その15:背中~チャンバラという「時代」を創ったその殺陣師は、故に生きて「伝説」と呼ばれる

 一五、背中



 その振り子時計を間近で見つめた者たちが口を揃えて〝年代物〟と唸ってしまう風情あじわいは大きな輪郭シルエットを受け止めるビニル床シートの光沢によって一等際立っていた。行き届いた清掃の為に埃の一つも風に舞うことがない清潔さは、香りという形で隔世の二字を纏いながら鎮座する物体と余りに不釣り合いなのだ。

 両隣に置かれた観葉植物の鮮やかな枝葉が古めかしい印象を否応なく強調させてしまうのだが、何事にも無感情なキリサメは金属製の振り子がくすんだ光を撥ね返していることにさえ気付いていない。

 〝眠れる獅子〟ともたとえるべき半開きの双眸は、長短の針が一八時過ぎを指していることを淡々と確認するのみである。己が覗き込む振り子時計に干支えとを模った装飾が施されていることも、いぬうしへびいのししなど一部が破損していることもキリサメには興味の対象外というわけだ。

 絶えることも乱れることもなく規則的に刻まれる振り子の音は、やぶ整形外科医院の待合室に物悲しく響いていた。静寂を打ち破る秒針との二重奏こそが沈黙の重みをもたらしている。

 診察室とリハビリ室の入り口はこの待合室から分岐している為、昼間は大勢の患者たちがソファを取り合うほど賑わっているのだろう。本棚に収納された科学系の雑誌や漫画の単行本はいずれもくたびれており、そこにも〝藪医者〟の盛況が感じられた。

 診察時間が終了した現在いまは正反対といったところであろう。正面玄関に設置された全面ガラスのドアや窓から差す薄暮の色が振り子と秒針の音色へ溶け込み、天井の誘導灯に撥ね返って昼間には全く感じられない侘しさを落としているのだった。

 戦前の趣を残した墨田区京島の長屋情緒へ押し込められたかのような洋館風の病院にキリサメたちが足を踏み入れてから二時間余りが経過しようとしている。

 とらすけとの〝撃剣興行たたかい〟で負わされた怪我の治療が済んだ後も東京大空襲を免れた下町に留まり続ける理由はただ一つ――渋谷に所在する『サムライ・アスレチックス』の本社から同地へ向かっているという電子メールが未稲の携帯電話スマホに届いたからである。

 改めてつまびらかとするまでもなく送り主は岳であった。〝文明の利器〟があまり得意ではない岳だけに文章自体は言葉足らずとも思えるほど短く、絵文字などによる装飾もない簡素なものである。麦泉を伴っている旨が最後に書き添えてあった。

 二人の到着を待たなければならなくなったキリサメは、さしずめ刑の執行を待つ罪人のような境遇ものであろう。未稲から見せられた電子メールの文面に怒りの感情などは読み取れなかったが、秋葉原の中心部で仕出かした事態は極めて深刻であり、このままで済むとはとても思えない。

 『天叢雲アメノムラクモ』に所属する〝プロ〟の競技選手の不祥事という展開だけは〝大人の都合〟で回避されたが、それで『聖剣エクセルシス』を暴走させた事実まで帳消しになるわけではないのだ。電知たちは被害者と庇っているものの、それは親しい人間による主観でしかなく、到着した岳の口から懲罰が言い渡されることは必至であろう。

 希更から事態の収束を託されているおおとりさとが発した〝当事者〟という一言は、振り子時計の秒針が進むたびに深く重く圧し掛かっていく。どうにも落ち着かなくなってしまい、静かな空間を求めて第一診察室から待合室まで出てきたのだ。

 先程まで恭路が聞き耳を立てていた薄い壁を飛び越え、廊下を貫いて待合室に届いた喧騒もキリサメを落ち着かせてくれなかった。

 現在いまの第一診察室は〝げきけんこうぎょう〟に巻き込まれた女性シンガー、とちないこまの口から発せられた衝撃的な告白によって大混乱の有り様となっている。〝世界最強の男〟というとてつもない夢へ一直線に突き進み、色恋沙汰など見向きもしないと誰もが疑わなかった電知との交際が打ち明けられたのだから、それも無理からぬことであろう。

 一九七〇年代の不良ツッパリブームを現在いまに留める城渡マッチと同様に〝硬派〟の気風を絵に描いたような電知には似つかわしくない筋運びでもある。

 恋愛にまつわる話を好んでいるらしい筑摩は板金鎧プレートアーマー鎖帷子チェインメイルが擦れ合って耳障りな音を立てるのも構わずに前のめりとなり、電知との馴れ初めなども聞かせて欲しいと栩内にねだっていた。

 未稲と上下屋敷も筑摩に続いたが、後者の場合は恋愛話コイバナそのものを楽しむというよりも『E・Gイラプション・ゲーム』の同僚選手を冷やかしたいのであろう。

 その一方で寅之助は「ボクに内緒でそういうコトしちゃうんだ? ちょっと意味分かんないよ」などと血走ったまなこで電知に詰め寄っている。

 電知当人は栩内によって明かされた過去の交際関係を真っ向から否定していた。「栩内このバカが勘違いしてるだけなんだッ!」と裏返った声で言い張り、その度に未稲や筑摩から批難の眼差しを浴びせられ、上下屋敷には〝女の敵〟とまで罵られる有り様だった。


「――ちょっと待て! 幾らなんでも〝女の敵〟はねぇだろ、この野郎! 『しゃ』みてェな商売してるワケじゃねーぞ、こちとらァ!」

「お前、それ、『夜叉美濃』ってアレだろ? 『躑躅つつじさきやかた』とかっつうホストクラブの知り合いだろ? そいつが客を泣かせたかどうかは興味ねーが、仮にも付き合ってた相手をポイッと捨てて知らん顔するてめーはただの鬼畜だろうが」

「想像力が豊か過ぎんぞ、上下屋敷てめー! さっきから何度も何度も言ってるように栩内コイツとは〝カレシカノジョ〟みてェな関係じゃねーんだ! 旅先でちょっと世話になっただけでだなぁ!」

「お前、もう『E・Gイラプション・ゲーム』辞めて『じょう』に移れよ、ホスト格闘技の。言い訳を聞いてるだけで情けなくなってきちまったよ。女の純情、食い散らかすような真似しやがって」

「今の発言はホストクラブにもホスト格闘技にも失礼だろ! いや、おれだって別に食い物になんかしてねーからな⁉ 何回か文通くらいなんだぜ⁉」

「文通っていうのは立派な男女交際でしょ? ていうか、この人とは文通するのに、どうしてボクには年賀状も暑中見舞いもくれないの? 毎年、返してくれないのは何で?」

おめーが入ってくるとややこしくなるんだよ! 上下屋敷、このバカを止めろっ!」


 過去の交際を巡っては電知と栩内の間にさえ大きなすれ違いが生じている模様だが、こうした主張は瞳孔が開き切った寅之助の耳には届かない。割って入った大鳥が仲裁を試みていなければ、おそらく電知は首を絞め殺されたことだろう。じゅうどうも襟を掴まれてからは剥き出しの額に脂汗が滲んでいたのだ。


(……寅之助の取り乱し方は異常だけど、大騒ぎになるのは分からないでもないかな)


 関係性の差異はあれども電知と栩内、大鳥と筑摩という二組の男女が示し合わせたわけでもなく全くの偶然から同じ場所で遭遇する状況は、まさしく天文学的な確率であろう。夢見がちな発言の目立つ騎士が運命的な巡り合わせを感じ、「サトちゃんと私はどこで何をしていても惹かれ合うんですね」と妄想に浸ってしまうのも無理はなかった。

 事務所から連絡が入ったと述べつつ社用の携帯電話スマホを操作し、己に向けられた筑摩の妄想を受け流す大鳥を振り返ったとき、キリサメは屋外そとから戻ってきた藪総一郎と――この病院の主と振り子時計の前ですれ違った。


「何じゃ? お主も居た堪れなくなって出てきたのか? それとも養父ちちうえ殿どもが待ち遠しくなったかの?」

「両方……ということにしておいてください」

「気持ちは分からぬでもないわい。……本音を申せば一秒でも早く岳殿にお主らを引き渡したいのじゃがな……」

「……お察しします」


 総一郎が第一診察室から退出したのは若者たちが騒ぎ始めた直後である。腰掛けていた椅子の背もたれに白衣を引っ掛け、デスクの引き出しから一本の葉巻きタバコと、これをう為に必要な道具シガーカッターやマッチ箱を持ち出していたはずだ。

 洋風柵の内側に所在する藪家の居宅まで引き上げて一服していたのだろう。鼻腔に突き刺さるような強い残り香を全身に纏わせている。

 尤も、燻らせた紫煙をたのしめるような情況ではなさそうだ。豊かな髭を蓄えた顔は薄暗い場所でも瞭然というくらい血の気が引いて蒼白くなっている。今夜は妻と外食する予定があると雑談の中で仄めかしていたが、ひょっとするとレストランの予約時間が迫っているのではないだろうか。


「……キリサメ君もな、嫁を取るときにはくれぐれも用心せいよ。愛は決して幻想ではないが、ごく稀に首輪を嵌められたかの如く感じるものじゃ。そこに男のしあわせを見出せるか否かで夫婦の在り方も変わる――とは良く言うが、それ故に首が絞まるときが無きにしも非ずじゃよ。……愛は幻想ではなく圧倒的なる現実なのじゃ」


 溜め息混じりの呟きを引き摺りながら第一診察室へ戻っていく総一郎は哀愁の二字を背負っていた。

 関東に於いて大勢力を誇り、『天叢雲アメノムラクモ』の前身団体もろとも日本MMAを一度は破滅させた指定暴力団ヤクザこうりゅうかい』――その配下とおぼしき『てんぐみ』の隊名を利用した寅之助に叩き付け、恭路の実父が名を連ねたであろう〝武闘集団〟の足跡を追い掛けないと誓わせた〝闇〟も現在いまは全く感じられない。

 心臓が飛び跳ねるような戦慄をもってその場の皆を圧倒した瞬間とは殆ど別人である。

 あるいは自宅で出発を待つ妻から圧力プレッシャーでも掛けられたのかも知れない。東京の飲食店事情に明るくないキリサメにも夫婦水入らずで出掛ける先が二四時間営業のファミリーレストランとは想像できなかった。

 相応の場所を押さえてあるのだろうから、仕事着のまま出掛けることなど有り得ないはずだ。身支度を整えた上で出発することを考えた場合、一九時を過ぎても岳たちが到着しないと夫婦仲の危機にまで発展し兼ねないわけだ。

 ひとたび、キリサメたちを迎え入れた以上は刻限との戦いに追い立てられようとも八雲岳の到着を待たなくてはならない。妻との約束を理由に病院から放り出した挙げ句、隠れ潜んでいたマスコミから取り囲まれようものなら京島このまちの人々にまで迷惑が及ぶだろう。

 それ故に総一郎のほうから待ち合わせ場所を変更するよう促しはしない。油断すると口から飛び出しそうなを噛み殺し、己が請け負った責任を果たすつもりなのだ。


「……怒り顔のなぎさも嫌いではないが、口も利いてくれぬだけは真っ平御免じゃ……」


 誰に向けたものでもない疲れた溜め息が待合室と第一診察室を繋ぐ短い廊下に吸い込まれ、薄い壁を突き抜けた若者たちの喧騒に押し潰されていく。

 長居せざるを得ない状況はキリサメにとっても心苦しいが、己の立場が立場だけに罪悪感を堪えて待機し続けるしかなかった。


「――一体全体、八雲岳は何をチンタラやってやがるんだァ? 野郎、渋谷から出張ってくるんだっけか? 確か京島まで半蔵門線で一発だろうによォ~!」

「僕とみーちゃんは秋葉原から電車に乗ったけど、最寄りの駅から藪整形外科医院ここまでそれなりの道程を歩いたよ。バイクと同じ感覚で考えて欲しくない」

「ンな細けェコトなんざ知るか。手前ェの養父おやじだからって遅刻を庇ってんじゃねェ! 渚さん、めちゃくちゃおっかねェんだからな。総一郎のダンナが半殺しに遭ったらてめーらの所為せいだぜ」

「……なぎさ……さん?」

「〝インコ返し〟で聞き返さねぇで、ちったァ手前ェの頭で考えやがれ! ダンナのカミさんに決まってんだろうが! マジでどうしようもねェレベルのバカじゃねェの⁉」

「……〝インコ返し〟なんて言う人にバカ呼ばわりされると、さすがに腹が立つな……」


 岳への悪態と藪家の家庭事情に〝鸚鵡返し〟の言い間違えまで織り交ぜながら総一郎の背中を見送ったのは、待合室と隣接する正面玄関で仁王立ちを続ける御剣恭路である。

 寅之助の〝落とし前〟を巡る議論が一段落したのち、総一郎から任された持ち場へ戻った恭路は下駄箱と待合室を隔てる全面ガラスのドアの前に立ち、強面を一等険しくして屋外そとに睨みを利かせているのだった。

 恭路が纏う〝短ラン〟の背面には所属するロックバンドの名称――『げき』の二字が大きく記されている。その荒々しい筆致を一瞥し、次いで彼の肩越しに玄関の向こうへと視線を巡らせたキリサメは、無数の槍を並べたかのような洋風柵の先に下北沢とも秋葉原とも異なる風情を捉えていた。

 『八雲道場』の周辺も住宅街であり、色とりどりの三角屋根が下北沢の空に向かって突き出しているのだが、藪整形外科医院から眺める光景には平屋建ての木造住宅が横へ横へ一本の棒の如く際限なく伸びていた。

 亡き母による〝世界史〟の授業では一棟に建て連ねた日本独特の集合住宅を〝なが〟と教えていたはずだ――とキリサメも記憶している。

 最寄りのひきふね駅から目的地へ急ぐ道中では二階建ての長屋も視界に入ったが、商店街にも程近い病院の周辺は一階建ての長細い家屋を狭い路地へ無理矢理に詰め込んだようにしか見えないのだ。

