決戦:終結


 樹徒の力によって造られた大樹の上空を飛ぶ高次層式ヘリ、戒理達は、今その中にいる。

 大樹は刻々と変換所のある浮遊区画へとその幹と枝を伸ばし続けている。

「時間がない、俺が上から一気に光の羽根で消し飛ばす」

 戒理はヘリから大樹を眺め決断する。

「消しきれるのか? あの大きさ、それに樹徒からの反撃だってあるぞ、もちろん俺達が出来るだけフォローはするが、お前の羽根に巻き込まれないようにしないといけないからどこまでやれるかもわからん」

 炎天寺が戒理に不安要素を問いかける。

「なぁ、炎天寺さん、あんたって軍の上の方に繋がりとかないのか?」

「なんだ、もっと援軍を呼ぼうって話か?、汎用型降戦者はまだ量産が始まったばかりで数が少ないんだ。今回だってむしろこれだけ集められたのは不幸中の幸いみたいなもんだ。後はもうほとんど使える戦力はないだろうさ」

「いや、あるだろ。俺の両親が開発したのは汎用型降戦者だけじゃない、もう一つの力が」

「まさか、お前、でもアレはまだ実験段階だ、試してもいないんだぞ!」

「でもアレなら、もしも俺がしくじった時、一番手っ取り早く解決出来る」

「……ダメ元で意見具申でもして見るがな、言われてすぐに発射とはいかないぞ」

「わかってるよ、だからもう俺が飛び出した後すぐに、上にかけあってみてくれ、俺の両親の名前を出したりしてうまく騙してでも、そんで発射出来るタイミングになったら教えてくれ、通信機とか余ってるか?」

 戒理に向かって、通信機をぶっきらぼうに投げ渡す炎天寺。

「ほらよっ、ったく相変わらず無茶苦茶な野郎だよお前は」

 戒理は渡された耳に取りつける形の通信機を、装着する。

「昔、よく言われたっけ、まあそもそも中学生に、軍と一緒に戦えってほうがおかしかったんだよ」

「違いねぇ、あの頃はほんといろいろ狂ってた、高次層発見から、外界落ち発生、レイヤードそして降戦者……今、この戦場に俺らが集まってるのはそういう流れの結果ってのは言い過ぎかね」

「どうだろう、当たらずも遠からずじゃない? そんなことより、俺はもう行くよ、そろそろ大樹が区画に届いちまう」

「待って下さいセンパイ!」

 竜徒に姿を変え、ヘリから飛び降りようとした戒理を止めるファナ。

「どうした?」

「センパイは鳥徒や蟲徒との連戦で、まだ本調子じゃないです!」

「だからってやめる訳にはいかない、それに蟲徒の力を吸収してそれなりに回復はしれるんだ。それくらいファナだって」

「わかってます! でも、センパイには無事でいて欲しいんです! ……だから私の獣徒の力も、センパイの力に変えてください。それで万全の状態で戦ってください」

「いいのか? 奪われた力はもう戻せないんだぞ?」

「いいんです、私の力じゃ巨大な樹徒を倒す戦闘にお役にたてそうにないですし、それにセンパイや薄野センパイや、炎天寺さん達に会って、思ったんです。私にもう『力』はいりません。私は、私なりのやり方で、進んでいこうと思うんです」

