かって巨大な爪を振り下ろす。
それを実束は転がりながらギリギリで避ける。
「ひぇっ」
外れた爪は地面へ轟音と共に突き刺さった。地面が揺れ、礫がこちらにまで飛んでくる。
あんなのに当たったら……想像をすぐに頭を振って消し去る。
爪を避けた実束は、そのまま二本足で立つ怪物の懐に転がり込んだ。
続けて剣を怪物の頭へと向ける。さっきみたいに伸ばして脳天を貫けば、きっと殺せるはず……
爪を引き抜こうとする怪物へ、実束は剣の刃先を槍のように伸ばす!
「………く…!」
「……?」
刺さった。刺さった、けれど………浅い。
剣が深部にまで届いていない。その様子に、私は違和感を覚えた。
何かが変だ……と思うと同時に怪物が叫ぶ。目に刃先が突き刺さったんだ。
爪を引き抜き、暴れるように地面ごと抉り取るようにもう片方の爪を振り上げる……実束は倒れながらも剣をまた盾のように広げ、どうにかそれを防ぐ。
「く……あぁっ!!」
しかし踏ん張れるような体勢じゃない。鈍く重い金属音の後に実束は空へ投げ出される。
空中で盾が姿を変える。実束の背中に沿って鎧のような形状になり……落下する。
「かはっ」
生身で落ちるよりかはマシだったんだろう。がりがりと音を立てながら私の近くまで滑ってくる。
「実束…!」
「……だい、丈夫」
すぐに起き上がった……怪物はまだその場で暴れている。パニックに陥っているようだった。
……実束を近くで見て、何がおかしいのかがはっきりわかった。明らかにさっき私を守った時より鉄の量が少ない。
手を抜く理由も思いつかないし、やりたくてもできなかったんだろう。
じゃあ、さっきは何故あんなに鉄を出せた?
今とさっき。違いは何だ。
「……実束。その鉄、その量が限界?」
「う、うん。そうだけど……」
「じゃあ、さっきは何であんなに出せたの?」
「わからない……今まであんな量は出せなかったんだけど…」
「………………そっか」
……じゃあ、多分。よくある展開に沿うなら。
「とにかく隠れてて、汐……汐里?」
後ろから実束の肩に手を置く。
「ごめん、守りながらじゃとても戦えな」
「そうじゃない。……構えて。剣を斜め上に」
「へ?」
「構えて!」
「はいっ!?」
実束が剣を持った両手を斜め上に。
怪物がようやくこちらを捉えた。
時間が無い。確証は無いけど、これにかけなきゃ多分無事で済まない。
「それで、思いっきり伸ばして!」
「思いっきりって…あそこまでは伸びないよ!」
「とにかくやってみてよ!きっとあいつを倒せるから!!」
「……わかった、わかりました!全力でやれば良いの?」
「そう!」
怪物がこちらへ走ってくる……!
「駄目だったら恨むよ……だりゃああああああああ!!!」
次の瞬間。
剣は、伸びるどころか、巨大化した。
一回り?二回り?そんなものじゃない、何十倍に。もはやそれは剣ではなく、言うなれば一軒家を易々と叩き潰す巨大な鉄の棒。
それが斜め上に出現したのだった。
「……ほえ?」
「……はい?」
実束と私で一緒に変な声が出た。
その……さすがにこのサイズは予想外だった、と言いますか。
怪物が足を止め、鈍い銀色の空を見上げる。
「あ……わわ、わ、」
「わわ、わわわわわ」
当然ながらそんな巨大なものを支えられる訳がない。
斜めに伸びた鋼鉄の棒は重力に従いゆっくりと————
私たちは悲鳴をあげる間もなく風圧で吹っ飛ばされた。
よく見えなかったけど、地面が凄く揺れたのと、炸裂音と酷く重々しい音が耳の奥を揺らしたのはよくわかった。
「……たた…大丈夫?」
先に起き上がったのは実束。
私を引っ張り上げてくれた。私もそれで立ち上がる。
「……痛いけど平気」
そう伝えつつ、先ほどの破壊の後を見てみる。ちょうど棒が消えるところだった。
「うわぁ……」
実束が声を漏らした。
……なんていうか、粉々だ。塀は潰れてるし、アスファルトは砕けてるし。
怪物の姿なんかどこにもなかった。潰れて死んだのは想像するまでもない。
兎にも角にも、助かったんだ。
ふう、と息を吐くと実束が話しかけてきた。
「……ねぇ、汐里」
「?」
「さっきのだけどさ、一体何をしたのかな」
「さっきの?……あ、えと……」
……と、続きを喋ろうした、その時だ。
「…………と……」
口を動かすのが億劫になる。頭の中にもやがかかる。
この感覚は知っている。毎日毎日心待ちにしている感覚……眠気だ。
「……今日は、これで、全部みたい…」
声が聞こえた。微かに見える視界には座り込む実束。
なるほど、これで眠れば元の世界に戻れるというわけか……
「………………」
……あぁ駄目、もう喋れない。お礼も言えない。脳が身体のスイッチを切る。
視界が閉ざされて、心地よい感覚が身体を包んでいく気がする。倒れる感触は無い。
意識は夢へ溶けていく。
……………………。
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