その2:青空(二)~日本で初めてプロレスラーになった男と、日本に初めてプロレス興行を招いた男

 二、Here Today Act.2



 三年前の岳も被災地から東京に戻ってからは周囲まわりを巻き込むほどの勢いで力み、戦後プロレスの果たした役割に倣うべく意気込んでいたのだが、それに異論を唱える人間が少なくなかったのもまた事実である。

 じまプリンスホテルの小会議室に集められた人々を最も大きくどよめかせたのは岳当人を『新鬼道プロレス』に迎え、『鬼の遺伝子』として育て上げた鬼貫道明であった。


「我が師匠に――力道山を手本にしようって心意気は素直に嬉しいが、幾らなんでも発想が前時代的過ぎるぜ、岳。戦後プロレスから約六〇年だ。その半世紀の間に日本格闘技界は幾つもの流れに分かれた。……いや、流れそのものが変わった。自分の口で認めるのは悲しいがな、街頭テレビのプロレス中継に日本中が集まる時代ではないんだよ」


 心まで焼け野原にしてしまった人々を力道山の熱闘が奮い立たせたように新たなMMA団体を旗揚げして全国を元気にしたいと握り拳を作った岳の前に〝日本プロレスの父〟の直弟子が立ちはだかった形である。


「異種格闘技から総合格闘技へ至るまでの道程をよくよく振り返ってみるんだ、岳。日本のプロレスを――いや、格闘技そのものの流れを変えた旗振り役は俺たちじゃないか」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、兄貴! オレが言ってるのは格闘技の様式スタイルじゃありませんよね⁉ オレだって街頭テレビの昭和と液晶テレビの現代を同じように考えちゃいないし、娯楽が溢れ返る時代ってのは娘の未稲を見てりゃ分かりますとも! だけど、力道山の魂は不滅でしょうが! 誰かが必死になって頑張る姿は別の誰かの心を白熱させるんですよ! そうでなくちゃオレたち格闘家は張り合いがねぇ!」

「娯楽の多様化に触れてくれて助かるよ。俺が言いたかったのはまさしくそれだよ。コンデ・コマ――前田光世がブラジルで興した流れと、力道山が日本に定着させた流れが必ずしも交わるとは限らない。総合格闘技団体バイオスピリッツで統括本部長の肩書きを背負い、あのリングで闘ったお前なら俺の言いたいことが理解わかってくれるハズだ」

「話を無理にややこしい方向へ持っていこうとしてません⁉」

「力道山の最盛期はプロレスが格闘技という〝娯楽〟の王様だった。しかし、その流れが無数に枝分かれした現代いま、誰もが一つのリングに熱中するワケじゃない。被災地で暮らしているのは総合格闘技MMAのファンだけじゃないんだぞ」

「だって、戦後間もなくは格闘技を〝娯楽〟として楽しんでもらうイベントなんてプロレスくらいしかなかったし! 明治まで巻き戻せば柔道最強・とくさんぽうが挑んだ〝柔拳試合〟とかさかきばらけんきちの〝撃剣興行〟とか近い催し物はありましたがねぇ! いや、相撲は含めませんよ、相撲は!」


 明治時代に日本から飛び出し、世界を相手に他流試合を展開した前田光世コンデ・コマが地球の裏側に伝えた技は『ジウジツ』――ブラジリアン柔術という形で完成された。限りなく世界最強に近付いた男の精神スピリットを継ぐ者たちは偉大な先達に倣い、〝ありとあらゆる格闘技術〟を解き放つ『バーリトゥード』を繰り広げて更なる進化を遂げていく。

 そこで培われたノウハウが北米アメリカに渡り、こんにちに至ってMMAの歴史を開いたのである。即ち、前田光世コンデ・コマこそが現代総合格闘技の源流であった。

 これに対して日本の近代格闘技史は力道山から始まったといっても過言ではない。

 戦後のリングで〝世界〟を相手に闘った〝日本プロレスの父〟は格闘技を志す者たちにとって一本の〝道〟となり、昭和から平成へと時代が移ろう中で幾筋もの流れに分かれ、『新鬼道プロレス』が目指した異種格闘技戦を経てMMAに辿り着いたのである。

 力道山から直接的に教えを受けた最後の世代に当たる鬼貫道明は、名実ともに近代日本格闘技史の生き証人であった。

 〝日本プロレスの父〟に勝るとも劣らない巨人が人並み外れて逞しい顎を撫でつつ錆び付いた発想を止めるよう『鬼の遺伝子』を継ぐ岳に言い放ったのである。

 じまプリンスホテルには岳の呼びかけに応じて日本格闘技界を代表する人々が集結している。一同の目には昭和の戦後プロレスから平成の総合格闘技に至る三世代の魂が鬩ぎ合う場景のように映っており、誰もが身を強張らせていた。


「鬼貫の兄貴こそ要らねェ気を回し過ぎなんだよな~。リングに上がるオレたちと、闘魂を楽しんでくれる人たちの両方で通じ合うモンは六〇年前から二〇一一年の今日まで何一つとして変わっていねぇでしょうに!」

「一度、深呼吸して足元を確かめてみろと言っているんだ。思い込んだら一直線なのは良くも悪くもお前の美徳だが、六〇年も経てば力道山の名前を知らん人のほうが多くなる。格闘技ファンの中にもな。それなのにお前の理想がどうして響くと言うんだ?」

名前ネームバリューに頼るつもりなんかサラサラないですって! それこそ兄貴の言うように名前なんか知らなくたって構わねぇんですよ! 力道山から受け取ったモンはオレたちが身体を張って伝えりゃ良い! 言葉を超えた領域ところに響かせなくちゃ、そもそも白熱してもらえるワケがねぇ!」

「大体、お前は力道山本人と話したことすらないだろうに。自分が生まれた頃にはとっくに三回忌も済んでいた故人から何をどう受け取ったって言うんだ? ……幻想ゆめを持ち過ぎても落胆がっかりするだけだぞ」

「鬼貫道明という偉大なレスラーは幻想ゆめなんかじゃなく目の前にいる! それだけで十分ですよ! 〝日本プロレスの父〟を最期まで見届けた兄貴の背中をオレは今日まで追い掛けてきたんだ! 兄貴に学んだコトは力道山の教えにも等しい――そうだろ、文多⁉」

「……僕たち、『鬼の遺伝子』があにさんを通して力道山の成し遂げたことを感じたというのは否定しませんけど、それにしてもセンパイの発想は飛躍し過ぎではないかと」


 力道山最後の弟子と正面切って意見を闘わせる岳から不意に加勢を求められた文多であるが、彼の立場と為人ひととなりからして恩師とセンパイのどちらか片方を選ぶことなどできようはずもあるまい。

 椅子を蹴って立ち上がるような素振りすら見せないまま、如何にも大弱りといった表情かおで頬を掻いていた。


「僕だって『新鬼道プロレス』の末席を汚した身ですから自分以外の誰かが懸命になって頑張る姿に励まされる人が多いことを十分に理解していますよ? それでも今は余りにも時期が悪い。悪過ぎるというべきでしょう。下手を打てば、本来なら好意的に受け止めてくれる人たちの神経すら逆撫でしてしまうかも知れません」

「文多も鬼貫さんも、何時からそんな悲観主義になっちゃったんだい? コレをやったら二度といてきてくれなくなるんじゃないかってファンのことを信じられなくなったら、本当にお先真っ暗じゃないの! 何なら岳の提案、『メアズ・レイグ』が買い取っても構わないんだよ⁉」

「……話をややこしくしないでくださいよ、吉見さん……」


 議論を継続するにせよ、感情ばかりが先走っていては間もなく平行線を辿るであろうと判断し、もう少し落ち着くようセンパイのほうを諫める麦泉であったが、吉見定香がこれを強引に押しのけ、左右の握り拳を腰に押し当てるという〝力道山ポーズ〟を取った。

 正式には『アーム・アキンボー』とも呼ばれるものであり、現存する写真の多くで〝日本プロレスの父〟が披露している定番の仕草ポーズだ。この場にいては岳の主張へ全面的に賛成するという意思表示にもなるだろう。


「やってやろうじゃなの、ウーたん! 全国のお母さん代表はウーたんしかいないッ!」


 〝悪玉ヒール〟らしからぬ愛称ニックネームでもって吉見からいざなわれたギロチン・ウータンは殆ど無意識で椅子から立ち上がり、そのまま好敵手ライバルのほうに踏み出そうとした。思考かんがえるより先に肉体からだが反応したことを自覚して首を横に振ったのは膝の上に乗せていた鞄を慌てて抱え直した直後である。


「いやいやいや! 座り直すなんてないじゃないの! そこは岳にも挑みかかる勢いで立たなきゃさ~! 以前まえにも『八雲岳の野郎は生涯レスラーを自称しながらプロレスのテクニックを総合格闘技MMAに利用しただけの半端者ハンチクだ。私ならプロレスでMMA連中をねじ伏せる。そうでなければプロレス最強の証明にはならない。アイツがやっているのはプロレスに対する裏切りだ』って挑発してたのに! 今こそケリつける好機ときよ⁉」

「センパイを焚き付けるのもやめてください、吉見さん……。プロレスの何たるかを語るおつもりならマイクパフォーマンスをそのまま持ち込むのもどうかと思いますが……」

「オレは別に構わないぜ! 大言壮語ビッグマウスに見合うだけの名レスラーってのは十分に理解わかってるからよォ! MMAルールでもプロレスのマットでもオレは受けて立つさ! 男女混合頂上血戦なんて文多だって燃えるだろッ⁉」

「センパイもセンパイで話を余計にややこしくしないでください! 自分でセッティングしておいて途中からマッチメイクの席と勘違いされたら全員迷子も良いトコです!」


 一等熱烈な声で「こういうときに黙ってられないのがウーたんじゃない!」と畳み掛けられても寂しげに眉根を寄せるだけでどうしても

 子どもたちの未来を守る為に――被災地で産声を上げた新しき生命に誰よりも強く呼応したギロチン・ウータンの心が岳や吉見の言葉によって揺さぶられないわけがない。娘を持つ母として力を尽くしたいと思わないはずがなかった。それでも彼女には元の椅子に座り直すしかなかったのである。

 当然ながら吉見の傍らに立つ有理紗も呆れ果てたようにかぶりを振り続け、無理強いまでしてギロチン・ウータンを巻き込んではならないと強く諫めた。

 改めてつまびらかとするまでもなかろうが、はあくまでも吉見定香という一個人の考えに過ぎず、『メアズ・レイグ』の総意であるかの如く宣言されることは同団体の代表者にとって由々しき問題なのである。


「天然でとんでもない殺し文句をブッぱなすのも岳の恐ろしさだよ。その上、気付いたときには桁外れの情熱でもって周囲まわりみんなまで巻き込んでいる。お前が――いや、お前たちが力道山にそこまで敬意を払ってくれるのは弟子として有難いコトなんだが、文多が指摘したように一か八かの大博打にしても相当な無理筋だ」

「兄貴こそ定香の話を聞いてなかったんですか? 元気がなけりゃどうにもならねぇってときに悲観主義はいけねぇよ!」

最初ハナから行き止まりが見えている楽観主義には誰だって納得し兼ねるだろう? とにもかくにも動かないことには結果は付いてこないという向こう見ずな挑戦では『プロ柔道』の二の舞になる。力道山は十分に事前準備してプロレス興行を始めたんだぞ」

「それをここで持ち出しますぅッ⁉」


 鬼貫が例に引いた『プロ柔道』とは力道山の戦後プロレスとほぼ同時期に昭和を代表する柔道家たちが取り組んだ興行である。GHQによる武道禁止令を受けて活動の場が制限され、生計を立てることが難しくなった柔道家の経済的自立を援けるべく終戦から五年後に運営団体が旗揚げされた次第である。

 明治維新と廃刀令によってつるぎに殉じる権利すら取り上げられた武士たちの受け皿を設けんと試みたさかきばらけんきちと構想そのものは大きく変わらないのだが、一過性とはいえ全国規模で普及するほど盛んになった撃剣興行とは異なり、『プロ柔道』は一年とたずに活動を終えることになる。

 講道館が禁じた危険な技の復活や歌謡界との提携など〝興行〟としての可能性を模索し続けたものの、運営団体に名を連ねた昭和柔道界の重鎮たちを嘲笑うかのように集客は伸び悩み、第一回興行から半年と経たない内に有力選手の脱退騒動が発生。挙げ句の果てにスポンサーの撤退という最悪の事態を招いてはとても耐えられまい。

 榊原鍵吉を支えた骨接ぎの名門――千住の『ぐらどう』と同じような〝同志〟をついに得られなかったことも『プロ柔道』の寿を短くした要因かも知れない。

 『プロ柔道』に参加した有力選手であり、前田光世コンデ・コマとくさんぽうとも肩を並べる天下無双の柔道家――木村政彦はのちにプロレスにも挑戦し、力道山と世紀の〝遺恨試合〟を演じることになる。

 〝昭和の巌流島〟などと称された上、深い恨みを残してしまった力道山と木村政彦の直接対決を岳が知らないはずもない。に前後する『プロ柔道』の顛末も当然ながら把握しているわけだ。

 大仰としか表しようのない反応が何よりの証拠である。計画性に乏しい興行は定着しないまま短期間で悲惨な結末を迎えることも理解わかっているのだろう。


「もしも、『プロ柔道』の二の舞になってみろ? いつかは日本で完全復活できたかも知れないMMAに本気でトドメを刺すことになっちまうぞ。お前くらいの器なら力道山の再来になれるだろうが、平成の『三国山庄吉』を探すのはなかなか難しい。……文多、お前はなれるか? 自信の程はどうだ?」

「……『三国山庄吉』の代わりなんて、幾らなんでも荷が重過ぎますよ……」


 またしても二人の言い合いに巻き込まれてしまった麦泉であるが、鬼貫の口から『三国山庄吉』という名前が飛び出した瞬間、今度は首を横に振って明確な否定を示した。

 三国山庄吉――浜田庄吉という本名にちなんだ異称はコラキチ・ハマダ。それは明治時代にアメリカへと渡り、日本人初のプロレスラーであるソラキチ・マツダと共に同地のリングで闘った人物である。

 右肩の故障による引退まで『鬼の遺伝子』として闘魂を燃やしていた麦泉からすれば偉大という二字をもってしても言い表せないほどまばゆい先達なのだ。

 正式な呼称ではなく『欧米相撲』あるいは『西洋相撲』という和名が当て嵌められてしまうほど明治の日本にいてプロレスという文化は全く馴染みがなかった。それにも関わらず、遠い祖国までソラキチ・マツダの名声が届いたのは彼の前歴が『荒竹寅吉』という東京相撲の力士であったことに加え、明治維新を経て日本人の好奇心が〝世界〟に開かれていた点も極めて大きいだろう。

 海を渡った前田光世コンデ・コマが〝西洋力士〟と繰り広げた他流試合の模様を日本で在籍していたスポーツ社交団体『てん』の盟友――おしかわしゅんろうに伝え、これが娯楽雑記『冒険世界』に掲載されたのは明治四三年八月のこと。日本人初のプロレスラーはくだんの寄稿より二〇年も早く〝世界〟で闘っていたわけだ。

 『冒険世界』に先駆けて欧米のプロレスを日本に報せたのは明治一七年四月二四日に発行された『開花新聞』であった。

 彼の盟友である三国山庄吉コラキチ・ハマダが祖国に〝凱旋興行〟を計画したのは明治二〇年――西暦にして一八八七年のことであった。それが『西洋大角力』とも呼ばれる日本最初のプロレス巡業である。


「――外国人プロレスラー軍団を率いて東京に乗り込んだコラキチ・ハマダという日本人の話は私もどこかで聞いたおぼえがあるよ。確か、そう……『ハリアーズギャンビット』の開発チームがアメリカから取り寄せた資料に混ざっていたかな」


 岳と鬼貫の間に本名フルネームを告げながら割り込んだのは、じまプリンスホテルの小会議室へ最後に到着した齢七〇の男性である。

 向かい合う形で不死鳥の絨毯の上に一列ずつ並べられたテーブルの内、MMA日本協会の関係者たちが陣取った側に着席している。歩行の支えに用いた杖を天板に置き、秘書の女性を傍らに控えさせていた。

 斜向かいの位置には麦泉が腰掛けているのだが、蒸かしたばかりの柔らかい饅頭を幾つも積み重ねたかのような体格の男性が現れたことによって彼は〝室内で最も恰幅の良い人間〟ではなくなった。〝二番目〟にとなったことは誰の目にも明らかである。

 鬼貫道明と同世代であろう饅頭の如き男性はとくまるという名前であり、着席したテーブルからも察せられる通りに岡田健や吉見定香と同じMMA日本協会の一員なのだ。

 同協会の最長老は副理事長の地位にるが、世間一般にはゲームメーカー『ラッシュモア・ソフト』の社長という肩書きこそ広く知れ渡っているだろう。

 先ほど社長自らが口にした『ハリアーズギャンビット』も同企業が開発・発売したビデオゲームのタイトルである。架空の格闘家たちが一対一で対戦し、二本先取で勝敗を決するオーソドックスな種類タイプであるが、どうに身を包む猛者の腕比べといった〝正統派〟とは一線を画した個性的な世界観が話題を呼び、一九九〇年代初期にゲームセンターを賑わせた第一作から現在の最新作に至るまでシリーズが継続し続けていた。

 総合格闘技MMAの『バイオスピリッツ』や打撃系立ち技格闘技の『こんごうりき』が黄金時代を迎えていた一九九〇年代半ばには実名の有名選手を〝キャラクター〟として操作できる対戦型ビデオゲームも送り出している。

