日笹賀日向編 その3


 僕は、約束どおりにショッピングモールの前に来た。

 約束どおりに来たのは来たが、約束の四時までに三十分も早くたどり着いてしまった。

 先に言っておくが、決して水無月の水着を選ぶことに居ても立っても居られなくなってこんなに早く来た訳ではない。断じてない。


 実はというと、学校から家に帰ったときにこんな事があった。



『何を着ていけばいいんだろうかなー。制服は違う気もするし、かといってキメすぎていると何張り切ってんだよ、と思われかねないし……』

『何をそんなにオロオロしておるんじゃ?』


 さっきまで悪魔じゃなく、猫のようにずっと寝ていたシェリーが起きてきた。


『ん?別にそんなことないけど』

『さては、あの狐女と遊びに行く約束でもしたのかの?』


 ビクッとする僕に、にやにやと悪い顔した悪魔が僕に近づいてきた。


其方そちも隅にはおけんのう。普段は家でゴロゴロしておるだけの其方が女子おなごとデートとはのう』


 いつも誰よりもゴロゴロしているこいつに言われると少し腹が立つが、そんな場合ではない。

 着ていく服を探さないといけない。

 張り切りすぎておらず、かといっていい加減ではない格好で……


『って、デートじゃねえよ!』

『果たして向こうはそう思っておるかのう』


 ニッシッシと僕をからかうように笑ってやがる。

 大体デートって、二人で駅前に買い物に行くだけじゃないか。買い物っていったって水無月の夏休みの為の水着を選びに行くだけで別にデートって訳じゃないだろ。


 あれ?

 デートじゃ……ないよ、な?


『其方よ。あまり過激な趣味は見せぬ方がよいぞ』

『……』


 僕はいい加減にその辺にあったTシャツにジーンズという格好に着替えて、自分の部屋を飛び出た。

 家を出る前にも、シェリーは僕の部屋から顔を出しながら


『流石に一回目のデートでいきなり迫ったりするんじゃないぞ』


 僕は返事をせず、勢いよく玄関のドアを閉めた。




「それにしても、早く着すぎたな」


 外は30度を超える、もう夏真っ盛りだという暑さで蝉の声がけたたましく響いている。

「あちー」と、服の首元をぱたぱたと扇ぎながら、汗を拭う。

 夏が好きか、冬が好きかという話をよく聞くが、

 あれだけ夏が来るのを待っていた冬だったが、いざ夏がくると、冬の寒さが想像できなくなって冬を待つようになる。

 四季がある国に生まれた者にとっては、これは永遠に答えの出ない問題なのではないかと思う。


 とりあえず、暑さを凌ぎながら、時間潰しも兼ねて、先に中を見て回る事にした。

 決してど田舎と言うほどではないにしても、都会といえないこの街にこんなショッピングモールができるなんて、数年前まで考えもしなかった。

 街の小さい商店は、このショッピングモールができた煽りをもろに受けて、たたんだお店も少なくない。

 確かに、ショッピングモールの中は、半日は見てまわれるだろうという程の広さで、

 服は最先端のブランドから日用雑貨まで何でも揃っている。

 弱肉強食とはよく言ったもんだ。


 それにしても涼しい。

 やっぱり夏はクーラーが必須だなあ、クーラーを発明した人に一度本当に御礼が言いたい。


 と、まあそんな余談はさておき、

 色んなお店が並ぶモールの中で僕は、一つの大きな書店に立ち寄った。

 様々なジャンルの本が揃っており、これまた圧倒されてしまう。

 僕は暇つぶし用の小説でも何か買っていくかと思い、小説の棚のシマに向かった。


 一人、熱心に色々と本を選んでいる制服姿の女子高生がいたが、最近でも小説を買いに来る高校生がいるんだなあと感心した。

 そういう僕も高校生なんだけれど。


 と、いうのも、最近では電子書籍化されているものが多く、携帯電話やパソコンで簡単に本が読めるようになった。

 かくいう僕も、移動中に携帯電話で漫画や小説を読むことも多いので、紙媒体というものから遠ざかっていたところもある。

 しかし、手に取ってみるとやはり直に触れるという事で紙の方が読みやすいな、と改めて思ってしまう。


 そんな事を思っていながら本を物色していると、


「ひなちゃん、そろそろ行くよー」


 と、外から女子高生が書店に入ってきた。


「ひなちゃん、まだどれ買うか決まってないの?」

「ごめんね奏姉さん、でも見てたらどれも欲しくなっちゃって……」


 ひなちゃん?

 奏姉さん?


 まさかこの二人って……、と二人を見ていると向こうもこちらの視線に気がついたのか、二人で僕の方に視線を移した。


「もしかして……光?」

「え、ひ、ひい君?」


 日本、いや世界、いや宇宙広しといえども

 僕の事を、光やひい君と呼ぶ女子高生はこの地球上で日笹賀姉妹しかいない。


「奏と日向……か?」


 分かっていても、一応僕は訊ねた。


「そうだよ! 光、ほんと久しぶりだねー! 全然変わってないからもしかしてと思ってたけど」

「奏も全然変わってないからすぐ分かったよ!

