第12話 勇者のリベンジマッチ




ラドヴァン・ジェバッド。


第一印象、態度と口の悪いトカゲ。

現在に至るまで依然として変わらず。


友好関係は不明。

彼と仲が良いと言う人物には未だ出会えていない。そもそも存在するのかどうか怪しいところ。


重度の女嫌い。

女とくれば誰でも目の敵にする。当然、女性陣からの印象は総じて最悪で、口々に言われていたのは「偏見が酷い」だった。

あれはモテない。


同性からの印象もそれほど良くない。

見下した発言や常に喧嘩腰の態度が理由に当たる。

しかし、中には憧れて尊敬している者も多数居る模様。


強さに関しては男女問わず誰もが認めている。

曰く、既に実力者でありながら、彼ほど貪欲に強さを追い求められる者は魔界でも数少ないとのこと。

ストイック、鍛錬バカ等の単語が度々上がった。


好物は肉。野菜と甘い物が嫌い。

趣味は不明。おそらく鍛錬とのこと。


幹部クラスの立場にありながら部下を持たない。

理由としては、彼の特殊な境遇によるとのこと。

皆口を揃えて言っていた。

「ラドヴァン・ジェバッドは魔王軍の正式な構成員じゃない。竜王側の魔族だ」と。


以上がこれから私が戦う相手の調査結果である。



***



竜王……魔王軍とは別の勢力が魔界には存在するのだろうか?というか、竜王側だと言われているトカゲがなぜ魔王軍に?分からない。

私はメモ帳に書いた文字を繰り返し読みながら首を傾げた。『あの偉そうなトカゲは何者なんだよ』と思って始めた調査だったが、調査をしてみてもイマイチ成果を得られた実感が湧かない。

弱点も分からず終いであるし、戦い方についても語彙力を何処かに置いて来たような返答か、独特な言い回しをする人ばかりで想像が難しかった。

またしても私の人選ミス?


「どう思いますか?魔王さん」


いつもの執務室で目の前の魔王さんに問う。今日はエイマーズさんが居ないので、この場には私と魔王さんしか居ない。

しかし、今日の魔王さんは書類と向き合っておらず、私の向かい側のソファに腰掛けて完全に話をする体勢になっていた。いつも暇つぶしにしている片手間の会話ではない。

魔王さんは肘掛に寄りかかって、難しい顔をしながら口元を手で覆う。返答に困っているようだった。


「お前の人選に問題がある……と言う点は否定出来ないが、そもそもここにマトモな人物は存在しないからな。お前は、人間にしては良くやっていると思うが」


そう真面目に答えてから、少し考えるような間を持たせて「ここまで馴染むとは、想定外だった」と付け足す。

私も自分の事ながら、それについては同意する。戦いの毎日に居心地の良さを感じ始めている自分が恐ろしいよ。

うんうんと頷いて肯定の意を示していると、今度は魔王さんの方から落ち着いた声で質問される。


「ラドヴァンに勝てる見込みはあるのか?」


私はその質問に一瞬口をまごつかせた。

あるにはある。けれど、戦ってみないと分からない、というのが正直な所だ。

確かな事は言えなかったが、私は迷いを捨て去ってハッキリと言い放つ。


「勝ちますよ。勝って、私の強さを魔王軍の連中に証明して見せます。勿論、魔王さんにも」


決意表明だった。

これは確率や想定の話じゃない。私の覚悟だ。


魔王さんはその言葉を聞いて、手に隠されていた口元に笑みを浮かべ、真っ赤な瞳を楽しげに細めた。

珍しい。魔王さんが魔王らしい表情をしている。


「面白い。ついでだ。お前が知りたがっていた話をしてもいい」

「えっ!トカゲのトラウマ!?弱点!?」

「……まだ諦めていなかったのか」


私が飛びつくように反応すると、魔王さんはげんなりと呆れたような目をした。あれ?違う?


