第174話 準備

「エルハンドラ、ミドゥーシャ、悪いがもう一度情報収集に行って貰えないか?

 今度は反乱軍が出発するところまで、見届けて欲しい。

 エリス、教会から電話を借りてきてもらえないか」

 エリスは教会本部に転移し、携帯型の電話を借りて、ミドゥーシャに渡した。

「キバヤシ領の教会の電話は、代官室に移設しよう。その電話で代官室に直接連絡をしてくれ」

「分かりました。もう一度懐に入り込みます」

「ちょっと待ってくれ、この鏡を行く所々の木の上に設置してくれないか」

 俺が差し出したのは、10cm四方の鏡だ。

「鏡をですか?これを木に取り付けて何に使うんですか?」

「それは、後のお楽しみってやつだな」

 俺の言葉に、アリストテレスさんが不適に笑った。

 エルハンドラとミドゥーシャが公都を出てから、俺はエリスに抱えられて、例の狭隘な地の手前に来ていた。

「ここら辺りに取り付けるか。ミュ、どうだ?見えるか?」

「はい、こっちからは問題ありません」

 そう、俺たちが取り付けたのは遠隔監視用の水晶だ。

 これで、相手の様子が分かるが、画像を写すカメラの部分にあたる水晶は1個しかないため、破損すると様子が伺えない。

 なので、魔法が届かない遠方から見る事になる。


 反乱軍を迎え撃つ準備もこれだけではない。

 エルバンテ領からはキチンを20羽ほど連れてきた。

 キチンは馬に比べ、体力も速さもあるため、騎兵に対して有利である。

 キチンの中には、ニニンやニサンも居る。

 だが、キチンはエルバンテの運輸に使用しているため、20羽しか手配できなかった。

 その20羽のうち、10羽を騎兵用に使う。

 兵もそのキチン騎兵用に訓練しており、そのキチン軍団を率いるのはジェコビッチさんだ。

 ジェコビッチさんはキチンを操る腕も確かだし、冒険者の中では武術も確かだ。

 キチンに乗らせたら、この人の右に出る人は、今現在ホーゲンしかいない。

 そのジェコビッチさんがキチン軍団を鍛えたのだから、この軍団は強い。

 そして、もう10羽には戦車を引かせる。キチンに鉄で作った鎖帷子を装備して剣や矢が通らないようにし、それを3人が乗った馬車を引く。

 3人は一人が御者、2人が槍と剣だ。

 鎖帷子が重いので、キチンの速度は落ちるが、それでも馬と同じくらいの速度は出る。

 このように、俺たちも反乱軍を迎えるべく、着々と準備をしていった。


 2週間ほど経った時いよいよその時は来た。

「こちら、ミドゥーシャです。ギルバゼット伯爵領から兵士1千が出発しました。先頭はギルバゼット伯爵自ら率いています。例の黒い頭の男は伯爵から遅れる事、第2軍の中に居ます」

「みんな、聞いての通りだ。ギルバゼット伯爵領を出たとすると、例の狭隘な谷を通過するのは4日後だ。ちょうど、新月の時に符号する。我々の想定どおりに進んでいると見て良さそうだ」

 それを聞いていたザンクマン将軍が立った。

ご領主さま、それでは留守部隊を除いた1万5千出発します」

「将軍、頼んだぞ」

「ははっ」

 ザンクマン将軍が出陣して行った。

「では、こちらもそれに対応するとしよう。ヤーブフォンさん」

「はっ、既に領内には早馬を出してあります。公都民への周知は公爵前広場にて広報官が行ないます」

 さすがに試験で採用した官僚は優秀だ。やるべき事を粛々とこなしている。

 議会ではこの後、ギルバゼット伯爵の軍を反乱軍とする決議と、クーデターを非難する決議を行う事になっている。

 司法院についても、法的な立場からのクーデターに正当性が無い事を広く周知する予定だ。

 これに先立ち、官僚から1つの提案があった。

 スラム街の難民たちの中から、兵士として反乱軍に対抗する人員を募るというのだ。

 5万人の中から5千人の採用予定だったが、それでも応募は2万人以上あった。

 その2万人の武術試験を行い、5千人に絞ったため、この5千人は強い。

 採用した難民5千人には鉄の剣と盾を支給してある。

 もちろん、勝利の暁には優遇する事を約束してある。

 そして、戦いまでの2日間、夜のベッドは荒れた。

 それは戦い前の血が高ぶるからだろうか。

 鍵を握るミュの荒れ方は尋常ではなかった。

 エリスとラピスも思わず遠慮するような乱れ方で、マットが2日続けてダメになった。

「では、エリス、頼む。シュバンカさん行ってきます」

「みなさん、ご無事で」

 エリスの魔法陣が足元に広がったと思った瞬間、気が付いたら、谷の入り口の小高い丘の上に居た。

「前に来た通りだな。どうやら相手の間者による妨害はされていないようだ」

 ミュが水晶を取り出し、中を覗く。

「まだ、軍隊の通過した様子はありません」

「水晶も良好のようだな」

 それから3時間ほど経過し、陽も落ちだした頃こちらに向かってくる軍団が水晶の中に映し出された。

「ほぼ、予定通りだな」

 その時だ、黒髪の男がファイヤーアローで木の上部を撃った。

「シンヤさま、あれは何をしたのでしょうか?」

「あれは、ミドゥーシャたちが仕掛けた鏡を撃ったのさ」

「そう言えば、あの鏡は何に使ったんですか?」

「ギルバゼット伯爵領を出発した時点で、相手も監視されていると思うだろう。

 その監視には、水晶を使う事を想定するのが普通だ。

 そうなると、こちらとしては、枝に鏡を設置してそれを水晶と認識させていたのさ」

「何故わざわざ、そんな事を?」

「水晶の監視端末って、そういくつもある訳無いよな。ところが、それがいくつもあったとするとどう思う?」

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