終点:再会
先に目を覚ましたのは戒理だった。ノア、いや結継は気を失ったままだ。
目に入ってきた光景は見慣れた戒理の自宅のリビングだった。
ノアと戒理は二つあるソファにそれぞれ寝かされていた。
起き上がった戒理に、ファナが気付き慌てたように近づく。
「センパイ! 大丈夫ですか!?」
「ああ……つーかなんで俺の家に……」
「……私がお願いしたんです。炎天寺さんに、少し時間を下さいと」
爆発の後、降戦者状態が解かれ、気絶した二人は、軍に回収される。
はずだったのだがファナの願いから、一度、戒理の家へと運ばれることとなったのだ。
「そうかノアの降戦者の力を吸収しとかないといけないな、残念だけど別に改心した訳でもないし……」
表情に苦悶と切なさを浮かべながら、戒理はよろよろと起き上がろうとする。
「無理しちゃダメですセンパイ! まだ目を覚ましたばかりなんですから……」
「だけど、ノアが……いや結継が起きる前にこれだけはやっておかないと……」
「……はい、もちろんです、それを止めるつもりはありませんけど」
「けど?」
「でも私が二人をここに運んでもらえないかと頼んで、そしてあの人達を呼んで貰ったのは、一瞬でもいいから……ちゃんと彼に家に帰ってほしかったからです」
立ち上がろうとする戒理を支えながら、ファナはそんな事を言う。
「あの人達って……」
「はい、もうすぐ来るはずです。その前に……済ませてあげてください」
「……わかった」
灰色の竜の腕が結継へと入り込む、掴み、引き抜いた結晶体は漆黒で染まっていた。
それを握り込み、吸収する。
「!?」
その瞬間だった。戒理が膝をガクンッ!と下に落とし、地面に手を付いて、息を荒げ始めた。
「センパイ!?」
「グッ……!? そうかこいつはこんな声を生まれた時から聞き続けてきたのかっ……!」
「まさか、高次層の声を聞いてるんですか!?」
「ああ、そのまさかだ、それだけじゃなくて、眼とかまでおかしくなっちまいそうだ……」
「そんな、せっかく、お二人と家族が揃って再会出来ると思ったのに……そんな状態じゃ……!」
「……あの人達って、親父と母さんのことだったのか……いや、そりゃ当然か、なんですぐ気付かなかったのやら」
高次層からの影響で、苦しみながらも、どこか楽しげに笑い皮肉を言う戒理。
「だって、センパイもノアさ……いえ結継さんも生きていて、ご両親も生きていて、だったら一回くらい、全員揃って会ったって……」
ファナは理解しているのだ、結継や、自分達が、セカンドノアとして活動してきた罪を償わなければならない。
だから戒理と結継そして、その両親、この一家が揃う事ができるのは、今だけなのではないか、そう思いファナは行動したのだ。
「きっと薄野センパイなら、そうすると思って」
「……ここでその名前を出すのはちょっとずるいな、無理にでもアットホームな家族でも演じたくなる」
高次層の影響が弱まったのか、それとも戒理が慣れたのか、わからないが、その顔はパッと見ただけでは、具合が悪い様には見えなくなっていた。
その時だった。玄関のドアが開く音が響き、リビングに聞こえてくる。
少ししてドアを閉める音が聞こえ、靴を脱ぐ音が少し聞きとれた。
「……私は、ここまでで」
「いや、ここにいてくれ、俺も直接会うのは、久しぶりでどうしたらいいか分からないんだ……」
ファナが小声で言いきる前に、戒理が制す。
段々と近づく、足音は二人いる。
「何か言って入ればいいのに、結局、不器用なんだあの人達は……」
そして、リビングのドアが開く、現れたのは、白衣に身を包んだ男女。
二人とも、急いで駆け付けた様子で、額に汗を滲ませ、息が少し荒くなっていた。
「……おかえり、母さん、父さん」
「ああ……、ただいま……」
「戒理、あの子は……結継は……」
「そこのソファで寝てる」
戒理に示され、その姿に気づいた母は、走って傍まで駆けより、膝を屈め、顔を覗きこむ。
「嘘じゃ、ないのね……本当に、結継なのね……本当に……!」
涙を浮かべ、声を震わせ、結継の手を取り握りしめる。
「お前が、助けたくれたのか戒理」
父からの言葉、こうやって会話するのは何年振りだろう。
「いや、色んな人に助けてもらった。ここにいるファナとか、炎天寺さん達とか、それにここに全員揃ったのは、母さんと父さんのお陰だ」
ファナは居心地悪そうに、身を縮み込ませている。
「お邪魔してます……」
「君が、ファナ・シメールさんか、この場を用意してくれたこと、すごく感謝している」
「そんな、ほとんど炎天寺さんが達がなんとかしてくれたことですし、それにセンパイの言うとおり、あの最後の一撃が無かったら、ここには来れなかったと思います」
「変異型高次層剥離弾頭のことか……あれはお前の力をもとにして造ったが、完璧な再現には至らずに、大がかりなものになってしまった失敗作だ。もしかしたらお前達は無事でなかったかもしれん……」
「それでも、ここに今揃っているじゃないか、俺はそれでいいと思ってる」
「……………………そう、か」
父の目から一つの涙が落ちた。
「家族が全員揃う。ただそれだけのことに随分と時間がかかってしまった。お前を一人にして、辛い思いをさせてしまった。それでもお前は、いい、とそう言うのか、言ってくれるのか……」
「ああ、それに俺は一人じゃなかったよ。色んな人に助けられた……なあ父さん、これから結継や、ファナ、それにクライヴ、セカンドノアのメンバーはどうなるだろうか……」
