第12話 大賢者と騎士団長と

かなり長めの休息を取った後、再び進軍を開始した。

あの凶悪なる関門『螺旋階段』は突破済みである。

我らを阻むものは無いに等しい。

無いに等しいハズであったが。



「ムゥ……膝が悲鳴をあげておる」

「イテテテ。腰がオシャカになる前に、サッサと到着したいもんだね」

「サツマ子さんや。ここに金貨がある。それでパンを分けては貰えんかね?」

「フロウ様。たとえ大金を積まれても、そればかりは出来かねます」



無理をした代償は想像以上に大きい。

気は急くが、歩みには反映されなかった。


最上階についてだが、下層とは造りが大きく異なっている。

ここは部屋数が少ない為、各々の空間が広くなるのは必然であった。

その広々とした床には、いくつもの魔族の死体、そして兵士の亡骸が横たわっている。

どうやら激戦が繰り広げられた後のようだ。



「デーモン・ロードであるか。しかも数が多い」

「少なく見積もっても5体は居るね。まさか、騎士団の連中がやったのかい?」

「他に勢力は無い。そう考えるべきであろう」

「はぁん。威勢の良いだけのガキかと思えば、意外とやるじゃないか」



デーモンロードはかなりの強者であり、1体で兵100人にも匹敵する。

それが5体も居たにも関わらず、兵の死体は数える程度しかない。

団長一派はかなりの遣い手だと考えられる。



「なぁクラスト。言いたかないけど、これは……」

「封印を解かれていてもおかしくはない。時を掛けすぎたのだ」

「どうやら今日がアタシらの命日になりそうだねぇ」

「これも想定内だ。もしもの時は魔王を道連れとする」



部屋の奥には大きな鉄扉があった。

扉には大小の宝石が埋め込まれ、さらに魔王の象徴である鷲(わし)の翼が精密に描かれている。

向こう側は魔王の間である。

その扉が今、ゆっくりと開かれた。


中には若い男が二人居た。

その片方が親しげな声をあげる。



「おう、やっと来たか。待ちわびたぞ」



陽気な男は、もう一人の頭を片手で鷲掴みにしていた。

その手には長く鋭い爪が生えており、掴んだ頭からは血が滴り続けている。


雄牛のような逞しい角、大鷲を思い出させる滑らかな羽根、生命力溢れる筋肉質な体。


忘れもしない。

こやつこそが魔王である。



「魔王様。ご下命の通りクラスト様ご一行をお連れしました」

「ありがとよファウスト。休んでて良いぞ」

「その人間はいかが致しましょうか。お命じくだされば始末致しますが」

「やる気タップリだな。だが、コイツはまだ殺さん。世界の頂上決戦を特等席で見せてやろうぜ」



騎士団長のトロイオスが雑に投げられた。

まだ息はあるようで、壁にぶつかった際に呻き声が聞こえた。

ワシら以外に立っている人間は居ない。

護衛とおぼしき兵たちは、全てが物言わぬ死体となって転がっている。



「どうせ殺すのです。不測の事態に備えるためにも、今すぐ命を奪うべきでしょう」

「お前はマジメちゃんだよなぁ。まぁそんな所も悪くねぇけどさ」

「……あっ」



魔王と案内人の女が濃厚な口づけをし始めた。

舌が絡み合い、深い吐息が漏れる。


もちろんこれは油断しているのではない。

我らへの誘いである。

事実、魔王の闘気は一切の乱れがない。

迂闊に攻め寄せれば、簡単に返り討ちとなり……。



「アアァッ! タイホダム子さんん!?」



後ろからフロウの絶叫が聞こえた。

耳が痛むほどの金切り声に思わず振り向く。



「タイホダム子さんを、離せぇぇえ!」

「おい、フロウ! 待つのだ!」



老人とは思えないスピードでフロウが駆けて行く。

片手で易々と振り上げられた大剣を両手持ちに切り替え、魔王の頭目掛けて振り下ろされた。



「そのパンはワシのもんじゃぁぁあーッ!」

「おもしれぇ、オメェからやろうってのか!」



ーーガキィン!


甲高い金属音が響く。

フロウの剣と魔王の爪がぶつかる。

そのまま膠着するかと思われたが。



「ルァァアアッ!」

「なんだとッ!?」



そのまま魔王の左腕を切り飛ばした。

フロウは退かずに斬り続ける。

一方魔王は防戦の姿勢となった。



「これは、もしや。いけるのか!?」

「クラスト。ボサッとすんなよ。アタシもヤるから、アンタは魔法!」

「うむ。存分に気を付けよ」



始まってしまったからには後に退けない。

今は余計なことを考えずに、己の役目を全うすべきである。

すぐに詠唱を開始した。



ーー闇に堕ちし精霊よ。大地の徒たるクラストが求む。古の盟に従い、悪逆を討ち果たす路(みち)を疾(と)く辿れ。



闇属性の魔法は不得手である。

制御が難しく安定しないためだ。

それでもこの場においては、別属性の魔法詠唱も困難である。

暴れまわる闇の力を、なんとか気力で押さえ込んでいった。



「ヌゥ……。まだまだ満ちぬ。早く攻撃せねば、アヤツらが保たぬぞ」



戦況はというと、想像以上の善戦であった。

フロウが爪や角を力任せにへし折り、リディアが手足を無数に切り刻む。

あの魔王が防戦一方とは、気迫が勝っている為かもしれない。


だがいつまで続くかわからん。

無尽蔵の体力を持つ魔王相手では、あまりにも分が悪い。

一刻も早く戦闘不能に追いこまなくては。



「これでも食らいなッ!」

「おおっ! とうとう首が!」



リディアの一閃。

頭が、そして左腕までもが胴から離れた。

魔王の仰々しいパーツが宙を舞う。

そして……。


ーーザクリ。


リディアとフロウの胸が貫かれた。

魔王の両手によって。

指先から滴り落ちる血を、ワシは別世界の光景として捉えた。



「リディア! フロウ!」



呼び掛けに反応は無い。

それから腕を引き抜かれた二人は、力なく倒れ、動かなくなった。

魔王の体はいつの間にか再生していたのだ。

それは粘液と血でテラテラと光っている。



「最初こそ冷や汗が出たが、気迫だけだな。剣筋は鋭くても軽すぎる」



肩を鳴らしつつ、軽い足取りで魔王が迫る。

魔法の発動は間に合わない。

術式を解除して、咄嗟に胸元へ手をやった。



「さぁて、絶体絶命だな? 知恵者クラスト。なんか作戦でもあるのかよ」

「おのれ……よくも仲間を!」

「魔術師ってのは魔法が使えなきゃ、非力な存在だ。だがお前は違う! 狡猾で、抜け目なく、執念深い男だ!」

「来るな! それ以上寄るでない!」

「……買い被りすぎか? あんなに強(したた)かで賢かったヤツが、さっきから口しか動いてねぇ」

「来るな! 来るなぁーッ!」

「はぁ。やっぱり老いってのは悲しいもんだな。見せ場のひとつもなく死んじまえ」



無警戒な拳が飛んでくる。

どうにか油断を誘えたようだ。

ワシは胸に仕込んだ聖属性の水晶を握りしめて叫んだ。



「ホーリィプロテクション!」

「何だとッ!?」



聖なる防壁がワシを包む。

闇属性の生き物は触れるだけで形を失い、一切が灰となる。

それは魔王とて例外ではない。

繰り出された拳、そして腕が瞬く間に千切れて消えた。



「グアッ! てめぇ、企んでやがったか!」

「奥の手も無しに挑む訳が無かろう。トドメだ」



これは数少ない水晶を使っての一手であり、肉弾戦が出来ないワシ唯一のカウンターである。

だが、効果は抜群であった。


あとはこのまま……。



「体当たり、でもする気か?」

「何だと!?」

「読みが甘ぇぞ!」



決死の攻撃は避けられ、バランスを失った。

そして無防備になった背中に魔王の拳が叩きこまれた。

ワシの体を貫通し、凶悪な爪が腹から抜け出ている。



「カハッ……」

「背中の方は防備が薄かったな。そもそも、魔法がかかってると知ってりゃ、こっちにもやり用はある」



魔王の腕が黒い霧をまとっている。

聖なる力を闇の魔力で押し返しているようだ。

貫いたその腕にはダメージが見られない。



「アッサリとしたもんだったが、割と楽しめたぞ。じゃあな、元気でな」

「ゴフッ……」



腕が引き抜かれた。

腹が燃えるように熱い。

口からは止めどなく血が溢れ、命が逃げ出そうとしている。


眩暈(めまい)も激しく、起き上がってはいられない。

膝から崩れ落ち、地に伏した。

赤く染まった視界が暗くなる。

死が目前に迫っているのだ。


ーーせめて、あの時のような力があれば。


声にならない呟きがこぼれる。

それが最期の言葉となるのだろう。

我ながら色気が無いと思い、静かに自嘲する。

そして、目蓋を閉じた。

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