 若かりし頃の鬼貫道明がプロレスラーとして登場する同作は稼働開始から二〇年近く経過しており、マニア向けの店舗を除く殆どのゲームセンターにいてその役目を終えているだろうが、例えば田舎に所在する温泉施設の片隅では二〇一一年に至ろうとも在りし日の姿を留めているに違いない。

 このように『ラッシュモア・ソフト』は根強いファンを掴み続けるメーカーであり、昭和から平成へと時代が移ろう中でゲーム事業以外の分野でも大きな成功を収めている。創業四〇年を超えた現在ではフィットネスクラブなどの運営や将来のオリンピアンを育てるスポーツ選手の支援活動にも力を注いでいた。

 経済界から〝巨大王国〟とも揶揄されるように今や『ラッシュモア・ソフト』の規模は全国に及んでいる――それはつまり、東日本大震災にいて数え切れないほどの関連施設が被災したことをも意味しているのだった。

 欧米諸国ではプロ選手による国際大会が開催されるほど盛んな〝文化〟にも関わらず、普及に至らないどころか、〝パソコン愛好者マニア〟が寄り集まっているだけのと見なされてしまうほど風当たりが強い二〇一一年現在の日本にいて電子競技eスポーツの牽引役を自負し、更なる事業拡大へと進み始めた矢先のことである。

 MMA日本協会にて存在感を示す最長老は、同時に一代で築き上げた〝巨大王国〟を守らなければならなかった。三月一一日から一〇日を数える現在も被害状況の確認や支援計画の策定に追われており、本来ならば岳の招聘に応じることなど不可能に近いのだ。

 老体に堪えるほど睡眠時間を削る状況下にも関わらず、MMA日本協会副理事としての使命を重んじ、国会議員である岡田会長と同じように僅かな時間を捻り出して小会議室に現れた次第である。

 それ故に徳丸の遅刻を咎める者など一人としていない。樋口に至っては彼が座るべき椅子を秘書に成り代わって引き、最大限の礼節をもってして出迎えたほどである。


「私の記憶に誤りがなければ、コラキチ・ハマダの目論見は目も当てられないような大失敗に終わったのではなかったかな? 明治の日本に欧米のプロレスはまだ早過ぎた。昭和の力道山を待つしかなかった――歓迎すべきことではないが、の代わりを見つけるのは大して難しくなかろうよ。逆の意味で麦泉君には代わりなど務まるまい」


 『新鬼道プロレス』のリングで長らく花形選手トップレスラーを務めた岡田健や、日本初の女性MMA選手と呼ばれる吉見定香など格闘たたかいの最前線に立った経験者にんげんが多いMMA日本協会では珍しく徳丸富久千代は『ラッシュモア・ソフト』による関連事業を除いてスポーツ自体との接点が皆無に等しい。それ故に同協会でも監督対象となるMMA団体の経営状況へ特に目を光らせている。

 他の面々とは明確に異なる役割を担っているわけだが、日本MMAを牽引した『バイオスピリッツ』が汚辱の中で崩壊したこともあり、客観性が高く、且つ厳正な視点が格闘技とは離れた位置にる徳丸に期待されているのだ。

 その上、彼は世界を股に掛ける実業家の一人でもある。明治の日本で初めて開催されたプロレス興行の結果を誰よりも厳しく捉えているのは当然であろう。

 三国山庄吉コラキチ・ハマダの〝凱旋興行〟を徳丸は大失敗と切り捨てている。

 事実、明治二〇年六月の銀座・木挽町三丁目の広場で開催された『西洋大角力』は錦絵をポスターとして採用するなど並々ならないほど力の入った興行イベントであったが、江戸っ子たちの好奇心を少しばかり刺激した程度で客足には結び付かず、三国山庄吉コラキチ・ハマダは故郷に錦を飾ることは叶わなかった。


「私の口からわざわざ説明しなくとも麦泉君なら知っているだろうが、あの時代の記者というか、随筆家エッセイストというか――やまもとしょうげつが自分の本の中で『西洋大角力』に容赦のない分析を叩き付けていたハズだよ。勝敗が明確でスピーディーな拳闘ボクシングと違って一試合に数十分も掛かる上、畳に寝転び、揉み合いを続けるようなプロレスは……いや、『欧米相撲』は野暮ったく見えたのだろう。豪快な投げでケリをつける『日本相撲』に慣れた江戸っ子たちはフォール勝ちを待てなかったのではないかな」


 徳丸が挙げた『山本笑月』とは明治から大正へと至るまでの〝庶民〟の文化を調べ上げた研究者である。

 その成果を取りまとめた『明治世相百話』なる著書の中で山本は日本初のプロレス興行を紹介しているのだが、徳丸が容赦のない分析と前置きしたようにからの客席が目立ったことを敢えて書き記すなど酷評とも受け取れる筆調であった。


「しかも、コラキチ・ハマダは嘉納治五郎の甥っ子が『国際柔拳倶楽部』を設立するより二〇年も先駆けた日本人初のボクサーとも言われているのだろう? 『拳闘』と『欧米相撲』の両方を知り尽くしておきながら興行イベントの成功率を読み違えたワケだ。麦泉君が同じような失敗しくじりをするとは私には想像できんな」


 日本初のプロレス興行は同時にボクシング興行も兼ねており、同著の記述も『初見参の拳闘と西洋相撲』なる見出しから始まっている。少年時代に観戦したものとおぼしき山本はその中で『拳闘』の選手を『スパーラー』と称し、こちらは「近来大流行」と讃えていた。

 その一方で『欧米相撲』には恐ろしく冷ややかな目を向けているわけだ。これを認識した上でMMA日本協会の副理事は敢えて『明治世相百話』を例に引いたのである。一人の実業家としても三国山庄吉コラキチ・ハマダだけは手本にするまいと考えているのだろう。

 彼に深い畏敬を示した麦泉や鬼貫とは真逆の反応であった。


「いや~、それがですね、徳丸さん……一番最初の『西洋大角力』は興収的に振るいませんでしたけど、そこからはちゃんと挽回してるんですよ。鬼貫さんが『平成の三国山庄吉になれるのか』って文多に問い質したのはの意味じゃないかな~って」

「助かったぜ、定香。このままじゃ三国山庄吉に本題を乗っ取られるトコだったよ。徳丸さんね、自分も岳も、文多だって明治のプロレスを無謀な挑戦とは思っておらんのです」

「おや、そうなのかい? 私が聞いていた話とは随分と違うようだなぁ。吉見君と鬼貫君が言うことだから、のほうこそ正確なのだろうがね」

「人のウワサも長い長い年表にも失敗のほうが根深く残っちゃうから徳丸さんが誤解するのも仕方ありませんけどね。鬼貫さんの話に乗っかるなら無謀な挑戦じゃなく勇気ある第一歩と呼ぶべきかしら? 躓いた場所からの立て直しも含めてね!」

「日本人ボクサー第一号にプロレスラー第二号という二つの肩書きを併せ持った三国山庄吉は徳丸さんが仰ったように両方の競技を知り尽くしていましたよ。その上、日本の相撲にも明るいと来たもんだ。定香が話していた立て直しは東西の角界と手を組むところから始まったんです」

「ショービジネスが盛んなアメリカで三国山庄吉は興行師としての手腕まで磨いてたってワケね。そういう意味じゃ徳丸さんと同じタイプかも知れませんよ」

「それはまた興味深いね」


 MMAに挑戦する以前はプロレスラーとしてリングに上がり、その歴史にも詳しい吉見定香が徳丸にやんわりと諭した上、テーブルから離れた位置で鬼貫が首を頷かせた通り、三国山庄吉コラキチ・ハマダによる〝凱旋興行〟はたった一度の失敗で完全に頓挫したわけではなかった。

 ソラキチ・マツダこと松田幸次郎が東京相撲で『荒竹寅吉』と称したように『三国山庄吉』もまた四股名である。所属した部屋こそ違えども二人は明治一六年五月の時点にいて共に序二段という駆け出しの力士であった。

 特別製の列車に乗って全米を回り、地上最大とも謳われるサーカス巡業を行っていた伝説的な興行師――フィニアス・テイラー・バーナムのスタッフが同時期の横浜に滞在しており、そこで告知された〝芸人募集〟に応じて二人の若き力士は海を渡った次第である。

 日本人のプロレスとボクシングは脱走という何とも聞こえが悪い筋運びから始まったわけだが、それで角界との繋がりが完全に絶たれたわけではない。木挽町での第一回興行を失敗した庄吉は再起を期して古巣に協力を依頼したのだ。

 〝日米大相撲〟ともたとえるような体制になったわけだが、三国山庄吉コラキチ・ハマダが仕掛けた起死回生の一手はまさしく奇跡の逆転劇であった。東京相撲の大関・二代目つるぎざん谷右エ門と手を組んだことも功を奏したのであろうが、挫折を味わわされた木挽町で再び開催した興行は七日間にも及ぶ大盛況となったのである。

 ひとつきのちには現在いまで言う秋葉原でも日米双方のが江戸っ子たちを賑わせたという。

 見事に東京での雪辱を果たした三国山庄吉コラキチ・ハマダは大阪や京都といった関西の角界とも提携を結び、近畿・北陸から四国まで足を伸ばすという長期巡業を成功に導いている。

 三国山庄吉コラキチ・ハマダが一度は日本の角界に背を向けたという事実はどうあっても覆せるものではない。しかし、〝おお銀杏いちょう〟を結うことさえ叶わなかった序二段のマワシ姿ではなく実業家らしい洋装姿で合同興行の意義を熱弁する姿が過去の蟠りをも超越する説得力を生み出したのであろう。

 明治半ばのことである。同時期には渋沢栄一や五代友厚といった実業家たちが洋装姿で辣腕を振るい、幕末維新後の日本経済を大いに前進させていた。

 力道山と戦後プロレスが果たした役割に倣わんとする姿勢を崩さない岳に翻意を促すべく敢えて鬼貫が三国山庄吉コラキチ・ハマダの名前を挙げたのは、明治時代に開催された『西洋大角力』の顛末を承知していればこそである――そのように説明を締め括った吉見に対し、自分の心得違いを改めるかの如く徳丸は幾度も幾度も頷き返していた。

 徳丸が三国山庄吉コラキチ・ハマダの事跡に触れたのは昭和初期に上梓された『明治世相百話』である。その中に〝日米大相撲〟のことは一行たりとも記されていないのだが、山本笑月はあくまでも文化・風俗研究の第一人者であって格闘技史の専門家ではない。第一回興行たる『西洋大角力』以降の名誉挽回まで網羅していなくとも無理はあるまい。


「近代アメリカを代表する〝サーカス王〟が日本でも団員を募ったという話は私にも聞きおぼえがあったけれど、まさか、そこから我が国のプロレスの歴史が始まったとは思いも寄らなかったよ。……いや、バーナムのサーカス団が未だに健在ということを考えれば、不思議と思う理由もないくらい現代いまと地続きだな」


 二人の若き力士が希望を胸にアメリカへ渡ったのは当時ときの大蔵卿・松方正義による財政政策の影響が全国に及び、大不況を背景とした農民蜂起の足音が聞こえ始めた穏やかならざる明治一六年二月――つまり、西暦一八八三年のことである。

 およそ一三〇年の歳月を経た二〇一一年にいてもバーナムが育てたサーカス団は特別製の列車は全米を巡っている。徳丸が〝サーカス王〟と讃えた男は一八九一年に没しているが、それはさておき――ソラキチ・マツダとコラキチ・ハマダの二人が〝道〟を開いたこともあり、時代をくだったアメリカのマット界でも日本人や日系人のプロレスラーが数多く活躍していた。

 戦後間もないアメリカには日本人・日系人に対する負の想念が根強く残っていたが、自分たちに向けられる攻撃的な感情を逆手に取って悪玉ヒール筋書きシナリオへ盛り込み、観客の興味を惹き付ける演出として昇華してしまうような逞しいプロレスラーまでったほどである。

 のちに海外レスラーたちを薙ぎ倒していく力道山も存在意義アイデンティティーの全否定にも等しい憎悪を肌で感じる時代にホノルルへと渡り、日本に起源ルーツを持つ人々のもとで訓練トレーニングを積みながらプロレスそのものに対する理解を深めていったのだ。

 彼もまたソラキチ・マツダやコラキチ・ハマダと同様にプロレスラーとしてつ以前はしょせき部屋に所属する関脇の力士であり、まで称していた四股名『力道山』を土俵からプロレスのリングへ移った後もそのまま用いた次第である。

 帰国後は力士時代の後援者や当時の日本を代表する興行師の協力を取り付けるなどプロレス興行開催に向けた布石を次々と打っていく――つまり、力道山は大勝負を仕掛ける為の下準備に時間と労力を惜しみなく費やしたということである。

 これに対して八雲岳の場合は〝日本プロレスの父〟の魂こそ現代日本の復興に欠かせないと勇ましく吼えておきながら具体的な計画は一つとして示していない。傷付いた被災地を放っておけないという衝動に任せて、ただただ理想きれいごとを振り翳しているだけであった。

 最後の弟子として力道山という存在を直接的に知っている鬼貫が三国山庄吉コラキチ・ハマダという〝興行師〟まで例に引いて強く戒めたのは当然であろう。


「徳丸さんが仰った通り、ソラキチ・マツダたちと現代いまのプロレスは地続きだ。力道山の昭和と俺たちが生きている平成はもっと近い。俺みたいな年寄りには力道山の三十三回忌法要だってつい最近の出来事みたいに感じるよ」

「力道山門下OB会のきっかけになった日のコトだろ? ほらほら~! やっぱり兄貴の心には今も偉大な魂が宿ってるんじゃないの!」

「これをツッコむのは人生で何回目か分からんが、一体全体、お前の耳はどういう構造をしとるんだ。おまけにここまでの注意はなしが丸っきり素通りと来たもんだ」

「いやいやいや! 兄貴こそオレの話を思いっきり聞き流してるじゃねェですか! それなのにオレばっか問題児扱いなんてヒドいんだもんなぁ~」


 人並み外れて逞しい顎を撫でたのち、鬼貫は疲れ切ったような調子で溜め息を吐いた。二人の様子を見守っていた麦泉が比喩でなく本当に頭を抱えたのは当然であろう。


「オカケンからも岳に何か言ってやってくれ。力道山の為したコトは必ずしも平成に当て嵌まるワケじゃないって。あの頃と比較にならないほど〝娯楽〟が増えた今、街頭テレビの前で人間が塊になる状況など有り得んし、一個の価値観をゴリ押しするのが逆効果というコトは力道山直系の『大王道プロレス』を導いてきたお前さんなら痛いほど――」


 街頭テレビで放送される戦後プロレスのように庶民の娯楽が限られていた昭和と、「何を趣味にするか」という選択肢が増えて価値観そのものが多様化した平成では感覚からして噛み合うはずもないと指摘し続けているわけだが、良くも悪くも握り締めた情熱を手放さない岳には少しも響いてはいなかった。

 これに対して鬼貫道明の側は新宿駅前にて異種格闘技食堂『ダイニングこん』を経営しており、そこに幾つもの世代の客を迎えている。それぞれ重なる部分が少ない価値観とは四六時中、向かい合っているようなものであった。

 もはや、水掛け論に陥っていることを痛感した鬼貫は行き詰まった状況を打開するべく岡田健に加勢を求めたが、彼の側へと振り向いた直後に二度見を挟んで両目を見開き、次いで言葉を失った。

 白い布の反対端を掴んでいるMMA日本協会の会長は「滝の如く」としかたとえられないほどの涙を流し、同量の鼻水と顎の下で一つに溶け合わせていた。岳に向かって何事かを話そうとしている様子なのだが、喉の奥からは嗚咽が漏れるばかりである。口の中で一つの言葉を紡ぎ上げることすら難しくなってしまったのだろう。

 赤子同然の有り様としか表しようがなく、この場に政治記者が居合わせたなら「国会議員にあるまじき醜態」といった厭らしい見出しで侮辱的な内容を書き立てたに違いない。

 激しく咳き込み始めたのは肺の中が空となり、窒息しそうになった証拠であろう。堪え切れないほどの感情が身のうちで暴れ回っているのは明らかであるが、それは壮年期も後半に入りながら自分自身を制御し得ない幼稚性の表れとしか見えないのだった。


「――根本的な問題はなしになるのだが、新しいMMA団体を旗揚げするにしても費用はどのようにして工面するつもりなのかね、八雲君? ない袖は振れないだろう?」

「えっ、徳丸さんまでダメ出しするの⁉ ていうか、MMA日本協会わたしらにはダメ出しする資格がないと思うんですけど⁉ 理事長って今、どこで何をしてるんでしたっけね⁉」

「そこでおりはら君を引き合いに出すのはやめておきなさい。後で絶対に揉めるよ。何よりも先ず彼は個人ではなく所属団体を挙げて動いている。いや、音頭を取ったのは彼だろうと察せられるが、それもこれも資金力があったればこそ。彼と同じことができるのか、この場で皆にたずねてみようか?」

「参ったわね、岳。私らを数で押し切ろうってハラだわよ。いっそこの場の全員で多数決でも取ろうかしら? 民主主義の大原則に従って手っ取り早くケリつけましょうよ!」

「……定香。徳丸先生はそんなこと、仰っていないでしょう? 鬼貫さんが八雲に言ったのと同じ台詞を貴女にまで使わなければならないわね。耳は良いほうじゃなかった?」


 岡田のなかでのたうち回っている〝何か〟を訊ねようとする鬼貫であったが、その出鼻を挫くかのように別の声が幾つも割り込んできた。

 最初に口を挟んだのは徳丸富久千代である。復興支援の手掛かりとして力道山へ倣うにしても先立つものがなければ興行を成り立たせることさえ不可能という問題提起は鬼貫にとって何よりの加勢であった。

