第49話 ガルンハルト
翌朝、リビングに行くと、既にラピスとエミリーは起きていたが、目の周りに隈が出来ている。きっと眠れなかったのだろう。
「朝食のあと、少し眠っても良いでしょうか?」
「いいよ、寝室のベッドを使ってくれ」
「いえ、それだと眠れなくなりますので、部屋だけ使わせていただきます」
どうやら、マットを持って行くみたいだ。
朝食後、ラピスとエミリーはマットと一緒に寝室に消えた。
エリスが、
「どうしたんだろう、あの二人」
って言ってたけど、お前のせいだろう。
頭で思っても、口に出して言ってはいけない事があるのは、大人だから良く分かっている。
鐘2つ鳴る頃にラピスとエミリーが起きてきたので、全員で店に行くことした。経営会議のためだ。
アールさんを筆頭に役員・部長たちが顔を合わせる。
重役用の会議室とかは無い、その都度、空いている部屋に机を並べて会議を行う。
アールさんに言わせると、こんな会議をやる店はないとのことだったが、やってみると非常に有効であることが確認できたと言う。
経理担当の副社長である、フェイユさんから経営状態の発表があった。
すごい黒字額だった。
仕入れ、製造担当副社長のイオゲルさんからは工場の生産が逼迫しており、これ以上の製造の増加は、品質低下を招く恐れがあるから難しいとの発言があった。
販売担当のシュバンカ副社長は新製品の発表があると直ぐに売れるが、反面今までの服は売れなくなる。新しい商品開発を期待する発言があった。
店長のカルフさんもシュバカさんと同じ意見だ。
警備担当部長のセルゲイさんは、店の警備は問題ないが、工場は現在警備がないので、警備要員を雇った方がいいとの提言があった。
工場と研究所、それに学院の警備については、俺自身も懸念していたところだ。
その場で提案する。
「セルゲイ部長の提言にあった通り、工場、研究所、学院担当警備要員を雇用しようと思う。意見のある人はいるか?」
特に誰も発言はない。みんな同様な事を考えていたという事だろう。
「では、雇用人数、配置についてはセルゲイ部長にまかせる。全体の指揮は今までどおり、アール社長で行って欲しい」
両名が頷く。
アール社長から発言があった。人を紹介したいと言う。
先ほどから後ろに立っている男の事だろう。
「この後ろに控えていますのは、名前をガルンハルトといいます。経営戦略担当と監査役をやって貰います」
監査役と聞いて、みんなピンと来ない。アールさんの説明が続く。
「現在の店の課題を見つけて、その改善策を提言するとともに、店の情報を守秘する役目もあります。では、ガルンハルト君、調査結果を発表してくれ」
ガルンハルトと言われた、20代後半の男が話し始めた。
「まず、店の経営、販売は担当副社長、経理担当副社長からもあった通り、問題は発生していません。
ただし、工場で生産するための生地の仕入れと完成した服の店までの輸送に時間がかかっています。
これはひとえに、運搬用馬車が足りていないのが問題です」
たしかに言われてみればそうだ。馬車は工場と店の間は1日1往復しかしていない。
「それと、店内はいつも混雑の状態です。店員は頑張っていますが、すべてのお客さまに目が行き届きません。店舗の拡大が課題です」
アールさんが質問する。
「それで、ガルンハルト君の改善策は?」
「輸送に関しましては、馬車部門を作り自分たちで輸送します。
また、工場から店に荷物を持ってきた馬車は空荷で移動していますが、それを生地の輸送に回します」
なるほど、空荷の状態を極力作らないようする訳だ。
「店はこのまま広げることはできません。そこで2号店、3号店を開く事を提案します」
ガルンハントさんの提案について、みんなで話し合った。
まずは人材だ。経理担当からは人件費の支出は問題ないとの回答があった。
だが、それだけの人をどうやって確保する?
