第118話 YAK
夕方、予定どおり、モン・ハン領の国境に着いた。
エルハンドラが出国の手続きをするが、相手が貴族ということで、門兵が緊張しているのが分かる。
モン・ハン側の国境を通過し、そのまま王国への入国手続きとなる。
こちらもエルハンドラが手続きを行ない、問題なく通過する。
もちろん、この2か所にもお土産を渡すと非常に恐縮された。
王都側の国境のところに宿場町があり、そこで宿泊する。
エルハンドラが宿の手配に走り回り、最高級の宿を取ってきてくれた。
「エルハンドラ、どうせ寝るだけだから、高級な宿でなくてもいいぞ」
「シンヤさまを安宿に泊まらせる訳にはいきません。これでも安い方です」
「俺は商人だから、金額には敏感になる。貴族もそうだろう、高い宿に泊まるということは、領民から税を多く取り上げると言う事だ」
「分かりました。宿をキャンセルして来ます」
「おっ、おい、ちょっと待て……」
いきなり走り出し、行ってしまった。
探しに行ったエルハンドラは、なかなか帰ってこない。
エミールに、エルハンドラと宿の状況を聞きに行かせる。
しばらくすると、エミールが息を切らせながら帰ってきた。
「お館さま、宿がありません。今日は旅行者が多くて、どこも満室のようです」
だから、キャンセルする必要はなかったのに。最悪の結果になってしまった。
それを聞いたエリスが、
「えー、今日は泊まるところがないの?」
ラピスは、
「それは困りました」
と言って、侍女たちに説明しているが、侍女たちも嫌な顔をしている。
「シンヤさまー」
エルハンドラが走ってきた。
「ちょっとここからありますが、宿を見つけました」
行ってみると、もうここは宿場町じゃないと、いうような所に来た。
「ここのようですが……」
見ると築100年ほど経ってるんじゃないかと、思われるような宿だ。
いや、宿なんだろうか?
エルハンドラが手続きに入る。
「シンヤさま、ここで間違いではなかったようです」
俺たちの隊は、御者や侍女たちまで含めると総勢25人ぐらいになる。
それが、一度に泊まれるのだろうか?
中に入ると、見慣れない置物が玄関らしき所に置いてある。
そういえば、前の世界でも田舎の民宿に行くと、玄関の所に狸の置物とか熊の皮とか置いてあったっけ。
ちょっとだけ、記憶が蘇ってきて懐かしい感じがする。
お爺さん、お婆さんらしき人が、主人のようだ。
「おー、ようこそいらっしゃいまし。お客さんは3か月ぶりぐらいやわー」
エルハンドラ、ほんとに大丈夫か?
「ご飯は、しばらくしたら出せるけんの、風呂は外の井戸の所で水が汲めるで、それでよろしくやってくんろ」
主人らしき、おじいさんが説明してくれる。
こっちの世界で、風呂がないのは一般的で、特に変わった訳ではないが、1日の疲れを風呂で落とせないのは辛い。
元が日本人の俺はなによりだ。
しかも、季節は冬だ。外で夜に水を使うのは苦行以外の何ものでもない。
最近、俺が風呂好きと知って、侍女たちも風呂の良さに目覚めたのか、風呂がないことへの不満が上がる。
しかし、生まれてから風呂がない世界に住んでいたエルハンドラは正常の範囲なので、何がまずいのか分からない。
エルハンドラよ。やはり、お前はアホの子だったよ。
YAK、やっぱりアホな子。この称号を贈ろう。
結局、誰も身体を洗わずに、食事だけすることになった。
いつもは街に食べに行くのだが、さすがにここからは離れている。
態々、御者のみんなに、お願いするのも悪いし。
でも、食事は旨かった。田舎風の汁物や煮付け、とろろ汁まであった。
白米があったので、とろろをご飯にかけて、とろろご飯で俺が食べ始めると、みんなで俺の方を見ている。
宿のお婆さんが、
「根芋をそんなにして食べる人は、あんたが初めてだが」
とか言ってた。
部屋も大部屋だった。
仕方ないので、女性と男性に分かれて寝る。
俺としては修学旅行を思い出して楽しかったが、嫁たちは俺と離れて寝る事が不満だったらしい。
ミュなんかは、
「ミュがご主人さまと離れるなんて、こんな屈辱的な事はございません」
とか言ってる。
朝、起きると、虫に噛まれたらしく、みんな身体を痒いている。
エリスに頼んで、ヒールをかけて貰うが、みんな文句タラタラだ。
俺も陽が昇ると同時に起きて、裏の池に行ってみると、珍しい物があった。
そう、これはわさびだ。
一本引っこ抜いて、持って帰る。
「あんた、そがいな草は辛くて、とても食べれんが」
お婆さんは言うが、昨日のとろろとエルバンテから持って来た醤油と、擦り下ろしたわさびでとろろ汁にして食べた。
うん、日本の味だ。思わず涙が出る。
「ほら、言わんこっちゃない。こないな草、辛ろうと言ったがね」
お婆さん、違うよ。俺の国の味なんだよ。
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