 その指摘ことばに誰よりも早く反応した吉見は志を同じくする岳と肩を組み、冷静になるよう諭した有理紗に対してさえ「金勘定より大切なコトを見落としてるわ!」などと抗弁している。

 二人がかりで有理紗に「その大切なコトを理解していない私だと思う?」と苦い顔で言わせてしまったわけだが、日本MMAの復活と共に新しい団体の結成まで目指す以上、運営費用という現実問題からいつまでも目を逸らしてはいられないだろう。

 今日の会合には代理を派遣しているMMA日本協会理事長――おりはらひろゆきが籍を置く〝総合格闘技術〟の一派は全国的な組織であり、逸早くチャリティー興行イベントへ着手できる程度には資金面でも安定している。予算を考慮せず目標ばかりを声高に掲げる岳とはまさしく正反対なのだ。


「仮に費用カネを工面できたとしてもだよ、吉見君? キミが例に挙げた力道山も、私が申し訳ないような誤解していた三国山庄吉コラキチ・ハマダも、どちらも最初の興行は散々な結果に終わった筈だよ。八雲君の熱意が実って旗揚げまで漕ぎ着けたとしても、先例と同じ轍を踏んだときに挽回の余地は残されておるまいよ。……鬼貫君の言う通りだ。今と昔では事情が余りにも違う。経済的な損害を割り出すことさえ困難な〝今〟という時期に支払い切れない負債を抱えてしまったら、日本MMAは今度こそ立ち上がれない」


 右の耳朶を同じ側の五指にて摘まみつつ、徳丸は賛成でき兼ねる理由を岳と吉見の二人へ言い聞かせていく。

 『ラッシュモア・ソフト』を率いる当代随一の実業家が語った〝今〟とは、改めてつまびらかとするまでもなく東日本大震災がもたらした経済全体への打撃を意味している。過去に類を見ない規模の災害は経済活動をも著しく減衰させ、発生から一〇日を数えた現時点にいて徳丸は東北各県だけでも被害総額が数兆程度では収まらないだろうと考えている。


「八雲君には耳の痛い話だろうが、私は成功する確率のほうが遥かに低いと見ているよ。MMA日本協会の立場としてもそれは看過し難い事態だ。一経済人としては尚更のこと」

「机の上の計算だけで判断ジャッジされちまったら、オレだって敵わねぇなァ~。テレビゲームの会社をやってる徳丸さんにそういうコトは言って欲しくなかったし! 人の心に訴えるモンは、それこそやってみなくちゃ分からねぇ世界でしょうよ!」

「日本人初のプロレスラーたちがアメリカンドリームに賭けたのは〝今〟の日本みたいに経済の先行きが見通せない状況をブチ破る為だったハズよ! あの二人が船出したのは秩父のほうで『世直し一揆』みたいな騒ぎが起きる直前くらいっだったもの!」

「そうだぜ、定香! どうなるか分からねェ状況ってのは〝今〟も昔もおんなじだぜ! マツダとハマダのようにオレたちも採算度外視で冒険しねぇとよ! 徳丸さん、結果は後から付いてくるもんでしょうが!」

「八雲君も吉見君も、まあ、お聞きなさい。一先ず深呼吸でもして〝今〟というものを見回してご覧。企業のCMが一切流れないテレビを観れば一目瞭然のように自粛々々の有り様だ。娯楽を求める気持ちさえも悪いコトのように見なされる空気が日本中に垂れ込めている。……娯楽の最前線に携わる私でなくとも肌で感じているのではないかい?」


 徳丸は〝今〟の日本に横たわる一つの事実を岳と吉見に突き付けていた。

 三月一一日午後二時四六分に東北地方太平洋沖で発生した本震直後からテレビは震災関連のニュースを報じ続けている。その大半は途切れる間もない生放送であったが、数日を経る頃には少しずつCMコマーシャルも挿入されるようになってきた――が、誰もがに異変を感じ取っていた。あるいはと表すべきかも知れない。

 民放各局はスポンサーから提供される資金に基づいてテレビ番組を制作している。その見返りとして幕間に挟むCMで宣伝活動を代行する形となるわけだが、『三・一一』以降から公共広告の映像にことごとく差し替えられ、出資企業の名称なまえが意図的に伏せられる状況が始まったのである。

 それはつまり、利益を目的としたCMが放送し難い状況に陥ったことを意味している。多くの企業は宣伝活動を自発的に控えたのだが、この風潮に前後して「被災地とは異なることに目を向けるのは人間として間違っている」といった奇怪な〝使命感〟がどこからともなく流れ込み、決して少なくはない数の〝良心〟を揺さぶるようになっていた。

 週が明けた三月一四日を境にして報道特別番組ばかりが詰め込まれていた編成も震災以前の内容に戻り始めたのだが、CMだけは公共広告のまま変わらず、企業の自粛は依然として続いている。

 長時間に亘ってテレビと接し続ける視聴者にとって同じ内容の公共広告が繰り返される事態は檻の中に閉じ込められているかのような抑圧を意識させるものであった。

 そして、溜め込まれた焦燥は極限的な状況下ゆえに他のやり場もなく、捌け口を求めるならばに余人から批難されないだけの〝正義〟が必要となる。心がやつれ切ってしまう前に娯楽へ救いを求めた人間が〝悪〟として標的にされるまで時間は掛からなかった。

 一部の心ない人々――あるいは自分以外の〝誰か〟に鬱積したモノを叩き付けなければ破裂してしまいそうな人々が匿名性の高いSNSソーシャルネットワークを中心として自警団の如く〝正義〟を振りかざし、〝悪〟を追い詰めるようになったのだ。ときには同調圧力まで起こる〝不謹慎狩り〟であった。


「徳丸先生の言う通り、二人とも自分の足元をきちんと確かめるべきよ。被災地を回っていた八雲は把握していないのかも知れないけれど、今日、旗揚げ大会を行うはずだった女子プロレスの新団体でさえ断腸の思いで中止を決めたのよ。携わった全員が一生の想い出にできたはずの第一歩を……。無理を押し通してどうにかできる状況じゃないわ」


 岳の招聘に応じられる状況ではない女子プロレス団体を例に引きつつ、有理紗は格闘技界全体に波及した震災の影響を酷く硬質な声でもって諭していく。

 冷静になるよう二人に繰り返しながら、それが必ずしも本心ではないと自ら明かしてしまう声とも言い換えられるだろう。

 その一方、有理紗の一言一言がギロチン・ウータンにも突き刺さったようで、膝の上から取り上げた鞄を抱き締めつつ歯を食いしばって俯いてしまった。

 記念すべき日が掻き消えてしまった〝同胞〟の悲しみを我がことのように想い、全身を引き裂かれるような痛みに苛まれているのかも知れない。

 彼女ギロチン・ウータンが代表を務める女子プロレス団体『ちょうじょうプロレス』も三月一三日に予定していた興行が会場である後楽園ホールが立ち入り禁止となり、中止を余儀なくされているのだ。奇しくもMMA日本協会理事長の所属団体と全く同じ状況に陥った次第である。

 感情が昂る余り、常時一〇〇キロを維持キープし続ける肉体からだを震わせ、目も潤ませ始めたが、彼女ギロチン・ウータンの心を軋ませるは女子プロレスラーが共有する艱難辛苦だけではなさそうだ。


「……熱意だけで何とかできるのなら、『メアズ・レイグ』がとっくにやっているわ。だけど、〝現実〟はそれほど甘いものじゃない。二人とも本震の大きさを振り返ってみることね。あれと同じレベルの余震に襲われるかも知れない状況でスポンサーたちが開催に納得すると思う? ましてや、それを世間から批難されたら? ……今、動いている格闘技団体だって瀬戸際に立たされているのよ……ッ!」


 ギロチン・ウータンが尋常ならざる有り様に変わってしまった理由を推し量り、気遣わしげな眼差しでもって寄り添う有理紗は、この〝戦友〟も頭の片隅で考えているだろうことを呻くような声で絞り出した。

 彼女が代表として率いている女子MMA団体『メアズ・レイグ』は三月一一日に新宿のコンサートホールで興行イベントを開催するはずであった。

 安全の確保が不可能に近い為、延期ではなく中止という決断を下したものの、〝娯楽〟の全てを〝悪〟と断じる風潮がこれから先も続くようであれば五月に新木場で予定している興行イベントも自粛せざるを得なくなるのだ。

 運営そのものが立ち行かなくなるという理由で開催を強行しようものなら、まず間違いなく〝不謹慎狩り〟の餌食となる。ひいては連座を恐れたスポンサー企業が一斉に引き上げてしまうだろう。何よりも信頼関係が重んじられる以上は出資者の体面を傷付けるわけにもいかず、有理紗には正気を失いそうな状況が続いているのだった。

 は未曾有の震災が刻み込んだ恐怖と不安を糧として吸い込み、歪な形に膨らんでいく正義感である。都心にける『メアズ・レイグ』の興行イベントにまで影響が及んだ通り、〝不謹慎狩り〟の多くは被災地から遠く離れた場所で確認されているのだ。

 倒壊の心配がない家屋に籠り、満たされた腹を撫でながら暖房まで使える余裕ゆとりがあったればこそ短文つぶやき形式でメッセージを投稿するSNSの検索機能でもって自粛を破った〝悪〟へと辿り着き、相手の心が折れるまで執拗な攻撃を加えていられるのだ――が、その恵まれた環境が一瞬で根こそぎ奪われてしまうことを誰もが一〇日前に思い知らされている。

 今回は被災を免れたものの、〝次〟は自分の番に違いないという不安が平素の比ではない暴力的な反応を引きずり出し、世間の大勢が〝悪〟と見做した標的にを叩き付けてしまうわけだが、己の心に走った亀裂を誰かの慟哭で虚しく補ったとしても何一つとして慰めにはなるまい。

 しかし、誰一人として救われない憤怒の暴走を「人間の薄汚れた本性」などという尤もらしい一言で片付けてしまうのは浅薄にして傲慢であろう。

 示された日から一〇年余りが経過した現在いまとなっては笑い話に過ぎないものの、「一九九九年七の月に恐怖の大王によって人類は滅亡する」というノストラダムスの予言が取り沙汰された一九七〇年代半ばの日本はまつきょうの小説『日本沈没』などが引き起こした社会現象やオイルショックを背景とする混乱とも重なり、〝終末ブーム〟とでも呼ぶべき陰鬱な空気が垂れ込めていた。

 その再来とも感じられる状況をテレビが加速させているのだ。倒壊した自宅の前で悲嘆に暮れる被災者を探し、末世的な空気を意図的に醸し出そうとした番組が放送倫理を問われたことはこの場の誰もが恥ずべき悪例として受け止めている。

 己一人では抱えきれないほど大きな不安に取り憑かれた瞬間とき、人間の精神こころは暴走を始めてしまう。テレビという媒体をもってすれば、群集心理とも結び付く動揺を和らげることも不可能ではないはずだが、で注目を集めたいが為に正反対の愚挙を繰り返しているわけであった。

 鬼貫も窓の外に見つけた買い物客へ顔を顰めていたが、ここ数日でトイレットペーパーの買い占めが深刻さを増している。工場の被災によって紙製品全般が市場に出回らなくなると様々なテレビ番組が報じ、ただでさえ不安に苛まれていた人々がを求めて陳列棚に殺到した次第である。

 昭和のオイルショックにいて同様の現象が起きた際にもマスメディアは物資不足を盛んに騒ぎ立て、日本中から紙製品が消失するという異常事態を引き起こしている。〝終末ブーム〟などと呼ばれた時代から何一つとして変わらない不始末を無反省のまま平成でも再び仕出かしたわけだ。


「自粛ムード真っ只中で名乗りを上げるスポンサーが日本のどこにいるのかしら? 財源がなければ興行の支度はできないし、何より出場選手だって集められない。日本人選手はまず無理よね? ……これは東北だけの問題じゃないわ。今は日本のみんなが被災者も同然よ。海外の選手へ呼び掛けるにしたって、安全を確約し切れない傷だらけの日本に迎え入れるのは無責任極まりないわ!」

「今日の千代田区は輪番の中に含まれておらんが、震災の影響で始まった計画停電は当たり前のように享受していた〝日常〟が、もはや、そうではなくなったと強く実感させものだよ。これだけでもストレスが溜まってしまうのに最近は己の為すことをどこかの誰かに見張られているような薄気味悪さが付き纏っておる。そこにテレビが圧迫感を上乗せしてきたどうなるか――正常な判断力が壊される条件が今の日本には溢れておるのよ」


 己の身に圧し掛かっている難題を一つ一つ数えるような恰好で岳へと言い募る有理紗に続き、徳丸の重々しい一言が不死鳥の絨毯へと滑り落ちていった。

 MMA日本協会副理事長の見解は今まで以上に大きく心を揺さぶったのであろう。ギロチン・ウータンは我知らず床を強く踏み締めてしまい、激情を抑え込むべく幾度も幾度も深呼吸を繰り返した。

 小粒な瞳は化粧フェイスペイントを施していないリングの外では見る者に柔らかな印象を与えのだが、深淵とも喩えるべき最奥には今や怒りの炎が逆巻いている。


君が述べたように今は誰もがズタボロに傷付いている状況だ。心の動揺が一〇日程度で収まる筈もない。塞ぎ切っていない傷口は何かが少しでも触れれば痛みが走る。腫れて熱も持つ。小さな刺激で血が流れる状況ときに悪目立ちという言葉が陣羽織を着て歩いているような八雲君が派手に立ち回ったらどうなるか――吉見君にも理解わかるだろう?」

「MMA自体が不謹慎扱いされて袋叩きに遭うとでも? 上等ですよ! 不当な暴力ちからに屈するほどヤワな女じゃありませんって! 堂々と名乗りを上げてケンカすることもできやしないアホがナメた真似をするようだったら法律でブン殴ってやりますしねぇ!」


 そういって吉見は何者かを捜すように忙しなく首を回し、小会議室の隅々まで行き届く大声でもって「今こそ出番よ、たてやま大先生!」と呼び掛けた。

 敬称を付けて館山と呼び付けられたのは弁護士の立場でMMA日本協会に参加する女性であった。法律の専門家という独特の視点からMMAのルール策定などに携わっているのだが、自分の事務所を経営するほど優秀な弁護士が震災直後の大混乱に接して本業以外に時間を割けるはずもあるまい。

 被災した現地では避難所にけるプライバシーの保護や、救援物資の分配時に生じる不平等の解消といった身近な問題への相談が多い。これに対して都内に事務所を構える館山の場合は東京へ避難してきた被災者から災害救助法に関連する依頼を受けているのだ。

 法律家の立場による復興支援が託された館山が吉見の呼び声に返事などできようはずもあるまい。彼女のような人間は日本格闘技界にも多く、MMA日本協会の中にさえ館山以外の欠席者がいないわけではない。

 むしろ、現役の国会議員と日本を代表する実業家が岳の招聘に応じられたことこそ奇跡と呼ぶべきであろう。


「腰砕けになりそうな流れだけど、何のその。たてやま先生の腕は私が請け負うわよ。MMA日本協会がファイトマネーでモメたときにもちゃちゃっと解決――」

「――定香と岳さんの真っ直ぐさを私は尊敬している。自分も子どもたちの力になりたいという気持ちには大賛成だよ。でも、これはもっと視野を広げて考えなきゃいけないことではないかな? 慎重に慎重を重ねても追い付かないくらいに。釈迦に説法でも敢えて言わせて貰うよ。……不特定多数からの誹謗中傷を甘く考えてはいけない」


 勢いに任せて勇ましさで畳み掛けようとする吉見を遮ったのは、自身に割り当てられた椅子の座面に鞄を置き、通称リングネームを名乗りつつ立ち上がった〝戦友ギロチン・ウータン〟である。

 どれだけ吉見から加勢を求められても重い腰を上げようとせず、喧しいほどの呼び掛けも無言で受け止めるのみに留めていたギロチン・ウータンがこの会合にいて初めて口を開いたのだから、室内がどよめきの声で埋め尽くされたのは当然であろう。

 立ち上がった拍子に零れた一粒の涙がこれ以上ないというくらい重い意味を皆に投げ掛けている。

 不特定多数からの誹謗中傷を甘く考えてはいけない――震える声で吐き出された一言には吉見に応じられなかった理由の全てが込められている。先程も恥ずべき暴挙としか表しようのない〝不謹慎狩り〟への憤激を比喩でなく文字通りに噛み殺していたわけだ。

 拳を交えたこともある吉見は好敵手ライバル為人ひととなりに至るまでの長い長い闘いを十分過ぎるほど理解し、心から尊敬している。右頬を滑り落ちた哀しみの雫に心を貫かれてようやく己の浅慮を思い知ると、見苦しい有り様となってしまうのも構わずに頭髪かみを掻きむしったのである。

 プロレスそのものを全く理解していない人間はギロチン・ウータンに代表されるヒールレスラーという存在が筋書きシナリオに沿った役割キャラクターを演じていることにも想像が及ばない。試合を盛り上げる為にはルール無用の凶器を振りかざし、〝善玉ベビーフェイス〟の対戦相手も汚い言葉で面罵するのだが、こうした傍若無人な振る舞いをパフォーマンスとは考えられず、本物の人格破綻に違いないと信じ込んでしまうのである。

 相手の攻撃をわざわざ肉体からだを張って受け止めるプロレスの様式美を己の双眸で確かめようとも「これは観客を楽しませる為の趣向ギミックなのだ」という思考まで辿り着く可能性がないにとって〝悪玉ヒール〟とはそのまま社会の道義に反する無頼の徒であり、一族ことごとく叩き潰すべき憎悪の対象としか捉えられないのだった。