 同じ閉所でありながら故郷ペルーの裏路地とは趣そのものが違っている。地球の裏側にてキリサメが渡り歩いていた場所は人が惨殺されようと誰も気に留めない〝闇〟の縮図であったが、京島こちらは太陽の光と住民たちの活気が隅々まで届くことであろう。

 一棟に整理されているようで、妙に雑然とした印象が押し寄せてくる長屋風情は何ともたとえ難い不思議な味わいを醸し出しており、東京の下町で生まれ育ったという亡き母も近似する空間に親しんでいたのではないか――と、キリサメの想像力も本人の意思とは無関係に膨らんでいく。

 正面入口の前を通り過ぎたのみではあるものの、生まれて初めて銭湯と呼ばれる日本の入浴施設を目にしたのだ。藍地に『ゆ』の一字を赤く染め抜いた軒下の暖簾は長屋と併せて〝世界史〟で習った物と全く同じであり、何事にも無感情なキリサメでさえ少なからず気持ちが昂ったのである。

 頭の上から白い湯気を立ち上らせ、よくあかまで洗い流したかのような表情かおで退出してくる者の多くは石鹸や手拭いなどが放り込まれた自前の洗面器を脇に抱えており、すがだいら合宿の際に『まつしろピラミッドプロレス』のレスラーたちと出掛けた温泉施設とも異なる情緒を感じられるのだった。


(……水を張った赤い洗面器を頭の上に乗せたひともいたよな。どうしてそんなことをしているのか、時間さえあったら理由をいてみたかったんだけど……)


 下町という共通点に己自身の起源ルーツを模索してしまう想像力を持て余しながらも、冷静さを欠いたわけではない思考あたまはキリサメに細心の注意を訴え続けていた。

 半世紀以上も昔から京島このまちの風景に溶け込んでいる長屋の軒先では老齢の男性たちが野卑にも聞こえる口調でもって談笑し合っているのだが、そこに報道関係者とおぼしき人影は一つとして混ざっていなかった。

 そろそろ夕飯時を迎えることもあって長屋のそこかしこから胃袋を刺激する醤油の香りが漂ってくるものの、例えば物陰から院内こちらを窺うような気配を感じることもない。

 これもまたぐちいくが仕掛けた情報操作の効果というべきであろう。ひょっとすると報道関係者がキリサメたちを追跡することがないよう更なる策を講じたのかも知れない。いずれにしても〝げきけんこうぎょう〟に匹敵するほど煩わしい状況は免れたようである。

 栩内駒由の告白に端を発する大変な喧騒さわぎなかには赤ら顔の男性たちも何事かと洋風柵の隙間から病院を覗き込んでいた。それが落ち着いたのはキリサメが待合室に足を向ける直前のことだ。


「――おめー、腐っても現役高校生だろ? 最終学歴中卒のおれにだって〝鸚鵡返し〟くらい分かるぜ? 時間割の全部、ギターの練習を突っ込んでんのかよ」


 恭路の誤用に対する揶揄ツッコミを廊下の向こうから投げ付けたのは、赤ら顔の視線を洋館風の病院に引き付けた張本人――その片割れである。

 改めてつまびらかとするまでもないが、先ほど去っていった総一郎の声ではない。しかし、八雲家の人々と同じくらいキリサメの耳に心地良く馴染んだものであった。


「まァ、ギターの腕前だけは一丁前なんじゃねェの? ケンカはからっきしなんだから、大人しくそっちに本腰入れとけよ。すぐにブチギレて商売道具を叩き壊すんじゃ、おマンマ食い上げだろうがよ」


 果たして、藪整形外科医院のあるじと入れ違う形で待合室に現れたのは空閑電知である。


「これだから中卒はイヤになるぜ。おう、アマカザリ、お前も聞いてたよな? 〝鸚鵡返し〟だってよ。何語だ、ソレ! 手前ェの頭が空っぽってコトも分かっちゃいねェと見えるぜ。ケツで風呂を沸かしちまわぁ!」

「……電知、僕はどうしたら良い? 正直、返事が迷子になっている。それとも今のは冗談のつもりなのか? 笑うところだったのか?」

「隣で見てるヤツまで困らせるって、マジでだぜ、御剣。お前の人生、いっそ幼稚園くらいからやり直したほうが早くねぇか?」

「はァッ⁉ 急に人生語り出してんじゃねーよ! 元カノが路上ミュージシャンなら、てめーは路上詩人かァ⁉ こちとら保育園出身だァッ!」

「……ワリィ、キリサメ。おれも迷子の仲間入りだ。ここまで会話が成り立たねぇと逆に関心しちまうわ。故郷フィリピン言語ことばが混ざるパンギリナンとか、口数の少ねェのほうが全然真っ直ぐにやり取りできらァ」


 墓穴を掘り続ける恭路を鼻で笑いながらも言い争う声に元気が足りないのは、栩内との関係に好奇心が疼いた筑摩たちから一息つく間もなく質問攻めに遭った所為せいであろう。

 馴れ初めから交際の経緯まで事細かに聞き出そうと、誰よりもしつこく食い下がっていたのは寅之助である。充血した眼の幼馴染みを伴っていないことがキリサメには不思議に思えたが、後から大慌てで追い掛けてくることもない。恭路と言い争う最中にも第一診察室のドアが開かれることはなかったのだ。


「寅之助が一緒じゃないなんて、何だか薄気味悪いな。下手をしたら栩内氏に飛び掛かるんじゃないかって怖いくらいだったのに」

「あ~、寅は今、それどころじゃねーんだ。今度は自分てめーが餌食にされてっからよ。上下屋敷とは中学校以来のって教えてやったら、騎士になり切ってるみてェな姉ちゃんが思いっ切り食いついてくれやがったぜ。ザマぁ見ろってんだ」


 他人ひとに掛けている迷惑をたまには自分でも味わってみろ――と電知が口の端を吊り上げてみせた。筑摩が興味を持ちそうな恋愛話コイバナを撒き餌のように差し出し、勢いよく食い付いたところで寅之助を身代わりに置いてきたようだ。


「やりたい放題の王サマ気取りに見えて、あいつ、めちゃくちゃ押しに弱いんだよ。詰め寄られたら最後、隣で上下屋敷がブチギレるようなおノロケまで吐かされるだろうぜ」

「電知も人が悪いな」


 上下屋敷の恨みを買ったら大変だと苦笑いを浮かべるキリサメに対し、電知は連帯責任を示すように鼻を鳴らしてみせた。


「因果応報って言ってくれ。目には目を歯には歯を――ハンムラビ法典だよ」

「インガオウホウにハンムラビだぁ? 何だ、そりゃ? 『せいれいちょうねつビルバンガーT』みてェなロボットと、そいつが持ってる大砲か何かか? いきなりロボットアニメの話に切り替えるんじゃねぇよ。アホは急に話題が飛ぶからやってらんねーぜ」


 寅之助が案外に脆いことはキリサメも把握している。恭路が国語と世界史のテストで赤点ばかり取っていることと同じくらい明白なのだ。

 〝げきけんこうぎょう〟の場へ飄然と現れた砂色サンドベージュ幻像まぼろしにまで見抜かれていたが、瀬古谷寅之助という青年は自らが主導権を握っている間は他者の尊厳を踏み躙ろうとも痛みすら覚えない一方で、少しでも精神的に押され始めると驚くほど呆気なく破綻してしまうのだ。

 尊厳を踏み躙った相手が嘆きの声を洩らしただけでも酷く動揺し、腰が引ける有り様である。つい先程も総一郎から静かに威圧された途端、顔面に作り笑いを貼り付けることしかできなくなってしまったのだ。

 動揺が鎮まっていない情況で次なる標的に定められてしまったのだから、平素いつものように軽佻浮薄な態度で筑摩や未稲の追及をかわすことは不可能だろう。電知を追い掛ける足音が廊下の向こうから響いてくるとすれば、報復に燃える上下屋敷のものに違いない。


「寅之助みたいに必死になって問い詰める気はないけど、みーちゃんや筑摩氏の気持ちなら分からなくもないよ。……電知も隅に置けないな」

「キ、キリサメまで言うのかよ⁉」


 愛想という言葉すら知らないように振る舞うキリサメにしては珍しく冗談を投げてくれたことが嬉しくもあり、同時に自身の過去を穿り返されることが恥ずかしくもあり、待合室中央に設えられたソファへ身を投げ出すように座った電知は「勘弁してくれ!」と照れ隠しの大声を天井に叩き付けた。


「さっきだってお前、女どもの質問攻めを隣で聞いてたろ⁉ 二回も同じコトを言わすなんて密かにドSかよ⁉ 気ままに目突き狙うし、最初からサディスティックの塊みたいなモンだったけどよぉ~」

「傍には居たけど、耳を傾けていたわけじゃないよ。一応、電知に悪いと思ってたから」

「ここに来て心変わりすんなって!」

「つか、アマカザリ相手に見栄張ってるだけだろ? 自分はんだぜってな具合に格好付けてよ。おまけにホントはフラれたのに『元カノじゃない』って強引に言い換えやがって……そこまでしておとこを下げたくないっつう姿勢が既におとこらしくねぇんだ」

「ンなコトをやっておれに何の得があるってんだよ……栩内あいつが勝手に勘違いしちまっただけなんだぜ? 言い逃れにしか聞こえねぇかもだけど、おれたち、恋人っぽい真似なんざ一度たりともやったおぼえがねぇんだ。顔を合わせたのだって何年ぶりっつう話でよ」


 キリサメの声を押し退けるような恰好で割り込んだ恭路はソファの上へ器用に寝転んだ電知を覗き込むと、「てめー、またぐらにぶら下げたモンは飾りかよ⁉」と極めて下品なことを口走った。


をフイにするバカがいるもんかよ! オレはチュウどころか、デートした経験コトだってねぇんだぞ⁉ 表に出ろ、クソガキが! 羨ましい思いをしやがってからにッ!」

「見てたよな、キリサメ? 鼻息当たる至近距離で話してんのにおれの喋った内容コトが通じてねぇって有り得るか? ……チュウもデートも興味ねぇってハッキリ言ったろうが」

「はァ⁉ それならそうと早く言いやがれってんだ! おい、起きろよ! 立てよ! 肩組んで同志の舞いを踊り明かそうぜッ!」

「御剣はマジで人生楽しそうだな。ある意味、羨ましいぜ。屋上庭園さっきのトコでもワーキャー言われまくってたじゃねーか、お前。ナントカって人気バンドなんだろ? 適当にファンでも引っ掛けりゃ入れ食いなんじゃねェ?」

「オレが〝ファン喰い〟するようなゲス極まりねェバンドマンに見えんのか⁉ やっぱし表に出やがれ! そもそも『げき』ン中じゃオレが一番モテねーんだよッ!」


 何に対して感情を昂らせているのか、いよいよ意味不明になってきた恭路を黙殺し、右腕を枕にしつつ身体を横に向けた電知は首だけを捻らせて天井の誘導灯を眺めた。

 今まさにドアの外へ飛び出そうとしている人影シルエットが避難口とその経路を案内している。己と栩内の関係性にキリサメが興味を抱いたのなら、あの誘導灯のように逃げ場を求めても仕方がないだろう。

 そもそも栩内と交際していたという自覚が電知には絶無なのだ。強引且つ執拗に食い下がる筑摩たちへ明かした内容ことをキリサメだけに隠し続ける理由もない。


「……アイツとは、栩内とは津軽地方を旅してる最中に出くわしたんだよ」

「ツガル……?」

「北海道上陸の一歩手前――本州最北端に近い辺りを津軽地方って呼ぶんだよ。お前のデビュー戦がある岩手の隣県となりで、同じ東北っつったほうがイメージし易いかもな。……その津軽地方に前田光世大先生の故郷がるんだよ」


 「本州最北は山形県だろ。どこにどの県があるのかもアタマに入ってねぇのか」という余りにも虚しい恭路の笑い声はさておき――電知自らによる津軽地方の説明へほんの少し耳を傾けただけでキリサメには旅の理由まで察しが付いた。

 古い時代のじゅうどうを敢えて纏うこの少年は、世界を相手に異種格闘戦を繰り広げた伝説の柔道家の記録や文献などに基づいて『コンデ・コマ式の柔道』を復古させたのだ。偉大なる足跡を追い求めていけば、最後に故郷へ辿り着くというのは必然の宿命さだめであろう。

 厳密には津軽地方に位置するあおもりけんひろさき――前田光世コンデ・コマを育んだ土地を歩き、やがてブラジルへと吹き抜ける風を全身に感じたかったと電知は付け加えた。


「前田大先生は東京にこうどうかんの門を叩く前に故郷の弘前で『ほんがくこっりゅう』っつう古流柔術を極めたそうなんだよ。その前は相撲に夢中で、こっちでも負けナシと来たもんだ」

「その柔術とやらに自分の柔道が通じるかを試した――とか? 道場破りみたいだな」

「だったら面白かったんだけどな。……おれが青森へ行った頃には流派そのものが途絶えてたんだよ。ひろさきはんだけに伝えられてきたはんがい不出の〝とめりゅう〟って聞いてたし、道場すら残ってねぇと聞かされたときには冗談抜きで膝から崩れ落ちたもんさ」

「……オトメ……」

「ああ――『留め置く』って書いて〝とめりゅう〟な。藩の中でしか教えちゃならねぇって決められた秘伝中の秘伝をそうやって呼ぶコトがあるんだよ」


 若き日の前田光世コンデ・コマが極めたとされる古流柔術『ほんがくこっりゅう』の失伝を聞かされた恭路は待合室のソファから本来の持ち場へと引き戻しつつ「そこ行くとウチの『あらかみふうじ』は立派だぜ。ここに正統後継者がいるんだからよォ!」と威張ってみせたが、電知は言うに及ばず、彼のすぐ近くに腰を下ろしたキリサメも反応一つ返さなかった。

 そもそも、恭路が仰々しく『しんけん』などと称している古武術は本来の正統後継者である実父――旧友の総一郎によれば名はきょうへい――が指南の途中で蒸発してしまった為に完成とは程遠い状態なのだ。

