第11話 大賢者と関門

魔王に施した封印は、構造そのものは単純であった。

その亡骸の周り6ヶ所に聖属性の水晶を起き、術式を施す。

付近の闇属性の魔力が一所(ひとところ)へ集まらないようにしたものである。


その性質故に、魔族には外部から解くことが出来ない。

闇属性の生物が触れようものなら、瞬時に灰となるからである。

少なくとも、先ほどのオーガ程度であれば、百体押し寄せても防ぎきれる。

封印の自衛機能は、それで十分なはずであった。



「クラストさぁ。実際のところどうなの?」

「どう、とは何か」

「封印だよ。騎士団の素人ども相手ならどうなのさ」

「結論から言おう。解除可能だ。人間が自ら解く事は想定していない」

「そうだよね。だから阻止しようとしてんだもんね。アイタタ」

「ハァ。休憩にすべきか」



狭い通路の中で一列に並び腰を下ろした。

魔族の女に疲れはないらしく、涼しげな顔で立ち尽くしている。

一方我ら、特にリディアの消耗が激しい。

腰をトントン叩いて労りつつ、僅かな休息を貪っている。



「お主、戦闘では動けるのに歩けぬのか。理不尽であろう」

「あれは一瞬だけ力めば良いんだよ。こうやって延々歩かされるのは……しんどくってね」

「ノジリ子さんや。たまには桃も良いもんじゃのう、ひとつワシもいただこうか」

「フロウ様、これは桃ではありませんよ」

「……こんな有り様で大事を成せるのであろうか」



眩暈(めまい)を覚えて座り込む。

もちろん精神的な疲労である。


それからも度々休憩を挟みつつ、圧迫感のある石壁の道を進む。

閉塞感が焦燥感まで増長させるが、中々距離を稼げないでいた。

苛立ちすら忘れかけた頃、案内人が足を止める。

行き止まりであった。



「ちょっとアンタ。まさか道を間違えたんじゃないだろうね?」

「そればかりは嘘であって欲しい。引き返すにも体力が心許ない」

「ご安心を。これより隠し階段になります」

「階……段?」



女は石壁をまさぐり、仕掛けらしきものを作動させた。

すると壁の一部がせり下がり、螺旋階段が現れた。

辺りに埃やカビの臭いが漂う。

そして耐えがたき絶望感も。



「言われてみりゃ、アイツは上の階にいたっけ。あの時はフロア移動なんか気にも留めなかったよ」

「確か最上階であったな。この城の構造はどうであったか」

「主の部屋は5階にございます」

「5階……」



ゴクリと唾を飲み込んだ。

2階に移動するだけでも大事(おおごと)なのに、目的地は天空の彼方にあった。

歩き疲れた老体にとっては拷問のようなものである。

これならばオーガ100体と戦う方が遥かにマシというもの。


ともかく愚痴を言っても始まらぬので、一段一段確かめるようにして昇っていく。

みなが自然と内側の壁を掴むようになる。

少しでも足への負担を減らすためにだ。

だが、突起も窪みもない壁は恃(たの)むに足りぬ。

転倒防止の効果がせいぜいである。



「ハァ、ハァ、やってやるよ。女の意地だよ」

「膝が上がらぬ。一段が遠い」



螺旋状の造りというのがまた問題だ。

どれほど前進したか実感を得にくく、進捗率を把握できない。

陰鬱とした黒褐色の壁も気力を奪う。

膝が、足首が、重い。

そして痛む。


しばらく昇っては休み、昇っては休みを繰り返した。

無限に続いているような錯覚が芽生え始める。

もしやこれが罠なのかもしれない。

階段を使って衰弱死させる気なのでは……?


そう思っていると、リディアが歓喜の声をあげた。



「やった! もうすぐ出口だよ!」

「ま……真か?」

「ホラあそこ、扉が見えるだろう?」

「いえ、あそこは3階にございます。丁度中間地点となりますが、休まれますか?」

「中間だってぇ!?」



何としたことか、まだ道程は半分だという。

我々はもはや限界だというのに。

飛翔の魔法でもあればと思うが、このような局所的なものなど備えてはいない。


故に進む。

時おり休みを挟みつつ。

一歩、また一歩と進む。

内壁にへばりつきながら。


頑張れクラスト。

負けるなクラスト。

世界平和の為に階段を昇るのだ。

己を激励し続けた。



「ここが最上階となります。お疲れさまでした」

「やっと……着いたんだね」

「もう、昇れん。足が、千切れそうだ」

「ジンヤダム子さんや。下から見上げる桃も良いが、そろそろ食わせちゃ貰えんかね?」

「フロウ様、これは桃ではありません」



ドアを抜けると広い通路に出た。

その場にワシらはへたり込む。

妙に元気なフロウには苛立つが、ともかくは突破である。


ワシらにはもはや、立っているだけの体力は無い。

付近の安全をロクに確かめもせず、全員で休息したのであった。


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