 それはつまり、「徹底的に追い詰めても殴り返されることがなく、また第三者から非道と咎められる心配も不要な対象」とも言い換えられるだろう。周囲まわりの皆が邪悪と見做して〝弾劾〟しているのだから、自分も罵詈雑言を浴びせて構わない。〝断罪〟の前にはあらゆる行為が許されるという形に思考が歪んでいくのだ。

 勧善懲悪の筋立てシナリオが真実の如く脳に刷り込まれてしまう者は〝善玉ベビーフェイス〟の人気が高ければ高いほど〝悪玉ヒール〟に対する〝制裁〟を苛烈化させる傾向があった。腐った飲食物を送り付けるような嫌がらせは悪質ながらもまだ可愛げのあるほうで、抜き身の殺意にまで拗れさせて警察が解決に動く場合ケースも少なくなかった。

 長年に亘り、第一線で日本の女子ヒールレスラーを引率してきたギロチン・ウータンはじまプリンスホテルに集結した誰よりも激烈な風評被害に晒されてきた。マットから去ることこそ自他の救いになるとまで思い詰めてしまうくらい絶望も数え切れないほど味わってきた。

 〝悪玉ヒール〟としての評価が高まり、テレビのプロレス番組などで取り上げられて知名度が上がるたびに身に覚えのない恨みを買ってしまい、ついには出掛けた先でも危険を感じるようになった。

 そして、このような被害がプロレスとは無関係の家族にまで及んでしまう危険性リスクを彼女は経験として知っていた。独り善がりな〝断罪〟に狂奔する人間から実家に石を投げ込まれ、両親からくれぐれも寄り付かないよう請われたヒールレスラーはギロチン・ウータン一人ではないのだ。

 彼女ギロチン・ウータンがまだ若手と呼ばれていた一九八〇年代半ばの〝悪玉ヒール〟は所属するプロレス団体や先輩レスラーからリングの外であっても人前では決して笑ってはならないと厳命されていた。悪逆非道という印象イメージが損なわれては〝善玉ベビーフェイス〟と繰り広げる試合も緊張感を欠いてしまうだろうと判断したわけだ。

 ファンとの交流すら禁じられており、サインを求める友好的な声にも怒号を返して追い払うしかなかったのである。一秒たりとも途切れることなく〝悪玉ヒール〟の演技パフォーマンスを徹底するよう要求されたのだ。プロレスを心から愛する人々は粗暴な振る舞いを〝キャラクター〟として受け止めて面罵さえもよろこびに換えられるが、一種の様式美を理解し得ない余所者の目にはファンすらも蔑ろにする最低の人間としか映らなかった。

 無論、これは女子団体に限定された問題ではない。一九八〇年代といえばのちに『鬼の遺伝子』と呼ばれる岳たちが異種格闘技戦を繰り広げるなどプロレス白熱の時代だが、その裏では興行の成功と引き換えに〝悪玉ヒール〟の役割を担ったレスラーへの逆恨みが膨らむという悪循環が常態化していたのである。

 ギロチン・ウータンはヒールレスラーの人格を犠牲にして興行を盛り上げるような二者択一のイメージ戦略を刷新しようと取り組み始めた世代の一人であった。

 当時はプロレス団体の経営陣フロントが「全員を育てるつもりはない。一人でも花形選手が生まれたら御の字」という方針を公言して憚らず、若い才能が使い捨てにされる時代であったのだ。二五歳を超えて現役を続けることをすら望まれなかったのである。

 所属団体の経営陣フロントと互角に渡り合えるほど台頭してからはファンに笑顔を向けることも解禁となった。一九九〇年代から二〇一一年まで長い年月を要したものの、同世代の仲間たちと共に女子プロレス全体の在り方を変革させていったのだ。

 二〇〇〇年代半ばに『超嬢プロレス』という団体を創業し、自らの手で舵取りを行うようになってからは子どもたちと触れ合う交流会も積極的に開催。試合にける〝キャラクター〟から大きく乖離しない平衡感覚が前提にはなるものの、〝悪玉ヒール〟としての演技パフォーマンスと本来の人格が一致しないことを認識して貰える機会を増やしていった。

 かつてヒールレスラーを苦しめたイメージ戦略をえて反転させた恰好であるが、これは過去への意趣返しなどではなく、性質そのものはIT社会を見据えた自衛策に近い。テレビ番組へ出演する際にも制作側サイドと交渉を重ね、暴言を吐き散らして視聴者の悪感情を煽るだけの〝演出パフォーマンス〟は抑えるようになった。


「昔は〝善玉ベビーフェイス〟として鳴らした定香には正真正銘の釈迦に説法だけど、が矛盾と反対を押し退けてでも〝愛される悪玉ヒール〟路線へ舵を切ったことにはちゃんとした理由があるのよ。殺意を浴びせられるくらい憎まれることが一種の美学だった時代を次の世代にまで背負わせたくないのよ。……私の喋っている内容ことがプロレスの回顧録じゃないって、定香にも皆さんにも分かるわね?」

「……〝パソコン通信〟が流行り始めてからはヒールレスラーも〝キャラクター〟の見せ方を本格的に練り直さなきゃいけなかったわね。筋書きシナリオへの理解や読解力リテラシーを呼び掛けるのは奇跡を期待するようなモンだし、それは現実的な解決策じゃないわ」

「時代に合わせて変わらなければならなかった理由は、今の状況にも徳丸さんの話にも通じている――それもオッケーね?」


 岳と同じく昂揚に身を委ねてしまう吉見に対し、彼女を諭していくギロチン・ウータンの声はリングにける悪鬼の如き立ち居振る舞いとは真逆というほど感情が抑えられ、理路整然としている。

 自らの意見を主張する際に相手の気持ちを挫いてしまおうと凄むことはなく、睨み据えて威嚇することもない。必要な言葉だけを丁寧に述べていく姿からも〝悪玉ヒール〟としての立ち居振る舞いがマット上の演技パフォーマンスであることは瞭然であろう。対話にいて最も重んじるべきことは相手の理解を促そうとする誠意であり、その説得に怒鳴り声など必要ないと弁えている人間の態度であった。

 このように誰からも慕われる本来の為人ひととなりをメディアへの露出を通して好印象ポジティブな形で伝える試みは彼女ギロチン・ウータンたちが若い頃から積み重ねてきた路線の継承である。バラエティー番組のみならず映画にも進出して〝悪玉ヒール〟レスラー全体の印象を塗り替えてきたのだ。

 〝悪玉ヒール〟はその役割キャラクターに徹するべしという先達の教えを振り切り、〝善玉ベビーフェイス〟との境目が曖昧になってしまうほどイメージアップを図ったのは、レスラーも人格を持った一人の人間ということを広く伝えなければならなかった為である。

 インターネットの普及に伴って心ない声がレスラーたちへ直線的に届く時代となってしまったのだ。二〇〇〇年代に至り、双方向の交流を利便化する道具ツールとしてSNSソーシャルネットワークサービスが発達し始めると、その傾向は更に加速した。

 〝憎まれることが一種の美学だった時代〟のギロチン・ウータンには俗に言う〝カミソリレター〟が日々大量に送り付けられていた。便箋の中にカミソリの刃を同封するだけでなく、開封する場所に仕込んで確実に怪我をさせる悪質な物も多かった。

 嫌がらせの手紙カミソリレターは後輩レスラーが処分を引き受けることも多く、同じ人間がしたためたとは思えないほど倫理と道徳を欠いた物は本人の目に触れないよう闇に葬られていた。カミソリの刃が封筒全体に仕込まれていても、ハサミなどを巧みに使えば負傷を免れることも難しくはなかった。

 しかし、現代いまはこうした予防策が効果を発揮してくれない事案ケースが多い。ファンとの交流や広報活動の一環として活用しているSNSに人格否定まで含めた罵倒のメッセージを送り付ける人間が後を絶たないのである。

 それは形を変えた〝カミソリレター〟に他ならない。暴言を受信しないよう設定し、悪質な利用者アカウントをSNSの運営企業に通報しても相手は名前を変えて再登録してくるのだ。ここまで執拗に狙われてしまうと実質的に避けようがなかった。

 インターネットの世界で社交を促進するSNSは直接的に人間関係が繋がる為、憎悪も抜き身のまま届いてしまう。一通や二通ならば黙殺すれば済むのだが、数分と経たない間に大量の罵声が押し寄せてくるのだから、精神的な苦痛も過去の〝カミソリレター〟とは比べ物にならないのである。

 しかも、暴言の対象はレスラー本人だけに留まらない。その家族や友人がSNSを利用している場合は被害が際限なく拡大してしまうのだ。吉見定香が「堂々と名乗りを上げてケンカすることもできやしないアホ」と罵るような人間は〝悪玉ヒール〟の実家を探し当てて石を投げるよりもSNSの暴言で追い詰めることこそと考えるのだ。

 これら全ての危険性リスクをギロチン・ウータンたちは懸念し続けてきたわけである。


「自分の経験上、実際の被害が確認されない以上は警察も迂闊には動けない。殺人予告同然の手紙が届く状況でも漫画や映画みたいな身辺警護は有り得ないわ。裁判所も接近禁止命令を出しようがないのだから、あらゆる対応がどうしても後手後手に回ってしまう。その間に身近な人たちが攻撃対象になってしまったら? ……裁判は〝落とし前〟を付ける手段ではあるけれど、物理的な盾になってくれるワケじゃないのよ、定香」


 法律に基づく対処で報復は可能だが、裁判所に頼らざるを得ない時点で、既に取り返しのつかない事態が起きている――指摘そのものには意外性もなく、誰もが想定できる範囲であったが、ギロチン・ウータンの発言という事実によって重みが全く変わるのだ。

 現在いまの彼女は一人のレスラーではなく、女子プロレス団体を率いる代表者の顔で好敵手ライバルと相対していた。鬼貫道明や徳丸富久千代を向こうに回しても吉見は攻勢を緩めなかったのだが、今度ばかりは口を噤むしかなかった。

 子どもたちの力になりたいという吉見や岳の気持ちに呼応しながらもギロチン・ウータンが賛同に至らなかった理由をこの場の誰もが理解している。

 短文つぶやき形式でメッセージを投稿するSNSの画面が罵詈雑言で埋め尽くされてしまう事案ケースも決して珍しくはない。誰も彼もインターネットの向こうに生身の人格があることを想像できず、感覚としては無機物を蹴り飛ばすようなものであった。

 過去の〝カミソリレター〟は激しい憎悪の顕れである。善悪と是非はともかくとしてカミソリの刃で〝制裁〟を加える方法にも工夫が凝らされていた。並大抵の執念がなければ途中で頓挫するようなものであり、そこまで力を注げる人間も必然的に限られるわけだ。

 しかし、現代いまはパソコンや携帯電話から簡単な操作のみで言葉の刃を叩き付けることができる。傷付けられた側が画面の向こうで血の涙を流しているとは想像せず、命を脅かす深刻な事態と捉えるわけもなく、手足に止まった蚊を叩いて潰すように気軽く人間を追い詰めていく――人と人との結び付きを無限に広げられるSNSソーシャルネットワークサービスは、誰もが死神スーパイになり得る時代をも象徴しているのだった。

 〝悪玉ヒール〟レスラーたちは時代も世代も超えていびつに膨らんだ正義感の暴走に絶えず脅かされてきた。それは『三・一一』以降にSNSソーシャルネットワークサービスを席巻する〝不謹慎狩り〟と不気味なほど一致しているのだ。四半世紀にも及ぶイメージ戦略の刷新を例に引くギロチン・ウータンがを指摘し続けていることに気付かない人間は一人としていなかった。


はプロレスという文化を腐らせる大敵としてずっと忌み嫌われてきた。連中からすれば犯罪という意識もない正義の裁きというワケね。それだけなら古い笑い話に換えられなくもないけれど、天災の直後というこの時節に同じような意識が高まれば〝カミソリレター〟とは別の危険リスクが生じるわ」

「……関東大震災と同じ過ちが格闘技界で再現される事態だけは何としても避けなければなりませんよね? 正直、一度は危ないところまで行きましたし……」


 かつては『新鬼道プロレス』に所属し、負傷による引退まで『鬼の遺伝子』の一員として闘った麦泉から答え合わせを求められたギロチン・ウータンは一等強く頷き返し、全国に支部を持つ空手道場『くうかん』と打撃系立ち技格闘技団体『こんごうりき』の両方を代表して出席している男性に二人揃って目を転じた。

 それは日本格闘技の関係者の間に冷たい戦慄を伴って駆け抜けた急報である。

 東北の被災者は大勢が避難所での生活くらしを余儀なくされており、人の気配が消え失せた町に空き巣とも火事場泥棒ともたとえるべき者たちが出没し始めた――と、実しやかな風聞うわさSNSソーシャルネットワークサービスに流れるようになったのだ。

 玄関や壁が破壊されたまま冷たい風に晒されている家屋は忍び込むことも容易く、流出を免れた金庫などは入れ食いも同然であろう。実際に窃盗目的でボランティアに紛れ込んだ人間も少なからず確認されており、被災した信用金庫やATMから現金を奪った者たちが何人も逮捕されている。

 一定の説得力を持つ風聞うわさに接して義憤を燃やした『くうかん』の空手家数名が自警団を結成して被災地に乗り込むと声を上げたのは宮城県でガソリン窃盗事件が発生した直後のことである。

 『くうかん』本部がインターネット上に設置した災害用伝言板パーソンファインダーには東北各県の支部道場や門下生から未曽有の大災害という〝現実〟が時間を置かずに届けられている。被災地の援けたいという志こそ岳と同じでありながら、それがからぬ形で働いてしまったわけだ。

 ギロチン・ウータンより示された仮定を受けて麦泉も例に引いたのだが、遡ること八八年前――大正一二年九月一日に発生した関東大震災でも同様の事態が起きている。焼け野原と化した東京の治安維持を掲げていたはずの自警団が事実無根の流言飛語に惑わされ、国内外の人間を不当に殺傷する事件が多発したのだ。

 自警団を構成する大多数が錯乱状態に陥り、組織的な暴力としての側面が先鋭化した成れの果てといえるだろう。遠回しながら実例に触れた麦泉のみならず、この場の誰もが八八年前の過ちを繰り返してはならないと理解わかっていた。

 『くうかん』門下生の暴走は二人分の視線を受け止めた空手家の男性と、彼に同行して真隣に腰掛けている息子が懸命の説得を試みて未然に防いだものの、腕力ちからもってして正義を打ち立てるという呼び掛けは他の格闘技団体でも十分に起こり得るのだ。

 関東大震災の事例に限らず、洋の東西も問わず、自警団と呼ばれる組織は処罰の対象を現行の法律に求めるのではなく、個人の主観で決めてしまう点に本当の恐ろしさが潜んでいる。公平な裁判も差し挟まない〝私刑〟に過ぎないわけだ。それ故に「疑わしい」と感じたそのだけで処断できてしまうのである。

 ギロチン・ウータンは注意や自重を促したのではない。格闘技や武道に携わる誰もが共有しなければならない問題に対して深刻な警鐘を鳴らしたのだった。


「……〝不謹慎狩り〟と自警団か。メディアは自粛ムードという人目を引きそうな標語を連呼して、この両方の可能性を煽り立てている。下手にカチ合えば暴力の連鎖になるのは必定――いや、暴力の応酬まで行き着くことは免れまいな」

「自分たちの信じる正義の反対側にいる〝悪〟にはどこまでも無慈悲になれるのが人間という生き物です。私の実家は窓という窓を投石で破られるで済みましたが、日本中が錯乱し掛けている今なら大岩を担いで乗り込んでくるのは間違いないです。……認めたくはありませんけど、〝不謹慎狩り〟は私たちの反対側にる別の正義ですから」


 「暴力の連鎖」という言葉に対し、ギロチン・ウータンは発言者である徳丸の顔面に右の人差し指を向けるほど強く反応してしまった。我知らず無礼を働いてしまったことを即座に詫びたものの、至近距離であったなら指先が鼻のあなに突き刺さっていたはずだ。


「潰し合い同然の状況まで拗れたらワイドショーは〝数字〟欲しさに視聴者が飽きるまで取り上げるだろうよ。『どっちが正しいのか、ハッキリさせないとみんな納得しない』などとぜにつぼ辺りが見せかけの義憤をがなり立て、お茶の間の悪感情に火を点けるさまも容易く想像できるな。いちいち『みんな』と強調してな」

「……『みんな』と、いちいち味方を付けなければ持論も話せないのは情けないですね」


 ギロチン・ウータンの問題意識を理解しているMMA日本協会の副理事長は過剰な反応を戒めることもなく、その指摘に自らの見解を重ねていく。

 事件の発生と立件・起訴という段階を踏まなければ裁判所も頼りにならず、法律も取り返しのつかない事態を物理的に防いでくれる盾ではない――先ほどギロチン・ウータンが訴えた危険性は徳丸が述べた〝暴力の応酬〟とも表裏一体なのである。

 八雲岳は日本中に蔓延する自粛ムードへ逆らおうとしている。〝不謹慎狩り〟の餌食にされることは間違いないが、彼に〝制裁〟を加えんとする者たちは当人を叩き潰すだけでは飽き足らず、対象の中に未稲や嶺子をも含めていくことだろう。抗う力すら持たない小さなひろたかから先に狙われるかも知れない。

 根底に流れる歪んだ正義は関東大震災にける自警団の事例と大きくは変わらないだろう。八雲家並びに表木家だけでなく、じまプリンスホテルに集められた全員が無差別に襲撃され兼ねない可能性は〝悪玉ヒール〟レスラーを精神的に追い込む〝カミソリレター〟が実例であった。


「こうなって来ると、いよいよぜにつぼまんきちが忌まわしくんてならんな。法律で殴った程度では仕留めきれないだろうし、本気で消すには『デラシネ』でも雇わねばなるまいよ」


