搾取の親玉

ネコ エレクトゥス

第1話

 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。


 俺はいつものように酒を飲んでいる。冬場にこうして酒を飲んでいると体が温まる。だが言うまでもなく夏場でも温まっている。もし季節に六季や七季があれば酒を飲まない日もあると思うのだが。しかしこうして酒を飲んでいるとガキの頃にあったある出来事を思い出す。今となってはいい思い出なのだが、よく考えるとどうにも割り切れぬところがあってそのせいで記憶に残っているとも言える。その日俺はある大物演歌歌手のコンサート会場でその歌手の名前入りの酒を売るというバイトをしたのだった。

 その酒というのが720mlで5,000円というたいそうな代物なのだが、これが驚くほどよく売れるのだ。休む間もないほどだった。だが自分で酒を飲む身になって考えると5,000円の酒というのは安くもないし、そもそもそんな当たり前のように売っていない。その額でいったい俺の何日分の酒が賄えるのか。しかも問題は他にもあって、その日俺は釣銭の渡し間違いでもしたらしく5,000円のマイナスが発生してしまったのだった。その日の俺の給料がいくらだったのかは覚えていないが、もし弁済するとなったら一日タダ働きのようなものだっただろう。しかし俺は何のお咎めも受けず給料をもらい家に帰ったのだった。


 これらのことから分かるのはどういうことか。つまり酒の原価が実際にはかなり安く、その売り上げを元締めでもある大物演歌歌手が搾り取っているんじゃないのか。そしてその売り上げの前には俺のミスった5,000円など物の数にも入らなかったんじゃないのか。そう考えるとその搾取の体系の頂点に君臨する大物演歌歌手は悪魔その人だったのに違いない。

 だが俺にはあの大物歌手がそのような人だったとは思えないのだ。そんな人間にあんな歌が歌えるはずがない。そうするとコンサートの客たちは一日を楽しんだお礼としてご祝儀をはずんだことになるし、俺の失敗を大目に見る程売り場の責任者も大物歌手自身も気前が良かったことになる。どちらなんだろうか。分からない。しかしいずれにしてももう20年以上前の話だし、今となっては時効だろう。


 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。

 俺は相変わらず酒を飲んでいる。どうやら季節に六季や七季はないらしい。ところで俺には言い忘れたことがあるのだ。もしかしたら悪魔その人かもしれないその大物演歌歌手の名である。その人は「666」その人ではなく「3」その人である。

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