第22話 新店舗
翌日、不動産屋に行ってみると、ちょうど売りに出したい店舗があるということだったが、オーナーが購入者を見て、販売するかどうかを見極めたいとのことだったので、後日もう一度不動産屋さんでオーナーと面接をすることになった。
当日、ミュと二人で不動産屋に行ってみると、ご年配の男性二人とご婦人が応接室で待っておられた。
「はじめまして、シンヤ・キバヤシと申します。こっちは家内のミュです」
ミュは店用のイヴニングドレス風の服にいつものベールをしている。
顔は良く分からない。
「こちらこそ、私はアール・ボストロムといいます。こっちは妻のフェイユです。
また、こちらは番頭のイオゲルです。
ところで見たところかなりお若いようですが、おいくつですか」
アールさんは50歳ぐらいだろうか?
引退には、まだ若いといった感じだ。
番頭のイオゲルさんはアールさんよりちょっと若いぐらい、奥さんはミュと同じベールを被っているので、こちらも良く分からない。
「私は21で、ミュは17です」
「なんと、お若い。もしかして、親御さんか誰かが購入されるのでしょうか」
「いえ、私の方で購入します。だめでしょうか?」
「だめということはありません。ですが、ご存じかと思いますが、私共の店舗はかなり大きく、店も町の中央付近にあります。
失礼ですが、それなりの値段がいたしますので、資金の方を心配しました」
「言われていることは分かります。私がアールさんの立場なら同じ事を考えるでしょう。
しかし、購入費用については目途がありますので、ご心配は無用です。
ところで、何故今回、店舗を売りに出されるのでしょうか?」
「私たちは親の代から呉服問屋を営んでおりまして、今の場所に店を出して、50年が経過します。
ですが、私たちには子供がなく、跡を継ぐ者がおりません。それで妻と話し合った結果、今の店を売って、近くの村で余生を過ごそうという結論になりました」
「お子さんはいなくても、番頭さんが跡を継ぐとかは考えませんでしたか?」
「それにもう一つ理由があります。それは、今ミュさんの来ているような新しいデザインの服が出てきて、今までの服では到底我々には勝ち目がないと判断しましたので、どうせなら、早めに白旗を上げた方がいいかと考えました」
「なるほど。そうですか、そういう話でしたら、お売りいただければ大事に使わせていただきます。
ところで、ミュの着ているこのドレスは私の店で販売しているものです」
「おおっ、そうなのですか。ですから、購入の目途があると。
なるほど、でしたら一つお願いがあります。
今働いている番頭ともども引き続き、働かせて頂けないでしょうか?
シンヤさんも店が大きくなると人手が欲しいでしょうから、一石二鳥ではないですか?」
なるほど、言われてみればその通りである。
「番頭のイオゲルさんのご意見は?」
「私も旦那様ともども引退するつもりでしたが、もし働かせて頂けるのであれば、シンヤさまのお力になりたいと思います」
「ミュはどう思う?」
「私はご主人さまの思いのままに」
「分かりました。ではお言葉に甘えて、そうさせて頂きましょう。ですが、私にも一つ条件があります」
「ほう、なんでしょうか?」
「アールさん、フェイユさんも一緒に、働いていただけませんか?」
「な、なんと、これはこれは」
アールさんも奥さんも目を丸くしている。
「いや、実は私共は小さな店舗で店を始めてみたのですが、それが思いの他当たってしまって自分たちも驚いています。
もし大店となったら、その運営に非常に苦労すると思っています。
ですので、もしよろしければ、お三人に運営のイロハを教えていただきたいのです」
「なるほど、あ、いや分かりました。私たちには子供がおらず、店のイロハを教える事が叶わなかった。
もし、シンヤさんがその知識を必要としているなら、惜しみなく授けましょう、フェイユいいかね」
「はい、話を聞いて私もお手伝いしたいと思いました。私にも協力させてください」
「そうと決まったら、一つ話しておかなければなりません。フェイユ、ベールをとってくれ」
フェイユさんがベールをとった。
すると、美しい顔が現れた。
17歳と偽証しているミュよりは年上のようだが、まだ若く美しい。
しかし、目が注目したのは美貌だけではない。
そう、耳が長いのだ。これはエルフ族である。
エルフ族は500年前の大戦以降行方不明であり、全滅したというのがもっぱらの噂であった。
「エ、エルフ族……」
「ご存じでしたか。妻はエルフ族であり、今は全滅したと噂されています。このことがバレるとパニックに陥る可能性もありますので、内密にお願いします。それとこのような秘密があるため、接客はご勘弁をお願いします」
「え、ええ、は、はい。分かりました。そこはこちらとしても十分理解しております」
ちょっと、動揺してしまった。
「ところで、ミュさんもエルフ族ってことはないでしょうか?」
ミュにベールをとって貰うように告げる。
ミュがベールを取ると艶やかな黒髪が現れた。
こちらでは黒髪は珍しい。
しかし、目を引き付けるのはやはりその美貌だろう。
「おお、美しい。ですが、エルフ族ではありませんね」
「はい。違います。私とミュが黒髪なのは国が同じなので、そこに住む人たちの特徴みたいなものです」
「シンヤさんたちは、この国の人たちではないのですか?」
「違います、遠い国の出身です。ミュとはいろいろあり、その国を追われるように国を出ました。
そのため、もう戻ることはできません。服のデザインとかも我々の国にあったものを参考にして作りました」
フェイユさんが、許されない恋の果てに駆け落ちして、国を出た恋人たちを見るような目で見つめてくる。
今はそのように思われている方が、都合がいいかもしれないので、否定するようなことはしない。
「あなた、今のシンヤさんたちの話を聞いて、私は心の底からこの方たちのお手伝いをしたいと思いました。引退はもう少し先でもいいんじゃないでしょうか」
「フェイユ、お前がそういうなら、私ももうひと花を咲かせてみよう」
「旦那さまと奥さまが、そのお気持ちであれば、このイオゲルもお供いたします」
「では、決まりだな。シンヤさん3人共々よろしくお願いします」
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