水無月うつら編
001
僕は存じ上げてはなかったのだけれど、
聞くと、前の学校では知る人ぞ知る名門校に通っていた彼女。
しかし転校せざるおえなかった理由は、親の仕事の転勤で通学が難しくなったという、転校生の中でも至って普通の理由だった。
この潮海高校に転校して間もなく、
珍しい名前と、何よりもその容姿はとても美しかったことも相まって、
水無月うつらという名前は校内中に広まっていた。
大きい瞳に、綺麗な黒髪。
いつも長いスカートを履いた美人生徒に大抵の男子は皆浮かれていた。
同じ2年生は勿論の事、1年生や3年生までもが、この教室に一目見ようとやってくる程だった。
しかし見た目の美しさだけでは無い。
何でも噂によると、前の学校では学年トップの成績の特待生であり、テニス部では全国大会に出場する程の腕前を持ち、ちなみに空手は二段をだそうだ。
当然、僕如きが何度人生をやり直しても届かないような大学に進学するのであろう。
──容姿端麗
──才色兼備
──文武両道
──英俊豪傑
全ての褒め言葉は、水無月うつらという者のためにあるかの如く、それらの言葉を総ナメにしていた。
『天は二物を与えず』
なんて言葉があるが、二物どころか三物も四物も与えてしまっている。
そんな噂を聞きつけてか、
当然の如く、様々な部活から熱烈な勧誘を受けたそうだが、最終的に選んだのは
何故か心霊研究部という、またなんともよく分からない部活に落ち着いたらしい。
たまにそういうオカルト好きな女子がいる事も聞いたことはあるが、別にそういった理由で入部したのではなく、
最近、怪我をして運動ができないという事と(そういえば体育もいつも見学していたな)、ただ単に楽そうだから、ということらしい。
まあ、活動していたの初めの2、3日だけで、後は在籍しているというだけらしい。
言わば
心霊研究部においての幽霊部員という
取って付けたような言い回しが本当にそうなのだから仕方ない(そもそも心霊研究部の活動って何をするのだろう)。
しかし、それだけの才能持っていながら
何故、運動部に入らなかったのかは些か謎である。幾ら途中入部だとしても彼女の実力なら誰も無視できないであろう。
楽する為と言っても彼女なら問題なく熟せると思うのだけれど。
と、まあ幾ら考えても意味がないことなのでこの話はここで終わりにしよう。
そして、転校して来て2,3日の間は、男女問わず複数人から
口々に質問責めにあっていた水無月だが、
最初は当たり障りのない質問に答えるだけ答えるだけで、後は軽く聞き流していた。
1週間もすると、彼女独特な誰も寄せ付けない空気、誰も近づかせない空気から
次第にその流れも収まっていった。
転校生というのは、一種のイベントの一つであり、それはやってくる方も待つ方もそれは同じなのだろう。
それでも確かに、水無月うつらではなくとも
あそこまで毎日毎日入れ替わり立ち替わりに色々な生徒が来るとなると、面倒くさいと思うのも無理はない。
その雰囲気に近づいてくる生徒はいなくなり、次第に1人になった。
いや、彼女は独りを選んだ。
002
放課後、僕は一人で教室の掃除をしていた。
箒を持って教室の隅々まで掃き掃除をした後、全ての机を雑巾で拭いていく。
それは、毎日毎日お世話になる教室と机なのだから、せめて綺麗にするのが礼儀だろう、なんて正義感から始めたことではなく、
僕が授業中に堂々と惰眠を貪った結果、教室の掃除を命じられた、というだけのことである。
「明日から進路に向けての三者面談が始まるのでなるべく綺麗に掃除すること! いい?分かった?」
はい、としか言いようのない先生の言葉に僕は仕方なく従うことになった。
先週、三者面談と聞いた時は、まだ2年生じゃないか、と思いつつも、進学の為に、もしくは就職の為に今から頑張っている生徒も確かに少なくない(僕くらい何も考えていない奴もいない)。