「ラドヴァンの出自についてだ。特に興味の無い話だったか?」

「そんなことないです!聞きたいです!聞かせてください、魔王様!」

「調子が良いな」


私の変わり身の早さにため息を吐き、目線を横に逸らして「そうだな……」と言葉を探すように呟く。

対する私はピンと背筋を伸ばして、魔王さんの言葉の続きをお行儀良く待っていた。


「竜王がどんな存在であるかは知っているか?」

「竜の王様」


途端に沈黙が降りると、魔王さんから探るような視線が向けられる。言葉を選んでいるようだった。

普通に分からないって答えれば良かったな。


「……間違っては、いないが……」


フォローされてしまった!

だいぶ苦し紛れのフォローだけど!


「すいません、真面目に聞きます」


魔王さんの真剣味を帯びた困り顔を前に、すっと片手を上げて宣言した。

魔王さんは私が本気で言っているのか、冗談で言っているのか判断がつかなかったのだと思う。魔王さんは優しくて真面目だからな。本気で捉えてあの反応だったんだろう。

日々の雑談の成果が、ここで惜しみなく発揮されている。


「一から説明すると、竜王は竜人という種族のトップを指している。魔王軍と本来関わりを持たない、独立した組織体だ」

「薄々勘づいてはいたんですけど、あのトカゲの種族って竜人ですか?あと、竜人ってドラゴンとかと同じカテゴリーになります?」

「ああ、その認識で間違い無い。だが、細かい話をすると竜人とドラゴンは別の種族だ。親戚のようなものではあるが」

「別……」


それを聞いて少し安心した。

ドラゴンなんて存在は、ゲームの中だと大抵はラスボス的立ち位置に居る強キャラだ。竜人ならまだ……マシのような、気がする。


「竜人は他の種族と比べると特殊なんだ。種族全体が強い所為なのか、昔から竜人は閉鎖的で他種族の血を入れたがらない。だから同じ種族が固まり、竜王という存在が成り立つ」

「えーと……別の種族の血が混じっていないのって、珍しいんですか?」

「絶滅危惧種と言っても過言ではない。大抵は他種族の血が混じるし、種族として見分けがつく者もなかなか居ないだろう?そういう者は総じて雑種、又は混血種と呼ばれる」


私は今までに出会った魔族の事を思い出す。どんな種族が居るのかを知らないので何とも言えないが、なんか混じってるなーと、漠然と思う事はある。

ショウさんは特にそんな感じ。色鮮やかで、統一性の無い見た目をしていた。……本人に言ったら怒られそう。


「でも、獣人は一目で分かりますよ」

「獣人は偏りが出る種族柄だからな。ライオンとウサギの子はライオンかウサギのように、どちらかの種族にしか似ない。見た目には分かりにくいが、他種族の血が混じっている獣人は意外と多い」

「人間とか?」

「代表例としてはそうだな。話を戻すが、純血種と呼ばれる者は往々にして強い力を持つ傾向にある。そして、竜人はそれを意図的に作り上げているんだ。当然、魔界に置いて竜王は魔王に次ぐ力を持っている」

