2020 僕の世界はあのウイルスでこれまでと違ってしまう

浅桧 多加良

コロナ

 2024パリでオリンピックが開催されていた。僕はこの時に四年前の事を思い出した。それは僕の家族が殺された年の話だった。

 あの頃皆が東京オリンピックの開催で街は華やいでいた。高校生だった僕も日本でのオリンピック開催は知らないので、それはちょっと楽しみにしていた。けれど、それは段々と雲行きが怪しくなった。

 もうこの2024年では忘れられたが2020年には世界的に新型コロナウイルスの流行が有ったからだ。それは中国から始まって世界に飛び火をしてアメリカやヨーロッパでは大流行した。

 そして日本でも結構な流行の具合を見せて僕達は新学期が訪れないのではないかと言う事態にまでなっていた。

 僕、篠崎優斗も毎日が暇で時間をただ潰すだけの日常になってしまった。集団にならないための休校なのだから簡単に友達と遊んでいれば良いと言うのも気が引ける。そんな事をしてもしもコロナにでもなってしまったら、言い訳が出来ないからだ。

 そんなことをしている時に僕はラインを受け取った。それは僕の彼女で水浦真由奈から。僕にははじめての彼女が去年のクリスマスから居る。それはもう僕の大恋愛で、今、付き合えているのが夢のようだ。

「ユウちゃん。ヒマだよ。会わない?」

 彼女も僕と一緒で退屈している様子だった。もちろんそんなラインには僕は直ぐに返信する。

「マユ、外出は自粛した方が良いんじゃない?」

 そんな風に返しながらも僕は外出の準備を始めた。

「今更なにを言う…昨日も会ってたでしょ」

「どこに行けば良い?」

「本屋」

「了解!」

 僕達はこの自粛期間だと言うのに最近はもうヒマで彼女に会いたくて、そして彼女も僕に会いたいと言ってくれているので、ちょくちょく顔を合わせてデートをしていた。

 今日も本屋で待ち合わせ、僕達はそこから遠くも無い普通の別に名所にもなって居な河原で座って話をする。

 しかしこんな状況なのだから人に後ろ指を差されたくないから、二人だけになれる換気もしなくて良い場所で会う事にした。これは結構褒められるくらいの事で、僕達学生の中には至って普通に生活をして集団行動や密室で騒ぐ人間だって居る。僕達はまだ真面目な方なんだ。

「全くもう、こんな生活ヤになるな…」

「確かにな…家に居ても動画観るくらいしかないから…」

「いや、そこは勉強しなさい」

「それは…考えとく…」

「しかしいつまで続くんだろうねー」

「まあ、直ぐだよ」

「あーあ、詰まんない」

 彼女とはこんなグチばっかりを言ったり、他にはどうでも良い話をしたり、二人共が好きな本や音楽の話をして過ごして居た。

 そして日が暮れようとする時間に彼女の家はちょっと厳しいので素直に別れる。 僕と彼女にとっては不要不急の外出より門限の方が重要だった。

 家に戻るとパートをしている母親の好美が帰って来ていた。

「今日ははやいんだな」

「お客さんが居ないから…」

 母親は飲食店で働いているけれど、このところこんな事を言っては夕方の時間はローテーションで休みを取っている様子だった。ハッキリ言うと収入が減っている。

 それには母以外の父親の洋二郎の仕事にも関連していた。父親はトラックの運転手で一応最大手の企業なのだが、やはりそこでも物流の減少は有るらしく、泊まりの路線から外れて、日帰り路線になっていた。

 両親共の稼ぎが少なくなって、更に僕は先月までスーパーでバイトをしていたのにそのバイトでさえ古参のパートさんや社員を守る為に若いバイトから切られた。これも当然コロナの影響。

 まあ、だからと言って急に貧乏になる訳でも無くて、一応そこは長距離ドライバーだった父がそれなりに稼いでくれていた貯金も有るだろうから、また普通の生活に戻るまでの辛抱だと思っていた。