そうなれば三者面談というのも結構大事なことではあるんだろう。
しかし、今年の事、いや明日の事でさえ何も考えていない僕にとっては来年、再来年の話なんて現実味がまるでなく、想像もつかない。
やりたい事が特別ある訳でもなく、学びたい事も特別ある訳でもない。
何かを決めるというのは何かを諦める事と同義だ。
皆んなどうやって将来を決めてきたんだろう。
そして、どうやって諦めてきたんだろう。
それにしても、掃除というのは一旦始めてしまうと細かいところまで綺麗にしたくなるというのは、割と多くの人に共感してもらえるんじゃないだろうか。
嫌々ながら始めたものの、やっていると自然に教室の掃除といえども力が入ってくる。
そんな訳で僕は、頼まれてもいない窓の拭き掃除や教卓の掃除まで勝手に行なっていた。
すると教卓の中から三者面談の予定表が出てきた。
なんの変哲も無い予定表を見ていると
一つだけ気になるところがあった。
水無月うつらの予定だけは全てバツがついている。まあ家庭の都合もあるだろうし特別おかしい事でもないか、と、引き出しに戻そうとしていると
「私は両親は二人とも、中学の時からいないから三者面談じゃなくて、私と先生だけの二者面談なの」
突然の声に思わず振り返ると、教室の入り口に水無月が立っていた。
「ふーん、そうなんだ」
少し驚いたが、なるべくそんな風に見せないように答えると水無月は少し意外そうに首を傾げながら教卓の方に近づいてきた。
「あまり驚かないのね」
「まあ、家庭の事なんて人それぞれだろう」
幾ら本心でそう思ったとはいえ、みんな色々苦労はあるんだな、と妙に感慨深い気持ちになった。
いや、まてよ?
「お前、親の転勤で転校してきたんじゃないのかよ」
「あー。そういう事にしてたっけ」
水無月は悪びれる様子もなく、思い出したかのように笑いながら前の黒板を見ていた。
「ところで神空君、進路はもう決まっているの?」
無理に話を変えようとしているみたいだったので、僕もそれ以上追求することはやめておこう。
「いーや、まだ何も。考えてすらないよ」
そう言うと、水無月は少し目を見開き驚いているようだった。
「てっきりニートだとか、誰かのヒモだとか、明確に決まっているんだとばかり思っていたわ」
「そんな明確に決まってるがあるか! それは何も決まってない奴らだろ!」
「なら、やっぱり強ち間違いではないのかもね」
この野郎と肩を震わせていると
冗談よと少し馬鹿にした感じで僕に微笑みかけてくる水無月。
でも、こんな風に笑うことがあるんだな、と、垣間見えた人間味に少しホッとしている自分がいた。
「お前は一流大学に進学だろ?羨ましいよ」
「ううん。私もまだ何も決まってないよ」
どうしてそんな事聞くのか、と言うように僕を見ていた。
少し意外だけど、考えてみれば僕とは真逆なのかもしれない。
選べる道がないのではなく、
逆に選択肢が多いことで選べない、という事もあるんだと僕は素直にそう思った。そういうことだと思った。
西陽が射した教室の中で
水無月うつらは少し自嘲気味に笑った。そして言った。
「きっと多分、何にもなれないから」
003
その日の夜、僕は自室のベッドに転がりながら放課後の事を思い返していた。
──何にもなれないから
果たしてどういう意味だったのだろうか。
その言葉を呟く時、とても寂しい表情をしていた。一体何だったのだろう。
第一、クラスの誰とも関わろうとしない彼女が何故僕に話しかけてきたのか、謎は深まる一方だった。
「
クリームを口周りにベタベタつけながらエクレアを食べている、
窓辺に座っているシルバーの長い髪の女は、僕にそう訊ねた。
こいつは女悪魔のサタンであり、名をシェリー・ディレイル・ヘルキャットという。
僕が2年になってすぐの時、出会った、救った事がきっかけでこの女悪魔と契約を交わす事になった。
そしてシェリーは、出会ったあの日から、僕の部屋に住み着いている。