 『デラシネ』とは水面を浮かぶ根無し草のことであり、転じて特定の組織に所属しないフリーランスの殺し屋を指す隠し言葉であった。裏社会の事情に詳しい人間でもなければそもそも接点すらなく、麦泉と有理紗は解説を求めるように互いの顔を見合わせ、揃って首を傾げている。

 樋口郁郎と鬼貫道明はそれぞれの立つ場所で同時に口元を引き攣らせ、岳などは「アンタが言うとシャレに聞こえねぇんだよなァ」と盛大に肩を竦めてみせた。MMAの海外普及という〝スポーツ外交〟に携わっている吉見定香も『デラシネ』という裏社会の隠し言葉を聞いたおぼえがあるらしく、困り切った様子で頬を掻いていた。


「……銭坪満吉あれはMMAを潰す好機を決して見逃すまいよ。八雲君が我々を招いたことも耳に入っているだろう。何かボロを出すのではないかと、手ぐすねを引いて待っているに違いない」


 銭坪満吉とは歯に衣着せぬ物言いが昼間のワイドショーにて持てはやされるスポーツ・ルポライターである。競技選手や団体に対する誹謗中傷を記事にすることで金を儲けているといっても過言ではなく、居並ぶ格闘技関係者にとっては名前を聞くだけでも耳が穢れるような男であった。

 遡ること一年前――他を寄せ付けない圧倒的な強さで横綱に上り詰めたモンゴル・ウランバートル出身の『はがね』がマスコミから執拗な攻撃を受けて引退まで追い込まれたのだが、これを扇動したも銭坪である。

 憤りを込めた諧謔か、怒りに突き動かされた本心であるのかはともかくとして、〝裏の仕事人〟を差し向けたいとMMA日本協会の副理事長が口走ってしまうことも頷ける人物というわけであった。

 その銭坪に小遣い欲しさで日本格闘技界の内情を漏洩する裏切り者など混ざってはいないかと疑うよう徳丸は瞳に力を込め、不死鳥の絨毯の上に立つ人々を見回した。

 スポーツ・ルポライターとも認め難い男に内通しているのではないかと勘繰られた恰好であり、無遠慮にめ付けてくる視線を誰もが侮辱と受け止めていた。

 MMA日本協会の役員でありながら格闘技と接点のない〝部外者〟という意識も働き、徳丸を取り巻く空気はたちまち張り詰めていく。尤も、『ラッシュモア・ソフト』の社長はあらゆる方向から突き刺さる視線すら意に介さず、右の耳朶を同じ側の五指で摘まみ続けていた。

 〝巨大王国〟の一員だけに肝が据わっているようで、徳丸が伴ってきた秘書も敵意に満ちた視線を浴びながらたじろぎもしないのだ。


「銭坪の野郎なんて倅がMMAの挑戦に躓いちまったもんだから、オレたちを逆恨みしてるだけじゃないですか。詐欺紛いの意趣返しなんて無視シカトしちまえば良いんですよ!」

「我々が相手にしなくとも汚い声こそ世間は聞き耳を立てるのだよ、八雲君。新団体立ち上げの為に震災を〝餌〟にしたと下世話なワイドショーで吹聴されたらどうなる? 彼女の懸念が最悪のシナリオとして的中してしまうぞ」


 徳丸の目配せを受け止めたギロチン・ウータンは、室内の視線が己に集中するのを見計らってから重々しく首を頷かせた。改めてつまびらかとするまでもなく表情は硬い。如何にも厳めしい態度をもってして岳に自重を求めた次第である。


「鬼貫くんの言葉を借りるようだが、今度こそ日本のMMAには致命傷になる。……あれは同調圧力を作り出すのが腹立たしいほど上手い。昨今の自粛ムードを誰よりも歓迎しているのはあの忌まわしい男であろうよ」


 徳丸副理事はMMAという〝娯楽〟がに対する反逆としてマスメディアの餌食となり、不謹慎という反論し難い烙印を押される事態に懸念を示していた。

 日本MMAに携わる人間は被災地の痛みと悲しみを分かち合うべきときに非常識な金儲けを平気でやってのける――低俗ながらも大勢の目に触れるワイドショーで銭坪がそのように吹聴してしまえば、根拠のない誹謗中傷が〝真実〟の如く蔓延し、この国でMMAの興行イベントを開催することが難しくなるだろう。

 『メアズ・レイグ』といった活動中の団体をも巻き込んで破滅する危険性が極めて高いのだから、MMA日本協会の副理事としては慎重とならざるを得ないのである。


「想い出してくれ、八雲君。戦後プロレスと力道山が昭和の日本人を励まし、高度経済成長に貢献したことは間違いない。しかしだね、それも終戦直後ではなかった筈だ。敗戦で荒んだ心が多少なりとも落ち着いた頃だよ。焼け野原のド真ん中で〝娯楽〟に熱狂できるほど人間は強くはない」

「空襲で焼き払われた更地を勝手にロープで区切って、自分てめーの土地と言い張って隣近所と殴り合いってな猛々しい話はオレも知ってますがね、徳丸さん、やれるかやれないかってトコでウロウロしていたんじゃあ、復興支援そのものがちっとも進みませんよ!」

「……復興支援自体には私も異論はないさ。鬼貫君だってその点は同じ気持ちの筈だ。しかし、それを受け取る側のゆとりまで考慮しなくては一方的な押し付けになってしまうのではないかね? そうなっては善意ではなくただの独り善がりだ」


 コントローラーの操作は指先の細かい運動になり、テレビゲームという〝情報処理〟が脳の活性化にも繋がるとして電子競技eスポーツをリハビリや老化予防にも役立てようと提唱する徳丸だけに指摘の一つ一つが繊細である。

 岳の志を自分たちも共有していると明言した上で同意に至らない最後の一線を示した。


「私の知る限り、独り善がりに付き合ってくれる企業はどこにもない。情熱一つで共感してくれるのは不況の恐ろしさを理解していない作家が気ままに書いた絵空事だけだ。申し訳ないが、私だって出資は控えるよ。……スポンサーが慈善活動でないことは八雲君も思い知っているだろう? あくまでも広報ひいては経済活動なのだよ。共倒れは誰だって避けたい。力道山に倣おうというのなら旗揚げのタイミングこそ見計らう必要が――」

「――それでは何時ならMMAを再開できるのですか? 私たちが命を懸けているのは押し付けなんかではないっ」


 岳に成り代わって徳丸に問い質したのは今まで窘める側であった有理紗である。

 MMA日本協会の最長老の言葉をかなり強い語気で遮ってしまった形であるが、それは本人にとっても思いがけない行動であったようで、この場に居合わせた誰よりも両目を見開き、驚愕と困惑を綯い交ぜにした表情かおで立ち尽くしていた。

 有理紗もMMA団体を率いる人間である。感情が先走る岳と吉見に落ち着いた議論を訴え続けてきたものの、本質的には二人と同じであり、徳丸の主張には密かに思うところがあったようである。

 自分まで冷静さを失っては折角の会合が物別れに終わってしまうだろうと懸命に押し殺してきた感情が不意に溢れ出したわけだ。その気持ちが痛いくらいに理解わかってしまう麦泉は誰にも見られないよう机の下で左右の人差し指を打ち合わせた。

 斜向かいに座っている徳丸だけはそれに気付き、拍手の代わりであろうことも理解すると機嫌を損ねるどころか、麦泉と有理紗を交互に見つめながら柔らかく微笑んだ。


「――復興への貢献というビジョンは大前提として、八雲先生の発案をコンスタントに行う経済活動と捉えるか、期間限定の支援活動と考えるか。この軸を見定めないことには先生が嘆かれ、徳丸先生が危ぶまれる状況が連鎖的に繰り返されるだけでしょう」

「お、おォうっ? 次は君が参戦かぁ⁉」


 有理紗の咆哮がもたらした沈黙に割り込むような形で口を開き、岳を「思った以上に四面楚歌なのかよ⁉」とおののかせたのは徳丸の一つ隣に腰掛けるすけよりという大柄な男性であった。

 この会合にはタートルネックのセーターにレザージャケットを組み合わせた出で立ちで出席しているが、新聞やテレビのニュース、格闘技雑誌パンチアウト・マガジンには柔道衣を纏って登場することが多く、こめかみから顎の輪郭に産毛の如く細かい髭を蓄えた顔を知る誰もが現代日本を代表する柔道家の一人と認めていた。

 齢七〇という徳丸富久千代を超える者は居ないが、じまプリンスホテルに集まった人間は四〇代以上が殆どであり、傍目には日本格闘技界の首脳会談の様相である。若い格闘家ならば入り込んだ瞬間に緊張で立ち竦んでしまいそうな状況の只中にって、佐志輔頼は今年で三一歳――を除けば最年少であった。

 それにも関わらず、物腰から日本MMA復活という発案に対する反応まで非常に老成しており、ホテルの従業員が上げる悲鳴ごと泥だらけの長靴でもって不死鳥の絨毯を踏み付けにする男のほうが年下と見えるくらいだ。


ということなら僕は最初からそのつもりで臨んでいますよ。〝自分たちの力〟を東北支援にどう繋げるのか、居並ぶ誰もが真剣に考えているからこそ、話し合いも熱が入るのでしょう。八雲先生もそう願って『日本晴れ応援團』を名乗ったのでしょうし」


 相手を見据えて語る双眸が何よりも印象的な男である。今も岳を瞳の中央に捉えたまま微動だにせず、瞬きの回数が極端に少ない。そして、〝瞳の中央〟に相手の身を映しながらも傍目にはどこか焦点が合っていないように見えた。

 歩行時の支えとなる杖をテーブルにも立て掛けていることからも察せられる通り、佐志の双眸は緑内障によって光を失っている。一度でも聞けば記憶に刻まれ、完全に聞き分けられるというので最初の発言のみに限定しているものの、皆が本名フルネームを告げるのは自らの声を彼に真っ直ぐ届ける為である。

 視覚として岳の出で立ちを確認することが佐志には叶わないものの、研ぎ澄まされた四つの感覚でもって相手との距離から位置関係に至るまで本人の声や周囲の反応から正確に読み取っていた。

 白い布に大書された文言を諳んじたことが何よりの証左である。他の出席者たちの呟きから一字一字をわけだが、彼の知覚神経は思いも寄らない異論に慌てふためく岳の表情かおまで把握しているのだった。

 佐志輔頼が現代日本を代表する柔道家であることは誰もが認めている。視力のハンデをも力に換える武道――〝ブラインド柔道〟の選手なのだ。あるいは二〇〇八年にキンで開催されたパラリンピックの出場選手とも言い換えられるだろう。


「二択っつうコトなら、そりゃあ、息の長い団体にしないといけねぇって思うよ。一度や二度、興行を打つだけならコンビニで募金するのと大して効果も変わらねぇ。持続的に義援金を送れるような仕組みにしねぇと。契約して貰う選手だって短期間で解散しちまうんじゃ張り合いないだろうぜ」

「それでは長期的な展望を模索する方向で参りましょう。過去のチャリティー試合マッチにも実例がありますが、開催地は被災した東北各県を想定されているのですか? それもまだ明確化なさっておられませんよね? 活動の拠点をどこに据えるのか、それによって団体の性質も興行の規模も大きく左右されますが……」

以前まえに鬼貫さんの店で挨拶して以来だけど、やっぱり佐志君は知恵も度胸も抜群ね」


 有理紗が先程の咆哮も忘れて唸ってしまうほど佐志輔頼は岳の草案を具体的な計画へと組み立てていく。現時点で不足している部分の指摘も的確であった。

 ブラインド柔道の将来を背負って立つパラリンピアンであるのと同時に佐志は極めて優れたビジネスパーソンでもある。心身にハンデを持つ人たちに安心して働ける場を提供する人材派遣会社に於いてスタッフのマネジメントを担当しており、組織の運営というものを多角的かつ深く掘り下げていく視点は知識や経験によって裏打ちされているのだ。

 思考の展開は起業家として通用するほど冴え渡っており、目標だけで中身の乏しい〝夢物語〟とは違って一言一言が揺るぎのない自信に満ち溢れている。代表として団体を率いる有理紗とギロチン・ウータンは互いの顔を見合わせ、感嘆の溜め息と共に「こういう相談役が居てくれたら助かるのに」としみじみ苦笑いを浮かべてしまった。

 必ずしも自分と同じ反対意見ではないものの、佐志の立論には経済人として感じ入る部分が多いのだろう。徳丸は一つ隣に腰掛けている若き才能に頼もしそうに見つめ、頬を緩ませていた。

 組織運営の〝現実〟を知る者たちを揃って驚嘆させた佐志の思考では団体の立ち上げと興行をそれぞれ別個に捉えるわけがない。企業に置き換えて考えてみれば、事業計画を失念したまま資金繰りに関する議論が延々と繰り返されているようなものである。が定まらなければ出資者への提案プレゼンは言うに及ばず、銀行との交渉すら立ち行かないのだ。


「テレビ中継ってテがないワケじゃねぇけど、やっぱり現地開催でなけりゃ届けられる元気も半分! それじゃ少しも足らねぇよ! 救援物資は『ジプシアン・フーズ』――オレの親友ダチのトコでも送れるけど、格闘家なら格闘家の立場でやれる復興支援に全力以上を傾けていかないとよ!」

「自分はブラジリアン柔術も習っていますし、間に合ったというか、二つの瞳でることができた八雲先生の全盛期は現在いまでも鮮明におぼえています。……ですが、でMMAを放送してくれるテレビ局が日本のどこにあります? 生意気なことを申し上げるようで心苦しい限りですが、自分は一社も思いつきません」

衛星放送パンプアップ・ビジョンがあるじゃねぇか。他力本願は好かねェが、あそこは樋口の顔も利くし」

衛星放送パンプアップ・ビジョンへ頼るにしても有料チャンネルだけに契約しないと始まりませんよ。そして、コンテンツ自体が他のスポーツと比べてマイナーだから東北全体で集計しても登録者は圧倒的に少ないはず。それでは届けられる元気も雀の涙くらいでしょう。八雲先生の志を果たせないどころか、労力ばかりが膨大で成果に結び付かないと〝次〟も望めません」


 格闘技全般を幅広く取り扱うチャンネルがあり、テレビの地上波放送から撤退せざるを得なくなった日本MMAが最後の拠り所とした衛星放送すら選択肢から切り捨てられてしまった樋口は本人に気取られないよう佐志から窓に目を転じた。

 買い物帰りとおぼしき人々が段ボール箱を左右の脇に抱えながら眼下の歩道ですれ違っている。いずれの箱にも側面にはトイレットペーパーのイラストが刷り込まれていた。


「それなら、やっぱり現地! 現地で開催るべきだぜ! オレはな、佐志君、できれば被災地巡業をやりてぇと思ってるんだ! これこそ長期的な展望ってヤツよォ!」

「さすがに被災地を巡る興行イベントはチャリティーの意義を危険性リスクが上回るかと。先程も先生が述べておられた通り、開催中に大きな余震に見舞われたら、が被害を拡散させ兼ねません。それに細かいことを申し上げますよ、今のは長期的な展望ではなくて八雲先生個人のこだわり、あるいは激しい思い込みに過ぎません」

「兄貴たちよりずっとキツいぜ! 一個一個を理詰めで潰されてる感じ! なんつーか、今なら〝モグラ叩き〟のモグラの気持ちが切なく理解わかるぜ!」

「つまり、俺の言いたかったことが佐志君を通してようやく伝わり始めたというワケか。……岳とは三〇年の付き合いだが、コイツを理屈で説き伏せる人間なんて初めて見たぞ」

「ま、まだまだ~! これしきでへこたれちゃいられません! 負けてなるものかッ!」


 鬼貫と福丸に続いて佐志にまだ異論を唱えられてしまった岳は、比喩でなく本当に泥まみれの頭を抱えた。

 偶然ながら同時に異種格闘技食堂『ダイニングこん』へ訪れた際、鬼貫を通じて紹介されたことで岳は佐志輔頼と知り合ったのだが、閉店まで話し込む間に自分より一回り以上も年下の男に感服してしまったのである。「敬服」と言い換えるべきかも知れない。

 自分と同じく両目の光を失いながらブラインド柔道を極め、一九八八年ソウルパラリンピックにいて金メダルに輝いたうしくぼのもとでも稽古を積んだ――そのように佐志は語ったのだが、岳から最も感銘を受けたことをたずねられると本来は一言では表せないと前置きした上で「玄関にも段差がないという道場のバリアフリー構造」を挙げた。

 牛窪道場がバリアフリーの改修工事を実施したのはパラリンピックから三年後――日本ではその発想自体が珍しかった一九九一年のことである。この偉大なる先駆者と同じように自分もまた心や身体からだにハンデを持った人たちに寄り添い、その可能性が開花しやすい社会を作りたいと岳や鬼貫に熱弁したのだ。

 しかも、目的意識ばかりを高く設定した〝夢物語〟ではない。人材派遣の仕事マネジメントで培ったノウハウや大学在籍中の失明から柔道を通して生き甲斐を取り戻した己の経験に基づき、実現可能な計画を述べていったのである。

 そこに起業家としての才覚を感じ取った岳は、新しいMMA団体の旗揚げには佐志輔頼こそが手掛かりになるだろうと期待してじまプリンスホテルに招いたのだ。年齢としの差を超えて大いなる器と認めた男に賛同を得られなかったのだから悲嘆も一等深いのだった。


「八雲先生にセッティングして頂いたのは話し合いの場であって、勝ち負けを競うものではありませんよ。それに自分としては鬼貫先生よりも八雲先生に気持ちは近いつもりでおります。三国山庄吉コラキチ・ハマダの柔軟な発想力や応用的な思考には学ぶことも多いですよね? そういう意味では八雲先生に成り代わって鬼貫先生と闘わなくてはならないかも知れません」

