第73話 ご懐妊

 1週間もしたら、ここの噂は塀の外のスラム街に届いた。

 最初に行かなかった獣人たちは、後悔しているらしい。

 もう一度、募集に行ってみると、今度は全員が移住を希望してきたので、結局、最後には、塀の外の貧民街は全てなくなってしまった。

 そうなると今度は、塀の中の貧民街に噂が広がる。


 エミリアさんのところに行って様子を聞いてみる。

「この貧民街からも新しい街造りに参加したいと言ってる人がいます。連れて行って貰えるでしょうか?」

「可能です。エミリアさんの方で希望者を集められますか?」

「はい、大丈夫です」


 どこにこんなに人が居たのだろうというくらいの人が、建設に当たっている。

 もともと女性の数が多いので、女性も肉体労働をして貰っているが、獣人は身体能力が高いので、人間族の男性とほとんど変わらずに働ける。

 建設工事が出来ない人たちには農地の開拓をやって貰っている。

 それでも問題がある人は裏方として、食堂や風呂で働いて貰っている。

 全体指揮はアーネストさんが執っており、アロンカッチリアさんの弟子だった人たちが監督にあたっている。

 毎日のように姿を変えていく様子は見ていて壮観だ。


 そんな中、12月31日になった。この世界は普段の月は30日となっているが、12月だけは35日まであり、31から35日は休みとなる。

 普段、日曜という休日がないので、この5日間だけが労働者の休みである。

 ただ、店は営業している。営業していると客が来る。

 この時の売り上げはかなりのものだ。

 それ以外の工場、学院は休みだ。もちろん街造りの現場も休みだ。


 俺たちも年末の休みを家でまったりと過ごしていた。

 いつものように夕食をエリス、ミュ、ラピスの3人で拵えているときだ、いきなりラピスがトイレに駆け込んだ。

 心配したエリスが後を追っていく。

 しばらくすると帰ってきて

「旦那さま、出来たみたい」

 えっ、今、何と?

「出来たみたいって、な、何が?」

「えっと、あ、赤ち…ゃ…ん」

「「「ええっー!」」」

 確かにすることはしました。

 でも、でも、本当か?そんなに簡単に出来るのか?

「ちょっと、公爵さまにも伝えてくる」

 エリスが転移魔法で転移していった。

 しばらく待っていると、公爵さまとエミリーが一緒に転移して来た。


「ラピス、本当か、懐妊したというのは」

「もう、みんな気が早いから。まだ本当のところは分からないわ。生理が来ていないのは本当だけど」

「ラピスさま、おめでとうございます」

「だから、まだ早いって」

「おお、儂がおじいちゃんか。それで子供は男の子か、女の子か?いや、どっちでもいい、丈夫な子を産んでくれ」

 公爵さま、俺の子だけど。

「男の子か女の子か、まだ判る訳ないじゃないの、ウフフ」

 ラピスもなんだか嬉しそうだ。

「ね、ね、名前、なんて付けようか?」

 エリス、まだ気が早い。


 公爵さま、エミリーも交えての夕食となった。

 今日の夕食は公爵さまが泣いたからか、とんかつだ。

 とんかつが食卓に並んだ瞬間、ラピスがまたトイレに駆け込んだ。

 エリスが後を追って行く。

 公爵さまは心配顔をしていたが、それでも何だか嬉しそうだ。

「シンヤ殿、お爺さまと呼ばれるのと、じいじと呼ばれるのとどっちがいいかの?」

「お父上、まだ気が早いと思いますが……」

「いや、いや、気が競っていかんな」

 そんな話をみんなで話す。


 ところで、エミリーは箸を使えるようになったが、公爵さまは使えない。

 公爵さまは、とんかつに箸を突き刺して食べている。

 その姿を見たラピスが、

「お父さま、箸を突き刺して食べるなんて、はしたないです」

 注意しているが、ラピスお前も人の事を言えないだろう。

「ラピスさまも最初は、お箸を突き刺して食べてましたよね」

 エミリー、お前もだ。何故、いつもお前は一言多い。

「しかし、赤子が生まれるとなると乳母を見つけなければいかんな」

「お父さま、乳母は不要です。だって、もう二人母が居るのですよ」

「お嬢さま、このエミリーが第四夫人となり、乳母となる覚悟でございます」

「「「却下!」」」

 エミリーの乳母の案は速攻で却下された。

 そもそも、乳が出ないのに何故乳母となれる?


 公爵さまとエミリーをエリスが送って行った後に、全員で風呂に入り、ベッドで横になった。

「ラピスは、しばらくお預けだな」

「仕方ないです。その代わり、エリス姉さまとミュ姉さまを可愛がってください」

「どれどれ」

 ラピスのお腹に耳を充ててみる。

「何も音はしないぞ」

「そんなの当たり前です」

 エリスとミュにも笑われてしまった。

「私が、丈夫に育つようにお祈りしてあげる。なんたって、女神のお祈りなのよ。普通はお布施を貰うとこだわ」

 お前は神だろう。いつからお布施を貰う仏になったんだ。

 エリスがラピスのお腹に手を充てて、お祈りしている。

「有難う、エリス姉さま」

「えっと、私も何かお手伝いすることがあれば……」

「ミュは俺の世話をしてくれ」

「は、はい、喜んで」


 あと少しで年も変わる。今年はこちらの世界に転生して来て、いろいろな事が有り過ぎた。

 来年は、もっとゆっくりと過ごしたい。

 でも、懸案も山積みだ。

 公爵領のこと、店のこと、街造りのこと、工場のこと、学院のこと、寄宿舎はひと段落してきたが、それでも捨てられる子供はまだ後を絶たない。

 販売も公爵領のみでは、いずれ限界も来るだろう。そうなると輸出する必要がある。

 王都への販売とするなら、水路の確保は必須だ。船もどうするか?

 やる事を考え始めると後から後から出てきてキリがなくなってしまう。

 そんな事を考えながら眠りについた。

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