「……分かった」

 一度、竜徒の姿を解き、右手を灰色の竜の腕へと変える戒理、ファナは目を瞑り、両腕を広げる。

 竜の腕がファナへと入り込み、そして降戦者としての力の結晶を引き抜く。

 ファナはとたんで脱力したように、へたり込んでしまう。

「お願いします……私の分まで」

「任せろ」

 再び竜徒へと変わった戒理は、一気にヘリから飛び降りた。

 近づく巨大な緑、生い茂るその様は見てて綺麗ではあったが、今は滅するべき対象だ。

 戒理は光の羽根を全力で広げ、樹徒の真上から、身体をひねり、回転し光の竜巻と化して突撃する。

 光の奔流に触れたそばから枝葉は消え去り、幹もどんどんと消滅していく。

 しかし樹徒も無抵抗ではない、枝や蔓を操り、隙を突こうとする。

 しかし、それは上から降ってきた光弾でよって阻まれる。

 汎用型降戦者の攻撃、少し離れたところからヘリで、上から戒理に追従していたのだ。

 状況は戒理達の方が優勢だ、このままいけば、この大樹を消し飛ばすことが出来る。

 戒理達がそう思っていた時、一つの声が響いた。

『申し訳ございませんノア様、私では力不足でした……後を頼みます』

 聞いたことない声、しかしこの状況でこんなことを言うのは、樹徒だけだ。

 そして樹徒の声に応え、黒い羽根が、戒理の目の前へ現れ、光の羽根の行く手を阻み、そして広がり樹徒を包み込んでいく。

「なっ!?」

 樹徒は黒い羽根が接触した個所から黒ずんでいき、どろどろと溶けだしていく、その様はまるで。

「外界落ち……降戦者を、樹徒を外界落ちに変えてるのかっ!?」

「その通り、これが俺の力だ、頂戒理」

 戒理の前にゆっくりとその姿を晒す、黒い竜徒。

 彼の黒い羽根は、樹徒を黒く溶かし、そして巨大な泥の柱へと変えてしまった。

「世間のコードで名付けるなら『壊塔タワー級』といったとこかな、さてこいつと、そして俺を止められるか忌まわしき我が兄弟」

「ああ、止めてやるさ、道を踏み外した奴を元の場所に引きずり帰すのが、家族の役目だからな!」

 光の羽根と黒い羽根が乱舞する戦場。

 さらに、黒い羽根の後ろには巨大な黒い柱の外界落ち、壊塔級が蠢き、時には戒理や、ファナ、軍を襲ってくる。

 汎用型降戦者の攻撃は黒い柱に、効果がなく、力を戒理に託したファナは後ろに下がり見ているしかなかった。

 戦いは羽根同士だけで行われている訳ではない。

 白と黒の竜が互いの拳を、蹴りを、その強力な一撃をぶつけ合っていた。


「お前は、どうして戦うんだ!? お前だって俺と同じ筈だろう、俺を捨てた両親の子供だ、まともな愛情など受けていないんだろう! 子供の頃、そう俺がこの世界から追い出された、あの瞬間からお前は強制的に外界落ちと戦わされ続けたんだ、それはあのイカレた奴らの尻拭いをさせれているに過ぎない!」

 黒い竜は、ノアは、話す、咆哮する、疑問を投げかける。

「良く知ってるじゃないか、セカンドノアを使って調べたのか? ってかなんでお前が俺に戦う理由を聞くんだ? お前はのうのうと暮らしてる俺が許せないとかそんな理由で俺を殺そうとしてたんじゃなかったのか?」

 白い竜は、戒理は、答える、疑問を投げ返す。

「他の奴らは、そう思っていたらしいがな、これが復讐だと言うなら、それは両親に対するモノだ。お前を殺す理由はただ一つ、この世で俺を倒す可能性があるのは、お前だけだからだ!」