 しかし日々はどれだけ過ぎようと学校が再開される見通しは立たなくて、母の仕事は日々減っていた。そして父も近県とはいえ配送の仕事をどうにか保つために毎日働いている。

 家に帰っても彼女とのラインは続ける。

「まさか、オリンピックも中止になるとか…?」

「そっかマユん家はチケットが当たったから見に行くんだよね。それはどうだろう…」

「オリンピック見たかったのになー」

「まだ、解んないよ」

「テレビでユウちゃんと一緒に見たかったのになー」

「うん。俺も」

 僕はラインで落ち込んでいた彼女の事を励ましたが、それから数日後にオリンピックの一年延期が決まってしまった。一応中止にはならなかったけれど、僕…彼女にとっては結構ショックだった様子。

「えーん、延期だよー」

 ニュースを見たとたん彼女からはサリーが泣いて倒れているスタンプと一緒に届いていた。

「中止じゃなくて良かったじゃない。来年見れるよ。チケットは無駄にならない」

「チケットじゃなくて、ユウちゃんと見たかった…」

「それも来年叶う」

「来年も付き合ってたらね」

 僕はこのラインについスマホを落としてしまいそうになった。しかしコニーがちょっと変な笑い方をしているスタンプが届いて、

「冗談だよ。来年は一緒に見ようね」

 と有り、今度はコニーがハートを送っているスタンプが届いたので、僕は一安心をして、ブラウンがハートを受け取っているスタンプを送った。

「ちょっとびっくりした…」

 僕はボスが驚いているスタンプを送っていた。

 僕はそれからも殆ど毎日彼女と会って話すだけのデートを楽しんで日々を過ごして居た。

 でも、今日の彼女は現れた瞬間にそんなに晴れやかな顔をしてなかった。

「…ユウちゃんゴメン。あんまり外出するなって親に言われた…」

 どうやらそれが原因らしい。細かく聞くと彼女はほぼ毎日の様に出掛けているのを他の学生と一緒で遊びまわっていると親に想われたらしくやや厳しい親から怒られたらしい。

「言ったんだよ。不特定多数の人と遊んでるんじゃなくてひとりと会ってるだけだって」

「そうしたら?」

「彼氏だったら紹介しなさいって…」

「うーん、」

「困ったでしょ?」

「別に困らない。紹介はしてくれないの?」

 その時ラインのスタンプにしたいくらい彼女はギョッとした顔をしていた。

「それは…ちょっと照れるなー」

 彼女にとっても恋人なんて僕が第一号なのでそんなに簡単に親に紹介なんてする度胸は無いみたいだった。もちろん僕にだってそんな度胸は元々は無かった。でも、こんなに好きな彼女なのだからその親にだって会って挨拶くらいして高評価を得ていたい。

「勉強を一緒にするって理由なら良いんじゃない?」

「ユウちゃんはウチの親に会いたいの?」

「まあ、どちらかと言うと会いたい。そしてマユの恋人として認められたい」

「うーん、考えとく…」

 それから彼女は本当に真剣に悩み始めた様でそれからの会話は余り弾まなかった。そして彼女の出した決断は親と僕の正面対決だった。その週のの土曜日のお昼には僕は彼女の家にお招きされてしまった。

 僕から言い出した事とは言え。流石にこれは心臓に悪い。バスで彼女の家に近付く度に僕の心臓は止まりそうになっていた。そして彼女のちょっと豪華な彼女の家に着くと、まずはラインで彼女に知らせた。

