第120話 迷惑行為

 宿に入り早速、風呂に来た。

 露天風呂もある大きな風呂だ。聞けば温泉らしい。

 俺たちが風呂に入っていると、真っ裸になったエルハンドラが入ってきた。

「おおっ、これが風呂というものですか?」

 フルチンで仁王立ちになっている。

 悔しいが、大きい。

 エルハンドラは風呂の淵に立っていたが、そのまま飛び込んだ。

 周りに水飛沫が飛ぶ。

 見かねたエミールが、

「エルハンドラさん、風呂は大人しく入るものです。飛び込んではだめです」

「えっ、そうなのか?シンヤさまそうなのですか?」

「エミールの言う通りだ。風呂で他人に迷惑をかけてはいけない」

「分かりました。迷惑をかけないようします」

 そう言うと、今度は平泳ぎで泳ぎだした。

「おい、エルハンドラさん、風呂で泳ぐな」

「えっ、迷惑をかけないように平泳ぎならいいかなと……」

「泳ぐのも禁止だ」

「で、では、風呂とは何をする所なのです?」

 俺とアリストテレスさん、セルゲイさん、エミールは顔を見合わせる。

 代表して俺が答える。

「風呂は疲れと汚れを落とし、心を癒やすところだ」

「なるほど、分かりました。心の疲れは無理ですが、身体の疲れなら私がとってみせましょう。マッサージは得意なのです」

 この世界にもマッサージがあるのか?

「おおっ、そうか、エルハンドラさんに頼んでみようかな」

「ははっ、お任せ下さい」

 俺は風呂の近くにある台座に、うつ伏せになった。

 身体に大きな手ぬぐいをかけて貰い、エルハンドラがマッサージを開始する。

 グググ、ボキッ、ボキッ

「ギャー、いたたたた」

「マッサージは、痛いのが身体に効くのです。辛抱なさいませ」

「ぐ、ぎゃぎゃぎゃぎゃ」

 セルゲイさんとエミールに担がれ、部屋に戻った俺に、エリスが治療魔法をかけてくれた。

「ちょっと、骨にひびが入っていた程度よ。一体どうしたの?」

 ぐったりしている俺に代わってエミールがいきさつを説明する。

「ホホホ」

「ウフフ」

 嫁たちが笑っている。

「こっちの身にもなってくれよ。もう、散々だよ」


 俺の骨にひびが入っていたと知って、エルハンドラが土下座している。

「シンヤさま、誠に申し訳ありませんでした」

「いや、エルハンドラさん、もう何もしなくていいから。何かすると、ややこしくなるから」

 こんな息子を持って、あの、人が良さそうな親父さんに同情するよ。

 俺が落ち着くと、みんなで街に食事に出かける。

 ここは、大陸の内陸に位置するので、レストランのメニューは肉料理がメインだった。

 食事が終わって帰ろうとした時だ。エルハンドラが言ってきた。

「今日は皆さんにご迷惑をおかけしましたので、ここは私が持ちます」

 いつもは俺が払っているけど、こういうところは気風がいい。

「あ、あれ?」

「エルハンドラさん、どうしました?」

「えっ、いや、財布が……ない」

 思わず、盗人姉妹を見る。

 二人は首を横に振っている。財布は擦っていないようだ。

 エルハンドラも盗人姉妹を見るが、ここで擦られたと言うと王都でサヨナラになってしまう。

 そうすると家名に泥を塗ることになるので、盗人姉妹に擦られたとは言えない。

 いつものように俺が支払う。と、言ってもお金を持っているのはミュで、カイモノブクロの中だけど。

「シンヤさま、誠に申し訳ありません」

「いや、もういい」

 エルハンドラは、一番後ろをとぼとぼと歩いてくる。

「シンヤさま、ちょっと可哀想な感じだわ」

「そうですよ、旦那さま。本人は一生懸命にやっているのですから、認めてあげましょう」

 嫁に言われて困った時は、

「アリストテレスさん……」

「お館さま、彼は前向きですから、明日になればきっと大丈夫です」

「うん、俺もそう思うぜ、ガハハ」

 セルゲイさんも同意してくる。

「私もそう思います。ところで、財布はどこへ行ったんでしょう」

 エミールは現実的だな。

 宿に帰ってまったりしていると、エルハンドラが走ってきた。

「財布がありました。風呂で着替えた時に前の服に入っていたのです」

 まったく、人騒がせな。

 それを聞いて怒ったのが、ミドゥーシャとルルミだ。

「私たちが財布を盗ったような目をしていて、まったく失礼だわ」

「そうよ、濡れ衣だわ」

 これは、エルハンドラが悪い。

 エルハンドラは平謝りだ。

「素直に謝るところは褒めてやってもいいわ」

 エルハンドラはアホだが、気持ちが真っ直ぐなのは良いところだ。

 やる事に対して、裏表がない。

 ベッドの中で、ラピスが

「今日は大変でしたね」

 と、労いの言葉をかけてくれた。

「これがまだ続くとなると、気落ちするよ」

 それを聞いて、嫁たちが笑っている。

「明日も何かやらかしてくれそうだ」

 そう言って、ラピスに手を伸ばすと、

「今日は私の番よ」

 キスしてきたのはエリスだった。

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