「えっ」


よ、予想以上に強い立場なんだな、竜王って。だって魔王の次って、魔界で2番目ってことじゃん。ドラゴンよりマシとか言ってられないじゃん。

私がたじろいでいると、魔王さんは追い討ちをかけるように言葉を続ける。


「ラドヴァンは現竜王の、実の息子だ」

「はっ?」

「現在、魔王軍と竜人族は同盟を結んでいる。ラドヴァンはその同盟の証……竜王側からの使者とも言える」

「私、やべぇ奴に喧嘩売ってません?」

「今頃気づいたのか」

「早く教えてくださいよ、手遅れじゃないですか」

「初対面の時、幹部連中に混じっている時点で危険人物である事には気づけた筈だが」

「だってその時は右も左も分からない状態でしたもん!えっ、私大丈夫なんですか!?これからそいつとタイマン張る予定なんですけど!」

「そう言えば、そろそろ時間じゃないか?」

「心の準備が間に合わない!魔王さん助けて!」


悲痛な叫びを上げて助けを求めると、魔王さんは気の毒そうな目で私を見た。


「教えなければ良かったな」

「今回に関してはそうですね!」


知らない方が良い事もある。



***



魔王さんに送り出されてやって来た見慣れた中庭で、私は黒いオーラを放つトカゲと対峙していた。


「やっぱテメェか、あのふざけ倒した果たし状の送り主はよォ」

「私でした、バーカ」

「やんのか、アァ!?」

「望むところじゃ、アァン!?」


余計な事をしたな、過去の私。そして今の私の口。

お互いにガラの悪い巻き舌で口汚く声を荒げる。周囲のギャラリーには同じくガラの悪い連中が集まり始めていた。

どこのヤンキー漫画だよ、と思ったらいけない。

ていうか、こいつコレでお坊ちゃんかよ、見る目変わるなぁ……。

すると、トカゲは私と睨み合いながら「チッ」と舌打ちをして、苛立たしげに口を開き牙を覗かせた。


「テメェなんか相手にしてる時間が勿体ねェ。さっさとヤろうぜ、劣等種。今度こそ、完膚無きまでに叩きのめしてやるよ」

「やれるもんならやってみろよ。勝つのは私だ」


ニヤリとお互いの口角が吊り上がる。私もトカゲも、目は一切笑っていなかったけれど。

トカゲの腕がバキッと音を鳴らす。それを合図に硬い物を砕く音が立て続けに鳴り響き、呼応するように重なり合う。

気づくとトカゲの両腕は肥大化し、骨のような爪が生えた腕を深緑の鱗が鎧の如く覆っていた。以前見た恐竜の手だ。今回は片腕だけじゃないらしい。


「ホラ、本気で肉弾戦してやるからさァ、かかって来いよ、獣人サン?」


言葉と表情で私を嘲りながら、異形の手で『来いよ』とジェスチャーをして挑発する。

私は途端に感じた激しい緊張感に呑まれそうになるが、何とか押し留めて代わりに挑戦的に笑った。


「そんな焦らなくても、ちゃんと相手してあげるってば、爬虫類サン?」


拳を握り締め、身体中に魔力を行き渡らせる。息を吐きながら身体に巡る魔力の存在を改めて認識し、私は確信する。

大丈夫。私は強くなった。


―――ダンッ


ほぼ同時に地面を蹴り上げる音がして、お互いの振り抜いた拳と拳がぶつかり合う。その瞬間、空気が圧縮して弾けるような突風が巻き起こった。

前方に押し出そうと力を込めた拳は逆方向に加えられた力に阻まれてこれ以上先へは進めず、それは相手も同じ事だった。

お互いの視線が拳越しにかち合う。隠し切れない闘争心を膨れ上がらせ、力んで剥き出しにした歯を見せて笑い合った。私は『互角になってやったぞ』という意味を込めて。

トカゲは私の挑発を受けて僅かに表情を引きつらせると、どこか楽しげにしながら吐き捨てるように笑った。


「ハッ!上等だ!やってやろーじゃねェか!!」


ベキッとガラスにヒビが入るようにトカゲの目元に深緑の鱗が浮かび上がる。途端、互角を維持していたパワーバランスが崩れ、爆発的な力によって私の体は吹っ飛ばされていた。


「ぐ……っ!?」


地面に体を叩きつけられ、勢いを殺せずに砂を巻き上げて転がった。

油断してしまった。何やってんだ自分!

心の中で叱責して態勢を立て直す。地面に膝をつき、眼前の獲物を睨む。トカゲはそんな私を性格の悪そうな表情で嗤っていた。

私は悔しさから地面に爪を突き立て、力任せに引っ掻きながらトカゲに向かって駆け出した。


「こ……のっ、野郎がぁ……ッ!!!」


力を絞り出すように声を上げ、地面を抉るくらい力いっぱい蹴って跳躍する。空中で獲物を見定め、体を捻って飛び蹴りを放つ。

激しい力と力がぶつかり合い。私はトカゲと視線を交わし、ギリッと歯を食いしばった。

駄目だ負けてる。私は瞬時にそれを悟り、ぶつかり合った反動を利用して後ろに跳んだ。地面に足を着き、ザザッと爪先で勢いを殺す。身を低くして、私を追いかけて来たトカゲから放たれるバカでかい拳を両手で受け止めた。


「く……っそ!何で……ッなん、だ!!」


私を潰そうと上から加えられる力に抵抗しながら、苛立ちを言葉にする。

私の力が及ばないのは魔力の扱い方がまだ甘いから?それとも、最初からこの異形の拳には魔力だけじゃ太刀打ちできないから?