人だけ雇用すれば良いという問題でもない。接客教育とかも必要である。
「人だけ雇用すれば良いという問題ではないだろう。訓練とかを考えると時間も掛かる」
みんなが同じ事を考えていたようで、首を縦に振る。
ガルンハルトさんが答える。
「人は継続的に雇用して時間をかけて教育していくしか方法はありません。2号店、3号店については、現在販売しているものを分割します」
「分割とは?」
アールさんが聞く。
「ドレス部門の高級店とワンピースなどのカジュアル部門、それに下着部門に分けます」
なるほど、分別化する訳か。
それについて、みんなの意見を聞く。
特に反対は出ない。
2号店は下着部門専門店として、約2か月後をめどにオープンすることとした。
3号店はカジュアル部門として、その更に2か月後にオープンすることとした。
店の確保は、経営戦略担当のガルンハルトさんに一任する。
人事については経理担当のフェイユさんに人事についてもお願いすることになった。もちろん教育も採用に含まれる。
輸送部門の立ち上げは、セルゲイさんに担当して貰うことになった。
このように考えていくと人手はいくらあっても足りない。
その日の会議はそれで散会となったので、社員食堂で昼食を採る。エミリーは、そのまま売り子として店に出るとのことだった。
実は前の店は閉店としたが、そのまま残し、内部を改装して社員の福利厚生用に活用している。社員食堂もそうだ。
以前、店舗だったところにテーブルが並び、社員が交代で食事を採っている。
この取り組みはすごく好評で、特に働く女性は昼食、夕食をここで採る社員も多い。
昔からの店員ならば、俺の顔を知っているが、新しい店では運営をアールさんに任せていることもあって、俺の顔はそんなに有名ではない。
ミュとエリスは売り子として手伝った事もあり、何人かの売り子の女の子が挨拶してくる。
ラピスは髪を公女スタイルではなく、ポニーテールとしていることもあり、「誰?」みたいな顔をされている。まさか公女さまが居るとも思っていないだろう。
食堂が併設されているのは店舗だけではない。
工場と学院にも食堂がある。
学院は全寮制であり、生徒しか利用できないが、工場の食堂は社員の家族なら利用可能としたので、子供が居る家では食堂で子供と一緒に食事を採る事もできる。
食事をしながらふと考える。ここの食堂で余った食材がないかと。そしてそれは単に捨てているのではないかと。
早速、食堂のおばちゃんに聞いてみる。
「この食堂で余った食材はどうしてます?」
「なるべく、余らないようにしているけど、それでも0にはできんからね。余ったものは廃棄だね」
「それを貰えませんか?」
「捨てるもんだから、あげるのは構わないよ」
「あと、食材を購入している業者も教えて欲しいんですが」
「別にいいけど、あんた誰だね?」
「俺はここの経営者で会長をやってます」
「「「ええっー」」」
食堂のおばちゃんとの会話を聞いていた社員が一斉に叫んだ。
「えー、またまた、私を騙そうとしてもダメだよ」
「いえ、本当ですけど」
「そうだよねー」とか言う声も聞こえる。
「社長ってアールさんだよね」という声も聞こえる。
別にいいけどさ、実質的にアールさんが経営しているし。
「まあ、本当ということにしてあげるよ。誰かの息子さんなんだろうけどね。しかし、美人の妹さんだ」
まあ、何も言っても無駄だろうから何も言わない。
エリスが何か言いたげに席を立とうとしたが、手で制止する。
「それで、業者の人は?」
「ああ、フレッドっていう人だよ。市場にも店を出しているけどね。食材の店は売れ残ると腐るから、夕方行くと安く買えるよ」
「ありがとう、おばちゃん」
「おばちゃんじゃないよ。わたしゃ、エリスって名前だよ」
エリスが、席から落ちるのが見えた。
ミュは下を向いて笑いを堪えている。
ラピスはテーブルに俯っして「ひっく」と言いながら、テーブルを叩いている。
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