 その事実を知る由もない二人に対して恭路は誇大広告を打ったようなものである。


「世の中、『捨てる神あれば拾う神あり』ってワケじゃねぇけど、困り果てて弘前の役所に駆け込んでみたら、少ねェながらも有志が指南書を基に『ほんがくこっりゅう』の技を蘇らせてるって教わったんだよ」

「電知と同じような人が他にも居たんだな。しかも、それを繋いだのが前田光世――コンデ・コマ……か。その話を聞いたとき、もう一度、腰を抜かしただろ?」

「直後に思いっ切り飛び上がったけどな。有志そいつらから『ほんがくこっりゅう』の『あて』とか色々教えて貰ったんだけどよ、……夢中になってる間に困ったコトになっちまってなぁ~」


 立て板に水の如く『ほんがくこっりゅう』や〝とめりゅう〟などと饒舌に語り続けてきた電知がそこで口籠り、〝枕〟とは対の左人差し指でもって照れくさそうに頬を掻いた。

 次の言葉を継げないまま苦笑いを浮かべ続けているが、口振りからして宿泊先の確保も忘れて『ほんがくこっりゅう』の復活に取り組む有志ひとびとを訪ね、行き暮れてしまったのだろう。


「やっぱり、自転車で行ったのか?」

「……三月の青森県に自転車ママチャリは幾らなんでも無謀だったわ。東京よりほんの少し寒いくらいと思ったんだが、津軽地方あっちの春は遅過ぎるぜ。凍結道路アイスバーンで事故らなかったのが奇跡だ」


 三月の弘前市にける野宿はそのまま死を意味していると電知の苦笑が物語っていた。


「自転車ぁ? しかも、ママチャリぃ? ンなダセーもんじゃなくて単車バイク転がせよ」

「青森行ったのは小学五年のときだからな。バイクなんか乗れるかよ。武者修行の旅なんだから自転車ママチャリで正解だし。どこにでも自転車ママチャリで行けるって自信もついたしな」

「東京・東北往復のサイクリングで何が武者修行だ。てめー、そんな姿ナリしといて結局は競輪選手が目標かよ。第二のダン・タン・タインを狙うアマカザリといい、どいつもこいつも口だけ達者で半端な志ばっかりだぜ!」

「……アクションスターを狙ってもいないし、なれるとも思ってない」

「自動二輪でラクばっかしてっから体力が出涸らしレベルでスカスカなんだよ。キリサメを襲ったときだって途中でバテやがったじゃねーか。今まで見た『あらかみふうじ』の技はどれもこれも動きがハデだがよォ、その分だけ体力ゴリゴリ削れるだろ。手前ェの弱点も分からずに息切れするんじゃ本物マジモンのバカだぜ」

「てめーこそ本物マジモンのケンカを知らねぇと見えらァ! 殴り合いはド根性よォ!」

「一ヶ月でも良いからサイクリングを続けてみろ。おれの言ってる意味が身に沁みるだろうぜ、カッコだけのへっぴり腰がよ」

「表に出ろ、オラァッ! この短ランは『武運崩龍ブラックホール』と『げき』両方の魂だ! それをバカにされて黙ってられッかよ!」

「――三人も揃って先程から何回、脱線されるのですか。アマカザリさんも質問の内容をハッキリさせないと何時までも同じ平行線が続きます。野宿を避けられない状況と栩内さんの間に何の関係があるのですか――ご自分で問い直して下さい」


 玄関に面したガラスのドアと待合室中央のソファの中間でぶつかり合う不毛な言い争いを呆れ顔で眺めていたキリサメの頭越しに四つ目の声が割って入った。

 大きく長い水洗音を背にしつつ待合室の隅に設けられたドアを押し開いたのは希更・バロッサのマネージャーを務める大鳥聡起その人であった。

 ハンカチでもって両手を拭いつつ三人の顔を涼しげに見回す背広姿の青年はキリサメが待合室へ足を向けるよりも、恭路が見張りを再開するよりも先に第一診察室を出ていた。放っておけば電知を絞め殺したであろう寅之助を食い止めた直後であったはずだ。

 それはつまり、総一郎が葉巻きタバコをい終えるまでトイレに籠り続けていたということでもある。


 「……だったんですか」というキリサメの問い掛けを涼しげに受け流した大鳥は、ハンカチを持つ側とは対の手で背広から携帯電話を取り出し、片側の親指一本でこれを器用に操作していく。

 次いでキリサメの鼻先へと翳された液晶画面には『かいしんイシュタロア』のファンイベントが大盛況の内に閉幕したという見出しのネットニュースが表示されていた。

 くだんのアニメシリーズで重要な位置づけとなっているフラダンスを同作の舞台である宮崎県から駆け付けた本業のダンサーたちや共演者と共に披露する希更・バロッサの写真も添えてあった。

 社交ダンスのように複数のキャラクターが一緒になって舞い踊り、る種の同調を経て双方のエネルギーを無限大に増幅させていく『ヒエロスガモス』――作中の設定を現実リアルの世界で再現しているかのような一枚であり、液晶画面から飛び出してくるのではないかと錯覚してしまうほどの躍動感に満ち溢れている。

 ファンイベントの最中、キリサメはビル群によって隔てられた場所で『タイガー・モリ式の剣道』と斬り結んでいた為、声こそ聞こえど姿を確かめることはなかったのだが、画面内の希更は植物の首飾りや腰蓑などの衣装である。

 ファンイベントはトークショーと古式フラダンスの実演という二部構成であったはずだが、希更たちは同じ装いで登壇し、夕暮れを迎える風に剥き出しの肩を晒しながら陽気に語らい続けたのだろうか。

 首飾りは極彩色の花ではなく草木の葉を繋ぎ合わせた物であり、大きなハイビスカスの髪飾りも耳の上に差してはいない。頭部を飾るのは南国情緒を抑えた草の冠である。同じフラダンスでも陽気に唄い踊る様式と〝古式〟では装束の選び方からして大きく異なっているのだろう。

 ネットニュースの見出しには記事の公開時間も添えられていたが、一八時五分というのは大鳥がトイレに籠っていた時間帯と完全に重なっている。これを見て取った途端にキリサメは「……だったんですか」という前言を振り返って居た堪れなくなった。

 新聞紙や雑誌を持ち込んで三〇分近くトイレに立て籠もってしまう養父のことも想い出していたのだが、大鳥の場合は余人の接触あるいは盗み聞きの心配がない閉所にて担当声優の動向を確認していたのである。これと並行して自身の所属する声優事務所オフィス・アッポジャトゥーラに電話連絡などを行っていたのかも知れない。


「……回りくどいことをしていないで空閑さんと栩内さんの馴れ初めを直撃すれば良いのでは? お互いに時間を持て余しているわけでもないのですから、それとなく正しい道筋を用意して差し上げるのがベターではないかと」

「……今の僕が持て余しているのは、大鳥氏の無理な注文ですよ……別にそこまでしつこくく気もないですし」


 速やかに事態を終えるよう大鳥は先ほど幼馴染みの筑摩に向けたものと同じ注意を繰り返した。

 ファンイベントが終了した以上、一刻も早く希更と合流しなければならない大鳥の立場も理解できるのだが、キリサメとしても無責任に頷き返すことはできない。

 ただでさえ自己主張の強い恭路や電知に本筋から脱線しないよう働きかけることは弁舌に優れているわけではない人間にとって不可能にも近い要請であり、眉根を寄せつつ一瞥して大鳥への返答こたえに代えた。


「関係っつったってなぁ~。週末っつうコトもあって民宿まで満室。高級ホテルに泊まるようなカネもねぇ。ないないくしで夜明かしできそうなバスの待合所を探してウロウロしてたら栩内のほうから声を掛けてくれたんだよ。あいつン、市内でがるじゃせんの教室やってんだけど、寝袋抱えたおれが窓から見えたんだってよ」

「家の前で凍死体が発見されたら栩内さんも溜まったものではありませんしね」

「借りを作るのは好きじゃねぇし、何度か断ったんだけど、最後は力ずくで引っ張り込まれてなぁ。一泊だけのつもりだったんだけど、結局、前田大先生の足跡を訪ね歩く拠点になっちまったよ」

「……成る程、確かに運の強そうな顔立ちをされています」

「褒め言葉として受け取っておくぜ。……本当に強運だったら寅の面倒を押し付けられるコトもなかったと思うがな」

「強運な面構えって何だよ。空閑の場合、単に小生意気なだけじゃねぇか。スーツさえ着てりゃ無茶な言い分も通るって勘違いしてるんだろうがよ、あんま適当なコトをブッこいてんじゃねーぞ」

「御剣さんはどうぞ院長先生から仰せ付かった役目に専念して下さい。自分はこれで診察室に戻りますが、貴方の様子を訊ねられたなら、またしてもサボっていたとしか報告できませんよ?」

「空閑の野郎は強運で、アンタの場合は兇悪だ! ……くそったれ! ダンナが入ってくるんじゃオレには逆らえねぇ……ッ!」


 引き起こした上体を背もたれに預け、大鳥の質問に一つ一つ答えていく電知の横顔をキリサメはかぶりを振りながら見つめている。

 武者修行という目的はともかくとして、小学生の自転車旅行とはこのように命懸けで敢行するものではないだろう。電知は過酷で知られる『ツール・ド・フランス』の出場者でもないのだ。栩内に発見されていなければ、その夜の内に心臓を流れる血液まで凍り付いたことであろう。


しゃせんっつってもキリサメにはピンと来ねぇかな? 日本伝統の弦楽器なんだよ。この間、じゃどうのおっさんがフードトラックの前で何か弾いてたろ? あのさんしんと似たようなモンと考えてくれて良いぜ。……〝似たようなモン〟なんて雑な括り方したら栩内アイツからアコギで脳天カチ割られそうだけどよ」

「……僕にも何となく分かってきたよ」

しゃせんさんしん差異ちがいが? 飲み込みが早ェな! 浅草にも三味線職人がいるから、ヒマなときにでも実物見せてやろうと思ってたのに」

「そっちじゃなくて電知と栩内氏の関係のほうだよ。お前が尻に敷かれるタイプとはね」

「キリサメ~! お前にまで冷やかされちまったら、おれ、いよいよ逃げ場がねぇよ!」


 大鳥から促される形で再開された電知の説明に耳を傾ける内、断片的な情報がキリサメの頭の中で一つに結ばれ始めた。

 東北・津軽地方に所在する弘前市――即ち、奥義の復古に生涯を捧げても構わないとさえ思っている前田光世コンデ・コマの生誕地を訪ねた際に運命の女性ひとと出逢ったようなものであろう。何かと夢見がちな発言の多い筑摩がこの巡り合わせに食い付かないはずもあるまい。

 これによって第一診察室での記憶も繋がった。「今度はボクが電ちゃんを道場に案内するよ。森寅雄の原点だよ。付き合ってくれるよね?」と寅之助が電知へ強硬に迫っていたが、彼の足を遥か彼方まで向けさせてしまう前田光世コンデ・コマという存在へ張り合おうとしたのだろう。


「ついさっき『顔を合わせたのだって何年ぶり』と話していたけど、その割には向こうの顔をすぐに分かったじゃないか。栩内氏のほうも一瞬で電知だって気付いたみたいだぞ」

「お、お互いに殆ど顔が変わってなかったからじゃねーの⁉ そ、そもそもだなぁ、文通だって何年もやってなかったんだぜ⁉ 中学に進学あがって暫くしたら、どちらともなく返事しなくなったってな具合でよォ! あいつ、年賀状だって返してこねぇんだもん!」

「電話番号も交換していたんだろう? それなのに、どうして――」


 どうして、親交が途切れてしまったのか――その理由をたずねようとした瞬間、故郷ペルーにて不思議な偶然から出逢い、身辺警護ボディーガードを依頼された一人の女性がキリサメの脳裏に浮かび上がった。

 栗色の長い髪をポニーテールに結わえた輪郭シルエットは、背格好からして砂色サンドベージュ幻像まぼろしとなった幼馴染みのものではない。万里の長城と見紛うばかりの巨大建造物『恥の壁』によって貧富の格差が物理的に遮断されるようなペルー社会の暗部を明らかにするべく首都リマを訪れ、大規模反政府デモ――『七月の動乱』に巻き込まれた日本人記者である。

 電知が自転車ママチャリで辿り着いた青森県ではないが、彼女もまた東北の出身うまれと名乗っていた。共に告げられた事実と共にキリサメは現在いまも記憶に留めているのだ。


「……文通が難しくなったのは……東日本大震災の影響……なのか?」

「……キリサメ……」


 平成二三年三月一一日午後二時四六分に発生した東北地方太平洋沖地震と、これに端を発する東日本大震災――東京・浅草で暮らす電知と、当時は東北で過ごしていたであろう栩内を引き裂いたのは地球の裏側でも克明に報じられた未曽有の大災害ではないかとキリサメは考えてしまったのである。

 いずれ移り住むとは想像もしていない〝外国〟の地図など正確にはおぼえておらず、細かな地名も聞き取れなかったが、海溝型地震によって発生した大津波は太平洋沿岸部に押し寄せていたはずだ。

 岩手の隣県という電知の説明だけでは津軽地方並びに青森県弘前市の正確な位置を掴めなかったキリサメであるが、いずれも東北に含まれていることは理解できた。

 先ほど電知は『中学校進学後、暫くして文通が途絶えた』といった旨を述べている。

 高校へ進学していれば彼も寅之助と同じような学生服に袖を通していたはずだが、それはつまり、中学生時代が直接的に平成二三年と重なることをも意味しているのだった。

 東日本大震災は現在いまから三年前の出来事である。


「……ペルーにも伝わってたんだな。あれだけのコトが起きたんだから当たり前か……」

「……新聞、テレビ、ラジオとあらゆるニュースを暫く独占していたよ。……ペルーは日系人も多いし、何より大きな地震も少なくない。他所の国のこととは思えないんだ」


 電知の問い掛けにキリサメは小さく頷き返した。

 ペルー人との混血とはいえ日本を起源ルーツに持つや、彼女の親族たちも想像を絶するニュース映像に酷く狼狽し、或る男性は動転の余り、「理解が追い付かない。ハリウッド映画でも観ているようじゃないか」と嗚咽交じりに呻いていたのだ。

 移民の子孫である日系人がおよそ一〇万人も根付き、青年海外協力隊を受け入れるなど日本との関係が深いペルーの人々は三月一一日の大災害を我がことのように嘆き、身を裂かれるような思いで事態を見守っていた。


「日本のニュースでも取り上げたのかな……災害に遭った人たちや土地の為に首都リマで大勢が祈ったんだよ。蝋燭と控えめな花を掲げて……」

「それは自分も初耳です。どこかで見落としていたのだろうか。……そうでしたか。遠い日本の為にペルーの方々が……」


 スラックスのポケットに仕舞うことも忘れてハンカチを握り締め、キリサメの話へ聞き入っていた大鳥は今まさに振り向いたばかりの恭路と顔を見合わせ、互いにかぶりを振ることで当該する報道に心当たりがないことを確かめた。

 次に二人が視線を巡らせた相手は電知であるが、彼もまた「なんでそんな大事なコトに気付かなかったかなぁ、おれ。『ユアセルフ銀幕』であの時期のニュース、片っ端から漁るかぁ⁉」と右の五指にて頭を掻いている。


(……あの人が――ありぞの氏が自分で見聞きしたことだけをニュースにするっていうのは、きっとなんだろうな……)


 この場に居合わせた誰一人としてペルーの祈りを知らなかったことがキリサメには残念でならなかった。メディア媒体の種類はともかく何らかの形で報道があったとしても海外情勢の一幕として省略され、大きく取り上げられることがなかったのだろう。

 ロザリオを手首に掛けたペルーの人々が貧富や人種の別もなく大通りに集まり、左右それぞれの手に携えた蝋燭と花を掲げて夜空の向こうに祈りを捧げるさまを決して忘れてはならないと、キリサメは深く深く心に刻んでいた。

 謝肉祭カルナバル仮装行列パレードあるいは聖週間セマナ・サンタ聖行列プロセシオンにも匹敵するほどのリマ市民がひとところへと集まり、十字架と蝋燭をかざせば聖なる火がしるべとなって天国への道が開かれるのだ。

 楽器になりそうな物を鼓笛隊の如く一斉に打ち鳴らし、「我らは自由だ! 常にそうあらんことを!」とペルー国歌の大合唱を引き摺りながら〝大統領宮殿〟へ詰め寄せていく反政府デモの群れに踏み荒らされた道がきよめられたようにも感じられたのだった。

 母親は東日本大震災の四年前に亡くなったが、青年海外協力隊としてペルーへ派遣される直前に起きたという阪神・淡路大震災は社会科の授業で例に引き、「千羽鶴や応援の寄せ書きなんか被災地の支援たすけにはならない。自己満足の押し付けだよ」と述べていた。生まれ育った自宅を倒壊させた暴風雨やリマック川の氾濫といった自然災害に見舞われるたび、その言葉が想い出されるのだ。

 母が亡くなった直後の二〇〇七年八月にはペルーでも巨大地震が発生し、震源地からおよそ一五〇キロ近く離れた首都リマの建物まで軋ませていた。丁度、の自宅へ招かれた日の夕方に一二〇秒ほどの長く強い揺れに見舞われたのだが、窓ガラスが割れる音と共に「安全な場所から押し付ける紙切れなんかじゃ腹は膨れない」という懐かしい声が脳裏を掠めたのである。

 亡き母の戒めに従うならば、リマの夜空を埋め尽くした荘厳な祈りは何の慰めにもならなかったかも知れない。現実的には彼女の言う通りであろうとキリサメにも理解わかっているのだが、それでも〝誰か〟に寄り添おうとする人たちの想いまでは否定したくなかった。


「――わたしの場合、サミーと違って日本ハポンは遠い遠い遥か向こうのことだし、民族みたいなモノは考えたこともなかったけど、……今夜は――今だけはわたしの中を流れる〝血〟に素直になりたいと思うよ」

「――その節は真にありがとうございました。月並みな言葉では感謝の気持ちを半分も表せませんし、……おこがましいこととは存じますが、それでも敢えて御礼申し上げます。アマカザリさんを通して、ペルーの皆様にも届きますように」


 幻像まぼろしへ変わる前のが地球の裏側へ飛ばしたスペイン語の祈りと、数年を経てこれを受け止めた大鳥が日本語にて紡いだ返礼こえがキリサメのなかで溶け合っていく。


「……僕は別にペルー代表でもないわけですから……」


 キリサメは自分に向かって深々とこうべを垂れる大鳥と同じくらい不意に湧き起こった奇妙な感情を持て余している。


(……またから〝富める者〟が調子に乗っているとイヤミを飛ばされそうだ……)


 〝誰か〟に寄り添おうとする人たちの想いまで否定したくはない――このような言葉と衝動が心のなかに生まれたことなど今までに一度もなかった。

 他者に寄り添うという行為は心のゆとりにも等しく、ひいては善意の〝施し〟を与えられるような経済的余裕をも意味している。名も知らない〝誰か〟を食い物にしなければ今日を生き延びられない〝貧しき者〟にとっては過分なであり、最底辺を見下す傲慢とさえ感じていたのだ。

 それなのに現在いまはリマの祈りが日本の被災地へ届いていなかったことを残念に思っている。静かな激情を煮え滾らせる〝貧しき者〟たちの只中で立ち止まってしまったが黄昏に紛れて嘲笑わらっているような気がした。


「見た目は勿論、日本語ペラペラなもんだからつい忘れちまうけど、アマカザリってマジでペルー人なんだな。……あ、いや――さっきの動画でも分かっちゃいたのによ」


 可能な限り、顔を合わせたくないほど鬱陶しい恭路であるが、自分で切り出しておきながら口を噤んでしまいそうになる話を別の方向へ導いてくれたことにはキリサメも素直に感謝している。

 ここに至るまでの言行に基づいて推察するに寅之助から何らかの形でペルーに関する情報を与えられたことは間違いなさそうだ。〝動画〟に言及したということは、もしかすると彼が『ユアセルフ銀幕』にて掻き集めた『七月の動乱』のニュース映像でも視聴したのかも知れない。

 それもまたキリサメには厄介であるが、くだんの反政府デモの裏側で暗躍した『組織』には一度も触れず、寅之助のことをペルーの犯罪結社が差し向けた刺客と疑わないのだから、またしても幻覚同然の勘違いに飲み込まれているらしい。

 本当ならば一字一句に注意を払うべきであろうが、キリサメの〝立場〟を危うくするような事実など一つとして動画から読み取れていないはずだ。


「……同じ遺伝子を持った人間同士だもんな。そりゃあ、どうしたって気になるわな」

「遺伝子という例えはおかしいだろうけど、……僕の場合はそれだけじゃなくて――」

「何だよ? 変に溜めて勿体ぶるんじゃねェよ。気になって夜も寝れなくなっちまわぁ」

「――向こうで知り合った日本人が、……東日本大震災の被災者……だったんだ」

「……そう……か……そういうコトも……あらァな……」


 極めて繊細な問題を孕んでいる為、慎重に慎重を重ねて言葉を選ぶキリサメと恭路の間に会話が途絶え、振り子の音色が不意の沈黙へくらく重く圧し掛かった。

 時を刻む音がキリサメの鼓膜を規則的に打ち据え、これによって東日本大震災の被災者と分かち合った足跡を振り返らせる。

 『七月の動乱』の直接的な原因ひきがねは労働者たちの権利を脅かし得る新法の発布であった。

 〝大統領宮殿〟に対する憎悪の暴発に先立つこと二週間前――地元の新聞では首都リマと隣接する港町カヤオで発生した酸鼻を極める大量殺人事件を報じていた。

 犠牲となった港湾労働者の中にはの親族も含まれているのだが、僅かな紙幣カネを握らせるだけで掛けるべき手錠を引っ込めてしまうほど腐敗した警察に捜査など任せてはおけず、キリサメは単独で事件の真相を探り始めた。

 その折に自分と同じ目的で事件現場周辺へと侵入し、気性の荒い港湾労働者から取り囲まれてしまった一人の日本人記者を救出したのである。

 強引に押し付けられた名刺は半月もたず粉々になってしまったが、そこに刷り込まれたありぞのという名前は今でも忘れてはいない。

 携帯電話スマホも含めてインターネット環境を持ち得ないキリサメは一度も視聴したこともないが、『ベテルギウス・ドットコム』なるネットニュースサイトを運営していたと記憶している。

 その日本人女性にペルー滞在中の身辺警護ボディーガードを依頼され、闇市ブラックマーケットや『恥の壁』一枚で富裕層の高級住宅街と分断された貧困層の非合法街区バリアーダスなどリマ市内の様々な場所に同行したのだが、『ペルーのアキバ』と呼ばれる商業施設ショッピングセンターへ出掛けた際に思わぬ成り行きから東日本大震災の被災者であることが告げられたのである。

 郷里の岩手県で津波に巻き込まれて全てを喪失うしない、――と、通信社にも属さず〝一個人〟で中東のガザといった危険な土地まで赴く理由と共に語ったのだ。


(変わらないノリであちこち取材に飛び回っているんだろうな。……今となっては顔を合わせることもできないけど……)


 ありぞのは『聖剣エクセルシス』による無慈悲な破壊に〝何か〟を重ねたらしく、命を重さを諭すべくして自身の経験を明かしたようでもあった。

 結局は格差社会の最下層で生き延びる為に『聖剣エクセルシス』を握り続けてきた。「生まれ育った環境を理由にして運命を切り開く勇気を諦めないで」とまで訴えてくれた想いにも背を向けている――その罪悪感も働いて東日本大震災を思い起こさせる事柄には過敏となってしまうのだ。


「……弘前あっちのほうもデカく揺れたとはニュースで見たけどな……いや、何日か経ってから電話で栩内アイツにも確かめたんだけどさ……」


 沈黙を焦燥に換える振り子と秒針の二重奏を押し退け、再びときの歯車を動かしたのは電知の声であった。

 栩内との文通が途絶えてしまった原因が東日本大震災にあるのではないかとたずねられた直後から落ち着かなくなり、ソファの周囲を意味もなく歩き回っていたのだが、キリサメと恭路の会話に空白が生じる頃合を見計らって、ついに自ら口を開いた次第である。


「三月一一日に起きたコトで東北全体が酷く傷付いたのは間違いねぇよ。電話が通じねぇどころか、流通網自体が一時期、完全にブッ壊されちまったし。……こういうのもペルーのニュースでやってたんか?」

「そこまではさすがにおぼえていないけど、物流に大きな被害が出ているだろうと考えてはいたよ。故郷ペルーも地震の多い国だから状況が何となく想像できてしまうというか……」


 およそ半年ほど時期が遅れるものの、同じ二〇一一年にはペルーでも大地震があったと言い添えるキリサメに電知は極めて神妙な面持ちで頷き返した。生真面目な大鳥は言うに及ばず、何かと反応リアクションが大きい恭路でさえ今は口を真一文字に結んでいる。


「幸い――いや、『幸い』なんて言い方は良くねぇよな……同じ青森でも弘前のほうは被害が比較的、……そう、比較的大きくはなかったんだ」

「青森港も正常な機能が損なわれておりませんでしたのでガソリンや灯油、生活用品などを運び入れたのではなかったかと」


 補足説明の答え合わせでも求めるかのように視線を巡らせる大鳥であったが、これを受け止めた電知も震災当時の港湾情報までは把握しておらず、「他人ひとかねぇで手前ェの携帯電話スマホで調べろ」とでも言わんばかりに睨み返されてしまった。

 些細な行き違いはさておき――電知は慎重に言葉を選びつつ栩内の郷里が壊滅的な被害を受けたわけではないと説明していく。

 ダミ声を我慢しているのは二分半が限界なのだろう。「おめーに直接、関係のあるハナシなのに他人事みてェなツラしてんなよッ!」とキリサメを怒鳴り付け、電知の説明へ強引に割り込んだのは恭路であった。


「アマカザリの養父おやじさんだって青森から上陸したんじゃねェか⁉ じょうわた総長からそんなようなハナシを聞いたおぼえがあるんだぜ⁉ そこからどうやって福島や岩手に入ったのか、さっぱり分からねーんだけどよォ~」

「……どうして、そこで岳氏が出てくるんだ? 話のスジが少しも読めない」

「想像力ゼロかよ、てめーは。あのおっさん、震災直後くらいにはトラック飛ばして被災地へ救援物資を届けたんだぜ。……あれ? つうことはわざわざ一度、青森入ってから福島や岩手まで陸路か? 効率クソ悪いじゃねーか。てめーの養父おやじ、地図も読めなきゃナビも使えねェんじゃね?」

「長話はどうでも良い。……岳氏が被災地に?」

「あ? 養父おやじのコトなのに知らねェのか? 戦国武将の扮装コスプレみてェに悪目立ちしてるクセしてそーゆー自己主張は少ねぇんだな」


 恭路が語った内容ことはキリサメにとって何もかも初耳であった。

 顔も知らない亡き父――くさゆきが被災地への継続的な食料提供などを主軸とする東北支援事業を指揮しようとしていたことは、故郷ペルーの集合墓地から母の遺骨を移した墓前にて岳当人の口より聞かされている。

 恭路の話によれば、その岳も災害に苦しむ東北を救わんと力を尽くし、被災地にまで駆け付けたというのだ。

 岳本人どころか、未稲にもおもて家の母子ひとびとにもそのようなことを明かされたおぼえはない。


「手前ェの勘違いを事実みてェにキリサメに吹き込むんじゃねーよ、バカ御剣。トラック借りて救援物資も詰めるだけ詰め込んで現地入りしたっつうニュースはおれも見たけど、八雲のおっさん、東京から通行止めにならなかった下道抜けていったそうじゃねーか。別の救援隊とゴチャゴチャになってるだろ、てめー」

「自分も八雲さんの移動手段は船ではなかったと記憶していますね。同じようにトラックで東北に入ったお笑いタレントの方と落ち合ったとか、入れ違いだったとか。それに物資を運ぶだけでなく炊き出しも行ったはず」


