一話 そういう展開を現実でやらないでほしい




今日も世界は無色で味気なく何もかもが詰まらない。

それが現実。何も起こらない。それでいい。

現実はそうであるべきだ。

そうでなきゃ楽しみが無くなる。




考え事をしながら歩いていると、いつの間にか学校に着いていた。私の横をクラスメイトらしき人が通り過ぎた気がするけど特に気にしない。ほんとにあの人クラスメイトだったっけ。覚えてない。

イヤホンを外して校舎の中へ。


靴を履き替えて階段を登る。

中学の頃は階段を登る足が重い、とかあったなぁ。身体が拒否してた。

この高校に人を殴ったり蹴ったりして自尊心を保つような馬鹿な人は居ない。中学よりは安心できる場所だ。無論一刻でも早く帰りたいのは変わらないけど。


階段を登りきって通路を曲がり、教室に入る。

クラスメイトらしき人たちは私の事を気にしない。良い人たちだと思う。私も周りの事は気にしない。

私の席は端っこの方。窓側の席の一番後ろから一つ前。席替えの時に真っ先にここを選んだ。一番後ろだと何かと面倒が多いんだ。

席に座っても誰も私と会話しない。ありがたい。

程なくして先生が教室に入ってきた。クラスメイトたちは先生へ挨拶をした後また喋り出す。

私は何もする事が無いので窓の外を見つめる。

風景が見たいわけじゃない。私が見たいのは、自分の心の内側だ。


早く帰って夢を見たい。

自分で内容を決める事もできるけど、基本それはしない。夢は常に変化する。次に何が起こるかわからない。それが楽しい。

プレゼントの箱を開ける感覚と似ていると思う。毎日毎日、私の知らない私からのプレゼントが送られてくるんだ。

それは私が望んでいたけどすっかり忘れていたものだったり、欲しいものだけどうまく言葉にできないものだったり。

現実じゃこうはいかない。欲しいものなんか手に入らない。常に誰かとの奪い合いだ。

だから現実には何も望まない。そんな苦労する必要はない。


「………が」


今日もクラスメイトは騒がしいけど、別に今の時間に煩くてもいちいち苛ついたりしない。授業中とかなら話は違う。

昨日の夢は楽しかったな。帰ったら続き見ようかな。

さすがにあそこで切られると続きが気になる。というか私殺されてたけどあそこからどう収集をつけるのだろうか……


睦月むつき 汐里しおり

「はい」


…………反射的に返事をした。今日初めて声を出した。

見れば、いつの間にか先生が出席を取っている。全く気がつかなかった。

ともかく、そうなるともう考え事はできない。今日も学校が始まる。

今日は何曜日だったっけ。一時限目はなんだったっけ。詰まらない世界の事を覚えるのは大変だ。できるだけ意識も向けたくないし。

時間割を見ると一時限目は現代文らしかった。読み物は嫌いじゃないけど答えを確定させるのは大嫌いだ。

曖昧だから色んな世界が広がるんだろうに。確定させた結果死んでしまった色んな可能性が勿体無くはないのだろうか。

まぁ、今日も一人で没頭するとしよう。先生も私を気持ち悪がって指名したりはしないから楽だ。

ほんと、ここは良い所だと思う。





昼休み。


もちろん私は一人。

いつものようにイヤホンを装着しようとしたその時、教室へ先生が入ってきてクラスメイトに注目するように指示を飛ばす。

誰かが何かをやらかして説教かな。何か神妙な顔してるし。


「落ち着いて聞いてください。今日、休みになった……さんですが」


誰?


「親からの連絡があり、今朝死亡していた事がわかりました」


……クラスがざわつく。

そりゃそうだ。私も流石に少し驚いた。


「死因は最近流行している“眠り病”だそうです。皆さんも知っている通り、今現在原因不明の病気です」


眠り病、と聞いて少しだけちくり、と胸に何かが刺さる感覚。

先生の言っている通り、眠り病は突如流行りだした原因不明の難病だ。

なんの前兆も前触れも初期症状も無く、ある日眠るとそのまま死んでしまうという病気だ。

遺体には外傷はもちろん体内にもなんの異常も見られず、生命活動だけが綺麗に停止している……らしい。

文字通り眠ったまま死ぬ。そんな感じなんだとか。

様々な予防法が出てはいるが、どれも確実に効果があるとは言えないものばかりだ。今の所対処法がわからない以上防ぎようがない。ちょっとだけ怖くて少し安心して眠れないから困る。

