第3話
結局、冬政くんが探して欲しい花はなかなか見つからない。似たようなものは沢山あるのだが、そのどれも彼の望む物ではないらしい。あまりにも見つからないので、その花を直に見たいから咲いている場所に連れていって欲しいと頼んだら、とても動揺したのかオロオロとしてしまった。どうしたと言うのだろう。
「そ、そんなことより……!」
私の提案は一蹴されたようだ。そんなことって、そりゃないでしょ、あなたが調べて欲しいものでしょ。
「……あんた、兄貴のこと、好きだろ」
「ななななななな何を言ってるのかなぁ冬政くんはぁ!」
「……隠すのも下手かよ。あんた、簡単に騙されそうだよな」
あううう、と呻きながら頭を抱える。なんてことだ。
「……それ、高遠くんには……?」
「あいつは気付いてねぇよ。ニブチンだし」
「高遠くんがニブ……!?」
「そうだぜ。あいつ相当察し悪いし、あんたにどう見えてんのか知らねぇけど、結構ジコチューだから」
「そんなことない!」
思っていたより大きな声が出て、私も冬政くんも驚いた。
「そんなこと、ないよ。お兄さんのこと、そんな風に言っちゃだめ」
私は手元に目を落としていて、彼が唇を噛み締めるほど何かを抱えていることには気付かなかった。
***
「佐伯さん!」
冬政くんのことを頼まれてから高遠くんは、私を見つけると話しかけてくれるようになった。やっぱり彼はとても優しい。冬政くんはきっと兄弟間のいざこざか何かのせいで思い違いをしているのだ。だって高遠くんは、こんなに素敵なんだもの。今日も体の中が炭酸になったみたいに泡立っていく。しゅわしゅわり。
「いつもごめんね、佐伯さん。弟の探し物は見つかった?」
「あ、それが、図鑑を見ても載ってないらしいの。似たような花は沢山見つかってるんだけどね」
「じゃあ冬政の見間違いなのかな。実物を見たら、佐伯さんなら分かるんじゃない?」
「うん、私もそう思って訊いてみたんだけど……何でか拒否されちゃって」
「拒否?」
「そうなの、花を見たら分かると思うから咲いてる場所を教えて欲しいって頼んだら、それは無理だって……」
「ふぅん……」
「私、何か不味いこと言っちゃったかな……」
「違うよ、多分そういうことじゃないと思う。あれかな、もしかしたら入っちゃいけないところに咲いてる、とか」
「入っちゃいけないところ?」
「男ってのは、冒険したいものなんだよ。だから裏路地を進んでいったら人の家の敷地内だった、とか良くあることなんだ。冬政もそういう感じなんじゃないかな」
「男の子って……凄い」
「そう?」
「私には出来そうにないから、尊敬しちゃう。今度冬政くんに謝っておくね」
「え、なんで?」
「本当はそんな花ないんじゃないかって勘繰っちゃったから。そんな素敵な冒険の話、否定した気持ちでいるなんて、良くないよね」
冬政くんへの申し訳なさと、高遠くんへの尊敬だとか眩しさだとか大好きだとかが私を満たしていく。そのどれもが泡になって上へ上へと昇っていく。ぷちりぷちりと弾けていく。
「……やっぱり佐伯さんって凄いや」
「へ!?」
「だってさ、僕の話からあいつにそんな風に優しくしようとするなんて。……あれだね、佐伯さん、詐欺とかに遭いそう」
「どうしてそうなるの……!」
あはは、と笑って去っていく高遠くんは、どうしようもなく輝いて見える。
「じゃあね、佐伯さん。騙されないように気を付けて」
「そ、そんな心配要らないよー!」
何だか冬政くんにも似たようなことを言われたな、と思い出す。やはり二人は兄弟なのだなぁ、と微笑ましくなる。もっと二人との距離が縮まればいいのに。それから兄弟二人の距離も。どうして彼等はあんなにぎこちないんだろう。私に出来ることはないんだろうか。淡い泡がゆっくりと渦を巻いていくようなほんのりとした苦味が喉の奥に広がっていった。
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