 電知も大鳥も記憶の糸を手繰るような素振りも見せずに恭路へ反応したということは、当時にも相当な話題になったのだろう。

 主催者である『サムライ・アスレチックス』と契約を取り交わした際、簡単に説明されただけなので具体的な活動は失念してしまったが、『天叢雲アメノムラクモ』には東北復興支援のチャリティーという側面もある。長野大会で配布されたパンフレットにも収益の一部は義援金として被災地に寄付する旨が記してあったはずだ。

 ひょっとすると『天叢雲アメノムラクモ』旗揚げに当たってチャリティー大会にしようと働きかけたのも統括本部長であるのかも知れない。

 居ても立っても居られなくなって被災地に飛び込んでいく姿も、樋口や麦泉へ復興チャリティーを説く姿もキリサメには容易く想像できた。恭路は自己主張が控えめと揶揄していたが、そもそも岳は己の武勇伝を語る小賢しさなど持ち合わせていないのである。

 語る言葉には表裏も飾り気もなく、幼稚とも感じられるほど真っ正直で、何事にも体当たりでぶつかっていくからこそ『天叢雲アメノムラクモ』統括本部長という肩書きを誰もが認めるのだ。

 お前はオレだよ――その言葉に込められた意図は未だに理解できず、向き合う時間を重ねるほど何から何まで正反対としか思えなくなるのだが、リマの市街地と非合法街区バリアーダスを隔てる橋の上で差し出された岳の手も、握り返したときにけるほど熱かった体温も、万事に無感情なキリサメでさえ鮮明におぼえている。

 〝太陽のような男〟とパンフレットのプロフィール欄に記されていたが、それが比喩でないことにも今のキリサメは躊躇いなく頷けるのだった。


「首都圏と東北全体の行き来が一時的に難しくなったのは間違いねぇけど、別に栩内とはそれで疎遠になったワケじゃねぇからよ。……だから、キリサメも『言っちゃマズいコトをやらかしちまった』みてェな表情かおすんなって。おれは何も思っちゃいねぇんだし」

「……いや、……僕は……」

「クソ真面目はお前の良いトコだけど、考え過ぎるのも良くねぇぜ。闘ってるときの目突きみてェにあれこれ気軽に捌いていこうや――って、スナック菓子摘まむみてェに目ン玉狙われるのも敵わねぇけどな」


 自分と栩内の間に交際関係などはなかったという釈明より失言を恥じて押し黙ったようにも見える人間への気遣いを優先させる電知も、岳と同じ〝太陽のような男〟と呼ぶべき存在であろう。


「……電知の良いところは、こうやって良縁に恵まれることにも顕れている気がするよ」

「きゅ、急に何をそんなこっずかしいコト……! もう何回、繰り返してるか数え切れねぇけどなぁ、栩内との縁は鎧兜の姉ちゃんが鼻息荒くする類いのモンじゃね~んだ!」

「栩内氏だけに限った話じゃないよ。合宿のときも初対面だった『まつしろピラミッドプロレス』の人たちと短時間で打ち解けていたじゃないか。だよ」

「もっとこっずかしい話になったな⁉ やめろよ~、真顔で言う台詞じゃねぇって!」


 予想だにしない称賛が照れ臭くて仕方ない様子の電知は、じゅうどうの上から上半身を掻き毟ってみせたが、これを見つめるキリサメには冗談のつもりなど一切なかった。

 敵対する『天叢雲アメノムラクモ』に所属し、且つ〝兼業〟と冠してリングへ臨む希更・バロッサを一方的に半端者と見なした挙げ句、三人がかりで取り囲むなど行動に問題があることはキリサメも否定しない。今夜も寅之助に対して無法なる制裁を加えようとしていたのだ。

 暴力性と結び付いてしまう短慮を補って余りある人間的な魅力が空閑電知という少年には宿っていると、キリサメは強く感じていた。苛烈極まりない言行も裏返せば純粋な心根の表れである。それが証拠に一度でも認めた相手には敵対関係であろうとも真っ直ぐな敬意と親愛を示すのだ。

 互いの立場やからぬ感情すら超越して相手を受けれる度量の持ち主とも言い換えられるだろう。キリサメとは今でこそ親しい〝友人〟として付き合っているが、最初は組織間の確執もあって完全な〝敵〟として相対し、鼻先で生死がすれ違う血みどろの路上戦ストリートファイトまで演じたのである。


(……我ながらどうかしているとしか思えない贔屓目だな……)


 気恥ずかしさもあって口に出すつもりはないが、同い年とは思えない器の大きさにキリサメは敬服していた。勢いが強過ぎて仰け反りそうになる瞬間があるにはあるものの、先に進むことを恐れて足踏みしている人間の手を掴み、初めの一歩を引き出してしまえるのだからる種の人徳といっても過言ではあるまい。

 〝世界最強の男〟を夢見るこの少年は在りし日の前田光世コンデ・コマに倣って世界へ飛び出し、自分より強い格闘家たちに挑戦して回りたいと語っていたが、人徳に基づく社交性さえあれば言語ことばの通じない国や人とも良好な関係を築いていけるだろう。

 今度の一件には関わっておらず、藪整形外科医院にも駆け付けていないのだが、過去に中国のMMA団体『りょうざんぱく』で活躍していたキックボクシング系の選手と希更から看破されたフィリピン人男性――パンギリナンは、たどたどしい日本語で電知のことを〝若〟と呼び、自分と比べて遥かに年下であろう相手を心から慕っている様子であった。

 そればかりか、人格が歪み切っている瀬古谷寅之助を問題行動と共に受け止め、現在いま過去むかしも変わらずにかけがえのない幼馴染みとして接している。〝ホスト格闘技〟という上下屋敷の言葉から察するに地下格闘技アンダーグラウンド以外の格闘家とも親交があるようだ。

 三月の弘前市内で偶然から栩内と出逢い、夜間の凍死を免れた筋運びについて恭路は悪運などと揶揄していたが、命の恩人となる存在を引き寄せることができたのは、しがらみを超えて信頼される人徳の為せる業ではないだろうか――迷信の類に一つとして価値を見出していないキリサメでさえ電知は幸運の女神に導かれたとしか思えなかった。

 人智を超えた存在すら振り向かせる器の持ち主であったればこそ電知は良縁に恵まれ、左右田や上下屋敷といった仲間たちが周辺まわりに集まるのだ。

 は養父の真っ直ぐな姿にも重なる。八雲岳という男は己に浴びせられる剥き出しの憎悪すら抱き留め、背負ってしまえる大器の持ち主であった。

 〝太陽のような男たち〟と比べるまでもなく、自分は厄介な存在ばかりを引き寄せていると、キリサメは何とも例え難い薄笑いを浮かべた。

 己の身に流れるものと同じ〝血〟を禍々しい刃に吸わせた『聖剣エクセルシス』の持ち主や、ペルー国家警察の前長官と癒着して『七月の動乱』を引き起こし、一般市民を反政府の先兵に仕立て上げた『組織』の首魁、彼らの〝同類〟であろうフランス外人部隊エトランジェ出身の傭兵に裏社会の殺し屋デラシネ――これらに匹敵するであろう〝闇〟を秘めた瀬古谷寅之助と日本に移り住んで間もなく出逢ってしまうのだから自嘲するしかあるまい。


「――やっぱり寅のコトは間違いだって後悔してんだろ? 今からでも遅くねぇから撤回してこいって。構いやしねぇよ、『後悔先に立たず』ってヤツだ」


 キリサメの正面まで回り込んだ電知が筋肉の悲鳴を聞くほどに強く両肩を掴んだのは、意識の有無に関わらず〝闇〟の深淵へ呼応してしまう己の有り様を「どこかでの笑い声が聞こえるみたいだな」と心の中で蔑んでいる最中のことであった。

 次いで電知はまぶたが半ばまで閉ざされている双眸を気遣わしげな表情で仰いだ。どうやら「良縁に恵まれる」という一言を本人キリサメが込めたものとは正反対の意味に捉えてしまった様子である。

 友達想いで真摯な眼差しがキリサメには眩しくてならなかった。ともすれば心の奥底にてうごめく〝闇〟を逆撫でされるようなものであったが、を嫌がって目を逸らすようなことはない。


「……自分の周辺まわりには妙な連中ばかり寄り付いてくるって考えていただけだよ」

「――聞いたかよ? 妙な連中だってよ。あんた、言われちまってるぜ?」


 二人のやり取りを静かに見守り続ける大鳥の肩を掌でもって叩いた恭路は、彼のことを〝妙な連中〟の一人と見なしてせせら笑った。

 その瞬間、大鳥当人は顎が外れるのではないかと案じられるほど大きく口を開け広げたまま固まってしまった。反論一つ絞り出せないほどに呆れ返っていた。

 出で立ちから言行に至るまで奇妙奇天烈な恭路こそキリサメは〝妙な連中〟に含めているはずだ。よしんば彼の存在ことなど眼中になかったとしても、自分が不名誉な対象に入るとは思えなかった。それだけは絶対に有り得ないだろう。

 この場の誰よりも選ばれる可能性の高い恭路が自分以外の人間を〝妙な連中〟と見下しているわけだ。己のことを正常まともと信じて疑わない神経こそ大鳥には理解不能であった。

 もはや、放言に付き合ってはいられないとかぶりを振りながら第一診察室へ戻っていく大鳥の足音をキリサメと電知は頬で受け止めた。


「……耳が痛ェぜ。おれなんか〝妙な連中〟の筆頭格だろ?」

「事情を知らない人がその風貌を見たら変わり者と思うだろうけどね」

「世間サマの目なんざ知ったこっちゃねーけどよ、キリサメはこのじゅうどうをそんな風に見てねぇだろ? おれにはそれで十分。からかわれたコトだって一回もないんじゃねーの」

「少し前なら仮装行列の一員と間違えたハズだけど、今はもう柔道衣そこに込められた気持ちを知っている。だから、変わり者とは思えないよ。前田光世コンデ・コマの魂を受け継ぐ柔道家だ」

「最初の頃と比べたら前田大先生の名前をおぼえてくれたのもデカい進歩だぜ」


 故郷ペルー隣国となりでブラジリアン柔術の祖となり、やがて同地で没したというのにキリサメは電知が尊敬してやまない伝説の柔道家――前田光世コンデ・コマの名前をほんの二ヶ月前まで耳にしたこともなかった。これを無知と罵る怒号が轟いた夜を振り返り、二人はくすぐったそうに微笑み合った。


「……いや、でも、そうだな……やっぱり電知も変わり者かな」

「どっちだよ! 急に手のひらを返すなよっ!」

「こんな得体の知れない日系人と仲良くしてくれるんだ。十分に変わり者と言えるんじゃないかな」

「いやいや、その理屈はおかしーだろ。それじゃお前まで変わり者に入っちまうぜ。目突きが趣味っつうくらいで寅みてェにイカレてるワケじゃねぇのによォ」

が見限ったりしないで付き合い続けているのが寅之助だろう? 僕にはそれが信用の裏付けだよ。油断のならない相手のほうが効果的と藪氏は話していたけどね」

「……おれの顔を潰さない為に気を遣ってるんならマジで怒るからな?」

「未稲氏と岳氏の安全も懸かっているんだ。自分の頭で考えて、自分で決めたことだよ」


 余りにも長い付き合いと、その道程に於ける経験から電知は『八雲道場』の一員として寅之助を迎え入れる危険性リスクを懸念し続けているのだが、当のキリサメは全て納得した上で決断を下したのである。

 寅之助とは電知よりもである上下屋敷には数え切れないほど翻意を促されてしまった。ゲーミングサークルのオフ会を通じて友人関係となったらしい未稲に問題行動の多い恋人を近寄らせたくないというの気持ちも酌んではいるものの、それ以上にりんうちゆうの結婚生活まで例に引いた総一郎の言葉を重く受け止めたのだ。


「……もう二度と寅之助の好きにはさせない」


 身辺警護ボディーガードを申し出た寅之助に頷き返した瞬間と同じ言葉をキリサメは再び紡いだ。字面を思い浮かべれば、これから自分たちの安全を預ける相手に向けるようなものではあるまい。それは本人キリサメも分かっており、栩内から「まるで宣戦布告じゃん!」と失笑されても別の言い回しには変えられなかった。


「……わーったよ。これ以上は何も言わねぇさ。友達ダチが寅と向き合おうとしてくれてるときに、おれのほうがその覚悟を信じられなきゃどうしようもねぇよな」


 諦めにも似た調子で首を頷かせ、キリサメの両肩に喰い込ませていた左右の五指を引き剥がした電知は、互いの視線が交わる正面から背後へと回り込んでいく。


「……厚かましいっつーのは百も承知だし、ふざけんなって怒られるかもだけどよ、できりゃあ寅とも仲良くしてやって欲しいとは思うんだわ。四六時中、神経トガらせっぱなしじゃキリサメだって参っちまうだろうしよ」


 やがて背中合わせとなる位置に立った電知が肩越しに訴えたのはキリサメと寅之助双方を友人と呼ぶ者としての願いであり、その声は儚く思えるほど小さかった。


「回りくどい芝居まで打ってお前にケンカ吹っかけたのは、真っ当な剣道の試合に出られねぇ鬱憤ってのも有ると思うんだよな。……アイツが受け継いだ技は剣道でも古流剣術でもねぇ独特なモンだからよ」


 寅之助が振るう剣の性質まで含めて、電知の話にはキリサメも思い当たるフシがある。秋葉原で斬り合う最中にも腕比べの相手が限られるといった旨を確かに呟いていたのだ。

 電知が語ったように瀬古谷の道場にて研がれてきた技は打撃や投げまで体系に組み込まれており、現代剣道からは大きく掛け離れてしまっている。日本史上最強の剣士と名高い森寅雄の系譜を継ぐものでありながら剣道選手権などにいて〝正規の技〟とは認められないのである。

 『あて』といった古い時代の技は省き、剣道の基礎とその応用だけを教え子たちに指導することはできても自らが出場することは叶わない。だからこそ、自身の通うさんじゅくがくえんの剣道部には一切関わっていないとも電知は言い添えた。

