第10話 帰宅
さっきの岩山がどんどん遠くなっていく。
遠くの方の水平線がオレンジ色に染まってきており、夜明けが近いことが分かる。
来た時と同じぐらいの速度で、あっという間に家の裏庭に降り立った。
まだ、街は眠りの中のようだ。
「では、ご主人さま、お疲れでしたでしょう、直ぐにお風呂を入れますね」
ミュは戦闘をしたせいか、血が高ぶっているのだろう、それに帰ってきたらという約束もある。
きっと、俺は直ぐに寝かせて貰えないだろう、少なくともマットだけは買いに行かないようにしないと。
「ご主人さま、お風呂が沸きました、どうぞお入りください」
風呂に入っていると、いつものようにミュが入ってきた。
「お背中、お流ししますね」
「ああ、頼むよ」
ミュの顔を見ると、目が紅く輝いている。
えっ、もしかして、俺はターゲットになっているのか。
今日、俺は刈られる運命なのか。
「ミュ、目が紅いが……」
「えっ、すいません、まだ狩りの興奮が収まってなくて」
やっぱりそうなのか、今日、俺はミュに精を吸い取られて絶命するかもしれん。
風呂でいちゃいちゃしていたら、本格的に始まりだし、頭の中で1回戦のゴングが鳴るのを記憶の中で聞いた。
ふぅ、今何時くらいだろう、時計がないのでアバウトだけどきっと昼は過ぎているのかもしれない。
身体が重い、俺の歳なら起きると息子は元気なのだが、今日に限っては息子もまだ寝んねの状態だ。
身体は寝ているのだが、頭だけ起きた感じだ。
閉めてある窓の隙間から日が部屋を照らし、ぼんやりと明るい。
ミュを見ると、ミュはまだ寝息を立てていた。
ふと、布団をのけてみると、裸のミュがいた。
白い肌に昨日のキスマークが体中についている。
寝ている顔も可愛い、どんな夢を見ているのだう。
こんなにかわいらしいのに、あの猪牛を秒殺して、しかも重い荷物を軽々と運ぶなんて、なんで、そんなことができるのだろう。
って、それは悪魔だからか。
ミュは料理以外は完璧だ。
俺は自炊をしていたこともあり、料理は俺がしようと思う。
まったくのヒモって訳にもいかないしね。
それから、ミュに魔法を教わろう。
女神さまも練習次第では使えるようになる、と言ってたし。
そんなことを思いながら、ミュの形のいいバストの上にあるピンクのさくらんぼを摘まんでいると、ミュが眠そうな目を開けた。
「お、おはようございます、ご主人さま。ま、また続きをしますか?」
と、なんだか、もうお腹いっぱいといったような感じで、気だるそうに聞いてきた。
おお、ミュのこんな態度は初めてだ、さすがにミュも愁傷さまなのだろう。
俺も3回戦のコングが鳴ったところまでは覚えていたが……。
「いや、まだ寝てていいよ、さすがに昨日は疲れただろう」
って、どっちで疲れたというんだ、ホレこっちか、こっちか、オヤジ的な発想をする俺のピンク脳であった。
「では、もう少し横になりますね、ご主人さまも隣で寝てください」
左腕を伸ばして、ミュを腕枕しながら、ミュの隣で横になる。
右手はミュの背中に回して軽く抱きしめる。
「うん、もう少し、ミュとこうしていたい」
ミュの目の紅い輝きも納まり、今はただの紅い瞳に戻っている。
ミュの綺麗な顔を見ているとふとミュが、くっくっと笑いだした。
「うん、どうした。何か可笑しいか?」
「いえ、ご主人さまって変な人だなって、だって、悪魔を見てぜんぜん怖がっていないし、私と一生一緒に居るなんて、普通の人間では考えられません」
「そんなことないさ、最初に見たとき、物凄く怖かった。でも、こんな美人になら生を吸われてもいいかって思った」
「でも、どうして最初にしたとき、『ご主人さまと呼べ』と言ったんですか?あの時、ご主人さまと呼んでいなかったら私もこうしていなかったかもしれません」
「いや、特に理由はなくて、なんか『ご主人さま』って呼ばれたいと思っただけなんだ、ミュは『ご主人さま』って呼んだこと後悔してない?」
「最初は呼ぼうかどうしようかほんと困りましたけど、でも良かった。ご主人さまと呼んで、後悔してません。ご主人さまはずーっと一緒です」
俺は何も言わずミュを強く抱きしめた。
「あっ、ああ」
「うん、どうした?」
いつもの艶っぽい声じゃない。
「あの、ご主人さまに抱きしめられると、それが忠誠の見返りとなって嬉しいです」
「こんな事で忠誠を誓ってくれるなら、いつでも抱きしめてあげるさ」
「ご主人さま…」
ミュはなんだか甘い香りがする。ミュの近くに居ると凄く心地良いので、ミュの近くにいつも居たい。
それをミュに言ってみると、
「サキュバスの分泌液には、雄を惹きつけるフェロモンの効果があるのです。これを嗅いだり、飲んだりすると一種の惚れ薬のようになって、抵抗できなくなってしまいます」
「それじゃ、俺もその罠に嵌っているということか」
「いえ、ご主人さまは主従関係があるので、その罠は効きません」
サキュバス恐るべし。
そうこうしているうちに教会の鐘が3つ鳴るのを遠くで聞いた。
この世界、時計はない。
たしかに、現代のような機械式の時計はないが、日時計ならある。
日時計は教会にあって、一定の間隔ごとに時間を知らせてくれる。
この世界、四季があるのだが、春と秋は昼と夜が半々になる。
夏は昼が6:4で長く、逆に冬は4:6で夜が長い。で、春は教会が昼の間5等分して鐘をついて教えてくれる。
夏はそれが6等分されるので、昼の間に6回鐘が鳴ることになる。
今は春の季節なので、鐘3つということは、ちょうど正午ぐらいということだ。
つまり、1日が24時間なら、鐘1つが3時間くらいということだが、1日の長さが何時間かはわかっていなので、鐘1つの間隔の時間が何時間かは不明だ。
もしかしたら、1日が24時間なのかもしれないし、もっと長いかもしれない。
いい機会なので、こちらの1年についても説明しておく。
1年は365日で、ひと月は30日だ。ただし、12月は35日まであり、最後の5日間は年末休みとなる。
1月は畑の始まるときが1月となっているので、春が1月だ。で、1~3月が春、4~6月が夏、7~9月が秋、10月~12月が冬である。
1週間は6日で、1か月は5週ということになっている。
ちなみに月、火、水、木という曜日はなく、第1週目第1日というように数える。
なお、日曜日というのはないので、基本休みはない。
この世界の人たちは休みなしで働く、働き者だ。
だが、冒険者も商人も農民も基本個人経営みたいなものなので、休もうと思えばいくらでも休める。
金が欲しければ、働けばいいのだ。
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