第74話 キチン車

 エリスの携帯電話が鳴った。相手はホーゲンからだ。

 アロンカッチリアさんでなく、ホーゲンから電話がかかってくるなんて珍しいから、何かあったか?

「ホーゲン、どうした。何かあったのか?」

「魔物の森から持ってきた卵から産まれた雛たちですが、車を引けるようになりました」

 悪い話でなく良かった。

「おおっ、そうか。良くやったな」

「それと、また、新しい雛が生まれました」

 魔物の森から持ってきたキチンは大体2か月ごとに卵を産んでくれる。

 それは、2月ごとに雛が生まれていることになる。

 その雛たちは、半年でキチン車が引けるようになると馬なんかより生産性が良い。

 馬は1年に1匹だが、キチンは一度に5個程の卵を産むし、しかも、2か月ごとに産む。

 これだと、輸送部門は直ぐ立ち上がりそうだ。

 そうなると鳥車の製作を急がないといけない。

 工場で、製作して貰うしかない。ザンジバルさんに頼んでみるか。


 翌日、エリスの転移魔法で、妻3人と一緒に寄宿舎に行ってみる。

 すると、まだ親鳥の半分くらいのサイズしかないが、立派に鳥車を引いている。

 ホーゲンに続き、ポールやウォルフ、いやそれに女の子、あれは、ミスティやミントまで御者をしている。

 ホーゲンが近づいてきたので、手を上げて答えると、走ってやってきた。

「ホーゲン、すごいじゃないか。しかも女の子まで御することができている」

 そんな話をしていると、みんながやってきた。

「みんなすごいな、キチンを操れるなんて」

「やっていたら、みんながやりたいと言うので、やらしてみたら意外とうまくいって」

 ポールが得意そうに答えている。


 後から入って来た、人間族の男の子たちもできるそうだ。

「今は20人程になったのだろう。何か問題は起きてないか?」

「サリー姉さんが寮長をやっているんですが、みんな言う事を聞いてくれますし、なにか喧嘩が起きた時は、ホーゲンが一声雄叫びを上げれば大体大人しくなります」

 ウォルフが答える。

 そのサリーちゃんは今度、学院に入るため、寄宿舎を出ることになる。

 そのことは既にみんな知っており、次の寮長はホーゲンだそうだ。

 最近、ホーゲンはいい青年といっていい身体つきになってきた。


「ホーゲン、いくつになる?」

「多分、12歳になります」

「多分?」

「はい、捨てられた時の歳が分からないので。サリー姉さんが拾ってくれた時が、大体3歳ぐらいだったらしくて、それからすると12歳ぐらいということです」

「歳が分からないのは多いのか?」

「獣人はかなり多いです。ポールやウォルフも正確な歳は分かりません」

「そうか、では誕生日なんかも分からないのだな?」

「そうですね。分かりません。いつ歳を取ったのかも分かりません」

「では、こうしよう。誕生日が分からない人は、みんな8月15日を誕生日にしよう。8月15日は俺の誕生日でもあるんだ。だからみんなで祝おう」

 みんな、顔が明るくなった。

「「「はい」」」


 前世界の日本では8月15日は終戦の日である。

 前世界では夏休みということもあり、しかも終戦の日だったから、俺自身誕生日を祝うなんてことは、大っぴらにしたことはなかった。

 この世界では、みんなと祝う事ができるようになったのは嬉しい事だ。


 食堂に行くと誰も居なかった。

 来たのが、午前中だったので、子供たちは教室で勉強の時間だ。ローズマリーさんが先生を務めている。

 アロンカッチリアさんとアーネストさんは街造りに行っており、最近は泊まり込みの方が多いらしい。

 だから、アロンカッチリアさんが電話して来なかったのだ。

 誰も相手してくれないので、街造りの方に行ってみる。


 最初に造った集会所に転移するとこちらもみんな、仕事に行っているためか、誰もいなかった。

 階下の食堂に行くと、猫人のお婆ちゃんが昼食の支度をしていた。

「お婆ちゃん、こんにちわ」

「おや、会長さんと奥さん方。今日はどんなご用かね?」

「寄宿舎に行ったらみんな忙しそうだったので、こっちに来てみたんですが、やっぱり、みんな忙しそうで」

「ははは、昼には帰ってくるが」


 食堂を出て、しばらく歩いたその時だ。

「ガガーン」

 大きな音とともに人々が叫ぶ声がする。

「おーい、誰か。誰か来てくれ」

「エリス、ミュ、いくぞ。あっ、ラピスは歩いて来てくれればいいから」

 行ってみると、犬人の女性とうさぎ人の男性が建物の下敷きになっている。

 崩れた壁を集まって来た人で除去しているが、一番大きな壁に手間取っている。

「ミュ、頼む」

「はい、分かりました」

 ミュがその力で壁を押しのけると「おおっー」と言う歓声が上がった。

 下敷きになった人は仲間に引きずり出されたが、かなりの重傷だ。

「今度はエリスだな」

 エリスは俺の指示も聞かずに走って行き、治療魔法をかけている。

 傷はみるみる塞がっていき、5分もすれば立ち上がった。

 それを見ていた人たちは驚きの表情だ。

 怪我が治った二人も、お礼を言っている。

「二人とも大丈夫か、なんなら休んでいるか」

 監督のドワーフが聞く。

「いえ、あんな怪我が不思議なくらい大丈夫です。反対に前より体調がいいみたいです」

 治療魔法は全身に掛かるからね。

 そうしているとアロンカッチリアさんとアーネストさんがやって来た。

「シンヤさん、どうしてここに?」

 アーネストさんの質問に答えると

「そうでしたか、先に寄宿舎に行かれたのですね」

 崩れた現場を見ていたアロンカッチリアさんが、

「ここはまだ完全に固まっていなかったところに、無理に次の工程に行ったもんだから崩れたんだな」

「固めるって何を固めるんですか?」

「この先から石灰が採れるのが分かって、それと砂漠の砂と水を混ぜ合わせると固くなるんだが、固くなるまでに時間がかかのが欠点なんだ」

 それって、コンクリートじゃないか。

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