「着いたよ…」

 サリーが慌てているスタンプを付けたが、それは僕の心模様。

「いらっしゃい」

 それはラインじゃなくて彼女が走って門のところまで来てくれた実際に言った言葉だった。ちょっと彼女も緊張している。

 玄関に通された瞬間に僕の心臓は鼓動を止めた、様な気がした。

「どうも、こんにちは」

 家に入って直ぐに広めの玄関に目を奪われていると、そこに彼女と良く似た笑顔ながらの人が挨拶しながら現れた。

「お母さん、」

 そんなの紹介されなくても直ぐに解ったけれど、僕は深々と頭を下げていた。

「は、はじめまして…」

「まあ、そんな緊張しないで、じゃないとお父さんの前で倒れちゃうよ」

 お母さんはちょっと冗談を言っているくらいにフレンドリーだったが、そこには僕の知らない情報が有った。

「ちょっと、お父さんも居るの?」

「うん…土曜日は休みだから」

 忘れていた。彼女の父親は市役所勤めの公務員なので、土日は休みなんだ。僕はいきなり恋人の両親に揃って挨拶すると言う試練に立ちはだかる事になった。

 恐る恐る彼女に着いて家に上がる僕だったけれど、その一部始終は良く覚えていない。彼女のお父さんにどう挨拶しようかと必死に考えていたから。

「いらっしゃい。良く来たね」

 ニコニコとしている彼女のお父さんがそこには居たが、僕はその言葉の意味が「良く来れたな」的な意味なんじゃないかと深読みし過ぎていた。

「ど、どうもっ…お嬢さんとお付き合いさ、させてもらってる。篠崎優斗と、申します…」

 もうそれは詰まったり途切れたりバカっぽく聞こえる挨拶だった。

 しかし、彼女のお父さんはそれで豪快に笑っていた。

「まあ、そんなに緊張すんな。まずはお昼ご飯を一緒にどうだ?」

 案外印象は悪くなかった様子でそれからは緊張をしていたが、なんとか僕は心臓麻痺になる事も無く、彼女の父親に殺される事も無くお昼をご馳走になって彼女と勉強する事になった。

 勉強自体は好きじゃないが、彼女と一緒に居る時間は楽しくて、雑談も交えながら僕はこれまでにないくらいに勉強がはかどった。

 それで一日が終わって、夕方になった頃バスで帰る。そこには彼女だけじゃなく、彼女のお母さんも一緒に見送りに来てくれた。

「こんな状況だけど、家で勉強する。って良い訳ならいつでもいらっしゃい。お父さんも認めてくれたらしいから。ゴメンね。二人っきりのお見送りに出来なくて」

「そんな事ありません。お母さんには助けてもらいましたから…」

 この時は僕はホッとしていて本当にそう思っていた。

「じゃあ、また直ぐに呼ぶね」

「うん。解った」

「今度は反対に娘をそちらの親に紹介しておいてね!」

 最後の彼女お母さんの言葉に僕より彼女の顔が暗くなった。そして僕は時刻表通りに現れたバスに乗って家に帰りつくと、やはり今日も母が家にパートから帰っていた。

「もう、お母さんクビかもしれない」

「へーそうなの?」

 そんな事僕にはどうでもよかった。

「家族の一大事にこの子はもう…それに毎日どこをほっつき回ってるんだか」

 ちょっと母は僕の事を馬鹿にした言い方をしている。

「彼女の家に招待されてた」

「彼女って…恋人?」

「それ以外に彼女が居るんなら俺が知りたい」

 僕は家族に彼女の存在を知らせて無かったので、母は驚いていた。

「今日は赤飯炊こうかな!」

 そんなに簡単な事で母は喜んでいた。

「今度紹介する事になりそうだから」

「明日でも良いよ!」

 もうこの母親はうるさい。

「今度ね…」

 だから僕は呟く事くらいしか出来なくなって居た。

 世間は緊急事態だと言うのに僕の周りは平和でしょうがなかった。

 それから二人で会っていた時よりは数は減ったが僕は彼女ともちょいちょい彼女の家で勉強と言う理由を付けて会う事が出来た。

 ゴールデンウイークも実質上無いようなものになって緊急事態宣言は延長された。これはもういつまで続くのかも良く解らない。進学してから僕達はまだ登校して無かった。

 僕達はそれからも日々不満の有る生活を続けて、やっと緊急事態宣言の終わりが訪れた。それまでと全く一緒とは言えないけれどちょっと生活が戻ってきた。高校が再開されて、街には段々と人の姿が戻る様になった。

 家ではそんな話はしないで普通に過ごして居た。

「お父さん、それがね。この子、自粛期間中は彼女と勉強をしていたんだって」

 母がそんな事を言う事も有る。

「勉強は良い訳…」

「ほぅお前彼女なんて居たのか?」

「そうなの、一度連れて来なさいって言ってるんだけど…」

「母さんに会わせるとうるさそうだからなー」

「照れてないで一度夕食にでも誘えよ」

 彼女の話になって僕は照れ臭かったので適当に話をはぐらかして部屋へと逃げた。まだこの辺の免疫は少ないらしい。そんな合間にも彼女からのラインが有ったので今の一件を文句として話そう。

