第116話 モン・ハン公

 国境を過ぎてから、その日のうちに、モン・ハン公都に着いた。

 着いたその足で公爵邸に赴く。

 公爵邸といっても、ほとんどお城みたいなものだが、その入り口に来ると、家臣と思われる人々が通路の両脇に跪いている。

 何事かと思っていると、奥から一人の男性とその執事と思われる男性、そしてその家族が出迎えてくれた。

 その一行は、俺たちの前に来ると跪き、

「遠路ようこそ遥々いらっしゃいました。公主のエル=モン・ハンと申します。こちらは第一夫人のミッシェルと第二夫人のヨルデです」

 俺も屈みこみ、

「エルさま、どうぞお顔をお上げ下さい。私はエルバンテ公の命でこの度、使者を仰せつかった者。貴族でも伯爵でもありませんので、気遣いは無用です」

「既に、ツェンベリン公は亡くなり、ツェンベリン領はキバヤシ領となった事は存じています。

 我が国はツェンベリン領に比べ小国であり、抗う虚しさも知っています。

 よって、我々は敵対するつもりはありません」

「分かります。我々もいきなり、あなた方を取って食おうなんて思っていません。我々は対等なのです。ですから、お顔をお上げ下さい」

「ありがたき、お言葉。では宴の用意が出来ておりますので、どうぞお越し下さい」

「ありがとうございます。それでは、妻たちの旅塵を落とすためと、着替えのために部屋をお借りしたい」

 モン・ハン公が指示をすると侍女と思われる人々が数人出てきて、嫁たちを案内していく。

 男性の方は執事が案内してくれた。


 着替えて、晩餐会の席に着く。

 嫁達はドレス姿に化粧をしており、ランプの灯りに照らされた姿はとても美しい。

 その姿は、男性より女性の目を引き付けるようだ。

 第一夫人のミッシェルさんが聞いてきた。

「シンヤさま、奥方さまの、その、お顔はとても美しいのですが……」

 俺に代わってラピスが答える。

「これは化粧品という物で、キバヤシコーポレーションが製造、販売しています」

 これを受け、ラピスの侍女が早速、第一夫人に化粧をする。

 化粧した姿は、これも持参の鏡で見て貰う。

「これが、私。なんて、なんて言ったらいいのでしょうか」

「ミッシェルさま、とてもお美しいです」

 第二夫人のヨルデさんが言う。

 今度はヨルデさんにも化粧をする。

「ああ、ほんとに生まれ変わったよう。なんて言えばいいのかしら」

 ヨルデさんにも好評のようだ。

 第一夫人、第二夫人とも国の中では美人なので、化粧をして似合わない訳がない。

 そのマジックに婦人たちの侍女たちも興味津々のようだ。

「公主さま、今回のお土産の中に、この化粧品を含めておりますので、後ほどご確認下さい。

 それと一つ、お願いがあります」

 お土産品の中に化粧品があると聞いて、夫人たちがそわそわする。

「何でしょうか?」

「この、モン・ハン公都にキバヤシの店を出したいと考えています。そうすれば、化粧品や妻たちが来ているドレスも販売することができます。

 いかがでしょうか、お認め下さいませんでしょうか?」

「エルさま、もちろん認めますわよね」

「あなた、良い事ではないでしょうか」

 ミッシェルさん、ヨルデとも早速、了承してくれた。

 こうなると、夫としては無碍には出来ない。それは夫である俺だから分かる事だ。

「あっ、ああ、いいでしょう」

 夫人二人だけでなく、侍女たちも顔が綻んでいる。

 食事をしていると、執事が入ってきて、モン・ハン公に耳打ちした。

 モン・ハン公は厳しい顔をしている。

「キバヤシさま、実はツェルンの街に、キバヤシさま方を出迎えに行かせた家臣が、お会い出来なかったと言って帰って参りました。

 なんという情けない家臣でございましょうか、平に、ご容赦下さいませ」

「いやいや、気にする必要はありません。実際、ここにこうしていますから問題はありません」

 食事が終わってから、謁見の間に行くことになった。

 謁見の間では、若いが立派な貴族と思われる5人の男たちが土下座している。

 モン・ハン公が言う。

「お前たちは、遥々ツェルンの港街まで、キバヤシさまを出迎えに行きながら、お会いできずに、のこのこと良くぞ帰って来たものだ。恥を知れ」

「面目ありませぬ。公主さまより大事なお迎えの命を受け、それを果たせず、おめおめと帰って来た事、言い訳できませぬ。

 こうなった以上、貴族の誇りとして自害させて頂きたく存じます」

「キバヤシさま、これで良いでしょうか?」

「ダメです」

「それでは、廃爵ということで……」

「いやいや、もっとダメです。私に会えなかっただけで、自害などと、そんな大げさな。自害なんてする必要はありません。もちろん領地もそのままで、結構です」

「それでは、公爵さまの命を完遂できなかった我々が納得できません」

 見るとまだ若い、恐らく貴族の息子なのだろうか。

 そう思っていると、一人の男が出てきた。

「これは我が息子、エルハンドラと申します。この度の公主さまの命を成し遂げられなかった事、この父にも責任がございます。どうぞ、私めにも罰をお与え下さいませ」

「ローランド、お前に責任はない」

「息子を送り出したは我が罪でございます。息子の力量を把握できなかった事は行く行くは領民の為にもなりませぬ。領民にもこの事を知らせ、我が家の恥と致しまする」

 この親子、なかなか立派だ。

 重用しているモン・ハン公が立派だと言う事だろう。

「まずは、エルハンドラ殿、面を上げられよ」

 俺が促した。

 エルハンドラは土下座のまま顔を上げたが、この男どっかで見たような。

「あっ、あの時の……」

 声を上げたのは以外にも、ミドゥーシャだった。

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