僕が学校に行っている時には大概、この部屋で寝ている。
普段は女悪魔サタンは高貴で優雅だと言っているくせに、この部屋に来てからというもの、Tシャツにショーパンという普通の女子高生と何ら変わりない格好で過ごしている。
それに加えて、甘いスイーツが好きとくるのだから、本当に女子高生と何が違うのか分からない程だ。
いくらお洒落をしても、いくら長年生きようとも、
悪魔自体に触れることがなければ、他の者には決して見えることはないのだけれど。
「ん?全然違う違う。別にそもそも悩んでた訳じゃないよ」
僕の言葉を聞くなり、よっ! と言いながらピョンと窓辺からジャンプして僕の寝そべっているベッドに腰掛けて僕の顔を覗いてきた。
「そうか。えらく悩ましげな表情に見えたものだったからの」
「大丈夫だよ。そもそもお前、こんなに普通に僕の部屋にいていいのかよ。紛いなりにも悪魔だろ?悪魔を容認する訳じゃないけど、特に仕事とかないのかよ?」
僕の返答に少し腹が立ったのかプッと顔を膨らませた。
「紛いなりとはなんじゃ。私は其方と違って誇り高き女悪魔じゃぞ。大体、常に仕事中じゃ。
私は其方の望みを叶えるために今こうして共に生活しておるんじゃぞ」
何とも押し付けがましい気もするが、仕事中とあらば何も言うまい。
「分かったよ。ごめんごめん」
「ごめんは一回じゃ」
「ハイは一回みたいに言うなよ」
すると、いきなり冷静な顔に戻ったシェリーが少し心配そうに僕の顔を覗いてきた。
「しかし其方、今日は珍しく静かじゃな。本当に今日何もなかったのか?」
何なら話くらいは聞くぞ──と、シェリーは言う。
僕としては、全くいつもと変わらないように過ごしていたつもりだったのだけれど
思いの外、シェリーが心配しているようなので、放課後の事を一から説明する事にした。
「ほほう、なるほどなるほど。要はその女子の事を考えていたということか」
説明を聞いて、まるでからかうような口ぶりでにやにやしている。
本当にこいつ、ちゃんと話を理解しているのか?
「お前が思っているような考えじゃない」
「まあ、そんなに怒りなさんな。しかしそのような人間が話す事とすれば、些か不思議じゃの」
僕をたしなめつつもちゃんと話しは聞いているようだったのでそれは良かった。
「あんな生きていく上で、全てにおいて評価される奴も他にはいないと思うけどな」
「いや、全てにおいて評価されるというのも、本当は幸せな事ではないんじゃろう」
それってどういう事だ?と訊ねるとシェリーは続けた。
「あくまでも他人から見たもの、見えるものが評価じゃ。自分自身がそう思っていなくても周りが勝手にその者の価値を決める。
そして愚かな事に人間は、他人の評価でその者を見てしまう。そして更に愚かな事に、その者自身も、その評価に見合うよう立ち振る舞おうとする」
それが悪い事とは言わんが、何とも疲れる生き方じゃのう──と、シェリーは言う。
確かに、ついつい僕も水無月に対して、何故運動部に入ると思っていたのか、
何故、一流大学に進学すると思っていたのか、全部それは他人から聞いた話から勝手にそう決めつけていただけなのだ。
たとえ自分自身、周りの人間が思うような道を行こうとも、それが当たり前と思われてしまう。つまり当たり前が当たり前じゃなくなると、周りが勝手に失望し、勝手な評価をするのだ。
「そう考えると、本当の自分なんてどこにいるのか分からないな」
シェリーは、ふうーと息を吐きながら肩にかかった髪を軽く払った。
「本当の自分なんてのは、結局常に今の自分じゃ。他人の言葉に一々踊らされるのも本当の自分、己の意志を貫いていくのも本当の自分。どれだけ着飾ろうが、どれだけ蔑もうが自分は自分じゃ」
004
次の日、朝から小降りだが決して切れる事のない雨が降っていた。
別に普段から晴れた日にスカッとしているような人間ではないけど、雨の日となると更に輪をかけて憂鬱な気分になってくる。