「親に彼女を紹介しろって面白がられた」

 スタンプはジェームズが倒れ落ち込んでいるもの。

「一度ご挨拶に伺おうか?」

 彼女からは心配している様な変針だったので、僕は慌てボスが断っているスタンプを送った。

 僕はぶーたれながら話すと両親は快諾していた。そして彼女の僕の家への訪問は今度の日曜日に予定されてしまった。

 そして日曜日、僕は彼女がバスで近くまで来るので迎えに行った。ほぼ時刻表通りにバスは訪れた。そしてもちろんそこには彼女が居て、普段着よりちょっとキレイ目で真面目な印象の有る服を着ていた。

「気合入れなくても…」

 僕のテンションは低かったが、彼女はニコニコと楽しそうにしていた。そしてバス停から数分の道のりを彼女に聞かれるままに家族の事を話していた。家まで着いて彼女は今になって笑顔が引きつっている。

「まだ、帰れるよ」

「うんうん。そんなことしない」

 僕達が話すとその声を聞いたかの様に母が玄関を開いた。

「こんにちは、いらっしゃい」

「どうも、はじめまして、水浦真由奈と申します」

「そんなかたっ苦しい挨拶は無しにしようね」

 母はニッコと笑って彼女の事をリビングへと進めた。そこには母の自慢の料理と父が待っていた。

「こんにちは、はじめまして…」

 彼女が父に挨拶をしようとすると父が驚きの声を上げていた。

「はー…バカ息子にはもったいない人だ。まあ、くつろいでご飯にしよう」

 全く僕の両親と言うものは彼女が緊張して頑張って挨拶をしていると言うのにフランクすぎる。考えた方の身になれと僕は思ったが、彼女は救われたような顔をして笑顔になっていた。

 母の料理はそれなりに評判が良いので彼女にも好評で母に料理の話をしていると、彼女たちは直ぐに仲良くなってしまった。

 母と彼女が二人で話すので僕と父があぶれてしまった。

「良い彼女じゃないか、ゴホッゴホッ」

 父はそんな咳をしているが元々気管支が弱いからなので、

「慌てなくても誰も親父の飯はとらん」

 僕は適当に流していたが、それからも父はケンケンと咳払いを続けていた。

 彼女の家の僕の挨拶とは違って食事は楽しく終って彼女は勉強に逃げる事も無くそれからも母と楽しく会話をしてその日の挨拶は終わって帰る事になった。もちろん僕は彼女の事をバス停まで送る。

「良いご両親で、この辺も素敵」

 彼女の今日の印象だった。

「田舎だし、うるさい親だろ?」

「うちのうるささと比べてら良い賑やかさだよ」

 そんな会話をして彼女はバスに乗って帰り路についた。なので僕も家の方へ帰ってのんびりと彼女とラインをしようと思っていた。しかしそれは許されなかった。

家に帰ると父が真剣な顔をして電話をしていた。その横で母も心配そうな顔をしている。

「どうかしたの?」

「お父さんの会社の別の営業所で感染者がでて、お父さんも昨日会ってたんだって。だから検査をする事になりそう」

 一度僕は「ふーん」と思ったが、これは父が濃厚接触者になったと言う事で、あまりのんびりしている状況でも無かった。

 父はその電話の後直ぐに指定の病院に向かってPCR検査を受けた。そして次の日、感染している事が解った。その日から僕達の生活はガラリと変わってしまった。父は持病の咳くらいしか症状は無かったが、隔離されて当然母と僕は濃厚接触者となって検査対象になった。それだけなら良かったけれど、直前に彼女も父と一緒に食事をしていたので濃厚接触者となってしまった。これはとても申し訳無い事で、彼女にはラインで何度も「ゴメン」と送ったが、その返信は「良いよ」とか「平気」だったが、問題は彼女自身では無い。その両親だった。検査は同じ病院で時間も一緒だったので、そこで彼女とその母親と会う事が出来た。

 僕も一応こんな事になった事を謝ろうとして、そしてもちろん母が僕よりも先に謝ろうと彼女達に近付いた。

「この度は大変申し訳ございません」

 母が直ぐに頭を下げたので、僕もそれに追いついて並んで彼女とその母親に頭を下げた。しかし、彼女の母親は彼女の腕を引いて二歩程さがった。

「ちょっと近寄らないで下さい。感染したらどうするの!」

 かなりの権幕で彼女の母親は怒っていて、僕が顔を挙げると彼女は申し訳なさそうな顔をしてくれていたが、その母親はもう僕達の事をバイキンでも見るような目で見ていた。それは勉強として会っていた時とはかなり違っていた。