べこっと足元の地面が凹む。私を埋める気かよ、このトカゲ野郎。

今のままじゃ勝てない?竜人には敵わない?


「そんな訳ねぇだろ!勝つのは私だッ!!」


今まで丁寧にコントロールして身体中に巡らせていた魔力を、感情に任せて爆発させた。

無駄遣いとか知るかボケ!勝てなきゃ意味ねーわ!

ガッと異形の拳を鷲掴み、技巧も何も無く力のみで投げ飛ばしてやった。トカゲは何とか着地はしたようだが、体勢を崩して膝をつき、悔しそうに顔を歪めながら私を睨んだ。

魔力が洪水のように溢れて身体中を満たし、異次元の力となって現れているのを感じる。


「……はっ、あははははっ!!これが力に溺れる悪役の感情!さいっっこおじゃねぇーーー!!?」


大口を開けてゲラゲラと笑う。女子として、というか人間として終わっている。

私の頭は今、めちゃくちゃハイになっていた。バーサーカー状態だった。正常じゃなかった。本当に、素ではなく。悪いのは魔力なのだ。

一頻り笑って涙を拭い、三日月に歪めた瞳にトカゲを映す。そして、声を弾ませながら言葉を投げかけた。


「私さぁ、今負ける気しないんだけどぉ!どうするトカゲぇ!」

「……魔法陣壊した時と言い、メチャクチャしやがんなァ」


呆れたように言いながらも、トカゲの表情にはじわじわと笑みが浮かび上がり、爛々とした目が私を捉えた。


「ハッ!いーぜ、奇遇だなァ!オレも負ける気しねーんだわ!軽く潰してやるよ!」

「そうこなくっちゃぁ!!」


私はトカゲに向かって走り出し、拳を握ってスキップをするように跳ねると、全力で拳を打ち付けた。小さな拳は異形の手のひらに受け止められ、すぐに引っ込めなければ危うく握り潰されるところだった。

タッと飛び上がって裏蹴りを放つと振り払われ、迫り来る大きな拳を拳で弾き返す。容赦無いぶつかり合い。

何これ楽しい!!


「今までの遊びでしょ!?ほら!早く本気出せよ竜人様!!」

「テメェこそこんなもんじゃねェだろ!?ガッカリさせんなよ、馬鹿力だけが取り柄の獣人が!!」


ゲラゲラ、ケタケタと笑いながら全力で殴り合う。拳が顔に当たっても、腹を抉ってもお構い無し。外から見れば結構な異常空間だった。

そして、その外側の安全地帯から、闘争心剥き出しの戦いを冷静に観察している3人組がいた。


「ヤッバ。色々ヤッッバ。アキラってあんな奴だったん?アキラに付き合えるラドヴァンさんもヤッッッバイけど」

「そう言うあんたも、戦ってる時あんなんだよ」

「えっ、マジ?あそこまでじゃなくね?」

「俺もどっこいどっこいだと思う」

「えぇっ、そーなん?気をつけよ」


アキラとラドヴァンの戦いを眺めながら雑談をしていると、不意に影がかかる。


「うおっ!久々に来てみたら、面白えことしてんなぁ!」


筋肉質な巨漢の男が背後からヌッと現れ、中くらいの男は頭上を見上げて嫌な顔をする。


「げぇっ」

「もっと歓迎したらどうなんだー?寂しいじゃねえか!」

「ちょお……酒臭いっすよ」

「……うるさ」

「ダグラスさん、お疲れ様です」

「おうよ!おつかれー!」


ガハハ!と大きな笑い声がゲラゲラ、ケタケタとした狂気の笑い声と混じって中庭に響いた。


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はぐれ勇者は気づくと戦闘狂だらけの魔界で、魔王軍の構成員になっていました 紅月カナ太 @sigure-9k

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