「矛先が向いているのは実はこっちなのか⁉ 若人よ、老人はいたわってくれ!」


 岳に負けないほど大仰に悲鳴を上げる鬼貫へと双眸を向けた佐志は「無礼を重ねて本当に申し訳ございません」とこうべを垂れた。

 建設的な思考の持ち主だけに感情ではなく要点を押さえた言葉を連ねており、傍目には遠慮の二字を心得ていないように思えるが、それはあくまでもビジネスパーソンとしての一面であって、佐志本人が礼節を重んじる人柄であることは物腰からも明らかである。

 頭を抱えて見せた岳は言うに及ばず、鬼貫の側も悲鳴こそ上げたが、本気で困っているわけではなく、〝〟を持たせる為の冗談にも近いのだ。


「僕も一〇〇パーセント、八雲先生を支持してはいません。現地開催へのこだわりは如何にも危うい。災害対応で忙しい中へ無理矢理に押し掛けていって、反対に迷惑を掛けてしまったら目も当てられませんし、そういうケースは過去にも数え切れません」

「そうは言うけど、佐志君よォ……衛星放送パンプアップ・ビジョンがダメで、地上波も締め出し状態なら観客の前にリングを設置して闘うしかないじゃね~の? 都内でってもチャリティー試合マッチにはなるがなァ、それじゃ募金活動と変わらないんだ。オレの考えはそうじゃねぇんだよ」

「そもそも自宅まで戻れない方はテレビ視聴自体が難しい状況ではありませんか? 避難所では災害情報の確認が最優先ですから個人的な趣味で特定のチャンネルに合わせ始めたら大喧嘩になるのでは?」


 佐志が並べ続ける指摘は一つ一つがその場の皆を納得させ、首を頷かせるものである。避難所という個人の感情を抑えていないと物事が立ち行かない環境でごく一部の人間のみを満足させる娯楽が共有物のテレビを独占すれば、風船の如く膨らんだ鬱憤はたちまち破裂することだろう。


「個人の趣味が個人の権利として心置きなく楽しめる形で映像を届けるというのはどうでしょうか? 興行イベントを動画サイトで配信するという選択肢は今こそ最も有効ではないかと」

「つまり、『ユアセルフぎんまく』みたいなイメージか?」

「まさしく『ユアセルフぎんまく』です。生放送の配信機能を利用すれば八雲先生の望まれる形に限りなく近付けられるはずですよ」


 反論を受けて落ちそうになった岳の肩を引き留めたのも佐志の言葉である。彼は反対の意思を表明するだけでなく、その代替かわりとなり得る方策も示していくのだ。東北巡業という主張を危険視しながら全世界に登録者ユーザーを抱える動画配信サイト『ユアセルフぎんまく』の利用を提案したのである。

 くだんのホームページでは完成品とも呼ぶべき動画ビデオを投稿するだけでなく、機材と環境さえ整えればアマチュアでもテレビ局と同じような生放送番組を配信することが可能なのだ。


「充電や電波の確保といった課題は残していますが、携帯電話さえ手元にあれば、どこでも誰でもを楽しむことができます」

「どうしたってテレビに依存せざるを得ない衛星放送パンプアップ・ビジョンより間口を広げて、更に敷居まで下げられるから一石二鳥だねぇ。おまけに需要と共有をピンポイントで合致させられる分、ソロバンも弾き易いと来たもんだ。佐志君、大学では経済学専攻だったっけ?」

「いえいえ、自分は弁護士を目指していました」


 佐志の提案に誰よりも早く良好な反応を見せたのは離れた位置で聞き耳を立てていた樋口である。右の中指と親指を打ち鳴らし、同じ側の人差し指でもって彼を示しながらインターネットに活路を見出すという発想を口笛まで交えて讃えた。


「俺みたいに脳が半分錆び付いちゃったみたいなおっさんには逆立ちしたって出てこないアイディアだよ。その点、若い子は伸びやかで良い! ネット配信、大いに面白いじゃないの。本当に必要としている人だけが選ぶワケだから合理性の極みだもん。周囲まわりへの音漏れ対策にイヤホンを配り歩いたって構わないさァ」


 おどけた調子で褒めそやしながらも、あまり目は笑っていないので腹の底では納得し切れていない様子だが、個人的な感情を飲み下してしまえるくらい〝若い才能〟が生み出した発案に値打ちを見出していることは間違いないだろう。


興行イベント自体は首都圏で開催するとして、余震が来た場合にすぐさま避難できる場所へ試合場を設置するのはどうでしょう? 僕としては建物の倒壊に巻き込まれる心配のない屋外がベストだと思います。リングも金網のケイジも避難経路を妨げる危険性がありますし、思い切って取っ払ってみるとか」

「日本のMMAが今まで長い年月を掛けて培ってきたテレビ番組的なセオリーやノウハウから飛び越えちゃうのもネット配信ならではってトコだね。しかし、その場合は観客席はどうするんだい? 今のトコのアイディアだと選手やスタッフの安全は確保できそうだけど、観客を放り出して自分らだけ逃げるワケにもいかないだろう?」

「いっそ無観客試合で行きましょう、当日の試合は生中継ライブのみで。地震に備えた対策は勿論のこと、全国一律で同じ視聴環境にすれば、一番、

「今は何が不満を破裂させる〝針〟に換わるか分からん情況だしねぇ。佐志君、テレビ局からヘッドハントが来てるんじゃない? 俺も〝数字〟は気にしてたけど、そこまで視聴者目線に立っていたかと言われたら、ちょっと自信ねぇなァ」


 研ぎ澄まされた四つの感覚で樋口の腹の底を読み抜いたのかは余人には判らないが、佐志輔頼は己の発案こそ現時点で最善と確信している為、口篭もる瞬間がない。

 パラリンピックといった国際大会の規定にいて『B1』に属する彼には樋口の顔をることは叶わない。しかし、双眸が緑内障を患う以前と同じ視力であったとしても佐志はおくすることなく樋口と対峙したはずである。

 うしくぼに薫陶を受け、より開かれた社会を目指し、人材派遣のマネジメントという己の〝持ち場〟にて挑戦を続けてきた男なのだ。経験に裏打ちされた信念は決して揺るがなかった。


「それにしても無観客試合とは懐かしいじゃないの。ⅠT社会の最先端を連発した後に古めかしいモノを持ってくるのがまた奥ゆかしいね。鬼貫さんががんりゅうじまで同じコトをやったのは、アレは何年前でしたっけ?」

「……二〇年以上前の話を今さら持ち出すか。しかも、あのときは試合の緊張感を盛り上げる趣向であって、必要に迫られて客を入れなかったワケでもない。実例として取り上げるのは適切とは言い難いんだがなぁ……」


 出席者の中で最も年若い佐志輔頼が貫録と呼んでも差し支えのない雰囲気を纏わせる一方、樋口から唐突に巻き込まれてしまった鬼貫道明は口元を歪めながら面食らっている。

 樋口が例に引いたのは一九八七年一〇日の試合ことである。

 のちに明治維新まで肥後藩(現在の熊本県)を治めることになる細川家の立ち合いのもとで宮本武蔵と佐々木小次郎が伝説の決闘を繰り広げた巌流島――山口県下関市の『ふなしま』にリングを特設して無観客試合を敢行したのだが、は鬼貫や『新鬼道プロレス』の専売特許ではない。

 白い布の反対側で何やら号泣し続けている岡田健も同じ巌流島で同様の試みを行っている上に海を渡ったアメリカのマットでも類例は多く、プロレスの世界にいて無観客試合は目を剥いて驚くほど珍しいわけでもないのだ。

 だからこそ、プロレスラーたちは無観客試合と総合格闘技MMAの相性に疑問を拭えないのである。「無観客にしちまうと、どうしたって一体感が足りねぇんだよなァ」と、筋を痛めるのではないかと心配になる勢いで首を傾げた岳は言うに及ばず、ギロチン・ウータンと吉見定香の反応も芳しくはない。

 かつて『新鬼道プロレス』のプロレスラーであった麦泉も、樋口郁郎とは正反対に動画サイトのシステムを利用した無観客試合の配信には消極的な態度を取っている。他者の意見を肯定的に受け止める傾向の強い彼にしては珍しく左右の腕を組み、「それこそ準備が難航して復興支援が滞るんじゃないかなぁ」と眉根を寄せているのだ。

 麦泉も『バイオスピリッツ』の運営に関わっていたのだが、同団体はアメリカ最大規模のMMA団体『NSB』とは異なってインターネットによる試合の配信そのものに立ち遅れていた為、撮影に必要な機材を一つとして思い浮かべられない有り様であった。

 先ほど樋口も述べていたが、情報社会の申し子――いわゆる『デジタルネイティブ』の発想は〝パソコン通信〟という用語ことばすら一般には馴染みのなかった時代に青年期を過ごした人々にとって理解の範疇を完全に超えており、いていけない瞬間も多いのだ。

 業務の中でインターネットや電子メールを利用する程度であり、専門的な知識とは接点すら持ち得ない人間はこの場に麦泉一人というわけでもない。


「……無知を晒すようで情けないのですが、義援金はどうやって募るのですか? チャリティー興行イベントといえば募金は欠かせませんよね。収益の全額を義援金に充てるとしても全然足りませんし……。佐志さんはPPVペイ・パー・ビュー形式で売り出すことを想定しておられるのかも知れませんけれど、日本のMMAには『NSB』のようなノウハウもないのですよ」


 日本MMAがIT産業に乗り遅れてしまった現状を曝け出していく麦泉に対し、MMA日本協会の役員たちは誰一人として反論しなかった。国際的にも名声が響き渡ったゲームメーカーの経営者である徳丸でさえ口を真一文字に結んでいた。


「そこはPPVペイ・パー・ビューよりも基金の設立が有効ではないかと考えています。生中継ライブの合間に協力への呼び掛けと銀行口座のテロップを表示させては如何でしょう? より素早く義援金を被災地へ送れるのではないかと」

「おうおうおう! 基金はオレも大賛成だぜ! 最初ハナからそのつもりだったしよォ!」

「こうやって一個一個、それぞれの意見を少しずつでも擦り合わせて参りましょう。八雲先生と僕たちでは目的に至るプロセスが違っているのかも知れませんけど、被災した皆さんをたすけたいという気持ちは確実に重なっているのですから」


 感情という抽象的なものに焦点が当たり、膠着状態に陥りかけていた会合は佐志輔頼の存在によって歯車が大きく動き始めている。一つの軸である八雲岳の主張を彼は賛否の二極で分けてはいない。反対意見を述べることはあっても実現に向けた対案を着実に積み重ねていくのである。

 佐志が口を開いたことで初めて〝議論〟が本来の意味を持ったといえるだろう。それを認めていればこそ〝不謹慎狩り〟の暴発という観点から強く反対したギロチン・ウータンも現在いまは異論を挟まずに動向を見守っているのである。


「……とはいえ、ネット配信にはそれ相応の機材が欠かせませんし、結局は費用の工面が立ちはだかってくるワケですが……」


 現実的な視点から新団体発足の計画を捉えているからこそ幾度も繰り返された問題に佐志も辿り着いてしまうのだ。『デジタルネイティブ』であろうとなかろうと、予算カネという課題は世代を超えて共有するわけである。


「しかし、どうもなぁ、無観客な上に現地以外での開催だと一体感がなぁ。いや、問題は選手の気分だけじゃねぇんだよ。リングと観客席が一体になるからこそ元気がうなぎ登りに盛り上がるんだぜ? オレが現地開催にこだわる理由がなんだよ! 意見の擦り合わせはそこから! 先に解決すべきは予算カネより一体感の確保じゃねぇかな!」

「グルーヴ感は演出次第といったところでしょう。『ユアセルフぎんまく』は感想をリアルタイムで書き込むこともできますから、ただ視聴するだけのテレビより感情移入の度合いはおのずと大きくなるハズです。それが八雲先生の望まれる結果に結び付くのではないかと」

「理屈では分かるんだがなぁ~、理屈じゃねぇんだよなぁ~、こ~ゆ~のはよォ~」

「一体感ということで、今、ちょっと思ったのですけど、新しい団体を旗揚げするのではなくて各団体の提携による〝合同大会〟という形ではどうでしょう? 僕の貧乏臭さが滲み出る発想で恐縮なのですが、これなら必要な予算も折半できると思うんです」

「いきなりとんでもねェ爆弾発言をブチ込んでくるな、オイ⁉ 『今、ちょっと思ったのですが』っつう一言で仕切り直しできるモンじゃねぇって!」

「協賛して頂ける団体で負担を分散できるという現実的な利点メリットは勿論、金銭が関わることで協力体制の責任も一層強まると思います。……皆さんの信念まで損得勘定に入れるようで心苦しいのですが……」


 佐志が示した発案は「新しい団体の旗揚げによって日本MMAを復活させる」という呼びかけを根底から覆すものであったが、徳丸から出資者スポンサーを募ることが不可能に近いと指摘された直後でもある為、岳としても言い返すことが難しい。予算カネという如何ともし難い問題の解決に向けた発展的な意見であることを理解できないほど愚直ではないのだ。


「本日、お集まりの皆さんも佐志君のアイディアがどれだけ有効か、痛いくらいの実感でご理解頂けるでしょうなァ。資金繰りに頭を悩ませるのはみんな一緒だもん」


 〝新しいMMA団体の発足〟から〝既存の格闘技団体による合同大会〟へ切り替えようとする佐志へ真っ先に同調したのは今度も樋口郁郎であるが、その双眸はどこか遠くを見つめており、物言いとは別に腹の底で〝何か〟を思案している様子であった。


「その資金繰りに『スポーツファンド』を持ち出さないでいてくれたのは有難いよ。何しろMMA日本協会わたしらで一度、痛い目に遭ってるからねぇ……」


 泥だらけの岳がホテルの設備を傷付けないよう小会議室の片隅にて目を光らせている従業員が怪訝そうな表情を浮かべたのは、吉見定香が自嘲の溜め息と共に『スポーツファンド』という耳慣れない用語ことばを吐き出した直後である。

 力道山の魂に倣わんとする岳に呼応して一等盛り上がり、空手チョップまで繰り出して風を切り裂いた姿が幻であったかのように神妙な面持ちではないか。吉見副会長の呻き声はMMA日本協会と『スポーツファンド』の穏やかならざる関係を示していた。




 三年前の会合を紐解いていくきょういし沙門が『スポーツファンド』に言及したのは一際大きな資材置き場に面する交差点に差しかったときのことである。

 U字側溝や鉄板などが等間隔で積み重ねられた資材置き場は絶えず砂埃が巻き上がるほど大型トラックの出入りが激しく、それらの駆動音によって鼓膜を打ちのめされたキリサメは以前に瀬古谷寅之助が口にしていた『スポーツマフィア』と『スポーツファンド』を最初は聞き間違えてしまった。

 耳を澄ませて正確に聞き取ることはできたが、結局、『スポーツファンド』なる用語ことばが意味するところは理解わからない。個人と機関の別はともかくとして投資家たちから調達した資金でもって企業への投資活動を行うファンド会社の一種であろうことは察したものの、『スポーツ』を冠する理由が全く読み取れないのである。

 そもそも投資ファンドの仕組みすら殆ど理解していない。亡き母による社会科の授業で有価・金融証券の取引と併せて概要だけは教わったのだが、そのときにも品物と代金のやり取りによって成立する一般的な商売との違いが飲み込めなかった。投資と収益の原理などは想像すら及ばない。

 自分の学習や知識が不足していると感じたときには虚勢など張らず、その〝道〟に通じる人間へ素直に頼るべし――亡き母が繰り返してきた教えに従い、キリサメは話を先に進めようとする沙門を引き留めて「三年前の話に出てきた『スポーツファンド』とは具体的にどういうものですか」とたずねた。

 これに応じる沙門は無知などと言って呆れるどころか、片目を瞑りながら微笑み、「任しとけ!」とばかりに右拳の親指を垂直に立てた。『くうかん』の門下生から指導を請われた際にもこのように爽やかな態度で迎えるのだろう。


「俺も金融関係は専門外なんだけどな。アマカザリ、投資ファンドは分かるかい?」

「ほんのあらまし程度ですけど……」

「ざっくり言うと出資の見返りに企業の株式を押さえて、投資先の値打ちが高まったところでそれを売り抜けて収益を出すって寸法さ。……大雑把な解説ですまないな」


 ファンド会社にとっては資金の調達先となる投資家には分配金を支払わなければならないので、そのたびに巨額のカネが動く――人から少しばかり教わった程度の知識しか持ち合わせていないと前置きしながら説明してくれた沙門にキリサメは深々とこうべを垂れた。

 彼の解説によってファンドが収益を得る仕組みを初めて理解できたのである。


「ほんのちょっと前だけど、日本じゃ『ファンド』って用語ことばが忌み嫌われた時期もあったんだ。……特に外資系は経営破綻寸前の企業を安値で買い叩いていたしね」

「株じゃなくて企業自体を売り飛ばす外資系は『ヴァルチャーファンド』なんて呼ばれていましたね。外資系以外のファンドもがいたなぁ……」

「破綻寸前で値崩れを起こした企業の株を買い占めて支配下に置くということか。……それで『ヴァルチャー』か。言い得て妙というか、何というか……」


 名称なまえの由来こそ同じでありながら篤志家の顔を持っていたとヴァルチャーマスクとは全く正反対と呟いたキリサメに対し、八雲と教来石の子どもたちは揃って首を頷かせた。


「アマカザリは頭の回転が早いから説明も最小限で済むよ。銀行が不良債権として抱える不動産を投資ファンドに売り飛ばすケースもあったんだ。在庫一括処分みたいなデカい取引は『バルクセール』って呼ばれていたっけなァ」