 救われたのは僕も母もそして彼女も感染していない事が解った事だ。それでも彼女の両親は怒っているらしい事がラインで伝わった。

 「今日はゴメン。話がしたい」

 そんな風にメッセージを送ったけれど、返りは無かった。そしてどれだけ待っても既読は付かなくて、彼女の元に僕の言葉は届かなかった。そして次の日が明けてその理由も含めて今日はどうにか彼女と話をする時間を作ろうと僕は思っていた。

でも、学校では僕はどこからも注目を集めていた。なので僕達はもう授業が始まるので人の居なくなったグラウンドの真ん中まで走ってそこで堂々と話し始めた。

「ゴメン! 昨日スマホお母さんに取り上げられたんだ、なんかラインくれた?」

 やっと彼女の事情が分かったけれど、僕は彼女にこれ以上迷惑をかけて良いのか悩んでいた。

「もうマユも俺と別れても良いよ。感染者の家族とは付き合いたくないでしょ」

 にっこりと笑って話せたと思うのに彼女はムッとした顔をして僕の頬をビンタで叩いた。

「そんな事言わないで! あたしはどんな事が有ってもユウちゃんの味方なの。だから…あたしには本当の事言って、」

 彼女の瞳からは涙が流れていた。

「ゴメンずっと会いたくてしょうがなかったんだ…」

 その涙につられて僕も泣いていた。それから僕達は授業が始まっても話をしていて、ついに先生が怒りに来るまでずっとこれからの事を話していた。もうどうなるかは大体解っている気がしていた。

 学校では彼女とそれから話すことも無かった。彼女の周りの人が彼女の事をガードして僕と近づけない様にして、更に僕への差別は度を越したが、それは先生も止める事は出来ないで、静観をするしかなかったらしい。

 僕の携帯にはイタズラ電話が再三掛かってラインもメールも手が付けられない事になっていたから、電源を切った。これで彼女とは本当に連絡が付かない状況になった。

 それからも日々はだた差別だった。学校でも家でもそれは続いて、父が隔離から帰って来たらそれは更にひどくなってしまった。もう近所どころかこの田舎街では僕達家族は有名みたいで顔を見ると明らかに怪訝な顔をする人だって居た。

 それでも僕達家族は日々の日常を取り戻そうとしていた。

 僕は毎日学校に通って、父は仕事に、母もパートに出ていたが、一番に事態が動いたのは母だった。パートを急にクビになってしまった。理由はコロナの影響による業績悪化による人員整理と言われたらしいが、クビになったのは母だけだったので、明らかにそれは差別でしかなかった。しかし、父が感染した事は事実でその家族が店員の店に客は付かないのは当然なので母は文句も言えなかった。

次に被害に有ったのは父だった。それは解雇通知。元々父は仕事で感染したのにこの仕打ちだ。しかしそれには会社側の言い分も通っていた。

 会社としては数名の感染者を出してしまった事から、数々の圧力を受け、更には取引先が次々と離れてしまう。一応大企業なので地方営業所でそんな事になったからと言って会社が傾くなんて事は全くないのだが、父やその他の感染者による損失は小さなものでは無かったらしい。

 僕達家族にもう対処できる事は全く無かった。救ってくれる人なんて全く居ない。警察にイタズラの被害を訴えてもそれが減る事も無かった。市や県に相談したところで解決策は無くて、どことなく対応してくれた職員からは「引っ越せよ」と言う印象しかなかった。僕達家族はこの街から見放されてしまった。

 そして学校でも既に差別からいじめになっていた僕に「転校」を含めた問題解消の話し合いがされたが、それを僕は断った。

「自分達家族はなにも悪い事はしてませんから」

 そうとだけ言って僕は先生達に家族にはこの事を知らせない様に若干脅しを含めて帰ったが、その日家にはもう両親は居なくなっていた。有ったのは倒れて血を流している元母だった死体と梁からぶら下がっている元父だった。心中。僕はその時にいくつかの感情を無くしてしまった。

