第121話 仇
「出発!」
エミールが、声高らかに合図をする。
その掛け声と共に隊列が動き出した。
隊列と言っても5輌しかない隊列だけど。
大店の隊列なんて50輌を超えるものもあるので、それから見れば小さいものだ。
今日は北西の風が強い。
我々は北西に向かっているので、風を正面から受ける事になる。
しかも草原地帯なので、風を遮るものもない。
馬やキチン、それに御者には辛い行程となってしまった。
「ジェコビッチさん、あまり風が強いようなら、どこか風を防げる所で休憩しましょう」
「お館さま、大丈夫でございます。キチンも割と平気なようです。問題は馬の方ではないでしょうか」
キチンは力があるので、1羽で車を引いているが、馬車は2頭で引いている。
1頭でも倒れると行程が厳しくなる。
今日は風が強いためか、大店の隊列や徒歩の旅行者は見かけない。
そんな草原の道を行くが、冬場なので草も枯れている。
どこまで行っても枯れ野原だ。
「お館さま、前方に火が見えます。山火事のようです」
冬場の乾燥している時期だ、火事になるのも頷ける。
前方を行く馬たちが騒ぎ出した。
隊列を止めて様子を見るが、火は風上側にあるので、こちらに向かって来る。
「ひとまず引き返そう」
馬を反転させようとした時だ。
「お前たちはシンヤ・キバヤシ一行と見た。俺はハルロイドの一人息子、シルゲロック・ハルロイドだ。
先の戦いで、お前に撃たれた父上の無念を晴らさせて貰う」
戦争なんて、そんなもんだろう。それに仕掛けてきたのはそっちだ。なんという屁理屈だ。
この時、一番先頭に居たのはエルハンドラたちだった。
エルハンドラが姿を現し、反論する。
「先に仕掛けてきたのは、そちらではないか。我々は、降り掛かる火の粉を掃ったに過ぎない。言い掛かりも大概にして貰おう」
大見得を切ったよ。
それに呼応して、エルハンドラの馬車から顔を出したのは盗人姉妹だ。
「やはり、お前がシンヤ・キバヤシか。それで、そっちの美形な女が噂の奥方たちという訳だな。
そうと分かれば容赦はしない。それっ、火を放て」
命令されて部下が残った枯草に火を点けていった。
エルハンドラは家紋付の立派な黒馬車に乗っている。
しかも着ている服も貴族のものだ。
盗人姉妹たちの服も民族衣装のスカートで立派に見える。
反対に俺の車は色こそ黒だが、家紋もないし、来ている服も動き重視で商人に近い服だ。
それは嫁や侍女も一緒で全員がパンツスタイルだ。
どう見ても、貴族が商人を連れて王都に行くと見えるだろう。
しかし、あいつらもアホだ。
いくらそう見えるからといって、こんな場面で人違いするか。
親の仇ならもう少し、調べろよと言いたい。
まったく、アホとアホが睨み合っているが、敵の点け火が風に乗ってこちらに来るので分が悪い。
その時、アリストテレスさんがミュに何か囁いた。
「ファイヤーバズーカ」
ミュが風下に向かって火を点けた。
「ちょ、ちょっとミュ、何するのよ。自分たちで火を点けるなんて焼け死ぬじゃない」
代わって答えたのはアリストテレスさんだ。
「エリスさま、風下が燃えるので我々が焼け死ぬ事はありません」
見ると俺たちの風下の草が燃え更に風下に向かって火が進んでいる。燃えた枯草のところは鎮火しており、逃げ場が出来ている。
「それでは、逃げ場も出来たので反撃に移りましょう。セルゲイさん、エミール、弓を」
セルゲイさんとエミールが弓を持って来た。
侍女たちも弓を持っているが、あれは普通の弓ではない。
そう弩だ。昔、中国で使われていた足で弦を弾く弓だ。
「放て!」
アリストテレスさんの掛け声とともに、セルゲイさんの強弓が音を立てて飛んでいく。
馬に乗った男に当たり落馬する。
エミールの弓は力がないので、徒歩の男に当たっただけだが、それでも一人戦闘不能になった。
侍女たちの弩は力を出すために足で弦を弾くので、思った以上に強力だ。
馬に乗った男が次々と落馬して行く。
「引けー、引けー」
矢で射られた男たちを連れて、シルゲロック・ハルロイドたちは、この場から去って行った。
馬が3頭ばかり残されたので、捕獲しておく。
風が大分納まってきたが、それでも風の勢いはある。
「お館さま、引き返しますか、それともこのまま進みますか?」
エミールが聞いてきた。
アリストテレスさんとも相談するが、進むというのが二人の一致した意見だった。
火が鎮火したのを待ってエミールが合図をする。
「出発!」
隊列は再び進みだした。
また、襲われるかもしれないので、捕獲した馬を使って周囲を監視しながら進む。
宿場町に近づくと人通りも多くなり、ここからはもう襲われる事はないだろうが、一応、警戒だけはしておいた。
そして、予定より多少遅れたが、無事、宿に辿り着けた。
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