「……投資ファンドはそれを売って儲けを出すんだな……」

「あんまり口に出したくない話だけど、……筆頭株主っていう強権を盾に元の経営者を追い出してね。ハゲタカ呼ばわりされるにはね、キリくん、それなりの理由があるんだよ」


 沙門に続いて未稲も説明を加えたが、多くの日本人にとって『ファンド』という用語ことばは悪質な企業買収の印象イメージと結び付いてしまう。

 投資と売却の対象には一般企業や工場だけでなくホテル・旅館といったリゾート施設も含まれている。三年前の会合の舞台となったじまプリンスホテルのように〝老舗〟と謳われる〝不動産〟は時代を切り取った原風景として日本人の心に馴染んでおり、それが下品とも受け取れる手段で売買されることに義憤を抱く者も少なくないのだ。

 ついには裁判にまで発展し、正当な権利を有する筆頭株主でありながら濫用的買収者と見做されて敗訴する投資ファンドもあった。このときには従来の経営陣が新株を発行して買収側の持ち株比率とその効力を希薄化させるという奇策を実行している。それが裁判所の判決によって正当と認められ、抗告まで棄却されたのは二〇〇七年のことであった。


「ちなみに吉見さんがクソ面白くもなさそうに話していた『スポーツファンド』はシンガポールに本社を置く会社だよ。『アキレウス・ヒール・パートナーズ』って言ってな、俺の記憶違いでなけりゃ二〇〇〇年代半ば過ぎくらいにスタートアップしたハズだ」


 『アキレウスヒール・パートナーズ』――今年に入ってから東南アジア伝統の竹笛を象る社章ロゴマークに変更したばかりのファンド会社であるという。それまでは社名の通り、ギリシャ神話に名高い英雄・アレキウスのかかとを表していたのだ。


「……シンガポールのファンド会社がどうやってMMA日本協会と揉めるんですか?」


 鸚鵡返しの如く沙門に質問を投げ掛けてしまったキリサメにはシンガポールのファンド会社という点が意外でならなかった。莫大な予算カネを投入する事業はアメリカの投資家が好みそうだと勝手に思い込んでいたのである。


「シンガポールはMMAもかなり盛り上がってるんだ。それでもって『アキレウスヒール・パートナーズ』は国の垣根を超えて有望なスポーツ団体や、関連事業に投資していこうって会社でな。経営最高責任者CEOのファヴォスっていう男は三十路に入ったばかりで既に億万長者。幾つものファンド会社を同時に運営しているんだってよ」

「つまり、『スポーツファンド』というのは幾つか持つ顔の一つに過ぎない――と?」

「そんなに大仰な話でもないぜ? のトップランナーは何個もファンド会社を持つのが普通だって聞いたコトもあるし。……どういう頭脳あたましてんだよって思うけどなァ。きっと俺たちとは構造からして違うんだろうぜ」

「沙門氏の頭脳あたまもどうかしていると思いますよ」

「褒め言葉なのか? 褒め言葉だよな? ニュアンス次第じゃこの場で泣き崩れるぞっ」


 自分の意図が伝わらなかったことに慌てるキリサメの脇を「冗談に決まってるだろ」とおどけた調子で小突く沙門が更に言い添えたのは『スポーツファンド』という事業そのものに対する解説だ。ようやくキリサメの質問まで戻ってきた次第である。

 二〇一四年六月現在の日本では知名度など皆無に等しいものの、海外では何年も前から投資活動の一形態として普及しているという。沙門による先程の解説でも触れていたが、読んで字の如くスポーツに関連する銘柄――株式に投資することで競技選手アスリートやチームを育てるファンド会社であった。


「……株式のことは死んだ母から少し習った程度だから、間違っていたら申し訳ないのですけど、企業を金銭面でサポートするのは銀行の役目ではないのですか? ファンドに頼る前に銀行の融資という選択肢があるような……」

「バブルの頃ならまだしも現在いまはどこも経済が冷え込んでるし、生きる上で絶対に不可欠というワケでもないモンには銀行でも脇に寄せられちまうんだよ。芸術やスポーツみたいに〝産業〟とイコールでないモンは特に風当たりが強くてなァ……」

「つまり、貸し渋り……というヤツですか?」

「スポーツを観光資源――つまり、立派な〝産業〟と見做して利用している国なんかは銀行のほうが積極的にバックアップするくらいなんだが、日本はその辺りがなかなか〝前〟に進んでいかないってワケ。実業を評価するのは間違いじゃないが、娯楽にこそビジネスチャンスが秘められているって気付いてくれたら俺たちもラクなのになァ」


 マイナス成長の時代では生命の維持に関わりのない事業は無価値と決めつけられ、最初に切り捨てられてしまう――重苦しい溜め息と共に絞り出された沙門の言葉を受けて、未稲もまた「銀行がアテにならないのはイヤな時代ですよね」と苦々しげに呟いた。

 MMA団体『天叢雲アメノムラクモ』統括本部長の娘として、格闘技団体というが直面する厳しい〝現実〟を逃げ出したくなるほど思い知っているのだろう。


「もう一つ、質問を追加させて頂きますが、……スポーツへ投資する仕組みが僕にはどうしてもイメージが掴めなくて……例えばスポーツチームは選手の集まりであって会社ではありませんよね? 銀行の融資でもないファンド会社は〝何〟に投資するのか……」

「一口に『スポーツファンド』と言っても色々と種類があるから俺の知っている『アキレウスヒール・パートナーズ』を一つの例にするけど――スポーツチームの運営企業に投資するって寸法だよ。アマカザリに置き換えるなら『天叢雲アメノムラクモ』だよ。団体自体は株式を発行していないよな? 代わりに『サムライ・アスレチックス』の株式に投資して資金を注入していくんだ。株主としての口出し込みでな」


 銀行主導による『スポーツファンド』では、投資活動を通して確保した資金をスポーツ団体へ寄付するシステムもある――沙門は自身の知り得る実例を更に言い添えた。『サムライ・アスレチックス』のような運営企業の側が資金提供の受け皿としてファンドを立ち上げることもあるそうだ。

 投資先も競技団体だけでなくスポーツメーカーやフィットネスジムなど多岐に渡る。アスリートの健康を整えるサプリメントの開発事業まで対象に含まれるのだから、沙門が述べたように『スポーツファンド』はふたことことの説明で総括できる投資活動ではないのだ。


「私もキリくんと同じで『スポーツファンド』は全然分からないんですけど、安値やすく仕入れて高値たかく売るっていうのを最初ハナから当て込んで、経営の仕組みを捻じ曲げてまで企業の値打ちを無理くり引き上げる『ヴァルチャーファンド』とは毛色が違うみたいですね」

「でも、株主の特権で内政干渉みたいな真似はするんですよね? 企業と株式のどちらを売り飛ばすかはともかく、口出しできる権利を買い叩くようなものですし……」

「まァ、は銀行や出資企業スポンサーも似たようなモンさ。ファンド会社の全部が強権的に経営を引っ掻き回すワケじゃないしな。『アキレウスヒール・パートナーズ』なんかはスタートアップ間もないスポーツ事業にえて投資して一部上場まで面倒を見てるし。経営最高責任者CEOのファヴォスは昔ッからベンチャーな仕事を好んで手掛けていたんだよ」

「会社はを資金に回して軌道に乗せて、ファンド会社のほうは株を売り抜けて儲けを確保する計算なんですね。持ちつ持たれつという関係は確かに銀行や出資企業スポンサーと大して変わらないか……」


 鼓膜が破れるのではないかと心配になるくらい大型トラックの駆動音が唸り続ける資材置き場の付近から波の音が一等強く聞こえる場所へ移動するまでの間にキリサメはファンド会社そのものに対する理解が深くなっていた。

 スポーツとこれに関連する事業への融資に銀行が慎重とならざるを得ないことも理屈では分かる。如何に金融機関といえども元手カネを無限に使えるわけではない。とりわけ不況下では基幹産業が最優先となり、娯楽に類される分野は必然的に冷遇されていく。

 『体育』という言葉が示すように健康な肉体からだの育成とその維持にスポーツは不可欠であるが、がなくなっても経済活動が即時に滞るわけではない。国家くにを人体に見立てた場合にスポーツは如何なる器官にも含まれないだろう。

 さりとて〝闇金融〟――違法貸金業者で活動資金を調達できるはずもなく、銀行が融資を渋るほど経済が冷え込んだ時代に私財をなげうつ者は少ない。予算という如何ともし難い現実問題から練習場所の確保もままならない人々の目に『スポーツファンド』は救世主にも等しく映るのだ。


「かくいう『こんごうりき』にも外資系の『スポーツファンド』が入ってるしな」

「……ひょっとして経営が傾きかけた頃に――ですか?」


 キリサメが訝るような表情を浮かべる一方で、未稲の側には心当たりがあったようだ。推察の答え合わせを求める眼差しに対して沙門はし口を作りながら頬を掻き、これを返答こたえに代えた。

「付き合いがあるのは今まさに話していた『アキレウスヒール・パートナーズ』だよ。お嬢ちゃんに暴露バラされた通り、二〇一一年中盤辺りから『こんごうりき』の活動資金が少しずつ焦げ付き始めたんだ。チャリティーを頑張ってきた団体がコケたら笑い話じゃ済まないがな」

「確か『三・一一』以降の自粛ムードの影響をモロに受けて、前代未聞のレベルで客足が遠のいたんですよね? 『天叢雲アメノムラクモ』の旗揚げと入れ替わりみたいなタイミングで……」

「こればっかりは誰も責められないけどね。東北だけじゃなく、日本中が娯楽にカネを払える状況でもなかったもん」


 『バイオスピリッツ』の解散に伴い、名実ともに日本最大の格闘技団体となった『こんごうりき』であるが、一強状態で君臨できるほど盤石ではなかったようだ。

 未曽有の大震災は格闘技興行という〝経済活動〟にも大打撃となった。動員数の大幅な減少と、それに伴う興行収益の急落によって経営状況が著しく悪化した『こんごうりき』に救いの手を差し伸べたのが『アキレウスヒール・パートナーズ』であり、今でもシンガポールから派遣された特別顧問が経営計画に様々な助言を行っているという。

 二〇〇〇年代半ばに『アキレウスヒール・パートナーズ』がシンガポールで誕生スタートアップしていなかったなら、この週末に〝プロ〟の競技選手としてデビュー戦を迎えることもなかった――冗談めかして笑ったのち、外資系の『スポーツファンド』へ頼ろうというときに団体内部は決してメディアに公開できないほど紛糾したことも沙門は付け加えた。


「私もニュースで見ていてヤバそうな気配は感じてたんですけど、案の定、モメまくったんですね……」

「こういう場合、自己資本以外のカネがどれくらいの比率で組織を動かしているのかってのがキモになるだろう? 万が一にも経営権奪れるくらいの株を買い叩かれ、後から一気に投げ売りされたら『こんごうりき』というブランドがとんでもない値崩れを起こしちまうぜ」

「普通の会社でたとえたら『企業価値が損なわれる』ということですか?」

「アマカザリ、大正解ビンゴ! 適切な距離感で付き合っていくには均衡バランスが重要なんだが、それをどうするかでも揉め撒くってな。ヤツらのコトを頭から敵対的買収と決めつけて、いつぞやの裁判みたいにあらかじめ『ポイズンピル』の準備をしておけって怒号も飛び交ったみたいだぜ」


 『ポイズンピル』とは新株の大量発行によって買収側が保有する株式を希薄化させ、その効力を大きく減退させる防衛策のことである。かつて濫用的買収者ヴァルチャーファンドが陥れられた計略に倣い、『スポーツファンド』を牽制しようという主張であろうが、接触を持つ前から〝敵〟として扱えば発展的な関係性は望めまい。それこそ敵対的な株式公開買付けTOBに持ち込まれ、筆頭株主の権限をもってして経営権を完全に奪われる可能性も高い。

 組織の主権と直結する株主構成の比率に基づき、対策を求める人間はまだ真っ当といるだろう。憎悪が先行する余り、『スポーツファンド』と『ヴァルチャーファンド』を混同して感情的に反対する者も多かったという。この時期には既に競技統括プロデューサーへ就任していた沙門の実父ちちも胃を痛めてしまうほど精神的に追い込まれたそうである。

 今でこそ金融業界以外にも名称が知れ渡った『クラウドファンディング』の運用が日本で本格的に始まったのは二〇一一年三月以降――東日本大震災にける支援活動の中で注目を集め、新時代の先駆けの如くマスメディアが取り上げたことで急速に広まったが、その普及は『こんごうりき』の経営危機に間に合わなかったのである。


「沙門氏のお陰でMMA日本協会がどういう状況に立たされたのか、何となく読めてきましたよ。直接、協会が実害を受けたのではなくて直轄するMMA団体のほうが『スポーツファンド』と揉めたんですね」

「例の『ヴァルチャーファンド』みたいな企業買収だとか、筆頭株主の強権を喰らって運営がメチャクチャにされたってワケじゃないんだがな。若き億万長者であろうが『リーマン・ショック』の煽りは免れなかったってハナシさ」


 『バイオスピリッツ』が解散に追い込まれたのは二〇〇〇年代半ばのことである。そこから新しいMMA団体の旗揚げを試みた為、全世界を恐慌状態に陥らせた戦後最悪の経済危機――二〇〇八年の『リーマン・ショック』と重なってしまったのである。

 沙門も仄めかせる程度に言及したが、外資系ファンド会社への影響が尋常ならざるほど深刻であったことはキリサメにも察せられた。

 故郷ペルーで知り合った日本人記者に教わったことであるが、日本にいてさえ夥しい失業者が発生し、彼女も生活に困窮した人々への炊き出しを手伝ったそうである。


「当時、MMA日本協会が主導していた団体も現在いまの『こんごうりき』みたく資金繰りが立ち行かなくなっちまったんだ。『リーマン・ショック』直後だけに銀行は現在いまより冷たいから融資なんぞ受けられるハズがねェ」


 一番の取引先である銀行との交渉でさえ難航するのだからスポンサー企業は言わずもがな――そのように沙門の解説を補足した未稲は何とも例え難い表情かおで首を竦めて見せた。


「お嬢ちゃんが付け足してくれたようにいよいよ首が回らなくなって『アキレウスヒール・パートナーズ』に泣き付いたんだが……」

「向こうも向こうで『リーマン・ショック』の損害が大き過ぎて、結局、投資の交渉はなしそのものが白紙。当て込んでいた資金調達がんじゃったら団体も畳まざるを得ない――あの頃、MMA日本協会で起きていた大混乱を今になってようやく理解できましたよ。ギリギリのトコで梯子外されたら、そりゃブチギレるよなぁ……」


 三人の中で日本MMAの趨勢を最も身近に感じている未稲は『リーマン・ショック』に翻弄された吉見定香たちの慟哭を想像し、思わず身震いしてしまった。

 しかも、活動停止に追い込まれたMMA団体はシンガポールの企業に買収され、現在では〝塩漬け〟にも近い状態で放置されているという。手塩に掛けた団体がそのような仕打ちを受けたのだから吉見定香が『アキレウスヒール・パートナーズ』への嫌悪感を露にするのも無理からぬことであろう。

 何しろくだんのMMA団体を崩壊に導いたのは同じシンガポールの投資ファンドと企業である。当時は速やかに買収を完遂する為の策略を疑う声も少なくなかったと未稲は付け加え、沙門もまた「自分ンとこが世話になってるファンドを悪く言いたくないけど、こればっかりは仕方ねぇもんな」と苦々しく笑った。

 未稲は丸メガネの向こうに憤りを湛え、舌を大回転させる勢いで三年前の会合について語り続けてきた沙門が今度は異常なほど歯切れが悪い。両名とも投資ファンドそのものに善からぬ感情を抱いているのは明らかであり、前者に至っては胸中にて恥知らずと軽蔑している様子であった。


(……祇園のナントカっていう通称だったか――現在いまの僕みたいに日本のMMAで最年少選手と呼ばれた選手ひともファンド絡みの混乱に巻き込まれたのかも知れないな……)


 しかし、キリサメは『アキレウスヒール・パートナーズ』ひいては投資ファンドの〝商売〟を批難されるほど悪質とは思えなかった。約束をたがえたのだから信頼を失うのは当然だが、生存と賭した鬩ぎ合いであれば、人情などという何の足しにもならない甘い理屈など選びはしないはずだ。『聖剣エクセルシス』とカネという具合に手段は全く異なるものの、弱肉強食の原理は故郷ペルーの格差社会と大して変わるまい。

 そのように割り切る一方で、次々と岳に対案を示し続けた佐志輔頼が資金調達の手段として『スポーツファンド』を一度も口にしなかった理由が分からなくもなかった。

 三年前ということは、おそらくはくだんのMMA団体が〝塩漬け〟にされて間もない頃であり、実害に対する怒りも恨みも生々しく残っている。日本格闘技界を代表する人々が数多く集まった中で『アキレウスヒール・パートナーズ』の社名なまえに触れようものなら、たちまち穏やかならざる空気で満たされたことであろう。

 資金調達については日本MMAとの関わり合いが皆無に等しい自分は論じる立場にいないことを佐志は吉見定香にも他の面々にも強調していたという。


(いや、……そもそも佐志氏のアイディアはどこに消えていったのか……)


 岳が思い描いた大きな理想ゆめを堅実な形で具体化していく佐志の意見はいずれも強い説得力を持っていた。格闘技そのものに対して圧倒的に勉強が不足しているキリサメでさえ優れた立案と理解できたのだが、こんにちの日本MMAには一つとして反映されていないのだ。

 困っている人をたすけ、頼まれたこと全てを叶えていきたい――『輔頼』という中近世の武士を彷彿とさせる名前にそれぞれ意味を持たせて用いるのが佐志の口癖であると、沙門は補足説明の中で述べていた。