 〝現代での規則ルール〟に基づいたものでない限り、〝正規の技〟としての条件を満たさないのであれば、電知が甦らせた『コンデ・コマ式の柔道』も全国組織などが公認する柔道選手権から爪弾きにされてしまうだろう。

 しかし、電知は『E・Gイラプション・ゲーム』という主戦場ホームグラウンドを持っている。現代の『JUDOジュードー』では反則行為に見なされる打撃を組技と連ね、攻守を組み立てていく『コンデ・コマ式の柔道』は素手の殴り合いすら許可される地下格闘技アンダーグラウンドでこそ輝くのだ。

 対する寅之助は剣道選手権の代わりとなるような〝戦場〟など望むべくもなかった。

 生まれてくる時代を誤った虚しい剣としか表しようもない。真剣かたなを握れば相手の肉も骨も瞬時にして両断し得るだけの腕前でありながら、これをもって喝采を浴びる場に恵まれなかったということである。

 その剣を〝現代〟の法治国家日本で生かすとすれば、狂言ウソではなく本当に指定暴力団ヤクザから〝人斬り〟として雇われるくらいしかないだろう――が、森寅雄が瀬古谷の道場に伝えたのはあくまでも〝剣道〟であって、斬殺を果たす為の〝古流剣術〟ではない。

 竹刀や木刀から真剣かたなへ持ち替えるという行為そのものが森寅雄の理念に反するのだ。偉大な先達から一字を授かった寅之助のからすれば、自己矛盾に縛られているようなものである。

 太平洋戦争の時代に学校機関を通して広められた『せんけんどう』――即ち、軍刀を振り翳して敵兵の命を奪う『ざんとつ』の模倣も〝げきけんこうぎょう〟に織り交ぜていたが、本来ならば道場からの永久追放を言い渡されてもおかしくない禁忌であったはずだ。


「だからって寅に情けを掛けろとは言わねーよ。生まれ付いたのは瀬古谷の道場だが、剣を取ったのはアイツの意思だ。てめーの頭で考えて、てめーで決めたこと――キリサメの言葉を借りるなら、こんな具合になるかな」


 ムエ・カッチューアの名門――バロッサ家に対する逆恨みのような皮肉など、生まれ落ちた境遇から噴き出したとしか思えない醜悪な感情に触れてしまったキリサメは電知の言葉へ頷くことを躊躇いそうになったが、物心つく前から共に育ってきた幼馴染みが自己矛盾という〝闇〟に勘付いていないはずもない。

 瀬古谷寅之助という青年の表裏を全て受け止めていることは、次に紡がれた言葉からも瞭然であった。


身辺警護ボディーガードっつっても今日の明日で厄介な連中が押し寄せてくるとは思えねぇ。基本的にはお喋りの相手みたいなモンだろ? いっそ練習台にでも使ってやればいいぜ。……それで寅がおかしくなっちまうのを抑えられるなら一石二鳥――」

「――さっきもすこぶる満ち足りた表情かおだったもんな。訓練トレーニングの最中にも鬱陶しいくらい話しかけてくるんだろうけど、悪だくみされるよりずっとマシだよ」


 他者を退けてまで主張を押し通すことのないキリサメにしては珍しく、電知が言葉を紡いでいる最中に己の声を重ねた。

 それは途中で話を遮ったというよりも、最後まで言葉にしなくても電知の願いは既に受け止めているという意思表示に近い。寅之助について考えていることは互いに同じと言外に伝えたわけだ。

 無論、電知もキリサメの気持ちを汲んでいる。思いも寄らない筋運びに驚き、僅かばかり目を丸くしたものの、次の瞬間にはじんわりと口元が綻んでいく。背中合わせで立っている為に緩み切った表情を見せることは叶わないので、代わりに右肘でもって腰の辺りを軽く突いた。

 寅之助のうちに溜まったくらい鬱憤を訓練トレーニングという名目で定期的に発散していれば、今日のように暴発することは防げるだろう――それが二人の達した結論である。

 雇った相手に過分なほど気を遣うようなものだが、故郷ペルーの裏路地に限りなく近いで互角以上の強敵と〝実戦〟にも等しい訓練トレーニングを行えるのだから、格闘家にとって望ましい環境が整ったと好意的に捉えることができなくもない。

 未稲も繰り返し懸念を示していたが、互いの息遣いが鼓膜を打つ距離で接触し続ければ互いの〝闇〟が増幅され兼ねず、危険な賭けであることを疑う理由はない。

 しかし、一秒たりとも油断の許されない緊張感こそが総一郎から説かれた抑止力を発揮するとも考えられるのだ。そして、それは〝太陽のような男たち〟が相手では得られない効果でもある。

 互いの暴力性を溢れさせないよう精神の状態を一定に保ち続ける訓練トレーニングは同じ〝闇〟を抱えた者の間でしか成立し得ないだろう。

 人間の深淵を覗き込むことによって殺陣たて道場『とうあらた』の体験会ワークショップで一端に触れた殺気の制御コントロール――自在に気魄を練る手掛かりまで辿り着けたなら僥倖さいわいである。


(……いずれにしても寅之助と同じように矛盾を背負うわけだな……)


 瀬古谷寅之助は『恥の壁』に象徴される故郷ペルーの格差社会を知っている。非合法街区バリアーダスではありとあらゆる犯罪行為が生計を立てる手段になっていることも知っている。『聖剣エクセルシス』が他者の命を喰らってきたことまで掴んでいる。『七月の動乱』にける最悪の悲劇に飲み込まれ、新聞紙で覆い隠されることになった亡骸の正体にも迫っていた。

 キリサメ・アマカザリという少年の拳に伝う〝闇〟を惨たらしく抉り出した相手だからこそ、を映す魂の鏡となり得るのだ。


「マジで付き合い切れねぇと思ったらすぐに連絡してこいよ。後でお前のツレに電話ケータイ番号教えとくからよ。……寅をシメるのは今も昔も幼馴染みの役目なんだからよ、迷惑だとか思わなくて良いんだぜ」

「……ありがとう、電知」


 背後からキリサメに飛び付き、右腕を首に引っ掛けた電知は一等大きく笑った。

 黄昏たそがれの残照は殆ど感じられなくなり、真っ白なクロス張りの壁にも群青色が映り始めている。薄暮さえ遠ざかった待合室に再び太陽がかえってきたようであった。

 眩しいくらいに爽やかな友情の一幕であるが、これを間近で眺めていた恭路は晴れ晴れとした表情になるどころか、秒を刻むごとに舌打ちの回数が増えていく。ついには電知に向かって「でしゃばりの分際で見せつけんじゃねェッ!」と意味不明な怒声を叩き付けた。


「自由気ままに青春ドラマをりやがって! 肩組んで心を開いてやるのは兄弟分の役目だろ⁉ 何でオレ、通行人Aみたいに棒立ちしてんの? 意味分かんねーんだよ! ヤキ入れンぞ、泥棒猫がァッ!」

「……意味が分からないのは御剣氏あんただ。どこからやって来たのかも理解できない誇大妄想をまだ引っ張るつもりなのか……」


 兄貴分だけに相応しい役回りを横から奪われたという被害妄想に取り憑かれ、振り子の音を掻き消すほど強く地団駄を踏み続ける恭路であったが、思い込みに凝り固まった言行の一つ一つがキリサメ当人を辟易うんざりさせていることには全く気付いていない。

 現在いまは院内用のスリッパに履き替えているが、鉄板の上から黒革を張ったような靴のままであったなら耳障りで仕方のない音が狭い待合室に反響し、更にキリサメを苛立たせたはずである。


「キリサメが御剣に助けられたっつーのは聞いたけど、無駄にしゃしゃり出てくるのがおれには分かんねーよ。キリサメのことを死ぬほど嫌ってたじゃねーか。じょうわたマッチの敵みてェに見なしてよ。すがだいらでやらかしたコトも忘れちまったのか?」

「総長、呼び捨てにすんな! てめーこそ記憶力ブッ壊れてんなァ? いい加減に脳味噌にブチ込みやがれ! オレとアマカザリは魂の兄弟なんだよッ!」


 勢いよく首を振り向かせた恭路から「そうだよなッ⁉」と大声で同意を求められるキリサメであったが、彼の視線は電知のほうに向かっており、〝魂の兄弟〟などと呼び付けられることが耐えられないとばかりにかぶりを振り続けていた。


「知り合いになっちまったよしみで忠告しといてやるがな、付きまといも大概にしとけよ。スピード違反で逮捕パクられるんならまだしもストーカー容疑で警察サツの事情聴取なんざ、それこそ城渡の顔に泥塗るんじゃねェか? ホウキ頭のおっさんからまた大目玉喰らうぞ」

「てめーこそポリ公に言い付けてやろうか、あァッ⁉ オレに何の断りもなく馴れ馴れしくしやがって! ……大体、てめー、アマザリがペルーでどんな目に遭わされたのか、一個も知らねぇだろ⁉ コイツが何を味わって、何をうしなったのかも――」


 さしものキリサメのこのときばかりは身を強張らせた。今まさに恭路が明かそうとしているのは寅之助から刷り込まれたものとおぼしき故郷ペルーの暗部であろう。

 その上、恭路は「何を味わって、何をうしなったのか」とも口走っている。寅之助と同様に『七月の動乱』に関連する映像を視聴したとすればアメリカ大陸最古にして最大の闘牛場も、その駐車場に横たえられ、新聞紙の上から更にスカーフを掛けられた亡骸も――血の惨劇の全てを目にしているはずだ。

 キリサメ自身は当該の映像を確認していないが、あるいは周囲に燻る硝煙を警察馬の鞍上から見下ろす姿まで映り込んでいるかも知れない。レインコートのフードによって顔面が覆い隠されていようとも右肩に『聖剣エクセルシス』を担いでいるのだから対の五指で手綱を握り締めるのは誰なのか、一目で判るはずだ。

 故郷ペルーに吹き荒ぶ暴力を電知には知られたくなかった。

 格差社会の最下層で喧嘩殺法は目突きや金的蹴りという形で電知自身に叩き込んでいる為、最初から隠しようがない。ひょっとすると調べ上げた情報を寅之助から既に吹き込まれているかも知れない。

 それでも電知にだけは地球の裏側に置いてきたはずの罪を知られたくないと、キリサメは心の底から思っていた。割れた桃の置物を受付台に見つけた瞬間、恭路を黙らせるべくを投げつけようとさえ考えてしまったのだ。


「バカに付ける薬はねぇってことわざはマジだったらしーな――」

「――ンはァうッ!」


 藪家の家紋を模った置物へ手を伸ばしそうになるキリサメであったが、そうして自ら動く必要はなかった。無神経にも他人の過去を紐解こうとする恭路の股間へ電知の右足が割り込み、凄まじい勢いで金的を抉ったのだ。

 振り上げられた蹴り足はキリサメの動体視力をもってしても捉えるのが難しいほどはやく、天井まで貫いた音は極めて重い。

 即ち、本気の蹴りというわけだ。『コンデ・コマ式の柔道』を磨いてきた電知と比べて技の切れ味が大幅に劣る恭路では防御も回避も間に合うはずもあるまい。

 衝撃が臀部まで突き抜けた様子の恭路は右手で股間を、左手で尾てい骨の辺りを押さえながら床の上をのた打ち回っていた。額から噴き出した脂汗は大きく開け広げられた口の中へと滑り落ち、代わりに人間の言葉とは思えない悲鳴を洩らしていた。

 柔道を主体としながら『あて』――つまり、打撃技にも長けた電知の蹴りはキリサメも路上戦ストリートファイトにて叩き込まれている。膝を揺さぶられた瞬間には崩れ落ちそうになったのだ。それほどの破壊力を無防備のまま直撃されては堪ったものではあるまい。

 キリサメ自身も金的蹴りを得意としている。一時的とはいえ身のこなしを大幅に減退させる効果まで理解しているだけに自らの股間を我知らず両手で庇ってしまうのだった。


「昔話ってのは他人がペラペラ喋るもんじゃねーんだよ。粋じゃねーな、横浜ハマッ子」

「さんざん……瀬古谷の昔話……穿り返しといて……どの口が……言いやがる……ッ」

「そーゆー台詞が出てくる時点で周囲まわりが見えてねー証拠なんだよ、タコ。寅の過去コトはキリサメだってある程度分かってんだ。さっきの吊るし上げでもそういう話出たじゃねーか」

「……だッ……大体……オレは山梨出身だ……勝手に横浜ハマッ子にすんな……いや……魂の故郷は……湘南だが……その辺……てめーで……上手いこと……まとめときやがれ……江戸っ子……ッ!」

「おれの知ってる山梨出身うまれはクソ可愛げがねェけど、てめーとは比べ物にならねェくらい真っ当だぜ。つーか、比べるのも失礼だな」


 希更・バロッサと共に『かいしんイシュタロア』のファンイベントに登壇したダンス監修者――カマプアアもハワイに由来する格闘技の経験をしつこく訊ねられた際に似たような言葉を返答に代えていたはずだ。

 トークショーにて語られた内容から察するに独特な喋り方が鼓膜にこびり付いて離れないカマプアアはフラダンスの本場・ハワイで生まれ育ったらしいのだが、如何にも日本語らしい響きと意味を持つ「ヤボ」という言葉が常夏の南国でも通用する事実をキリサメは少しばかりの驚きと共に想い出していた。


「おれはこのウスラバカほど無粋じゃねェよ。……江戸っ子の端くれだしな」


 脳天まで駆け上がるほどの激痛に苛まれ、ついには全身を痙攣させ始めた恭路を冷ややかに見下ろす電知はキリサメに背を向けたまま、それだけを言い切った。

 過去に故郷ペルーで何があったのかと詮索するつもりもない。毛ほども興味がない。大切な友人と認め、真っ直ぐに見据えている相手は現在いまのキリサメ・アマカザリなのだ――小柄でありながら誰よりも逞しい電知の背中はそのように語っていた。

 背負い投げを仕掛けられたときにも、沖縄クレープを求めて自転車の後部に乗せられたときにも間近で見つめた背中は以前よりも遥かに頼もしく感じられる。


(……変わらなくちゃいけないんだな、僕は……)