 同等の力を持つ二体の竜、ノアは自らの計画のため、復讐のために、それを阻害する可能性を潰そうとしたのだ。

「随分と単純な理由だな! もうちょっとどろどろしてるかと思ったんだけどな、クライヴからも、そう聞いたしな」

「単純か、そうだ極めて単純明快! 全てをエネルギーに変換し高次層に溶かすまで、俺は止まらない!」

「なに!? 全てを、高次層に溶かすだと!? レイヤードのための世界を造るのがお前の目的じゃなかったのか!?」

 驚きに一瞬動きを止めた、ノアが戒理に一撃を加える。

 戒理はブッ飛ばされ、地面を転がる。

「俺は聞いたんだよ、他のレイヤードが感覚として感じてるものなんか『コレ』の片鱗にすぎない! 高次層の『声』のな!」

 地面に倒れた戒理は、すぐに起き上がり体勢を立て直す。

「高次層の声? 音じゃなくて声だって!?」

 高次層を感じ取ることの出来るレイヤードの中には、高次層を聴覚で感じ取れる者のいる。

 しかし、それは声ではなく、音としてでしかない。

「そうだ! いいか! お前ら無知なまま貪り食っている高次層は、生きている! 一つの生命体にして世界なんだよ! 最初は、小さな生命だった。しかし外界落ちと同じ、全てをエメルギーに変換する力を得たその生命体はやがて一つの世界を全て溶かした! それがお前らが高次層と呼ぶモノの正体だ! そしてその力は一つの世界を解かしただけに留まらず、世界と世界の壁をも溶かし始めた!そしてこちらの世界に現れたのだ! 一部の感覚の優れた人間はそれに気付き、そして人間は、高次層を、エネルギーを貪りだした! それに対する反抗が外界落ちであり、降戦者だ!」

「どういうことだ、降戦者は外界落ちと戦うために高次層がもたらした力じゃないのか!?」

 問答の最中にも、一進一退の攻防は繰り返されている。

「人間など、高次層から見れば下等生物にすぎない! それを排除するために、何匹かを猟犬に変えただけのこと、だがお前らは下等過ぎた、主人の意図も分からずに、本来同じ目的で生まれた外界落ちと降戦者の同士討ちが始まった!だから俺が動くはめになった!高次層の本当の意図を聞く事が出来るこの俺がな!そしてまずは邪魔なお前を排除する!」

 黒い羽根と壊塔級が合わさり同時に迫る。

 光の羽根を、全力で開き、対抗する。

 黒と白の激突、しかし決着は付かない。

「そのためのセカンドノアか、それを成すために他の奴らを巻き込んだのか!」

「巻き込んだ? 違うな、高次層の本当の意図を俺が教えてやったにすぎない!」

「皆、レイヤードのための世界をつくるというお前の言葉を信じて、戦っていたんだぞ!それなのに、全てを高次層に溶かすだと!ふざけんな! そんなのお前のために、虐げられているレイヤードのために戦ってきた奴らを裏切った!」

 戒理は限界を超えた力を気合いでけで引き出し、黒い羽根と壊塔級を押し返す。

「人間が人間を虐げるそんな世界など必要ないだろう? それが答えだ!」

 押し返されたノアはしかし、黒い羽根と壊塔級を自在に操り、戒理を多方向から攻めていく。

 その時だった。

 戒理の一つの通信が入った。炎天寺からだ。

『変異高次層剥離弾頭の発射許可が下りた!ただ、上はこっちのタイミングとか考慮してくれないらしい!発射は今から1分後!着弾はそれから30秒くらいだ!悪い、上の連中に押し切られた!』

 変異型高次層剥離弾頭、それこそが戒理がヘリの中で言っていた『アレ』。

 対外界落ち用に、竜徒の光の羽根を研究し開発された強力な爆弾。異常な外界落ちや高次層式のエネルギーだけを破壊する事のできる兵器。

「いや炎天寺さん、それでいい俺はこいつを抑えとくから、あんた達は避難でしてくれ!」

『抑え込むだと!? おい、まさかその黒いのと心中するつもりか!? おい聞いてんのか!』

 戒理は通信機を外し投げ捨てる。

「お前は間違ってる!」

「ならばお前正しいのか!?」

 竜は互いを削り合う、羽根が絡み合い、巨大な黒い塔が暴れ狂う。

「お前だって! まだやり直せる! 高次層の意思なんか知ったことか!帰ってこい! 結継!」

「結…継…!? なんだ、その、名前は、名前……まさか」

「そうだ、お前の親が付けたお前の本当の名前だ!」

 ノアの動きが止まる。一瞬の隙だったかもしれない。

 しかし戒理は距離を詰め、ノアを、結継を捉える。

 それはまるで抱擁の様でもあった。

 そのまま光の羽根を広げ、結継と共に壊塔級を抑えつける。

 遠くから聞こえる、空気を裂いてなにかが飛んでくる音。

「結継、俺達の戦いの決着を付けてくれるのは、父さんと母さんみたいだぜ? 喧嘩両成敗ってことかな――」

「なに、まさか――」

 そして、竜の戦いのちょうど真ん中にミサイルが着弾する。

 全ては光に包まれて、なにも見えなくなった。

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