「わからん……だが、今回の件、責任があるのは私達、大人だと思っている……試作兵器の使用など超法規的な行動も起きた……せめて子供たちだけでも、もとの生活に戻してやりたいと思っている」
「……父さんなら、それが出来るの?」
「やってみせる、それが、報いであり、償いだ」
その時だった。気を失っていた結継の目を開く。
「ここは……?」
「結継!起きたのね?」
「大丈夫か? 意識ははっきりしてるか?」
「あなたたちは……? それに、僕は……」
両親が目を覚ました事を喜ぶ暇もなく、結継に起きた異常が明らかになる。
「生まれてすぐ、高次層へ送られた結継の記憶は降戦者の力に、刻まれていたんだ……」
「お前の第二の力か、結継の降戦者の力を吸収したんだな戒理……」
「じゃあ、この子は今なにも記憶が……?」
「……そう、みたいだ」
静まりかえるリビング、頭を抱え悶える結継を心配そうに見つめる父と母。
戒理は、一人、考え込むような表情を浮かべていた。
沈鬱なその空気は破られることはないかと思われた。
しかし、そこに一人、割って入る者がいた。
「初めまして結継さん、私はファナ・シメールと言います」
「ファナ・シメール……? いや、それより結継って?」
「あなたの名前です。頂結継、それがあなたの名前です、こちらにおられるのがあなたのお母様です。そしてあちらに立っているのが、お父様と、お兄様の戒理さんです。私は部外者ではありますが、他の方々は、あなたの『家族』です」
「名前……家族……………………ぼんやりと、本当にぼんやりとだけ覚えている。自分を見つめる輪郭、隣にいる、自分に似た影、後はなにも思い出せない……」
「それでいいんです。これから覚えていきましょう結継さん。ここには、あなたにそれを教えてくれる家族がいます!」
ファナの言葉を聞いて、結継は、家族の顔を眺めていった。
母は涙を流しながら、ファナの言葉を肯定するために強く、強く頷いた。
父もファナの言葉に賛同する。
「ああ、彼女の言うとおりだ。何も不安に思うことはない」
そう言って真っ直ぐと結継の目を見据えた。
彼の兄弟は、戒理は言う。
「お前に会わせたい奴がいるんだ。そいつの話を聞けばきっと元気が湧いてくるぜ?」
そう言って笑ってみせた。
結継はそんな家族を見て、自然と安心というものを生まれて初めて知った。
数ヵ月後、あの事件は、公には、変換所の事故による現象と発表され、その詳細は明かされなかった。
捕まったセカンドノアのメンバーは、未成年が多いことや、今まで彼らが行ってきたのが過激派レイヤード差別者への攻撃だったなどの理由で、各国間で、協議がなされ、その結論が出るのはまだまだ時間がかかりそうだった。
そこで一旦、留置し、そこでの精神診断や、行動で問題が無かったものは、監視付きで普通の生活が許されることとなった。
ファナは問題なく、診断を受かり、留置から開放された。
結継に関しては、主犯であるのは間違いないのだが、本人がその記憶を失っているがために裁くことは出来ず、しかし一応、危険人物ということで監視付きで生活する事となった。
「もうビックリしちゃったよ! 戒理くんも、ファナちゃんも、何カ月もいなくなっちゃって! しかもそれが、あの変換所の事故の日からだったし!もしかしたら高次層に飲み込まれちゃたんじゃ! とかすごく心配したんだよ! そしたらなにさ! 急に『双子の兄弟の結継だ。これから仲よくしてやってくれ』って!初耳だよ双子の兄弟がいたなんて!」
再開したとたんに、薄野が怒涛の勢いで、まくしたてる様に言う。
「ちゃんとメールしてただろうが……、兄弟の件は、まあ俺だって急だったんだぜ?だから、まあとりあえず落ち着けってば」
「急だった割には、戒理くんもファナちゃんも、結継くんと仲良さげだったけど?」
若干、怒った様な、疑う様な眼差しを戒理に向ける。
「ホントは三人一緒だったんじゃないの?ていうか、いっつも留守にしてた戒理くんのお父さんお母さんも帰ってきてるし!絶対なんか隠してる!」
「す。薄野センパイ、私達なにも隠したりしてませんから、ちょっと落ち着いて……ほら結継さんも怯えちゃってますし」
「あっ、ご、ごめんね、別に二人を攻めてる訳じゃないんだけどでもほらやっぱり、昔馴染みと大事な後輩のことだもん。心配もしてこういう風にもなっちゃうのも仕方ないってものだよ」
そんな薄野の様子を見て、車椅子に座っていた結継が微笑を浮かべた。
「ふふっ、ホントに兄さんとファナさんと仲がいいんですね。羨ましいです」
結継は、あの日以来、戒理の事を兄さんと呼ぶ。
それは記憶を失った彼を、導いてくれた尊敬からくるものだろう。
あの事件のことを、結継に話した者は、まだいない。
いつか、話すべきだたと戒理は、思っている。
でも、今はまだ、今だけは、ファナや薄野と楽しげに話す『弟』を見て、もう少しだけわがままを許してもおう。
頭の中に響き続ける歪な高次層の声を、黙殺し、戒理も、会話の輪に再び加わっていく。
この危うげな世界で、しかし少年少女は、ありふれた日常のために前に進む事をやめることはないだろう。
コール オブ ディメンション 亜未田久志 @abky-6102
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます