不明晰夢
葉月マロン
プロローグ
夜中に目が覚めた……というレベルではない。
「…え?………えっ?」
ふと気がつけば、私は夜の見知った道に一人ぽつんと立っていた。
ここだけ見れば特におかしな所は無いだろうけど、先ほど私は確かにベッドに入り眠った筈なのだ。そりゃ、眠る瞬間の記憶は無いけど。
周りを見回してみても、そこはいつもの通学路周辺。
服装は……寝間着、じゃない?高校へ着ていく制服だ。どうして……?
「……………」
しばらくその場で理由を考える。これらの事柄全てに説明がつく理由は。
すぐに思いついた。これしかない。これ以外考えられない。
「……なるほど……つまり、これは夢だ!」
思わず声に出して言ってしまったけど、夢だから大丈夫だ。ていうかこの台詞一度言ってみたかった。
夢にしてはリアル過ぎる気もするけど、きっとこれが噂に聞く明晰夢という奴なんだろう。……自覚夢だったっけ?
ともかく、それならば何も恐れる事はない。むしろ折角の夢だし、色々やってみないと。
まず定番中の定番。空を飛んでみよう。
やり方はわからないけどまぁ、夢なんだし。飛ぶ自分をイメージすればいけるはず。
足が地面から離れ、重力から解き放たれ、自分が思うだけで自在に身体が上下左右へ動く……よし完璧。
すごく飛べる気がする。身体が軽い気がする。いける気がする……
……いいや。私は飛ぶんだ!
「ぐへぇっ」
飛べなかった。
飛ぶつもりで前傾姿勢で跳んだ私は、そのまま重力に従いアスファルトへ落下してちょっとだけ勢いで滑った。普通に痛いし女の子らしからぬ声が漏れてしまった。夢でなければ私の女子力的なのが瞬く間に消失していただろう……
「……いったぁ……」
しかし、何故だ。何故飛べない。信心が足りなかったというのか……
というかそう、夢の中なのに痛い。明晰夢ってこんなにリアルなの?
多少挫けそうになるけれど、ここで諦めたら何もできなくなってしまう気がする。大丈夫、私は飛べる。自分を信じる心が私を引力及び遠心力から解き放つ。きっとそう。
再び空へ飛び立つべく私は起き上がり、
悲鳴を聞いた。
「!!」
とっさにその方向へと走り出す。
知っている声だった。全くもう、なんて夢を見るんだ私は……!
その場所にはすぐに辿り着いたが……そこには、近所の男の子と……なんだ、あれは。
腰を抜かした男の子に襲いかかろうとするそれは、一言で表すなら黒一色の獣。
だけどあんな動物は見たことが無い。体長は大体2メートルくらい。身体は狼に似ているけれど、体躯に似合わぬ大きなかぎ爪を持っている……それが今まさに男の子へ爪を振り下ろそうとしていた。
「実束お姉ちゃん!」
「っ……!」
実束……
これで爪の標的は男の子ではなく私となる。後は、爪をどうにかするだけだ。
迷う暇は無い。迫る爪へ手をかざし、少しだけそこへ精神を集中させる。
…………大丈夫、いける。さっきは飛べなかったけど、「これなら現実でもできる」から!
私は握る。手の中に現れた鉄の剣を。
それを構えると同時に金属が衝突する音が響く。その振動が私の腕へと伝わる。
「ぐ、ぬぅっ……!」
押し切られぬように両手で持ち直す。理不尽な力じゃない、対抗できる。
今のうちにこの子には逃げてもらいたいけれど、さっき腰を抜かしてた感じだったし……この怪物を退けるしかなさそうだ。女の子らしからぬ声なんて気にしている場合じゃない。
「こ、の……おっ!」
力任せに剣を振るい爪を押しのける。
それで怪物は後ろへ跳び退いてくれた。戦い方なんかわかるはずもないけど、とにかく気を引く為に剣を構え直して突っ込んだ。
自分の夢であることも忘れて、こちらを睨む怪物へ剣を振り下ろす。
だが怪物はそれを身体を逸らして素早く避けつつ、空振りした剣を爪で勢いのままに地面に押さえつけてしまった。
「いっ……!?」
剣を掴んだままの私は一緒に倒れ込んでしまう。両肘が地面にぶつかる。
……剣を押さえつけている爪は片方だけ。
もう片方は当然、私へ振り下ろされるだろう。
「………!」
剣を手放して逃げる?それで本当に間に合う?
考えている一瞬の内に怪物が片手を上げる———
「……伸びろ!!」
思いつくのと実行するのは同時だった。
剣の刃先が蠢き、怪物の喉元へと急速に伸び…突き刺さった。怪物が初めて、くぐもったうめき声のような鳴き声を発する。
……爪は、動かない。
そして突如怪物の姿が歪み、跡形もなく消えてしまった。
「………。やっちゃった…?」
歪な形になった剣を手放して立ち上がる。剣は私の手から離れた瞬間煙のように消える。
……そうだ、あの子は!
後ろを振り向くと、男の子はまだその場にいた。
いたが……寝息を立てて眠ってしまっていた。
近づいてちょっと身体を見てみたけど、怪我は無さそうだ。
しかしまさか眠っているとは……そう思った次の瞬間だ。
男の子の身体が、薄くなっていく。
「えっ。あ、待っ」
反射的に止めようと思ったが、止め方など分かるはずもなく。
そのまま男の子は完全に消えてしまった。
「………………」
何も言えずその場に立ち尽くすしかなかった。
さっきの怪物はなんだったのか。何故あの子は消えてしまったのか。……そもそも、これは本当に夢なの?
様々な疑問が頭に浮かぶ…だけど、それもすぐにできなくなった。
突然、急激に眠気がやって来たから。
足元がふらつく。立っていられなくなって、その場に座り込む。
思考が回らなくなっていく。
………………。
目覚めたそこは、自分の部屋。
いつもは煩わしくて堪らないアラームの音も、今は全く気にならなかった。
……両肘が痛い。そこは怪物との戦闘中にぶつけた所だ。
右膝がひりひりする。飛ぼうとして地面に落ちた時擦りむいた所だ。
どちらも外傷は無いけど、確かに痛みが残っている。
「……変な、夢」
そう、口に出した。
そうして夢にしようとした。
だけど、その日から私はその「夢のような何か」を夢の代わりに見るようになった。
あの怪物を倒さない限り「夢のような何か」は終わらない事を知った。
そして、あの怪物に殺された人間は……永遠に目覚めない事を知った。
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