そもそも傘というのは実に利便性が悪い。
どうしても片手が塞がってしまうし、雨が止めば途端に只の荷物に変わってしまう。
それに、傘を差していても結局はどこか濡れてしまう。
かといって、通学のためにカッパを着るのも面倒くさい。
そこまでしてまで、とも思えない。
こうして、すぐに何でもぐだくだと
そんな事を考えながら学校にたどり着いた。
教室はいつもと変わらない、喧騒と言えるほどの騒がしさだった。
いくつかのグループが点々と集まって楽しそうに談笑している中、
誰に声をかけるでもなく、そしてかけられるでもなく僕は静かに自分の席に着いた。
後は、授業が始まるまで机に腕で枕を作って、ぼーっとしているのがいつもの僕のスタンスなんだけれど、その日はいつも違った。
僕の席の前に1人が歩いてきた。
顔あげてみると、そこには水無月が立っていた。
水無月が自分から誰かに歩み寄るということは
今まで一度たりとも無かったことで、誰もがこちらを振り向き、クラスメイトの教室内を飛び交う話し声がぴったりと止んだ。
「神空君、放課後時間あるかしら?」
さほど大きい声というわけでは無かったが、というより寧ろ、さっきまでの周りの話し声に比べれば小さすぎる程の声で言った言葉は、シーンとした空気を伝って教室中に伝わった。
「え、何いきなり?」
「いきなりじゃないわ。私は前からあなたに話したい事があったから」
水無月の真剣な言葉に、今度は教室中がざわざわし始めた。
自分で言うのは酷く物哀しい気持ちなのだけれど、はっきり言って僕は落ちこぼれだ。
そんな落ちこぼれの僕に、クラス一、いや、校内一の才女が僕に話したい事があると言うのだ。
周りは勝手に妄想し、勝手に騒ぎ立て始めた。
「あのさ……それ後じゃ駄目だったの?」
僕は気まずい空気に耐えきれずそう言った。
しかし、水無月は真剣な表情のまま僕を見ていた。
「今じゃなきゃ、もう言えないと思ったから」
僕もその言葉につい顔が赤らんでしまったのが自分でも分かった。
勝手に妄想しているクラスの連中と何も変わりないと少し自虐的になってしまう。
そんな僕に、よろしくと告げて、長いスカートを揺らしながら自分の席に帰っていった。
005
放課後、僕は朝に言われたとおりに、水無月が教室に帰ってくるのを誰もいない教室で1人待っていた。
待っていたというのは、少しだけ待っていてと僕に告げて教室を出ていったのだった。
しかし、一体なんの話なのだろうか。
まさか本当に愛の告白なんて事がない事くらいは流石の僕も分かっている。
かといって、わざわざ僕を残してまで話したい事なんて全く想像もつかない。
何か悩みがあるのだとしても、
別に僕が特別に何か助けてやれるような特技を身につけているわけではないし、
話を聞いただけで瞬時に悩みを解決してあげられる自信もない。
そもそも、僕に悩み相談を持ちかけるということ自体些か不思議に思う。
大体、水無月と話したのだって昨日が初めての事だ。
だけど、朝の事を思い返すと、
僕に話す事は前々から決まっていたようなので僕にしかできない何かがあるのかもしれない。
そんな事を考えている時、水無月は教室に帰ってきた。そして、何やら酷く人目を気にしているようだった。
「ごめんなさい。待たせてしまって」
そういって謝ると、何だか落ち着かない様子の水無月。
「別に大丈夫だよ。でも話って何なんだ?」
やっぱりどこかおろおろした様子で、僕から目をそらすように話しかけてくる。
「あ……あのね、実は……さ」
「何だよ?どうせ俺しかいないんだからはっきり言ってみろよ」
もじもじと言いづらそうに話す水無月に、出来るだけ優しく話した。
普段、全くとして人と関わろうとしない水無月が、わざわざ呼びつけてまで話したいという事なのだから、それなの度量を持って僕も話を聞かなくては、と思ったのだ。思っていたのだ。
目の前でスカートを脱ぐ水無月を見るまでは。
