第48話 鯖の塩焼き

 翌日、もう一度学院に行く。

 学院長から今日から約1か月、実習生が来ることが告げられる。

 ここの世界の1週間は6日で、1か月は5週だ。1週間の最後の日が学院の休みになるのは既に述べた通りだ。

 実習生とは、もちろんラピスだ。

 侍女のエミリーが一緒に居ると正体がバレるだろうからと、エミリーは店の方の売り子の手伝いをすることになった。

 手伝いと言っても、こちらも実習みたいなものだ。

 ラピスは読み書きを教えることになった。

 学生は1年生で入学したばかりなので、読み書きはまだいろはの段階だから、高等教育を受けたラピスなら余裕で教えられる。


 反対にラピスは、そろばんの授業を一緒に受ける事になった。

 教師として雇った者も、生徒より劣っていると見られたくないので必死に勉強しており、今ではかなりの腕となっているが、若い生徒の上達は早い。

 そろばんを始めて、まだ1か月も経っていない生徒なのに、ラピスとの差は歴然だ。

 ラピスは読み書きの講師をしているが、それ以外は生徒たちと一緒に授業を受けている。その姿は楽しそうだ。

 夜、そろばんを持って帰って家でも練習すると言う。

 生徒たちとの差を思い知らされたのだろう。


 ラピスがミュと食事の用意をしていると、エミリーも帰ってきた。

 その手にはそろばんを持っている。

 エミリー曰く、

「店員さんとの差を思い知らされました。みんなさん、凄く計算が速いのです。実習のつもりでしたが、本気でやらないと付いていけません」

 エミリーだって、いいところ出の侍女だ。

 読み書きぐらいは苦も無くやれる。

 それが1日でこのような状態なのだ。店の売り子たちもがんばっているらしい。


 ミュに今日の献立を聞いてみると、今日は鯖の塩焼きとご飯とのこと。

 なんでも、鯖の季節になって、市場に並ぶようになったので、俺が前から食べたいと言っていた鯖の塩焼きにするそうだ。

 鯖は3枚に下ろしてない。ここは俺の出番だ。

 学生時代、彼女にプレゼントするためにいろんなバイトをやりまくった俺だ。当然、魚料理も経験している。

 ミュとラピスがその手際を見ている。

 しかし、鯖は3枚に下ろせば、塩を掛けて焼くだけなのでそんなに難しい料理ではない。

 グリルがないので、フライパンで焼いたが、こんがりと焼き後もついておいしそうだ。

 料理ができたところで、夕食になる。

 ただ、こちらで一つ不満がある。

 それは味噌がないのだ。だから当然味噌汁がない。

 日本人としては、鯖の塩焼きにスープは頂けないが、みんなには好評だ。

 味噌を作りたいが、作り方が分からない。

 大豆と麦と塩が必要なのは分かっている。醤油を作る過程と似ているのも分かっている。しかし、細部は分からない。

 ネット検索できればどうにかなるのだろうが、当然、そんな物はない。


 ラピスとエミリーは、また箸で苦労している。

 あっ、鯖の塩焼きに箸を突き刺した、そのまま齧り付く。

 ラピス、公女さまはそんなはしたないマネをしてはいけません。親の顔が見てみたいものだ。

 もとい、見た事があったっけ。

 今日の食卓は昨日と違って賑やかだった。

 ラピスとエミリーは、競うように今日あった出来事を話している。俺とミュはただ首を上下に振るだけだ。

 そんな中、1週間はあっという間に過ぎた。


 リビングに魔法陣が浮かび上がると、そこに一人の女性が姿を見せた。

「おかえり、エリス」

「「「おかえりなさい、エリスさま」」」

「ただいま、みんな元気だった?」

 それはこっちのセリフだよ。

「子供たちはどうでしたか?」

 早速、ラピスが聞く。

「うん、みんなすごい元気、なんだか歳を感じちゃうわね」

 って、アンタまだ1歳だろう。それに子供たちの方が年上じゃねーか。

 ここに居る全員が突っ込みたいだろう。


「アロンカッチリアさんはどうだ」

「なんか、洞窟の家を引き払ってきたって言ってたわ。それとキチンというすごい大きな鳥に乗ってきた」

 キチン大丈夫だったんだ。キチンは魔物だからそう簡単には死なないと思っていたけど、元気ならいい。

「もう、男の子たちなんて、キチンに乗るんだって大はしゃぎ」

「さすがに女の子たちはそこまでないけどね」

「でも、アロンカッチリアさん一人だと大変そう。やっぱり、男の人だと細かいところに目がいかないし、女性の世話人が欲しいところだわ」

 それを聞いて、みんな黙った。

 女性の世話人かー?

 獣人に偏見がなくて、田舎暮らしでも大丈夫な人か。

 エミリアさんに相談してみようか?

 エミリアさんが行ってくれればいいけど、そうすると炊き出しする人がいなくなってしまう。悩ましい問題だ。

 エミリアさんの炊き出しも、もう少しどうにかしたい。

 貧民街の炊き出しは具がほとんどなく、味のある白湯と変わらない。

 せめてどうにかしてやりたいが、食材を購入して施すほど余裕がない。ミュの金を使えばある期間は可能だろうが、そんなものはいつか無くなる。

 生産性があるような産業が必要だろう。

 俺が持っている課題、染色の色を増やすこと、ゴムの代わりを見つけること、フェンリルの体毛を加工する技術を貧民街の住人で、どうにかできないだろうか。

 これも併せてエミリアさんと相談してみよう。

 そんなことをみんなで話し合った後、就寝することになったが、1週間お預けだったエリスは貪欲に求めた。

 きっと、ラピスたちは今日の夜は寝られないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る