第23話 構想
店の引き渡しは1か月後に決まった。改装期間も含めると開店まで、2か月もある。
アールさんは従業員に残る意思のある人は残り、辞めたい人がいれば辞めても良いとの判断をさせるとのことだった。
アールさんたちは今まで、店の2階に住居があったとのことで、そのまま住んで貰うことにした。
俺とミュは相変わらず、ミュの家暮らしだ。
二人暮らしなのでそんなに大きな家も要らない。
番頭のイオゲルさんは販売はもちろん、生地の仕入れやお針子さんへの仕事依頼までいろんな事をやってきたとのことで即戦力になりそうだった。
特に服の種類を増やすと、生地の手配やお針子さんの手配が必要になってくるが、この手配が一朝一夕にはいかない。
その意味では、イオゲルさんの存在は大きい。
妻のフェイユさんは、経理をやってきたとのことだった。
経理についてはシュバンカさんにも担当して貰おう。
そうすると、カルフさんを店長にして下着部門の主任にノイッシュさん、ドレス部門主任にテーゲルさんにして貰おう。
ミッヒさんは生地の仕入れとお針子さんへの製造指示のような裏方に回って貰う予定だ。
ベルクさんはシムカさんと一緒に高貴な方への出張販売、いわば営業に回って貰うつもりだ。
「それで新装開店となると2か月ほど先になります。
今の店の残務整理で1か月は従業員はいますが、そのあとの改装段階になると従業員は一度解雇して再雇用という形にすることになりますが、それで良いでしょうか?」
アールさんが聞いてきた。
「いえ、販売担当になって貰う従業員の方は接客教育を行いますので、そのまま雇用します。もちろん給料も支払います。
それ以外の従業員についても、いろいろやって貰いたい事があるので、そのまま雇用させて頂きます」
「おお、それはありがたい。従業員も1か月解雇するとなると、その分給料がないですから、困るところでした」
「それで、アールさん。現在の従業員はどのような業務に就かれていたか、まずそちらについてお教え願えませんか。
明日、もう一度そちらの店舗に伺った際に、お話を聞かせてください」
仕事の内容をアールさんと詰めることにした。
もう一つ、不動産さんにお願いすることがある。
「ところで、不動産さん、工場と学校、それに寄宿舎をつくりたいのですが、適当な物件はありますか?
これらは一等地にある必要はないので、街外れでもいいですし、建物がなければ土地だけでもいいです」
「それでしたら、シンヤさんたちがお住まいの通りの北側に空いている土地があります。かなり広いので工場を建てることは問題ありません。
今は古い倉庫が建っていると思いましたが、現在は使用されていないはずです」
「分かりました、一度見てから返事をさせていただきます」
アールさんたちとは明日、店舗に伺うことを約束してお開きになった。
ちょうど、その頃教会の鐘が4つ鳴るのが聞こえてきたので、ミュと町を散策しつつ店の方に帰ることにした。
不動産屋さんからは、いいお客と思われたのか、馬車でお送りしますと言われたが、
「健康のため歩いて帰ります」
と返事をしたら、
「健康のために歩く人なんて初めて見た」
と言われた。
現代人からすれば。ウォーキングも健康法だが、移動手段が徒歩のこの世界ではそんな意識はない。
店に帰ると、相変わらずの混雑だった。
ドレスは、既にもう2か月待ちらしい。
下着類は1着だけという訳にもいかないので、かなり数が売れており、こちらも予約1か月待ちということだった。
シムカさんに生産のスピードを上げることは可能か確認したところ、現状では無理との返事があった。
やはり、早急に店舗と人手をどうにかする必要がある。
その夜、店を閉店してから、売り子の皆を集めた。
うちの店では開店前と閉店後に社長みずから出席する朝礼と終礼を行っている。
その席で、店を大きくすること。買い取る先の従業員も引き続き雇用していくこと。
そのためには、ここにいる現在の従業員に接客研修や販売ノウハウをやって貰うため、シュバンカさんを役員に、カルフさんは移転先の店長に、ノイッシュさん、テーゲルさんを主任にする人事を発表した。
ミッヒさんも主任待遇として、仕入れと製造に回って貰う。
ベルクさんはまだ若いので、昇給はなしだが、営業として高貴な方との気を遣う接客に回って貰う旨を話した。
皆、驚いている。
それはそうだろう、主任なんて、男性で35歳を過ぎてもなれないし、女性で役員なんて初めてではないだろうか。
複雑な顔をしている。
一番若い、ベルクさんが言った。
「お話は伺いましたが、私が高貴な方を回る営業なんて、できるでしょうか?
もし粗相があれば、私だけでなくお店だって潰れてしまいます」
「私はベルクさんの接客を見てきた。ベルクさんはお客さまの貧富に関係なく接し、いつも笑顔で対応してきた。
その笑顔は少々のミスならカバーできる笑顔だ。ミュはどう思う?」
「私もベルクさんの裏表のない性格は、いつもそういう世界で相手の出方を伺っている人たちには新鮮に映るはずだし、可愛がって貰えると信じています。
この役はベルクさんしかいないと思います」
ベルクさんは感極まった顔で「はい」と力強く答えた。
「明日、鐘3つの時間に相手先と店舗移譲について話し合うことになっている。シュバンカさん付き合って貰えるか?」
「分かりました、お供します」
この日はこれで解散となった。
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