 久しぶりだなー!」


 昔とまるで変わらない奏の明るさに、久しぶりに再会したこともあって、僕も不思議とテンションが上がった。


「日向も久しぶりだな! 元気にしてたか?」

「げ、元気だよ。ひい君も元気にしてた?」


 日向のこのオドオドしているところも、昔と変わっていなかった。

 頰を赤らめて僕から視線を逸らすようにしていた。


「まあ、ぼちぼち。つか、お前らも高校生になったんだなー」

「そういう光だって一つしか歳変わらないじゃない。それにひい君でも高校生になれるんだから、あたし達がなれないわけないでしょ」


 そういってお互いに笑った。

 僕は、最後にこの二人を見た時は小学生の時だったのでお互いに歳をとったなと感慨深い気持ちになった(高校生だけれど)。

 良くも悪くも、二人ともちっとも変わっていなかった。

 そりゃ身長や雰囲気は少しは変わっていたが

 根本的な部分は確かに僕が知っている姉妹だった。


「日向も高校生になっても変わらないな。なんか安心したよ」

「そ、そうかな?か、変わってないかな?」


 奏と同じで、見た感じは特に昔と比べても変わってなかった。

 しかし、変わってないから安心しろと言うと、少し寂しそうに「そうだよね」と呟いた。


「ひい君は、変わったよね。か、かっこよくなった」

 い、いや別に前が、か、かっこよくなかった訳じゃないよ──と、慌てて付け加える日向。


「日向、お世辞が上手くなったんだな」


 お世辞じゃないけどね──と、足元を見つめながら呟く日向。

 そんな日向を見ながら奏は笑っていた。


「ちょっと日向、光がかっこよかったら世の中の殆どの人がかっこよくなっちゃうよ」


 久しぶりの再会からそんな失礼なことを笑いながら話すところも変わっていない。

 しかし、このお互いに気を使わない関係が今でも残っているというのは、正直悪い気はしなかった。


「そういえば光も潮海高校に通ってるんだね、びっくりしたよ」

「そんなに驚く程の学校じゃないよ。僕の学力からすればもっと上を狙えたんだろうけど、僕が上を狙えば、その分誰かがまた落ちてしまうだろう。やっぱりそんな誰かが不幸になる事に僕は耐えられない。僕にはそんな人を蹴落としてまで上を狙うつもりはなかったんだ」

「そうじゃなくて、通知表が行進ばかりしていた光でも高校に入れたんだねってことだよ」


 僕がここまで自分で自分を語った事が今まであっただろうか、と言う程に熱く語った話を、

 血も涙もない言葉で一掃されてしまった。

 ちなみに通知表が行進しているというのは、1と2しか並んでいない僕の成績が、まるで1、2、1、2と行進のリズムのようだというところからきている。


「て、いうのは冗談なんだけど、日向が学校で見たって言ってたから」

「日向が?学校で?どういうことだそれ?」

「え、光、日向見て気付いてなかったの?」

 日向も今年から潮海高校に入学したんだよ──と奏。


 制服なんてどこも似たり寄ったりで、まして女子の制服となれば僕のような何の注意力もない人間にはまず気が付かなかった。

 日向は、僕と同じ潮海高校のセーラー服を着ていた。


「お、おう。も、勿論知ってたさ。日向を見てすぐに気がついたよ」

「ふーん。まあ、そういうことにしといてあげる」


 見透かされてそうだが、そう言ってくれているならとりあえず一旦スルーしておこう。

 でも、日向が僕と同じ高校ねえ。


「なあ、日向。お前、昔は成績良かったじゃん。それこそもっと上の学校狙えたんじゃないか?」

「そ、そんなことないよ。そ、それに私……」

 絶対に入りたい学校に入れたからーーと日向は言った。


 ん?自分で言うのもなんだけれど、確かにそんなに偏差値の低い学校ではない。

 が、しかしそんなに偏差値が高い学校って訳ではない。

 例外な奴だって居ることにいるんだが(例えば水無月とか、それに水無月とか、後、水無月とか)。

 僕の時はそんなに絶対入りたいって言われるような学校ではなかったけど。ふーん。


「そうか、なら入れて良かったな! もし学校でなんかあったらいつでも声かけてくれよ!」


 これでこそ先輩ってもんだ。部活にも入っていない、かといって勉強が出来るわけでもなく、ましてや友達もいない僕にも遂に学校の後輩が出来たんだ。

 せめてこんな時くらいはかっこつけときたい。


「あ、ありがとう! 本当に」


 そこまで感謝するようなことも別に言ってなかったんだけどなあ。

 まあ、感謝されるのも悪い気持ちではないし構わないのだけれど。


「ていうか、光。あんた一人で買い物に来たの?」


 奏の言葉を聞いて時計を見た。


『16時20分』

 血の気が引いていくという感覚を、僕はこの時に実感した。


「……大丈夫? 光?」

「だ、大丈夫、大丈夫。でも俺、用事あるからちょっともう行くわ!またな!」


 じゃあねと、返す二人の言葉を全て聞き取る前に僕はダッシュでショッピングモールの入り口に向かった。

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