 それからは面白いくらいに僕の人生は変わってしまった。遠く全く知らない施設に送られてそこでは名前さえも変えての生活で、家族も無く、孤独に暮らしていた。そしてどうにか平和に高校を卒業する頃になってワクチンが広がって世界から新型コロナは消えてしまった。

 とても小さなウイルスが日本を世界を地球全体をそして、僕の人生を変えてしまっていた。余りにも大きな被害を僕は受けていた。実際にはコロナの症状を受けたわけでなく、さらに言うなら僕はずっと健康でころなとは離れたところに居た。確かにコロナの肺炎で亡くなった人は多いけれど、それでも僕は十分にコロナの被害者と言えるのではないのか。

 でも、その喜びや悲しみが残っていたのは夏までだった。

 予定通り延期されたオリンピックが開催されると日本は驚く程に盛り上がって、そんな事が去年有ったなんて忘れた様だった。そして皆が喜びマスクを外して歓喜に沸いていた。その街を僕は歩いていた。

 高校を卒業して進学できるくらいの学力は有ったけれど、僕には両親の残してくれた財産はそんなに多くは無く、就職を選択してまだ慣れない名前で働いた。

あれから三年、オリンピックはもうパリで開催されている。東京から変則での開催だけど、その時でも皆はあの一年を思い出す事なんて無かった。それは良い事なのかもしれない。あんなに辛い日々の事を誰が嬉しく思い出すのだろう。これで良いのだ。被害者は僕だけで。

 開会式の時、僕はその会場のパリに居た。隣で懐かしさも有る笑みが有った。

「ユウちゃんとオリンピック見る約束果たせたね」

 そこにはあの時の僕の彼女だった真由奈が居た。

 彼女とはあの時僕のスマホの番号も変える事を得なくなり、そして彼女も僕との連絡を取らせない為にも電話番号を変えられたが、僕達はそんな事で別れる事は無かった。

 僕と彼女はもちろんお互いの住所くらいは知っていたから手紙で連絡を取り合っていた。もちろんその時は僕も偽名を使っていたので彼女の親の目をしのぐ事が出来た。そしてお互いに新しい電話番号を交換しても、古めかしい手紙でのやり取りを続け高校卒業で就職すると再開する事が出来た。

 もちろん馬鹿な方の僕でも進学できる学力が有って、それより賢い彼女だったけれど、進学はしないで僕の所に来てくれた。それは親とは喧嘩になって勘当されたらしいが、彼女は何度聞いたところで、その選択に後悔は無いとの事だった。

 そして僕達は日本を発つときに婚姻届けと僕の苗字の復活をさせて彼女には篠崎真由奈となってもらって約束のオリンピック観戦を給料を貯金してやっと現地で観ている。

「昔の事、思い出してる?」

「ちょっとね…」

 ずっと僕が今まで考えていた事を彼女は見通していた。

「あの時は救けられなくてゴメン」

「マユには救けてもらったよ。それにマユが謝る事じゃない」

「ユウちゃんは人を恨む権利が有るよ」

 横で真剣な瞳から悲しみの涙を流している彼女が居た。僕の両親の死を知った次の手紙には涙の痕が彼方此方に有って彼女が僕の両親の為にどれだけ泣いてくれたのかが解った。

「恨まないよ。誰かが悪い訳じゃない」

「そうかな?」

 僕は時々両親の事は殺されたと言う表現を使う。あんな事が無ければ今も両親は生きていたのだろうからそんな風に言うんだ。

「僕はコロナが悪いのか、人間が悪いのか、今でも解らない。でも、それでも、誰かを 恨んで良いって事にならないよ。だって僕がされたのは恨みだったから」

「そっか…」

 そんな事で納得してくれたみたいだ。けどその時の僕は自然に視線を真っ直ぐ前から外していた事に気が付いた。

「違うな。ゴメン今の嘘。本当は俺は誰を恨んだら良いのか解らない。コロナか、差別か、負けた者か、その誰かが悪いのか解らないんだ」

 ニコッと笑って彼女の瞳を真っ直ぐに見詰めていた。

「取り敢えず解らなかったらあたしの事を恨んでも良いよ」

 そこには彼女の優しさが有るのが解る。

「恨まない」

 僕はふと笑いぼそりと呟く。

おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2020 僕の世界はあのウイルスでこれまでと違ってしまう 浅桧 多加良 @takara91

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