第86話 判断

 新らしく試作した靴が、重役会議の机の真ん中に置かれている。

 ヒール、パンプス、サンダル、ブーツ、スニーカーの5種類だ。

「それで、これを売り出すべきか否かと言う事だな」

「社長、そのお言葉はこれで5回目です」

「いや、これはすまん」

 アールさんの言う通り、完成した靴を売り出していいものかどうかの会議だが、戦争が近づいている段階で、議論はしていても答えが出ない。


「販売戦略部長、売り上げの推移はどうなっている?」

「最盛期の半分以下です。それも日に日に落ちています。ただ……」

「ただ、何だ?」

「はい、男女とも下着の売り上げは、さほど落ちていません。それとナプキンと化粧品も落ちていません」

「分かった、ではこうしよう、パンプス、ブーツ、スニーカーは売り出そう。その他については、時期を待とう」

「会長、その根拠をお聞きしても……」

「売り上げが落ちていないのは生活に必要な物ばかりだ。スニーカー、ブーツは生活するのに大きく寄与するものだから、それとパンプスは実用性は落ちるが、多少のおしゃれ感があるからだ」

 俺の決断により、スニーカー、ブーツ、パンプスを売り出すこととなったが、いざ店頭に並べると今までの靴と比べると実用性があるためか、直ぐに売れた。

 特にスニーカー、ブーツは戦争が近いためか、冒険者たちも買っていく。

 しかし、ドレスやワンピースなどの服は売れない。

 仕方無いので、2号店のみを残しそれ以外の店は閉店することとし、閉店セールを行ったが、昔のように人は来てくれなかった。

 3号店は放火の一件があってから、改修の手続きを行っていない。

 戦争の足音が近いためか、街のほとんどの店も閉店している。

 店舗で営業している店は少ない。

 1号店で売れ残ったものはホーゲンに取りに来て貰い、店員も含めてトウキョーの方に避難することになった。

 2号店については、ギリギリまで営業は続けるが、いざとなったら、店を捨ててでも避難するように、店長のサルビさんに言う。

「分かりました。会長のご指示に従います。しかし、本当に店の商品を残したままで良いのでしょうか?」

「命あっての物種だ。商品は無くなっても、店員さんたちが居れば、また売ることはできる。だから、心配することはない」

「分かりました、そのようにします」

 市場の方もだいぶ屋台が少なくなっている。食料品も最盛期の半分ぐらいしか並んでいない。

 しかも値段も高くなっている。

 今だと、春物のキャベツやたけのこがたくさん売り出される時期だが、春物野菜も去年に比べて少ない。

「ミュ、エリス、ロイスリッチ伯だった畑に行ってみようと思う」

「あの土地は今、ご主人さまの土地になっているところですね」

「そうだ、あそこで採れる作物はトウキョーの方に運んで貰っているが、人手が足りているかどうか確認したい」

 旧ロイスリッチ伯の土地については、家宰だったキロルドという男にまかせてある。

 アーネストさんに言わせるとキロルドという男は真面目で、実直な男ということだったので、そのまま旧ロイスリッチ伯の土地をまかせてみた。

 実はロイスリッチ伯の土地には忙しかった事もあって、行った事がない。

 キロルドという男は裁判が終わってから一度会っただけだが、アーネストさんの言う通り、真面目という印象を受けた。

 そこはアーネストさんの言葉を信じた事もある。

 旧ロイスリッチ伯の領地は始めての土地ということで、エリスの転移魔法は使えない。

 かといって、飛んで行くのは昼間は街の人に見つかるので使えない。


「ホーゲン、悪いな遠回りして貰って」

「いえ、大丈夫です。僕もどんなところで、食物が作られているか見てみたいですし、トウキョーの方でも使える技術があるなら持って帰りたいです」

 そう、ホーゲンのキチン車で迂回して貰うことにした。

 しかし、キチンは直接乗ると乗り心地は決して良くはないが、キチン車は快適だ。

 そこについては、車軸と台車の間に板バネを設けたということで、いわゆるサスペンションがあるためだ。

 もちろん、現代の車には勝てないが、それでも板バネのない車に比べるとその比ではない。

 最も、このサスペンションは人用のためではなく、荷物を運ぶための物だが、人用としても十分効果はある。

「シンヤさま、このキチン車って快適ですね」

「そうだな、御者のホーゲンの腕もあるのだろう、な、ホーゲン」

「兄さま、煽てても無駄ですよ」

 そうは言っているが、ホーゲンも悪い気はしないらしい。顔がにやついている。

 ここは褒めて育てよう。

 実際、ホーゲンの御者の腕はなかなかのものだ。道に穴が開いていてもキチンをうまく誘導して車が穴に落ちないようにしている。

 そんな中、しばらく行くと草原から森の中に入ってきた。

 ここを抜けるとロイスリッチ伯だった土地は直ぐだ。

 その森を抜けようとした時だ、道の真ん中に大きな蛇が立ち塞がった。

 いや蛇だから、寝塞がっている。

 ホーゲンがキチンを急停車させる。

 俺は何があったかと思い、御者台の方に行くと20mほど先に毒々しい蛇が居た。

「ヘビーアナコンダよ」

 蛇アナコンダ?

 アナコンダ=蛇じゃないのか?

 そんな事を考えているとエリスが

「蛇アナコンダじゃないからね、ヘビー、重たいって事だからね」

 補足説明ありがとうございます。

 しかし、なんて紛らわしい。


「ご主人さま、ここは私が……」

「ファイヤーアロー!」

 ミュのファイヤーアローほど大きい訳ではないが、火の矢がヘビーアナコンダに向かっていったと思ったら、数本の矢がヘビーアナコンダの頭部に命中し、頭部が既に炭状態になっている。

「ホーゲン、いつの間に魔法を覚えたんだ」

「寄宿舎に行って直ぐです。アロンカッチリアさんに教えて貰いました。でも僕は火魔法しか使えなくて、しかもあの程度です」

 いやいや立派だよ、ヘビーアナコンダを瞬殺じゃないか。

「ポールは土魔法、ウォルフは風魔法を使えますが、やっぱりマリンの水魔法にはかないません」

「マリンの水魔法は、そんなに凄いのか?」

「凄いなんてレベルじゃありません。川の水を逆流させるなんて、朝飯前にやってのけますし、ウォーターカッターなんてあっという間に岩も真っ二つです」

 ウォーターカッター、現代も工業で使っていたりするっけ。

「ミスティやミントも魔法を使えるのか」

「使えますが、二人の魔法はちょっと違いますね」

「どんな風に違うんだ」

「ミスティは幻を見せて相手を惑わすんです。

 僕もやられた事があるんですが、風呂に入ろうと思って服を脱いだところが、実は食堂でみんなに笑われた事があります。本人は正常のつもりですので、質が悪いですよ」

「ミントはどうなんだ」

「ミントは匂いの使い手なんです」

 匂い?スカンクみたいなものか?

「臭い匂いで相手を撃退とか」

「そういう事もできますが、逆です。すごくいい匂いなんです。あまりのいい匂いで何も考えられなくなります。その匂いを嗅いでいる間は無抵抗になります」

 なんだと?それって、麻薬みたいな物じゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る