第117話 エルハンドラ

「あの時、財布を擦られた、おぼっちゃま……」

「あっ、お前こそあの時の盗人。どうしてここに……」

 暫しの間、沈黙が支配する。

「エルハンドラ、お前は財布などを擦られたのか」

 父親のローランド伯爵が問い詰める。

「おお、そうだ、そうだ、あの時、財布を擦られた男たちではないか」

 セルゲイさん、声がでかいよ。

「あっ、あなたは盗人仲間の……」

「こ、こら、エルハンドラ、お前は誰に向かって盗人などと言っている」

「は、ははっー」

 アリストテレスさんが、いきさつを説明する。

「ははは、それでお前たちは財布を擦られたうえに、助けに入ったキバヤシさまたちを盗人呼ばわりか。しかも一度、遭うておるのにお連れ出来なかったと」

 モン・ハン公だけでなく、この場に居た全員から笑われてしまった、エルハンドラは恥ずかしさのあまり、真っ赤になって、床に土下座の状態だ。

 さすがにちょっと可哀そうだ。

「シンヤさま、お願いがあります」

 ローランド伯爵だ。

「この馬鹿息子、罰と見習いのため、シンヤさまに同行させて頂けないでしょうか?

 王都までの往復で結構でございます。世間の風を分からせてやりたいと思います」

 いや、それは勘弁。だって、こいつアホそうだし。

「うむ、よろしいと思いますよ。どうでしょうか、お館さま」

 アリストテレスさん、あんたはいつも火中の栗を拾うよな。

「ま、まあ、アリストテレスさんがそう言うなら」


 朝、キチン車のところに行ったら、既にエルハンドラが来ていた。

「エルハンドラさん、おはようございます。早いですね」

「シンヤさま、おはようございます。本日よりお供致しますので、よろしくお願いします」

 一応、生真面目のようだ。

 モン・ハン公へお土産として馬車1台ごと献上したが、エルハンドラがお供をすることになり、追加で馬車を1台用意したので、結局は5台で行くことになった。

 今日の夜は、王都との国境で1泊することになるだろう。

 嫁や侍女たちは、化粧だ衣装だなどと時間が掛かる。

 男たちで話をするが、このエルハンドラという男は俗に言う3高というヤツだ。

 高身長、高学歴、高爵位、その上イケメンである。

 笑うと白い歯がキラリとするような、そんな男なのだ。

 うん、正直、気に食わない。色男は嫌いだ。

 そんなことを思っているとエリスが、

「あの、エルハンドラって、何かニヤついてない?なんか苦手だわ」

 エリス、お前はなんていいヤツなんだ。

 そこにエミールが、

「そうですよ、二枚目なんて所詮、力と金はないんです」

 二枚目のお前が言うな。

 全員が揃った。モン・ハン公とその妻たち、そしてその子供も見送ってくれている。

 エルハンドラの父親のローランドさんもいる。

「キバヤシさま、息子を、息子を頼みます」

 手を振りながら叫んでいる。

 エミールがいつものように出発の号令をかけようとした時、

「しゅっぱーつ!」

 代わりに号令をかけたのはエルハンドラだった。

 エミールが見張台からこっちを見て、

「お館さま、あまりにも酷いと思いません?」

 泣き顔になっていた。

 反対にこっちはそれが可笑しくて、嫁たちと一緒に笑ってしまった。

「可笑しくなんか、ありません」

 エミールが怒ってしまった。


 途中の河原で昼食休憩をしたときに、エミールが文句を言いにいったら、

「ここはモン・ハン領で私の庭のようなもの。詳しい人間が案内をした方が良いではありませんか」

 と言われて、涙目になって帰ってきた。

 エルハンドラの馬車にはエルハンドラしか乗っていない。

 反対にこちらのキチン車には、俺たち4人とアリストテレスさん、エミール、盗人姉妹が乗っており、かなり窮屈だ。

 そのため、ここから盗人姉妹はエルハンドラの馬車に乗って貰うことにした。

「えっー、この2人とですか?」

 嫌がってる姿もイケメンなのが気に食わない。

「私たちだって、こんなニヤけたおぼっちゃまとは嫌よ」

「ニヤけたおぼっちゃまとは何だ」

「そのままよ、ニヤけてるぼっちゃんじゃない」

「俺のどこがニヤけている?このどブス」

「きっー、何がどブスよ。私たちはシンヤさまが綺麗だ、可愛いよって言ってくれてるのよ。目の悪いあなたには分からないだろうけどさっ」

 いや、俺、そんな事一言も言ってないし。

「ふん」

「フン」

 俺と嫁たちは呆れかえってしまった。

「それではどうだろうか、ミドゥーシャとルルミはエルハンドラの財布を盗る事ができたら勝ち、反対にエルハンドラは財布を盗られなかったら勝ちとしてはどうだろう。

 期間は王都に着くまでということで」

「勝った方に、何か褒美があるのですか?」

「褒美はない。逆に負けた方は、王都でサヨナラっていうのはどうだ」

「えっ、王都で放り出されるという事ですか?」

「シンヤさま、それはあまりにも……」

「なんだお前たち、自信がないのか。なら、仲良くやっていくんだな」

「い、いや、受けて立とう。お前たち自信がないなら止めてもいいぞ」

 エルハンドラよ、それは逆効果だぞ。

「まさか、逃げる訳ないわ。あんたこそ、止めるなら今の内よ」

 二人の間に火花が散っているような感覚になる。

「では、決まりだな」

 休憩が終わって、国境へ向かって出発した。

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