第220話 アシュク
「ホーゲン」
「何でしょうか?」
「このアシュクと手合わせてして見せてくれ」
「アシュク、君の実力が知りたい。このホーゲン相手に打ち込んでみてくれ」
両者が剣を持って向き合うが、ホーゲンはいつもの長い剣ではなく、アシュクと同じ長さの剣を持っている。
こうやって向き合うと、アシュクもなかなかやる雰囲気がある。
「お館さま、親の目から見てもアシュクの剣の腕は、なかなかのものです」
マシュードが自慢げに言う。
アシュクが撃ち込んだが、ホーゲンはそれをなんなく弾く。
二、三度打ち込むが、ホーゲンには相手にもならない。
「よし、そこまで。次、エミールやってみよ」
エミールが女装のまま、剣を持って来た。
二人が向き合う。アシュクの顔がちょっと紅潮しているが、それはホーゲンの相手にならなかったからか、それとも女性を前にして恥じているのかどっちだろう。
「始め」
アシュクが打ち込むが、エミールは体を躱しながら剣を弾く。
これも二、三度やってみたが、同じ事だった。
「よし、そこまで」
アシュクが崩れ落ちた。
父親のマシュードは、女性にまで相手にされなかった息子を見て茫然としている。
この手合せは、ここにいる全員が見ているので、ホーゲンの強さはもちろん、エミールの強さも分かっただろう。
「お館さま、僕は予備隊の中では剣術はいつも優でした。しかし、今分かりました。僕は世間を知らなかった。
世間には女性でも僕より強い人が居たということを。僕は今まで有頂天になっていた事が恥ずかしい」
「そんなに気にするな。鍛錬すれば強くなれるさ。
ホーゲン、夕食が済んだら、剣舞でも舞ってくれないか」
夕食が終わったら、エリスが出てきた。
次にホーゲンが長剣を背負って現れる。
エリスがゆったりとして歌い始めると、それに合わせてホーゲンが舞う。
この場に居合わせた全員が二人を見て、声も出さない。
「僕がホーゲンさんに敵わないのは、今の剣舞を見ても良く分かりました。
しかもあの長剣が、本来のホーゲンさんの剣なんですよね」
アシュクが呟くように言う。
「でも、ホーゲンはアシュクより年下だぞ」
「えっ、……」
アシュクがorzになった。
翌日、ラフランテ湖沿いの道を南に回る。ミストラルが先行して偵察するが、人家どころが人も見当たらないとの事だ。
しかし、行っても行っても湖が終わらない。
そう言えば、日本の琵琶湖だって、1日では回り切れないほどだ。
このラフランテ湖なんて琵琶湖より数倍大きいのだろう。
そろそろ、昼食の場所を探そうと思っていたところへ、ミストラルが慌てて帰ってきた。
「大変です。この先に、猪牛の群れがいます。その数、約10頭です」
その報告をここに居る百数十人全員が聞いた。
「猪牛の群れだって」
「そうなると、引き返すか、群れがいなくなるまで待機か」
「今更、引き返すのもな」
「だと言って、いなくなるまで待つって、一体いつまで待つんだよ」
みんなが動揺している。
その報告を聞いて、目を輝かせている人物が数人いる。
ミュ、ホーゲン、ポール、ウォルフ、マリンだ。
「では私たちは2人1組でやりましょうか」
そう言ったのはラピスだ。2人1組とはラピスとセルゲイさんだ。
「会長、ミサイル使っていいなら、あたしもやるよ」
「サージュさん、ミサイルはやめてくれ」
「しょうがない、あたしは見学とするか」
「隊長、我々も軍隊として参戦しましょう」
「命が惜しければ、やめておけ。我々は、人々を守るとしよう」
オイキミル隊長は、冷静に戦力を分析している。
それでも腕に覚えのある者が十数人、猪牛のところに行く。
集団で、猪牛の所へ行くと、気付いた猪牛が威嚇してくる。
ミュが駆け出す。
「ミュ姉さんに続け」
ホーゲンが叫ぶと、ポール、ウォルフ、マリンが駆け出した。
ミュはオリハルコンの剣を出すと、1頭目に向かって切り掛かり、返す剣で2頭目に切り掛かる。
2頭は頭部が蒸発し、その場に倒れた。
ホーゲンが背中に背負った剣に手をかけ、すれ違いざまに一閃すると、頭部が地面に落ちる。
ポールの武器は戦斧だ。この戦斧を猪牛の真正面から頭部に向かって打ち下ろすと頭が真っ二つになった。
ウォルフは大弓に矢を番えると、風魔法を出し、矢に纏わせる。その矢を放つと矢がこれも頭部に刺さり、そのまま頭の中に錐揉みしながら消えていった。
マリンはウォターカッターで首と胴を切り離す。
ラピスはファイヤーアローを頭に命中させるが、致命傷になっていない。しかし、そこにセルゲイさんの強弓から放たれた矢が突き刺さり、猪牛はその場に倒れた。
全員が、一瞬の間にそれをやってのけた。残った猪牛は直ぐに逃げて行く。
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