 その一言がじゅうどうの背面に刷り込まれている『E・Gイラプション・ゲーム』のロゴマークに浮かんだ。

 不都合を未然に防ぐべく割れた桃の置物へ手を伸ばしてしまったが、もはや、短慮を起こしている場合ではないのだ。「故郷ペルーでは暴力以外に頼るものがなかった」などと言い訳を捏ね繰り回して現実から目を逸らすことも終わりにしなくてはならない。

 〝現在いま〟の自分を信じてくれる電知の為にも、彼と同じように将来みらいへの道程を支えてくれる未稲や岳たちの為にも、今こそ血塗られた過去と訣別して変わったいかなくてはならない――今一度、キリサメは己に言い聞かせた。

 自分が如何なる変化を求めているのかも定かではなく、具体的な指針など未だに持ち得ない状態であるが、地球の裏側より移り住んだからには魂を故郷ペルーに縛り付ける〝闇〟など引き裂くべきであったのだ。

 今までは〝法治国家〟そのものに対する違和感などから日本に居場所を作ることを避けてきたような気もするが、「環境の違いが馴染まない」という屁理屈と共に背を向けることはそれ自体が堕落の罪に他ならないのである。

 未稲との誓いも、城渡との約束も、自らを甘やかしていては果たせるはずもあるまい。


「――今さら何をどうやって誤魔化すつもりなの? どんなに自分に言い訳したって変われっこないと思うよ。そんなの、サミーが一番良く分かるでしょ? 全身に染み付いた血の臭いはもう一生消せないんだから」


 二度と揺らいでしまわないよう「変わらなくちゃならない」と一等強く念じた瞬間、黄昏の彼方よりの声が突き刺さり、心臓を大きく軋まされたキリサメは呼吸が途切れるほどの痛みに衝き動かされて電知の背中から割れた桃の置物へ目を転じた。


「やっぱり、サミーはわたしたち、〝貧しき側〟の仲間だよ。『聖剣エクセルシス』は罪の穢れを知らない手には触ることだって叶わないんだから――」


 せせら笑うような一言を最後にの声は聞こえなくなったが、キリサメは心の中でさえ言い返すことを躊躇ってしまった。


(……あの瞬間に聞こえた芽葉笑アイツの声――あれは一体、何だったんだ……?)


 砂色サンドベージュ幻像まぼろしとなった幼馴染みは日本での新しき出逢いがもたらした変化をことごとく笑い飛ばしている。中米マヤ・アステカ刀剣マクアフティルと竹刀の剣先が交わろうとしている空間にさえ挑発的な言葉を割り込ませてきたのだ。

 どれだけ会いたいと願っても二度と手が届かなくなるほど離れ離れになってしまったというのに、一秒たりとも忘れたことのなかった声で鼓膜を打ち据えられるたびにキリサメは神経を逆撫でされていた。

 ノコギリ状の刃が寅之助の頸動脈を食い破るか否かという間際には雛鳥を抱き留める親鳥のように両手を大きく広げ、「おかえり」などと相好を崩したものだが、その直後に矛盾する二つの言葉がキリサメうちにて交錯したのである。


「サミーの絵心なら最低限、その日を食い繋ぐことくらいできるでしょ。自分一人を食べさせれば良いんだし」

「サミーのヘタクソな絵なんて売り物にならないよ。……これからどうするの?」


 発せられた状況こそ異なるものの、いずれも同じの声である。しかし、情け容赦なく絵心を扱き下ろした声は妙に幼く、冥府と現世とを隔てる大扉が目の前に現れた数年前の追憶にまでいざなわれてしまった。

 現在いまよりも目線を低く感じた追憶は幼馴染みの声にせられた幻覚であったのか、そして、は何を意味していたのか――懐かしい声が脳裏に響いてからそれなりに時間を置いたものの、矛盾に秘められているだろう〝何か〟を依然として掴み兼ねている。


(……確かに芽葉笑アイツは僕の描いた絵を鼻で笑っていたけど、だったらどうして急に――)


 過去と現在の混濁ともたとえるべき声を思い返し、改めての真意に触れようとするキリサメであったが、意識を追憶の水底に沈めるような時間は許されていなかった。

 恭路が持ち場として守らなければならなかった玄関から一際大きな人影が飛び込んできたのである。丁度、キリサメと電知の双眸がそれぞれ全面ガラスのドアとは異なるモノを捉えていたときだ。

 ただでさえ脆いガラスが砕け散ってしまうのではないかと心配になるほどの勢いでドアを開け放ったのは『天叢雲アメノムラクモ』統括本部長にしてキリサメの養父――八雲岳その人である。

 予定よりも大幅な遅刻となったが、ようやく藪整形外科医院まで辿り着いたのだ。

 首の付け根からはみ出すほど伸ばした髪を強引に撫で付け、頭頂部よりやや後ろの位置で花弁の如く束ねた髪型はともかくとして、背広の上から着込んだ袖なしの陣羽織は網膜に突き刺さるほど色合いが明るい。

 しかも、教え子であるカリガネイダーのプロレスマスクと同じ赤地である。

 暗がりであっても着物の如く華やかに見えるのは全体に金銀の刺繍をあしらっているからだ。裾から腰にかけて銀の叢雲が流れ、これを貫くような形で右胸に大阪城の天守閣、左胸に上田城のやぐらもんが金色の煌めきと共にそびえているものの、城郭に詳しい者でなければ見分けなど付かないだろう。

 嶺子に連れられて自宅を出発する前に見たおぼえはないが、悪趣味を絵に描いた物としかたとえようのない装いで北米アメリカ最大のMMA団体『NSBナチュラル・セレクション・バウト』との会議に出席したのだろうか。同じ空間に立っているだけで恭路の風貌が霞んでしまうほどである。

 金糸による縁取りなどは〝富める者〟の道楽にしか見えない。極めつけは両肩の開口部から飛び出した白鳥の羽根だ。おそらくは模造品であろうが、余りにも奇抜過ぎて意図が一つも分からなかった。

 キリサメがこれまで目にした陣羽織の中で最も費用カネを掛けているのは瞭然であり、あるいは岳にとって勝負の日に纏う一張羅という扱いなのかもしれない。

 折り返した左右のえりでは金色の大きな鹿の角が存在感を示し、獣のひづめを模ったものとおぼしき銀色の小さな模様がを取り囲むように幾つも施されていた。


(……とうとうか。日本ハポンでは年貢の納め時と言うんだったな……)


 何事にも無感情なキリサメもこのときばかりは身を強張らせ、不格好な〝火の玉〟を避けるように俯き加減となってしまった。

 寅之助の計略に嵌められたとはいえ〝げきけんこうぎょう〟が引き起こした事態の深刻さを思えば神経を削り取られるような叱声と共にげんこつを叩き落とされても無理はない。

 樋口たちの裏工作によって難は去ったが、〝プロ〟のMMA選手にあるまじき不祥事を起こして所属団体の足元を脅かしてしまったのだ。

 日本MMAを再び破滅に追い込みかねない事態に直面して、統括本部長の肩書きを背負う人間が温情など掛けるはずもあるまい。しかも、当事者の一人は養子むすこ――〝家族〟なのだ。例え、本人が望まずとも周囲が厳格な態度を求めることだろう。

 平素から穏やかで優しい人間が本気で腹を立てた場合、心臓が凍り付くほど恐ろしいものであるが、天を焦がすほどに逆巻く怒りも今夜は甘んじて受け入れるしかなかった。

 待合室に養子キリサメを発見した様子の岳は陣羽織の裾が捲り上がるほどの勢いで一直線に駆け寄っていく。黒い裏地には水玉模様のように銀の古銭が細かく散りばめてあるようだ。

 革靴を脱いだままスリッパに履き替えることまで失念しているのだから、もはや、些末なことなど気に留めていられない情況なのだろう。

 げんこつでもって脳天を揺さぶられる覚悟を決め、正面に立った岳を見つめ返すキリサメであったが、薄暗闇の向こうから現れたのは鬼の形相などではなかった。常日頃から立ち居振る舞いの煩い養父が更に昂揚した笑顔を見せているのだ。


「――東京ドーム! 東京ドームッ! 東京ドームだぜ、キリー! みんなで東京ドームに行くぞ! いや、東京ドームにが来るぞッ!」


 想像とは真逆の様子に面食らい、唖然呆然と立ち尽くすキリサメの両肩を掴んだ岳は、まぶたが半ばまで閉じた双眸を覗き込むと裏返った声で同じ言葉を連呼し続けた。「熱に浮かされている」としか表しようのない有り様である。

 うわ言のように東京ドームと繰り返すばかりで、口から飛び出す内容は全く要領を得ていない。悶え苦しむ恭路の顔面を踏み付けている電知も岳が伝えたいことを一つとして掴み兼ねており、助けを求めるようなキリサメの眼差しにも小首を傾げるしかなかった。

 叱声や折檻は何処に行ってしまったのだろうか――とキリサメは目を丸くするばかりである。未稲から事件の概略あらましを報告されているはずだが、それすらも噛み合っていないのだろうか。


「……センパイ、今の最優先は『日米合同大会コンデ・コマ・パスコア』じゃないでしょう……」


 案の定というべきか、養父の肩越しに見つけた麦泉は呆れ果てた様子で溜め息を吐いていた。サンバの衣装と見紛うばかりの陣羽織とは異なり、彼のほうは至って普通の背広姿である。ともすれば地味を極めたような印象だが、現在いまのキリサメにはそれが妙に落ち着くのだった。



                    *



 壁掛け時計の針が二一時に最も近付く頃、京島の夜空そらを身も世もない悲鳴が引き裂いたのだが、如何に隣県とはいえ朝霞市までは届くはずもあるまい。ましてや気合いの吼え声が無数に轟く場所である。壁を貫いて「渚、勘弁ッ!」などと追い詰められた声が聞こえたとしても容易く押し返されてしまうだろう。

 せ返ってしまうほどの熱気に満ちたその建物は武道場のようにしか見えない。

 四方を取り囲むような形で設えられた木製の棚には古今東西を問わず様々な武具が収納されており、運動用のマットも丸めた状態で垂直に立てられている。身のこなしを確認する為の姿見まで揃えてあった。

 壁の高い位置には神棚があり、その近くには道場主とおぼしき人物や門下生たちの写真が額縁に収められた状態で飾られている。

 床の全面に敷き詰められた灰色のクッションシートを踏み締め、照明に接触してしまう心配の要らない高い天井の下で意気軒高と太刀や手持ちの槍を振り回す者たちは、その大半が白いどうに良く使い込まれた帯を締めている。

 うわの袖とした穿ばきの裾が共に長く、四肢の動作を妨げない程度に細く絞られている為、空手家と見間違えそうにもなるのだが、一同の中に〝本業〟の武術家は殆どいない。道場内で用いられる武具も本物ではない。芝居用の小道具として作られた日本刀だから互いの刃がぶつかっても金属を撥ね返すような音が鳴らないのだ。

 手足の如く自由自在に武芸を操るものの、白いどうとていくさしょうぞくの類ではなかった。

 そして、これを明確に示すべく左の胸元に〝どうじょう〟と刷り込んであるのだ。

 彼らが背負う看板の名は、殺陣道場『とうあらた』――神棚と差し向かいの壁に掛けられた『がわだいぜん 芸能生活三〇周年記念祝賀会』という文言のパネルも示しているように殺陣を教え、磨き上げる場であった。

 日本では古くから時代劇や特撮作品が盛んであり、迫真の大立ち回りが目玉の一つとして取り上げられる場合も多い。古今東西の武術とその表現方法に精通した専門家が細かな所作などを役者や監督に指導し、臨場感溢れる名場面を作り上げていく。

 役者の個性を見極め、彼らが秘めた能力を最大限に引き出し、一瞬の緊張を劇的に変化させることで本当に命のやり取りをしているかのように領域を指して殺陣あるいはと呼ぶのだった。

 ある者は日本刀でもって胸を貫かれ、その場に膝から崩れ落ちていった――が、実際の剣先は脇の下を通り抜けている。真横から見ると本当に突き刺したかのように錯覚してしまうのだ。カメラの位置あるいは受け手の視点まで意識し、本気で斬り合っているとしか思えないくらい臨場感を作り込んでいくのが殺陣というものである。

 刃が相手に触れるか否かという刹那の交錯を見極め、互いに怪我をしないよう剣先がすり抜けていくのだから、厳密には〝寸止め〟とも異なっているのだった。

 殺陣道場『とうあらた』は『チャンバラ』という一つの美学が花開いた日本に於いて演劇の黎明期から〝魅せる立ち回り〟の極意を研ぎ澄ませており、時代劇ファンの間では知らない人間がいないと謳われている。

 左右の生え際から後方に向かっていく二筋の白線と共に黒い髪を撫で付け、襟足の辺りで軽く縛った老齢の男性こそ名道場の主であり、殺陣の世界にいて巨人とまで謳われる長谷はせがわだいぜんその人であった。

 壁のパネルに記された『芸能生活三〇周年』も今となっては遠い昔のことであろう。威勢の良い声が心地良くて仕方がないのか、稽古を見守りながら一等嬉しそうに綻ばせた顔には人生の碑文ともたとえるべき皺が幾重にも刻まれている。

 身のこなしを検証し、腰の捻り方や足の運び方を理論的に解説している殺陣師は師範の立場にるのだろう。しかし、大膳を除いて赤い帯を用いる者は一人もいなかった。

 中にはどうではなくジャージの上から練習用の帯を締めた者も混ざっているが、そもそも彼らは殺陣の世界に身を置いているわけではない。

 一般向けの教室は二〇時に終了する為、正規の練習生は一人も残っていないのだが、その内の誰かが忘れ物の回収にでも戻ってきたなら腰を抜かして驚くことだろう。テレビドラマで頻繁に見かける俳優が腰の帯に鞘を差し、片手に抜き身の刀を握っているのだ。

 壁際に立って心配そうに稽古を見守っているのは同行マネージャーである。


「世界的劇団で鍛えただけはありますね。動作うごきも飲み込みも早い。見得の切り方もサマになっていますし、時代劇の新星誕生になったら嬉しいですね」


 二〇代半ばほどであろう俳優の太刀捌きを好々爺の面持ちで見つめる大膳に声を掛けたのは先程まで当人と刀を交えていた殺陣師の青年である。休憩に入ったばかりということもあって全身から白い蒸気を立ち上らせていた。大量の汗が切れ長の目の脇を滑り落ち、妖艶な雰囲気を醸し出している。

 腰の鞘に納めた刀のツカがしらへ左の五指を引っ掛けているが、これも時代劇ファンには馴染みの深い所作であった。


「他の皆さんも立ち回りに慣れてきたようですし、明智軍の兵士としても来週の撮影が楽しみですよ。主演の彼も参戦したら時代劇史上最高レベルの大立ち回りが作れるでしょうけど、肝心の主人公がびっちゅうたかまつじょうから動けませんしね」

「片足が思うように動かせない設定だからこそ、最小の動作で最大の効果を生み出すというのは研究熱心な彼が何より燃えるところだろうね」

「それを考えたら、ますます惜しいですよ。ひめさんも悔しがっていたなぁ」

「人には人の持ち場というものがある。一所懸命もまた百里の一歩だよ、だいら君」


 自身と同じ白いどうに身を包んだ愛弟子のことを「だいら君」と呼んだ大膳は「今年は久しぶりに銃撃戦もない王道的な『本能寺』になりそうだ」とも言い添えた。

 毎週日曜日に一年間に亘って放送される大型連続時代劇は二〇一四年の題材として豊臣とよとみのひでよしの天下統一を支えた名軍師を選び、太閤没後に勃発した関ヶ原決戦で佳境クライマックスを迎える戦国絵巻を描いていた。

 二人の目の前では同作で織田信長とその正室・のう姫に配された出演者二人が戦国期の太刀や槍を駆使する激しい殺陣の稽古に励んでいた。

 戦国末期の一大転機であり、この時期を題材とする大型連続時代劇では一年間の折り返し地点に配置されることが多い『本能寺の変』の撮影が迫っている為、一般向けの殺陣教室が終了した後に当該シーンの主だった出演者による強化訓練が設定されたのである。

 実際の殺陣を作り込むのは明智光秀の軍勢に包囲される本能寺を再現した収録現場であるが、立ち回りに用いる武具は脚本に基づいた打ち合わせが済んでいる。その使い方と殺陣としての所作を身体に馴染ませようという試みであった。

 『信長』も『濃姫』も、真平にとっては若年層の支持を集める現代劇で親しんだ顔だ。それが現在いまでは二人とも時代劇の所作が馴染んできたではないか。後者は同姓の殺陣師による指導のもと、『かいけん』と呼ばれる短刀を逆手一本で扱えるよう基礎から応用まで身に付けている最中なのだ。

 真平が斬り合いの稽古相手を務めた俳優は『本能寺の変』一番の花形とも呼ぶべきもりらんまる――史料に残る名はらんまるなりとし――を演じており、何人もの明智兵に取り巻かれた状況を想定して四方に刃を繰り出すような太刀捌きも繰り返し練習している。


「斬り合いといえば、さっき妙な話を聞きましたよ。練習生たちが話題にしていたんですけど、なんでも秋葉原で〝げきけんこうぎょう〟が復活したとか……」

「それ、真平くんも聞いたのかい? 私も背景や経緯は少しも掴めていないんだけどね」


 大膳が眼を丸くすると、これに釣られて真平までもが怪訝な表情となった。

 顔を見合わせながら首を傾げる師弟であったが、それは別々の場所で同じことを耳にするという巡り合わせを不思議に感じただけであって、一般には馴染みのない〝撃剣興行〟という言葉は完全に共有している。

 くだんの大型連続時代劇にいて三作目から殺陣指導を担当している大膳は今日も一九時過ぎまで渋谷に所在する放送局のスタジオに詰めていた。明治時代に絶えたはずの〝げきけんこうぎょう〟の復活がインターネットを中心に大きな話題となっていることは雑兵として収録に加わっていた教え子の一人から教わったのである。


「携帯電話が手元にないのでネットで確かめることもできませんが、〝げきけんこうぎょう〟の内、一人の得物はマクアフティルだったとか」

「……私の記憶違いではないと思うのだけど、ごく最近にも道場でマクアフティルが話題にならなかったかい?」

「ええ、自分も間違いなくおぼえていますよ。近藤さんとひめさんが講師をやった体験会ワークショップにマクアフティルを担いで参加した男の子がいたハズです」

「縁というのはどこに転がっているか、本当に分からないものだね」


 世にも珍しい剣を殺陣道場の体験会ワークショップに持ち込んだ少年の話は大膳も真平も『とうあらた』に所属する二人の殺陣師から聞かされている。同じ時期にマクアフティルが二振りも東京に現れるとは考えられず、確実に〝げきけんこうぎょう〟の片割れと同一人物であろう。

 形状などを互いに確認し合うこともなく会話を進めていくのだが、古今東西の武具に精通する『とうあらた』の師弟は日本のみならず中米マヤ・アステカ刀剣マクアフティルまで把握しているようだ。


「それにしても〝げきけんこうぎょう〟の復活なんて面白いコトをするのなら声を掛けて欲しかったですよ。『とうあらた』のコトだって全く知らないわけじゃないんだし」

「そうそう、は真平君の創作活動にも重なるものだったね」

「そもそも、どうして〝げきけんこうぎょう〟なんでしょうね。しかも、浅草じゃなく秋葉原で開催するなんて……。あ、いや――今は戦国武将のキャラクターが人気ですし、そういう需要ニーズも狙ったのかなぁ」

「一応、ネットの記事とやらも印刷して貰ったがね、何がどうなってさかきばらけんきちの志を平成に甦らせたのか、どうにも良く分からんよ」


 大膳は〝げきけんこうぎょう〟の復活を報じるネットニュースの一部が印刷プリントアウトされた物をくだんの教え子から受け取っている。鞄へ仕舞ったまま忘れていた数枚の紙を取り出して真平に手渡すや否や、彼はに噛り付くヤギのような勢いで前のめりとなった。

 記事に添えられた写真を覗き込んでいることは明らかだが、その様子が尋常ではない。


「……これ、知り合いです、これ……」

「……『これ』って二回も言っちゃってるよ、真平君」


 絞り出された呻き声を受けて、今度は大膳のほうが絶句する番であった。

 真平の人差し指は横薙ぎに振り抜かれたマクアフティルを西洋の幅広の両刃剣ブロードソードでもって受け止めた全身甲冑の騎士を示している。

 バケツをひっくり返したような形状の兜で顔面を覆っている為、大膳の目には表情の一つも判らないのだが、別の相手に翳した逆三角盾ヒーターシールドと、その表面にて煌めく勇ましい紋章まで真平には見おぼえがあるようだ。

 写真と土産話でしか触れたことはなかったが、四振りの剣と八枚の旗を組み合わせた紋章だけならば大膳も記憶している。

 愛弟子の真平は中世の甲冑や武器を再現させて合戦さながらに斬り結ぶ甲冑格闘技アーマードバトルにも取り組んでいる。彼と共にスペインへ渡り、初めて開催された世界大会へ臨んだ騎士団チームの一つが同じ意匠の旗を掲げていたはずだ。


「真平君の友人と一緒に写っているということはマクアフティルの子も甲冑格闘技アーマードバトルの選手なのかい? 東洋西洋関係なく中世の頃に使われた武具しか認められないそうだし、向こうは鉄を鍛えた鎧は発達しなかったような……」

「そう……ですね、マクアフティルは長谷川先生が仰られた条件には合いません。でも、う~ん……筑摩さんの――自分の知り合いの知り合いかもですけど、甲冑格闘技アーマードバトルの会場でこの子の顔を見た記憶はありませんね~」

「どちらか片方でも居てくれたら何か分かりそうだが、二人とも別件で外れているしね」

「本当に姫若子さんたちが話していたのと同じ子なら甲冑格闘技アーマードバトルではなく総合格闘技MMAの選手ではないかと。近藤さん曰く、八雲岳さんの息子さんらしいですよ」

「ということはさなにんぐん……か? いや、しかし、マクアフティルを振るう真田忍者なんからんか。〝らくちゃん〟、外国で新しい弟子を取ったようなコトを言っていたけど、よもやこのコではあるまいな……」


 無楽ちゃん――と知り合いの愛称を呟きつつ、マクアフティルの横薙ぎを切り取った写真に目を落とした大膳は我が子を愛でるような優しい面持ちとなり、「見れば見るほど現代の若人わこうどとは思えない太刀筋だ。〝人斬り〟の技をモノにすれば大化けするぞ」と物騒極まりないことを口走った。

 好意的に表すなら〝率直な意見〟ということになるだろう。

 口から飛び出した内容と好々爺の顔付きが一致しなかったことはともかくとして、大膳が見ているのは一枚の写真――つまり、静止画なのだ。動画のようにマクアフティルが閃いた軌道さえ判らないはずだが、シャツの袖から覗く筋肉の膨らみ方や腰の捻り方、踏み込んだ際の姿勢といった僅かな手掛かりだけで秘めたる潜在能力を見抜いたようである。

 長谷川大膳のことを〝生きた伝説〟と讃える殺陣師も多いが、そこには媚びを売ろうという浅ましさはなく、一つのを述べているだけなのだ。


「……『天叢雲アメノムラクモ』の選手が今日の〝げきけんこうぎょう〟に絡んでいるとしたら、これから少し面倒なことが起きるかも知れませんよ、長谷川先生」


 二人が覗き込んだネットニュースの記事によれば〝げきけんこうぎょう〟そのものが『天叢雲アメノムラクモ』の興行イベントで使用されるPVプロモーションビデオのゲリラ撮影ということまで報じている。それについて真平は決して小さくない不安を覚えたようだ。


「我々に総合格闘技団体と揉める理由はないだろう? 地下格闘技だったかな――黒河内君の団体ところとは良好な関係と言い難いようだし、何度か格闘技雑誌パンチアウト・マガジンで話題……というか、問題になっていたはずだがね」

「我々『とうあらた』と『天叢雲アメノムラクモ』ではなく、あそこと溝があるぜにつぼまんきち辺りがこちらにまで取材で押し掛けてくるかも知れません。……この子と『とうあらた』の接点がバレる前に何か手を打っておきますか? とよさかいなの道場に突撃取材を喰らったら最悪でしょうし」

「我々は何もやましいことなどしていないのだ。堂々と構えていよう」


 真平の懸念に答えつつも大膳は差していた刀を左脇に挟み、次いで赤い帯を締め直していく。その視線を辿ってみれば、槍の取り回しが思い通りにならないらしい『信長』が悔しそうに呻いているではないか。

 首級くびを狙って殺到してくる明智兵を槍でもって返り討ちにする『信長』は、自害の間際に舞う『あつもり』と並んで〝時代劇としての本能寺の変〟にける定番といえよう。それが収録直前になっても完成に至らないとすれば、役者の焦燥は募る一方に違いない。

 そして、役者たちの全身全霊を見逃すような長谷川大膳ではない。左脇に挟んでいた刀を赤い帯へ戻す頃には小さく優しげな双眸に凛然たる気魄が漲っていた。


「――ただし、その少年や真平君の友人に何らかの迷惑が及ぶようなら黙ってはいない」

「承知」


 侍が使う返事ことばのように厳めしく、何よりも誇らしげに微笑みながら真平は強く深く頷き返した。肩越しに「どんなに小さなものでも人の縁は大事にしたいよね」と軽く言ってのける師の背中を心の底から敬っているのだ。


「そういえば、真平君、マクアフティルの使い手という子の名前は聞いているかい?」

「確か……キリサメ――そう、キリサメ・アマカザリではなかったかと。上下の名前が逆様なんて芸名みたいですね。いや、リングネームというべきでしょうか」

「風流な名前じゃないか。ますます気に入った」


 キリサメ・アマカザリという名前を幾度か反芻し、次いで『信長』のもとへ歩み寄った大膳は、彼の槍を借り受けると二筋の白線が辿り着く後ろ髪を風に踊らせながらを頭上に構えて振り回していく。巧みな実演を交えつつ「両腕だけでなく身体全体を使って遠心力を作り出す」といった要点を解説しようというわけだ。

 小さな竜巻が天井に届くより早く右の五指をの部分に添え、遠心力を乗せるようにして穂先を突き出す――腹の底から迸らせた裂帛の気合いは『信長』のみならず道場内の皆から感嘆の溜め息を引き出している。

 実践と理論の両面から工夫を教えられた『信長』は大膳に倣っていしづきの辺りを握り、まさしく全身でもって槍を振り回すようになった。それは彼自身が思い描いた〝本能寺の信長〟であったのだろう。完成に向けて大きく前進した喜びを噛み締めるよう白い歯を剥き出しにして笑っていた。

 苦労の報酬ともたとえるべき汗みずくの笑顔を大膳は嬉しそうに見つめている。


たけしんげん公に倣って『大膳』を名乗る長谷川先生だって十分に粋ですよ」


 マクアフティルを――『聖剣エクセルシス』を振るうキリサメ・アマカザリを切り取った写真と長谷川大膳とを交互に見比べながら真平もまた相好を崩すのだった。



 殺陣道場『とうあらた』の創始者にして〝生きた伝説〟とまで謳われる大名人――長谷川大膳。今は互いに接点を持たないこの名伯楽のことをキリサメも「先生」と呼ぶ日が訪れるのだが、それはまだ先の話である。

 二人の縁は当人たちの知らない間に結び付いていたわけだが、これも瀬古谷寅之助による〝汚染〟の一つと数えるべきかも知れない。何しろインターネットという文明の利器に明るくない大膳の耳まで届いてしまうほどキリサメ・アマカザリの名前は加速度的に広まりつつあるのだ。

 寅之助が仕掛けた〝げきけんこうぎょう〟はデビュー戦を控えた新人選手ルーキーを世間に知らしめただけでなく、後戻りを許さない〝呪い〟としてキリサメを蝕んでいく。


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