TSUTAYAさん、買い切り制度導入か?

 実はおととい電撃文庫の新刊と『可愛いだけじゃない式守さん』(Twitterで人気のマンガ)を買いに行こうとしましたら、目的地の書店さんがいつの間にやらなくなっていました。最近は驚きもないですね。ああ、ここもか……と、ただひたすらに悲しくなります。



 書店をめぐる環境は厳しさを増すばかりの昨今ですが、昨夜このようなニュースが飛び込んできました。

 

 "TSUTAYA、出版社から書籍を購入し販売する「買い切り」方式導入へ"


と題された毎日新聞さんのニュースです。


 TSUTAYA? レンタル店じゃないの? 書店のイメージないんですけど、といったご感想をお持ちになった方も多くいらっしゃることと思います。


 意外に思われるかもしれませんが、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブさんは今や書店業界の超大手企業であり、それだけに今回の方針は業界全体に大きな影響を与えるかもしれないのです。

 TSUTAYAさんと書店業界の関わりは「ただのレンタル店と思ったら大間違い。」と題して採り上げたことがございますので、ご興味がありましたらそちらもご参照ください。



 わたくしのコラムまで読みに来てくださる方ですとご存知の方も多いかとは思いますが、通常は出版社さんから本を仕入れるときには「取次」という仲介業者さんを通します。


 この「取次」さんを介することで、書店は仕入れた本を出版社さんへと返品できるのですが……出版社さんからの配本を、どれだけ各書店に配分するか、ということを決めて調整してくださっているのが取次さんです。


 私の書店にもこまめに連絡してくださったぐらいですから、それを全国津々浦々こなされていると考えますとものすごい激務の中頑張ってくださっているのは重々承知であり、こんなことを書くのは心苦しいのですが……


 刷られる本の数が限られている以上、残念ながら、すべての本がおのおのの書店さんの望む部数で完璧に入荷する、というようにはいかないというのが実情です。中小の書店、地方ならばなおのこと。


 記事にもありますが、昔と比べて書店からの返本率は高くなっています。

 つまり、たくさん本を並べてもらいたくて本をたくさん刷ってもあとで大量に返本されるので、在庫がかさばるということになるのです。


 出版社さんの立場からしますと、じゃあ最初からそんなに刷らないよ、となります。そうして本自体の流通量が減少するわけです。

 

 これが昨今の「どこに行っても欲しい本がない」という現象の正体です。



 ならば返品がきかない「買い切り」でもいいから、「取次」さんを介さず直接出版社さんから希望するだけの冊数を仕入れようというのがTSUTAYAさんの狙いです。


 最近は出版社や印刷所が自前の印刷機で1冊から刷ったりできるようになったそうなので、出版社さんからしても確実に売れるだけの部数を刷ればよくなり収入が安定する。このように、双方メリットがあるのです。


 このような方式についてはすでにAmazonさんも検討に入っていますが、リアル店舗を主軸にした書店業界の大手もそのような方向へと舵を切るならば、これまでのシステムから大きくシフトする可能性が出てきた、と言えるのではないでしょうか。



 欲しい本が欲しいだけ入荷できるならそれでいいじゃないか、とお考えの方もいらっしゃることと思いますが、人の心理というのはなかなか難儀なものでして……

 「買い切り」となることで、本の入荷数が今よりもさらに少なくなる可能性が高いのです。



 前のエッセイでもお話したかもしれませんが、私のいた書店さんではコミック担当さんがかなり強気の発注をなさる方でした。


 私がよく覚えているのは貞本義行先生の『新世紀エヴァンゲリオン』最終巻の限定版です。具体的な部数は申し上げられませんが、おそらくはアニメイトさんなどの専門店並かそれ以上の部数を売り上げたのではないでしょうか。

 少なくとも中小書店としてはかなり挑戦的な入荷数でした。


 しかし、すべてのタイトルで、すべてそのようにはいかないでしょう。

 コミックスなどでよく見られる特装版とか限定版とかいうのは多くの場合、返本できない「買い切り」方式です。

 それだけに、各担当者はかなり慎重になります。

 売れ残ったら不良在庫を抱えることとなってしまううえに、しばしばそういう種の本は値段が高く、読み違えれば大損となる可能性が高いのです。


 ですから、往々にして発注数そのものが少なくなりがちです。

 そもそも数を抑えておけば損する可能性も低いですから。


 返本がきくというのは、そうした不安感を大きく緩和してくれる効果があります。最悪失敗してもリスクヘッジがきく、という心理がはたらくことで各担当者はより多めの強気の注文ができるようになる、という側面があるのです。


 そして「買い切り」の問題点としてそれよりも懸念されるのが、いわゆるベストセラーだけが並び、相対的に見れば多く売れるというわけではない本が今よりもいっそう駆逐されるのではないか、という点です。


 「買い切り」となれば、「売れる」ことがわかりきったものしか入れたくない、という心理がはたらきやすくなります。

 そうなるといちばん厳しいのは、無名の新人作家さんです。

 せっかく苦労してデビューしても、そもそも新刊を並べてもらえず、誰かに見てもらえる機会が与えられぬまま消える。今以上に生き残りがシビアになっていくことが容易に予想できてしまうのです。


 実はこの問題は出版社さんにも言えて、大手はともかく小さなところですと、今以上に置いてもらえなくなって経営が立ちいかなくなるかもしれません。



 もっとも完全買い切りに移行するわけではなく、仕入れた冊数に一定の「返品枠」を設けたうえで、それ以上に関しては返品できないようにする、という方向で検討していらっしゃるようです。現行制度との折衷案ですね。


 少なくとも今のままの制度で続けていくにはいよいよ限界が見えてきた、ということなのでしょう。こうした「改革」に踏み切れる体力のあるところは、まださいわいなのかもしれませんね。

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