「お、おい! な、何してんだよ!」
思わず水無月から目を逸らした。いきなり目の前で、同じクラスの女子生徒がスカートを脱ぎ始めれば、堂々としていられる度量も度胸も僕にはない。
「神空君……。こっちを見て」
弱々しくそう話す水無月になんて奴なんだと思った。しかし、そういうなら男としても見ないのはかえって失礼だと思い、下心ではなく(本当に違う……つもり)彼女に目線を戻した。
僕は彼女の姿を見て思わず声が出なかった。
そう、彼女から
フサフサの狐色をした、まさしく狐のような尻尾が生えていたのだ。
「こ、これって……」
「……分からないの、……何も分からない」
水無月は俯きながら話した。
長いスカートを履いていたのはきっとこれが理由だったんだと思った。
聞けば、手当たり次第に手がかりを探しているらしいが、それらしき答えに全くたどり着けていないらしい。
心霊研究部なんて部活に入っていたのもそれなら理由がつく。
それにこんなこと、両親もいない水無月は、誰にも相談できず、1人で抱えてきたのだろう。
才女だと、全てが完璧だと、周りから言われれば言われるほど、誰にも話せなかったのだろう。
そして、独りでいる事を選んだのではなく、
独りでいる事しか選べなかったのだろう。
しかし、一つ疑問があった。
「何で、僕には話してくれたんだ?」
そうなのだ。何故僕にだけは話してくれたのだろうか。
別に僕じゃなくても、もっとマシな人間もいたのではないか?
そう思ったが、思いも寄らぬ言葉が返ってきた。
「あなたは私と同じような気がしたから」
006
「ほほう。それは紛れもなく
まぁ、よく出来ておる──シェリーは水無月の尻尾を見てそう言った。
まるで、馬鹿にしたように少しからかうように言った。
「狐って……。おい、それってどういうことだよ」
「まあ、そんなに焦りなさんな。今から狐について説明してやる」
僕の言葉をまるで小さい子供をあやすように
自信満々にシェリーはそう言った。
話を
『あなたは私と同じような気がしたから』
『同じ?』
僕は、水無月が何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。
人に尻尾が生えているのを見たのも勿論初めてだったし、そもそもそんな事があるなんて聞いたこともなかった。
しかし、水無月はここでまたしても僕を驚かす一言を言った。
『人じゃない何かの匂いがしたから』
まるでこの世の者とはおもえないような──と水無月は付け加えた。
人にシェリーの事を話した事は一度もない。
そりゃそうだ。
いきなり、悪魔と契約したんだ、そして、その悪魔と一緒に暮らしているんだと、言って誰が信じるんだという話だ。
それにそんな話が出来る間柄の人間もいない。
それは水無月と同じで誰にも話せる事ではなかったのだ。
しかし僕はここまできたら隠す気も隠し通す気もなかった。
2年になってすぐの出来事を簡単に話した。
それから、その女悪魔なら何か分かるかもしれない、だから今から一緒に来てくれ──そう言って家に水無月を連れて来た。
幸いにも家族誰にも気づかれる事なく部屋に入り込み、
そして今、シェリーと僕と水無月という異色のメンツで僕の部屋にいる、という訳だった。
「そもそも狐というのは神の使いじゃ。
「そうだとしても、何で神の使いが水無月に関わってくるんだよ」
僕と水無月はシェリーの説明を聞いていてもいまいちよく分からなかった。神の使いが水無月に憑き纏う理由が全く見えない。
「まだ話の続きじゃ。そう
シェリーはえらくのんびりと話す。
まるで神の使いなど恐るるに足りず、というばかりに。
「神の使いということは、何か意味を持って其方はそうなった訳じゃ。
敵でもある神を擁護するつもりなど更々無いが、あいつらも暇なわけではない。単なるお遊びでつけた尻尾ではない、ということじゃ。
そして狐は神の使いであると同時に、
