第4話
相変わらず私と冬政くんの調べごとは終わらない。が、少しずつ楽しみになっている自分がいることに驚いた。最初は高遠くんの頼みだったから仕方なく、年下の生意気な男の子のお世話をするつもりだったのに。
冬政くんと接していればいるほど、彼の不器用な優しさが溢れてくるのが、とても愛しく思える。それは勿論恋愛なんて感情じゃなくて、愛玩動物を愛でる気持ち、小動物を労る気持ちに似ているのだけど、それも立派な愛情だろう。その点で言うならば私は、確実に冬政くんを愛し始めている。彼は、とても、可愛い。
けれど高遠くんの優しさにはやはり敵わない。どうして私なんかに優しくしてくれるのだろうって疑問もあるけれど、それはきっと弟の面倒を見ているからという事務的な優しさなのかもしれないけれど、それでもどうしようもなく彼は優しくて、私の中身は溶かされていく。ふにゃふにゃになって、立てなくなっていく。でもその感覚は痺れるほどに甘くて、快感だ。
「おい、
「ひゃあっ」
唐突に名前を呼ばれ、飛び上がる。冬政くんは呆れたように私を見ている。
「ほんとあんたって、唐突にトリップするよな、頭の中身どうなってんだよ」
「ご、ごめん」
「何度も呼んでんだぞ」
「えっと、その、」
「何だよ」
「名前……呼んだ……?」
「……悪いかよ。あんただって俺のこと、冬政って呼んでんだろ」
「でも、それとこれとは違うって言うか……」
「嫌なのか」
「嫌では……ない……けど」
「じゃあいいだろ」
仮にも私お姉さんなのになぁ、とボヤくと、あんたは全然年上って感じがしない、と却下された。うう、本当に生意気だ。
「……………………だよ」
「え、なに?」
「なんでもない」
生意気な上に、たまにこうやって聞こえないくらいの声で独り言を言う。変な子。
私達はもう一度調べた花の図鑑を片っ端から調べている。今度は色や形を絞らず、本当に端から端のページまで見るつもりで。
「……あんたさ」
「んー?」
「あいつには告んねぇの」
「な、ななな」
高遠くんのことを考えていたのがバレてしまったのかと焦った。そんな訳はないのに。本当に鋭いお子様。
「あいつのこと好きなんだろ。ならなんで告白しねぇの」
「えっと、あの、……だってね、きっと叶わないから、話をすることも出来なくなっちゃうでしょ。そしたら友達の立ち位置もなくなっちゃう。……告白する勇気はとっても大切なことだけど、断られたら、好きだった気持ちもなくさなきゃいけない。それなら私は……何も言わないままでいい。叶わなくていいから、好きなままでいたいの」
私は静かに目を伏せた。年下相手に、お子様相手に真剣にそんなことを話してしまった恥ずかしさもあった。でも何より、本当は、本当の本当は、そんな「これっぽっちも欲張る気持ちなんてありません」という嘘つきな自分を、そんな風に取り繕って隠してしまう自分を、恥じたのだ。情けない。でも叶わないものを欲しがる自分はもっと嫌だ。それなら隠した方がいい。見ないフリをしておきたい。年下とは言え男の子に、しかも好きな人の弟になら尚更、知られたくなかった。
「……嘘だね」
だからドキッとした。
「あんたのはただの逃げだろ。本当に好きなら何が何でも手に入れようとする。あんたのは本当の好きなのか。俺にはそうは思えない。あんたはただの弱虫で腰抜けだ。しっかりしろよ、好きなんだろ」
……何も言えなかった。見透かされたと思った。隠そうとした本心も、隠そうとしたというその卑しさも。
「……ごめん。言い過ぎた」
そして、本音を暴かれ、その上慰められる不甲斐なさ。私はどうも、冬政くんを相手にすると、萎んでしまう。高遠くんの時には弾けるように甘酸っぱい幸福の味がするのに、彼と話しているといつだって、苦い野菜を沢山放り込んだミックスジュースのような味が口内から胃の辺りまでを支配する。嫌だなぁと思いながら、健康的な味を我慢するように、冬政くんの真っ直ぐな正しさに貫かれている。
「……ううん、私も、ごめんね。冬政くんは間違ってないよ」
必死に絞り出した声が、彼に届いたかどうか分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます