第85話 トウキョー

「今は、綿がセットしてありますが、絹でも麻でも織る事ができます。しかも、複数の色の糸をセットすれば、いろいろなパターンの布も織れます」

 おおすごい、これで色違いしかできなかった服が形は同じでも様々なパターンの服ができるので、種類が無制限に増える事になる。

「パターンはここにデザインをセットすると、その通りに織る事が可能です」

 って、これは現代のコンピューター織機じゃないか。

「この機能を付加するのに時間がかかりまして、申し訳ないです」

 いや、いや、十分だよ。この機能がついて半年で作ったのか。

 逆にすごいよ。

「カシーさん、早速、量産体制に移って欲しいのだが、その前に言っておく事がある。実はハルロイド領と戦争になるかもしれない。というより、今の状況では、確実になるだろう」

「噂は本当だったんですかい?」

 誰かが聞いてきた。恐らく、街中で噂になっているから、既に所員の耳には入っていると思ったが、その通りのようだ。

「そうだ、本当だ。で、ここをどうするかだ。工場や学院のみんなも含めて、戦闘は無理だろう。

 そうなるとどこかに避難した方が良いかもしれない。みんなはどう考える」

「ここは女が多い、正直、戦うのは無理だし、もし負けたとなれば悲惨な事になる。

 それを考えると退避した方がいいんじゃないか」

 研究員の誰だろうか、最もな意見だ。

 俺も学院の女生徒が犯されるのを考えたくはない。

 別の所員が発言する。

「しかし、折角の俺たちの居場所を手放すのは納得いかねぇ」

 それも理解はできる。やっとみんなでここまでやって来たのだ。

 そう易々と手放せない。

「ここが戦場になって一番悔しいのは会長だろう。まずは会長の話を聞こうじゃないか」

 カシーさんが纏める。

「実はここから鐘半分のところに街を造っている。すでにそこは塀で囲んであるので、ある程度の籠城は可能だ。それで、この機械と設備を持ってそこに退避しようと思う」

「ですが、輸送手段はあるんですかい?」

「キチン車というのがある。それを使おうと思う」

「分かりました。会長におまかせします」


 戦争まで、半年を切っている。

 それまでに工場の建物ができるだろうか。

 設備の移動も大丈夫だろうか。キチン車はまだ5つしかない。

 1日に何往復できるだろうか。

 時間との勝負になってきた。

 その同じ日、学院の体育館に工場、学院生、研究員を集め、戦争になりそうな事を伝えると同時に、鐘半分のところに造りつつある街に一時避難する旨を宣言する。

 みんな、特に女性は不安な顔をしている。

「と、いう訳で、明日から少しずつ、ここの設備を引っ越ししたい。キチン車の数に制限もあるので、そこはうまくやって欲しい。この緊急事態を乗り越えるためには、みんなの協力が必要だ」

「私たちに槍を持って戦うのは無理だ。ここは会長のお話にあった通り、一時避難しよう」

 工場長のエイさんが、みんなを纏めるように言う。

「みなさん、今のお話の通り、私たちも一時避難します。私たちは私たちなりに、何か出来る事のお手伝いをしましょう」

 学院は学院長のエルザさんが纏める。

 みんなへの説明が終わるとその足で、寄宿舎に転移し、ホーゲンに輸送の説明をしてキチンと鳥車の御者のお願いをする。

「分かりました。では明日、新しい街へ行き、そこからエルバンテ公都の方に向かいます。

 ところで、新しい街の名は何と言うのですか?」

 そう言えば、新しい街の名は考えてなかった。

 もう一度、新しい街に転移する。今日はエリスが大活躍だ。

 転移した先が食堂で、仕事が終わった人たちが食事をしていた先に出現したので、みんなびっくりしている。

「すまない、急遽、明日キチン車を引いた獣人の子供が輸送のため、この街に来る。面倒を見てやって欲しい」

「それとこの街の名前がまだ決まってなかったが、公都の東にあるので、トウキョーというのはどうだろうか?」

 一斉に拍手が起きる。この街の名は「トウキョー」に決まった。

 京都の東ではないが、みんなが納得したので良しとする。

 今度は寄宿舎に転移し、街の名前が「トウキョー」に決まったことをホーゲンに伝え、公爵邸に転移した時はすっかり暗くなっていた。

 公爵さまは食事も採らずに待っていてくれたようで、早速、嫁3人が料理をする。

 その間、公爵さまと話をするが、誰に聞かれているか判らないので、衆目の前では差し障りのない話だけになる。

 出来た料理は、侍女たちがテーブルに並べていく。今日はハンバーグだ。

「婿殿、ラビスが料理をしてくれるとは思わなかった。儂は人並みの父親を感じる事が出来て、今ほど幸せと思ったことはない」

「もう、お父さまは大げさなんだから」

 そう言う、ラピスもちょっと嬉しそうだ。

 ラピスは小さい頃に母親が亡くなったので、母親の温もりを知らないが、自分が今母親になるのはどういう気持ちなんだろうか。

「ラピスや、最近太ったかの?」

「違います!」

「父上、ここは空気を読むところです」

「お、おう、すまん」

 ラピスのお腹はまたちょっと大きくなったような気がする。

 女の人じゃないから分からないが、こんなものなんだろううか?

 それとも、毎日欠かさず行っている、エリスのお祈りが効いているのだろうか?

 そんな中、また一つニュースが入ってきた。新しいデザインの靴の試作品ができたと言うのだ。

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