今みたいに身近な所で犠牲者が出たらいよいよ他人事じゃないぞ、と誰かに言われている気がして嫌になる。ゆっくり寝させてほしい。


クラスのざわつきには次第に嗚咽の声が混ざり始める。死んだ人と多分仲が良かった人たちとかが泣いているのが後ろからだとそれなりに見える。

大事だったんだなー、と思いながらそれらを眺めていると、一人のクラスメイトが何だか目に止まった。

その女子生徒も涙を流していた……が、その表情にあるのは悲しみだけじゃなかった。

一番色濃く現れているのは、悔しさ。手をきつく握りしめて、自分を責めているような表情。

まるで死んだのは自分のせい、とでも言うかのような感じだ。それかなんかお金でも貸してて持ち逃げされた、みたいな?

…………とか思ってるうちに先生の話が終わったらしい。まぁ、内容は聞かずとも想像に難くない。注意しろー、とかそこらだろう。何にもできないのに。

精神の問題なら一応効果はあるのかもしれない。死ぬ人に共通点は見受けられないとか言ってたけどね。

とりあえず先生が教室から出て行ったので、私は当初の予定通りイヤホンを装着した。

どちらにしろ、教室はうるさくなりそうだ。





学校終了。


いつもよりクラスの雰囲気は暗い。人が死んでるから当然か。

こうやって団体で同じ雰囲気になったりしてるのを見た感じ、これが将来会社とかでの団体行動に繋がったりするのかなーとか思いつつ教室を出る。誰も私を気にしないのだけはいつも通りだ。

廊下に出ても眠り病についての話が耳に入ってくる。他の組でも担任が話したんだろう。

階段を降りる。私が追い越していく人たちも同じ話をしている。

昇降口。昇降口で止まって話す人たちも同じ話をしている。

話して何になるのだろうと思ったけど、話のネタには確かに最適だと思った。ここ周辺の事だけならビッグニュースだもの。

不安を押し付けあって、共有して、どうにか安心しようとする。結果的に不安は増大してもその時だけ楽になるならその方が良い。

まぁ、気持ちはわかる。


校舎を出て帰り道。

イヤホンを付けて、外界からの情報を少なくする。

歩くのは嫌いじゃない。疲れる距離だと嫌だけど。

なんで歩いてると考え事がし易いんだろうか。先生の長話中も同じ事が起きる。共通してるのはなんだろう。

話には興味が無い。歩いている時は……風景に興味が無い?

見慣れた場所に興味が湧くはずも無い。じゃあ、興味の矛先を変えようとして……と言う事なのかな。

ははぁ、なるほど。間違っていようがそれっぽい答えにいきつくとすっきりする————


不意に思考が途切れた。

私の横を通り過ぎた人間。

クラスメイトで、さっき妙な表情をしていたあの人。今もどこか神妙な顔をしている。名前は……

…………実束。からたち実束みつかだ。あれ、なんで思い出せたんだろう。

何だか気になってしまう。あの妙な表情もそうなんだけど、何となく興味が湧く。

歩きながらそれを眺めていると、ぴく、と一瞬だけ顔のどこかが動いた気がしたので慌てて顔を正面に戻す。

大丈夫、見たところは見られてない。なんか今日は色々おかしいな。良くない傾向だ。

帰って、眠る。それで日常に戻ろう。

家路を歩く足を早めた。あの人は気になるけど、気にしない。

帰って夢を見よう。







………………。






……どこ、ここ。

目を開いた私が見たのは、今日の行き帰りに歩いた通学路。ただし夜の。

おかしい。私はいつも通りに眠ったはずだ。

夢遊病は持ってない。でも私はここにいる。しかも寝間着ではなく制服で。

だけど、ここは夢じゃない。なんにもできないもの。

夢と現実の区別はつく。そうじゃないと夢を全力で楽しめないから。

しかし、そうなると……この状況は、一体どういうことだろう。

ここは現実だ。だけど、今のこの状況はまるで……


…………嫌な感じがする。私が嫌う、あの予感がする。




どずん。


「………ひ」


目の前に。

落下してきた……跳んできた。

巨大な黒い獣。現実に存在し得ない生物。

怖い。直感的にそう感じる。

だって……夢じゃないのに、こんなの……


獣が爪を振り上げる。

嫌だ。予感がする。

次の展開がわかってしまう。現実では起こるはずもない、都合の良い——————



「やぁあああっ!!」



—————来てしまった。


獣の横から、叫びながら、獣の喉元へ剣を突き刺した、その人は。

枳 実束。

できることなら……会いたくはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る