元より人を
人を騙し、そして欺いてきたのじゃ。
本当の自分を偽ってのう」
「……」
「シェリー。……何が言いたいんだよ」
シェリーの馬鹿にしたような目線は水無月に向けた。
水無月は黙って俯いていただけだった。
僕は、その先のシェリーの言葉を聞くのが怖かった。何故かとてつもなく怖かった。
「
シェリーの言葉を聞くのが怖かった理由が分かった。いや途中から分かっていたのかもしれない。
しかし、言葉にされると何かが壊れてしまいそうだったのだ。
「……。」
「安心せえ。私は人から見える事もなければ、他の人間と話す事もできぬ。この男も幸か不幸か、人との馴れ合いを好まぬ。他言なんてすることはない」
俯き黙る水無月に、女悪魔は高貴で、優雅で、そして優しく語りかけた。
「……ごめんなさい」
お父さん、お母さん──水無月は確かにそう言った。
「本当は分かってたの。勉強なんかいくら結果を出しても、元の家族に戻れない事も、スポーツをいくら頑張っても、もうみんなで暮らせない事も。でも頑張らないと、もう私を誰も相手にしてくれなくなると思った。
なのに、周りからみた私は、ただの結果でしか見てくれなかった」
泣きながら話す水無月に僕は何も出来る事はなかった。
「あの頃と何も変わらない私なのに、いつも私は私なのに、テストの点数や成績だけで、誰も結果や評価以外で私を見てくれなかった。でも……」
水無月はそこで少し言葉に詰まった。それでも水無月は続けた。
「でも、それでも、どうしてもお父さんが警察に捕まったなんて知られたくなかった。
その事でお母さんが自殺したなんてどうしても言いたくなかった。
今度は私を見る目が変わるのが怖かった、
結果越しでも私を見てくれなくなると思うことが怖かったの」
涙と同時に、今まで心に溜め込んだ思いが
水無月から溢れ出した。
完璧だった、非の打ち所がない水無月うつらじゃなく、
1人の普通の女の子、か弱くも美しい水無月うつらになった。
同時に狐の尻尾は消えて無くなった。
狐は人を化かすことを辞めた。神の使いとしての役目を果たしたのだった。
「神は、時に人に罰を与えるが贔屓もせぬ。」
悪魔とちがってのう──と、シェリーは言う。
水無月は涙を拭いて立ち上がった。
そして、僕に向かって笑顔でこう言った。
「何もできない、完璧じゃない私だけど……仲良くしてもらえますか?」
007
「おはよう、神空君」
「あー、おはよう……」
次の日、水無月は朝から机に腕枕を構えて眠ろうとしていた僕に、元気に声をかけてきた。
「昨日は、本当にありがとう」
「……ああ、どういたしまして、つか何もしてないけどな」
本当に僕は何もしていない。しいていうならあの女悪魔のおかげだ。
しかし、そんなことは関係なさそうにニコッと笑顔で僕に礼を告げに来た彼女を見ていると、悪い気もしなかった。
「なんかテンション低くない?」
「
「せっかく人が話しかけてるのに寝るなんてありえないわよ」
あの後、シェリーは僕に長々と神様や狐について語ってきた。数時間も付き合わされ、僕の睡眠時間を奪った挙句に、授業料と称して僕が大切にとっておいたプリンまで奪いやがった。
しかし、昨日の一件については本当にシェリーに助けられた。
水無月が……いや、僕も助けられた。
困っている女の子を無理矢理、家に連れて来た挙句、何もできませんでした、
って言うんじゃ流石に格好悪すぎる。
それを思えばプリンの事も目を瞑れそうだ。
それにしても昨日の晩、シェリーが言っていた言葉で一つ、よく分からないことがあった。
「あの女子、もしかしたら其方に対して、まだ騙している事もあるかもしれんのう」
ニッシッシと笑いながら──シェリー。
どういう事かと問い詰めると、
せいぜい、狐につままれぬようにな──と。
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