 それ故に三年前の会合でも対案という形で岳に貢献したのである。

 名前からして義を重んじる武士のようであったが、長崎・佐世保を出身地とする佐志の先祖を辿っていくと、鎌倉時代中期に勃発した文永・弘安の役――世に言う蒙古襲来である――にいてモンゴル帝国と激闘を演じた海の武士団ことまつ党に行き着くという。誰に対しても礼節を忘れない堂々たる振る舞いこそが誇り高き水軍の血筋を証明していると言えるだろう。

 その佐志輔頼の名前が『天叢雲アメノムラクモ』のパンフレットにはどこにもない。二〇一四年現在は以前かつての勤め先から独立し、自らの会社を立ち上げた上にブラインド柔道などパラスポーツ関連団体の理事にも就任したそうだが、日本MMAとは三年の間に埋め難い溝が生じてしまったようである。


「お嬢ちゃんは毛嫌いしてそうだけど、ファヴォスもスポーツマンだから俺たちの気持ちが全く分からないワケじゃないと思うんだよなァ。MMA日本協会と上手い具合にやれなかったのも苦渋の決断だったに違いないぜ」

「えっ! ファヴォスさんってそうだったんですか⁉ 私はてっきり自分と同じ〝クソオタ〟とばかり思ってましたよっ⁉」

「よくぞそこまで誤解できたモンだって感心しちまうぜ。オリンピックとパラリンピックの違いもあるから一緒に闘ったとは言い難いんだが、佐志さんとファヴォスは同じキン大会に出場していたんだよ。何人制だったかは忘れちまったけど、ボート競技のアメリカ代表だったのは間違いないね」

「……アメリカ代表? シンガポールの出身うまれではないのですか?」


 未稲に続いて今度はキリサメが目を丸くする順番だった。『アキレウスヒール・パートナーズ』はシンガポールに所在するファンド会社であり、経営最高責任者CEOのファヴォスなる人物も同国で暮らしていると沙門は語り続けてきた。だからこそキリサメも東南アジアの人間であろうと信じ込んでいたのである。

 そこで沙門の話を振り返り、自らの浅慮を反省したのだが、確かに彼はファヴォスなる人物のことをシンガポール出身者とは一度も明言していなかった。

 沙門の回答によればニューヨーク州出身のアメリカ人であり、二〇〇〇年代半ばに起業先のシンガポールへ移住したという。正確な時期は彼も把握していなかったが、キンオリンピックは二〇〇八年の開催なので大会終了後であろうと推察で補っている。


「日本の諺に『天は二物を与えず』というものがあったと記憶していますが、話を聞かせて頂いたファヴォス氏も佐志氏も、それを飛び越えていますね。それを言い始めたら声の仕事で成功している希更氏や、クレープ屋のじゃどう氏も同じか」

ねいしゅうさんは特にすげぇもん。あの人、テレビ局に自分の企画まで持ち込んじゃうし。MMA選手としてもクレバーなファイトだったけど、知恵が回って器用な人は何をやっても才能を発揮するんだよ」

「沙門氏も『天が二物を与えた人』の中に入ると思いますが……」


 二人の顔を見比べた未稲が「いよいよ解説コーナーみたいになってきてない?」と呆れ返るのも当然であろう。ここまで外資系の『スポーツファンド』について話し込むとは思ってもみなかったのである。


「……『アキレウスヒール・パートナーズ』のファヴォスでしょ? 私は投資ファンドのコトよりも先に〝例の事件〟のほうが思い浮かぶけどなぁ~」

「それはまたキナ臭い話かい?」

とあり過ぎたから、キリくん、ひょっとしたらおぼえていないかもだけど、先月末にアメリカの大統領専用機がテロの標的にされちゃったんだよ。一四年前の同時多発テロの再現になるって世界中が大騒ぎしたんだけど……」

「さすがに忘れてはいないよ。コンピューターを乗っ取られたっていう事件だったよね」

「フィーナ・ユークリッドも――向こうアメリカで一番有名なコメディエンヌも当日、たまたま乗り合わせていて大変な目に遭っちまったんだよな。あれはそう――丁度、アマカザリと俺が出会った頃だよ」

「だから、その出会いとやらを私はひとッかけらも聞いていないんですよ! 世間話で済むようなコトをどこまで引っ張るつもりですかっ?」


 秋葉原の路上戦ストリートファイトという〝不祥事〟が樋口の計略によって解決し、その代償の如く故郷ペルーでの所業を暴かれ、『天叢雲アメノムラクモ』に所属するMMA選手としての在り方に思い悩んでいた時期であるが、はんつきと経っていない事件のことはさすがに記憶から抜け落ちてはいない。

 犯人の動機やテロの背景までは把握していないが、シリコンバレーを根城とするIT長者が飛行中のアメリカ合衆国大統領専用機――エアフォースワンに電波ジャックを仕掛けて機内を混乱に陥れるという〝テロ事件〟が発生したのである。

 電波ジャック自体はサイバーテロと呼ぶにも値しない悪戯のようなものであったが、最終的には公務執行妨害など様々な罪状が積み重なり、首謀者はカリフォルニア州に所在する重罪犯専用のフォルサム刑務所へ収監されたことを日本のニュースでも報じていた。


(あれは通称リングネームなのかも分からないけど、未だかつて聞いたことがない名前の人も天文学的な確率で例の事件に遭遇したんだっけな。どの国の出身うまれだったんだろう……)


 自問自答の他に意識を集中できる情況ではなかった為、不可思議な響きであったという印象を記憶に留めているのみであり、くだんのニュース番組でも顔写真すら画面に表示していなかったのだが、機内でアメリカ大統領と面談する予定であった『NSB』の選手もテロ事件に巻き込まれていたそうである。


「でも、そのテロ事件とシンガポールの『スポーツファンド』にどういう関連が……」

「ファヴォスっていう『アキレウスヒール・パートナーズ』の経営最高責任者CEOはね、大統領専用機エアフォースワンを狙って逮捕された首謀者――『サタナス』って通称ハンドルネームを名乗る人とハーバード大学時代に親しく付き合っていたんだよ」

「……元々、僕は想像力豊かなほうじゃないけど、それを抜きにしてもまるで予想できないことになってきたな。それはその、……男女の関係だったということなのかな」

「そういうウワサもあるねぇ。一つだけ間違いなく確かなのはサタナスとファヴォスがビジネスパートナーだったこと。……私が遊んでる〝ネトゲ〟の『エストスクール・オンライン』ってあるでしょ? 照ちゃんやつかさんとオフ会をやったヤツ。その会社を二人で立ち上げたんだよ。……私もここ最近のゴタゴタから初めて知ったんだけどね」

「へぇ? お嬢ちゃん、『エストスクール・オンライン』で遊んでんの! 俺も最初期の頃はやったなァ~。その当時はまだファヴォスも最高財務責任者CFOの肩書きで一緒に働いていたハズだよ。……いや、そろそろ揉め始めた頃かもな」

外部そとから投資家が入り始めた頃から大学以来のチームが壊れちゃったんですよね。結局、ファヴォスさんは追放同然で辞めさせられて、二人の間で裁判まで起きて……改めて振り返ってみると、何だか近い将来の『こんごうりき』みたいに思えてきますね」

「冗談にしちゃキツ過ぎるぜ、お嬢ちゃん! 俺もこの週末に初陣だっつーのにっ」


 未稲が寝食も忘れて没頭している大規模多人数同時参加型RPGロールプレイングゲーム『エストスクール・オンライン』を開発及び運営しているのが外国アメリカの企業であったこともキリサメは今まで知らなかった。

 彼女の説明から察するにファヴォスなる人物は『共同設立者』という肩書きでサタナスと共に一つのゲーム企業を動かしていたのだろう――これを理解する一方で、キリサメはくだんのテロ事件直後に未稲が妙に落ち着かない様子であった理由をも悟った。

 サタナスという最重要人物の逮捕によって企業価値が大暴落し、その果てに同社が提供している全てのネットゲームが停止に追い込まれることを未稲は案じていたのである。当然ながら『エストスクール・オンライン』もその中に含まれている。


「会社のトップが国家反逆罪みたいな真似をしちまったモンだし、『エストスクール・オンライン』もサービス終了かな。一個人の不祥事ではあるけど、会社の運営が吹っ飛んでもおかしくなレベルだぜ」

「ハーバード在学中、最初に企画を立ち上げたのはサタナスですけど、とっくの昔にプロジェクトから離れているからゲームのほうには特に何もなかったんですよ。逮捕直後のチャットがその話題で持ちきりになったくらいかな。……サービス継続の公式発表アナウンスがあるまではさすがに心臓バクバクでしたけどね」


 キリサメが思い浮かべた一つの疑問は未稲と沙門の会話によって解き明かされた。

 未稲と同じように全世界の利用者プレイヤーが気を揉んでいたことであろうが、サタナスが手掛けた大規模多人数同時参加型RPGロールプレイングゲームは専属チームに運営が移っている為、企業の株価が乱高下を見せた以外には何ら影響がなかったそうである。

 現在も事件以前と全く変わらずにサービスが提供されていることがキリサメには何とも忌々しかった。未稲の気持ちが落ち着かなかったのは贔屓のネットゲームが存続の危機に立たされたからではない。誰よりも親しいという『デザート・フォックス』との交流が絶たれることを恐れているのだ。

 数日を経てようやくそのことを理解したキリサメは、普段から眠たげな印象を与える左右の瞼を白目と黒目の判別が難しくなるほどに閉ざした。


「……ゲームだか何だか知らないけど、サタナスと一緒に潰れたら良かったのにな……」

「キリくーん⁉ 急にどうしたの⁉ 瀬古谷さんの一件もあるから『エストスクール・オンライン』が気に食わないのは当たり前かもだけど、とびっきりブラックな――」


 何事にも無感情なキリサメにしては珍しい〝毒舌〟に驚き、未稲は心配そうに彼の顔を覗き込んだのだが、次の瞬間には正面から伸びてきた手に頭部あたまを押さえ付けられ、面食らっている間に唇を貪られてしまった。

 まさしく「唇を貪る」としか表しようがなかった。未稲の口から洩れようとする狼狽の声すらキリサメは自分の唇で閉じ込めようとしている。

 恋敵に負けたくないなら実力行使で押しまくれ――これもまた亡き母の教えである。それ故に冷やかすような沙門の口笛も、たまたま近くを通りかかった自転車乗りライダーの拍手も、自分の胸を叩き続ける握り拳さえも黙殺し、足元に丸メガネが落下するまでキリサメは未稲の吐息を呑み続けた。

 この時点で岳と麦泉は互いの姿が分からないほど進んでしまっていたが、例え二人の目が届く範囲であったとしてもキリサメは衝動を抑えるつもりもなかったはずである。




 八雲岳という男はどのようなときでも遥か彼方を見つめている。大きな背中に数多の眼差しを集めながらもその全員に追い付くことなど叶わないのではないかと思わせてしまうほど遠くを目指し、ただひたすらに全力で駆け続けている。日本格闘技界を代表するような人々を自ら招聘した三年前の会合にいてさえ彼は他の誰にもることのできない東北の青空を思い描いていたのだ。

 それ故に佐志輔頼の問いかけにも返答こたえはただ一つしか用意していなかった。


「合同大会は合同大会で面白ェし、一年に一回はやりてェくらいだよ。でもな、一年に一回じゃ、それっきりじゃ少しも足りねぇんだ! 三ヶ月や二か月に一度っていう感覚でなけりゃ隅々まで元気を行き届かすことはできねぇ! それをずっとずっと続けて――その為にも独立した格闘技団体として動かなきゃならねぇ! 今こそ! 今こそMMAの復活が日本に必要なんだッ!」


 ありとあらゆる現実問題を突き付けられながらも岳の志は決して揺るがない。日本MMAの復活と被災地での開催を皆に向かって改めて宣言する際にも全く躊躇わなかったのである。大恩ある鬼貫道明とこの場で決裂することになっても構わないという覚悟まで決めているのだろう。

 最初からこの返答を予想していたらしい佐志は薄く微笑むのみであり、今度も岳の言葉を否定しなかった。「それを実現できる手立てをみんなで考えていきましょう」と頷き返すばかりである。

 その佐志と己の忠告に耳を貸さない岳を見つめる鬼貫の眼差しは静かで温かい。

 一寸先の将来ことさえ見通せないくらい霧の只中にっても希望を捨てず、心の命じるまま行動していく岳に日本初のプロレスラーであるソラキチ・マツダの冒険を重ね、ままならない状況を見据えながら挽回の秘策を次々と打ち出していく佐志のことを日本初のプロレス興行をさせたコラキチ・ハマダの再来と見ているのかも知れない。

 ソラキチ・マツダとコラキチ・ハマダ――明治日本を絶望の暗雲で包み、徒党を組んだ〝困民〟による武装蜂起まで招いた『松方デフレ』の時代に未来のみを信じ、新天地を目指した偉大なる先駆者である。


「口を開けば復活復活って連呼しまくるけどさぁ、そもそも日本のMMAが途絶えたコトなんか一度もなかったわよね、岳? 三月一一日の興行イベントはともかく『メアズ・レイグ』は活動一〇周年を突破してるし、MMA日本協会だって幾つもの団体の発足を手伝ってきたのよ? それはガン無視なワケ? 遠回しにケンカ売ってる?」

「それについては私もツッコみたかったんだ。岳さんが離れている間も日本からMMAの火が完全に絶えたワケではないでしょうよ。私だってでMMAルールを経験しているくらいなのに。『復活』と言い切るのは国際交流を頑張っている定香に対しても失礼な話だな」

「お前ら、またそれをぶり返すのかァ⁉ どいつもこいつも不意打ちが心臓に悪いぜ!」


 俄かに訪れた沈黙を和らげようと吉見が口にし、ギロチン・ウータンまでもが〝援軍〟として加わった冗談は岳を大いに慌てさせた。

 日本MMAの〝復活〟を幾度となく繰り返してきたのだが、聞きようによっては『メアズ・レイグ』の否定にも等しく、同団体と関わりが深い日本初の女性MMA選手を敵に回し兼ねないわけだ。

 背筋に冷たい汗が流れたことは引き攣った顔を見れば瞭然である。


「――やっぱりネットニュースにもなってるわ。MMA日本協会うちの理事長は総合格闘家としてバリバリ動いてるわよ。〝復活〟なんて寝言は取り消したほうが良いんじゃない?」

「だから、折原を持ち出すな、折原をっ!」


 吉見が翳した携帯電話ガラケーの液晶画面には何処いずこかの会議室で開かれている記者会見の画像が表示されていた。スポーツ関連のネットニュースであるが、テーブルを挟んで記者たちと向き合う小粋な優男を捉えた写真には三〇一一年四月一日という日付と復興支援の文言が添えられている。

 改めてつまびらかとするまでもなく、一枚の写真に映り込んでいるのはMMA日本協会の理事長である。彼が所属する格闘技団体は三月一二日にプロ選手による興行イベントを予定していたのだが、東日本大震災の影響を受けて延期を余儀なくされていた。

 開催日と試合内容の一部変更を知らしめる記者会見が現在も都内のホテルにて開かれており、岳に先駆けてチャリティー試合マッチを実行するという折原の宣言がネットニュースで速報されたわけである。

 彼の代理として会合に出席している男性は吉見が翳した携帯電話を誇らしげに見つめ、岳のほうは「折原が頑張ってるのはオレだって分かってんだよ!」と歯ぎしりしていた。


「――今こそみんなで助け合おう。ただし、それぞれのやれる範囲で構いません。無理したら自分たちのほうが元気をなくしてしまうし、それでは本当に日本中のみんなが辛くなってしまう。今度の試合ではみんなの元気が必ず沸き立つでしょう。試合が終わったらボランティアにも行く予定です。二つの意味でこの天才シューターを待っていてください」


 記者やネットニュースを通じ、そのように日本中を励ます折原へ劣等感を抱いたのではない。彼のように迅速果断に立ち回れない己の不甲斐なさが身のうちにて荒れ狂っているのだ。


「折原のトコはともかくMMA日本協会直轄の団体は残らず潰れたし、そのいずれもテレビの地上波放送まで漕ぎ着けなかった――岳はそれを言ってるんだろう? 『メアズ・レイグ』の試合も衛星の有料放送以外では深夜バラエティーでダイジェスト版を流すくらいじゃないの」

「樋口にだけは言われたくないわねェ~。あんたが『バイオスピリッツ』を最低最悪な形でブッ潰してくれたお陰で私らもクソみたいな迷惑を――」

「――やるべきだ、どうあっても! 岳が言うように新しい挑戦を見せるんだッ!」


 皆とは少しばかり離れた窓辺から樋口郁郎が飛ばした皮肉に反論すべく吉見が身を乗り出した直後のことである。『日本晴れ応援團』と大書された白い布切れを鬼貫道明と二人で広げていた岡田健が突如として天井を貫かんばかりに吼えた。

 向き合う相手を次々と替えながら力道山に倣うべきと一貫して訴え続ける岳を見守り、胸の議員バッジが値打ちを喪失うしないそうな有り様で涙と鼻水を垂れ流していたはずだが、有理紗と同じように限界まで堪えていた感情が一気に破裂したのであろうか。

 今も拭わずにいる熱い雫が噴き出したのは、感情を抑え付けておく蓋がぜてしまう兆しであったのかも知れない。


「何があってもやるべきなんだ! 今こそ……今だからこそッ!」


 樋口と吉見の口をまとめて噤ませ、不死鳥の絨毯の上に立つ一同を涙に濡れた瞳で見回したのち、MMA日本協会の会長は再び吼え声を上げた。




(続く)

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